Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第8話「因縁の対決」 語り:マリナ

 人とも獣とも機械ともとれる不気味な奇声が、ディクス近郊に響き渡る。

 

「はっはっはっは!! 仇と戦えて嬉しいかぁ!?」

 

「黙れ!! 父と母の無念は私が晴らす!!」

 

 鬼のような形相でソシアはグラムを狙う。そして矢の豪雨を降らせるが、疾風の如く移動するグラムにはほとんど命中しない。当たっても、あの硬い装甲と鋭利な突起によって防がれる。私とゾルクも必死に捉えようとするが思い通りにはいかなかった。

 グラムは私達の術技を潜り抜けて隙を突き、右腕と一体化した戦斧(せんぷ)を振り下ろす。また超重力が襲ってくるのか。阻止しようにも奴の動きに追い付けない。成す術も無く、私達はとっさに身構えた。

 

「……ちっ、あの攻撃はもうできねぇのかよ」

 

 グラムの左目を潰したソシアの一撃は、奴の能力発動の中枢にまで影響を与えていたようだ。戦斧が生み出したのは割れた地面のみで、超重力は発生していない。これで圧し潰される心配はなくなった。

 

「でぇもぉ! まだまだこうやっていたぶれるんだから特に問題ないかぁ!?」

 

 だが奴が叫ぶように、依然としてグラムは捕まらない。その間にも戦斧の刃が襲いかかり私達は傷ついていく。これでは重力攻撃の喪失も意味を成さず、時間と共にやられてしまうだろう。

 

「……いや、やっぱ駄目だな。もっと……もっとだ。おい、ビット!! もっと俺様に力を与えろぉ!!」

 

「そんな!? 貴様、本当に身を滅ぼすぞ!」

 

「だからよぉ、嬢ちゃん。忠告するだけ大きなお世話だってんだよぉぉぉぉぉ!!」

 

 現状に飽き足らずグラムは更に力を求める。両腕を突き上げ、唸り声をあげた。それと共に胸のエンシェントビットが光る。

 しかしその輝きは鈍く、やはり神々しさを失っていた。グラムが一度変身した時と同じ、禍々しい(よこしま)の念を含んだ紫色のオーラが発せられた。それはどんどんグラムを包み込んでいき、一度目よりも巨大に膨れ上がる……!

 一瞬、全員が呆然としてしまったが、それではいけない。我を取り戻した私達はオーラに向かって剣技、銃技、弓技を放っていく。しかし通用する様子はなく、ただオーラに呑みこまれていくだけだった。

 

「ははは……ハッハッハッハッハ……ギャハハハハハハハハハハ!!」

 

 ――グラムの様子がおかしい。姿こそ見えないが、狂ったような笑い声によってそれを感じさせられる。声域、声質、共に揺らいでおり、まるで安定していない。グラムは力を求める度に理性を失っているようだった。

 元の何倍にも膨張した紫のオーラは、ついに消滅した。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第8話「因縁の対決」

 

 

 

 そこに『グラム』の姿はなかった。あえて言うならば『グラムだったもの』。

 

「グゴアアアアアアアアアア!!」

 

「嫌な予感が現実になってしまったか……!」

 

 奴の愚行を阻止できず、私は悔やんだ。

 今までの黒の装甲と鋭利な突起の装飾はそのままにグラムは巨大化し、額の角、牙や爪、尾を生やした四足獣となっていた。

 巨体に合わせて鈍重にこそなったが、咆哮をあげて大気を振るわせる姿は見る者すべてを怖じ気づかせる魔獣そのものだった。胴体には未だ、エンシェントビットが鈍く輝いている。

 ゾルクは巨体を見上げながら冷や汗を垂らした。

 

「また姿が変わった……! あれじゃ完全にモンスターだよ!」

 

「エンシェントビットの魔力が暴走したんだ。ああなってしまっては、もう元の姿には戻れないだろう」

 

 グラムは唸り声をあげるばかりで人語を話す様子は無い。人の姿どころか、ついに言葉も失ったのだ。過剰に力を求めた者の末路に憐れみさえ覚える。

 

「俺、まだ心のどこかで侮ってたみたいだ。エンシェントビットは危険過ぎる……」

 

「理解できたなら、それでいい」

 

 ゾルクはエンシェントビットの力の重大さを真に認識し切れていなかったようだが、大事(おおごと)にでもならない限り誰でも実感は湧かないものだろう。なので彼に危険意識を芽生えさせることができた点で捉えると、今回の件は怪我の功名だったのかもしれない。

 

「でもあいつ、さっきの姿の時より格段に動きが鈍くなった。これなら俺達にも勝機はある!」

 

 グラムは力を求めた。その結果、願い通りに計り知れぬ力を備えた巨大な四足獣へと変貌した。が、同時に理性を失っているため、その力が有効活用されることはないだろう。

 早速、私は作戦を考え二人に聞かせる。

 

「グラムの胴体からエンシェントビットを切り離すと力の供給が途絶えて弱体化し、切り離した部位が弱点となるはずだ。私とゾルクでエンシェントビットの切り離しと回収を行う。ソシアは、露出した弱点を狙い撃つことに専念してくれ」

 

「わかった!」

 

 ゾルクは気力充分に答えた。対するソシアは。

 

「はい」

 

 感情を抹殺したかのように淡々と返事をした。心が復讐に染まってしまったのか、他のことなど視野に入っていないようだった。激昂したり急に冷静さを取り戻したりと、彼女の精神状態は不安定になっている。

 

「とにかく突っ込む! でやあああ!!」

 

 私からの指示を受け、ゾルクがグラムに突進する。

 

「グオオオオオオ!!」

 

「なっ!? 危ないっ!!」

 

 しかし、巨大な前足による踏みつけが行く手を阻む。頭上に迫る攻撃を、ゾルクは急停止することによって難を逃れた。もし食らっていたら今頃、彼は紙のように平べったく潰されていたことだろう。

 

「か、間一髪だった……」

 

 グラムの持ち前の強大な力が有効活用されることはない……とは言ったものの、懐に飛び込む前に暴れられては接近すら至難の業となる。

 向こうが規格外の力で押してくるとなれば、こちらもそれに対抗し得る力で迎え撃つしかない。そう考えた私は、すぐさまこう言った。

 

「ゾルク、剣に装備されたビットにありったけの精神力を注ぎ込むんだ。ここは秘奥義を使うしかない」

 

「えっ!? 使ったことないのに出来るかな……? どういう技にするかは、考えるだけ考えてるけど……」

 

 私は今までの戦闘を振り返り、ゾルクのビットの扱いは秘奥義発動に足るものになったと判断した。彼は戸惑っているが、やれないわけではなさそうだ。無論、出来ないと言ってもやらせるつもりだったが。

 

「出来る。お前はもうビットに慣れているはずだからな。そしてグラムからエンシェントビットを取り返すには、それしか方法がない」

 

 すると彼は気を引き締め、平常時には見せないような凛々しい表情となり言い放った。

 

「……わかった。ぶっつけ本番でやってみる!」

 

「私がチャンスを作る。その間に奴の懐に飛び込んで、強力な一撃を叩き込んでやれ!」

 

「まずは精神を集中させて……!」

 

 ゾルクが両手剣に付加されたビットに念を込める隣で、私はグラムに対峙した。

 

「目標捕捉……消し飛べ、ファイナリティライブ!!」

 

 二丁拳銃を融合させて両腕で抱えられる程の大砲を生み出し、極太のレーザービームを放った。それはグラムの頭部に命中したが、なんと奴は四つ足で踏ん張って光線を押し返そうとした。

 確かに、巨大な体躯となったグラムの前ではこの秘奥義も霞むかもしれない。それでも諦めず照射を続けた。

 

「私は……負けない!!」

 

「グゴガアアアアアア!?」

 

 踏ん張り続けるグラムの巨体が揺らいだ。後方に仰け反ったため光線は頭部から顎、首、胴体と照射する部位を変え、勢いのままひっくり返すことに成功したのだった。エンシェントビットも、確認しやすい位置に露出した。

 

「ゾルク!!」

 

「うおおおお! 全開だぁぁぁ!!」

 

 私はすぐさま彼の名を叫んだ。ゾルクは、グラムが後方に倒れきったのを確認するや否や、雄叫びをあげながら腹部を目掛けて駆け抜ける。

 

「くらえ! 全てを断ち斬る、この一撃!」

 

 エンシェントビットの付近まで来ると、足腰に力を込めて得物を振り上げる。両手で握られている剣は、柄のビットの力によって巨大化。グラムの巨体に負けず劣らずの巨剣となった。

 

一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

 

 渾身の力で振り下ろされた巨剣は、グラムの胴体を断ち斬るどころか半分ほどを抉るように吹き飛ばした。辛うじて繋がっているが、まさに皮一枚の状態である。

 恐るべき力を見せた巨剣は徐々に萎み、元の大きさへと戻っていく。

 

「グラム! エンシェントビット……返してもらったぞ!」

 

 これほどの威力だとエンシェントビットにまで影響が及ぶのではないかと思ったが、その心配には及ばず。ゾルクの手中にはエンシェントビットが収められていた。

 あとは変わり果てたグラムを倒すのみ。巨体から飛び降りながら、ゾルクはソシアに伝える。

 

「今だ、あいつにとどめを!」

 

 グラムの胴体は自己再生していた。回復量は微々たるものだが、致命傷を確実に治癒している。エンシェントビットにより与えられた能力なのだろうが、取り返してもなおその機能を失わないことに愕然とした。

 そして奴は交戦の意思を失わない。起き上がり、酷く痛々しい咆哮を響かせて怒り狂っている。すぐに勝負を決めないと戦況が逆転する可能性もある。

 

「グラム。これで……これで終わりよ!!」

 

 しかし、これも要らぬ心配だった。ソシアの弓は既に引かれており、右手に握る矢は渦を巻いていた。そして彼女は秘奥義を発動する。

 

「渦巻く意志が天を()く! 螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)!!」

 

 ビット仕掛けの弓から、ひときわ魔力の込められた矢が解き放たれた。それは渦を生み出しつつ空を切り、再生中の胴体を貫く。

 

「グオオオオオオオオオオ!?」

 

 グラムは痛みに耐えきれず絶叫する。しかし、これでは終わらない。巨大な渦が矢の軌跡を追いかけるように迫って奴を完全に包み込む。そして渦とグラムは螺旋を描きつつ上昇し、やがて天空へ……そう、雲にまで到達してしまう。昇りきった渦は暗い雲を払い除け、しばしの間、この一帯にのみ陽の光を差し込ませた。

 奴の巨体はというと、巻き上がる渦の中でばらばらに千切られていき、雲が払い除けられる頃には微塵と化していた。落下してくる様子もない。私達は、グラムに勝利したのだった。

 

「倒せた……。俺達、勝ったんだ……!」

 

「ああ。一時はどうなることかと思ったが、こうしてエンシェントビットも取り戻せた」

 

 とんでもない強敵と戦うことになってしまったが、なんとか無事に目的は果たせた。私達に安堵の表情が戻る。……ただ一人を除いて。

 

「うう……うぐっ……」

 

 私は、今まで良く我慢していたと慰めてやりたかった。幼い少女に対して、この現実は過酷すぎるからだ。

 

「うっ……うわあああああ……!!」

 

 左腕は何も掴めなくなり、弓は地面に落とされた。

 

「お父さんも、お母さんも、もういないなんて……嘘だ……そんなの嫌だよ……。それじゃあ私は、なんのために今まで頑張ってきたの……!?」

 

 膝から崩れ落ち、ソシアは両手で顔を覆った。雫が指の隙間から零れる。

 

「たくさん弓の練習をして、いろんな怖い思いをして、いっぱい盗賊を捕まえて……一人で泣いて……。全部、いなくなったお父さんとお母さんを捜すためだったのに……!」

 

 せき止められていたものが決壊し、洪水のように流れ出ていた。

 

「仇なんか討ったところで……帰ってこないっ……!」

 

 声は震え、息も絶え絶え。それでも胸の内を吐き出し続ける。

 

「ううっ……もう会えないなんて……嫌だよぉぉぉぉぉ!!」

 

 悲痛な叫びが辺りに満ちる。必死にすがっていた希望があえなく潰えるその気持ちは、状況こそ違えど私も過去に味わったことがある。勝手に信じていただけと言えばそうなのかもしれないが、それでも総司令に裏切られた時のあの気持ちは今も忘れられない。……いつの間にか、ソシアと自分を重ねていた。

 

「会いたい……会いたいよぉっ……!!」

 

 だからこそ彼女に伝えたい。完全に絶望する前に、まだ足掻きもがけることを。

 

「そのことだが、ソシア。君のお母さん……レミアさんについては、また会えるかもしれない。とは言っても、決して希望の持てるものではないんだが……」

 

「えっ……!?」

 

 目は潤み、頬に涙を伝わせたままのソシア。思いがけないといった表情で私を見上げた。

 

「エグゾアがわざわざレミアさんを買ったということは、何らかの利用価値を見出していたはず。どうでもいい人間にガルドを払うとは思えない」

 

「利用価値……? エグゾアは人を買ってどうするつもりなんだろう」

 

 しばらく黙っていたゾルクが、ここで口を開いた。目は少し充血していたが平静を保っているつもりのよう。野暮な突っ込みはせず、彼の問いに答える。

 

「私は、元はただの戦闘員だからな。実はそっち方面には詳しくないんだ。しかしエグゾアを抜け出す前に調べた情報によると、ビットや魔力に関する研究も盛んにおこなっていた。重要な実験に使えそうな人間を買い集めていた可能性は大いにある。レミアさんがそのために買われたというのなら、無闇に殺したりはしないだろう」

 

「でも、それって……」

 

「ゾルク、察しの通りだ。ビットや魔力に関する研究に人間を使うということ……それは人体実験や人体改造を意味する。そこから発展した『生体兵器』の研究も進められていた。実験に使われた人間はたとえ生きていたとしても元の記憶、人格、感情、容姿のままという保証は無い……」

 

 もしかするとこれはソシアを苦しめる情報かもしれない。しかし死んだままだと思うより、すがれるものがあった方がいい。選択肢を与えたかったのだ。何を選ぶかは、彼女次第。

 話を聞き終えたソシアは僅かの間うつむき、何かを考えていた。少し時間が経った頃。顔を袖で拭って深呼吸し、赤くなった目を擦りつつも凛として立ち上がった。

 

「……私、決めました」

 

 彼女の眼差しに、先の戦闘時のような激情は含まれていなかった。

 

「ゾルクさんとマリナさんの旅に、お供します」

 

 言葉に出す前から、決意が読み取れそうなほどの気迫がソシアを覆っていた。

 

「いいのか? 私達の旅は、ここでシーフハンターを続けるより遥かに危険なものになると思うぞ」

 

「エグゾアと戦い、関わっていくんですよね。確かに危険だと思います。でもそうすることで、お母さんと会える可能性がほんの少しでも生まれるなら……どれだけ危険でもその道を進みます。もちろん、世界を救うためにも尽力します」

 

 意志は固いらしい。ならば最終確認として念を押そう。

 

「酷だと思うが、あえてはっきり伝えておく。……最悪の事実を突き付けられる可能性の方が、圧倒的に高い。それでも本当についてくると言うんだな?」

 

 我ながら損な役回りである。だが避けては通れない問題だ。それはソシアも理解していた。

 

「…………はい、覚悟の上です。お母さんの死を知ることになったとして、それだけでも意味があります。私は安否を……真実を知りたいから……!」

 

 予想通りの……いや、予想以上の返事だった。鳶色(とびいろ)の眼に宿った決意を、私達は信じた。

 

「わかった、君を迎え入れよう。出来る限りの協力はするつもりだ」

 

「俺も歓迎するよ、ソシア」

 

「ありがとうございます! こちらこそ、よろしくお願いしますね!」

 

 ソシアは笑顔を浮かべて元気に振る舞ってくれた。けれども悲しき決意の後のそれは、痩せ我慢や虚勢のようにも見えた。彼女の歩む道にせめてもの光が差すことを、私は胸中で祈るのだった。


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