Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
邪悪な魔獣に成り果てたグラムとの激戦は終わった。
アジトで捕縛した盗賊達については当初の予定通り、他のシーフハンターの人々に引き継いで処罰を任せた。
その後。私達はソシアの住処に戻り、また休ませて貰うことに。彼女が私達の旅へ同行することが決まったため、その準備も兼ねていた。
一夜明け、朝早くに出発した。スラウの洞窟へ向かう前にディクスへと立ち寄るためだ。これはソシアの希望であり、どうやら過去に暮らしていた実家に用事があるらしい。
ディクスはセリアル大陸西方の海に面した港町であるため時折、潮風に乗って海鳥が優雅に羽ばたく。石造りの家屋が立ち並び、新鮮な魚介類や果物、野菜を売る市場が繁盛していた。客寄せの声や荷運びの指示などが飛び交っており活気に満ちている。魔皇帝の呪いによって荒み暗くなった世界にも負けていない。
この光景はゾルクにも影響を与えたようだ。
「盗賊達は何もかも諦めて開き直ってたけど、ディクスの人達は一生懸命に毎日を生きてる。みんなの暮らしのために俺も、もっと頑張らなくちゃいけないな」
市場で働く人々を遠くから見つめ、彼は呟いた。自然に握られた拳には力が込められている。
「お前にも、やっと自覚が備わってきたようだな。嬉しい限りだ」
「『やっと』って何だよ! 素直に喜べない言い方して。まったく、もう……」
「ふふっ」
ゾルクの不貞腐れる姿は見ていてなかなか面白い。意地の悪いことではあるが、たまに虐めたくなってしまう。別にそういう趣味があるわけではないのに何故だろうか。私にそうさせるのは、彼の気質のせいかもしれない。
ディクスの町並みを堪能している内に、ソシアの実家へと辿り着いた。目前にそびえる家は、今までの道のりで目にしてきた家屋と同様に石壁で造られている。
お邪魔させてもらうと、食器棚や台所、部屋の中央にはテーブルや三人分の椅子などごく普通の家具が揃えられていた。そして清潔さが保たれている。
ソシアとグラムの会話から察するに、この家は二年前から使われていないはず。おそらく彼女は定期的にこの実家を訪れ、掃除を怠っていないのだろう。
ふと、テーブルに写真立てがぽつんと置かれていることに気付いた。覗き込んでみると、そこには桃色の髪の幼い少女――ソシアを中心に両親と思わしき人物が写っていた。
男性は短い茶髪と少々の髭をたくわえており、女性はソシアと同じ桃色の髪を肩まで伸ばしていた。三人とも優しく微笑んでいる。
私と同じく写真が気になったのか、ゾルクがソシアに尋ねた。
「この写真に写ってるのが、ソシアのお父さんとお母さんなの?」
「はい。私が十歳の頃に撮ったものです。みんな笑顔で写っていて、とても気に入っている一枚なんですよ」
ソシアの返答で気になる部分があり、続けざまに私も質問する。
「気に入っているのなら何故、マグ平原の住処へ持っていかなかったんだ?」
「時々、思い出して辛くなることがあるので、あえてこの家に」
「そうか……。不用意に聞いてしまって済まない」
ソシアの表情は曇ってしまう。私の失言によるもの……かと思われたが、そうではなかった。彼女は慌てた様子で首を横に振る。
「いいえ、ぜんぜん気にしていませんよ! ただ、今日から旅に出るので、しばらく写真を見に来られなくなるのが……ちょっと寂しいんです」
そう口にする横顔を見て、ソシアがここへ立ち寄った理由をようやく把握する。
「……お父さん、行ってくるね。お母さんを捜しに」
写真に向かい、それだけを発した。幼くも凛とした瞳の奥には、小さな勇気と大きな不安が潜んでいた。
‐Tales of Zero‐
第9話「洞窟を進め」
ソシアの実家を発ち、マグ平原を通過。スラウの森へと続く洞窟の入り口に辿り着いた。
ディクスからそれほど遠くない場所であったため、道中のモンスターとの戦闘も最小限に抑えられ、体力に余裕を残せている。けれども平原と森を遮るように構えられた土色の洞窟は、その余裕ごと私達を飲み込もうとするかのように大口を開けている。
「ここがスラウの洞窟かぁ。たしか噂の怪物がいるんだっけ……」
ゾルクは目前の暗闇を見つめ、フォーティス爺さんの忠告を思い出していた。
「どうした。恐ろしいのか?」
「そ、そんなわけないだろ!? モンスターになったグラムだって倒せたんだし、へっちゃらさ! こんな洞窟なんてさっさと抜けてスラウの森へ行こう!」
否定する彼の目は泳いでいる。やはり図星のようだ。グラムに大打撃を与えた際の勇猛果敢な姿はどこへやら。たまにカッコいい面を見せても根はヘタレのままらしい。
「ゾルクさん、声が上ずっていますよ?」
「そ、そーれーはー、気のせいだよぉ~ソシア! マリナも突っ立ってないでさ、早く進もうよ。俺は先に行くからな!」
早口でこちらを急かすと、彼は洞窟の中へと駆けていった。だが重要な物を忘れている。私はそれを道具袋から取り出し、洞窟に声を響かせた。
「ランプは必要ないのか?」
「…………要ります」
力無い声と共に、暗闇からゾルクが戻ってきた。恥ずかしそうに顔を伏せながらランプを受け取る。
痩せ我慢するのはまだ良いとして、そのせいで周りが見えなくなるのは勘弁してもらいたいところだ。
「やれやれ」
「あはは……」
苦笑するソシアと顔を見合わせ、呆れるしかなかった。
一寸先は闇。ランプで岩肌を照らしながら、狭い通路を慎重に進んでいく。
「これ、調子悪いんじゃないかな? あんまり照らせてないみたいだ」
手にぶら下げたランプに対し、ゾルクは文句を言う。確かに、明かりはだんだん弱まっていた。
「そうみたいですね。中のビットを取り替えてみます。貸してください」
ソシアはランプを受け取ると蓋を外し、明かりをフッと吹き消して燃料であるビットを交換する。真っ暗な中で細かな作業を器用にこなす彼女だが、シーフハンターとして夜間にも活動していたので慣れているのだろう。
「明かりが消えると本当に何も見えないなぁ。……早く点けてね……」
顔は見えないのに、ゾルクの表情は容易に想像できてしまう。
「一瞬のことなんだから我慢しろ」
「それはそうだけどさぁ……」
グシャッ
その時。ゾルクの足元で固いものが潰れたような音がした。
「ん? 何か踏んだかな」
彼は気になり、その場で足踏みをして確かめてみる。すると地面からまたガシャリ、グシャリと音が聞こえた。
「交換が終わりました。点けますね」
ソシアがランプで足元を照らし、私達は音のした方へと視線を向ける。そこで見たものは……。
「……うっわあぁ!! ド、ドクロ!? ガガガ、ガイコツ!?」
「ちょ、ちょっと! 踏んじゃ駄目ですよゾルクさん!! 罰当たりですって!!」
二人とも、大袈裟に手足をばたつかせて慌てふためいていた。そこまでのリアクションは要らないだろう、と思うほどに。そんな彼らを差し置き、私は冷静に状況を把握する。
「まあ待て、落ち着くんだ。そしてここから先へは、もっと気を引き締めて進もう」
すると二人は動きを止め、我に返った。
「そ、そうか。こんなところにガイコツが転がってるってことは、例の怪物が近くに潜んでるかもしれないってことだよな」
「わかりました。気を付けて進みます……!」
全員が武器を手に取り、いつでも戦闘に対応できる状態となった。
警戒しながら歩いていると、今までの道の狭さを嘘のように思わせる天然の広間に出た。
「スラウの洞窟に、こんなに広い空間があったんですね……!」
ソシアが驚きの声をあげる。私も彼女に同意しようとした瞬間。
「……敵か!?」
背後から殺気を感じ取った。咄嗟に二丁拳銃を向けると、二人も引き続いた。しかしそこにいたのは噂の怪物でも、雑魚のモンスターでもない。
「なんだ、モンスターじゃなくて人かぁ。脅かさないでくれよ」
怪物ではなく人間の姿を確認したため、安堵の声を漏らすゾルク。両手剣を握ったままでは物騒だと思ったのだろう。彼は警戒を解き、それを背の鞘へと収める。私とソシアも武器を下ろした。
その人物は血で染まった焦げ茶色の服を着ていた。長い髪が顔を隠しているが服装のセンスから推測するに、おそらく男性だろう。
「…………」
黙り込んでいる。口を開く気配は無い。寧ろ存在感や生気すら……。この男、本当に人間なのだろうか。何かがおかしい。
怪しんでいると、ソシアが男の容態を心配し始めた。
「怪我をしているんですか? だったらすぐに治癒術をかけますね」
声をかけて近付こうとした、その時。――正体が露になる。
「はっ……! 危ない!!」
「え? ……きゃっ!?」
男は突如として殺意を溢れさせ、ぐんと腕を伸ばしてきたのだ。ギリギリのところで予備動作に気付いた私はソシアを抱きかかえるように庇い、地面に伏せた。
「ウウウ……食ワセロ……」
「こいつは……人間じゃない!? ゾンビだったのか!」
ゾルクは背の鞘に戻していた両手剣を再び引き抜いた。血まみれのゾンビは、まだ起き上がれていない私とソシアを狙い、両腕を突き出す。
「でりゃあぁっ!!」
だがそれが届く前に、ゾルクの両手剣が奴の腐った身体を脳天から真っ二つにした。ゾンビは腐敗臭を放ち、肉片と思わしきものをボトボトと落として崩れ去った。
「怪我はないか?」
「はい……。マリナさん、ありがとうございます」
この隙に私達は立ち上がった。幸いにも傷は負っていないようだ。それを確認してすぐ、彼女にお願いする。
「一体のゾンビが現れたということは……不穏だな。ソシア、洞窟の天井に炎の矢を放ってほしい」
「わかりました。
言われるがまま、ソシアは燃え盛る矢を頭上に放った。するとランプの明かりを凌ぐ広い範囲が照らされ、同時に異様な光景が目に入ってきた。
「やはり群れを成していたか。既に周りを囲まれている」
それらが確認できた途端、先ほどよりも強烈な異臭が漂い始めた。
口々に「食ワセロ」や「ヨコセ」と繰り返す、二十数体のゾンビ。群がった光景は極めて不気味だ。朽ち果てた顔面など見続ける気にもならない。
「うえぇ、気色悪い……。けど、そうも言ってられないか!」
ゾルクは顔をこわばらせたが、割り切ったらしく一瞬で表情を切り替える。
「そういうことだ。二人とも、手早く片付けるぞ!」
「はい!」
ゾルクが勢いよく突っ走り、私とソシアは射撃を開始した。
「
両手剣の振り下ろしによって生じた衝撃波を前方に飛ばす、ゾルクお馴染みの剣技。衝撃波は数体のゾンビを仰け反らせるに至ったが、決定打にはならないようだ。
「
ならばと、二つの銃身を重ねて巨大な火炎球を撃ち、ゾルクを援護。ゾンビの身体は火炎に丸ごと包まれ、燃え尽きていった。
「
ソシアも、先ほど洞窟の天井に突き刺したものと同じ術技でゾンビを焼く。しかし次々に、というわけにはいかない。どれか一体のゾンビを狙おうとすれば別の個体が迫ってくる。考えて動かなければ、すぐに捕まってしまうのである。「手早く片付ける」とは言ったものの実現は難しい。
ここでゾルクは、逃げ回りながらアドバイスを求めた。また脳天から真っ二つに出来れば早いのだが、あれは隙が大きすぎるので不可能なのだ。
「数は多いし、タフそうなゾンビも居る……! 弱点とかないのか!?」
「一般的にゾンビの弱点は、火や光の属性だと言われています。そう思って火の弓技で攻めているので、ゾルクさんも弱点攻撃をお願いします!」
ソシアから答えを貰った彼は早速、行動に――
「えっと、ごめん。どっちの属性の技も、まだ考えてないや……」
――移れなかった。二人のやりとりを聞いた私は負い目を感じる。
「……私のミスだな。こんな状況も踏まえて、お前が色んな属性の術技を習得できるよう早めに指南するべきだった……」
そして今、一瞬だが敵から視線を逸らしたことによりミスが増えてしまう。
「ぐあぁっ!!」
隙を突き、他よりも一回り大きな体躯のゾンビが肩を突き出し、右前方よりタックルを仕掛けてきたのだ。私は成す術なく突き飛ばされ、豪快に砂埃を巻き上げながら地面を転がってしまう。
「マリナ!!」
「マリナさん!?」
ゾルクとソシアから飛び出た心配の叫び。だが、それには及ばない。
「……大丈夫だ。私の身体は、自分で思うよりも多少なり頑丈らしくてな。軽く膝を擦り剥きはしたが出血も無い」
土や埃を簡単に払いながら、しっかりと立ち上がってみせた。そして次に行うのは無論、『返礼』である。タックルを食らわせてきたゾンビの懐まで一気に踏み込むと。
「巨体が相手ならば至近距離からのガンレイズだ!!」
両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射する二丁拳銃の奥義を発動。弱点である光の弾丸を大量に浴びたゾンビはその場で倒れ、形を失っていった。けれども、これで終わったわけではない。
「応急処置を……! ファーストエイド!」
「ありがとう、ソシア」
僅かな時間で擦り傷に治癒術をかけてもらい、また二丁拳銃を構える。残り約二十体のゾンビを撃退できなければ、この洞窟から出ることなど叶わないのだから。
「まだまだ残っていますね……」
「さて、どうしたものか。一網打尽に出来ればいいんだがな」
依然として私達を取り囲む腐肉の壁と睨み合いながら、ソシアと共に頭を悩ませる。すると突拍子も無くゾルクが閃いた。
「……あっ、そうだ! 弱点を突けなくたって、これができる!」
「良い考えなのか?」
半信半疑で問うと、明るい声が返ってきた。
「もちろんさ! まず、二人は俺の足元にしゃがんで待機。次に、合図を出したらゾンビ達へ目一杯に炎を放ってくれ!」
単純だが指示は明確である。きちんと中身のある作戦のようだ。
「他に策も無いし、乗ってやるしかないか」
「私もゾルクさんを信じます」
お互いに視線を交わし合い、皆の意志が一つになると即刻、ゾルクの作戦は始まった。
「全開だぁぁぁ!!」
ゾルクが両手剣の柄のビットへ精神力を込めている間、私達は彼の元へ寄っていく。そして身を屈めると。
「秘奥義、
両手剣が、広間の半径に届くか届かないかのところまで巨大化した。――ここまでくればゾルクが何を企んでいたのか、もうわかる。
「……を、振り回す! どりゃあああああ!!」
巨大な両手剣を全力で右回りに振るい、約二十体ものゾンビを剣の腹で
「力任せな作戦ですね……」
「しかし、悪くない」
秘奥義を習得してまだ間もないというのに、ここまでの応用力を見せるとは。ゾルクの潜在能力には目を見張るものがある。
最後に彼は両手剣を振り抜き、腐肉の連中を洞窟の壁に叩きつけて、こう叫んだ。
「今だ、燃やせー!!」
それと共に武器を構えた私達は、鬱憤を晴らすかの如く術技を見舞った。
「
「
ゾンビ達は例外なく火炎に焼かれ、肉とも骨とも判別できない残骸へと変わるのだった。
「ふぅ……。なんとか全部倒せたな。俺の作戦勝ちだ!」
元の大きさに戻った両手剣を握り締める彼は、いつになく誇らしげだ。確かに相応の働きだったと、私も思う。
「そうだな。今回は素直に褒めるとしよう。よくやってくれた」
「へへっ」
戦闘を終えた頃には、天井に刺さった炎の矢が燃え尽きかけていた。炎が消える前にゾンビを倒せて本当に良かった。でなければ今頃、私達は奴らの仲間入りを果たしていたかもしれない。
「にしてもさ。ゾンビは群れになってることが多いとはいえ、こんなに大量に現れるなんておかしくないか?」
ただの予想ではあるが、私はゾルクの疑問に答えてやった。
「多分だが、元々この洞窟に棲みついていたゾンビが人間を襲って、ゾンビ化させ続けたんだ。ゾンビ化しなかった人間は、そのまま食らい尽くして骨だけにして……。噂の怪物の正体もこいつらで間違いないだろう」
「なるほど……。戦い慣れてる俺達でも、ちょっと危うかったし。悔しいけど旅人や商人がやられるのも納得がいくよ。これも魔皇帝の呪いが関係してるのかな?」
「可能性としては大いに有り得る」
剣の腹にこびり付いた腐肉片を払い除け、両手剣を鞘へとしまうゾルク。その側でソシアは浮かない顔をしていた。
「どうか、安らかに眠ってください……」
そう言うと顔の前で両手を握りしめ、倒したゾンビ達に対して祈りを捧げるのだった。
ソシアが祈り終えたところを見計らい、ゾルクが口を開いた。
「怪物退治も終わったんだし、もう行こうよ。この洞窟、やっぱり怖いからさっさと抜けたい……」
「脅威がなくなっても結局は怖がるのか……。だが、先を急ぐ意見には賛成だ。……おや?」
歩き始めようとした途端、焼けたゾンビの残骸に紛れて光る物体を発見した。私はそれが気になりすぐに拾い上げる。大きさや形は通常のビットに近かった。
「こんなものを見つけた」
そして二人に差し出した。ソシアはランプで物体を照らし、まじまじと見つめる。
「一見するとただの割れたビットにしか見えませんが、言い表せない違和感がありますね。雰囲気が、まるでエンシェントビットみたいです」
「ソシアもそう思うか。私も、エンシェントビットに似た輝きを放っているように見えた。調べる必要がありそうだな。ゾルク、道具袋にしまっておいてくれ」
「えぇ……? このビットみたいな欠片、持ってくの? ゾンビの中から出てきたのに」
彼は不本意そうな面持ちで物体をつまんだ。確かに通常なら抵抗もあるし、自ら望んで所持したい物でもない。でも正当な理由がある。
「だからこそだ。ゾンビは、元はと言えば人間なんだぞ。体内にこんなものがあったとすれば、それは不自然だと思わないか? ジーレイ・エルシードに会うついでに、この物体のことも調べてもらおうと思う」
「そういうことか。わかったよ」
ゾンビの群れを打ち倒し、謎の物体を手に入れた私達。洞窟の出口らしき光も見え始めた。スラウの森はすぐそこである。