Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第10話「魔術師の住まう森」 語り:マリナ

「うわっ、眩しいなぁ……」

 

「頭がクラクラしますね」

 

 たった今、私達はスラウの洞窟を抜けた。見上げれば相変わらずの曇り空だが、それでも眩しさを感じる。他の二人と同様に手をかざし、無言で目を覆った。

 次に待ち構えているのはスラウの森。洞窟との間には僅かな草原が隙間としてあるのみで、そのまま森に進入する形となっていた。

 

「いよいよスラウの森か。洞窟も真っ暗で怖かったけど、こっちはこっちで陰湿な感じのする森だよなぁ……」

 

 ゾルクは洞窟に入る前と似たような反応を示し、身を震わせている。しかし私は取り合わないことにした。

 

「行こうか、ソシア」

 

「あ、はい……」

 

 彼女は少しだけゾルクを気にする素振りを見せたが、申し訳無さそうに軽くお辞儀をすると、そのまま私についてきた。

 

「……ねえ、ちょっと! あっ、ソシアまで! 待ってくれよー!」

 

 気付き、慌てて私達を追いかける。……ゾルクには勇敢な部分もあるのだが普段は発揮されていない。それさえどうにかなれば頼もしく見えるのに、と惜しい気持ちでいっぱいである。

 

 スラウの森は、生い茂る木々が僅かな陽光さえ遮断してしまっているため、洞窟ほどではないが薄暗い。それに加えて怪鳥の奇妙な鳴き声も響きわたっており雰囲気の異様さを際立てている。

 出現するモンスターも多様だ。機敏に動きまわる枯れた大木や、笑いながら飛び跳ねるキノコ、尋常ではない大きさの怪力昆虫などという風に気色の悪いものが多い。

 

「さっきから不気味なモンスターにばっかり出くわすなぁ……。ゾンビの大群で散々な目に遭ってから間も無いのに、勘弁してほしいよ」

 

「相も変わらず、よくそんなに弱音ばかり吐き出していられるな。少しはソシアを見習え。彼女のほうがよほど救世主らしい器を持っているぞ」

 

 ゾルクは私の言葉に腹を立てたらしく、目を吊り上げて反論する。

 

「そんなこと言われてもさぁ。俺だって俺なりに頑張ってるんだし」

 

「そういう言葉は、態度と行動で示してから口にするべきだ」

 

「なんだとー? 人の気も知らないで!」

 

「お前こそ私の気持ちがわかるのか?」

 

 野営の時に続き二度目になるだろうか。私とゾルクの間に口論が起こってしまった。そんな私達を見かねたのか、戸惑いつつもソシアが仲裁にまわった。

 

「あの、お二人とも……喧嘩はよくありませんよ?」

 

「けどマリナが!」

「だがゾルクが!」

 

 全く同じタイミングで、私達は人差し指を突き出し合った。あまりにも見事に言動が重なり合ったせいか、お互いに硬直して何も言えなくなってしまう。

 

「……ふふっ、なぁんだ。『喧嘩するほど仲が良い』というわけですね。でしたら続きをどうぞ」

 

 ソシアは固まった私達を見守り、小さく笑って冗談を零す。……私とゾルクは顔を伏せたまま、再び歩き始めるのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第10話「魔術師の住まう森」

 

 

 

 森の奥深くまで進むと、草地の広がる空間に出た。その中心には小屋が見える。小屋は丸太で構築されており、言うなればログハウス。一人の人間が普通に暮らすためのものよりかは少々大きめに建てられていた。

 小屋の周囲には木々が全く生えておらず、見上げると曇り空が目に入る。まるでこの場所だけスラウの森から切り取られているかのようだった。

 

「マリナさん。もしかしてここが、魔術師ジーレイ・エルシードのお宅でしょうか?」

 

「きっとそうだろう。この森に住んでいるのはジーレイだけだという話だからな」

 

 ソシアは早速、小屋の扉を叩いた。

 

「ごめんください」

 

 しかし出迎える様子はない。

 

「返事がありませんね……」

 

「なんだ、留守なのか」

 

 と、ゾルクが残念がったその時。彼の周りを、幾つもの小さな炎の玉が包み込んだ。

 

「おあっ!? あああぢあぢ、あぢぃぃぃ!!」

 

 炎の玉は、ものの見事にゾルクの背に火を点けた。わけもわからないまま、のた打ち回って小屋から遠ざかっていく。

 

「いけない! ゾルクさん、いま助けます!」

 

 とっさに対処したのはソシアだった。

 

瞬氷閃(しゅんひょうせん)!」

 

 氷の力を秘めた矢を放ち、ゾルクの背中をかすめる。すると彼を焼いていた炎は冷気に覆われ、見事に鎮火した。

 

「や、火傷しちゃったかな? 死ぬかと思った……。一体なんなんだよ、今のは!?」

 

「これは紛れもなく火の魔術だ。気配を消しているようだが、私達のすぐ近くに誰かがいる」

 

 すると、森の中から人間の姿が躍り出た。左手に古びた本を開いており、右手でページをめくりながら歩んでくる。

 

「それ以上、小屋に近づくと……火傷するどころか火だるまになりますよ。小さな侵入者さん」

 

 微笑を浮かべて警告したのは、銀の短髪に紫の眼の男。シンプルなデザインの洒落た眼鏡をかけており、首には装飾品を下げ、フード付きの紺のローブを着込んでいる。

 

「えっ、侵入者って……それは誤解です! 私達の話を聞いてください!」

 

「失敬。正確には侵入未遂でしたね。人の留守を狙うところから察するに泥棒でしょうか。……走りなさい。スラストダッシャー」

 

「違います! 泥棒でもなくて……きゃっ!?」

 

 ソシアの言葉もまともに聞き入れてくれない。それどころか今度は地を這う風の刃を放ってきた。微笑のままである。

 こうなっては仕方ないと、私は両腰のホルスターから拳銃を抜き取った。

 

「泥棒でもないとすると……なるほど、そういうことですか。剣士に銃撃手に狩人とは、なかなかバラエティに富んでいて戦い甲斐がありそうですね」

 

 最初からずっと穏やかな口調なのだが、私達と戦う気は満々のようだ。銀髪の男は向けられた銃口に臆することなく、左手に開いた魔本を輝かせて術の詠唱を続けている。

 

「頼むから話を聞いてくれよ! あんたが魔術師のジーレイ・エルシードなのか!?」

 

 向かい来る炎の玉を、両手剣で振り払ったり頬を焦がしてあたふたしたりしながら、ゾルクが銀髪の男に近づく。

 

「ええ、その通り。ですが不届き者に用はありませんので。……貫きなさい。アイスバーン」

 

「あ、あぢぢぢ!! ……いや、俺達はあんたに用事があるんだけど……って、うおわ!?」

 

 今度は鋭い氷の針を地面から生やしてくる。ジーレイはゾルクばかりを魔術の標的としていた。接近しないと攻撃を加えることができないゾルクのことを優先して狙っているようだ。

 しかしこれでジーレイの戦い方は把握した。ゾルクの援護に回るため私は引き金を、ソシアは弓の弦を引く。……だが当たらない。

 

「おや、銃と弓を扱っていながらこの程度なのですか?」

 

「そんな馬鹿な!」

 

「信じられません……」

 

 驚くことに、ジーレイは飛び道具による攻撃を見切ることができるらしく、身体をひょいと傾けて易々と避けてみせた。……射撃で牽制できないとは思わなかった。私達を「小さな侵入者」と見下すだけのことはある。

 

「ゾルク、とにかく走り回れ! 止まっていたら的になる!」

 

「わかってるよ! またあんな目に遭うのは嫌だし……!」

 

 私が指示を出すと、ジーレイは再び笑みを浮かべた。

 

「何をしようと無駄なのですがね。次はこれです。……暴岩(ぼうがん)(そう)。怒る大地の鼓動を聴け。アングリーロック」

 

 魔術が発動するとゾルクの四方の地面が盛り上がり、高くそびえる土の壁が囲った。彼から見えるのは、ぽっかりと開いた上部から覗く曇り空だけ。

 私とソシアからはゾルクの姿が見えなくなったが、彼が壁の内側でもがく音は聞こえてきた。地を蹴り飛び上がって脱出を試みているようだが、それを成功させるには壁が高すぎたらしい。失敗して転落する音だけがこちらに届いた。

 

「ちくしょう、なんなんだよこれ!? 出られないじゃないか!」

 

「当然でしょう。あなたの動きを封じるために唱えた魔術ですので」

 

「乗り越えられないなら土の壁を壊して……うっ、思ったよりも硬い!?」

 

 今度はカンッ、カンッという音が響いた。内側から両手剣で突き崩そうとしているのだろう。しかし成果は得られない。

 

「はぁっ、たぁっ、でやぁっ! ……くそっ、ここから出せー!」

 

「そう言われて素直に出すとお思いですか? どうしても出たければ、ご自分の力で脱出してみせなさい」

 

 あの余裕の物言いだ。今、ジーレイを狙えば手傷を負わせられるかもしれない。

 

連牙弾(れんがだん)!」

 

瞬氷閃(しゅんひょうせん)!」

 

 そんな思惑でソシアと共に、彼の背後から冷気を帯びた矢と、風を圧縮した弾丸を発射した。

 

「惜しかったですね」

 

 だが、意図に反してジーレイは難なく宙返りで避けてみせる。着地した後も余裕の笑みのまま。

 死角からの射撃を回避してみせるとは恐ろしい男だ、ジーレイ・エルシード。ローブを着込んだ魔術師のくせにこの身のこなしとは、もはや反則である。

 

「あの剣士から仕留めるつもりでしたが、飛び道具を持つあなた方から先に始末したほうが良さそうですね。別に逃げても構いませんよ。……逃げられれば、の話ですが」

 

 不意にジーレイから笑みが消えた。それと共に彼は一瞬ではあったが、ここまでで感じたことのない気迫を放った。

 

「誤解で倒されるのは不本意なんだがな……」

 

「マリナさん、どうしましょう……?」

 

「まずはジーレイに攻撃を当てなければならない。とにかく撃ちまくる!」

 

 二丁拳銃とビット仕掛けの弓が唸りをあげる。これでもかというくらいに弾丸と矢を放つが……。

 

「無駄ですよ。……紅蓮(ぐれん)(ほう)。宿るは加護の聖炎。バーニングベール」

 

 ジーレイを中心に炎の波動が生みだされ、攻撃を全て防がれてしまった。それどころか炎の波動はこちらに迫り、私達の身を焼いた。

 

「ぐっ……!?」

 

「きゃあああっ!!」

 

 ゾルクを襲った炎の玉など比にならないほどの火力。波動はすぐに身体を通り抜けたが、被害は尋常ではない。

 

「何度でも申し上げましょう。僕に攻撃を加えようとしても、無駄です」

 

「攻防一体の魔術か……なかなかズルいな……!」

 

「このままだと私達……本当に負けてしまいます……」

 

 勝機を見出せないまま時だけが過ぎていく。こちらが悩む間にも、ジーレイは次に繰り出す魔術の詠唱を始めていた。

 

「マリナ! ソシア! くそっ、早く加勢しないと二人が危ない! でも、どうやって脱出すれば……」

 

 ゾルクは土壁に拳を叩きつけ、私達の名を叫ぶ。しかし、そんなことをしてもどうにもならない。当然、彼もわかっていた。そうして焦りだけが募る中。

 

「……あ、そうだ! 一か八か、これで!」

 

 ついに何かを閃いたようだ。行動へ移ることに迷いはなかった。力の限りを以て土壁に両手剣を突き刺す。

 

重絶掌(じゅうぜっしょう)っ!」

 

 硬化した土に食い込んだ両手剣からは圧力が放射され、壁の厚さの半分ほどをえぐり吹き飛ばした。でも、まだ外には出られない。

 

「続けて、真空裂衝剣(しんくうれっしょうけん)!!」

 

 両手剣にまとわりついた土を振り払うと今度は、剣圧による疾風の衝撃波を三度繰り出した。充分な厚さを失い耐久力の下がった土壁を、この奥義によって貫通するのだった。

 

「ふ~、なんとか出られた……」

 

 壁の中から、土煙と共にゾルクの脱出する姿が見えた。その光景を見ていたジーレイは落ち着いたまま静かに呟く。

 

「見たところ、今しがた放ったのは風の属性を持つ技のようですが……なるほど。力を一点集中できる技で壁を脆くし、その後に風属性の衝撃波で地属性の壁を相殺したわけですか」

 

「どうだ、ジーレイ! しぶとさなら負けないぞ!」

 

 両手剣を改めて握り直し、ゾルクは言い放った。が、ジーレイは怯みもしない。魔本のページをめくりつつ、溜め息交じりでゾルクに問いかける。

 

「しぶといのは結構ですが、お仲間は既に満身創痍です。あなた一人で、この状況をどうなさるおつもりですか?」

 

「そ、それは……」

 

 ゾルクは反論出来なかった。実際、ジーレイの言っていることは正しい。飛び道具さえ見切ってしまう彼に対してゾルクが剣撃を命中させることは、ほぼ不可能に近いからだ。

 

「こちらとしてもずっと遊んでいるわけにはいきません。あなた方にはそろそろ退場していただきましょう」

 

「そうはさせない! あんたを倒して、何が何でも話を聞いてもらう!」

 

 武器を振りかざし、ジーレイに狙いを定めて走り出すゾルク。急速に間合いを詰め、剣技を繰り出した。

 

突連破(とつれんは)!」

 

「おっと」

 

 三度の突きを浴びせようとするもジーレイはそれを軽々と避けてみせた。予想出来ていたことだが、すんでのところで回避されるのは、やはりもどかしい。

 間髪を入れずゾルクは、七連続で突く奥義を見舞う。

 

「まだまだ! 猛襲連撃(もうしゅうれんげき)!!」

 

「ですから、あなた一人でこの状況をどう覆すつもりなのです」

 

 突きの動きは(ことごと)く見切られた。剣先が紺のローブに触れることすら叶わない。……だが、これでいい。

 

「一人ではない!」

 

 この時。ジーレイの注意は完全に、ゾルクだけに絞られていた。

 

「む……!?」

 

 彼は背後から急速に接近する私に気付いた。が、もう遅い。

 低く屈んだ姿勢からの足払いでジーレイの動きを奪い、そのまま一回転。すかさず二丁拳銃を胴体に突きつける。

 

獅子戦吼(ししせんこう)!!」

 

 魔力弾を、獅子の頭を象った闘気として発射。咆哮(ほうこう)の如き銃声が辺りに響いた。ジーレイは抗えず吹き飛び、無様に地を転がるのだった。

 

「そんな、まさか……!」

 

 さぞ驚いたことだろう。ジーレイからしてみれば、自らが魔術で与えたダメージがまるで意味を成していないかのようにされていたからだ。

 事実、あの炎の魔術を受けてしまっては今のように俊敏に動くことなど出来はしない。そして、それをまともに食らった私は当然、攻撃など不可能な状態だった。……つい先ほどまでは。

 

「狩人の少女、治癒術を扱えるのですか。僕の詰めが甘かったようですね……」

 

 ソシアの服の胸部に装飾された菱形のビットが、柔らかな翠に発光する。ちょうど今、彼女は自身の傷を癒していた。その光景を目撃し、ジーレイは苦い顔で言葉を零したのだった。

 ジーレイの意識がゾルクに向いている隙に、私はソシアに治癒術をかけてもらっていた。そのおかげで戦線復帰し、やっとの思いでジーレイを攻撃できたのである。

 

「さあ、観念してもらうぞ」

 

 ゾルクは、這いつくばるジーレイから魔本を取り上げた。魔術師にとって詠唱用の魔本は命も同然。これでもう魔術は唱えられない。ジーレイは降参したらしく、ゆっくりと座り込む。抵抗する気配は一切なかった。

 

「ついに、エグゾアに(おく)れを取ってしまいましたか……。これでは僕の名も廃りますね」

 

 ずれた眼鏡を正しつつ悔しさを吐露した。……それはいいのだが、聞き捨てならない言葉を耳にした。すぐさまソシアが否定する。

 

「エグゾア……? ちょっと待ってください。私達はエグゾアではありません!」

 

「なんですって?」

 

 ジーレイは虚を突かれたようだった。

 ここで私は、とにかく一旦落ち着いて話をすることを提案。そして言葉を交わしていくうちに、耳を疑うような事実が判明した。

 

「俺達を、エグゾアの人間だと勘違いしてただって!?」

 

「はい」

 

「なんでだよ!?」

 

「野蛮な戦闘組織へ属している者にしては雰囲気がそぐわない、とは少々思ったのですがね。今までに僕を訪ねてきた人間にはろくな連中がいませんでしたから、今回もその限りだと決めつけてしまっていたのです」

 

 多少悪びれた様子でジーレイは語った。ゾルクに次いで私も質問する。

 

「過去に、エグゾアに襲撃されたことがあるのか?」

 

「幸いにも襲われたことはありません。ですが、これでも僕はセリアル大陸で名の知れた偉大なる魔術師。僕の力や命がエグゾアに狙われていても何らおかしくはありませんので」

 

「自分で自分を偉大と言うのか……」

 

 彼はすらすらと述べた。冗談なのか本気なのかわからない。この男、掴みどころのない人物のようだ。

 

「ジーレイさんが聞く耳を持たなかったのは、そういう理由だったんですね。用心していたからこそ起こった仕方のない出来事です。お二人とも、今回のことは水に流しませんか?」

 

「ソシア、そんな簡単に許していいのか? 正当防衛のつもりだったとしても、こっちはひどい目に遭ったんだぞ!?」

 

 心の広いソシアは許容したようだが、私は憤怒するゾルクと同意見。先ほどの戦いは避けようと思えば避けられたわけだし、よりにもよってエグゾアと間違えられたからだ。

 

「いやはや、本当にお詫び申し上げるほかありません。代償と言ってはなんですが、あなた方に尽力させていただきます。わざわざ僕を訪ねてきたのですから何かお困りなのでは? なんでもおっしゃってください」

 

 そう言ってジーレイは深々と頭を下げた。どうやら本当に誠意を込めて謝罪しているようだ。これにはさすがに怒りも収まり、騒ぐのをやめた。

 

「ああ、立ち話のままではいけませんね。どうぞ、遠慮なく僕の家へお上がりください」

 

 私達は誘われるがまま、小屋に入っていった。

 

 中は、魔術師らしく怪しげな物体が散乱していた。

 ひとりでに輝く水晶、用途不明な黒い鏡、怪しげな杖に装飾だらけの短剣、緑の火を灯したロウソク、骨の首飾りやコウモリの羽を用いたペンダント、謎の液体に浸けられた瓶詰めのトカゲに昆虫、翼の生えた死神の像と意味深に描かれた魔法陣……。枚挙に(いとま)がない。

 特に驚いたのは本の数だ。フォーティス爺さんの屋敷もなかなかの蔵書数を誇るが、それに勝るとも劣らない。棚に入りきらない分は、適当なテーブルを占領して積み重なっている。

 ジーレイによると、これらの殆どが歴史や魔術や伝説に関連する古文書だという。一人で住んでいるのに小屋を大きめにしている理由は、ここにあった。

 

 余談はこれくらいにして、ついに本題を切り出す。

 エグゾアの世界征服、魔皇帝の呪い、世界の崩壊、そして救世主の存在。私はこれまでのことを事細かに話した。

 

「その話は本当なのですか」

 

 全てを聞き終えたジーレイの表情は険しい。

 

「事実だ。現にセリアル大陸は荒れていき、エグゾアも世界征服に向けて力を蓄えて着々と準備を進めている。そしてこれこそが、エグゾアが海底遺跡から引き上げたエンシェントビットだ」

 

 私はジャケットの内側から大事に取り出し、手近なテーブルに置いた。ジーレイは神妙な面持ちでそれを見つめる。

 

「……エンシェントビット。確かにこれは、本物のようですね」

 

 手にした資料と見比べたり魔力を感じ取ったりし、彼は確認を終えたようだ。だが、それでもまだ信用は得られない。

 

「エンシェントビットや海底遺跡、世界が分断されたこと、エグゾアの悪行などは存じています。ですが、魔皇帝の呪いや救世主の存在に関しては初めて耳にしました。僕はこれまでに膨大な量の情報を得てきましたが、そのような内容はどんな伝説や歴史書にも記されていません。……はっきり申し上げると、信じられない話です」

 

 ジーレイはきっぱりと言い切った。それに対しゾルクが口を開く。

 

「俺だって最初は、セリアル大陸の存在を信じられなかったさ。でもビットや魔術とかのおかげで嫌というほど思い知らされたよ。どれもリゾリュート大陸にいた頃には無かったものだし。だからあんたも、新しい情報は素直に信じたほうがいいよ」

 

「リゾリュート大陸にビットは存在しないのですか」

 

「そう言ったじゃないか」

 

 ゾルクの返事を聞くと、ジーレイは何かを考えるように口元を押さえた。暫しの間そうしたかと思うと、今度は私のほうを向いた。

 

「もう一つ、疑問に思っていることがあります。マリナに対しての事柄なのですが、答えていただけますか」

 

 私に対して疑問を? なんの心当たりも無かったため意表を突かれた。不意打ちが得意らしい。

 

「答えられる範囲であるのなら構わない。疑問とはなんだ?」

 

 質問を許可するとジーレイは、鋭利な眼差しとなった。

 

「あなたは何故、エンシェントビットを扱うことが出来るのですか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「本来エンシェントビットは、ごく僅かの限られた人間にしか扱うことが出来ないのです。それなのに、あなたはどうして……」

 

 エンシェントビットは使用者との相性が良ければ通常のビットと同様に念を込めることで使用できる、とフォーティス爺さんの屋敷の古文書には記されていた。なので私にとっては不思議な現象ではない。

 

「たまたま相性が良かったんだろう。思い上がっているわけではないが、現に私はエンシェントビットを正常に使用でき、その証拠としてゾルクをリゾリュート大陸から連れて来ている。それにジーレイの身に付けている知識が全てではないかもしれない。盗賊のグラムも、暴走こそしたがエンシェントビットの力を引き出していたからな」

 

 私の反応を見たジーレイは態度を(ひるがえ)し、当たり障りのない笑みを浮かべた。

 

「……そうですか。すみません。今の質問は忘れてください」

 

「いや、わかってくれればそれでいいんだ」

 

 問い詰めるジーレイの瞳の奥底に、尋常ではないものを感じた。彼の剣幕はなんだったのだろうか。自分の知り得る以外の出来事のせいで混乱している? いや、そんな簡単に取り乱すような人間ではないはず。結局、真相はわからない。

 

「そういえばゾルクさん、ジーレイさんにあれをお見せしないと……」

 

「あ、そうだった。ここに来る途中、スラウの洞窟で妙なものを拾ったんだよ」

 

 ゾルクはソシアの耳打ちを受けて思い出したようだ。自分の道具袋から、手の平に収まる程度の小さな物体を摘まみ出す。そしてジーレイに手渡した。

 彼が物体をじっくりと観察する傍らで、ソシアが問いかける。

 

「この物体がなんなのかわかりますか?」

 

「これは……エンシェントの欠片ですね。エンシェントビットほどではありませんが膨大な魔力を秘めています。これを洞窟のどこで?」

 

「ゾンビの体内に紛れていたのをマリナさんが見つけたんです」

 

 ソシアの言葉を聞いて、ジーレイは不可解だと言いたげな顔をした。

 

「おかしいですね。エンシェントの欠片とは、大昔に栄えた大国が使用した神器の欠片のこと。今となってはとても貴重なものです。そんなものがゾンビやモンスターの体内から現れるなど到底ありえません」

 

 ということは、やはり人為的なものなのだろうか。その線で考えられることといえば……エグゾアの人体実験だ。まさかエグゾアは、スラウの洞窟を実験の場にしていた? 私の予想は尽きない。ゾルクやソシアも同様に頭を抱えている。

 

「ところで、あなた方の当初の目的は果たせたのですか?」

 

 ジーレイのこの言葉で皆、はっと我に返った。エンシェントの欠片について悩んでいる場合ではない。よくよく考えてみれば、私達は八方塞がりの状態だ。

 

「……いいや。どうすれば救世主が魔皇帝の呪いを解いて世界を救えるのか、具体的な内容を知りたかったんだ。頼りにしていたジーレイが何も知らないとなると、お手上げだ」

 

「ではひとまず、エンシェントビットを海底遺跡へ再び封印することを、今後の目的としてみてはいかがでしょうか」

 

「元の場所に戻せば丸く収まるかもしれない、というわけか。単純だが説得力はある」

 

 何もわからない以上ジーレイの言う通り、再封印を目指すしか無いようだ。

 

「二人とも、それでいいか?」

 

「もちろん! 可能性がありそうなら、何でもやってみるべきだよ」

 

「私もそう思います」

 

 ゾルクとソシアは笑顔で頷いてくれた。

 期待していた状況とは違うが、それでも私達は挫けるわけにはいかない。何としてでも世界の崩壊を防がなければ。

 これでジーレイへの用事は終わった。小屋から去るため、私は別れの挨拶を切り出す。

 

「済まなかったな、ジーレイ。色々と迷惑をかけてしまった」

 

「いえいえ、お互い様ですよ。今後は僕がお世話になりますので」

 

「……ん?」

 

 どういうことかさっぱりだったが、すぐにわかった。

 

「あなた方の旅に同行させていただきます」

 

 突然の宣言に一瞬、皆の時間が止まった。

 

「……ええー!? どうしてあんたが俺達の旅に!?」

 

「あなた方と僕とでは情報に食い違いがあります。真実を、僕自身の眼で確かめる必要がありそうですので。それに僕は、あなた方に尽力すると申し上げました。問題ありませんよね」

 

 理由が強引で少々自己中心的である。しかしジーレイの頭脳と魔術は、旅の中できっと活躍するだろう。そう考えると悪い申し出ではなかった。

 

「確かに問題は無いな。ジーレイほどの魔術師が加わってくれれば、こちらとしても心強い。よろしく頼む」

 

「そうですね。頼りにさせてもらいます、ジーレイさん」

 

「ええ、お任せください」

 

 私とソシアは快く受け入れた。それに対して、ゾルクはあまり乗り気ではないらしい。

 

「なんか、半ば無理矢理だよなぁ……」

 

「細かいことを気にしてはいけません。それに僕は必ず、あなた方のお役に立ちますよ?」

 

「わ、わかったよ。それじゃあ、これからよろしく」

 

 余裕と威圧の混ざった不敵な笑みに見つめられて結局、丸めこまれたようだ。そして、ゾルクとジーレイは握手を交わした。

 

「改めまして、偉大なる魔術師のジーレイ・エルシードです。今後とも、どうかよろしくお願い致しますね」

 

 晴れてジーレイが私達の旅に加わることとなった。たまに腹の底が読めなかったりするが、悪人ではないことは確かだ。世界を救うため、共に頑張ってもらいたい。

 

「……ところでさ、ジーレイ。一つ気になることがあるんだ」

 

「どうぞ、おっしゃってください」

 

「エンシェントビットを海底遺跡に封印した後、俺がリゾリュート大陸に戻れる可能性ってあるのかな?」

 

 妙にそわそわしながらゾルクは問いかけた。どうしても聞いておきたかったことらしい。この問いに対し、ジーレイは……。

 

「それは……」

 

 何とも言えない笑みを浮かべたまま口を開き……。

 

「…………」

 

 開けっ放しにしたまま、声を発さなくなった。

 

「何か言ってくれよ!」

 

 たまらず、ゾルクは泣きつくように叫ぶ。それほど希望が無いことを察したようでもあった。

 

「元の世界へ帰還する方法……出来る限り探ってみますが、あまり期待はしないでください」

 

 やっと返事をされたが、願った通りの答えが来ずゾルクは落胆した。そんな彼の姿を見かねたソシアが近寄り、無言で彼の背に手を当て慰める。しかし私は事前に告げておいたはずだ。ここで泣き言を吐き出されても困る。

 

「セリアル大陸へと時空転移する前に、戻れる保証は無いと念を押しただろう? お前はそれを承知でこちらに来たんだ。今さらガタガタ抜かすんじゃない」

 

「た、確かにそうだけどさ……。やっぱり、出来ることなら戻りたいんだよなぁ……うぅ」

 

 改めてゾルクの涙ぐんだ顔を覗くと……さすがに、どうにも可哀想な気持ちになってきた。

 ヘタレなこいつを普段から叱咤(しった)している私だが、心の底から鬼なわけではない。辛く当たるのをやめ、彼の意思を受け入れることにした。

 

「……ゾルクの『帰りたい』と想う気持ち、考えてみれば人間として当然のことだったな。言い過ぎてしまって悪かった。私も、お前が帰還する手段を一緒に探すとしよう」

 

「私もゾルクさんの助けになります。リゾリュート大陸に戻る方法、きっと見つかりますよ!」

 

「マリナ、ソシア……! ありがとう……!」

 

 鼻をぐすぐす言わせ、彼は絞り出すように感謝を述べた。みっともない姿を披露しているが、ゾルクにとってはそれだけ重大な問題だということである。

 今はまだ何の方法も見つかっていないが、いつかゾルクがリゾリュート大陸に戻れることを願っておく。


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