Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

15 / 67
第11話「魔剣(まけん)鮮筆(せんひつ)」 語り:ゾルク

「標的が倒されているわ」

 

 スラウの洞窟で声を響かせたのは、真紅の長髪をなびかせ、髪と同じ色のバトルドレスを身に纏った妖艶な女。手には、身の丈に匹敵するほど巨大な筆を掴んでいる。

 

「ナスターの尻拭いというだけで腹が立つ上に、剣も振るえないのか。これは拷問か?」

 

 女の隣には、漆黒に身を染めた短い黒髪の男。退屈そうにぼやきながら、焼けて残骸となったゾンビの山を睨みつけている。

 

「文句はナスターに直接言いなさい。手間が省けたわけだし、さっさと回収して帰還しましょう」

 

 女は巨大な筆を操って地に文字を描く。すると、どこからともなく突風が吹き荒れ、ゾンビだった残骸を粉微塵にした。跡には何も残っていない。

 

「……見当たらないわ」

 

「なに? 燃えカスと一緒に吹き飛ばしたんじゃないのか」

 

「そんな馬鹿みたいなミスはしないわ」

 

 二人は周辺を探し始める。しかし目当ての物は一向に見つからない。

 

「ゾンビ達を倒した何者かが、知ってか知らずか持ち去ったとしか考えられないわね」

 

「ちっ、面倒だな」

 

 どうやら二人にとって思わしくない状況のようだ。特に男のほうは心の底から億劫がっている。

 そこへ、暗闇の奥から人型の腐肉……ゾンビが姿を現した。数は、たったの一体。残骸となっていたゾンビ達の仲間である。腐臭を撒き散らしながら二人に近づいていく。

 

「喰ワセロ……」

 

「どけ」

 

 男は紫の眼を鋭く光らせた。

 左手の平に黒い渦を作り出して内部に右手を突っ込む。渦から何かを引き抜いたかと思えば、いつの間にかゾンビは斬り伏せられていた。右手に握られていたのは∞の字に交差した刃を有する、禍々しいオーラを放つ魔剣。事が終わるとまた左手で渦を生み、魔剣を片付けた。

 一連の出来事を平然と見つめ、女は男に声をかける。

 

「スラウの森へ行きましょう。持ち去った者がいるかもしれないわ」

 

「ああ。ならば俺は、そいつが強者であることを願うとしよう」

 

「あなたは本当に戦うことばかりね。エグゾアらしいと言えばらしいけれど」

 

 女は呆れ気味に呟く。しかし男は本気で発言した模様。瞳は、血に飢えた獣のような獰猛さを秘めていた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第11話「魔剣(まけん)鮮筆(せんひつ)

 

 

 

 あれから俺達はジーレイの小屋に泊めさせてもらい、次の日の朝を迎えた。おどろおどろしい魔術道具に囲まれて眠るのは非常に恐ろしかった。変な呪いにかかっていないことを切に願う。

 出発の支度をし、全員が小屋の外へ出る。それを見計らって、ジーレイがおもむろに口を開いた。

 

「準備はよろしいようですね。では、出発しましょう」

 

「ああ。向かう先は、エグゾアセントラルベースだ」

 

 マリナが発した言葉、エグゾアセントラルベース。話し合った末に決定した、次の目的地だ。その名の通りエグゾアの主要基地であり、過去にマリナが過ごしていた場所でもある。基地の存在は一般には知られていないらしく、エグゾアに属する人間しか出入りできないようだ。

 エンシェントビットを再び封印するためには海底遺跡に辿り着くための手段が必要。もちろん俺達は海の底へ行く手段を持っていないため、どこかから調達しなければならない。そこでマリナが出した案は、エグゾアがエンシェントビットを引き上げる際に用いた潜水艇を奪って利用する、というものだった。

 潜水艇というのは水中に潜れる船のことらしいが、そんなもの見たことも聞いたこともない。しかし潜水艇があるからこそ現在、色々あって俺がセリアル大陸にいるわけなので信じるしかなかった。

 

「エグゾアの本拠地か……。このまま行って平気なのかな?」

 

「敵の真っ只中に飛び込むわけですもんね。とても心配です……」

 

 俺と同じようにソシアも恐れをなしているようだ。マリナは俺達を安心させるためか、優しく語りかけてくれた。

 

「なに、臆することはない。確かに強敵はいるが、それなりの用意をして尚且つ注意を怠らず、隠密を心掛ければ大丈夫だろう。戦闘員と遭遇しても、みんなの腕前ならきっと切り抜けられるはずだ」

 

 ソシアから曇った表情が消え去り、俺も少し気が楽になった。

 ついでに、マリナでもたまにはトゲが取れるものなのかと驚きもした。なんとなく昨夜から俺への対応の仕方が穏やかになった、ような気がする。このままでいてくれればいいのに。でも……。

 

「ずっと優しいマリナ、ってのも気持ち悪いかもなぁー」

 

「ほーう?」

 

「あっ」

 

 心の中で発したつもりが、口が緩み外に出てしまっていた。失態を自覚した瞬間、背筋が凍りつく。恐る恐る目線を横に向けると、そこには額に青筋を立てるマリナの姿が。

 

「私は確かに冷たい態度を見せることが多い。このままではいけないと思い改善しようと密かに考えていたが、どうやらお前にだけは厳しいままでも問題ないようだな……!」

 

「え、えっと、その……ごめんよぉっ!!」

 

「許さん! こら待て、ゾルク!!」

 

 最速で逃走する俺。全力で追走するマリナ。余所から見ればただの喧嘩にしか見えないだろうが、俺は今まさに命の危機にさらされていた。マリナはかんかんに怒っている。トゲがどうこうのレベルではない。額から二本の角を生やした状態だ。捕まれば……死ぬ……!!

 

「二人はいつも、ああなのですか?」

 

「はい。昨日も、ジーレイさんにお会いする直前に喧嘩していました。それほど仲が良いんだと思います」

 

「なるほど。これから僕は、賑やかな旅を体験することになりそうですね」

 

 ソシアとジーレイは楽しげに会話していたようだが、マリナから逃げることに精一杯の俺は、それを気にするどころではなかった。

 

 

 

 小屋を出発して歩む最中。真っ先に気付いたのはソシアだった。

 

「あれ? 森と洞窟の境目に誰かいます」

 

 境目とは、スラウの森の出口とスラウの洞窟の入り口を繋ぐ、隙間の草原のこと。そこに二人分の人影を確認した。

 一人は、夜のような闇色の服に身を包んだ短い黒髪の男。もう一人は、ビットの装飾がなされた巨大な筆を携え、鮮血色のバトルドレスを纏った妖しい雰囲気を漂わせる女。

 

「そんな……!?」

 

 マリナも同じように姿を見たようだが、様子がおかしい。驚愕の表情を浮かべていた。

 

魔剣(まけん)のキラメイに鮮筆(せんひつ)のメリエルだと!? 六幹部の一員がなぜこんなところに……!」

 

「六幹部って?」

 

「エグゾアには、総司令直々の命令で動く六人の実力者が存在する。あそこにいるのはその内の二人、『魔剣のキラメイ』ことキラメイ・エルヴェントと、『鮮筆のメリエル』ことメリエル・フレソウム。先ほど話に出した『強敵』だ」

 

「強敵……! 心の準備も出来てないのに、そんなのが目の前にいるのかよ……!?」

 

 黒い男と紅い女の服の左肩には、物々しさを感じさせるエンブレムが描かれていた。おそらく、エグゾアを象徴する紋章なのだろう。

 メリエルはわかりやすく大きな筆を持っているが、キラメイは『魔剣』の二つ名に反して何も携帯していない。どこかに武器を置いてきたのだろうか。

 そんなことを考えている内に、向こうもこちらに気付いたようだ。俺達との距離をゆっくりと縮める。

 

「誰かと思えば、一年前にエグゾアを抜け出した裏切り者の武闘銃撃手(ぶとうじゅうげきしゅ)、マリナ・ウィルバートンか。何故ここにいる?」

 

「後ろにいるのはもしかして……噂の魔術師、ジーレイ・エルシードかしら? こんなところでお目にかかれるなんてね」

 

 声を発するだけで、ただならぬ威圧感を発する二人。対抗するかの如くマリナは声を張り上げた。

 

「六幹部よ! 総司令がやろうとしていることがどういうことか、わかっているのか!? もはや世界征服どころではない。このままでは二つの世界が崩壊するんだぞ! 魔皇帝の……」

 

「魔皇帝の呪いによって、かしら? ウフフ……総司令は正しいわ。あなたが心配する必要なんて無いの。同行しているところから察してジーレイ・エルシードに助けを乞うたみたいだけれど、そんなことをしても無意味なのよ」

 

 メリエルは冷笑し、マリナの言葉を否定した。この態度にはソシアも我慢ならなかったようであり、必死に訴えかける。

 

「言っていることが盲目的です。もっとよく考え直してみてください!」

 

「ご忠告、どうもありがとう。でもそうする必要性は感じないわ」

 

 しかし真っ向から否定された。何の効果も無かったようだ。

 そして今度は、キラメイが睨みつけてくる。

 

「洞窟のゾンビどもを倒したのはお前達か?」

 

 キラメイのぎらついた眼は俺を圧迫するかのようだった。同時に、何か期待のようなものも感じられる。その眼差しに困惑しつつも負けじと、毅然とした態度でキラメイに言い返してやった。

 

「ああ。俺達が倒したさ。それがなんだって言うんだ」

 

「そこで欠片みたいな物を拾っただろう。こっちに引き渡せ」

 

 欠片みたいな物とは、きっとエンシェントの欠片のことだろう。でも何故エグゾアがそのことを知っているのか。まさか、あのゾンビの群れにはエグゾアが関与していた……?

 強引な物言いのキラメイをものともせず、マリナは堂々と言い切る。

 

「エンシェントの欠片のことか? それなら断る。理由は知らないが、エグゾアが欲しているとなれば渡すわけにはいかない!」

 

「ククク……そうか、そうだよな。なら話は早い。戦え、この俺と!!」

 

 キラメイは(はな)から交渉する気など無かったようだ。邪悪な笑い声をあげると、おもむろに左手の平を自分の前に持っていき、闇の渦を生み出した。渦の中に右手を忍ばせ、ぐっと力を込めて引き抜く。

 その手に握るのは、∞の字に交差した刃を有する禍々しい黒の魔剣。長さは並みだが剣幅は広く、見る者を圧倒するかのようだった。

 常軌を逸する行為を見せつけられ、俺は呆気に取られる。しかしキラメイはお構いなしに魔剣を振りかざした。

 

「突っ立ったままとは、余裕だな!!」

 

「……くっ!?」

 

 間一髪だった。はっと我に返った矢先、目前には黒き刃。ギリギリでバックステップを行い、振り下ろされた魔剣から逃れることができた。……直後、足元がもつれて不格好に尻もちをついてしまったわけだが。

 

「おい、平気か!?」

 

 マリナの心配する声が聞こえる。すぐに立ち上がり、心配ないことを知らせた。それと同じくして背の鞘から剣を引き抜き、両手に握る。

 

「大丈夫、これでも俺は救世主なんだ。強い相手だろうと戦わなきゃいけないんなら、やってやる!」

 

「……ほう。そうか、救世主か。お前が救世主として選ばれた者なのか……!」

 

 俺が救世主であることをしつこく確認するように、キラメイは目を見開いてにやりと笑った。……邪悪な笑みとは、今のキラメイの表情を指すのだろうか。他に形容する言葉が見つからないが、彼の顔はそれで満ちていた。

 キラメイは右手で軽々と魔剣を振るい、切っ先をこちらに向ける。

 

「俺の名はキラメイ・エルヴェント。魔剣のキラメイだ。お前、名はなんという?」

 

「ゾルク・シュナイダーだ!」

 

「ゾルクというのか。ククク……楽しませろよ、救世主ゾルク!!」

 

 そう叫ぶや否や、キラメイは真正面から斬りかかってきた。俺も真っ向から対抗し、魔剣をなんとか受け止めてみせた。しかし押し返すことが出来ず、鍔迫り合いの状態が続く。

 

「キラメイったら、勝手に始めるなんて。でも結局は力ずくで奪うしかないみたいだし、あまり関係は無いわね。……じゃあ、こちらも始めましょうか!」

 

 ついにメリエルも行動を開始した。大筆(たいひつ)を器用に振り回し、緑色に光る線で地に何かを描き始める。その動きはまるで文字をなぞるかのよう。

 ためらいながらもソシアは矢を番える。

 

「戦いたくないけれど、来るのなら……!」

 

「やるしかないな。現時点で六幹部を相手取ることに気掛かりは多いが……」

 

 同意するマリナは懸念を交えていた。その真意をジーレイが見抜く。

 

「戦闘経験値や術技の熟練度が心許ないのですね。特にゾルクの。しかし今更どうにもなりません。気を引き締めて参りましょう」

 

 不安に包まれながら、とうとうエグゾア六幹部の二名との戦いが始まった。

 

「この私、鮮筆のメリエルの筆術を、とくと味わいなさい!」

 

 瞬く間に描かれたそれは、緑色の「風」の文字。完成と共に輝きを放ち、直後に消滅した。……ただそれだけなのか?

 

「巻き起こりなさい。グリーンゲイル!」

 

 と思っていると、突如として俺達の周囲に烈風が巻き起こる。俺は術の発動地点から離れているため影響は少なかったが、他の三人には直撃していた。広範囲に及ぶ烈風から誰も逃れることができず、吹き飛ばされて地に打ちつけられてしまった。

 

「みんな!!」

 

「ご安心を。これしきの事では、やられません」

 

 俺の叫びにジーレイが反応した。致命傷を負った様子はない。しかしメリエルの先制攻撃に面食らったのか、彼は苦い表情を浮かべている。

 

「ジーレイに一撃を見舞うとは……。流石は鮮筆のメリエルと言ったところか」

 

「大筆を振り回してから術の発動までが早過ぎます……」

 

 続いて起き上がったマリナとソシアも、それほどダメージを受けていないようだ。だがジーレイと同じく、二人はメリエルに対して脅威を感じていた。

 

「今のは、ほんの挨拶代わりよ。さあ、かかっていらっしゃい!」

 

 メリエルは余裕を見せつつ大筆を振り回し、再び術を発動する態勢をとっている。

 

「文字を描くあの魔術、相当やばいな……!」

 

「余所見をしている場合か? ……はあっ!!」

 

 鍔迫り合いの最中、一瞬だけ俺の押し返す力が緩んでしまった。キラメイはこの好機を逃さず押し切り、俺の両手剣を強引に振り払う。それだけでなく、斬撃によって生じた衝撃波を放って追い討ちを仕掛けてきた。

 

魔神剣(まじんけん)!!」

 

「させるかぁっ! 裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

 いいようにやらせるわけにはいかない。

 魔神剣(まじんけん)と同種の飛び道具系の剣技――裂衝剣(れっしょうけん)を放ち、衝撃波を相殺することに成功する。が、威力は魔神剣(まじんけん)の方が上回っていたようであり、裂衝剣(れっしょうけん)の衝撃波を飲み込む形で打ち消し合った。その様を見て、俺は焦る。明らかな力の差を見せつけられたかのようだった。

 状況は芳しくない。これを打破しようとすべくジーレイが指示を出す。彼の顔に、俺達との交戦時に見せていた余裕の笑みは無い。

 

「ソシアは、ゾルクを援護する形でキラメイの相手をしてください。マリナと僕はメリエルを狙います」

 

「了解だ!」

 

「任せてください!」

 

 各自、即座にペアを組んで二人の幹部に立ち向かっていく。

 ジーレイが魔術の詠唱を開始し、マリナがメリエルへと特攻する。対するメリエルは大筆を振るい、赤色の絵具で「火」を描いていた。

 

「焼かれてしまいなさい。レッドアグニス!」

 

 術名を叫び、発動したのは長く尾を引く幾つもの炎。それらはマリナを取り囲み、進路と退路を奪って段々と収縮していく。あたかも標的を拘束しようとしているかのようだ。しかしマリナは動揺することなく。

 

「見切った!」

 

 幾つもの炎をギリギリまで引き付けたところで真上に飛び上がり対処する。長い炎はそれぞれと衝突し、消滅していった。

 

「続けて、通牙旋墜蹴(つうがせんついしゅう)!」

 

 回避に成功したマリナは、空中に飛び上がったまま反撃に転じた。上体をひねり右脚に全力を込め、下方にいるメリエルへと蹴りを見舞う。もちろん宙に浮いているので蹴撃が届くことはない。

 しかしマリナの思惑は蹴撃そのものを喰らわせるのではなく、蹴りにより生じた衝撃波をぶつけることだった。メリエルは回避せず、大筆を地に突き立てて衝撃波を凌いだ。

 

「この程度、余裕で……何!?」

 

 だが、衝撃波は一発だけではなかった。

 実は一度目の蹴りの後、マリナはさらに体を回転させてもう一度右脚を振るっていたのだ。凌ぎ切ったと誤解したメリエルは大筆による防御を解いていたため、二発目の衝撃波をもろに喰らってしまった。軽く吹き飛ばされるが、受け身を取ることで難なく着地する。

 

「……ふぅん。ただの戦闘員だったくせをして、なかなかやるじゃない」

 

「六幹部を相手に油断する気は無いからな。全力を出すに決まっている」

 

「ウフフ、そうなの? 必死な姿、可愛いわね」

 

 挑発に耳を貸さず、マリナは銃撃を行う。しかしメリエルは軽快なステップで弾丸を避けていく。そして器用にも回避運動を行いつつ「闇」の文字を描き始めた。

 

「潰すわよ。ブラックキューブ!」

 

 ジーレイの頭上に、闇が凝縮されたような黒の立方体が出現した。大人十人程度なら難なく圧し潰せそうなほどの大きさをしていたが、ジーレイは落下地点を予測して見切り、難を逃れた。しかしこれでは魔術の詠唱がままならない。

 

「これはいけませんね。マリナがどうにかしてくだされば助かるのですが」

 

「無茶を言ってくれる。だが、応えるしかないな!」

 

 要請を受け、マリナは意を決してメリエルに突撃する。

 

秋沙雨(あきさざめ)! ガンレイズ!」

 

 至近距離から、まずは魔力弾を十連射。次に両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射した。近くからこれだけの銃技を繰り出せばメリエルも対処しきれない、とマリナは睨んだのだろう。

 現にメリエルは回避を行うも全ては避け切れず、それなりのダメージを負っていた。しかし彼女はエグゾアの幹部。ただでは傷つかない。

 

「不用意に近づき過ぎよ! 風神線(ふうじんせん)!」

 

「ぐうっ!!」

 

 大筆の石突き部分を用いて、瞬速の突きを繰り出した。メリエルの言葉の通り突出し過ぎていたマリナは、腹部に直撃を貰ってしまい突き飛ばされる。

 

「勢いは良かったのに、これでおしまいね」

 

「いいや、まだだ」

 

 余裕綽々なメリエルを前にしても、マリナは冷静なまま。その理由はすぐにわかる。

 

「……至天(してん)(さい)浄光(じょうこう)をその身に刻め」

 

 マリナとメリエル以外の声が割り込んできた。

 

「なっ!? しまった、詠唱阻止を怠るなんて……!」

 

 メリエルは、一時的ではあったがジーレイの存在を失念していた。マリナの攻撃はただの(おとり)。真意は、ジーレイの魔術を確実に発動することにあった。そして彼の詠唱は終了し、思惑通りに事は運ぶ。

 

「フォトンニードル」

 

 ジーレイの目前に大きな円が出現し、瞬く間に複雑な魔法陣が書き込まれていく。完成した魔法陣からは光の針が矢の如く飛び出した。針の数は数えられる程ではなく、横殴りの雨のようにメリエルを襲う。大筆を盾のようにするが防ぎ切れるはずもない。

 

「くっ……小癪(こしゃく)な真似をするわね!」

 

 憤慨するメリエルを余所に、今が好機だと言わんばかりに急接近するマリナ。

 

裂砕斧(れっさいぶ)!!」

 

 よろめくメリエルに喰らわせたのは、左脚を軸とした二連続の後ろ回し蹴り。一度目で彼女の腹部を思い切り蹴り抜き、二度目もまた同じ部位を目掛けて豪脚を見舞った。

 斧を振り回すかのような脚技を受け、メリエルは悲鳴をあげることもできないまま、たまらず膝を屈する。

 

「さて、この辺でお引き取り願えると助かるのですが」

 

 ジーレイは魔本を開きページを光らせている。いつでも魔術を発動できる状態で、にこやかに警告を発した。

 

「……いいでしょう。エンシェントの欠片、今はあなた達に預けておいてあげる。けれど次こそは必ず取り返してみせるわ」

 

 撤退を余儀なくされたメリエルは、大筆を大きく振るって色とりどりの絵具をカーテンのように引き、身を包んだ。間もなく絵具のカーテンは消滅したが、その中にメリエルの姿はなかった。

 

「大人しく撤退していただけたようですね」

 

「だが、メリエルはエグゾアの誇る六幹部の一員だというのに、やけにあっさりとケリがついてしまった。……妙に違和感が残る」

 

 敵を退けたというのに、マリナはこの状況を不可解に思うのだった。しかし今は、ゆっくりと考え事をしている場合ではない。

 

「詮索は後にしましょう。まだキラメイが残っているはずです」

 

「そうだ、ゾルクとソシアは……!」

 

 ジーレイに指摘され、マリナは気付いた。辺りを見回すが、俺とソシアとキラメイの姿は無い。分担して戦っているうちにはぐれてしまったようだ。

 

「スラウの森の奥へと行ってしまったのかもしれません。早急に見つけ出し、加勢しましょう」

 

「ああ!」

 

 即決し、二人は走り出した。

 

 

 

 少しだけ時間を遡る。

 俺とソシアは作戦に従い、キラメイと交戦。……が、はっきり言って悪戦苦闘していた。この黒衣の魔剣士は、俺達二人で戦うには荷が重過ぎる。紛うことなき「強敵」だった。

 

飛炎閃(ひえんせん)!」

 

「甘い、虎牙破斬(こがはざん)! ……俺にそんなものは効かんぞ。舐めているのか?」

 

 ソシアの放った炎の矢でさえ、持ち前の剣技によって叩き落とす。キラメイはさも当然のように振る舞うが、こんな芸当は尋常ではない。俺達は戦慄してしまう。

 

「二人がかりでこの程度のはずがないだろう。もっと力を発揮してみせろ!」

 

 キラメイは俺に対して執拗に剣撃を重ねる。一撃一撃を防御することで精一杯だ。

 そこへソシアが援護として矢を射りキラメイの邪魔をする。矢は斬り払われるが、俺への剣撃を途切れさせるのには有効だった。ソシアがこうしてくれなければ、俺は今頃キラメイに押し切られていたことだろう。

 恐れを感じつつも、両手剣を下段に構えて反撃に移る。

 

「うおおおお! 翔龍斬(しょうりゅうざん)!!」

 

 勢いをつけて飛び上がりながら、二連続の斬り上げを繰り出した。

 

「なんだそれは!」

 

「うわぁ!?」

 

 だが虚しく魔剣に防がれ、返しの一振りで弾き飛ばされてしまう。

 

「……弱い。弱すぎる。救世主とはこんなものなのか?」

 

「まだだ……まだ決着はついちゃいない!」

 

 両手剣を構え直し、キラメイの目前に立つ。しかし俺の体力と精神力は、キラメイの度重なる攻撃と狂気の混じった気迫によって、じわじわと削られていた。

 

「その心意気は褒めてやろう。だが俺には勝てん」

 

 容赦なく宣言するキラメイだが、どこか不服そうな顔をしていた。

 そこへ、上空から五本の矢が飛び込んできた。矢は風を纏い、軌跡は急な弧を描いている。放ったのは、言うまでもないがソシアである。

 

渦空閃(かくうせん)!」

 

 俺がキラメイの気を引く後ろで、ソシアは移動を繰り返しつつ中距離からの射撃を続けていた。だが、この弓技はあまり効き目が無いようだ。矢が迫っているというのに全く動じていない。そして、自身に降りかかる矢を魔剣で強引に振り払うと、つまらなさそうに呟いた。

 

「ちょろちょろとネズミのように小賢しい。先にお前から倒すとしよう」

 

 ゆらりとソシアの姿を捉え、突き刺すような眼差しで睨みつける。キラメイの視線は、この戦闘の中で一度も見せたこともない、異様なほどの殺気を含んでいた。

 

「ソシア、逃げるんだ!」

 

「は、はい!」

 

 俺は危険を知らせ、ソシアをキラメイから遠ざけようとする。しかし。

 

漆風閃(しっぷうせん)!」

 

 逃すまいと、彼は黒き風を纏って踏み込みながらの突きを見舞う。

 咄嗟に繰り出されたこの技に、ソシアは反応しきれていない。彼女は回避を諦めたのか膝をついて弓を体の前へと持っていき、キラメイの剣技を耐えようとした。しかしこんな防御の仕方では焼け石に水だ。きっと、ただでは済まないだろう。

 

「間に合えっ!!」

 

 頭で思ったことだが、同時に口から飛び出していた。

 全力で地を蹴り、ソシアの元へなんとか駆けつけて俺自身が盾となった。両手剣を大地に突き立て、キラメイの剣技を受け止めてみせたのだ。

 

「ゾルクさん!?」

 

「うおおっ……!!」

 

 烈風を伴う強力な突きを真っ向から防ぎ切る。その衝撃は、握った両手剣から俺自身へと伝わり、電撃のように身体を巡った。あまりの威力に、両手剣を突き立てたまま硬直してしまう。

 

「ほう、受け止めるか。ならば……!」

 

 ――キラメイは追撃してくるつもりだ。

 

 俺の後ろにはソシアがいる。避けるなんて出来ない。

 

 でも、再びキラメイの剣技を受け止める力は残っていない。

 

 ソシアに治癒術を唱えてもらう余裕もない。

 

 ここは、なんとしてでも反撃しなければ――

 

 一瞬の内に考え、すぐに答えは出た。だが、硬直した身体は言うことを聞かない。反撃は……不可能なのだ。

 

無導残壊剣(むどうざんかいけん)!!」

 

 体力が尽きかけて動けない俺を、キラメイの魔剣が襲う。

 一つ一つが重い、五つの斬撃。魔剣に闇の属性が備わっているのか、黒きオーラを放っている。衰弱しきった俺の精神を震え上がらせた。既に防御の体勢をとっていたため斬撃自体は両手剣で防ぐことができたが、闇の波動が剣越しに俺の全身を襲った。

 

「く……うぅ……!」

 

 もはや、立つ力など残らなかった。俺は小さくうめき、とうとう崩れ落ちてしまう。

 

「しぶとさに敬意を表して奥義を喰らわせてやったんだ、喜んでおけ。……それにしても救世主と定められた者の力がたったこれほどとは、期待外れだ。ゾルクと名乗ったな。お前は本当に世界を救うつもりなのか? あまりにも非力すぎる」

 

「非力でもなんでも……俺は救世主として選ばれたんだ。リゾリュート大陸とセリアル大陸で暮らしてるたくさんの人を破滅から救えるのは、俺しかいない。だからエグゾアなんかに……お前なんかに負けてたまるか……!」

 

 ――「負けてたまるか」。その気持ちは本物。しかし実際は武器も掴めず地面に這いつくばり、上がらない頭を無理やりに上げて睨みつけながら言い返すしか出来なかった。

 そんな無様な俺を見て何を思ったのか、キラメイは意外な言葉を口にする。

 

「余力など残っていないだろうに、まだ減らず口を叩けるのか。……だが窮地に立たされてなお強がるその態度、気に入ったぞ。この状況で命乞いをしなかったのは、お前が初めてだからな。それに免じて今回は見逃してやろう」

 

「なん、だって……!?」

 

「救世主ゾルク、お前には成長の見込みがある。次に会う時までに腕を上げておけ。でなければ俺は戦いを楽しめず、お前は死ぬ。……この助言、覚えておいたほうが身のためだぞ。ククク……!」

 

 狂気の入り混じった笑みを置き土産に、キラメイは俺達の前から立ち去っていった。

 

 

 

 スラウの森は静けさを取り戻した。マリナとジーレイの安否が気になるが二人を探す前に、俺はソシアに治癒術をかけてもらっていた。

 

「ゾルクさん、本当にごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば、こんなことには……」

 

 俺を治癒するソシアの表情は、とても暗い。自分のせいだと思い込んでいるようだ。

 

「違う、ソシアは悪くないよ。俺が……俺が弱いから。キラメイにはああ言ったけど、このままじゃ世界を救うどころか、エグゾアにやられて何もかも終わっちゃうかもしれない」

 

 彼女を慰めるつもりが、逆に自分の気持ちの方が折れてしまった。

 

「そんなことはありません。ゾルクさんは身を呈して私をかばってくれました。実力で差があったとしても、それを補えるほどの強い心を、勇気を持っていると思います」

 

「……そうなのかな。あの時は無我夢中だっただけだし、今はこんなに弱気だし、自信ないよ。本当、俺って駄目な奴だ……」

 

 力の差が有りすぎたとはいえ、ボロボロにやられてこのザマだ。その上、情けをかけられ見逃された。いくらなんでも不甲斐なさ過ぎる。

 救世主であるとかそんなことの前に、一人の剣士として、男として、悔しくてたまらず……気付けば大粒の涙を零していた。ソシアは、何も語らずそっとしてくれた。

 それからしばらくも経たないうちに、誰かが駆け寄ってくる。

 

「ゾルク、ソシア! 無事か!?」

 

 マリナだ。彼女の後方にはジーレイの姿もあった。しかし涙で汚れた顔を見せたくなかったため、俺は二人に背を向けた。既にソシアには見られているので今さらではあったのだが。

 

「マリナさん、ジーレイさん! 私達は……なんとか無事です。メリエルは追い払えたみたいですね」

 

「ソシア達も、キラメイを撤退に追い込めたようだな」

 

 無事を確認し、マリナは胸をなでおろす。しかし俺は水を差すように言葉を返した。

 

「違うよ……。あいつの気まぐれで見逃されたんだ」

 

 俺はマリナに背を向けたまま。ソシアも顔を伏せる。

 

「そうだったのか……。戦闘狂のキラメイが相手をわざと見逃すとは、驚いた」

 

「……ははっ。ほんっと、救世主のくせに負けるなんて、情けないよな」

 

「私も、何も出来なくて……」

 

 しょぼくれる俺達に対し、マリナは次のように述べた。

 

「いや……二人とも、よく生きていてくれた」

 

 叱咤されるのを覚悟していたのだが、マリナから出てきたのは慰めの言葉。俺の予想に反したものだったため、しばし呆気にとられた。

 

「エグゾアは武力に重きを置く戦闘組織。どんな理由があったにせよ、その組織の幹部と戦って命に別条がないんだ。見事だと思う。それに……」

 

 そこまで言いかけると、マリナの口が止まった。ソシアが最後の言葉を繰り返し、彼女に尋ねる。

 

「それに……?」

 

「ゾルクもソシアも、私の大切な仲間だからな。生きていてくれて本当に良かった。ただそれだけだ」

 

「マリナがそんなこと言ってくれるなんて……なんだか照れくさいや。……けどさ、俺は救世主として失格だと思う。強さが足りないんだ……」

 

 唇を噛み締めて、悔しさを告白。これをじっと聞いた彼女は、優しく言葉をかけてくれた。

 

「失格なわけあるものか。『弱いから失格だ』と言うのなら、強くなれるよう努めればいいんだ。それに私は、お前に実力が無いとは思っていない。自信を持って本当の力を発揮できるように、頑張っていこう」

 

「マリナ……」

 

 顔を拭い、思い切ってマリナの方へと振り向く。彼女の表情を見た時、また涙が溢れそうになったが、それはぐっと堪えた。

 

「ありがとう」

 

 振り絞った声は震えていたが、それでもマリナには充分に伝わったようだ。

 

 

 

 

 

「……以上で報告を終了します」

 

 闇よりも深く広がる広間の中心には、玉座にも似た大層な椅子が。そこに鎮座する男に対し、キラメイとメリエルは(ひざまず)いている。彼らが今いる場所はスラウの森でも洞窟でもない。……俺達の目的地、エグゾアセントラルベースである。

 長々とした報告を述べ終えたメリエルと、その隣で沈黙を続けるキラメイ。大層な椅子に腰掛けている男は、二人に対し労いの言葉をかけた。

 

「わざわざご苦労だったね。エンシェントの欠片については問題ない。彼らに預けておくとしよう。ナスターには我からも注意しておくよ。でも収穫はあった。思ったより早く救世主と接触できたとはね。今後も何かあればお願いするつもりだから、その時はよろしく頼むよ」

 

「はい、なんなりと。では、私達はこれで失礼します」

 

 二人が立ち上がり、引き下がろうとした瞬間。男は不意に何かを思い出し、すかさず呼び止める。

 

「……おや? 待ちたまえ。救世主と共にいたという魔術師の名前、聞かせてくれないかい?」

 

 何故そんなことを訊くのか、などという疑問は特に持たずメリエルは淡々と答えた。

 

「ジーレイ・エルシードです」

 

「確か、類い稀なる魔術の知識と才能を活かしてセリアル大陸の発展を促しているという自称・偉大なる魔術師様、だったっけ。噂だけは耳に入っているよ」

 

「はい。近年、聞くようになった名前ですがこれまでエグゾアとの接触はなく、排除対象ではありませんでした。しかし救世主と合流しており我ら六幹部に敵対したのですから、もう野放しには出来ないかと」

 

「ふむ……」

 

 僅かの間だけ考え込んだ後、再びメリエルに問う。

 

「……念のために確認しておこう。ひょっとして彼の特徴は、銀髪に紫眼(しがん)、威圧感のある高い背、ひどく冷静で達観したような佇まい……とかだったりするのかい?」

 

「全て当てはまります」

 

 男は返事を受け取るや否や、度が過ぎるほどに眼を見開き、彼女を追求する。

 

「ほう……! 確かなのだね?」

 

「間違いありません」

 

「そうかい。ふふふ、そうなのかい……!」

 

 確証を得たのか、笑いを含みつつ納得を始めた。キラメイもメリエルも、彼のその様子には一切触れない。そしてメリエルは、ただ聞き返す。

 

「排除しますか?」

 

「あー、いや、別に何もする必要はない。現状維持でお願いするよ。今のところ、これ以上の注文はないね」

 

「承知しました。全ては、総司令の意のままに」

 

 藍色の長髪に、世にも珍しい山吹色の瞳。全身を包む白のマントには三か所、エグゾアを象徴するエンブレムが刻まれている。それがキラメイら六幹部を従える男――エグゾア総司令の容姿だ。

 

「それでは、これで」

 

「ああ。引き止めて悪かったね」

 

 二人が去り、広間には総司令と呼ばれた男ただ一人が残された。席に着いたまま独り言をぶつぶつと呟いている。

 

「偉大なる魔術師ジーレイ・エルシード……か。いやぁ~、まさかそんな手を使うなんて驚きだ! こちら側に居る可能性などゼロだと思っていたし、一本取られたよ。でも、これはいい。楽しみが増えてしまった。ふふふ……あははは……! あははははは……!!」

 

 彼は、闇に覆われた広間を埋め尽くすかの如く……壊れたように高笑いをあげ続けた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。