Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第13話「船上激震」 語り:ソシア

 私達の乗る連絡船の右側面に、異様な存在感を放つ船が接触していた。詳細に述べると、青い海に毒を生むような黒光りする鋼鉄製の帆船。先の衝撃は、この黒い帆船が衝突した際のものだった。

 鋼鉄の船体が連絡船の右側を思い切り潰しており、めり込んでしまっている。だが黒い帆船は、ほぼ無傷。よほどに頑丈なのだろう。

 

「はーっはっはっはっは! ボロ船だからシケてるかと思ったけど、なかなかいいモン揃ってるじゃないか!」

 

 高笑いをあげて連絡船の乗員に物品の献上を強いているのは、橙色で毛先が跳ね返った短髪の少女。年齢はマリナさんと同じくらいのように見える。巻き上げた金品や食糧に囲まれて上機嫌のようだ。

 海賊帽、左目の眼帯、右腰に携えた護拳付きの湾曲刀カトラス。本で見たことのある海賊の絵によく似ていた。しかし、ただの海賊ではないと一目でわかった。海賊帽の中心と海賊風の黒い戦闘服の左肩部分に、エグゾアを象徴するエンブレムが描かれていたのだ。

 少女の背後には十数人の手下らしき人間が。皆、少女よりも濃い黒衣に身を包み、五角形の兜を被って顔を隠している。しかし誰一人として微動だにしない。とても異質な光景だった。

 

「黒服にそのエンブレム……お前、エグゾアだな!? 略奪なんかして許さないぞ!!」

 

 献上を強いられる人々の後ろから、ゾルクさんは大声をあげて怒りを露にした。すると少女は不敵な笑みを浮かべ、返事をする。

 

「そう、アタイはエグゾアの構成員さ。その威勢の良さに敬意を表して名乗ってやるよ。よぉーく聞いときな! アタイの名は……」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第13話「船上激震」

 

 

 

「リフ・イアード! 何故お前が、こんなところで海賊などやっているんだ!?」

 

 絶妙なタイミングで、マリナさんが少女の名前を叫んだ。狙ったわけではないだろうけれど少女の口上にもろ被りだった。すると、リフと呼ばれた少女は大袈裟にずっこける。気を取り直して立ち上がると、ずれた海賊帽を直しつつ怒鳴った。

 

「こら、先に言うんじゃないよ!! ……って、アンタはマリナ!? エグゾアを裏切った後、救世主を見つけて動き始めたとかいう話は本当だったみたいだね」

 

 どうやら二人は面識があるらしい。マリナさんは過去にエグゾアに所属していたのだから、おかしなことではない。

 リフの言葉に、ゾルクさんが応答する。

 

「そうだ! 救世主の俺が、絶対にエグゾアの野望を阻止してみせる!」

 

「ふんっ! エグゾアの世界征服、アンタら如きに阻止できるもんかい! ……って、あれ? アンタが救世主なのかい? アタイはてっきり、そっちのピンク髪の弓使いのことかと思ったよ。アンタ間抜け面だし、救世主って言われてもしっくり来ないねぇ」

 

 目を丸くしたリフ。ゾルクさんを見つめた後、私を指してそう言うのだった。

 

「ひ、人が気にしてることを~……!」

 

 間抜けという言葉を受け、拳を握りしめてわなわなと怒りに震えるゾルクさん。悔しがっているようにも見える。マリナさんに似たようなことを言われていたせいか少々過敏になっているようだ。

 

「ま、そんなことはどーでもいいのさ。アタイの前にノコノコ出てきたってことは戦う気なんだろ? だったら受けて立ってやるよ。でもね、たった三人でアタイ達を倒せると思ったら大間違いだ! お前達、やっちまいな!!」

 

 リフの命令によって、不気味な手下達が五角形の兜を揺らしながら向かってくる。彼女への返事もなく黙々と向かってくるその様は、まるで操り人形。

 これから戦いが起こると聞き、リフに屈服していた乗員達が一斉に逃げ出す。だがリフの手下達はそれに目もくれない。私達しか眼中にないようだ。

 

「ゾルク、ソシア、気を付けろ。こいつらは『アムノイド』だ」

 

「アムノイドってなんですか……?」

 

「薬物投与や身体の機械化、外部から直接行う魔力注入などの肉体改造によって、強大な戦闘能力を引き出した生体兵器のことだ。感情は消失していて、ただ命令のままに動く」

 

「生体兵器……! 確か、前にちらっと言ってたな。人体実験から発展して研究されてたんだっけ。兵器っていうくらいなんだから、きっとやばいんだよな……!?」

 

 ゾルクさんは冷や汗を流してうろたえる。やはり危険な存在のようであり、マリナさんはすぐに肯定した。

 

「その通りだ。戦闘力は並の人間の比ではない。しかし、リフ程度の下っ端が扱えるほど価値の低いものではなかったはずだが……」

 

 さらりと毒を吐くマリナさん。言った本人は特に気にしていないようだが、リフは真っ赤な顔になって叫んだ。

 

「誰が下っ端だい!! 六幹部の命令で、こうやって船を襲いながらアムノイドの戦闘データを採ってるんだよ。アタイは選ばれてるのさ!」

 

「そうか? データ採取など、まさしく下っ端に回されやすい仕事だと思うが」

 

「う、うるさぁぁぁい!! いいからさっさとアムノイドの力を思い知りな! 三人程度、すぐに片が付くからね!!」

 

 うっすらと右目に涙を浮かべたリフは、マリナさんに何も言い返せていなかった。彼女も結局は下っ端の仕事だと認めているらしい。

 

「アムノイド……生体兵器……」

 

 ……一方、アムノイドについての説明を聞いた私は、腕も足も石化したかのように動かせなくなっていた。だって、あの黒ずくめの生体兵器のどれかが…………お母さんなのかもしれない、と思ってしまったから。

 エグゾアに立ち向かう旅をしているのだからこんな状況も覚悟していたはずなのに、いざ現実になろうとすると何も出来なくなってしまった。

 元々、お母さんの無事は絶望的だと念を押された上でついてきたのに。自身の考えの甘さを思い知らされた……。

 

「ソシア、無理しなくてもいい」

 

 マリナさんの心配する声が、思考の混乱を解く。事情を知っている彼女は今の私の状態を察してくれたのだ。ゾルクさんも気掛かりな様子でこちらを見ている。

 

「……大丈夫です。動揺していないと言えば嘘になりますが、やるべきことはわかっていますから。足手まといにはなりません。アムノイドとも……戦います……!」

 

 仲間に心配をかけないため、そして覚悟し直すため、黒ずくめ達を見つめながら宣言した。

 まずは自分が生き残らないと、お母さんを見つけるどころか生死すら知ることが出来なくなる。……気付かない内にお母さんと戦い、傷付け、命を奪うことになったとしても、私は真実を知るために進まなければならないのだ。

 それに、お母さんのアムノイド化が確定しているわけではない。現状は、まだ容易く歩める方である。……自分にそう言い聞かせた。

 

「まどろっこしいのは嫌いでね。お前達、一気に取り囲みな!!」

 

 リフが叫び、アムノイド達は一斉に動く。

 ゾルクさんが背の鞘から剣を引き抜くのに続き、マリナさんも私も武器を構えてアムノイドを迎え撃つ態勢となった。しかし見事に周りを囲まれてしまう。これでは袋叩きにされるのが道理だろう。

 ちなみにリフの言う「三人」とはゾルクさん、マリナさん、私の三名のこと。……そう。一人だけ、まだリフに姿を見せていない。

 

「……輝水(きすい)(えん)愚者(ぐしゃ)よ激流と踊るがいい」

 

 どこからともなく聞こえてくる魔術の詠唱。唱えているのはもちろん、ジーレイさんである。

 

「はぁ!? なんだい、この詠唱は……!」

 

 必死に声の出どころを探すリフ。ようやっと、船の積み荷の陰にいる彼を発見。……しかし見つけるだけに終わってしまう。

 

「ダンシングアクア」

 

 一体のアムノイドの頭上から水流が落ち、水圧で甲板へと叩きつける。それだけでは終わらず、まるで生きているかのように踊り跳ねて弧を描き続け、全てのアムノイドを水浸しにして巻き込んだ。挙句、次々と船外に押し出して海中へと招待していく。

 最後の最後に、水流は一人残ったリフを黒い帆船の方へ押し流した。乗員の持ち物は巻き込まれておらず、そのまま連絡船に残されている。たった一度の魔術によって、ジーレイさんは形勢を逆転させたのだった。

 ……正直、拍子抜けしてしまった。生体兵器などという穏やかではない存在が不意打ちとは言え、こうもあっさりとやっつけられるだなんて。

 

「マリナさん。なんだか、お話よりも弱くありませんか? 私としては無闇に傷付けずに済んでホッとしましたが……」

 

「……おかしいな。本当なら脅威でしかないはずなんだが……。もしかすると、あのアムノイド達はデータ採取実験のために、戦闘力を控え目に設定されていたのかもしれない」

 

 マリナさんが自身の見解を話す傍らで、水浸しになったリフがガバッと起き上がった。水に濡れても跳ね返った毛先はそのままだ。そしてワーワーと喚き出したがマリナさんは取り合おうとせず、リフを横目に話を続ける。

 

「ジーレイの魔術が優秀なことも影響しているとは思うが、あれだけ豪語しておきながら一瞬で追い詰められるとは。リフめ、実に滑稽(こっけい)だ」

 

 馬鹿にされているとは露知らず、彼女は「こっちに来い」と怒号を響かせていた。

 

「何はともあれ僕達に都合の良い状況となりました。彼女もお呼びですし、あちらの船に乗り移りましょう。頑丈な船の方が暴れやすそうですしね」

 

 私達はジーレイさんの意見に賛成。あえてリフの挑発に乗り、黒い船に飛び移る。しかし彼女、たった一人で私達四人と戦えるのだろうか。

 

「仲間を隠して不意打ちとはね。卑怯だけど、アムノイドを一発でのしたことは褒めてやるよ」

 

「卑怯だと? 悪事を働いているお前が言えたことではないだろう」

 

「マリナ! アンタはいちいちうるさいんだよ! ……ここまでコケにされて、おめおめと負けを認められるかってんだ。元々、アムノイドの集団に頼るほど落ちぶれちゃいないしね。アタイの力で全員ブッ潰してやる! 覚悟しな!!」

 

 斯くして、戦いの火蓋は切って落とされた。

 リフは左手でカトラスを引き抜いたかと思うとすぐさま天に掲げ、次のように叫んだ。

 

「出てこい! ウォータイガー!」

 

 その一瞬でカトラスが光を放った。よく見ると、護拳の部分に青色のビットが装飾されている。きっと魔術を使用したのだろう。

 そう考えると同時に、何かが海中から飛び出してきた。リフの正面に躍り出て咆哮し、私達に対峙する。

 ……正体は、体の全てが海の水で構成された一体の虎型のモンスターだった。青く透き通った麗しい姿とは裏腹に鋭い爪や牙、真っ赤な瞳が凶暴さを物語っていた。

 

「げっ、水分からモンスターを作り出せるのかよ! ……でも、なんで虎なんだ?」

 

「そんなの決まってるだろ。強くてカッコイイからさ!」

 

 ゾルクさんの疑問に返ってきた答えは、ただただ単純なものだった。あまりの中身の無さに皆、呆気にとられた。

 私達が静止した理由にリフは気付かない。むしろチャンスだと思ったのだろう。カトラスを振りかざし、こちらに突撃してきた。

 

「ボヤボヤしてんじゃないよ! 双牙斬(そうがざん)!!」

 

「くぅっ!」

 

 彼女が最初に狙ったのはゾルクさんだった。左手に握ったカトラスを上段から振り下ろし、すかさず飛び上がりながら斬り上げる剣技を放つ。ゾルクさんは両手剣を盾にし、なんとか防いでみせた。

 

爆牙弾(ばくがだん)!」

 

閃光閃(せんこうせん)!」

 

 マリナさんはリフに巨大な火炎球を、私は水の虎に光の矢を発射した。が、両方とも難なく避けてしまう。しかもそれだけではない。

 

至天(してん)(さい)浄光(じょうこう)を……」

 

「させないよ! 崩襲脚(ほうしゅうきゃく)!!」

 

 上空から鋭く蹴り抜く脚技を見舞い、ジーレイさんを攻撃。詠唱を中断し防御に移ったため、彼が被ったダメージはそれほどではない様子。だが、詠唱を邪魔されては魔術の発動は不可能。距離をとろうとしても即座に接近してくる。

 更に厄介なのが、リフ以上のスピードで動き回っている水の虎だ。こちらに飛びかかってきたかと思えばそれはフェイントで、死角に回り込んで引き裂こうとする。ギリギリのところで回避したつもりでも微かに引っ掻き傷をつけられていた。綺麗な水の体躯に惑わされていたが、中身は猛獣そのものなのだ。

 

「リフも虎も、どっちも素早い! 剣で防御するのがやっとだよ!」

 

「私がエグゾアにいた頃よりも腕を上げているようだ」

 

「詠唱妨害も見事なものですね。さて、どうしたものか」

 

 三人とも、どうにも出来ず手を焼くが、それでもリフの猛攻は続く。

 

「おらおら! 牙連崩襲顎(がれんほうしゅうがく)!!」

 

 双牙斬(そうがざん)の後に崩襲脚(ほうしゅうきゃく)を組み込んだ奥義が、私を襲う。元の技よりも若干動作が早くなっており、隙の無い攻撃となっていた。

 無限弓でカトラスを弾いたり、出来るだけ体を反らしたりしながら対処する。おかげで直撃には至らなかったものの、そう何度も耐えられるものではない。こんな状態が長引けば確実に負けてしまう。

 

(何か、有効な作戦があれば……)

 

 波に揺られる帆船の上で必死に耐え忍ぶ。頭の中では、どうすればこの状況を覆せるか試行錯誤していた。

 

(船の上……揺れる……震える……。……振動? ……そうだ!)

 

 ふと、一か八かの策が浮かんだ。上手くいくかどうかはわからないけれど他に手が無い以上、やってみる価値はあるはず。そう思った私はすぐ、三人に耳打ちした。

 

「そういうことか。よし、やってみるよ!」

 

「ゾルクさん、お願いします」

 

 リフに聞こえないよう手短に伝えると、全員が動き始めた。作戦の鍵を握るのはゾルクさんであり、残った私達で彼を援護する。

 

「何をコソコソと! 喰らいな! 絶破(ぜっぱ)烈氷撃(れっひょうげき)!!」

 

 あれは、氷塊を右の掌に生み出し、こちらへ突き出して砕け散らせる奥義だ。細かな破片となった氷が広範囲に四散。苦しむ私達の様を、リフは誇らしげに眺めた。

 

「どうだい、アタイの技は!」

 

「くっ、なかなかやる……。だが倒すには至らないぞ。大口を叩くわりに詰めが甘いな」

 

「虎も、いつまでじゃれているつもりなのですか? モンスターが聞いて呆れますね」

 

 マリナさんとジーレイさんが挑発し、リフと虎の注意を引こうとする。

 

「なんだってぇ~……!? なら、今すぐトドメを差してやるよ!!」

 

 思惑通り、一人と一匹は憤慨し、こちらに飛びかかってきた。……今更だがあの虎、馬鹿にされているのを理解できるくらい知能が高いようだ。

 一直線に向かってくるリフと虎を確認し、私はゾルクさんに合図を送った。

 

「今です!」

 

「くらえ! 全てを断ち斬るこの一撃!」

 

 ゾルクさんは両手剣の柄に装飾されているビットへ念を込める。そして両手剣を巨大化させて頭上に構えた。しかし狙いの先は、リフでも虎でもない。

 

「はんっ! どこ狙ってんだい!」

 

 文字通りの的外れな行為を、リフは鼻で笑う。そして彼女らは甲板に着地すると同時に、マリナさんとジーレイさんへ攻撃を加えようとする。二人を襲うカトラスと爪牙(そうが)は喜々としているようだった。

 ……ここまで、全て予定通りのこと。

 

一刀両断(いっとうりょうだん)けぇぇぇん!!」

 

 巨大化な両手剣を振り下ろしたゾルクさん。これでもかと甲板に叩きつけた。すると!

 

「……んなあああああ!?」

 

 黒い船が、まるで地震でも起きたかのような縦の振動に襲われた。頑丈な甲板でさえもゾルクさんの秘奥義の威力には耐えられず、半球状に小さくへこんでしまう。

 この作戦は、ゾルクさんの秘奥義を甲板に叩きつけて船全体を大きく揺らし、リフと虎の動きを封じるのが目的だった。船が頑丈だからこそ出来た荒業だ。普通の船なら、きっと木っ端微塵になっていただろう。

 リフは身動きを取れず大口を開けて奇声を発していた。同様に、マリナさんとジーレイさんも振動のせいで動けなくなってしまう。

 しかし虎だけは、がむしゃらにもがいて再び牙を剥き、跳び上がった。この行動は想定していなかったが、かえって好都合。何故なら、私は元より虎を射抜くつもりだったから。

 

「渦巻く意志が天を()く!」

 

 ゾルクさんが剣を振り下ろすのに合わせ、私はあらかじめ高くジャンプして振動を回避しておいた。そして無限弓に埋め込まれたビットに精神力を込め、魔力を増幅させる。

 いくら俊敏な猛獣と言えど、空中にいては急な方向転換などできない。虎の腹部に狙いを定め、魔力を込めた矢を放つ。

 

螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)!!」

 

 無防備な胴体に撃ち込んだ秘奥義。大きな渦を纏う矢が、虎を構成する水分を吹き飛ばしていく。

 復活の兆しはなく、水の虎は悲痛な咆哮を残し、そのまま消滅していった。

 

「ああっ!? アタイのウォータイガーがぁ~!!」

 

 膝をついたリフは、虎の消えていく様を見つめて嘆いた。

 

「虎よりも自分の心配をしたらどうだ?」

 

「あ……」

 

 虎に気を取られていたためだろうか。リフは振動が収まったことと、自身に迫るマリナさんの影に気付かなかったようだ。

 

虎牙連脚(こがれんきゃく)!!」

 

 マリナさんの脚技が炸裂する。右脚でリフの腹部を蹴りつけて打ち上げ、その場で一回転。また右脚を振るい、頭部にかかと落としをくらわせた。もろに受けたリフは力尽きて甲板に背をつけた。

 皆で彼女を取り囲み、私は伝えた。

 

「私達の勝利です。観念してください」

 

「……ク、クッソがあぁぁぁ!! 退却だ!!」

 

「逃げ場なんて無いぞ! もう諦め……」

 

 ゾルクさんが言い切る前、私達のそばを何かが風のように横切った。それと同じくして、リフの姿も目の前から消えた。見回すと、帆の下に一体のアムノイド。両腕でリフを抱えている。どうやら彼女、敗北時の退却用にアムノイドを隠していたようだ。

 間を置かず、帆船がゆっくりと動き始めた。徐々に連絡船から離れていこうとする。船体からは重苦しい駆動音が鳴り響いてきた。この船にはビットを利用した原動機が備わっているようだ。……立派な帆は、ただの飾りだったのか。

 

「まだアムノイドを残していたとはな。となると船を動かしているのもアムノイドか……。このまま同乗するわけにはいかない。連絡船に戻るぞ!」

 

 マリナさんの一声により、全員が連絡船に飛び移った。振り返ると、黒い帆船はみるみるうちに遠ざかっていく。

 

「アンタたち! いつかゼッタイに泣かせてやるからね! よく覚えとくんだよ!!」

 

 激情の込められた捨て台詞と共に、リフは水平線の彼方へと姿を消すのだった。

 

「悪者らしさ全開の台詞だったな……」

 

「そうですね……」

 

 ゾルクさんのぼそっと零した言葉へ、私は静かに同意した。

 

 

 

 リフを退け、連絡船は落ち着きを取り戻した。

 甲板では乗客も乗組員も安堵の表情を浮かべている。船を守るため戦った私達に対し、たくさんの人が称賛を浴びせてくれた。

 黒い髭を蓄えた船長も顔を見せ、深々と頭を下げて礼を言った。

 

「あなた達のおかげで誰も所持品を奪われず、命を守られました。本当にありがとう。お礼の言葉を述べる以上のもてなしが出来ないこと、どうかお許しください」

 

 ゾルクさんは緊張しながら返事をする。

 

「せ、船長さん、顔を上げてください! 俺達は当然のことをしたまでです。バレンテータルへ無事に着ければ、それでいいんですから」

 

「あー……そのことなのですが……」

 

 打って変わって、船長は言葉を濁した。口をつぐんだ後、申し訳なさそうに続きを述べた。

 

「これは後で乗客にも伝える内容なのですが、船体の損傷が激しいため、やむを得ず目的地をバレンテータルからゴウゼルに変更させていただきました。現在、本船は長時間の航行に耐えられない状態でして、一番近い港に向かって早急に修復しなければならないのです。何卒、ご理解ください」

 

 そう伝えると甲板を去っていった。

 私達は船長を見送り、そして悪い知らせに肩を落とす。しかし船長の言い分はもっともであり納得はしていた。木材が裂けて潰れて、ぐしゃぐしゃになった船体右側面。これを見れば、誰もが修復の必要性を感じるだろう。

 

「船がこんな状態では仕方ないからな。バレンテータルへは、ゴウゼルから向かうとしよう」

 

「なあ。その、ゴウゼルってどんなところなんだ?」

 

 ポカンとした顔でゾルクさんが問う。説明はジーレイさんがしてくれた。

 

「セリアル大陸の西端に位置する工業都市、ゴウゼル。この世界のあらゆる機械類の製造を一手に担う大都市です。しかし、ビットを用いた兵器の製造に着手しているという噂が立っていたり、工場から排出される煙や廃水などによる汚染が問題であったりと、穏やかなところとは言い難いですね」

 

「ふーん、工業都市か」

 

 ゾルクさんはあまりピンと来ていないようだ。リゾリュート大陸には、似たような町が存在していなかったのかもしれない。

 

 連絡船を襲った海賊でありエグゾアの一員、リフ・イアード。彼女によって航海は台無しとなったが、アムノイドと対面したことで自分の覚悟を見直せた。そういう意味ではリフに感謝している。

 ……でもゴウゼルに着くまでは頭の整理をしたい。そして「アムノイドとは二度と戦いたくない」というわがままを今だけ、心の中で叫び続けるのであった。


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