Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
しばらくして、熱狂する観客席へと戻ってきた。
闘技大会は大詰めを迎えており、ゾルクは決勝戦の真っ只中。両刃の
元居た席に近づく。すると、ジーレイとミッシェルは捜索から帰ってきていた。そして困り顔のソシアが、私を見つけるや否や詰め寄って言い放つ。
「おかえりなさい! 急にいなくなったので、心配していたんですよ?」
少々、怒っているようにも見える。当然の態度だ。いち早く反省の意を伝えた。
「軽はずみな行動、本当にすまなかった。今後、このようなことは起こさないように心掛ける」
「いえ、無事だったならいいんです。でも何があったんですか?」
「……実はナスターを発見し、無我夢中で追っていたんだ」
倉庫でのナスターとの会話を皆に打ち明けた。もちろん、記憶の矛盾については除外して。
「……そう。メリエルは、あっちに戻っちゃったのね……」
メリエルについての報告を受け取り、ミッシェルは悲しみに暮れる。誰も言葉を発さなくなった。しかし彼女はそれに気付くと、すぐさま表情を切り替えて明るく振る舞った。
「もう! みんなが暗い顔してどうするのよ~? あたしだって、簡単に連れ戻せるなんて思ってないわ。でもね、何度洗脳されようと絶対に諦めない。メリエルはあたしの姉。大切な家族なんだから……!」
口ではああ言っているが、笑顔にはどこか不自然さがある。辛さを押し殺しているのが感じて取れた。ミッシェルの気丈に振る舞う姿を見て私達は、静かに強く頷いた。
「それにしても『五人が揃った時に襲撃する』、ですか。僕達の居場所を把握しているにもかかわらず奇襲は無し、単独行動中でさえ仕掛けてこないとは。
ナスターの挑発的なやり方を褒めるような口振りだが、ジーレイは決して好意的な様子ではない。
「その言葉を信用するならば、もうすぐ現れる頃合いですね」
続けて呟くと、静かに魔本を取り出した。いつ戦闘になってもいいように。
舞台にはゾルク、観客席には私達四人。闘技場に五人全員が揃っている。さて、ナスターはどこから私達に襲い掛かるつもりなのか……。
‐Tales of Zero‐
第19話「
「ぐあああああ!?」
警戒する中、絶叫が耳をつんざく。舞台の方からだ。ゾルクが相手を倒したのだろうか。いや、それにしては異常なほど苦痛を含んだ叫び声だった。私が舞台に視線を移すと、そこには……。
「ナスター!? いつの間に舞台へ……!」
ゆらりと、奴が立っていた。
絶叫したのは、やはりゾルクの対戦相手である大斧の戦士だった。腹部には大きな斬撃痕がつけられてあり、痛々しく出血している。しかし彼に致命傷を与えたのはゾルクではない。
「どうしてお前が闘技場に……!? それに、なんて酷いことするんだよ!! 闘技大会は殺し合いの場じゃないんだぞ!!」
「今からこの闘技場は、アナタ方のための処刑場となるのでぇす。部外者は邪魔でしかありませんので消えていただかなくてはぁ」
「なんだと……!?」
激怒するゾルク。傷を負った大斧の戦士を庇い、前に出る。ナスターの右腕には血が滴っていた。……いや、よく見ると『腕』ではない。肘から先が『両刃の剣』と化している。
ナスターの両腕は肩から下が機械の義手となっており、変形機構を備えている。機械義手を多種多様な武器に狂おしいほど変形させ、それを駆使して戦闘を行う。故に、奴の通称は『狂鋼』なのである。……性格に難がある点も意味合いに含まれていそうではあるが。
私達は観客席から舞台へ飛び降り、ゾルクの元へと駆け寄った。
「ソシア! この人の怪我、治してあげて! 俺はなんともないから!」
「わかりました! 今助けます……ヒール!」
ソシアは大斧の戦士の腹部に手をかざした。彼女の胸の菱形のビットが淡い緑色に輝く。すると傷口は徐々に塞がっていき、出血も止まった。彼は安らぎ、落ち着きを取り戻したようだ。
「お嬢ちゃん、すまねえな……」
「ここは私達が引き受けます。動けるようなら、どうか今のうちに逃げてください!」
彼はどうにか自力で歩くことができたため、安全な場所に向け避難していった。
その間ナスターはというと、左腕を光線銃に変形させ、ずかずかと歩きながら観客席を攻撃していた。観客は光線の照射を必死で避けようと、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。まさしく大混乱である。
「さてさて。これで整いましたねぇ」
瞬く間に人っ子一人いなくなった闘技場。その中心でナスターがニヤリと笑い、ゾルクは憤慨する。
「どうして関係の無い人達を攻撃したんだ!!」
「ボクは人の多い場所が苦手なのでぇす。先ほどもお答えしたでしょう? 部外者には消えていただかなくては、とぉ」
へらへらした態度で答えた。そんな奴の姿を、ジーレイは汚物を見るような目で眺める。
「言葉も交わしたくないくらいに程度が低いですね。『狂鋼』とはよく言ったものです」
ナスターは気にすることなく、むしろ喜ぶように武器を構えた。奴の仕草に対し、こちらも応戦の構えをとる。
「ではそろそろ始めましょうかぁ。ナスター・ラウーダ……いきまぁす!」
宣言を言い切る前に、突っ込んできた。
「マシンソード!」
両刃の剣と化した右腕をぶん回しながら闘技場の舞台を駆け巡る。
「こいつ、こんなにすばしっこいのかよ!?」
研究者としての外見に反して素早いため、ゾルクは意表を突かれたようだ。私も、ナスターの戦う姿を見るのは今回が初めて。漆黒の白衣をたなびかせる、辻斬りを伴った高速移動。これを見せつけられては動揺を隠せない。
皆が怯む中、ナスターは不意にソシア目掛けて急接近を開始。彼女の周囲をぐるぐると走り回り、挑発するかのように口を開いた。
「アナタはどのパーツを提供してくださるのですかぁ? 骨格? 血液? それとも……
そしてソシアの耳元まで辿り着くと、次のように囁く。
「アナタ特有の臓器にも価値は見出せますよぉ」
「ひっ……!!」
ただの一瞬の出来事であった。奴はソシアから即座に距離を取り、また遊撃に戻った。
ソシアはあの一瞬で多大な恐怖を叩き込まれたらしく、ほんの少しの間だが顔は青ざめ、呆然としていた。
純粋な心の持ち主である彼女が、狂気に満ちた笑顔を眼前で見せつけられた上、生理的に受け付ける事の出来ない台詞を吐かれたのだ。精神的ショックを受けていてもおかしくはないだろう。これはナスターなりの威圧なのだろうか。何にしても気持ちが悪く不快極まりない。
ここまで好き勝手されて私が黙っているはずもない。ナスターのでたらめな高速剣撃を止めるべく、二丁拳銃を連射した。
「私達を始末した後、実験材料にするつもりか。大した研究者根性だな!」
「おだてても何も出ませんよぉ!」
しかし奴は体を器用にひねり、銃撃を軽々とかわしてしまった。この余裕の回避を見て、ジーレイと戦った時を思い出す……。やはり、ナスターはエグゾア六幹部の一員。一筋縄ではいかないことを改めて教えられた。
「よくもメリエルを弄んでくれたわね! あたし、あなたのこと大っっっ嫌い! いつまでもふざけた態度とってると、もっと怒るわよ!!」
今度はミッシェルがナスターの足を止めにかかった。大筆の石突き部分を槍に見立て、怒りを込めて突きを繰り出す。
「ふざけるも何も、これがボクの素なのですがねぇ」
だが、彼女はあまり近接戦闘に慣れていない。ナスターは攻撃が命中するギリギリで横方向に跳躍。大筆が奴に届くことはなかった。
ゾルクは奴の動きを追い切れず、私の銃撃とソシアの弓撃はかすりもしない。ジーレイの魔術詠唱やミッシェルの筆術による援護も、高速剣撃に邪魔されてままならない状態だ。
そんな私達の無様な状況を嘲笑うように、ナスターは口を開いた。
「おっとそういえばぁ。スラウの洞窟にいたゾンビの群れ、アナタ方が倒したらしいですねぇ。ボクはアムノイドを研究しているのですが、ゾンビ達は元々、ボクが廃棄したアムノイドの失敗作だったのですよぉ」
突然に明かされる真実。ナスターがアムノイドの研究者だと知ったソシアは、あからさまに眉を寄せた。
奴の発言の後、剣撃を魔本で器用に防ぎつつジーレイが尋ねる。
「では、キラメイとメリエルがエンシェントの欠片を狙ってスラウの森まで来ていたこと、そしてエンシェントの欠片がゾンビの中から出てきたのは、もしや……」
「流石は偉大なる魔術師ジーレイ・エルシード。察しが良いですねぇ。ボクが誤って失敗作の中に残してしまったエンシェントの欠片を回収するために、総司令が二人を向かわせたのですよぉ。失敗作がゾンビ化したのは欠片の影響によるものかと思われまぁす」
あの時どうしてスラウの森に六幹部が二人もいたのか、これで合点がいった。
「まあ失敗作といえども、結構な数だったアレを既に倒していたと報告を受けたものですから、アナタ方の実力がどれほどのものか期待していたのですが……現状から察するに大したことはなかったようですねぇ。グフフフフ」
安っぽく挑発し、高速剣撃の手を強めるナスター。早く、奴を撃破する算段をつけなければ。
状況が芳しくない中、ソシアは捻じ込むようにナスターへ尋ねる。先の私のようにどうしても今、訊かなければならないのだ。
「レミア・ウォッチという名前に覚えはありますか」
「レミア……? 聞いたことがあるような、ないような……」
「エグゾアに売られた私の母の名前です」
簡潔に淡々と伝え、剣撃を無限弓でいなしながら答えを待つ。
「あぁ~、人身売買経由の個体ですか。それなら確実にボクが取り扱って、アムノイドへの改造実験に使用したはずでぇす。しかし実験体の固有名詞など、いちいち記憶していられませんよぉ」
――ソシアが微かに抱いていた「母の無事」という希望は……粉々に打ち砕かれてしまった。
「…………そうですか」
「おおっとぉ!?」
脈絡なく矢を放ち、ナスターへの返答とした。この時のみ、彼女の声色はグラムとの交戦時のように冷たく、感情を消したかのようだった。
「今の矢は危なかったですよぉ! でもまぁ当たらなければ、どうということはありませんがねぇ」
奇襲の矢すら、ヘラヘラした態度でかわしてみせるナスター。ふざけたようでありながら六幹部としての実力を物語っている。
だがソシアは臆さず、連続して無限弓の弦を引く。彼女にとってナスターは不快な思いを味わわせてきたのみならず、レミアさんが無事である確率をゼロにしてしまった張本人。容赦する理由は皆無なのである。
「メリエルだけじゃなくて、ソシアのママもナスターの被害者だったのね……」
「これっぽっちも覚えておりませんが、どうやらそのようですねぇ。グフフフフ」
「……なに笑ってるの? あんまりナメてると承知しないわよ!!」
怒りと共に意を決し、ミッシェルは筆術を発動しようと取り掛かる。ナスターの攻撃が止んだり、奴の隙を
「大サービスで描いちゃうからね!」
言葉の軽快さとは裏腹に、彼女は必死で大筆を操った。筆先から溢れる絵具も、普段と比べて大量に飛び散っている。高速で移動するナスターにも飛び散る絵具が付着していったが、奴は気に留めることもなく剣撃を加え続ける。
「守り抜く
ミッシェルの眼下の石床には、私達全員分の鎧の絵が描かれていた。仕上げとして術名を叫ぶと黄色く輝く五つの鎧が一斉に飛び出し、平面の体を弾ませて皆の体に向かい、最後には融合した。
「こ、これなら、ナスターの攻撃も多少は平気なはずよ。みんな、やっちゃえ!」
ナスターが辻斬りを見舞う中で無理矢理に行動したため、ミッシェルにはダメージが蓄積。息を切らす彼女にこれ以上無理をさせるわけにはいかない上、私達にも余裕はない。ここで一気に決めなくては。
「こうなったらヤケクソだ!
「私も!
ゾルクが運任せに横回転斬りを繰り出した。ソシアも矢を真下に放って、自身の全方位に大地の力を帯びた衝撃波を生み出す。
二人の攻撃は、どちらも自分の周囲にしか効果の無いもの。だがこの状況では、逆にナスターの方から突っ込んできて勝手に当たってくれる可能性が高い。剣撃の脅威も薄れた今が好機と、二人は賭けに出たのである。
「ギィヤッ!?」
思惑通りだ。奴は、ソシアの放った衝撃波に直撃。金属音のような悲鳴を上げて軽く吹き飛び、舞台の石床に背を付けてしまった。
この隙を逃したくはない。そう思い私は、倒れたナスターに魔力弾の連射を撃ち込もうとした。
「
「そうはいきませんよぉ!」
……が。それよりも早く奴は飛び起き、回避してみせた。十発の魔力弾は全て、虚しく石床を削るのみに終わった。
「燃やしなさい。フレイムラッシュ」
「予測済みでぇす!」
不意打ちの魔術すらかわしてみせた。ジーレイは無駄な攻撃をしない。奴に悟られないよう機会を窺っていたはずだが失敗に終わるとは……。ナスター・ラウーダ、やはり手強い相手である。
「面白くなってきましたねぇ。では、これならどうですかぁ?」
ここにきてナスターは、俊足を生かして私達から距離をとった。光線銃による遠距離戦に切り替えるつもりなのだろうか。
何にしろ、縦横無尽に動き回られるよりマシである。ジーレイを援護して魔術を当てるのが効果的か……そう思い作戦を練ろうとした、次の瞬間。
「……上空から遊戯ぃ」
「なにっ! 詠唱だと!?」
完全に予想外の行動だった。
奴の真下で青色の魔法陣が展開した。ナスターが魔術を扱えるなど、知らなかった。しかも詠唱にかける時間が短い。阻止する猶予は無かった。
「ダンシングアクアァ!」
踊り狂うように荒れる、水属性の中級魔術。ジーレイも習得している術だ。
私達の頭上から滝のような水流が襲い来る。それは一瞬で舞台の石床に達し、そこから跳ね返って生きているかのように弧を描き踊る。発生が早い上に攻撃範囲が広いため全員がこの魔術に巻き込まれ、水流の思うまま石床に叩きつけられてしまった。
先のミッシェルによる筆術は物理攻撃に対しての防御効果しか有していないため、ダンシングアクアの威力は軽減できなかった。
今更だがナスターを注視すると、機械義手を変形させた武器に緑色の小さなビットが装着されている。……なるほど、魔術を使えるわけだ。観察していれば事前に気付けたかもしれないが、それを怠るとは迂闊だった……。
「おやぁ~? まさかこれでおしまいとは言いませんよねぇ? アナタ方を始末するにしても、もう少し張り合っていただかないと楽しめませぇん」
這いつくばる私達を尻目に、奴は挑発する。
「……ああ。終わりじゃないさ。それに俺達は、始末されるつもりなんてない!」
力を振り絞って誰よりも早くゾルクは立ち上がり、両手剣を強く握った。そしてナスター目掛けて走り出す。
「うおおおお!!」
ナスターは避けようとせず、左腕の光線銃を前方に突き出した。
「猪突猛進は悪手ですよぉ。喰らいなさい、マシンブラスター!」
ニタァと笑みを浮かべて銃口から白の閃光を放出。全速力でナスターに直進していたゾルクにとって、これを避けるなど不可能。
「しまっ……」
後悔の言葉を言い切ることも出来ず、光線に呑まれた。……と思われた。
「あ、危なかったぁぁぁ……!」
「ふぅむ……」
ナスターは光線銃を下ろし、静かに残念がった。
なんとゾルクは、光線に当たらず生き延びていたのだ。命中する直前、豪快に転んだおかげで無事だったのである。そして転倒した原因はというと。
「絵具に助けられたようですねぇ。ですがその絵具、本来はボクの動きを止めるのが目的で撒き散らしたのではないですかぁ? 残念ながらボクは、これほど単純なトラップに引っかかるほど間抜けではありませんのでぇ。グフフフフ」
「誰が間抜けだっ!」
暗に自分のことを馬鹿にされて憤るゾルク。しかし取り乱している暇はない。この隙に私達は態勢を立て直したが、依然としてナスターに隙は生まれない。
「さぁ。笑わせていただいたところで、そろそろ終わりに致しましょぉう。ボクの速攻の魔術でねぇ!」
ついにナスターは終止符を打つつもりだ。奴の短い詠唱を止めるのは至難の業。だがここで止めなければ……。
「……おやぁ?」
こちらの勝機はない……と思っていると。ナスターの様子が急変した。
「こ、これはぁ! 腕が反応しないぃ!?」
機械の両腕をだらしなくぶらさげたまま慌てふためいている。
「まさか絵具がぁ……!?」
奴の機械義手には、絵具がまばらに付着していた。まさにそれが故障の原因。
ミッシェルが全員分のガーネットアーマーを生み出した際、大量の絵具が辺りに飛び散った。その時、絵具はナスターの機械義手にも付着していた。
しかし奴はそれを気に留めていなかった。絵具は機械義手の可変部の隙間に入り込んで、徐々に凝固。最終的に機械義手の変形を阻止するどころか、両腕自体の可動すら封じるほどの支障を生じさせたのだ。
「床に落ちた絵具に注意してても、腕に付いた絵具は気にしてなかったみたいね。それがあなたの運の尽きよ、ナスター!」
ミッシェルは全てを見通していたかのようにズバリと言い切った。これを計算して大筆を振るっていたとすると、彼女はとんでもない策士なのかもしれない。
夢にも思わなかったであろう状況に遭い、絶望の表情を浮かべるナスター。奴が動揺している今が、きっと最後のチャンスだ。この機会に全てを賭ける。
「
ゾルクが両手剣で突きを繰り出し、圧力を巻き起こしてナスターを吹き飛ばした。
「ヒンギィッ!!」
「舞え、斬り裂け。破壊の力に染まり、狂い続ける
奴が奇妙な悲鳴を上げる中、ジーレイは魔本を開きページを輝かせ、上級魔術の詠唱を開始していた。私は彼の詠唱時間を稼ぐべく、吹き飛ぶナスターを拾うかのように追撃を加える。
「
地上から空中へと向かう、高速の五連蹴り。両脚を的確に操って奴の胴体に一打一打を確実に決め、共に昇っていく。
「ギオッ、ガッ、ゴッフォ!?」
そして最後の一撃は顎に喰らわせ、更に高く蹴り上げた。
無防備な状態で宙を舞うナスター。すかさず私は合図を出す。
「ジーレイ、今だ!」
「スラッシュハリケーン」
最高のタイミングだった。落下し始めたナスターを、疾風の刃で構成された大嵐が出迎える。防御も叶わないまま奴は巻き込まれ、見えない刃に全身を切り刻まれていった。
「ギャアアアアア!!」
絶叫しているが哀れだとは微塵も思わない。こちらの命を取りにきた以上、倒すのみなのだ。
嵐が消滅し、ナスターは石床の舞台に全身を強打。そこからピクリとも動かなくなった。漆黒の白衣がボロボロになるほどの斬撃痕も至る所にある。死んでいてもおかしくはないが……。
「救世主一行の力、よぉくわかりましたぁ……」
「うわっ!? まだ立てるのか!」
ゾルクを驚かし、両腕を使わず器用に立ち上がった。いやにしぶとい奴だ。
「この借り、いつか必ずお返しして差し上げますからねぇ……!」
不気味な三日月の笑みを浮かべたまま捨て台詞を吐き捨て、フレソウムの館でも使った小型の転送魔法陣を足下に展開。眩い光に包まれた後、音も無く消え去った。
「へへーんだ! いつ来たって返り討ちにしてやる!」
ゾルクは勝ち誇り、いなくなったナスターへ言い返すのだった。
それにしても私が気になるのは、絵具で勝機を見出したミッシェルだ。あれほどの策をいつの間に展開していたのか非常に興味がある。
「ミッシェル、ありがとう。あの戦法をよく思いついたな。おかげでナスターに勝利できた」
「思いついたってわけじゃないんだけどね~。実はあたしも、まさか絵具が機械の腕を壊すなんて思わなかったわぁ。運が良かったのね、きっと!」
天真爛漫な笑顔で彼女は答えた。……ただのまぐれだったようだ。策士だとか考えていた自分が恥ずかしい。
「あとね、あいつがボッコボコに蹴られるのを見て、ちょっとだけスッキリしたわ。こちらこそありがとね、マリナ♪」
いや、私の考えなどどうでもいい。メリエルは再洗脳されてしまったが、元凶であるナスターに一矢報いることが出来たのだから。この調子でいつかミッシェルがメリエルを連れ戻せるようにと、切に願った。
続いて、ソシアも礼を伝えてくる。
「実は私も、ほんの少しだけ気が晴れました。マリナさん、ありがとうございます」
感謝の言葉は、筆舌しがたい複雑な表情と共にあった。
「だが、レミアさんは……」
「気にしないでください。覚悟していたことですから。むしろ『死んだ』と聞いていない分、まだ良いほうです」
「……強いな。しかし無理はしないでほしい」
「…………はい」
懸命に笑顔を取り繕う彼女の心を、密かに称えた。
私達は受付のあるロビーに戻り、心身を休めていた。事態は収まり、闘技場にも徐々に人が戻ってきている。一件落着かと思われたが。
「エンシェントの欠片、もう手に入らないんでしょうか……?」
ソシアのこの一言で、皆が不安に包まれた。闘技大会はもちろん中止だろうし、そうなれば賞品は無かったことになってしまう。再び闘技大会が開催されるのを待たなければならないのか……?
どうするべきか頭を悩ませていると、ある男が声をかけてきた。
「旅の人! よくやってくれた!」
振り向くと、ハルバードを背負った戦士が立っていた。闘技場の前で出会った、あの男だ。何故だか知らないがとても上機嫌である。
「僕達を闘技大会に誘ってくださった方ではありませんか。
「実は俺、この闘技場のオーナーなんだ」
問いかけるジーレイに対し、男はさらっと答えた。
まさかの返事である。わざわざ私達を呼び込もうとしていた理由がよくわかった。オーナー自ら客寄せを行うとは、それだけ熱心に運営しているという証拠なので感心した。
「物陰からずっと見てたよ! あんたらと戦ってた奴が俺にエンシェントの欠片を譲ってくれたんだが、まさかあいつがエグゾアの幹部だったなんてなぁ。清く正しくがモットーの闘技場なのに、エグゾアの世話になってちゃあ笑いモンだぜ」
苦笑いを浮かべてそう述べた。荒くれ者の多いメノレードではあるが、この闘技場だけは真っ当に運営していきたい、とも言っていた。オーナーという立場に見合った、しっかりした考えを持ち合わせているようだ。
さらに聞くと、このオーナーはメノレード創立当時からずっと闘技場を運営しており、増加する荒くれ者に対抗するために自身も戦士の格好をするようになったとのこと。おかげでそれなりにハルバードを振り回せるようになったものの、あまり嬉しいことでもないらしい。彼の苦労が窺える。
しかし悪いことばかりでもなく、オーナーの真剣な姿に心を打たれた悪人が足を洗って闘技場運営に協力するようになった、ということも増えたという。
「まあそういうわけで、だ。今回の闘技大会は中止にしたし、この欠片はもう賞品にはできない。俺が持っててもしゃーないし、エグゾアを追い払ってくれたあんたらにやるよ。遠慮なく受け取ってくれ!」
差し出されたエンシェントの欠片を、ゾルクが大事に受け取る。
「どうもありがとう!」
フレソウムの館から始まり、ようやく回収できたのであった。
オーナーが話のわかる男で助かった。そして、清々しい気質の人間がメノレードにもまだ残っていることを、私達は思い知らされた。この町に対する認識を改めるべきかもしれない。
……すっかり忘れていたが、闘技場は私達のせいで危険に晒されたようなもの。この点についてはただ謝るしかないのだが……いざ被害額を請求された場合、まともにガルドを支払えるはずもない。ここは黙っておくこととしよう。オーナーよ、本当に申し訳ない。
メノレードでやるべきことは終わった。では、次の目的地をどこにするのか。私達は相談を始めた。
「新たなエンシェントの欠片について、目星はつけられるか?」
「残念ながら、もう心当たりはありません」
私はジーレイに尋ねたが、お手上げだと言わんばかりの溜め息が返ってきた。
「あたしも、うちで封印してた欠片のことしか知らないわ」
ミッシェルも当てはないらしい。と、ここでソシアが提案する。
「では、医療の町ランテリィネへ行ってみませんか? 手掛かりがないのなら、新たな町で情報収集するのが一番だと思います」
一理ある。全員がソシアの意見に同調した。
「よぉし! それじゃ、ランテリィネへ向けて出発だ!」
元気よく右腕を突き上げ、ゾルクは叫ぶ。
「……で、その町はどこにあるの?」
が、所在を知らないことに気付き、すぐさま勢いを
「メノレードから真っ直ぐ南東に進んだ先です。すぐ近くには火山もありますので、迷わず辿り着けるでしょう」
ジーレイから速やかな案内を受けると、また右腕を掲げて新たに号令をかける。
「わかった! じゃあ改めて、出発だ!」
私達は灰色の外壁の門をくぐり、赤茶色の荒野に足を踏み出す。医療の町ランテリィネに淡い希望を託し、メノレードを去るのだった。