Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第20話「獄炎の中で」 語り:ソシア

「つまんないなー」

 

 適当な黒の椅子に座った、若くあどけない不機嫌な少女。この暗黒の広間にはまるで似つかわしくない幼い声が、闇へ融けるように行き渡る。

 空色の瞳と藤紫色の髪。縦巻きにカールしたツインテール。白と黒を基調としたフリル満載の甘いドレス。声とは逆に、少女の外見は暗黒の広間に違和感を生じさせない。

 

「あ、誰か帰ってきた」

 

 少女の視線の先で、大人一人分の広さの小さな円形の魔法陣が展開した。陣からは光が溢れ始め、徐々に立ち昇っていく。最終的には円柱のようになった。

 光の円柱はすぐに消え去った。魔法陣自体も線をなくしていく。それと引き換えるように一人の人間が現れた。人間の特徴は土色の癖毛と、ズタズタに斬り裂かれた漆黒の白衣。

 

「ナスターじゃん。しかもボロボロ。どーしたの? メノレードの拠点に居たんじゃなかったっけ」

 

「フィアレーヌですか。救世主一行にやられましてねぇ」

 

「キャハハ♪ なーんだ、みっともなーいのー♪」

 

 藤色の髪の少女はフィアレーヌと呼ばれた。指さし、蔑むように笑う。しかしナスターは別段、気にすることなく当たり前のように対応する。

 

「いえいえ、これは妥当な結果ですよぉ。義手は戦闘用ではなく調教用でしたし、命令もありましたしねぇ」

 

「あー、そっか。そういうことなら仕方ないよね」

 

 彼女は合点がいったらしく、指を引っ込めた。

 

「ところで、メリエルはどうしていますかぁ? ボクより先に帰還したはずぅ」

 

「自室に戻ったっぽいよ。『任務は後でこなすから今は休ませて』、だってさー」

 

「ふぅむ。体力を消耗しているようですが……再洗脳自体に問題は無さそうですねぇ。でしたら、総司令はどこにおられますか? 報告したいことがあるのですがぁ」

 

 この問いに答えるのはフィアレーヌではない。年老いた男性の、しかし生気に満ち溢れた声が届く。

 

「総司令なら、クルネウスと共に荘厳(そうごん)の間へと向かわれた」

 

 暗闇の中からゆっくりとナスターに近づき、声の主は姿を現した。

 雄々しく逆立った白髪。立派に蓄えられた髭。赤みを帯びた肌。動きやすさを追求した紺色の衣服。そして、老人と呼ぶには相応しくない体躯(たいく)をしている。

 見上げなければ顔も拝めないほどの高身長に、鍛え抜かれた肉体。衣服越しであるにもかかわらず伝わってくる、その力強さ。特に腕の筋肉については、凄まじい盛り上がり方をしているように錯覚しそうなほど。いや実際、凄まじいのだが。

 

「お答えいただき感謝いたしまぁす。……それはそうとボルスト、救世主一行の相手をなさってみてはいかがですかぁ? 彼ら、なかなか面白みのある連中でしたよぉ。アナタもきっと気に入るはずです。では、ボクはこれにてぇ」

 

 ボルストと呼ばれた白髪の老人は無言のまま、広間から去るナスターを見送った。

 

「救世主一行の相手、か。総司令からも命じられている。ランテリィネ方面へ向かったとの情報も取得済み。そろそろ赴かねばならぬとは思っていたが……」

 

「怖いのか? 自分の弟子と戦うのが。あれはあれで筋のいい戦闘員だったしな」

 

 また一人、広間の暗闇から誰かが躍り出た。黒髪紫眼に黒衣の男……魔剣のキラメイである。煮え切らない態度のボルストに向け、挑発ともとれる発言をした。

 

「まさか。このボルスト・キアグ、恐れるものなどない」

 

「そうかい」

 

 落ち着いた返事に対してキラメイは、どうでもよさげな反応を返すのだった。問いかけたのは彼の方だというのに、なんとふてぶてしい態度だろう。

 

「ボルストじいちゃん、救世主達と戦うのー? だったらフィアレも一緒に行くー♪」

 

 二人のやりとりを見ていたフィアレーヌは元気よく挙手し、そんなことを言い始めた。しかしボルストは一言だけ発する。

 

「ならん」

 

「えー!? どうしてー!?」

 

 眉をひそめ、大声をあげ、不満が爆発した。

 

「現在のお主は調整中の身であろう。任務に連れていくわけにはいかん」

 

「やだやだやだやだー! フィアレも行くのー! 救世主達と遊びたいのー!」

 

 話を聞き入れず、椅子の上で手足をばたつかせて喚く彼女の様に、ボルストは頭を抱える。フィアレーヌの外見は十四、五歳に見えるが、精神年齢はどうやらそれを下回っているらしい。

 

「この幼稚ささえなければ、もっと優秀なのだがな……。キラメイよ、すまぬが相手をしてやってくれ。わしはもう行くとする」

 

「……なんだと?」

 

 突然に指名されたキラメイ。完全に虚を突かれた様子だ。その間にもフィアレーヌが椅子から飛び降り、彼の元へと近寄っていく。

 

「キラメイ、フィアレの相手してくれるの? だったら少しは退屈しのぎになるかも♪」

 

「おい待てボルスト。そんな頼み、俺は……」

 

 文句を言うため振り向いたが、その先に彼はもういない。まんまと押しつけられてしまったのだ。

 

「……ちっ、くだらん。ガキの御守り役なんざ、俺の性分じゃないというのに」

 

 心底うんざりしながら、それとなく視線をフィアレーヌへ移すと……既に臨戦態勢。かかってこい、と手招きしている。

 

「どうせなら救世主と剣を交えたいもんだ」

 

 やる気は無いが、黙っていたぶられる趣味を持っているわけでもない。彼は仕方なく左手に闇の渦を作り出し、刃が∞の字に交差した黒の魔剣を引き抜くのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第20話「獄炎の中で」

 

 

 

 メノレードを発ってから、どれくらい歩いただろうか。途方も無く広がる、草木の生えない荒野。薄みがかった赤茶色の地面を踏みしめ、私達は歩く。道と呼べるものは見当たらない。文字通り、道無き道を進んでいる。

 しかし珍しいことに今日は雲ひとつ無く、久々に出会った太陽が地を照らす。まるで「行く先に希望が待ち構えている」と暗示しているかのようだった。

 途中、緩やかな丘を登ることになった。丘の傾斜はきつくないが、それなりに続いているためなかなかしんどいものがある。そんな中、ゾルクさんがぼそりと呟いた。

 

「ランテリィネにはまだ着かないの……?」

 

 長時間の移動や道中のモンスターとの戦いによる疲労が溜まっているのか、声は弱々しい。

 

「あと少しで到着するはずです。……ほら、御覧なさい。ドルド火山の頂上が顔を出しましたよ」

 

 丘の向こうには、少しぼやけた山の影。ジーレイさんの指さした方向に大きくそびえている。あれがドルド火山だ。ということは、火山のふもとに町が見えるはず。そう思い、私は付近を注視した。すると……見つけた。白い壁で囲まれた四角い建物の集まりを。

 確認のため、私はマリナさんに尋ねる。

 

「ドルド火山のふもとにある白い町……。あれが、医療の町ランテリィネですよね?」

 

「その通り。この丘から町を一望できるのなら、もう目と鼻の先だ。……ゾルク、あと少しだけ辛抱しろよ」

 

「頑張る! 到着したら思う存分、休むぞ……!」

 

 変な意気込みと共に、ゾルクさんは空元気を出すのであった。

 そんな彼の隣で、非常に独特な感想を述べる人物が。

 

「ああ~ん、真っ白~い! イイわねぇ、あの町……♪」

 

 ミッシェルさんはランテリィネを眺めてそう零した。全員、その発言を不思議に思い、一斉に彼女の方を見た。目を星のようにキラキラ輝かせながら口元を緩ませ、恍惚(こうこつ)としている。……正直、よくわからない。ただの町の何が「イイ」のだろう?

 

 

 

「着いたー! ランテリィネだー! やっと休めるー……」

 

 町に踏み込むなりゾルクさんは両腕を突き上げ、大きな声を発した。しかし彼の空元気も限界らしい。大声とは裏腹に足元がおぼつかないようだ。両腕もすぐさま、だらりとぶら下がるのであった。

 

「おいおい。倒れるなら宿屋のベッドにしてくれよ」

 

「わ、わかってるよ……!」

 

 マリナさんから忠告を受け、なんとか気を持ち直すのだった。

 

「それにしても流石は医療の町。建造物が綺麗に整えられていて清潔感の漂う町並みだ。壁の向こうが荒野になっているなんて、まるで思えないな」

 

 まず町の中を見渡し、次に振り返りランテリィネを囲う白い壁を見つめて、マリナさんは感心する。

 

「確かに清潔感はあるけど、慣れるのに時間がかかるかも。建物も敷石も真っ白で、ずっと見てると頭が痛くなりそうだよ」

 

 同様にゾルクさんもランテリィネの感想を述べた。私も、頭に浮かんだことを伝える。

 

「建物がみんな四角くて、間隔もこんなに均等になっているなんて。ランテリィネの人は、みんな几帳面なんでしょうか?」

 

 それぞれが思ったことを口にする中、一人が奇想天外な言葉を発した。

 

「この町、なんだかキャンバスを思い浮かべるわねぇ。無性に絵を描きたくなっちゃう。……壁にも床にも、いーっぱい描きたい。ランテリィネをあたし色に染めたいわ……♪」

 

 その一人とはもちろんミッシェルさんのこと。彼女の趣味……いや、癖と呼ぶべきなのだろうか。うっとりする姿を目の当たりにした私達は、呆気に取られてしまう。

 

「……ちょーっと、そこの手頃な壁から……」

 

 忍び足で歩いていく。……が。

 

「駄目だ」

 

 見逃されるわけもなく。マリナさんが彼女の肩をがっちりと掴む。

 

「や、やぁねぇ~。冗談よ、冗談♪」

 

 不自然な笑顔に冷や汗をかきながら否定する。そんな彼女に対し、マリナさんは呆れながら指摘した。

 

「では、両手の小筆とパレットはなんだ」

 

「え、これは、その……う、うふふふ。あたしってば、なかなか演技が上手でしょ?」

 

 最後まで誤魔化し続けた。マリナさんは諦めるように大きく息を吐く。

 ミッシェルさん、なかなか奇抜な性格をしている。バレンテータルには個性的な人がたくさん居たし、芸術家は総じて変人なのかもしれない、と私は思うのだった。

 ジーレイさんも、ミッシェルさんの気持ちを汲みつつ釘を刺す。

 

「画家の魂が疼くのでしょうかね。わからなくもありませんが……ランテリィネの人々に迷惑をかけては……」

 

 ――何の脈絡もなかった。

 突然ジーレイさんはふらつき、何もない地面につまずいてしまう。傍にいた私が咄嗟に、長身の彼を小さな身体で支えた。

 

「ジーレイさん!? 大丈夫ですか!?」

 

「……すみません、ソシア。僕もゾルクと同様に、疲れが溜まっているのかもしれませんね。お恥ずかしいことです」

 

「いえ、気にしないでください……!」

 

 彼は申し訳なさそうに謝った後、軽い貧血だろうと皆に説明し、苦笑した。顔色は悪いが、あまり大したことはないようなので本当によかった。

 この出来事を受け、ゾルクさんは彼を心配すると共に少し驚いていた。

 

「まさか、俺より先にジーレイが倒れるなんてな……」

 

「なんだかんだ言って、やっぱり皆さんお疲れなんだと思います。早く宿屋に向かいましょう」

 

 私の意見に皆、快く頷く。移動を開始してから宿屋に辿り着くまで、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 無事に部屋を確保し、直ちに休憩。皆が休んでいる間、私はジーレイさんのために濡れたタオルや薬を揃えて持っていった。その甲斐あってか、彼の体調は完全に回復。なので休憩を終えた今は、皆でエンシェントの欠片の情報収集に出向いている。

 白き町を歩く中、ミッシェルさんが私の変化に気付いた。

 

「あら? ソシア、なんだか嬉しそうね」

 

「実を言うと、前からランテリィネには来てみたかったんです」

 

「そうだったの~。でも、どうして?」

 

 知りたげな表情で、彼女は私の目を見つめる。疑問へは素直に答えた。

 

「怪我や病気で困っている人を助ける仕事に興味があるんです。だからランテリィネの人に憧れて、治癒術も頑張って覚えて……。私、シーフハンターをしていなかったら治癒術師になっていたかもしれません」

 

 説明するうち、自分の夢を語っているような感覚に見舞われた。少々、気恥ずかしくなってしまう。しかしジーレイさんは。

 

「ソシアならきっと、素敵な治癒術師になっていたことでしょう。一生懸命に僕を介抱してくれましたし」

 

「え、えっと……そう言われると、なんだか照れちゃいます」

 

 優しく、囁くように褒めてくれた。彼の表情が含みの無い純粋な笑顔だったため、思わず赤面してしまった。……ジーレイさん、不意打ちは良くないです。

 一方で、ゾルクさんは疑問を呟く。

 

「ソシアが憧れるくらいの町って聞いても、綺麗に整備されてるだけで普通の町にしか見えないんだよなぁ。ここってそんなに凄いところなの?」

 

「では、医療研究所へ行ってみるか。お前の疑問も解決するだろうし、エンシェントの欠片の情報も掴めるかもしれない」

 

「研究所があるのか。よし、行ってみよう!」

 

 彼はマリナさんの提案に乗り、私達もそれに続いた。

 

 医療研究所は町の奥に存在した。今までに眺めてきた四角い建物群と同じく、この研究所も清潔感溢れる純白で染められている。研究所自体は大きく、上にも高い。おそらくランテリィネで一番を誇る建造物だろう。

 早速、中にお邪魔させてもらった。三方に分岐した廊下を挟むように、所狭しと数多の扉が並んでいる。つまり、それだけ多くの研究室が存在するということであり、医療技術に関する研究や実験が盛んに行われているに違いない。

 

「すごく立派な施設だなー。……でも思うんだけどさ。この町や研究所は、どうして火山のふもとにあるんだろう」

 

 ゾルクさんは感心すると共に、不思議だと思う点を述べた。それを解消するのはジーレイさんの役目。

 

「火山内部で採取した鉱石の成分を、いち早く調べるためです。ドルド火山で採れる鉱石は多種多様な成分を含んでおり、時間の経過で性質が変わってしまうこともあるそうです。それに対処するため研究施設を火山のすぐ近くに設けた……これがランテリィネの始まりだそうですよ。有用な成分を多く含んだ鉱石は薬品の生成に用いられるため、この立地は非常に重要なのです」

 

「理由はよくわかったよ。でも、もし火山が噴火したら大変じゃないか?」

 

「ドルド火山は活力を失った休火山ですので、その心配はありません」

 

「なるほど、そういうことなのか。噴火しないにしても火山のそばに町を作るなんて大胆だよなぁ」

 

 解説を受け、ゾルクさんは腑に落ちた様子だ。

 

「あの方は……?」

 

 丁度その時。白衣の女性がこちらに気付き、近づいてきた。

 暗い青色のショートヘアと金の縁取りの眼鏡が特徴的。年齢はジーレイさんより少し上に見え、しっかりしたお姉さんという印象を与える。疑うまでもなく、この研究所の職員のようだ。

 

「失礼いたします。もしかしてあなたは、魔術師ジーレイ・エルシードでは?」

 

「ええ」

 

「やはりそうでしたか! 私はこの医療研究所の所長、エイミーです。お噂はかねがね。あなたとお会いできるなんて、とても光栄です!」

 

「あなたが所長でしたか。そこまでおっしゃっていただけるとは恐縮です」

 

 エイミーと名乗った女性の目的はジーレイさんだった。熱く握手を交わし、強く感激している。この光景に、ゾルクさんは怪しみながらも驚く。

 

「えっ……ジーレイってそんなに凄い魔術師だったの?」

 

「心外ですね。これまでに訪れた町は、たまたま僕に所縁(ゆかり)が無かっただけです。ゾルクの知らない他の多くの町では有名人なのですよ?」

 

「自分で有名って言うなよ。胡散臭いぞ……」

 

 どこか誇らしげで冗談混じりの魔術師に対し、ゾルクさんは控えめなツッコミを入れることしか出来なかった。

 そんな彼らのやり取りを尻目に、ミッシェルさんが質問する。

 

「ねー、所長さん。ジーレイは具体的にどんなことをしたの?」

 

「彼は以前、ランテリィネに最新の魔術知識を提供してくれたわ。それが研究の助けになって、医療技術を飛躍的に発展させられる兆しが見えてきたの。とても感謝しているわ」

 

 返事を聞いたミッシェルさんは、意外にも胸を躍らせた。

 

「わーお! なんだかテンションが上がる話ね♪ あたしも筆術で傷を癒したりは出来るから、この町に残って勉強して術を強化するのもイイかも、って思えてきちゃった♪」

 

「とかなんとか言って、本当は町じゅうに落書きしたいだけなんじゃないのか?」

 

 すかさず、マリナさんが鋭い指摘を繰り出す。

 

「そ、そんなわけないじゃな~い」

 

「目が泳いでいるぞ」

 

「ぎくっ……!」

 

 読みは正しかったようだ。ミッシェルさんは図星を突かれ、背中をビクッと震わせていた。

 

「ふふっ、なかなか賑やかね。ところで、あなた達はどうしてこの研究所に?」

 

 ……そうだ、危うく本来の目的を忘れるところだった。エイミーさんに尋ねられ、エンシェントの欠片を見せる。そして研究所へ訪れた理由を話した。

 

「かなり貴重な物質を探しているのね。……でも、心当たりがなくもないわ」

 

 飛びつくようにゾルクさんが叫ぶ。

 

「本当ですか!?」

 

「ええ。本物かどうかはわからないけれど似た物質なら、前にドルド火山の奥で見つけたわ。あなた達が持っているその欠片と同じように、とても不思議な強い魔力を放っていたの。……本当は回収して研究に役立てたかったけれど、ただでさえモンスターが多く棲んでいるのに暑さが一段と厳しい地帯だったから、それ以上は進めなくて諦めちゃった」

 

「貴重な情報をありがとうございます、エイミーさん。準備を整えて向かおうと思います」

 

 マリナさんが感謝を述べると、深刻な表情で忠告された。

 

「……あなた達、本気でドルド火山に入るつもり? 休火山とはいえども内部はとてつもない温度で、居るだけでも大変なのよ。鉱石採取のために暑さに慣れた私達ですら長時間は耐えられないのだから、なるべくやめておいた方がいいと思うけれど……」

 

 心配してくれるのは有り難いことだが、やっと掴んだ手掛かりだ。みすみす逃すわけにはいかない。

 

「ご忠告、どうもありがとうございます。けれど私達は、どうしてもエンシェントの欠片を集めなければならないんです」

 

 私の言葉で、四人が真剣に頷いた。この様子を目にし、エイミーさんは引き止めるのを諦める。

 

「決意は固いのね。なら、くれぐれも注意して進むのよ。溶岩に落ちたら骨も残らないから。そうでなくても暑さが確実に体力を奪っていくけれどね。でも身体を保護できる手段があれば、暑さの中で探し物をする余裕も生まれると思うわ」

 

「対策かぁ。うーむ、どうしよう」

 

 ゾルクさんが腕組みするのを筆頭に、皆で妙案を捻り出そうとする。……が、ミッシェルさんだけはにこやかだった。

 

「みんなして、なんでそんなに難しい顔してるの?」

 

「なんでって……話は聞いてただろ? 火山の暑さに耐える方法を考えてるんだよ」

 

 眉を歪めるゾルクさんを見つめたまま、彼女は笑顔を絶やさない。そして、あっけらかんと言い放った。

 

「それなら悩む必要なんて無いじゃない。あたしの筆術にかかれば、どんな状況下でもへっちゃらよ♪」

 

 これを聞いたジーレイさんは「なるほど」と声をあげた。

 バレンテータルからランテリィネに到着するまでの幾多の戦闘において、ミッシェルさんの筆術には何度も助けられた。しかし高温の火山で筆術がどのように通用するのだろうか。

 不安は残るが、他に手段が見つからない。私達は耐熱耐暑の役割を彼女に託し、熱気に満ちた山へ挑むのであった。

 

 

 

 ドルド火山の中は言うまでもなく灼熱の世界で、ランテリィネの白い町並みから一転、どこを見ても真っ赤っ赤(ま か か)。目が痛くなるほど明るい色である。進入して数分も経過しないうちに、足場のすぐ向こうにある溶岩など見るのも嫌になっていた。

 

「あ、あぢぃー……。予想してたけど、さすがにこれは暑すぎないか? 暑いし熱い。もう駄目かも……」

 

 汗でべっとりとしたシャツの首回りをばたつかせながら、ゾルクさんが弱音を吐く。それを届けられたジーレイさんは呆れた様子。

 

「情けないですね。ほら、ミッシェルを御覧なさい」

 

「へ?」

 

「ふんふふーんふーん♪」

 

 高温にまみれているにもかかわらず鼻歌混じりで、小筆を片手でくるくると器用に回している。要するに、とても元気で快適そうだ。

 

「女性陣より先にへこたれてどうするのですか」

 

「女性陣って言っても、元気なのはミッシェルだけだと思うんだけど……。っていうかジーレイだってバテてたくせに、よく言うよ」

 

「その件は火山と無関係なので、あしからずご容赦ください」

 

「あんたって人は……」

 

 もう突っ込む気力すら無いや、とゾルクさんは諦めた目つきで見返した。

 ……ええ、そうです。ミッシェルさんは例外です。私もマリナさんも、暑さにやられてヘトヘトです……。

 

「この、迫り来る溶岩の熱気……。ミッシェルの筆術で身体をカバーしてもらってなかったら、何回焼け死んでることか。やっぱり筆術って凄いなぁ」

 

 ゾルクさんが褒め言葉を発したついでに解説しておこう。

 ミッシェルさん、実は普段から全身に特殊な筆術をかけているのだが、これがかなりの防御力と防護力を誇っている。目に見えず柔軟性の高い強固な膜が、身体に貼り付いていると考えればいい。彼女が軽装のまま戦闘を行う理由は、この特殊な筆術で説明できる。そしてこれを私達にもかけてもらうことで異様な暑さや熱気から身を守れているのだ。

 ちなみに、この防具代わりの筆術はフレソウム家の人間にしかうまく適応しないらしい。私達にかけても長時間持続せず、僅かな効果しか得られないという。それでも火山を探索する間の持続と必要最低限の防護効果が約束されている。皆、ミッシェルさんに感謝していた。

 

「ね! 凄いでしょぉー? 温度を完全に遮断するのは無理だけど侮れないものなのよ、筆術は♪」

 

「そうだなぁ。……実は直前まで『筆術なんかで本当に耐えられるのか』って思ってたけど」

 

「え……ゾルクったら、ひっどーい!」

 

 ゾルクさんの余計な一言は、彼女の機嫌を損ねてしまう。……それにしても、まだ怒ったり出来る程の余裕が残っているとは。ミッシェルさん、なんと恐ろしい人だろう。

 とにかく私達は大量の汗と歪み始めた視界に阻まれながらも、赤い地面を踏みしめて懸命に歩いた。

 

 

 

「で、いかにも強そうな火の鳥発見」

 

 汗を拭いながらゾルクさんが呟く。

 ドルド火山の奥地にて。エイミーさんが話していた通りの、不思議な光を放つ物質を発見した。しかしそれが安置されているのは、燃え盛る炎を纏った巨大な鳥より、ずっと向こう側。とにかく今は火の鳥に見つからないよう岩の陰に隠れている。

 

「ブレイズフェザーですか。普段は、もっと低く飛んで溶岩のエネルギーを浴びているはず。足場の近くまで上昇しているとは運が悪い」

 

 ジーレイさんが火の鳥について教えてくれたが、表情は浮かない。

 

「どうするの? 戦うの?」

 

「そうするしかないだろうな。無視して突っ切ろうとしても向こうが見逃してくれるはずもないし、そもそも欠片まで遠すぎる」

 

 ミッシェルさんにそう言うと、マリナさんは両腰の無限拳銃を手に取った。同時にゾルクさんも意気込み、背の鞘から両手剣を引き抜く。

 

「んじゃあ早速、あいつの不意を突こう!」

 

 果敢にブレイズフェザーの前へと躍り出ようとするゾルクさん。しかしジーレイさんは彼の腕を掴み、岩陰から飛び出す寸前で止めた。

 

「お待ちなさい。不意を突くのなら、それは僕の役目です」

 

「へ? なんで?」

 

「初手で魔術による大打撃を与えられるのなら、その方がいい。戦闘を展開していきやすくなります」

 

「あ……それもそうだな。暑さのせいで冷静じゃなくなってるのかな? ごめん、先走るところだったよ」

 

「構いません。暑さだけでなく旅の疲れも影響しているでしょうから。お互いにね」

 

「あはは……」

 

 頭を掻きながら照れ笑いした。そして気を取り直し、ジーレイさんの作戦に耳を傾ける。

 

「不意打ちの魔術を発動した直後、全員で総攻撃を仕掛けます。僕とゾルクをブレイズフェザーへの主なダメージ源とするので、女性陣は援護をお願い致します。……では、始めましょう」

 

 伝え終えると気配を消し、魔術が有効に届く距離まで近づいていく。そして思惑通り、ブレイズフェザーに気付かれないまま詠唱が完了したようだ。

 

輝水(きすい)(えん)愚者(ぐしゃ)よ激流と踊るがいい。ダンシングアクア」

 

「ギャッ!! ギィェェァァァァ!?」

 

 ブレイズフェザーは、乱れ跳ねる水流で翼や胴体を何度も打たれて墜落した。灼熱の見た目に反さず、弱点は水属性だったらしい。奇声を発して悶え苦しんでいる。

 

「あら? 見た目は恐ろしいのに案外ちょろそうね」

 

「そりゃあ、弱点がはっきりしてるし」

 

「ミッシェルにゾルク! ぼやぼやしていては、いつまで経ってもここから出られないぞ! ……正直、私は一刻も早く出たい。この隙に畳み掛けてくれ!」

 

「はーいよっ。……うふふっ、余裕ないマリナって珍しいわね」

 

 マリナさんに急かされるも、ミッシェルさんは既に赤い剣の絵を描き始めていた。

 大筆にくっついたビットを輝かせ、筆先から地面に向けて虹色の絵具を放出。そして豪快に線を引く。一見すると滅茶苦茶に大筆を振り回しているだけのようだが、赤の剣はみるみるうちに仕上がっていった。

 

「刺激をどうぞ! ルビーブレイド! ゾルク、受け取って!」

 

 完成した絵はむくっと起き上がり、ぴょんぴょんと跳ね回りながらゾルクさんに近づく。そして最後に勢い良く跳ね上がり、彼の握る両手剣へ融合した。

 

「ありがとう、ミッシェル! ……いくぞ、ブレイズフェザー!」

 

 ゾルクさんは、私とマリナさんが作り出した弾幕を背に、火の鳥めがけて突撃していくのだった。

 

 それからの流れ。

 ブレイズフェザーは程なくして高く舞い上がり、私達の攻撃をなかなか喰らってくれなくなった。加えてジーレイさんに警戒の重きを置き始めたらしく、魔術発動のタイミングを見切って回避するようにもなってしまう。

 しかしそれは逆に、一点に気を取られ過ぎているということ。明確な隙が生じている。これにいち早く気付いた私がすぐさま翼を狙った。

 

「今ならいける! 拡・双翼閃(かく そうよくせん)!」

 

 放ったのは、五本の矢を横扇状に拡散させ、それをもう一度繰り出す奥義。身体の大きなモンスターや多数の敵を相手にする時、多大な効果を発揮する弓技である。

 

「ギィェェァァァァ!!」

 

 燃え盛る両翼に幾つもの風穴を空けられてしまったブレイズフェザー。飛び続けることもままならない。苦痛の混ざった鳴き声を発しながら、赤みを帯びた地に再び落ちた。

 もうすぐ決着だ。前衛の彼に連携を促す。

 

「ゾルクさん、お願いします!」

 

「わかった、これで終わらせる! 蒼海神(そうかいじん)!!」

 

 剣身に水流を纏わせ全力で敵に叩きつける特技、蒼海神(そうかいじん)。つい最近にゾルクさんが編み出した、水属性を有する剣技だ。

 彼は強く地を蹴って突撃し、炎を打ち消しつつ真っ向からブレイズフェザーを両断。本人が宣言した通り、とどめの一撃となった。力尽きた全身から炎が消え去る。次いで身体そのものも、放射状に光を散らしながら消滅していった。

 

「エグゾアの野望を邪魔するためとはいえ……なんていうか、ごめんな」

 

 罪の意識を感じているのか、苦悶の表情を露にするゾルクさん。消えていったブレイズフェザーへ向け、そっと言葉を贈った。

 

「では早速、回収するとしよう」

 

 マリナさんが物質に近付き、ついに手にする。

 

「本物だったらいいんだが……。ジーレイ、どう思う?」

 

 ギザギザで歯車に似た形だった。直接、手で触れても何ら違和感は無いらしい。マリナさんはそれをしばらく凝視した後、すぐジーレイさんに手渡した。

 

「……エンシェントの欠片で間違いありません。とてつもない魔力を感じます」

 

 彼が確認すると、皆は安堵の表情に包まれた。特に、ゾルクさんと私が一番安心している。

 

「良かったぁー! 暑さを我慢した甲斐があったよ」

 

「また少し、エグゾアを妨害できましたね!」

 

 すると突然。喜びを分かち合っているのに、ジーレイさんが冷たく言い放つ。

 

「ですが焼け石に水でしょう。エグゾアは巨大な組織です。エンシェントの欠片捜索のための動員数は、僕達とは比べ物にならないはず。既にかなりの数の欠片を回収している可能性が否定できません」

 

 野望に対しての足止め効果は微々たるもの、というニュアンスだった。無論、これを耳にしたゾルクさんは腹を立てる。

 

「もー! どうしてジーレイは水を差すのさ!?」

 

「意地悪で申し上げているわけではありませんよ。現実を忘れさせず、仲間の気を引き締める。それが僕の役割ですから」

 

「屁理屈だー!」

 

 この後ジーレイさんは、申し訳程度に「すみませんでした」と微笑した。納得できないゾルクさんは膨れっ面が直らない。確かに正論だとは思ったが、気を削ぐ発言であることも明らか。もう少し言い方に気を付けてくれればゾルクさんも怒らなくて済むのに。

 最後に場の雰囲気が乱れてしまったが、エンシェントの欠片は無事に回収できたので、ひとまず良しとする。これで私達の火山探索は終了した。


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