Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
あたし達はエンシェントの欠片を無事に入手し、ドルド火山の探索は終了した。現在は火山の出入り口付近まで戻ってきたところ。
ブレイズフェザーを撃破したためかどうかはわからないが、微かに火山の熱が弱まり体感温度も下がりつつあった。
「ふー……。暑さがマシになったみたいだ。やっと楽になれた気がするよ」
ゾルクは張り巡らせていた緊張の糸を一気に緩ませ、身体をぐっと伸ばした。その隣では。
「しかし長居は禁物。ミッシェル以外の人間が干からびてしまいます。早急に外へ出ましょう」
「あらぁ、失礼ねぇ。あたしだって暑くて死にそうなのよ?」
「えっ……? ミッシェルさんも辛かったんですか……」
意地悪な魔術師があたしをからかい、狩人の彼女が
ふとここで、あたしだけでなくジーレイも終始、涼しげな顔をしていたことに気付いた。他人を弄んでおきながら、実は自分が一番平気なのでは……。
「待てぇい!!」
……さて、冒頭の発言を撤回しなければならなくなった。言い直そう。ドルド火山の探索は、まだ終了しない。
唐突に、どこからともなく放たれた叫び声。とてつもなく気合いの入った男声だった。……どういうことだろう。ここにはあたし達五人以外、誰も踏み入っていないはずなのだが。
程なくして声の主は岩陰から飛び出し、こちらと火山の出入り口を遮る形で着地した。
「先ほどのブレイズフェザーとの戦い、密かに見物させてもらった。実に見事であったぞ。そこでだ。ここは一つ、わしとも手合わせ願えんか?」
口調も雰囲気も暑苦しい男。この場にいる誰よりも背が高く、力強さを感じる……。
外見の印象は、まさに武闘家。動きやすさを追求したと思われる紺色の衣服は、盛り上がった筋肉にピッシリと張り付いている。
逆立った白髪と蓄えられた髭、年季の入った声を見聞きする限り、老齢のようだ。
「だ、誰なんだ? あんたは」
困惑するゾルクの言葉を耳にし、男はハッと気がつく。
「まだ名乗っておらんかったな。ならば聞かせよう。わしの名は……!」
‐Tales of Zero‐
第21話「
「この人の名は、ボルスト・キアグ。エグゾア六幹部の一人、『
口上が終わる前にマリナが告げた。男の衣服の左肩部分をよく見ると、確かにエグゾアエンブレムが赤く刻まれている。
男が六幹部と知り、あたし達は警戒する。一方、自ら名乗る前に明かされたボルストは不満そうな様子。
「む……マリナよ。久々に顔を合わせたというのに無愛想な仕打ちだな」
「私が敵の調子に合わせるとでも、お思いですか?」
彼女は丁寧な言葉遣いを用いて、呆れと敵意の混ざった返事を送る。そしてボルストは、鼻の頭を掻きながら名残惜しそうに呟いた。
「思ってはいない。だが、わしを師範と慕ってくれておった頃は、もう少し可愛げがあったぞ……」
「師範!? このムキムキのおじいちゃん、マリナのお師匠さんなの!?」
先ほどから驚きの連続だ。つい、あたしは声に出してしまった。
「ああ。この人が体術を教えて下さったんだ。もっとも私は二丁拳銃を扱うので、重点的に習ったのは脚技だけだったがな」
「そしてお主は、わしの教え子の中でも最高に等しい素質を持っておった。お主が現れるまで一番優秀だったリフすら上回るほどのな」
昔を思い返すように目を閉じ、ボルストは腕を組む。ここで『リフ』という聞き慣れない人名が出てきた。この名に、ゾルクが反応を示す。
「リフって、俺達が船の上で戦った海賊みたいなエグゾア構成員のことだよな? あいつとマリナは姉妹弟子だったのか」
「そうだ。リフは私より先に師範の弟子となっていたが、後から現れた私に立場を脅かされたと思い込み、自ら師範の下を去ってしまったんだ」
「なるほど。だからマリナに突っかかり気味だったのか。……なかなかエグいことしたんだなー。リフのこと、下っ端とか言ってたし」
「べ、別に私が追い出したわけじゃない! リフの思い込みによる勝手な行動なんだと、いま言ったばかりだろう。それに、あいつが下っ端に位置していたのは事実だ。実力はあるだろうに、慢心しやすい性格が災いして多くの任務に失敗していたから昇進できなかったんだ」
マリナは珍しく焦りを見せ、必死に反論していた。
あたしが旅に加わるよりも前に、ゾルク達はリフとやらと戦っていたようだ。それにしても本人のいないところで散々な言われようであり、なんだか可哀想である。
「……時に、救世主一行よ。ブレイズフェザーを撃破した後、エンシェントの欠片を手に入れていたな。わしに譲る気はないか?」
ゆっくりと目を開け、ボルストは静かに述べた。その声には脅しのような凄みが含まれている。
「言語道断です。エグゾアの野望を妨害するのが私達の目的の一つ。お渡しするはずがありません」
臆することなく淡々とマリナは言い放った。これがあたし達の意思なのだ。
「……はっはっはっはっは! だろうな。無駄な問答だと思うておったわ」
ボルストは豪快に笑い飛ばすと、今度はマリナの翠眼をじっと見据える。
「元より、お主らを潰すため参ったのだ。エンシェントの欠片なぞ、己が武への信念を貫き、力ずくで奪い取ってみせよう……!」
突如ボルストから、物理的に圧迫してくるような何かが放たれた。練り上げられた『気』とでも呼ぶべきか。そして、ゆらりと体術の構えをとった。
「こちらには『世界を救う』という決意があります。欠片を奪われるつもりも、倒されるつもりもありません」
返答しつつ、マリナは両腰のホルスターから二丁拳銃を引き抜き戦闘態勢をとる。あたし達も各々の得物を構えた。
「では、お主らの決意とわしの信念、どちらがより強固なものであるか比べ合おうぞ。……いざッ!!」
ボルストの掛け声と共に、お互いが行動を開始。戦いの火蓋は切って下ろされた。
「相手は一人なんだ。取り囲めば勝てる!」
ゾルクの言葉を受け入れ、皆は散開。あたしとジーレイは後方に下がり、他の三人でボルストを包囲。ソシアが援護として矢を飛ばし、ゾルクとマリナは
「はっはっは! わしも甘く見られたものよ!」
……悩むはず、だったのだがボルストは余裕綽々。
「
全身を以て発せられる、巨大な獅子の頭を象った闘気。それは攪乱中のゾルクとマリナを圧倒。目前に迫っていた幾つもの矢ごと吹き飛ばしてみせた。
地を転がった二人は、いとも簡単に包囲を打ち破ったボルストに驚愕する。
「触ってもいないのに吹き飛ばされるなんて!」
「流石は師範。衰え知らずだな……!」
この隙を消すために動いたのは、ソシアだった。
「
冷気を帯びた矢を放ってボルストを追い詰める。……だが。
「見切った!」
なんと。命中する直前に左手で矢を掴み、止めてみせたのだ。
それでも矢には氷の魔力が込められている。掴んだ左手は徐々に凍りついていき、肘まで到達。動きを制限――
「破ぁッ!!」
――あれ? 制限……出来ていない。
ボルストは氷漬けになった左腕の筋肉に力を込め、一気に膨張。内側から氷を砕いてしまったのだ。そして何事も無かったかのように矢を捨てた。こんな芸当、異常と言うしかない。
「なにあれ~!? めちゃくちゃじゃない!?」
「六幹部の座に就いている時点で、相当めちゃくちゃに決まっています。ミッシェル、この程度で驚いていると身が持ちませんよ。マリナの弾丸すら止めてしまうかもしれませんからね」
あたしは目の前の出来事を否定したかった。しかしジーレイは怯む様子もなく冷静さを保っている。
当のボルストはというと、ゾルクとの距離を急速に縮めていた。そして炸裂する蹴り技。
「
「がふっ!?」
軽い身のこなしから放たれた、上空へと向かう二連続の蹴撃。防御が間に合わなかったゾルクは胴体に喰らってしまい、宙を舞ったあと地に打ちつけられた。
「おくすり、描くから待っててね!」
先の
「キュア!」
生み出したのは、カプセルや錠剤等の
「……もがっ!?」
口から強引に押し入っていく医薬たち。凝縮された癒しの力を直接体内に送ることで、身体本来の治癒能力を活性化させて傷を塞ぎ、内側から体力を回復する。キュアという筆術はそういう仕組みなのだ。
「あ、ありがとう。……でもまだ慣れないなぁ、この回復の仕方……」
道中での戦闘の際、傷を癒すために何度も使っていた治癒の筆術なのだが、どうも皆は受け入れ難いらしい。現に、回復したはずのゾルクは僅かに放心状態である。……効力は保証してるのに何故なのかしら。
「
今度は、ジーレイが地属性の中級魔術を発動する。
「アングリーロック」
術名を述べると共に、ボルストの足下が揺れた。と思いきや次の瞬間には大地が盛り上がり、真下から岩の突起が襲う。突き上げられた彼は、成す術もなく宙を
「大した威力だと褒めておこう。だが、わしに膝を突かせるには、まだ足りん」
くるりと受け身を取り、見事に着地。期待したほどのダメージは入っていない様子である。
「まさか。魔術の効果が薄い……?」
冷静だったジーレイも現状を疑うようになる。魔術が効きづらいとなると、私達はボルストに決定打を与えられるのだろうか。雲行きが怪しい。
「救世主一行の力とは、たったこの程度のものなのか?」
構え直し、こちらを挑発。
「そんなわけないだろ。これから本当の力を見せてやるさ!」
ゾルクはあえて挑発に乗った。両手剣の切っ先を向け、走り始める。
「
ボルストの間合いの一歩手前から奥義を繰り出した。強く踏み込み、両腕を突き出す。剣先に気合を込め、重たい突きを浴びせた。
「なんのこれしき!」
しかし。渾身の一撃だったにもかかわらず、ボルストは白刃取りで両手剣を止めてしまう。
「まだだぁっ!!」
でもゾルクは戸惑わなかった。奥義はまだ途中なのだ。
反対側の足で踏み込み、両手剣をもう一度突き出した。予想外の追撃に耐えられず、ついにボルストは突き飛ばされる。その先には、赤い地面から生えた大きな岩が。
「ぬうおおおお!?」
「きゃあぁぁぁ!?」
ぶつかった衝撃により、岩は粉々に砕け散った。
「はっはっは……! うむ。そうこなくては!」
降りかかった砂埃を払いながら、ボルストが起き上がる。岩を砕くほどの衝撃だったというのに、何の問題も無く体術の構えをとった。
ゾルクは思わず感嘆の声をあげてしまう。
「す、凄い……難なく立ち上がった。相当タフなんだな……」
二つの銃口をボルストに向けながら、マリナが解説する。
「師範は防具を着用しないが、代わりに『
それを聞き、あたしは焦らずにはいられなかった。
「まさかフレソウム家の筆術より高性能ってこと!?」
「……言われてみれば、ミッシェルが常時かけている特殊な筆術の超強化版、という位置付けがしっくりくるかもしれない」
「なにそれ悔しい~っ!!」
無意識に唇を噛んでしまい、大筆を握る手がわなわなと震える。……ほんっと悔しいから、もっと筆術の修行がんばろ。
「だから、僕の魔術によるダメージも微々たるものだったのですか。破闘のボルスト、さしずめ『防御の鬼』ですね」
ジーレイは警戒心をより強くした。
続けて、先ほどから皆が気にしている疑問へ触れる。
「ところで」
「……ああ。私も気になっていた」
「俺も」
「あたしもー」
「私もです」
代表としてジーレイが訊く。
「あなたの背後で見知らぬお嬢さんが倒れているのですが、お知り合いでしょうか」
「後ろでのびている、だと……?」
ジーレイは悪意を含ませていなかったが、ボルストにとっては敵の言葉。しかし確かめないわけにもいかない。半信半疑で振り向くと……。
「うぅぅ……。せっかく隠れてたのに、まさか岩ぶっ壊すなんて……ひどくなーい?」
「なっ……!! フィアレーヌ、何故ここにおるのだ!?」
放たれたのは、心の底からの動揺だった。
砂埃を被って仰向けに倒れ、今にも涙が溢れそうなほどに両目を潤ませている少女。名は、フィアレーヌというらしい。
空色の瞳と藤紫色の髪、縦巻きにカールしたツインテール、白と黒を基調としたフリル満載の甘いドレスという、火山においても戦いにおいても場違いな容姿である。服の左肩には、しっかりとエグゾアエンブレムが刻まれていた。
「キラメイが途中で飽きて、相手してくれなくなったんだもん。だからフィアレ、やっぱりボルストじいちゃんについて来ちゃった♪」
ボルストの胸の辺りまでしかない小さな身体を起こし、ドレスに付着した砂埃を払いながら笑顔で答える。……何気にこの少女も、吹っ飛ばされてなおピンピンしているのだが……どういう存在なのだろうか。
「あやつめ……。理由はわかった。しかし、ここはわしの戦場。お主は邪魔立てするでないぞ」
参戦を断固として拒否されたフィアレーヌ。しかし負けじと反論する。
「えええー!? やだやだやだやだー! フィアレも救世主達と遊ぶのー!!」
「わしとて、遊んでいるわけではないのだがな……」
両手をばたつかせて駄々をこねる。これにはボルストも戸惑っていた。
「ボルストじいちゃんと一緒に戦うの! 戦うって決めたの! ……もう来ちゃったんだし、今さら『戦うな!』とか言えないでしょ?」
「……止むを得ん。勝手にするがいい」
「やったー♪ じいちゃん大好きー♪」
確固たる態度で接していたボルストが折れた瞬間だった。不本意ながらフィアレーヌの参戦を容認する。彼女は飛び跳ねながら喜んでいた。
「な、なんだろ、この何とも言えない空気は……。あのフィアレーヌって子、エグゾアの人間なの?」
二人のやりとりを眺め、呆れていいものか迷うゾルク。マリナに問うが、返事は曖昧だった。
「六幹部の一員、フィアレーヌ・ブライネスだ。……しかし私は名前しか知らなかった上、いま初めて姿を目にした。戦闘スタイルどころか、二つ名すら把握していない」
「謎が多いんだな……って、こんな小さな女の子が六幹部!?」
あたしも、驚くゾルクと同じ感想を持った。年齢はソシアとそれほど変わらなさそうなのにエグゾア六幹部だというのだから、疑う気持ちを隠せない。
フィアレーヌはあたし達の胸中に気付いたらしく、眉を吊り上げる。
「あー、信じられないって顔してるー。ナメた目でフィアレを見てると、とーっても痛いことしちゃうよ~?」
「……ほぇっ!?」
――幼稚な喋り方とは裏腹に、邪悪な……ドス黒い気配を感じた。それは一瞬であたしの身体を通り抜けていったが……この世のものとは思えない何かだった、ような気がする……。
「フィアレーヌよ、ここは火山の内部なのだ。足場を崩さぬよう、くれぐれも加減を忘れるでないぞ。溶岩風呂は遠慮したいからな」
「もーっ! ボルストじいちゃん、戦う前からお説教? ちゃーんとわかってるってー。でも救世主達がフィアレをちょーっと怒らせちゃったから、それなりにいかせてもらうね。……みんなも頑張ってくれるみたいだし♪」
一見すると武器になるようなものは所持していないようだが、彼女は交戦する気満々。どのように仕掛けてくるというのだろうか。
「あの子、丸腰ですよね。本当に戦うつもりなんでしょうか?」
ソシアもあたしと同様の疑問を持っている。しかし、ジーレイだけは見る目が違った。
「この場に満ちた渦巻く憎悪と、自身の周りを囲む負の念の数々。もしや彼女は……」
おふざけ要素など一切なしで分析していた。そこへ、フィアレーヌ本人が会話に割り込んでくる。
「へぇ~。魔術師のお兄さん、フィアレの能力がわかっちゃうんだ。凄いって褒めてあげる♪ でも……」
そこまでを言うと、彼女の雰囲気が急変。さっき一瞬だけ感じた、嫌な感覚が広がってきた……。今ならジーレイの言いたいことがわかる気がする。
「パーティーは遠慮なく盛り上げちゃうからね♪
無邪気な言葉と同時に、フィアレーヌの真上に球状の何かが現れ、こちらへ降りかかってきた。
「
ぼんやりとした白い光を放っている。弾丸のように迫るそれは、ソシアを狙っていた。しかし彼女は、サイドステップを行うことによってなんとか回避してみせる。
「なんて正確な攻撃……。ギリギリでした」
「あーもう! なんで避けちゃうのー!」
今の攻撃は紛れもなく、魔術である。しかし詠唱している様子は無かった。本来、魔術には詠唱が必要であるはずなのだが……あたしの操る筆術のように特殊な魔術なのだろうか。
「……いいもん、増やすから。みんなー、準備して!」
間を置かずフィアレーヌは、白い光弾を十数個も頭上に浮かべた。この光景を見て、あたしの直感が働く。――こちら五人を一斉に攻撃するつもりだ。
「なんて数よ!?」
流石に全ては避け切れないだろう。そこであたしは思い切り大筆を踊らせた。虹色の絵具が、筆先から滲み溢れる。
「術を絶っちゃえ! エメラルドローブ!」
線を走らせて描いたもの。それは、ジーレイのような魔術師が着用する魔導着――ローブである。全部で五着仕上がり、緑色に輝いている。
あたしが術名を叫ぶと、ローブは地面という二次元世界から即座に脱し、跳ね回りながら瞬時に全員の体へと張り付いていく。
「
フィアレーヌの攻撃が始まった。襲い来る光弾の雨に対して回避を試みるものの、やはり全てを避けることは出来なかった。……が、体を護るエメラルドローブのおかげで光弾の威力は激減。ダメージを最小限に抑えられた。
「闘技場でもやったけど……五人分を一気に描くのは、やっぱり楽じゃないわねぇ……」
結構な労力を費やしたので、あたしは頭を押さえながら溜め息をつく。その間、フィアレーヌは地団駄を踏んでいた。
「恩に着ます、ミッシェル。それにしてもフィアレーヌ……霊術を扱うとは」
「ジーレイさん、霊術ってなんなんですか? ……見当はつきますけれど」
「ソシアだけでなく、おそらくもう全員が察しているでしょう。……霊術とはその名の通り、この世の者ではない者の力を借りる危険な魔術のことです。詳しい原理などは解明されておらず、現在は禁術扱い。霊術師は存在しないはずなのですが」
「あの子は、その禁術を容易く操っていますね。それに禍々しさを感じます……」
なるほど。フィアレーヌの二つ名『禁霊』とはそういう意味だったのか。
霊が存在する場所は若干、寒くなるという話を聞いたことがある。もしかするとブレイズフェザーを倒した後に感じた温度の低下は、彼女と霊がドルド火山に侵入してきたことが関係しているのかもしれない。
ジーレイとソシアの会話に反応するかのように、フィアレーヌが口を開く。
「フィアレにはね、特別な力があるの。あの世の住人は、みーんなフィアレのお友達。それに禍々しくて全然いいもーん。この子達もフィアレも、禍々しくて物騒なことが、だぁーい好きだから♪」
すると彼女の背後に……。
「さあみんな、待ちかねたでしょ? うーんと暴れていいからねー♪」
白い影が、ぼうっと現れた。数にして二十はあるのではないだろうか。人間の大人の上半身を象ったものが群れを成している。素手の者が大半だが、中には片手に剣を握った者もいた。
フィアレーヌは霊術師。つまりこの白い影すべて、霊なのである。
「全員、進め~! キャハハ♪」
霊の大群は掛け声と共に進行を開始する。あたし達との距離をじわじわと縮ませる光景は奇妙だったが、それ故に威圧された。
「この勢い、利用させてもらうぞフィアレーヌ!
霊に紛れてボルストも仕掛けてきた。
大群の中から上空へ飛び上がり、前方斜め下にいるあたし達へ急降下蹴りをかます。これを、ゾルクが両手剣の腹を使って受け止めた。右腕は柄を掴んだまま、左腕で剣の切っ先付近を支えている。
「ぐおおっ……!!」
全体重の乗った強大な蹴撃。ゾルクは力負けしてしまう……かと思われたが。
「負けるかあぁぁぁ!!」
「なんとッ!?」
逆に勢いを利用。両手剣の腹にボルストを乗せたまま、後方に投げ飛ばしてみせた。この行動はボルストも予想していなかったらしく、受け身も忘れて背中から地面に叩きつけられてしまうのだった。
意外と言っては失礼かもしれないが、ゾルクは健闘している。しかし喜んでいる場合ではない。霊の大群もどうにかしなくてはならないからだ。
「数には数だ! トマホークレイン!」
最初に対抗したのはマリナだった。二つの銃口を真上に向けて魔力の散弾を放つ。それらは上空で分裂し、更に広範囲に拡散。雨のように降り注いだ。霊の半数は頭のてっぺんから貫かれ、消え去っていく。
「
ジーレイも、自身の目前に魔法陣を展開。陣の面から光の針を無数に射出する魔術で、残りの霊を掃討する。魔術が終了する頃、霊は全て片付けられていた。
「なかなかやるじゃん。……無駄だけどねー! いくらでも呼び出せるから♪」
そう語るや否や、フィアレーヌは両腕を前方へ目一杯に伸ばす。そしてぐるっと一回転させると共に、大量の白い影を背後に再出現させた。こうも簡単に呼び寄せられては、分が悪いと言わざるを得ない。
「い、今更だけど……あの白い影、全部が幽霊なんだよな……おっかない……」
「ゾルク、怖がっている場合じゃない。召喚された霊には物理的な攻撃が通用する。さっさと斬り倒すんだ。放っておいたら、師範とフィアレーヌに手傷を負わせられないぞ!」
「うぅっ……わかってるよぉ!」
マリナの叱咤が彼の尻を叩いた後、二人は敵陣へ突撃した。残ったあたし達は、弓技なり魔術なり筆術なりで二人を援護する。
霊を瞬く間に消去していき、マリナが一足早くボルストへと辿り着いた。
「師範、ご覚悟を!
「討てるものなら討ってみせい!
マリナの右脚による強烈な横蹴りと、ボルストの気合いを込めた掌底がぶつかり合う。が、威力は相殺。お互いに吹き飛び大きく離れた。そして、少し遅れてボルストの前に躍り出たゾルクが、運良くその隙を突く。
「今だ、
「ぬおおお!?」
斬り上げと共に飛び上がり、空中でもう一度斬り上げる剣技。まだ体勢を立て直せていないボルストを打ち上げる。そして。
「燃えろ!
ゾルク自身も高く跳躍し、火口の溶岩とは似て非なる紅蓮の炎を纏う。そして両手剣を突き出してボルストを巻き込み、赤い地面へと急降下した。
この奥義を喰らったボルストは炎によって鋼体バリアを剥がされ、一時的に防御力を失ってしまう。さらに、落下した反動で身体が弾み、再び宙を舞わされた。
「まずいか!?」
危機を察する中、
「
マリナは正面から上空へと小刻みに二丁拳銃を連射。ボルストの身体を拾うと共に、完全に打ち上げた。
自らも後を追い、空中で五連続の蹴りを見舞う。そして、瞬時に彼を踏み台にして高く飛び上がり……!
「とどめ!
勢いをつけて急速に落下。真上からボルストの腹部を乱暴に蹴りつけ、そのまま地面ごと串刺しにするかの如く、踏み抜いた。
これでようやくボルストは地へ辿り着くことが出来たのだった。己が背中を派手に叩き付けて、ではあるが。
「ごおぉぉぉぉ……!!」
激痛を打ち消そうとするためか、唸り声があがった。
マリナが魅せた術技の連携は、鋼体バリアを消されているボルストにとってかなりのダメージとなった。その証拠として、体勢を整えようにも片膝を突くので精一杯の様子。
「ふふふ……はっはっは……。マリナよ、
彼女はその発言を無視し、右手に握った無限拳銃の先端をボルストの眉間へと定めた。
「あなたにしては呆気なさ過ぎる決着ですが、これで最後に……」
引き金に指をかけ、別れを告げようとした。……その瞬間だった。
「キャハハハハ、アハハハハハハ♪ 死ね死ね死ね死ね、みんな死んじゃえぇー!」
目の前で岩が吹き飛び、赤い地面の起伏や火山の内壁が削られ、どんどん地形が変わっていく。
「あんた達からブッこ抜いた魂はミキサーにかけて意識ごとゴチャ混ぜにするから、さっさと
フィアレーヌが無差別に攻撃を繰り出し始めたのだ。白の光弾をばら撒き轟音を響かせ、異様な笑い声と異常なまでの殺意を発している。……暴走と呼ぶ他ない。
不覚にも、マリナはフィアレーヌに気を取られてしまった。ボルストはその隙に身を転がし、距離をとる。そして密かに呟いた。
「総司令の命令は忘却の彼方か……!? やはり調整途中で戦わせるべきではなかったな……!」
「逝け逝けー、逝っちゃえー♪
フィアレーヌは休みなく火の玉を四方八方に撃ち出したり、双剣士の霊を召喚して斬り込ませたりしている。暴走中の割に攻撃対象は判別できているようだが、余波が凄まじいのでボルストは満足に動けないようだ。
あたし達は法則性の無い理不尽な猛攻を、防御や回避でなんとか持ちこたえている。しかしこのままでは、じきにやられてしまうだろう。もしくは足場が限界を迎え、ボルストが零していた「溶岩風呂」に敵味方もろとも御案内となる。
……だったら仕方ない。あたしの奥の手を描かなければ!
「なんて子なのよ……。もうっ、お仕置きが必要みたいね!」
「ミッシェルさん、なんとか出来るんですか?」
「ええ! なんとかしちゃうわ! みんなは避けるのに集中しててオッケーよ!」
ソシアに笑顔を贈り、行動に移った。
フィアレーヌが破壊した地形の細かな破片は、大筆を回転させて防ぐ。同時に、大筆のビットに精神力を込めて最大限に光り輝かせる。
「フレソウム家に代々伝わる秘奥義を受けて、しっかり反省しなさい!」
高温のキャンバスの上で、大筆を縦横無尽に駆け巡らせた。筆先からは普段より多めに虹色の絵具が溢れ出ており、あたしが込めた精神力の多さを物語っている。
そうして完成したのは、これまでに披露してきた筆術とは一線を画すもの。
「出てきて、『ソルフェグラッフォレーチェ』! ターゲットはフィアレーヌよ!」
あたしの声に応え、それはゆっくりと起き上がった。
縦に長い色白の直方体を胴体とし、ひょろっとした細長い脚で支え、鞭のようにしなる極端に長い腕を生やした人形。胴体の上には、真っ黒で大きな瞳と三日月を模した巨大な口を持った、まん丸の頭が乗っかっている。その全高は、巨漢であるボルストよりも高い。
最高の絵にして最強の人形。巨大な傑作品……なのだが。
「な、なんだこれ。人の形に見えないこともないけど……。なんていうか、ふざけたデザインだよなぁ」
「待て、ゾルク。確かに見た目はとんでもないが、こう見えて戦闘能力は高いのかもしれない。……信じ難いが」
「これはまた独創的な……。理解の
「か、可愛い……です、ね。可愛い、ですよ……?」
「おっと。ソシア、世辞を述べても得はありません。頬が引きつっている分、大損です」
仲間からの評判は何故か良くなかった。そう、何故か。何故か。何故か……。
「うぅっ……あなた達、今すぐ問い詰めて……! って、違う。今はフィアレーヌに仕掛ける最中だったわ……。とにかく行きなさい、『ソルフェグラッフォレーチェ』! 可愛く描けたんだから、あとは一気にドーンとやっちゃってー!」
あたしが人差し指を思い切り突き出すと、人形は細長い脚をバタつかせてダダダダッと猛進していく。
「フィ、フィアレはそんな悪趣味な人形なんかにやられたりしないもんね! 絵描きのお姉さん、そいつごと死んでいいよ!」
フィアレーヌへ辿り着くまでに、また霊の大群が湧いて出た。けれども人形は鞭のような両腕を伸ばして回転し、霊達をいとも簡単に薙ぎ払っていった。時間などかかることもなく彼女を追い詰める。
「……まだ負けてないもんっ!
半ばヤケクソ気味に、武術の達人と思わしき霊を召喚。人形に格闘戦を強いる。
けれども鞭のような両腕がここでも活きる。変則的な動きで達人の霊の打撃を
貫通した瞬間、達人の霊は己の負けを認めるかの如く静かに消滅。効果時間を過ぎたため人形も光となり、可愛らしくニコォッと笑って霧散していった。
「そ、そんなぁ……。フィアレ、まだ誰も殺してないのに……」
「芸術はねぇ、思い切りが大事なのよ♪ 思い切ったから幽霊にも勝てた!」
「納得いかない~っ……! こうなったら、あんただけでも死んで! ねえ、死んでよ!! 死んでってば!!」
濁った目をした少女が幼き声で繰り返す暴言。教育上のよろしくなさに、あたしは……。
「……あぁーもうっ! 死ねとか殺すとか、うるさいうるさいうるさぁーい!!」
「ひゃぇっ!?」
堪忍袋の緒が切れてしまった。
「そんな言葉、使っちゃダメでしょ!! まだ使う気ならもっと怒るわよ!!」
「えっ……えっ……」
「 わ か っ た ! ? 」
「……うわぁぁぁぁぁん!! えぅっ、えぅっ……わあぁぁぁぁぁん!!」
全てを出し切ったのに勝てなかったから……プラス、あたしが怒鳴りつけたからであろう。フィアレーヌはその場にぺたんと座り込み、わんわんと大泣きし始めた。もう、霊が出現することもなかった。
「暴走は鎮まったか……。さて、今回のところは退くとしよう。エンシェントの欠片、お主らに預けておく」
あたし達から距離をとり様子を
「この細い岩の柱までは追って来られまい」
「師範、まだ決着はついていません!」
「何を言う。わしらの撤退は、お主らにとって好都合ではないか。それでも未練を持つというのであれば、再び相見えた時にこそ決着をつけようぞ。……再びなど、無いだろうがな……」
最後の発言は、声が小さくてよく聞き取れなかった。何か物悲しげな風だったが、なんだったのだろうか……?
それを気にする暇もなく。ボルストはマリナに言い残した直後、他の岩の柱を経由しながら退却。姿を
二人が去ったことで、全員が武器と肩の荷を下ろす。
「ふぁ~、疲れたぁ……。とんだ探索になったな。火の鳥と戦って、火山と同じくらい暑苦しい奴が出てきて、幽霊に冷や汗かかされて……」
疲労でついに無気力になったゾルクが、ドルド火山での出来事を振り返る。
「でも、ミッシェルさんのお陰で事なきを得られました」
ソシアはあたしの方を仰ぐと、にこやかな表情を浮かべた。また頬が引きつっているように見えたが……多分気のせいだろう。そういうことにしておく。
「そうだな。特に、フィアレーヌを追い詰めたあの人形が……」
次いでマリナも口を開いたが。
「……印象的だったな」
「ちょっとマリナ、どうして変な間があったの!? すっきり言い切っていいところよ!?」
「言葉遣いを叱ったのも素晴らしいと思う」
「なんで話題逸らすの!? 取って付けたみたいに褒めたわね今!?」
問い詰めるも、彼女は目を泳がせた。
「フィアレーヌからも感想を頂戴していましたね。反響が大きいと芸術家
「ジーレイ……! なんだかんだ言って解ろうとしてくれてるのね……!」
いつものように穏やかな笑みを眼鏡の奥で浮かべている。……しかし。
「やっぱり来ないかもしれません」
「諦めるの早っ!! ……もう、知らないっ!!」
期待させておいて、とどめを刺しに来たのだった。その笑み、もはや嘲笑としか思えない。
最後の最後で皆から面食らったが、あたし達のドルド火山探索は今度こそ本当に終了した。
(絵:フルカラー)