Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第22話「声」 語り:ゾルク

「だめだめだめだめ!! 無理です無理です無理です無理ですー!!」

 

 草木や花々が生い茂るここは、アロメダ渓谷。ランテリィネ及びドルド火山から遠く離れた、東の方角に位置する谷である。緩やかな傾斜の山の間を往く麗しき川の流れが、癒しとして素晴らしい。

 しかし空は灰色。先日は運良く晴れていたのだが、魔皇帝の呪いによる曇りの日々が舞い戻ってきている。折角の風景も、太陽の光が届かなければ映えることはない。

 

「ソシア! 戦わなきゃ俺達がやられるんだぞ!?」

 

 ドルド火山からランテリィネに戻った俺達は、エイミーさんから新たな情報を提供してもらった。それは「アロメダ渓谷にエンシェントの欠片らしきものがあるらしい」という内容。彼女の言葉を頼りに俺達は、このアロメダ渓谷へと足を運んだのだ。

 隈なく探索していたところ、ついにエンシェントの欠片と思わしき物質を発見した。早速回収しようとしたが、その直前。淡い黄緑色の空飛ぶ巨大なイカ、ウインディクラーケンと遭遇してしまった。奴は俺達に縄張りを荒らされたと思ったらしく、敵意は剥き出しだった。

 そんなイカと現在交戦中なわけだが、自在に空中を泳いでこちらの攻撃を避けるため苦戦している。イカのくせに飛行するとは随分と生意気だ。しかもジーレイ曰く、どうして飛べるのかは解明されていないらしい。ホントなんなんだこいつ。

 ……ところで、ソシアは泣き喚きながら戦闘を拒否している。何故こんなに取り乱しているのかというと。

 

「わかってます、わかってますよ! ……でも、軟体生物は見るのも嫌なんです~!」

 

 とのことらしい。その場でうずくまり、ずっと怯えている。いつも落ち着いて無限弓を操っているソシアがこのような状態になるなど、誰が想像しただろうか。

 

「ただでさえ苦手なのに、どうしてイカがあんなに大きいのっ? しかも飛んでるし! もう帰りたいよぉ……」

 

 突如、ウインディクラーケンが絶妙な素早さを発揮し、ソシアへ急接近した。

 

「あっ、ソシア! 後ろ!!」

 

「……何これっ!? きゃあああああ!!」

 

 俺の声は間に合わなかった。

 奴は数ある触手の中から一本だけを伸ばし、ソシアを拘束。その直後、上空へと連れ去ってしまう。彼女は背を向けていたし、そもそもうずくまっていたため全く気付いていなかったのだ。

 

「意外なものが弱点なのですね。弄る際のネタが増えました」

 

「助けてーっ! 今すぐ助けてくださいっ! お願いっ! お願いしますー!!」

 

 はしゃぐ子供を眺めるかのように、微笑ましく見守るジーレイ。そんな彼のことなど知る由もないソシアは桃色のポニーテールを風になびかせ、涙を流し助けを乞うている。まるで緊張感が無いが、地上や谷底へと叩きつけられる可能性もある。このままでは命が危ない。

 

「……などと、悠長に述べている場合ではありませんね。ミッシェル、筆術で僕の魔力を高めてください」

 

「いえっさー!」

 

 冗談をやめると、ジーレイは眼鏡のブリッジを二本の指で押し上げ、目つきを鋭いものに変える。そして援護を要請し、魔本のページを光らせた。

 ミッシェルは軽快に了承すると、大筆から虹色の絵具を溢れ出させ、青く輝く本の絵を草原に描いた。

 

「遠くてもバッチリ! サファイアディバイダー!」

 

 術名を叫ぶと、本の絵は平面の体を起こし、勢いよく跳ねながら移動を開始。向かう先はジーレイの持つ魔本である。絵が魔本に飛び付くように融合したところで、魔術が放たれる。

 

「走りなさい。スラストダッシャー」

 

 縦に伸びた、地を走る風の刃。通常なら、この魔術は上空のウインディクラーケンまで届かないだろう。しかし今は魔術攻撃力上昇の筆術を受けている。魔術が大幅に強化され、風の刃は長さを増した。

 こうなってしまえば、空高くにある触手を斬り裂くなど容易いこと。奴は体の一部を斬り取られ、空中に留まったまま気色悪くうねりながら苦しんでいる。

 触手から解放されたソシアは自由落下するのみ。

 

「間に合えーっ!!」

 

 俺はすぐに両手剣を手放し、全速力で落下地点へと走った。

 

「……よっと! ソシア、怪我は無い?」

 

「は、はい。ありがとうございます……。うぅ……生きた心地がしませんでした……」

 

 無事にソシアを受け止めることが出来たのだった。

 間を置かず、マリナの叫び声が飛び込んでくる。

 

「ゾルク! ソシアを連れてすぐに退避してくれ! 私がとどめを刺す!」

 

「頼んだ!」

 

 返事と共にすぐ後退。マリナはそれを確認した後、打って出る。

 

「最大出力でいかせてもらう!」

 

 二丁拳銃内のビットの魔力を解放し、上空に放り投げた。秘奥義発動の前触れである。二丁拳銃は空中で一つに融合し、両腕で抱えられる程度の手頃な大砲へと変化。落下する大砲を掴み取ったマリナは、ウインディクラーケンへと狙いを定める。

 

「目標捕捉……消し飛べ! ファイナリティライブ!!」

 

 大砲の引き金が引かれ、極太の熱光線が発射された。奴は熱光線に耐えられず、淡い黄緑色の巨体に大穴を開けられて悶える。そして徐々に光の粒となりながら谷底に墜落していき、消滅。熱光線を放ち終えた大砲は、元の二丁拳銃へと分離した。

 

「撃破完了。任務達成」

 

 ウインディクラーケンを倒したことにより、アロメダ渓谷は静けさを取り戻した。一番安堵しているのは間違いなくソシアだろう。ぺたりと草原へ座り込み、脱力している。

 

「災難だったな。しかし無事で良かった」

 

「はい、おかげさまで……。もう軟体生物のモンスターとは戦いたくありません。こりごりです……」

 

 マリナに優しく声をかけられたソシアは、未だ涙目のままだった。

 

 

 

 モンスターの脅威がなくなったため、やっとエンシェントの欠片を入手できる。しかし欠片が存在するのは切り立った大岩の頂上。よじ登るしかない。

 そんなこんなで俺が大岩に挑戦することとなり、いま頂上に向けて少しずつ確実に登っている。

 

「……よし、着いた。エンシェントの欠片、回収したよ!」

 

 だが、それももう終わり。腰に下げた道具袋へ欠片を仕舞う。そして今度は、この大岩を恐る恐る降りるのみ。飛び降りるには高過ぎるのだ。

 

「ゾルク、気を付けるんだぞ」

 

「慎重に降りてきてください!」

 

「一区切りついた直後が油断しやすいですからね」

 

「まさかとは思うけど、落っこちたりしないでよー?」

 

 皆、地上で心配してくれている。もちろん俺は細心の注意を払いながら、ゆっくりと大岩の窪みに爪先を引っ掛けていく。

 

「そーっと、そーっと…………うわぁ!?」

 

 ……運が無かった。

 半分まで降りたところで起きた異変。体重を乗せていた箇所が脆かったらしく、崩れたのだ。手だけでは身体を支えられず、そのまま岩肌を転がって一気に草原まで落下してしまった。

 

「ゾルクさん!?」

 

「あらら……本当に落っこちちゃうなんて」

 

「呑気なことを言っている場合じゃない! 二人とも、ゾルクに治癒術を頼む!」

 

 うつ伏せに倒れた俺の元へ女性陣が急ぐ中、ジーレイは苦笑しながら歩んでくる。

 

「今日のゾルクはツイていないようですね。……おや?」

 

 しかしピクリとも動かない俺を目視し、冗談めいた態度を即座に取り払った。

 

「……いけませんね。気絶しているだけならよいのですが」

 

 この時点で俺は、完全に意識が途絶えていた。頭の打ちどころが悪かったのだろうか。『救世主ゾルク、世界を救わずして呆気なく永眠』などと語り継がれるのはごめんである。このままでは死んでも死にきれない……。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第22話「声」

 

 

 

 どこもかしこも黒一色の真っ暗闇で、横たわったまま俺は漂っている。水中などとはわけの違う、ひたすら不思議な空間だ。

 

「ここは……どこだ……?」

 

 意識は確かにあるのだが、ぼうっとしたままはっきりしない。身体を動かそうとしても指一本動かせない。だが、それに対する恐怖や不安は一切湧いてこない……。

 わけもわからず漂うだけの状況は、それほど長く続かなかった。ふと、小さな音が耳に届いた。

 

「……では……せん……」

 

 人の声のようだ。しかし途切れ途切れなので、内容はよくわからない。

 

「だ、誰だ?」

 

 声の主の姿は見えない。視線すら動かせないので、探そうにも探せない。

 

「……進んでは……いけません……」

 

 声が、頭の中へ直に響く。音が耳に届いた、というのは錯覚だった。肉体は無く声のみの存在のようだ。

 

「一刻も早く引き返すのです」

 

 今度は、はっきりと聞こえた。凛々しくも上品な女性の声だった。

 

「あんたは……誰なんだ? 引き返せってどういうことだよ」

 

「本当ならば、もっと早くに伝えなければなりませんでした」

 

「……俺の質問は無視なのか」

 

 女性の声は一方的であり、こちらの問いかけには全く応じない。しかしそれでいて真剣に語りかけてくる。

 

「率直に申し上げます。リゾリュート大陸の住人よ、あなたは――」

 

 次の言葉に、我が耳を疑った。

 

「救世主などではありません」

 

「えっ……!?」

 

 俺がセリアル大陸へ訪れた意味を、完全に否定するものだったから。

 

「エグゾアは、デウスは……とてつもなく恐ろしい……ことを……企んでいます……」

 

「お、おい! 俺が救世主じゃないって、どういうことだよ!? それに恐ろしいことって!? 答えてくれよ!!」

 

「もう……時間が……残されて、いません……」

 

 慌てて問い質すが、やはり返答はない。しかも女性の声はだんだん遠のき、聞こえづらくなっていく。そして次の語りかけが、俺が聞く最後の言葉となった。

 

「あなたは……救世主などではありませんが、曲がりなりにも……セリアル大陸へと足を踏み入れた、稀有(けう)な存在……。もし、真に世界を……救うという意志があれば……どうか……」

 

 

 

 …………救っ……て……くだ……さい…………

 

 

 

 女性の声が辺りに響き渡り、その残響が消えた時。

 

「こ、今度はなんだ? ……うわぁぁぁぁぁ!?」

 

 周囲の暗黒は一瞬にして純白に塗り替わる。その光景で目を刺激されたため思わず、叫びながら両腕で視界を遮ってしまった。

 

 

 

 ……あれ? 身体を、動かせた……?

 

 

 

「……急に大声を出すんじゃない。驚いてしまっただろう」

 

「……え?」

 

 俺のすぐそばから、呆れ声が伝わった。

 顔の前から両腕をどかせば、清潔感のある白い壁と天井。この光景には覚えがある。ここは医療の町ランテリィネの宿屋の一室であり、俺はベッドの上に横たわっているとわかった。

 頭を動かすと、部屋に備えられた純白で円形のテーブルや、ベッドの隣で椅子に腰掛けているマリナの姿が目に入った。そばには、俺がいつも身につけている蒼の軽鎧や両手剣、ブーツなども置かれている。

 

「俺、どうして寝てたんだっけ……」

 

 思い出そうとしても……無理だ。見事に記憶が飛んでいる。マリナに尋ねるしかない……と考えていると察したらしく、教えてくれた。

 

「昨日、お前はアロメダ渓谷でエンシェントの欠片を回収した後、大岩を降りる途中で転落してしまったんだ。お前をランテリィネに連れ帰ってすぐエイミーさんに治療してもらえたから、大事には至らなかった。彼女に会ったら礼を言っておくといい」

 

 ……そうだ、そうだった。全部思い出した! 気絶してそのまま眠っていたらしい。

 そして知らない間に、医療研究所の所長エイミーさんのお世話になっていたみたいだ。情報提供といい治療といい、彼女には頭が上がらない。マリナの言う通り、きちんとお礼を言おうと思う。

 

「わかった、そうするよ。……みんなはどうしてる?」

 

「今は宿屋に居ない。必需品を買うため出払っている。みんな心配していたから、帰ってきたらきっと安心するだろう」

 

 それは嬉しくもあり、申し訳なくもあった。俺がどんくさい真似をしなければ皆を困らせることはなかったのだから。

 

「迷惑かけて、ごめん……」

 

 自ずと出たのは、この言葉だった。しょぼくれる俺に向かって、マリナは手厳しい返事を……。

 

「謝らないでくれ。お前だって、好き好んで転落したわけじゃないだろう? 無事に意識を取り戻してくれて良かったと、心から思っている」

 

「……う、うん。ありがとう」

 

 ……送ってくるかと思いきや、そうでもなかった。至って普通に俺の回復を喜んでくれた。いつもなら強い口調でガミガミとうるさく畳み掛けてくるはず。こんな風に対応されるのは珍しいので少し戸惑ってしまった。

 ……いや、待て待て。これが一般的な対応のはずなのにどうして戸惑うんだよ、俺。

 

 しばらくして俺は立ち上がってみることにした。久々に動かす自分の身体は、妙に気だるく重たく感じる。が、そんな違和感もすぐになくなり、徐々に普段の調子を取り戻していった。

 腕や足を伸ばして簡単に体操していると、あることに気付く。

 

「そういや、看病は誰がしてくれてたんだ? もしかしてずっとエイミーさんが……? だとしたら尚更、迷惑かけちゃったなぁ」

 

「いや、違う」

 

 マリナは無表情で否定した。考えてみれば、エイミーさんは医療研究所での仕事で忙しいだろうから、そりゃあそうか。

 

「じゃあ誰が? ……あ、ソシアか。看病とかそういうの得意だもんな」

 

「ソシアでもない」

 

 ソシアでもない……? エイミーさん以外では打ってつけの看病役のはずだが、彼女も違うという。確信を持てる人物がいなくなってしまった。

 

「だったらミッシェルなの? それともジーレイ?」

 

 他に挙げるならこの二人しかいない。さあマリナ、答えはどちらだ!?

 

「……私だ」

 

「へ?」

 

「看病していたのは、私だ」

 

「……えええええ!? マリナが!?」

 

 俺の勘は冴えていないようだ。マリナが看病してくれていたなんて微塵も予想できなかった。驚愕する俺を見て、彼女も狼狽(うろた)える。

 

「な、何故そこまで驚く!? 大体、お前が目覚めた時、隣にいたのは私だ! それだけでも察しはつくだろう!」

 

「だって、たまたまそばに居ただけかもしれないじゃないか! マリナは看病役から程遠い存在なんだし……」

 

 この一言を発した途端、場を覆う空気が一変した。

 

「……そうか。そんなことを言うのか。真面目に看病していた私が馬鹿みたいだな」

 

「マ、マリナ?」

 

 ――とてつもなく嫌な予感がする。ただ事ではないと本能が叫ぶ。そして、手遅れだと悟る。

 

「今一度、ここで再起不能にしてやる! 覚悟しろ、ゾルク!!」

 

 顔を真っ赤にし、烈火の如く怒鳴った。いつの間にか両手には二丁拳銃が。そして二つの銃口は当然、俺に狙いを定める。

 

「ぎゃあああああ!! ごめんなさい!! ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」

 

「今回ばかりは許さん!! ほとんど付きっ切りだったのに!! 人の気も知らないで!!」

 

 悲鳴と怒声が飛び交う中。病み上がりの俺は、部屋中を逃げ回らざるを得なくなるのだった。

 

 

 

 事態は収拾しないまま、皆が宿へ帰ってきた。

 散らかった部屋、ボサボサの金髪が更に乱れた俺、目が吊り上がったマリナ。皆はそれらを眺め、俺達の言い訳を聞き入れる。そしてジーレイは。

 

「それでゾルクは全身が傷だらけになった、と。目覚めて早々、この騒がしさ。元気が有り余っているようで大変よろしいです」

 

 いつもの微笑を浮かべてそう言った。

 

「全然よくない……」

 

「私だってよくない」

 

 俺はジーレイに向かって呟いたつもりだったが、マリナが横入りして強く吐き捨てた。……追いかけられながらもたくさん謝ったのに許してくれない。未だにムスッと膨れっ面である。どうすりゃいいんだ。

 何も出来ずにいると、ソシアが(なだ)めた。

 

「まぁまぁ。マリナさんの気持ちもよーくわかりますけれど、今はゾルクさんの回復を素直に喜びましょう?」

 

「私は最初からそのつもりだった。無下(むげ)にしたこいつが悪い……!」

 

 しかし効果は無く、腕を組んでそっぽを向いた。見兼ねて、ミッシェルが仲裁に加わる。

 

「んもう。マリナってば頑固なんだから。でも、ゾルクが悪いっていうのはあたしも同感ね。ほら、マリナに謝って!」

 

「ええ~? とっくに何回も謝っ……」

 

「いいからきちんと謝るの!」

 

「は、はい……」

 

 ミッシェルは口を挟ませないほどの迫力を見せた。剣幕に圧倒され、俺はマリナに面と向かう。

 

「マリナ。看病してくれたのに失礼なこと言っちゃって、本当にごめん」

 

「…………」

 

「まだ怒ってる……?」

 

 逃げ回っていた時とは違い正面から、しっかりと反省の意思を伝えた。その後、マリナは無言となったが……それもしばしの間。腕を組んだまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「……みんなが揃っていては、もう怒るに怒れない。不本意だが許すとしよう。しかし今後また同じようなことが起きれば、その時こそ絶対に許さないからな。ゾルク、覚えておけよ?」

 

「誓います……」

 

 許してもらえたが、強く釘を刺されてしまった。二度とこんな失態は繰り返さないと決心するのだった。

 なんとか一件落着したところで、ミッシェルが何気なく呟く。

 

「せっかく二人っきりだったのに、どうして喧嘩しちゃうのかしら? 勿体無いことするわね~。もっと楽しめばいいのに」

 

「お、俺達はそんな関係じゃない!」

「わ、私達はそんな関係じゃない!」

 

「あら、息ピッタリ。冗談のつもりだったけど案外悪くないんじゃない?」

 

 もちろん俺は即座に否定した……のだが、言葉が見事にマリナと被ってしまった。これでは、否定が否定にならないではないか。二人で慌てふためく中、当のミッシェルは意地悪く笑うのみであった。

 

「ところで、ゾルク。あなたは眠り続けていましたが、時折ひどくうなされていましたよ。悪い夢でも見ていたのですか?」

 

 話題をぶった切り、ジーレイが発した。そして思い出す。奇怪な夢のことを。

 あの女性の声は一体、なんだったのだろう。話の内容も、形容し難い感覚に包まれた空間に居たことも、鮮明に覚えている。ただの夢ではなさそうだが……。

 

「悪い夢……ひょっとしたらそうなのかも。とにかく変な夢だったよ」

 

 夢の記憶を、懸命に言葉へと変換する。皆は真剣に耳を傾けてくれた。

 最後まで伝えた後、マリナが最初に開口した。

 

「『救世主などではない』と告げた謎の声、か。不可解だな」

 

「デウスというのは、どなたのことなんでしょうか?」

 

「デウス・ロスト・シュライカン。戦闘組織エグゾアを創立した存在、総司令の名前だ。……そういえば、みんなの前で口に出したことは無かったな。エグゾアの構成員は総司令を名前で呼ぶ機会がほとんど無いので、その頃の癖が自覚なく残っていたようだ」

 

 俺もソシアと同様の疑問を抱いていたが、やっと解消された。エグゾアを統べる者の名前だったのだ。

 

「謎の声は、エグゾア総司令の世界征服を止めてほしいのかしら? でも、だったら『引き返せ』だなんて言わないわよねぇ。っていうか、ほっといても世界征服は止めに行くのに」

 

「それに、ゾルクさんが救世主であることを全否定するなんて……どうしてでしょうか」

 

 ミッシェルとソシアも意味が解らず、頭を抱えて唸ることしかできない。

 そんな状況の中、ジーレイが俺に確認する。

 

「夢で聞いた声は、確かに女性のものだったのですね?」

 

「そうだよ。ひょっとして心当たりがあるの?」

 

「……いいえ、ありません。ただ、胸騒ぎがするのです」

 

 そう答える彼の面持ちは、深刻さにまみれていた。

 

「エンシェントの欠片の収集を打ち切り、すぐにでも海底遺跡へ向かいましょう。そしてエンシェントビットを再び封印し、魔皇帝の呪いを解くのです」

 

「ど、どうしたの? ジーレイ、なんか雰囲気がいつもと違うわ」

 

「多少、真剣になっているだけですよ。エグゾアが世界征服以外の計画を企てている可能性も、無きにしも(あら)ず。救世主一行の一員として、放ってはおけませんので」

 

 きつく尖った眼差しのジーレイを前に、ミッシェルは動揺した。彼女だけではない。俺も少なからず驚いている。まるで、身体の奥底で正義感を燃え滾らせているかのよう。眼鏡の奥の紫の瞳から、強い意志が垣間見えた。

 

「エンシェントの欠片の手掛かりも、簡単に見つかるものではないしな。ここはジーレイの言う通り、海底遺跡を目指すとしよう」

 

「だったら潜水艇を奪わなきゃ。いよいよエグゾアセントラルベースへ乗り込むことになるんだな……!」

 

 マリナもジーレイの提案に賛成。俺も想いは同じであり、これからの行動を頭の中で整理した。

 その傍らで、ソシアは。

 

「敵の本拠地……。心構えはしていましたが正直に言うと、やっぱりまだ怖いです……」

 

 胸の前で両手を握り、不安を露呈した。ミッシェルはそんな彼女の手を取り、持ち前の明るさを発揮する。

 

「ソシア、あたし達なら大丈夫よ! 今までだってなんとかなってきたし今度だってきっと上手くいくわ。それにここを乗り越えないと、ソシアのママのことに取り組めないわよ? あたしだってメリエルを助けたいし、エンシェントビットをちゃちゃっと封印して次のステップに進みましょ。ね?」

 

「……はい。励ましてくださってありがとうございます。少し不安が和らぎました」

 

 僅かながら、ソシアの表情から暗さが消えている。ミッシェルの楽天的な性格に救われたのだろう。

 

「エンシェントビットを海底遺跡に封印して世界を救ったら、俺もソシアとミッシェルを手伝うよ!」

 

 前にも伝えたことはあるが、改めて彼女らに宣言した。しかしマリナが水を差す。

 

「私としては、やはりお前が手伝うこと自体に不安を覚えてしまう」

 

「またそれ!? 不安にならないでくれってば! 旅の中でちょっとずつ成長してきたつもりだし、もう間抜けだなんて言わせないぞ!」

 

「どうだか」

 

 先の揉め事のせいか、つれない態度である。いくら懸命になろうとも今のマリナには伝わらないようだ。俺が悪いのは重々承知しているが、さすがに悲しくなってしまった。

 

「さて。そうと決まれば、今日と明日は充分な休養をとることとしましょう。準備を万全に整え、エグゾアセントラルベースに臨むのです。アップルグミやライフボトルなどの回復薬も忘れずに補充しておきましょうね」

 

 ジーレイが話をまとめ、事前の行動も決定した。現在もアイテムの備蓄には余裕があるのだが、わざわざ補充を促すところに彼の用心深さを感じる。皆は彼の言葉を念頭に置いた。

 俺はジーレイに続き、気合い全開で右の拳を突き上げる。

 

「よぉし! 魔皇帝の呪いを解いて、二つの世界の崩壊を絶対に阻止するんだ! あと少し、みんなで頑張ろう!!」

 

「ああ」

「はい!」

「もちろんです」

「ええ♪」

 

 一丸となって呼応。各々の返事は、確かな決意に裏付けされたものだった。

 ここまで辿り着くのに時間はかかったが、旅の終点が見えてきた。この調子で俺は、救世主としての役割である『エンシェントビットの封印』を果たさなければ。

 魔皇帝の呪いを解いてセリアル大陸を覆う暗雲を取り除き、陽の光を必ず取り戻してみせる!

 

 ……それにしても解せないのは、やはり夢のこと。謎の声の言葉がどうしても気になってしまうが……惑わされてはいけない。俺は世界を救う存在、救世主なのだから。

 意志が揺るがぬよう、心から心へと言い聞かせるのであった。


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