Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第24話「歪んだ想い」 語り:マリナ

 六幹部の一人、咆銃のクルネウスに大敗を喫した私達。

 エグゾアの総司令デウス・ロスト・シュライカンが常在する『荘厳(そうごん)の間』へ連行された。『荘厳』と名付けられた理由はごく一部の者にしか知らされておらず、私にはわからない。

 途中の通路もそうであったがこの広間も薄暗く、壁の燭台に灯る炎が薄気味悪く揺れる。

 また、奥行きが尋常ではない。中央に立てば天井も壁も遥か遠くに感じる。小さな船なら丸々収まるはずだ。そして隅では用途不明の巨大な装置が稼働している。

 

 連行されてすぐ、私達は弱体の魔術が施された檻に入れられた。

 その際エンシェントビットはおろか、所持していたエンシェントの欠片も一つ残らず回収されてしまったが、個人の装備は奪われなかった。この特殊な檻があれば奪う必要が無いのである。実際、全身に力が入らず手元の武器すら満足に握れない……。

 不可解な点もある。ゾルクだけが私達四人とは違う檻に入れられたのだ。檻の仕様はどちらも同じようだが、わざわざ離した意味がわからない。

 そして事もあろうに、この場にはクルネウス以外の六幹部が。荘厳の間の出入り口付近にて、ずらりと無言で立ち尽くしているのである。捕えられた私達を見物しに来たのか、それとも下っ端の戦闘員達に偽の情報を伝えてあったことと関係しているのだろうか。

 何を考えようとも答えは見つからない。

 

「おかえり、クルネウス。ご苦労様」

 

 久々に耳にする総司令の声。

 広大な空間の先には階段があり、彼はその上の随分と物々しい席に腰を落ち着かせている。けれども姿には霧の如き闇が纏わりついておりシルエットしか見えない。

 

「ご命令どおり、かの者達を連れて参りました」

 

「今回の任務も素晴らしい手際だったね。もう楽にしていいよ」

 

「はっ」

 

 報告を済ませたクルネウスは他の幹部と同じ位置まで身を下げる。すると総司令は席を立ち、闇を取り払って姿を現した。

 見た目の若さはジーレイと肩を並べる程度。髪は藍色で肩より下に達するほどの長さ。両肩や胸部を守るプレートアーマーにはエグゾアエンブレムが刻まれている。

 脚先も見えないほどに大きな白いマントで全身を覆い隠しており、周りの空気が一瞬にして塗り替えられていくのが解るほどの威圧感を放っている。そして前髪から覗く、他者の心を見透かすかのような山吹色の眼差し。

 私を拾ってくれたあの日から今日まで、この人の姿は何一つ変わっていない。

 

「あいつがエグゾアの総司令なのか……!」

 

 階段の上から、涼しげにこちらを見下ろす総司令。相対するかのようにゾルクは敵意を剥き出しにし、蒼の瞳で睨みつけた。

 すると総司令は階段を下り、歩み寄ってくる。

 

「ボサボサの金髪に蒼の鎧……そうか、君が救世主なのだね」

 

 小さく零しながら、ゾルクの居る檻の前で立ち止まった。直々に裁きを下すつもりなのだろうか。

 

「初めまして。ようこそ、エグゾアセントラルベースへ。我こそが戦闘組織エグゾアの総司令、デウス・ロスト・シュライカンさ。本当はお茶会でも開いて歓迎したかったのだけれど、酷い目に遭わせる結果になって済まないね。ひとまずゆっくりしていっておくれ」

 

 予想に反して優しく微笑み、丁寧に自己紹介した。

 ゾルクは妙な緩さを感じてしまい、意に反して睨みを弱めてしまう。

 

「え……ええ? ひょっとして俺達を惑わそうとしてるのか……!?」

 

「なにこれ……想像と全然違うわ。総司令ってこんなにノリが軽いの……?」

 

 あのミッシェルでさえギャップを感じて呆気にとられている。総司令が発する威圧感はうやむやになり、場の空気は何とも言い難いものとなった。

 ……しかし魔術師の彼だけは、真剣かつ険しい表情を崩そうとしない。ひたすら強い眼光で総司令を貫いている。

 

「とまあ、挨拶も終わったところで、さっさと用事を済ませよう」

 

 こちらの反応などお構いなしに、総司令は確認を始めた。

 

「ゾルク・シュナイダー。君は海底遺跡にエンシェントビットを封印して二つの世界の崩壊を防ぐために、マリナ・ウィルバートンに導かれ救世主としてセリアル大陸へとやってきた。そうだよね?」

 

「ああ、そうさ。それがなんだっていうんだよ!」

 

「実はね。海底遺跡にエンシェントビットを封印しなくとも、世界なんて崩壊しないのだよ。……魔皇帝の呪いも、世界崩壊の危機も、君が救世主だということも、ぜーんぶ嘘なのだからね」

 

 ――いとも簡単に飛び出した言葉。それは、この上ない冗談にしか聞こえなかった。

 

「……う、嘘だって? 騙されるもんか!」

 

 信じることなど出来るはずもない。ゾルクだけでなく、皆が同じ気持ちだった。が、総司令は覆すかのように述べる。

 

「ま、そういう反応になるよね。いいよ、教えてあげよう。我は喋るのが好きだから丁度いい」

 

 きょとんとする私達を置き去りにし、説明を開始した。

 

「まず、魔皇帝の呪いについて。その正体は、ここにある特別な魔導操作装置さ。これによってセリアル大陸のモンスターを故意に凶暴化させたり、気象を操ったりしていたのだよ。いやあ、この操作装置の製造には骨が折れた。なにせ、セリアル大陸全土をに影響を与えるレベルの魔力を注がなきゃならなかったのだから。二度と同じものは造れないと言ってもいいほどの傑作品さ」

 

 総司令の言う魔導操作装置とは……この荘厳の間の隅で稼働している、怪しげな装置のこと。やけに大掛かりだと思っていたら、モンスターや気象を操るためのものだったとは。

 でも判断するにはまだ早い。これだけの情報ではハッタリの可能性がある。……しかし総司令が嘘をついているようには、どうしても見えなかった。

 

「次に、辺境の村キベルナのフォーティス邸にあった古文書。あれは我自身が手を加えて、事実を改竄(かいざん)したものなのだよ。魔皇帝の呪い、二つの世界の崩壊、救世主の存在は最初に言ったように全部でっちあげさ。偽物の古文書の配置は、脱走したマリナ・ウィルバートンの居場所を知ってから工作員に指示したのだけれど『悟られずに配置するのはなかなか苦労した』と報告を受けたよ。現代には歴史に関する書物がほとんど残っていないから、歴史学者のフォーティスを欺くのも簡単だった。我に都合のいいように事が運んだよ」

 

 ……決定的な情報を与えられてしまった。フォーティス爺さんの屋敷の古文書のことなど、通常なら総司令が知るはずもない。まだ実感は湧かないが、彼が語っていることは真実なのだと突きつけられた。

 

「ちなみに、もうわかっているだろうけれどマリナ・ウィルバートンに対する我の態度も、エンシェントビットを奪わせたことも、向かわせた追手も、ちょっとしたお芝居だったのさ。『正義感の溢れる彼女ならきっとこうするだろう』と考えてね。するとどうだ、思惑どおりとなった! 素晴らしいね!」

 

 次から次へと明かされる真実に、私の中で様々な思いが渦巻いた。

 

(私は、総司令に利用されていたのか……。最初から、ずっと……。信じたくはない……惨めすぎる……騙されていた自分自身が腹立たしい……!)

 

 だが、総司令の意図が全く見えない。何のためにエンシェントビットを私に奪わせたというのだろうか……。

 利用されていた事実に対する混乱が大きく、それ以上、何も考えられなかった。

 

「六幹部と戦った時も違和感を覚えなかったかい? 『話に聞くよりも手応えがないぞ』と。勿論、これにも理由がある。彼らには事前に指示を出しておいたのだよ。『救世主一行との交戦時、本気を出してはいけない』とね。でなければ君達はとっくの昔に息絶えているはずさ」

 

 六幹部の強さについては、私も前々からおかしいと思っていた。凄まじい実力を持っているはずなのに、クルネウスと出会うまではあっさりと決着のつく戦闘ばかりだった。

 ソシアも同様の疑問を抱いたらしく、声を出す。

 

「どうして力を試すような真似を……」

 

「それは後できちんと教えてあげるよ、ソシア・ウォッチ」

 

 嫌味な笑顔を添えて、勿体ぶるように答えた。

 続いてゾルクが、ハッとした様子で呟く。

 

「もしかして、謎の声の正体も……!」

 

「謎の声……? 知らないね。幻聴でも聞こえたのかい? リゾリュート大陸からここに来るまでの長旅で疲れているのだよ、きっと」

 

 ここまでくると何もかもが総司令の仕業だと思えてしまう。しかし、ゾルクの見た夢には関与していない様子だった。謎の声の正体は結局わからない。

 

「大人しく聞いてれば、出てくるのは意味のわかんない小細工の種明かしばっかり。ほんと、ちっともわかんないわ。つまり、あなたは何がしたいわけ? さっさと白状しなさいよ!」

 

「ふふっ。そうカッカしないでおくれ、ミッシェル・フレソウム。我だって、こんなに地味で退屈で苦労ばかりの工作、施したくはなかったさ。だけども仕方がなかったのだよ。……真の野望のためにはね」

 

「なんだって……!?」

 

 含みを持たせるように付け足された、最後の言葉。ゾルクが過敏に反応した。

 

「我は、世界征服などに興味は無い」

 

 総司令の本当の目的が今、声高らかに明かされる。

 

 

 

「真の野望……それは『二つの世界を一つに戻し破壊、そして新たに創造すること』だ!」

 

 

 

 実に快活な様子で両腕を広げ、世界を包もうとするかのような動きを見せた。

 

「このことは我と六幹部しか知らない。下っ端どもは、この先も知ることはないだろうね。建前で掲げた『世界征服』という名目に、世界が終わるまで振り回されるのさ。エグゾアを設立して以来、馬鹿で愚かで滑稽な連中ばかり増えたけれど、おかげで我の役に立つのだから世の中は面白い。……役に立つと言えば、六幹部不在の虚報を流したのも、下っ端どもを通じて君達を油断させるためだったのだよ。これも効果があったようで何より何より」

 

 なんと総司令は、組織の大多数の人間を騙していた。敵は勿論のこと、自らの配下すら欺くとは……。

 

「組織を作れるくらいのカリスマ性に、とんでもない野望のデカさ……。めちゃくちゃだけど、まるでエンシェントビットを生み出した魔皇帝みたいね」

 

「実は魔皇帝が生きていて、かつて統一した世界を何らかの理由で壊そうとしているとすれば……!」

 

 ミッシェルとソシアが独自に推測する。私も二人と同じことを感じた。

 ゾルクも気付き、総司令に向けて叫ぶ。

 

「デウス、もしかしてお前は……魔皇帝なのか!!」

 

 声の先にいた彼は一瞬で目を丸くし、暫しの間、絶句した。

 

「……ふ、ふふふ……ふふふふふ……」

 

 沈黙の後に漏れ始めたのは、静かな笑い声。徐々に声量を増していく。

 

「ははははは……はははははははは! あーっはっはっはっは! あーっはっはっはっはっは!!」

 

 総司令は顔を右手で覆い隠し、ひどく狂った笑い声をあげた。ひとしきりそれが続いた後、大きく息を吸った。そして次に飛び出したのは。

 

 

 

「そんなわけがないだろう!! 我を『魔皇帝』と、二度と呼ぶな!!」

 

 

 

 ――突然の激昂であった。

 かつてこれほどまでに総司令が怒りの感情を露呈したことがあっただろうか。気迫に呑みこまれ、私達は何も発せなかった。

 

「やはり、と言うべきか。仲間には何も伝えていないようだね、ジーレイ・エルシード」

 

 急にジーレイの方へ視線を向け、名を呼ぶ。……ひどく憎しみを帯びたような声色だった。

 

「いや、真の名で呼ばせていただこうか。魔皇帝ジュレイダル・エスト・グランシードよ!!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第24話「歪んだ想い」

 

 

 

 総司令の邪悪な声が、荘厳の間に響き渡る。彼がジーレイを見つめる目は暗く、計り知れない嫌悪を秘めていた。

 

「あいつ、なに言ってるんだ……?」

 

「デウスじゃなくて、ジーレイさんが魔皇帝……?」

 

「ジーレイがエンシェントビットを創り出した張本人って……いくらなんでも冗談でしょ? ねえ?」

 

 総司令の放った言葉に皆、動揺を隠せない。ざわめく仲間の様子を見て、ここまで一言も喋らなかったジーレイが口を開く。

 

「……そう、僕はかつての魔皇帝。太古の昔……二千年も前の時代より現在に至るまで生き恥を曝し続けている、エンシェントビットの創造主です」

 

「ジ、ジーレイ、あなた……本当に魔皇帝だったの!?」

 

 ミッシェルの方を見ず、黙したまま頷く。

 

「本当なんですね……」

 

 ソシアも納得せざるを得なかった。

 この様子を眺めていた総司令は、自らの推論をジーレイに差し出す。

 

「ジュレイダル。君は、仲間に要らぬ心配をかけたくなかった。だから何も伝えなかったのではないかい?」

 

「その通りです。正体を明かしたところで信じてもらえるはずもなく、混乱を招くだけですので。……話は変わりますが魔皇帝の肩書きはおろか、ジュレイダルの名もとうの昔に()てたのです。呼ぶのをやめなさい」

 

「我にとって最大の好敵手の名だよ? そう簡単に改名されては困るのさ。というわけで、これからも呼び続けさせてもらうよ」

 

「虫唾が走ります」

 

「はははっ。それは気の毒だね、ジュレイダル」

 

 二人の間には、会話の程度とは裏腹に『険悪』という名の巨大な螺旋がうねっていた。きっと尋常ではない程の因縁があるのだろう。

 

「ジーレイ、どういうことか説明してくれないか」

 

 私が問い質すと、彼ではなく総司令が口を開く。

 

「色々と気になるよね? 我が教えてあげるよ、マリナ・ウィルバートン」

 

 総司令は私の翠眼を真っ直ぐに見つめた。……この時、ふと感じた。「あの山吹色の眼からは人間的な何かが欠落している」と。

 

 

 

 ――まず、二千年前の話をしようか。

 

 

 

 リゾリュート大陸とセリアル大陸が、まだ一つの世界に存在していた頃。そこには数多くの国が栄えていた。各国はひたすらに戦争を繰り返し、戦勝国は戦敗国を吸収して自国の勢力を拡大していった。

 当時、我は魔大帝と名乗っていて、治めていた国は『フォルギス』という名だった。そして、魔皇帝ジュレイダル・エスト・グランシードが治めたのは『グリューセル』という国。フォルギスはセリアル大陸のほとんどを、グリューセルはリゾリュート大陸側を統べていた。

 

 そのうち弱小国は消えてなくなり、フォルギスとグリューセルの二国だけが残った。我は胸が躍った。あと一歩で、かねてからの願いである世界の統一を成し遂げられるのだから。

 フォルギスの全兵力をグリューセルにぶつけた。戦況はこちらが圧倒的に有利だった。グリューセルの軍勢を撃退し続け、じわじわと領土を奪い、ついにジュレイダルを追い詰めた。最高の気分だったよ。……あの時までは。

 

 突如としてジュレイダルは反撃を開始した。風前の灯火だったにもかかわらず、たった数日で戦況をひっくり返してみせたのだ。壊滅寸前のグリューセルが、どうして我がフォルギスに抗えるのか。まるで理解できなかった。

 結局、フォルギスはグリューセルに敗北し戦争は終結。魔皇帝が世界を統一することとなった。

 

 それはもう怒り狂ったよ。優勢だった我が国が呆気なく敗走するなど納得いくはずもない。逆転勝利できるほどの重大な要因が必ず存在していると踏み、ジュレイダルの秘密を暴くことにした。

 すると、ある事実が発覚。彼はとんでもないものを創り出していた。それこそが……。

 

 

 

 ――エンシェントビット――

 

 

 

 とてつもなく膨大な魔力に満ち満ちた、前代未聞の物体。調べていくうち、我はエンシェントビットの素晴らしさを知った。

 戦争によって荒れ果てた大地に緑を増やし、汚染された水源を瞬く間に浄化することで資源にも困らない。あらゆる病すら癒し、民衆から絶大な信頼も得ていた。

 理屈から成る魔術とは最早、別物。まさに、おとぎ話の『魔法』と言えるような出来事を起こしていたのだ。

 無論、このエンシェントビットは戦争にも使われていた。数々の強力な兵器の動力源に用いることでね。故に、我がフォルギスは敗れ去ったのだ。

 

 我にはエンシェントビットほどの物体は創り出せなかった。

 妬み、嘆いたよ。何故、我ではなくジュレイダルがあれほどの力を手にすることが出来たのかと。世界を統一するのも本来ならば我だったはず。……エンシェントビットの強奪という手段へ行き着くのは自然な流れだった。

 

 強奪を企てた矢先。我の思惑に気付いたのか、ジュレイダルはある行動に踏み切った。エンシェントビットの力の一部を切り離し、ごく小さな魔力集合体『ビット』として全世界へ無数にばら撒いたのだ。

 その直後、ジュレイダルはエンシェントビットを持ったまま失踪。魔皇帝不在の上にエンシェントビットを失ったグリューセルは、そのまま自壊していった。

 

 ジュレイダルの失踪からそれなりの年月が経過した頃。彼は再び表に出てきた。

 我は今度こそエンシェントビットを奪おうとしたが、ジュレイダルは切羽詰まったように行動し、我に猶予を与えなかった。エンシェントビットの力で世界の中心の海底に神殿を造ったかと思うと、エンシェントビット自体をそこへ封印してしまったのだ。その神殿が、今で言う『海底遺跡』なのさ。

 この時、封印による影響なのか世界が歪み、二つの大陸はそれぞれ別世界として離れ離れになってしまった。

 

 海底の神殿はセリアル大陸側の世界に残った。同じくセリアル大陸に残留した我は、これ幸いとエンシェントビットの回収に考えを巡らせた。……しかし流石の我も海の底へと到達する手段は持ち合わせていなかった。

 おまけに、神殿にかけられた封印の術はかなり強力であり、周辺の海域に近付くことすら出来なかった。もう誰もエンシェントビットに触れられない。最後の最後まで、ジュレイダルは我の邪魔をしたのだ。

 気付けば、彼は再び姿を消していた。怒りのやり場さえ無く途方に暮れるしかなかった。

 

 時代は流れ、国も完全に風化。

 我はジュレイダルが世界を統一したことを心底、快く思わなかった。だから国の風化に乗じて歴史書物をありったけ抹消した。現代にほぼ残っていないのは、こういうわけさ。

 

 

 

 ――長くなったけれど、これで昔話は終わり。そして現代に至るのだよ。

 

 

 

 語り終えた総司令は、すぐ次のように続けた。

 

「その後、我はエンシェントビットと神殿――海底遺跡について執念で調べ上げ、ある重大な事実を突き止めた。それは『海底遺跡の封印が時を経るごとに効力を失っている』ということ。これを知った我は自らに強制休眠魔術をかけ、封印が弱まるのを待った。そして休眠から目覚めた後、来るべき時に備えてエグゾアを設立し、潜水艇を開発。エンシェントビットの引き上げを計画したのだよ」

 

「強制休眠……なるほど。だから自らの魔力を温存できたのですか」

 

 彼の言葉に、ジーレイは密かに納得した。

 だが、おかしな発言である。魔力が人間に宿っているなど私は聞いたことがない。すかさずジーレイに問う。

 

「『自らの魔力』とは、どういう意味だ……?」

 

「大昔の人間にはごく稀に、生まれながらにして魔力を内に秘めた者がいました。ビットが影も形も無かった時代に、魔術を扱うことが出来たのです。中でも、僕とデウスは強大な魔力を有していました」

 

 まさか、そんな人間が実在したとは。最後にジーレイは「定かではないが現代にも、魔力を宿した人間がいるかもしれない」と付け足した。

 

「だけどジュレイダル。君からは全盛期ほどの力を感じないよ? どうやら、自分の魔力を延命にあてていたようだね」

 

「エンシェントビットの封印を見守るためです。しかし、この方法を用いたのは間違いでした。とうの昔にあなたは死んだか、リゾリュート大陸に置き去りになったものだと思い込み、油断していたのです。生きていると知ったのはエグゾアの存在を認識した頃。その時にはもう僕の力だけでは、あなたを止めることは不可能となっていました」

 

「へぇ~。それは迂闊だったねぇ」

 

「そんな中、僕のところへ救世主を名乗る者――ゾルク達が訪ねてきました。彼らの話を聞けば、魔皇帝の呪いや二つの世界の崩壊など、思い当たらぬことばかり。しかし、実際にセリアル大陸で異変が起こっているのも事実。混乱を避けるため自らの正体を隠し、この目で真相を確かめるため、僕はゾルク達の旅に加わったのです」

 

「なるほど。君なりに足掻いていたのだね。我もてっきり、君はリゾリュート大陸に残ったものだと思っていたよ。だから、スラウの森から帰ってきたメリエルに特徴を確認した時は狂喜乱舞したさ。……まさか『ジーレイ・エルシード』なんて安易な偽名を引っ提げ、堂々とセリアル大陸の発展に貢献していたとは夢にも思わなかった。その大胆な策によって最近まで我の目を欺いていたのだから、本当に君は大したものだよ」

 

 ふざけるように手をふらつかせ、総司令は笑う。ジーレイはその動きを、氷の槍で貫くかの如く見つめる。

 

「いつまでも欺ける、などとは流石に思っていませんでしたよ。しかしあの時点で気付いていたのなら、今日を迎えるまでに僕を捕らえも殺しも出来たはず。何故、泳がせていたのですか」

 

「決まっている。絶望を味わわせるためさ」

 

 ジーレイの視線に対抗するかのように総司令は、目つきを鋭く尖らせた。

 

「憎きジュレイダルの存在した世界など、反吐が出る!! 故にゼロから創りかえるのさ!! 我の、我だけの、理想の世界へとね!! だからこそ!! 君の治めていたこの世界が無になる様を見せつけるまで、殺すに殺せない!!」

 

 再びの激昂。威嚇の意も含んでいる。空気を通じ、私達の身体の芯を痺れさせんとばかりに伝わってきた。

 

「……さて、余興もここまでとしよう。ナスター、ボルスト。エンシェントビットと、エンシェントの欠片を用意してくれたまえ」

 

「仰せの通りにぃ」

「仰せの通りに」

 

 落ち着くと同時に、総司令は六幹部の二人に指示を出した。

 師範は広間の奥から、小さな車輪が四隅に付いた巨大な荷車を引っ張ってきた。ナスターはエンシェントビットを大事そうに抱えている。

 荷車には様々な色、輝き、形のエンシェントの欠片が詰め込まれている。ジーレイが予想していた通り、私達が妨害目的で集めた量より遥かに多かった。

 時を同じくして、荘厳の間の中央部から大きな何かが迫り上がり、景色を塗り替えた。これは……台座なのだろうか? 私の目にはそう映った。

 エンシェントの欠片を積んだ荷車は台座の前で停止。それを見計らい、総司令が荷車に手をかざす。すると中身の欠片が丸ごとふわりと浮き上がり、台座の真上へと移動、そして静かに降下した。

 この光景にソシアは驚愕する。

 

「触れてもいないのに、エンシェントの欠片が浮いた……!? しかもあの量をいっぺんに……!」

 

「これは我の魔力による遠隔操作の術さ。近くにある物体を、直接触れずに移動させることが出来る。なかなかに便利だよ」

 

 ナスターからエンシェントビットを受け取りつつ、総司令は微笑んだ。

 今度はゾルクの方へ手をかざす。

 

「ゾルク・シュナイダー、来たまえ」

 

 すると突然。ゾルクを捕えていた檻がグシャグシャになり、破壊された。

 中にいたゾルクは……浮いている。檻の破壊も彼の浮遊も、総司令の魔力が織り成す遠隔操作の術によってのものだった。

 

「身体が動かせない……!? くそっ、放せよ! 俺をどうするつもりなんだ!」

 

「心配しなくとも、すぐにわかるよ」

 

 ゾルクが台座の上まで誘導された直後、広間の天井から淡い光の柱が生まれ、彼だけを覆った。

 総司令は光の照射を確認すると遠隔操作の術を解き、手を下げた。しかしゾルクは台座の上に浮いたまま、大の字に拘束されてしまう。この光の柱には、遠隔操作の術と同様の性質があるようだ。

 

「痛くはないけど、なんなんだよこれ……!」

 

 不安に煽られるゾルクを無視し、総司令は台座に備わった操作盤の正方形――無数のボタンの列を、(せわ)しなく指で叩く。そしてピタッと止めたかと思えば、歓喜の声をあげた。

 

「おお、やはりそうだった!」

 

 あの台座でゾルクの身体を調べていたらしい。操作盤から指を離し、彼に語りかける。

 

「世界が二つに分離した後。エンシェントビットと海底遺跡について調べる中で、我は仮説を立てた」

 

「仮説……?」

 

「エンシェントビットはセリアル大陸側の世界に残った。そのため、リゾリュート大陸に撒かれたビットはエンシェントビットの影響を受けられなくなり形を維持できなくなるのではないか、とね。では実際、エンシェントビットの影響が届かなくなったビットはどうなったのか?」

 

 弁を振るう彼は、勿体ぶるように一呼吸おく。

 

「たった今、結論が出たよ」

 

 隠し切れない笑みからして、考えられることはただ一つ。しかし、まさかそんなことが……。

 

「ビットは! 生物と融合を果たすことで! リゾリュート大陸にもその存在を残していたのだ!」

 

 私の予想は的中した。他の三人も、一連の流れにより察知したようだ。

 

「しかも長い年月をかけて魔力は濃縮、生物に適応、子孫繁栄に応じて共に増えていたようだ。身体を調べさせてもらってよくわかったよ。我の仮説は正しかった! 更に、リゾリュート大陸のビットは生物にあまりにも適応し過ぎたため、エンシェントビットの影響の範囲内に入ってもかつての形には戻らず体内に残るようだ。これも我の推測した通り……! 全てが、全てが、全てが!! 我が野望の追い風となっている!!」

 

 山吹色の眼は、悪魔と化したかと思わせる程に濁り、歪み、狂った想いを滲ませていた。

 

「……そうだ、これはまだ言っていなかったね。マリナ・ウィルバートン、君に問題を出そう。実は、エンシェントビットには我が特別な魔術をかけ、細工してあったのだよ。どんな内容だと思う?」

 

 本人はクイズを楽しむようなテンションである。しかし、私が知るはずもない。返答せずにいると、総司令はすぐに答えを出した。

 

「『エンシェントビットと適合者を惹かれ合うようにする』というものさ。君向けに解り易く言うと『救世主たりえる人物に反応して震える』という特徴のこと。これは我の施した細工だったのだよ。……逆に言えば、こんな細工をすることしか出来なかったのだけれどね」

 

 耳にするや否や、ジーレイがひどく眼を見開いた。

 

「真の野望……エンシェントの欠片に固執する意味……適合者の捜索……! もしや、あなたが仕出かそうとしていることは……!? デウス、やめなさい! やってはいけない!!」

 

 取り乱し、途轍もない剣幕で叫ぶ。旅の中で一度も見たことのない表情だった。

 総司令は一時、怯んだように身を硬直させた。だがすぐ気を取り直し、不気味にほくそ笑む。

 

「今さら手を止めるとでも思うかい? 我にエンシェントビットを扱うことは不可能だったのだ。こうでもしなければ力を得られないのだよ。ふふふ……!!」

 

 まるで、ジーレイが取り乱すのを誘発していたかのようである。

 性根の腐った態度を見せたと思えば、今度はエンシェントビットを宙に浮かせた。そして、光の柱で拘束中のゾルクへ、徐々に近づけていく。

 

「こ、今度は何が起こるんだ!?」

 

 混乱に陥るゾルクをよそに、総司令は嘲笑いながら私達へ言い放つ。

 

「あはははは! 君達は檻の中から手をこまねいて見ているといい。……救世主としておだてられ、ここまでおびき寄せられた愚か者ゾルク・シュナイダーが――」

 

 

 

 哀れなアムノイドとして

 

 生まれ変わる瞬間を!!

 

 

 

「……え?」

 

 私の口から、一言だけ零れた。……いや、一言しか零せなかった。総司令の言葉に激しく頭を揺さぶられたからである。

 行いを許せない気持ち以上に、私が騙されていたことへの責任を強く、強く実感せざるを得なかった。全身が硬直してしまうほどに……。

 

「アムノイドに改造するつもりなの……!? 駄目です! ゾルクさんを解放して!!」

 

「逃げて!! ゾルク、早く逃げてってば!!」

 

 仲間は必死に声を張り上げる。鉄格子を握り、力の限り揺らす。しかし当然ながら状況が変わることはない。

 

「やっぱり……動け、ない……!」

 

 抗うゾルクだったが、大の字の体勢は変わらない。光の柱の拘束が強まっているのか発声すら困難なようだ。

 

「や、やめろ……やめろよ……やめてくれぇっ……!」

 

 必死に声を捻り出して懇願するが、それで総司令が手を止めるはずもなく。

 

「ゾルク・シュナイダー。君は、我が野望の(いしずえ)となるのだ。だから諦めたまえ。拒否権など……」

 

 宙に浮かせたエンシェントビットを、ゾルクの胸の中心に向けて接近させる。

 

「無いのだからね」

 

 そしてついに胸部へと触れ……。

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 悲劇が幕を開けた。

 

 

 

「……うわあああああああああああ!!」

 

 絶叫。

 聞く者の耳を削ぎ落とすかのような、悲痛の音。

 アムノイドへと変わる痛みに耐え切れず、放たれたもの……。

 エンシェントビットは太陽よりも眩しい光を放ち、ゾルクの胸部をえぐり取るように回転を始め、奥へと突き進んでいく。

 不思議と、黒のシャツや蒼の胸当てを裂いてはいない。血液すら噴き出していない。肌と同化して中身と融け合うかのように、彼の胸部へと沈み続けているのだ。

 

「ああああ……うぐっ……ぐあぁ……あああああああ!!」

 

 耳から神経を伝わり、脳へと響く。

 こんな事態を招いてしまった私に罪の意識が押し寄せ、全身の硬直を未だに継続させる……。

 それでもただひたすらに、この悪夢のような時間が終わることを、ゾルクが苦痛から解放されることを――

 

 

 

 ――願っていた――

 

 

 

「諦めてはいけません」

 

 ……急に、ガシャンという音が聞こえた。

 咄嗟にその方を見ると、ジーレイが檻の一部の破壊に成功しているではないか。弱体の檻のせいで自由が利かない中、彼は人知れず無理矢理に魔術を発動させたのだ。その証拠に呼吸は荒く、体力を消耗している様子。

 

「悟られない詠唱に時間がかかりましたが……これで外に出られます。ゾルクを救いましょう……!」

 

 それでもジーレイは私達に抵抗を促し、自らも率先して檻を飛び出していった。

 ……そうだ、今は罪に怯えている場合ではない。私もソシアもミッシェルも彼に続いた。

 

「総司令!」

 

 クルネウスが危険を知らせ、前に出ようとする。

 

「まあ待ちたまえ、我なら大丈夫さ。……ジュレイダル以外の始末のために君たち六幹部を召集したけれど、気が変わった。誰も手を出さなくていいからね」

 

 顔色一つ変えず六幹部に宣言し、向かい来る私達に対面した。エンシェントビットをゾルクに埋め込む作業と同時進行である。

 片手間に、しかもわざわざ集めた六幹部へ待機を命じた上で私達の相手をするだと? ……舐めきった態度である。その余裕、すぐに崩す……!

 

「総司令……いや、もうそんな呼び方はしない。魔大帝デウス・ロスト・シュライカン! 貴様は、ここで仕留める!!」

 

 私は全力で言い放った。そして速攻。筆術で強化された弾丸、矢、魔術が飛んでいく。

 対してあちらは、なんの動きも見せていない。対処する間が無かったのだろう。これならば勝負は決まったも同然。

 ――そう確信した、直後。

 

「なんだい、それは? 痛くも痒くもないね」

 

 私達の攻撃は……命中しなかった。球状のバリアがデウスを包み込んでいたのだ。ただの光の膜のようなそれは弾丸、矢、魔術を完全に遮断した。

 

「全く……通用しない、なんて……」

 

 かすれるような声を出し、ソシアは絶望した。ミッシェルも言葉を失い、ジーレイですら唖然としている。

 出来る限りの、最高の攻撃を喰らわせたつもりだった。しかしデウスには一切通じなかったのだ。……こちらにはもう打つ手が残されていない。

 

「次は我の番だ。……翼持つ鱗炎(りんえん)の魔竜よ。我が障害を焼き尽くすため、現れ()でよ」

 

 デウスは悠然と魔術の詠唱を開始した。阻止か回避を行うべきだが、弱体の魔術の影響で俊敏に動けない。

 

「エキゾーストドラグーン」

 

 二本角の頭をもった翼竜が召喚された。人間など容易に丸飲みしそうなほど巨大で、紅蓮の炎に身を包んでいる。

 出現するや否や、竜は翼を広げて舞い上がり、口から炎を吐き出して私達を焼いた。業火は、いつか訪れた火山など比べものにならない程の熱を有していた。

 火炎放射が止んで翼竜が消え去った頃には皆、全身の至る所に火傷を負ってしまっていた。焦げた身を床に倒し、瀕死の状態に陥る。意識を保つのもやっと。ただの一撃で、私達は壊滅してしまったのだ。

 

「我とて、伊達やお飾りで戦闘組織の総司令の座に就いているわけではないのだよ? 当然ながら六幹部より高い実力を持っている。つまりエグゾアのナンバーワン。君達ごときに負けるはずがないのさ」

 

 言われてみればその通りだ。クルネウスに敗北した私達が、六幹部の上に君臨する総司令デウスを倒すことなど不可能。

 ……わかっていた。それでも私達はゾルクという大切な仲間のため、行動するしかなかったのだ。

 

「おや?」

 

 ふと、デウスが何かに気付く。

 

「君達の攻撃の余波で、魔導操作装置が壊されてしまったみたいだね……。残しておきたかったけれど、まあいい。役目は終えたのだから」

 

 彼の言葉を聞いて装置に目をやる。すると確かに装置は壊れ、黒い煙を噴き出していた。

 偶然だったが、この装置さえ壊れればセリアル大陸の環境は平和なものに戻る。不幸中の幸いであった。

 

「そんなことよりも。エンシェントビットの埋め込みが完了したよ。ふふふ……!」

 

 知らない内に、ゾルクの絶叫は止んでいた。拘束されたまま気を失い、ぐったりとしている。……直視できなかった。

 

「真の野望を成就させるには、神となれるほどの魔力が必要になる。しかし海底遺跡から回収したエンシェントビットは我の言うことを聞かなかったため、役には立たない。そこで、セリアル大陸中に散らばったエンシェントの欠片から魔力を抽出し、我のものにしようと決めたのだよ。エンシェントの欠片は元々、我の国フォルギスが吸収していった数多の弱小国で(まつ)られていた神器。エンシェントビット程ではないにしろ相当な魔力が秘められているのを知っていたからこそ、収集したのさ」

 

 欠片を集めていた理由が明かされた。デウス個人の魔力増強に使用するためだったとは。

 

「エンシェントの欠片から魔力を抽出するにはどうしても、エンシェントビットによる中継が必要だった。しかしそのままの状態で抽出をおこなっても、エンシェントビットから余剰の魔力が溢れてしまい全ての魔力を入手できない。だから我は考え、辿り着いた。魔力密度の高いシールドでエンシェントビットを内包すれば、余剰分が溢れることなく確実に全ての魔力を得られる、と。つまりゾルク・シュナイダーは、シールド用のアムノイドなのだよ……!」

 

 さらに、デウスは続ける。

 

「手加減させた六幹部と戦ってもらったのも、このためさ。それなりに強い心身を持ち合わせていなければ、アムノイドとはなり得ないからね。力を見定め、鍛えるために差し向けていたのさ。ちなみに、機械化を行わずビットを埋め込むことのみで強化したアムノイドは『レア・アムノイド』と呼ぶ。通常のアムノイドよりも強力だが難点も多く……いや、どうでもいいことだったね」

 

 何もかもが芝居。種が明かされる都度に悔恨の情が込み上げてくる。私さえデウスに利用されなければ、こんなことには……。

 床に這いつくばるしかない私達を眼中に入れず、デウスは始めた。魔力の抽出を。

 

「さあ、魔力よ! 我に来たれ!!」

 

 掛け声と共に、台座の上のエンシェントの欠片が光り輝いた。

 複雑な術式が組みこまれた魔法陣がゾルクを囲うように出現。欠片から溢れた光は魔法陣を満たし、彼の胸の中心部に集約。そして、下方にいるデウスへと一気に流れ込んだ。

 魔力を受け取る最中、デウスは無言だった。気を失ったゾルクも時折、身体を痙攣させていた。相当な負荷がかかっているのだろう。

 ……この現実、悪い夢だと思いたい……。

 

「ふふ、ふふふ……!」

 

 魔力の抽出に、時間は長くかからなかったようだ。

 私が次に目を開けた時。ゾルクは光の柱による拘束から解放され、台座の前に横たわっていた。エンシェントの欠片は輝きを失い、真っ黒になっている。

 

「ふふふ、はははは……はははははははは……!!」

 

 敵味方共に誰も言葉を口にしようとはしない。その中で、デウスだけは勝ち誇る。

 

「やった、やったぞ!! 魔力の抽出は成功だ!! 肉体の奥底から溢れんばかりの力を感じる……!! 我の……我の勝利だよ、ジュレイダルッ!!」

 

 私は痛みの走る首を動かし、ゾルクを見た。

 姿は何一つ変わっていない。

 だが指一本、動かす気配は無い……。

 それを受けて、自分の中で何かが切れるのを感じた。

 ……まぶたが熱い。何かが溢れ、溜まり、頬を伝っていく。

 

「ついに我は絶対なる力を手に入れた! 愚か者ゾルク・シュナイダーは、我が野望の救世主となったのだ!! あーっはっはっはっはっは!!」

 

 悪魔は笑っていた。イカレた頭から湧き出た、薄汚くトチ狂った事を、平然と抜かしながら。

 

「この力があれば、今こそ世界を一つに戻せるだろう!!」

 

 台座の盤を操作後、デウスは両腕を掲げる。すると荘厳の間の天井に、魔力抽出の時よりも遥かに巨大な魔法陣を展開した。陣にはデウスの魔力が込められていき、次の瞬間、目の前が白一色に塗り替わった。

 

「……よぉし。二千年の時を経て、世界は再び一つとなった! まさか、世界の波長が手に取るようにわかるとはね。これも膨大な魔力の成せる業か! ……しかし世界を破壊するためには、まだまだ多くの魔力が必要みたいだね。新たな手を考えなければならないけれど……まあいい。それも一興だ」

 

 視界が元の光景を再び捉えた。

 どうやら、リゾリュート大陸とセリアル大陸の世界は一つに戻ったらしい。巨大な魔法陣はそのための術式だったのだ。無論、好転とは言えない。デウスは、壊すために世界を元通りにしたのだから。

 ……私は、これほどまでに危険な人物を総司令と崇め、一年前まで忠誠を誓っていたのか。今思えば愚かでしかない。笑いすら込み上げてきそうだ……。

 

「さて。一段落ついたことだし、予定通りジュレイダル以外の者は殺してしまおう。……再び来たれ。エキゾーストドラグーン」

 

 出会ってきた中で最も許せない存在が、私達に引導を渡そうとしている。

 出来るものなら今すぐにでも抵抗し、あの腐りきった頭を蹴り砕きたい。だが叶わないのが現状。翼竜の火炎を浴びて灰と化す道しか残されていないのである。

 

「まずは君からだ、マリナ・ウィルバートン。……実を言うとね。君を殺すのは、惜しいと言えば惜しい。エンシェントビットを扱える存在はおそらく、この世に君だけだからね」

 

「この世に私だけ……!? どうして……!」

 

 思わず問い質してしまったが、答えが返ってくるわけがない。

 

「けれども、エンシェントビットは必要なくなった。それに我の言うことを聞かない者は生かしてはおけない。だからこれで……」

 

 デウスは言葉を途切らせると、腕を上げて翼竜に合図を出す。紅蓮の翼竜は口を閉じていたが、隙間からは火の粉が溢れ始めた。

 周りの皆は声こそ出せない状態だったが、私を案じて見つめてくれていた。しかし、それは逆につらい。

 ……際限なく思う。最悪な状況に陥った原因は私にある。私がデウスに騙されなければ、このような惨事には至らなかったのだ……。

 

「さようなら、マリナ・ウィルバートン」

 

 翼竜は口を開け、ここぞとばかりに灼熱の炎を放出。容赦なく焼き払うのだった。

 

 

 

 闇のように黒い鋼鉄で出来た、冷たく平らな床を。

 

 

 

「マリナ、大丈夫か?」

 

「ゾルク……!」

 

 燃え尽きるはずだった私は、間一髪の所で駆けつけてくれたゾルクに抱きかかえられ、炎から遠ざかっていた。

 彼は私をしっかりと掴んだまま気遣ってくれた。……自分こそ酷い目に遭ったというのに……。

 

「おや。力尽きたと思っていたのにまだ生きていたのだね。この様子だとシールド用としてだけでなく、戦闘用のアムノイドとしても利用できそうだ!」

 

 嬉しそうに表情を緩ませるデウス。対して、ゾルクが相応に相手をするはずもない。私を優しく下ろしてくれた後、デウス目掛けて走り、殴りかかった。

 

「デウス!! お前はあああああ!!」

 

 だが……。

 

「……うっ!?」

 

 その途中で苦しげな仕草をしたかと思うと胸部を両手で引っ掻き、もがき始めた。

 デウスは冷静であり、研究精神旺盛に観察する。

 

「これは……なるほど。エンシェントビットがゾルク・シュナイダーの身体と完全なる融合を果たそうとしているようだね。興味深い……!」

 

 ゾルクに次なる異変が生じる。エンシェントビットを埋め込まれた辺りから、光が広がり始めたのだ。彼は勿論のこと、私、ソシア、ジーレイ、ミッシェルの五人をすぐに覆ってしまう。

 

「この光……時空転移を行う際のものに酷似している……!」

 

 リゾリュート大陸に転移した時と、ゾルクをセリアル大陸に連れてきた時を思い出し、状況が似ているとはっきり気付いた。これへジーレイが補足する。

 

「ゾルクは体内のエンシェントビットを制御できず、無意識に時空転移を始めてしまったのでしょう。これから僕達がどこに飛ぶのか見当もつきません……」

 

 光が更に輝きを増した。目を閉じても眩しい。腕で両目を守り、耐え凌ぐ。

 ……これは、ゾルクが私達を逃がそうとしてくれているのかもしれない。どういうわけか自然とそう考えていた。「そうであってほしい」という希望も込めて。

 

「仕方ないね。救世主一行の始末は持ち越しだ」

 

「デウス……! まだ訊かなければならないことが残っているというのに……!」

 

「そういえば君は、マリナ・ウィルバートンの真実を知らないのだっけ。我も、エンシェントビットの真実を知らない。次に会ったら情報交換しようではないか。その時までさようならだ、ジュレイダル。……楽しみはまだまだ尽きないね。ふふふ……あーっはっはっはっは!!」

 

 

 

 ジーレイとデウスの会話が聞こえたのは、ここまで。

 

 ついに時空転移が発動。何もわからなくなった。

 

 ただ、私達五人は散り散りになってしまったような……そんな気がした。

 

 

 

 ――薄れゆく意識の中、私は願った。

 

 

 

 ミッシェル、ジーレイ、ソシアの無事を。

 

 

 

 そして……ゾルクの生存を――


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