Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第26話「緋色(ひいろ)灯閃(とうせん)」 語り:みつね

「ひ……光と共に舞い降りた、山吹色の衣の少女だと……?」

 

 吹雪の巻き起こる山の頂上、ミカヅチ城。その天守閣では、眉尻を下げて心底不安そうな表情をした殿方が、赤の鎧を着用した一人の兵に尋ねていました。

 

「はい。光を浴びた我々は、撤退を余儀なくされ……」

 

 兵は弱々しい声で報告を行いました。傷を負ってはいませんが、体力を消耗しているように見受けられます。

 報告を受けた男の隣には、漆黒の衣服を纏った黒髪紫眼の魔剣士が。そのすぐ近くには、逆立った白髪と立派な髭を有する年老いた巨漢の武闘家が立っていました。

 魔剣士は兵の言葉を耳にし、何かを考察し始めます。

 

「五百の兵を一挙に退けた光と、謎の少女か。マリナ・ウィルバートンが時空転移してきたと考えて間違いないな。百日も経った今になって、しかもスメラギの里に現れるとは。……ククク、よかったな。弟子に会えるかもしれんぞ」

 

 そして不敵な笑みを浮かべ、武闘家に視線を移しました。

 武闘家は魔剣士の仕草に気付いていましたが何も反応はせず。

 

「これも因果か」

 

 それだけを呟き、すぐに口を閉じました。

 魔剣士が、不安そうな表情の殿方に対して口を開きます。

 

「さて、スサノオ。スメラギの連中に手こずるのもそろそろやめにして本格的に潰しにかかったらどうなんだ?」

 

「しかし、もしも山吹色の衣の少女がスメラギに味方してしまえば、こちらは手も足も……」

 

 スサノオと呼ばれた殿方は、おどおどした態度で魔剣士に問いました。

 

「安心しろ。その少女の光は一時的なものだ。脅威にはならない。それに兵力ではお前の陣営が(まさ)っている。五百などと出し惜しみせず、五千でも一万でも兵を出陣させればいいだろう。いつまでも手をこまねいていると、手に入るはずの『秘宝』も逃してしまうぞ。今日のようにな」

 

 問われた魔剣士は、半ば苛つきながら返答しました。スサノオの臆病な性格が気に入らない様子。発言を終えた後も、針で刺すように睨みつけています。

 

「うっ……。な、ならば仕方がない。……明日(みょうにち)、本格的な侵攻を開始する。スメラギの里を制圧し、今度こそ『秘宝』を我がものとするのだ!」

 

 魔剣士に追い詰められたと言わざるを得ませんが、ついにスサノオは決心しました。目前にひれ伏していた兵をつかい全軍へと伝達を開始します。

 魔剣士と武闘家は、いつの間にかスサノオの傍から消え去っていました。ミカヅチ城内の別の場所で密かに会話を始めます。

 

「強引に脅したものだな」

 

「根性の無い輩は好かんからな。それに、こんな面白みの無い実験などさっさと終わらせたい。俺は強者との戦い以外に興味は無いんだ」

 

「総司令からの任務をぞんざいに扱うとは。前々から感じておったが、お主は闘争心ばかり前のめり。忠誠心が足らぬぞ」

 

 武闘家は呆れ、腕を組んで溜め息を漏らしました。魔剣士はそれを無視して続けます。

 

「マリナ・ウィルバートンが現れたということは救世主の発見も近そうだ。あいつと再び剣を交えたい。この地に転移してくれれば好都合なんだがな……!」

 

 魔剣士は狂ったような気配と共に(よこしま)な笑みを浮かべました。武闘家は、やれやれと首を横に振るのみ。

 

「……お主の芯は、ぶれることを知らぬな。まあよい。では、そろそろわしらも準備を進めるとしよう」

 

「明日だったか。理由が何であれ、俺は剣を振れればそれでいい。ククク……!」

 

 そして二人は闇に消えました。魔剣士から発せられた狂気だけを残して。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第26話「緋色(ひいろ)灯閃(とうせん)

 

 

 

「はぁ……はぁ……。もう、歩けません……」

 

 わたくしがスサノオの隠密部隊にさらわれてから半日。雪雲のせいで太陽は見えませんが、きっと昼に差し掛かっている頃でしょう。

 一時はスメラギ武士団に救助されるも直後の風雪によって離れ離れに。里の隣の森林地帯と言えど、冬の環境のせいで帰路につくこともままならず寒さに体力を奪われていくのみ。手先も足先もかじかみ、ついには白銀の絨毯(じゅうたん)へ、ばたりと身を埋めてしまいました。

 

「寒暑を耐え抜くのには、自信があったのですが……。やはり、限度というものがありますね……」

 

 雪に身をうずめると、あることに気付きました。普段より全身が熱いのです。極寒の外気に長く晒されたせいで体調を崩し、高熱が出てしまったのでしょう。

 

「道理で……視界が歪み、まともに歩みを進められないわけです……」

 

 伏せたままでの納得。そして緩やかな死を悟るのです。

 

 

 

 ――そう。本来ならここで命を落とすはずでした――

 

 

 

「な、何事ですか……!?」

 

 とても不思議な光と共に何者かが、わたくしの目の前に現れました。大風を巻き起こし、雪の積もった大木を震わせて。そして雪原に倒れ込み、ぴくりとも動かなくなってしまいました。

 不思議な光はわたくしの下にも届き、優しく撫でてくれたかと思えば音も無く消えていきました。その直後、奇妙な出来事が。

 

「身体が軽い……。今の光のおかげで体調が回復したとでもいうのでしょうか……?」

 

 熱はみるみるうちに下がり、体力も確実に戻っています。己の身に起きた超常的な現象に驚く他ありませんでした。

 超常的といえば既に消えた不思議な光と、その中から現れた人物の方が謎です。

 スメラギの里では滅多に目にしない明るい金の髪に、蒼の軽鎧を身に付け、変わった形をした幅広い刃の大きな刀を背負った殿方。もしかすると、スメラギの里と敵対しているスサノオの息のかかった者やも知れません。

 ……と、一寸は思ったのですがスサノオの兵のような邪悪な念を感じません。となればこの殿方は、スサノオに属する者ではない……?

 

「……う……ぐ……」

 

 考えていると殿方は(うめ)き、身を少し震わせ始めました。

 どのみち雰囲気は悪人的ではないと直感。恐る恐るですが近付き、お声掛けしてみることに。

 

「あのう、お怪我はございませんか……?」

 

「……み、みんな……」

 

 みんな……? 殿方と関わっている、お仲間の方々のことでしょうか。

 

「みんな……無事か……」

 

 外傷は見受けられませんが、何やら酷く衰弱しておられるご様子。こういった場合、心配させるような言動をしてはなりません。そこでわたくしは。

 

「はい。お仲間の皆様は無事にございますよ」

 

 と、お伝え致しました。

 この世には『嘘も方便』という言葉がございます。お仲間については存じ上げませぬが安心していただくため、あえて嘘をつきました。

 すると殿方は。

 

「そっか……良かった」

 

 とだけ呟いて、力尽きたかのように、また全ての動きを止めてしまわれました。

 

「あら? このようなはずでは……」

 

 わたくしの予想では安心して元気に回復なさるはずでしたのに。もしや逆効果だったのでしょうか?

 これは困りました。これから先、どう致せば良いのか……。

 

「……いけません。考えるより行動、ですね」

 

 しんしんと雪の降り積もる地に寝そべったままでは、つい先ほどのわたくしのように命を落としかけるやもしれません。まずはこの殿方を、暖のとれる場所へとお連れせねば。

 幸いにも不思議な光のおかげで体調は回復済み。そこでわたくしは黒の衣に覆われた肩を抱き、殿方を担ぐことに致しました。ですが……。

 

「お、重たい……」

 

 わたくしでは力が及びません……。自身の非力さが腹立たしい限りです。

 それでも、どうにかこうにか背負うことに成功。冷えつつあるお身体を雪原から引き離しました。けれども……。

 

「やはり、重たい……」

 

 しかし挫けはしません。救える命を見捨ててしまっては、気高き煌流(こうりゅう)の名に恥じます。

 

「みつねよ、頑張るのです」

 

 己を鼓舞し、弱々しいながらも歩みを進めますが、殿方が安静にお休み出来るような場所は一向に見つかりません。

 それどころか段々と足が動かなくなり、立ち止まってしまう破目に。果てや、背負った殿方の重みに負け、雪の敷物の上に倒れてしまいました。

 

「先ほどよりも、なんと冷ややかな……」

 

 柔な頬に触れたのは、無数に散りばめられた氷の結晶。体調が元に戻ったことや背に受ける殿方の微々たる温もりも相まって、それは一層冷たく感じました。

 あ……。再度申し上げますが、わたくしは武士団とはぐれて帰路もわからぬ身。暖のとれる場所を目指そうにも、目指しようがないと気付いてしまいました。この方を満足にお救いすることも出来ないなんて……。

 加えて今日は陽光の降り注がない日より。昼時を過ぎた今、更に耐え難い寒さがやってくるでしょう。この状態が続けば今度こそ凍えて、生命を絶たねばならなくなってしまいます。

 

「早く起き上がらなければ」

 

 両腕に力を込め、やっとのことで上半身を起こし、再び歩むため立ち上がろうとしました。

 ……が、しかし。わたくしの視界には、直前まで存在していなかった魔物――雪狼(せつろう)の姿が飛び込んで参りました。それも一匹ではありません。十数匹で成された群れのようです。

 雪景色と同化できる白き毛並み、真っ赤な眼、口先からはみ出した鋭くえげつない牙、銀の爪。荒々しい風貌にそぐった凶暴な性格の雪狼に狙われては最早、退路はありません。

 

「ここで命の()を吹き消さなければならないのですか」

 

 ――そうなる運命であったとしても、この殿方の命だけはお守りしたい――

 

 わたくしは身動きがとれるので多少の抵抗は可能ですが、殿方は全くの無防備。己のみ逃げるわけには参りません。

 殿方を雪原に寝かせて立ち上がり、盾になるかの如く大の字に腕を広げ、雪狼の眼前に躍り出ました。

 

「どうしても食らうというのであれば、わたくしのみを食らいなさい」

 

 勇気を振り絞った末の行動でした。

 足は震え、全身は恐怖により硬直しましたが、怯みはせず。精一杯にきつく雪狼達を睨みつけました。

 群れの内の一匹がわたくしへ返答するかのように遠吠えし、徐々に近付き始めました。そして充分な間合いをとった頃。その一匹は強靭なる脚力を以て飛びかかってきたのです。

 残りの雪狼達もそれに続き…………目前は黒みを帯びた(くれない)の幕に包まれ、白銀の絨毯も同じ色で染められるのでした。

 

 

 

「でやあああっ!!」

 

 

 

 死に、再び直面した時。

 聴こえたのは決死の叫び声。

 そして絨毯を染めたのは……雪狼達のほう。

 

「えっ!?」

 

「なんとか間に合った……!」

 

 叫び声の主は、わたくしの後ろで横たわっていたはずの異国の殿方。襲い来る雪狼達から身を挺して守ってくださったのです。

 殿方は、背に収めてあったはずの変わった形の大きな刀を握っていました。回転することによって全方位へと斬撃を行う剣術を繰り出し、見事に雪狼達を斬り飛ばしたのです。

 ……先の瞬間まで、この殿方は衰弱なさっていたはず。だというのに雪狼へ対峙できる程の劇的な回復を見せています。わたくしと同じように……。

 不可解な事象ですが、喜ばしいことに違いはありません。

 

「お気付きになったのですね。よかった……!」

 

「とりあえず、目の前のこいつらをどうにかしなくちゃ。君は木陰に隠れてて!」

 

「は、はい!」

 

 そうおっしゃると殿方は両刃の刀を強く握り直し、雪狼の群れの中へ身を投じるのでした。

 突撃するや否や、両刃の刀を存分に振るって瞬く間に蹴散らしていきます。勇猛で、とても力強い印象をこちらに与えました。

 

「お前で最後だ! 裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

 残った一匹も、走る衝撃波を生み出す振り下ろしの剣術にて、今しがた討ち滅ぼしたところ。戦いは終わりました。

 

「数が多かったけど、なんとか倒せて良かったぁ……」

 

 お強くとも、一対多では流石に厳しいものがあります。殿方は両刃の刀を雪原に突き刺し、ご自身も雪の上にお座りになりました。

 少し疲労していらっしゃるだけで心身は共に正常なご様子でした。その姿を拝見し、一安心。

 

「君! もう出てきても大丈夫だよ!」

 

 わたくしは手招きに従い、木の陰から殿方のもとへ参りました。

 

「俺、気を失ってたからよくわからないけど……きっと君が助けてくれたんだよね? さっきまで背負ってくれてたような気がするし。本当にありがとう!」

 

 疲労を感じさせない、にこやかな笑顔でした。

 しかし殿方は誤解なさっています。即座に否定しました。

 

「いいえ。背負いはしましたが、それ以外は何も致しておりません。むしろ、救われたのはわたくしの方にございます」

 

「え、どういうこと?」

 

「実は……」

 

 意識が無かったのですから、わからないのも当然。そこでわたくしは殿方が不思議な光と共に現れたこと、不思議な光によって命を拾ったことをお伝えしました。

 

「そう、だったんだ……」

 

 わたくしの話を聞き終えた途端、殿方のお顔から笑みが失われてしまいました。代わりに混乱とも絶望とも受け取れる、難解な表情が浮かび上がったのです。

 なんとお声掛けすればよいかわからず、わたくしはおろおろするばかり。

 

「……あっ! その、気にしないで! なんでもないよ! うん、なんでもない!」

 

 こちらの心中を察したのか、殿方は気丈に振る舞ってくださいました。

 

「光のことは、なんて説明すればいいのかな……まあー、とにかく! 君の体調が良くなったんなら本当によかったよ! あははは……」

 

 しかし無理を押しているのは明白。わたくしでは察し切れないほどの苦労があったに違いありません。

 暗くなりそうな空気を塗り替えるかのように、殿方は別の話題を切り出されました。というよりも何かに気付かれたご様子。

 

「あれ? 栗色の長い髪に、花の髪飾り、煌びやかな緋色の着物……。言葉遣いだってとても上品だし、君ってまるでスメラギの里のお姫様みたいだね。地元で噂されてた見た目とそっくりだ」

 

「はい、まさしく。わたくしはスメラギの里の王である煌流(こうりゅう)てんじの娘、煌流(こうりゅう)みつねにございます」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

 納得され、少々の間を置いた後。

 

「……ん? 本物? …………ええええええええ!? 本物おおおおお!?」

 

 殿方はひどく驚かれました。これはどういうことでしょう。

 

「わたくしの自己紹介に、どこか至らぬ点がございましたか……?」

 

「き、君は! ……じゃない。あなたは本当の本当に、スメラギの里のお姫様なんですか!?」

 

「左様にございますよ」

 

 わたくしは笑顔と共に、姫であることを肯定しました。

 すると殿方は自らの頬をつねり、魂でも抜けたかのような面持ちに。

 

「いだっ……夢じゃない。俺、リゾリュート大陸に飛ばされちゃったのか……! しかもスメラギの里のお姫様と遭遇するなんてぇ……!? 嘘みたいだけど、確かに寒いし周りは雪だらけ。冬が来るのは大陸北部の地域だけだし、ここは里の近くの森なのかな……?」

 

「あのう、いかがなさいましたか?」

 

 独り言を続ける姿が心配になり、声をお掛けするも。

 

「す、すみませんでした!! お姫様だと気付いてなくて馴れ馴れしい態度をとっちゃって……! 言葉遣いもちゃんと出来てませんし! ……もしかして俺、不敬罪で罰せられるんでしょうかぁ……!?」

 

 物凄い焦りの形相のまま、怯えの意を表したのです。

 わたくしは目を丸くし、思わずささやかな笑みを零してしまいました。

 

「まあ。……うふふ、お気になさらないでください。命の恩人に刑罰を科すなど、わたくしには出来ません。言葉遣いも問題ありませんよ」

 

「で、でも……スメラギの里の王てんじ様は、すごく恐ろしい人だって噂がありますし……。お姫様に無礼があったらと思うと……」

 

 殿方はおどおどし、涙目になってしまわれました。

 これはいけません。お父様に対する認識を改めていただかなくては。

 

「確かに、お父様には厳格な面もありますが、普段は優しさに満ち溢れたお方にございますよ。ですので、どうかご安心くださいませ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 ほっとなさったような、まだ不安が募っていらっしゃるような、微妙な表情を浮かべた殿方。それでも一応の納得はしていただけたようです。

 ここでふと、わたくしは大切なことを思い出しました。よって、お尋ねすることに。

 

「あのう、あなた様のお名前をまだ伺っておりませんでした。お聞かせいただけますでしょうか」

 

「す、すみません! 名乗ります! ……俺、ゾルク・シュナイダーって言います。ケンヴィクス王国配下の田舎町バールンの出身です」

 

「ゾルク様とおっしゃるのですね! はるばる遠いところから、ようこそいらっしゃいました。ですが、どうして不思議な光と共に? やはり気になります」

 

 わたくしの質問に、ゾルク様は何とも言えぬ表情を返してくださいました。

 

「えっと……それには、とてつもなく複雑な事情がありまして……」

 

 また、悲しみと苦しみにまみれたお顔になってしまわれました。どうやら、その事情の複雑さたるや並々ならぬもののよう。

 わたくしは放っておけず、お力になりたいと考えました。

 

「ゾルク様さえよろしければ、このみつねにお話しくださいませ。少しでも気が晴れるやもしれません」

 

「それはいいんですが……うーん……」

 

 了承してくださいましたが、何故か切り出せない模様。わたくしは原因にいち早く気付き、行動に移りました。

 

「……あ、そうです! こうしていれば、お話の最中も寒くはありませんよ。どうか心配なさらずにお話しください」

 

 手を引き、木の陰までお連れして、ゾルク様を座らせて隣に移動。そして肩をぴったりと密着させていただきました。

 人肌の温もりを感じていれば寒さも凌げ、不安も取り除けるはず。そう思っての行動でした。

 

「えっと、あのっ! これは……いけないんでは……!?」

 

「え……? なにか問題でもございますか?」

 

 どういうわけかゾルク様は冷や汗を流しておりました。頬がほのかに紅潮しているようにも見受けられましたが……まさか、もう体調を崩されてしまったのでしょうか。

 わたくしが密かに心配する傍らで、ゾルク様は。

 

「い、いえ。やっぱりなんでもないです」

 

 という風におっしゃり、黙り込んでしまわれました。

 一体どうなさったのか気になりましたが、ご本人が「なんでもない」とおっしゃるので、きっと大丈夫なのだと信じることに致しました。

 

(良い香りだなぁ……。本当は、信じてもらえるか心配だっただけなんだけど……。みつね姫は可愛いし、せっかくだからこのままでいさせてもらおう)

 

 何やら幸せそうな雰囲気を醸し出しているようにも(うかが)えましたが、わたくしにはよくわからず。

 兎にも角にもと、ゾルク様は語り始めてくださるのでした。

 

 

 

 徹頭徹尾、お話を聞き終えました。

 

「まあ……そのようなことが……」

 

 救世主、戦闘組織エグゾア、総司令及び魔大帝のデウス、エンシェントビット。まるでおとぎ話であるかのような体験を、ゾルク様はされていたようです。

 それと、最初に不思議な光についてお伝えした時、元気を失った理由がわかりました。計り知れない魔力を有した危険な物体を、ご自身の体内に無理やり埋め込まれるなど……。

 想像を絶する思いをされ、そして現在も不安で押し潰されそうなはず。経緯は違いますが危険な力を抱えるゾルク様の状況は、わたくしと似ているように感じました。

 

「嘘みたいでしょう? ……やっぱり信じられませんよね、こんな話」

 

「いいえ、わたくしは信じます。エンシェントビットとやらの光が身体を癒やしてくださいましたし。それに、大昔に消えて無くなったとされていたセリアル大陸が、百日前にひょっこりと現れたのですから」

 

 理由を以て肯定すると、ゾルク様は急にびっくりなさいました。

 

「ひゃ、百日前!? それ本当ですか!?」

 

「はい。確かに百日前の出来事にございます」

 

「時空転移が上手くいかなくて、行き先が定まらないどころか時間すら飛び越えちゃったんだな……」

 

 自己の中で納得し、完結された模様。わたくしはまだ頭の中で整理しきれなかったので深入りはしませんでした。

 ゾルク様は語り終えると、わたくしへ質問を投げかけました。

 

「今度は、あなたのお話も聞きたいです。どうしてこんな寒い中を、お一人で?」

 

「実は今朝、スサノオという者の手先にさらわれて……」

 

「ん? ……待って!」

 

 話し始めた途端、ゾルク様が何かの気配を察知。わたくし達はすぐに立ち上がり、辺りを注意深く見回しました。すると……。

 

「これは、雪狼……!」

 

 座っていた木の背後から、雪狼の群れがじりじりと這い寄っていました。発見が遅れたため、逃げる余裕はもうありません。

 

「新しい群れが俺達を見つけたっていうのか!? くっ、戦うしかない……!!」

 

 歯を食いしばり、背の鞘から両刃の刀を引き抜くゾルク様。果敢にも、また雪狼に立ち向かう意思を見せています。

 

「みつね姫! さっきみたいに隠れてください!」

 

 しかし、何やら異変が。

 

「……うっ!?」

 

 突然、胸の中心辺りを左手で抑え、苦悶を表に出し始めたのです。

 

「ゾルク様?」

 

「ぐ……あぁっ……!!」

 

 尋ねるも、返事はままならず。只事でないことは一目瞭然でした。

 

「どうなさったのですか!?」

 

「み、みつね姫……! 俺から……離れて……!!」

 

 そうおっしゃった直後。

 あの不思議な光がゾルク様の胸の中心から溢れ、轟音と共に巨大な円柱となって天に伸び、雪雲をも貫いてしまいました。

 

「うわあああああっ!!」

 

 光を発しながら、ただ絶叫するしかない状態。雪狼達も、たちまち怯んでいます。

 

「この現象……ゾルク様に埋め込まれたエンシェントビットが引き起こしているのでしょうか……!?」

 

 絶叫も光の円柱も消えた頃。

 蒼の眼は濁り、明らかに正気ではなく、まるで人の形をした別の存在と化してしまわれたかのよう。

 無力なわたくしは、唖然とする他ありませんでした。


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