Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第27話「交刃」 語り:マリナ

 スメラギの里の住人から雪狼(せつろう)と呼ばれている、白い狼のモンスターを撃退した私達。目前には、雪狼の血液によって赤黒く上塗りされた雪原が広がるのみだった。

 

「片が付きましたな、団長。マリナ殿も助太刀、感謝いたしまする。歴戦の猛者(もさ)の如き銃脚(じゅうきゃく)さばきでしたぞ」

 

「いえ、それほどでもありません」

 

 ぜくうという名の槍使いの老兵が、腕で額の汗を拭いつつ安堵の息を漏らす。しかし、まさきは緊張の糸を解いていない。

 

「残された問題は姫の行方のみか……」

 

 彼は背を向け、雪雲に覆われた空の彼方を見つめる。平静を保っているように見えるが、内心では姫君の安否が余程に心配なのだろう。

 

 心配事なら私にもある。ゾルク、ソシア、ジーレイ、ミッシェルのことだ。

 ゾルクがエンシェントビットを埋め込まれた直後の突発的な時空転移。これのせいで、おそらく皆は散り散りばらばらになってしまったはず。しかも百日分の時間経過というおまけ付きだ。デウス率いるエグゾアが今頃どんな悪さをしているのか、てんで予想がつかない。

 

 ――デウスの名を浮かべたところで、私は思い出した。自分が奴にまんまと利用され、その結果として仲間が傷付き……ゾルクがとても酷い仕打ちを受けてしまったことを。

 悔やんでも悔やみきれない。皆に謝罪しても、しきれない。世界を救うはずだった旅の、そもそものきっかけは自分にある。仲間を巻き込んだ私に、責任の二文字が重くのしかかった。

 記憶の矛盾に気付いた私が自分を見失わないようにと必死にすがりついていた、ナスターの「記憶を操作していない」という主旨の言葉。今にして思えば、奴の言葉も嘘だったに違いない。いや、ナスターの言葉が正しいという保証なんてものは最初から無かったのだ。

 デウスも、ジーレイに意味深長な発言をしていた。「マリナ・ウィルバートンの真実を知らない」と。私自身でも知り得ない秘密が隠されていると裏付ける台詞だった。ジーレイの正体が魔皇帝だったということすら、この衝撃には敵わない。

 

 私の記憶は、エグゾアの都合の良いように操作されている可能性が非常に高い。

 エグゾアに拾われる前のこと。エグゾアに入ってからの生活。つらく厳しかった任務。師範との鍛練の日々……。

 それら全てが、記憶操作による捏造だというのか。

 

 では……私とはいったい何者だ。

 

 私は、どこからどこまでが『私』なのだろうか。

 

 はたして本物の『私』は『マリナ・ウィルバートン』なのか。

 

 

 

 『私』は、『誰』だ。

 

 

 

「――リナ、マリナよ。聞こえているか……」

 

「っ!! ……す、すまない。少しぼうっとしていた」

 

 まさきから呼ばれていることに気付き、はっとする。いつの間にか意識が遠のいていたのだ。状況を整理しようとして、ごく短い時間だったが逆に混乱してしまったのだろう。

 

「やはり、まだ体調が優れぬのではないか……?」

 

「本当に大丈夫だ。何でもない」

 

「ならばよいが……。話を聞いた限り、お主の精神は相当な打撃を受けているはず。あまり痩せ我慢するでないぞ……」

 

 彼に心配をかけてしまった。保護してくれただけでも有り難いことだというのにこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。心の整理はつかないが前を向き、凛と立ち振る舞わなければ。

 

 そう思い、顔を上げた瞬間。

 

 爆弾が炸裂したかのように大きな音が突然、耳へと飛び込んだ。この場よりも更に野営所を離れた、森の奥からだった。

 

「何事!? 魔物の仕業か!? ……いや、だとしても思い当たる節がござりませぬ」

 

「まるで落雷のような轟音であったな……」

 

 ぜくうさんに続き、まさきも不審の意を示す。

 

「……行ってみよう」

 

 私は、自然とそう言っていた。何かに引き寄せられるように勘が働いたのだ。このような感覚に見舞われたのは初めてのこと。

 

「よかろう。何が起こったのか、この目で確認せねばならぬしな……」

 

 まさきは私に同意。すると部下達へ視線を移し、落ち着いた抑揚で速やかに指示を下す。

 

「拙者とマリナの二人で、音の正体を確認して参る。ぜくう以下残りの者は、引き続き姫の捜索を命ずる。しかし、怪我人は野営所にて傷の手当てを優先するべし。ぜくうよ、後は任せた……」

 

御意(ぎょい)。得体が知れませぬ故、くれぐれもお気を付けくだされ」

 

 彼らに見送られ、私とまさきは現場へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第27話「交刃」

 

 

 

 しんしんと雪の降り積もる森を進む中、音が発せられたと思われる地点へ到着。そこは少し開けた場所だった。

 そして幅広の刃の両手剣を振り回して雪狼を片っ端から討伐している、蒼の軽鎧を身に着けた金髪蒼眼の剣士がいた。……旅を共にした仲間の容姿に、非常によく似ている。

 

「あれは……あいつそのものだ」

 

 また、そこにはスメラギ武士団が総力を挙げて捜していた、栗色の長髪の姫君も居合わせていた。緋色地に花びらをあしらった着物を着ていて、頭と帯には桃色の花飾りが添えられており、いかにも『姫』という雰囲気を漂わせている。

 

「姫! まさかこのような所におられるとは! ご無事ですか……!?」

 

 姫君は剣士の後方の木陰でしゃがんでおり、微かに肩を震えさせている。私達はすぐさま近寄った。

 

「わ、わたくしなら大丈夫です。それよりも、あの殿方の様子が突然に豹変してしまって……!」

 

 そう言って姫君は剣士を指差す。

 

「あの異国の剣士を、ご存じなのですか? ……いや、それよりもこの場は危険にございます。どうか、剣士と雪狼から離れてお待ちください……」

 

「あ……」

 

 促すと同時に、まさきは姫君の手を引いて戦闘の場から遠ざける。安全な場所まで送り届けると、すぐ戻って来た。

 姫君は手を引かれる間なにか伝えたそうな風だったが、私もまさきも、理由は違うが目前の状況に目を疑っている状態。姫君の意思に気付くことはなかった。

 まさきの方の理由だが恐らく、異国の人間と自分達の里の姫君が同じ場所に居たことと、武士団員達が束でかかっても骨の折れた雪狼をいとも簡単に、まるで機械で流れ作業を行うかのように薙ぎ払っていることに驚いているのだろう。

 私はと言えば……雪狼の相手をする金髪蒼眼の剣士に違和感を覚えていた。彼は決して弱くはないが、流石にここまで異常な強さは持ち合わせていなかった。冷静に状況を分析して無駄な動きを省く戦い方など、本来は不得意なはず。

 ……何故、私が剣士について事細かに述べられるのか。それは、彼をずっと前から知っているため。

 剣士が最後の雪狼にとどめを刺したところで、私は背後から声を掛けた。

 

「ゾルク。ゾルクだよな……? お前、無事でいてくれたのか!」

 

 姿形は紛れもなく、私が知っているゾルクそのものだった。

 まさか同じ土地に転移しているとは考えもしなかったため声が震えてしまう。発見できて良かったと、心から思えた。

 

「この者こそが、お主の話に出てきた救世主ゾルクなのか。想像よりも気配が鋭くある……」

 

 まさきの言う通り、いつもの穏やかな雰囲気は無い。

 

「聴こえているんだろう? 返事をしてほしい」

 

 ゾルクは呼びかけに反応した。

 振り向いて距離を詰め、真顔のまま私を直視する。

 おもむろに、握った両手剣を持ち上げた。

 

「ゾル、ク?」

 

 私を斬ろうと……している……?

 

「いかん……!!」

 

 まさきが咄嗟に抜刀。私の前に躍り出る。

 振り下ろされた両手剣に自らの刀のしのぎをぶつけ、僅かに押し戻しながら防御を成功させた。

 

「くっ……! マリナよ、こやつはお主の仲間ではなかったのか……!?」

 

 互いの得物を交差させて対峙する、ゾルクとまさき。不測の事態である。

 現状に追いついた私は、すぐさま声を張り上げた。

 

「な……何をふざけているんだ! ゾルク、剣をどけてくれ!」

 

 返事は無い。どころか、刀から両手剣を退いて間合いを取り、すぐ猛攻に転じた。

 襲い来る斬撃の連続を、まさきは刀で受け流す。

 

「こやつめ、何という力……!」

 

 しかし、ゾルクの剣撃は回数を重ねるごとに勢いを増していき、受け流すことも受け止めることも困難なほどの威力となっていく。それでもまさきは諦めず、刀を器用に操って抗い続けた。

 私はゾルクの表情を注視した。そうして気付いたことがある。いつもの戦闘で垣間見られるはずの元気や闘志が皆無なのだ。

 

 ――ただ無言、ただ無表情、ただ無温。蒼眼に生気の光は宿っていない――

 

「これでは、まるで……」

 

 デウスの発言が脳内で蘇る。……『哀れなアムノイド』と。

 

「……いいや、そんなこと認めるものか!!」

 

 即刻否定し、まさきに援護を乞う。

 

「手伝ってくれ! ゾルクを気絶させる!」

 

「気は確かか!? こやつは理性を失い、拙者達を斬り捨てようとしているのだぞ! 手加減などしていては、こちらがやられてしまう……!」

 

 殺気立つゾルクを必死に押し止めている彼がそう叫ぶのは、至極当然だった。

 

「馬鹿なことだというのはわかっている。だが無理を承知で頼みたい。こいつは、私の大切な仲間なんだ……!」

 

 道理を退かせてでも、なんとしてでも救いたい。私は強く、そう願った。

 

「……そこまで懸命に頼み込まれては、折れるしかあるまい。こやつに罪は無いだろうしな……」

 

 私の真剣な願いを受け止めてくれたらしい。

 まさきはバックステップを行い、大きく間合いを取った。そして刀を、刃が内側に、峰が外側にくるよう握り直す。

 

「多少、手荒ではあるが動きを封じてみせよう。気絶させる役目はお主に任せた。決して、しくじるでないぞ……」

 

「ありがとう、まさき……!」

 

 彼は静かに頷き、突撃。その間にもゾルクは剣技で妨害しようとする。繰り出したのは、両手剣の振り下ろしによって生じた衝撃波を飛ばす特技、裂衝剣(れっしょうけん)だ。

 衝撃波が、まさきの真正面から襲いかかる。しかし彼は臆せず、危険を承知で跳躍。水色の髪と赤の帯をたなびかせ、紙一重でかわしてみせた。

 見事に着地すると、ゾルクの攻撃後の隙を突く。

 

魔王(まおう)

 

 懐に一気に飛び込み、まず一太刀を喰らわせて。

 

幻双刃(げんそうじん)……!」

 

 瞬時にゾルクの身体をすり抜け、反対側へと回り込んだ。しかし元いた場所にもまさきの姿がある。これがなんなのか、すぐにわかった。――分身である。ゾルクの身体をすり抜けた方のまさきは幻影であり、証拠として紫色の(もや)を帯びていた。

 片側のまさきが刀を天に向けると、もう片方のまさきも両腕を振り上げた。幻影は本体と全く同じ動きをとり、ゾルクを挟んで連撃を与える。魔王幻双刃(まおうげんそうじん)とは、分身して相手の前後から攻撃を加える奥義だったのだ。

 大した威力には至っていないが、それはゾルクの動きを封じるために峰打ちを用いているから。本来は、もっと強力な剣術だと推測できる。

 

「さあ行くがよい……!」

 

 あとは私が、あいつの真の意識を――

 

「ああ!」

 

 蹴り起こすのみ!

 

「ゾルク、目を覚ましてくれ!」

 

 慣れない雪原でも構わず駆け抜けると、入れ替わるようにして、まさきが退避。

 同時に私は、蹴撃のため体勢を整える。

 

荒武争乱舞(こうぶそうらんぶ)!!」

 

 そして放つ、蹴りの奥義。

 全ての意識を集中させた右脚によって、ゾルクの腹部を思い切り蹴打。それも一度や二度ではなく連続で、一瞬の内に何発も叩き込む。最後の一発は頭部への後ろ回し蹴り。これでもかというくらいに衝撃を走らせた。

 この奥義を受けたゾルクは無表情のまま吹っ飛び、高く打ち上がった。そして背中から雪原へと落下し……動きを止めた。

 私達は武器を構えたまま、ゾルクへとにじり寄る。目は閉じており、両手剣は手放されていた。

 

「どうやら、うまく気絶してくれたようだ」

 

「しかし正気を取り戻すかどうか定かではない。油断禁物なり……」

 

 などと警戒する中、弱い声が届く。

 

「ううっ……。そこに、いるのは……マリナ……?」

 

 それは紛れもなく、元のゾルクしか持ち合わせていない温かみのある声。蒼眼には生気の光が満ちていた。

 

「ゾルク……!! 私がわかるんだな!」

 

「俺、何してたんだっけ……。身体が、すごく、痛い……」

 

 短い気絶を終えて朦朧(もうろう)とし、雪原に寝そべったまま不調を訴えている。必要だったとはいえ、攻撃を加えてしまったのは心苦しい。

 

「何も覚えていないのか?」

 

「うん……」

 

 弱々しい返事。私の攻撃によるダメージの他に疲労も溜まっているようだ。これ以上、問いかけない方がいいのかもしれない。

 

「姫を発見でき、ゾルクの救出も叶った。直ちに撤収し、出来事を整理するとしようぞ……」

 

「ああ。そうしたい」

 

 まさきが提案し、私は了承。

 そしてゾルクの肩を担ぐため、身体に触れようとした。

 

 ――その時。

 

「ぐ!? ……あ……!!」

 

「どうしたんだ!? ……うっ!?」

 

 ゾルクが急に胸を押さえて苦しみ始めた……と思いきや胸の中心から光が溢れ、轟音と共に巨大な円柱となって天に伸びたのだ。

 この轟音、私やスメラギ武士団が雪狼を退治した直後に聞いたものと全く同じだった。

 

「爆発音の正体はゾルクだったのか……! それにこの突発的な光、エンシェントビットが……暴走している……!?」

 

 ……認めたくなかったが、もう否定のしようが無い。

 先ほどまでのゾルクはエンシェントビットの暴走に引きずられ、自我を失っていたのだ。エグゾアセントラルベースで発動した時空転移も、きっとゾルクの意思ではなく暴走によるものだったのだろう。

 

「このままでは、あいつがまた正気を失ってしまう! どうすれば……どうすればいいんだ!?」

 

 対策など思いつかず、焦りだけが募る。

 

「まさき様! これを!」

 

 すると後方から姫君が駆け寄ってきた。白地に赤で細かく文字が書かれた小さな紙の札を一枚、その手に掴んでいる。

 

「それは『封印護符(ふういんごふ)』! しかし何故……?」

 

「後で説明いたします! 一か八かの賭けとなりますが、一刻も早く封印護符をゾルク様に! エンシェントビットの光が溢れ出ている、胸の中心へと貼り付けてください!」

 

 姫君から封印護符という呼称の札を託されると、まさきは意を決した。

 

「御意……!」

 

 雪原に背をつけたまま、光の柱を作り続けるゾルク。まさきは急ぎ、封印護符ごと右手を光の柱へ突っ込む。そして指定された部位へと貼った。

 

「鎮まりたまえ……!!」

 

 まさきが念を込めると共に、封印護符は胸当てとシャツをすり抜け、皮膚へ直に貼り付く。と同時に光の柱は収縮していき、完全に消え去った。

 それまでの物々しさが嘘のように、ゾルクは静けさを取り戻すのだった。また気絶したが今度は、どこか安らかな表情を浮かべている。

 

「なるほど……。エンシェントビットが魔力の塊だという話が事実ならば、封印護符も効力を発揮する可能性があった、という理屈にございますね……」

 

 まさきの言葉から察するに封印護符とやらは、魔力を抑制するための特別な札のことらしい。

 彼は感心した後、姫君に問う。

 

「しかし、姫。何故(なにゆえ)ゾルクの事情を存じておいでだったのですか……?」

 

「遭難して窮地に陥ったわたくしの前に突如、ゾルク様が不思議な光と共に舞い降りたのです。雪狼から守り守られたり、ゾルク様ご自身のお話を伺ったりもしました。エンシェントビットについても、その時に知ったのです」

 

 私がまさきに旅の話をしたのと同様に、ゾルクも姫君に経緯を伝えていたようだ。

 

「ゾルク様のおかげで、わたくしは二度も命を取り留めました。まさしく命の恩人と呼ぶべき殿方です」

 

 姫君にこうまで言わしめるとは。

 ボロボロのはずだろうに、きっと躊躇(ちゅうちょ)なく姫君をお助けしたのだろう。心優しく正義感の強い性格を考慮すれば、その光景は想像に難くない。

 

「この者が、それほどまでに勇敢な男だったとは……。ですが、お話の続きはスメラギ城に帰還した後で。てんじ様やその他大勢の者が姫の御身(おんみ)を案じております。傷を負った武士団員やゾルクの手当ても行わなければなりませぬ……」

 

「そうですね。大変な苦労をかけてしまい、誠に申し訳ありません。わたくしがさらわれなければ、このようなことには……」

 

「滅相もない! 姫が謝罪する(いわ)れなど、あろうはずがございませぬ。詫びるべきは、スサノオとその配下共ですので……!」

 

 その通りだ。姫君は何も悪くない。まさきの静かな怒りが、冷たい空気を切り裂いてこちらに伝わった。

 相も変わらず森に雪が降り積もる中、姫君とゾルクをどうにか保護できた。激流のような状況も、これで少しは穏やかになってくれればいいのだが。


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