Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第28話「訪れぬ安らぎ」 語り:マリナ

 山地に沈む日輪は見えないが、もう夕方も半ばへ差し掛かろうとしている。

 森林地帯を去り、現在はスメラギの里。私とゾルクにとっては初めて訪れる地である。

 

 スメラギの里には、今までに私が目にしてきた類の建造物が皆無だった。民家や商店は木造の柱や瓦の屋根、土を用いた白い塗り壁といった構成であり外観も他の町のものとは一線を画している。

 全域の統治をおこなっている場所は、里の中心にあるスメラギ城。これまた一風変わった造りの、(みやび)な風情の漂う城である。水を溜めた広い堀に囲まれたスメラギ城は雲へと届くかのように高くそびえ、人々の暮らしを見守っている。

 

 堀にかかった橋を渡り、古びてはいるが頑強さを保った城門をくぐったところで武士団の面々やぜくうさん、姫君と別れる。その後、私達はまさきと共に城内へと入った。

 あれからゾルクは気絶したまま。スメラギ城までずっとゾルクを背負ってくれたのは、まさきである。彼には借りを作りっぱなしで頭が上がらない。

 余談だが、スメラギの里は『里』という呼び名でこそあるが、規模的には他国と大差ない。立派な城も構えているのに何故『里』なのかと、まさきに問うてみたところ。

 

「我が家に代々伝わる古文書によれば、最初期はまさに『里』と呼ぶべき程度の地域だったが時の流れと共に発展し続け、現在の規模となったという。『里』という名称が変更されておらぬのは、古き良き伝統を守るためなのだ……」

 

 という回答が返ってきた。スメラギの里は伝統を重んじており、独自の尊い文化を有しているのだと把握した。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第28話「訪れぬ安らぎ」

 

 

 

 通された客間は(ふすま)に囲まれた(たたみ)部屋で、百人は収容可能なほど広い。

 襖とは、木の骨組みに紙を張って縁や引手を付けた建具のことだという。開き方はスライドタイプのドアと同様だった。畳も見たことのない床材であり、乾燥させた植物を編み込んで作った敷物で芯材をくるんだもの、らしい。どちらについてもピンと来ないが、そういう解説を受けた。

 私は一旦まさきと別れ、布団に寝かせたゾルクの意識が回復するのを待っていた。

 そしてついに、真の再会の時が。

 

「うっ……。あれ? ここは……どこ……?」

 

 彼は頭部を押さえつつ、上半身を起こした。

 

「意識が回復したか! 身体はなんともないか!?」

 

「え、あ、え? ど、どうしたんだよマリナ。身体は……痛いけど……」

 

 飛びつきそうなほど身を乗り出して心配する私に、ゾルクは困惑の表情を見せた。それに気付いた私は咳払いをしつつ、自分を落ち着かせる。

 

「……ゾルク。エグゾアセントラルベースから今までのことを、どれほど覚えている?」

 

「えっと……時空転移が起こって、リゾリュート大陸に飛ばされて、白い狼のモンスターを退治して、みつね姫と話をして……。またモンスターと遭遇したんだけど急に胸が苦しくなって、それから先は何してたか覚えてない。けど……雪の上に寝そべったまま、マリナと喋ってた気がする……」

 

 言葉を繋ぐ毎に彼の顔は暗くなっていく。そして、核心を突いてしまう。

 

「俺、もしかして……マリナに剣を向けてた……?」

 

 瞬間、私は硬直した。こわばった表情のまま聞き返す。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「だんだん、うっすらと……脳裏に浮かんできたんだ。マリナともう一人、水色の髪の武士に向かって剣を振るう光景が。これ、俺の意識が無い間の、実際にあった出来事なんじゃないか……!?」

 

 蒼眼を大きく見開き、私に詰め寄る。彼が多大な恐怖を感じているのが、手に取るように伝わってきた。

 

「……その通りだ。お前は冷酷な面持ちでこちらへ攻撃を加えてきた。そして私達はやむを得ず反撃し、お前を気絶させたんだ。そうなった原因は……エンシェントビットにあるとしか考えられない」

 

「エンシェントビットが暴走したから、俺も自我を失って暴走したってことか……。アムノイドみたいになって、仲間に……剣を…………」

 

 ゾルクは自らの行いに落胆し、絶望する。

 このような反応を示すのはわかっていたが教えないわけにもいかなかった。酷だが、現実を知ってもらわなければならない。……私自身に言い聞かせるためでもある。

 

「俺は、また暴走するかもしれないのか……? このままじゃアムノイドどころか盗賊のグラムみたいに、化け物になっちゃうんじゃ……!」

 

「心配は要らない。水色の髪の武士とスメラギの里の姫君が『封印護符』という札を用いて、エンシェントビットの魔力を抑制してくれている。現に今、お前が暴走していないのが証拠だ。埋め込まれた部分を確認してみるといい」

 

「えっ?」

 

 促された彼は黒のシャツを引っ張り、胸元を覗き込む。

 

「本当だ……。いつの間にか札が貼られてある」

 

「だから悲観せず、安心してほしい」

 

「……うん、わかった」

 

 ひとまずゾルクには落ち着いてもらえた。

 今度は、時空転移した直後のお互いの状況について話し合った。どちらもスメラギの里に住む人間と関わったためか話はスムーズに進んでいき、それぞれ把握に至った。

 そして重大な事実が発覚する。

 

「ソシアもジーレイもミッシェルも、まだ居場所がわからないのか」

 

「残念ながらな……。私とお前が再会できたのは奇跡なのかもしれない。みんな、どこでどうしているんだろうか」

 

 皆が運良くスメラギの里周辺に飛ばされていればと考えたが、同時期に辺りを捜索していたスメラギ武士団の話を聞く限り、可能性は無に近い。

 

「俺、みんなと合流したい。特にジーレイには訊かなきゃいけないことがある。エンシェントビットを創った本人なんだから、俺の身体から取り除く方法を知ってるかもしれない」

 

「そういえば、ジーレイの正体は魔皇帝だったな」

 

「そ、そういえばって……。びっくりしなかったの?」

 

 ゾルクは肩透かしを食らったかのような反応を見せた。

 

「決して印象が薄いわけじゃない。ただ他に、私にとって衝撃的な事実があっただけだ」

 

「あ……そっか、デウスに騙されてたこと……」

 

 察すると、彼の表情は一気に沈んでいく。暗い気分になるのは私も同じ。

 

「騙されていたとはいえ、お前やみんなに大変な思いをさせてしまった。……本当に申し訳ない。謝って許されることではないし、どう償えばいいかわからないが……私に出来ることは何でもしたいと思っている」

 

 深く頭を下げ、私は真剣に宣言した。するとゾルクは。

 

「ちょっと待って! なんでマリナが責任を感じなきゃいけないのさ!? 君だって被害者なんだ。これからのこと、一緒に悩んで解決に向けて頑張ろうよ。……だからさ、顔を上げて」

 

 一瞬、私の時間が止まる。意図せずして両目から零れるものがあった。

 

「えっ……マリナ!? その、泣かないで……!」

 

「……ふふっ、気にしないでくれ。良い意味でお前に泣かされる日が来るとは、夢にも思わなかった」

 

 慌てるゾルクをよそに、私は微笑む。

 

「少し……救われた気がするよ。ありがとう、ゾルク」

 

 それだけを伝えると二人して声を発さなくなり、沈黙に後を任せた。

 

 ゾルクの体調に問題が無いと判明してしばらく。この部屋に何者かが近付く。

 

「失礼いたす。マリナよ、ゾルクの様子は……そうか、目覚めていたか……」

 

 入室してきたのは、まさきだった。私に声をかけつつ、回復したゾルクの姿を瞳に収める。

 

「水色の髪の武士……」

 

 まさきは、ゾルクがまじまじと見つめてくるのに気付き、自己紹介を始めた。

 

「面と向かって話すのは初めてだな。拙者はスメラギの里を守る武士団の(おさ)蒼蓮(そうれん)まさきと申す。ゾルク・シュナイダーよ、お主のことはマリナから聞いている……」

 

「俺とそれほど歳が変わらなさそうなのに武士団の団長やってるの!? 凄い……」

 

 感心しつつもショックを受けた様子。引け目を感じているのだろうか。

 それはともかくとして、まさきは私達に用事があるらしい。

 

「急で済まぬが、てんじ様がお主達に会いたいとおっしゃっている。これより謁見(えっけん)に向かってもらいたいのだが頼めるか……?」

 

 本当に急だが、私達がスメラギの里に現れた経緯を王にきちんと話さなければならない。私は武士団に保護された上、ゾルクなど姫君とまで関わってしまったからだ。

 

「わかった、行こう。『封印護符』とやらの詳細も知りたいしな。ゾルク、体調に異変は無いか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「承知した。では、向かうとしよう……」

 

 こうして私達はまさきに連れられ、城の廊下を歩き始める。

 

 謁見の間へ辿り着いた。

 襖を開けて最初に目に入ったのは広間の奥でどっしりとあぐらをかいている、威厳のある風格の人間。例に漏れずスメラギの里特有の衣装を纏い、姫君と同じ栗色に染まった尖り髪の大男である。右腕には包帯を巻いており、首から吊るしている。よく見れば、頬や足なども処置されていた。

 広間に居るのは大男だけではない。彼のすぐ隣には姫君が。端の方では大男と視線を交差するような向きで、ぜくうさんが座っている。

 大男と対面する位置には座布団と呼ばれる正方形のクッションが二人分、既に用意されており、私とゾルクはそこに腰を下ろす。まさきは、ぜくうさんの隣へと静かに移動した。

 謁見の間に六名が揃ったところで、大男が口を開く。

 

「よくぞ参られた。俺はスメラギの里を治める王、煌流(こうりゅう)てんじである」

 

 疑うまでもなく、この大男こそがスメラギの里の王だった。

 

「ゾルク・シュナイダーにマリナ・ウィルバートン、だったな? お主らのおかげでスサノオの軍勢を退け、愛娘のみつねを無事に発見することが叶ったと報告を受けた。誠に大儀であった。厚く礼を言う」

 

 そう告げると共に、てんじ王は深々と頭を下げた。同じくして、隣のみつね姫も同様の仕草をした。

 

「しかし、お主らは不思議な光の中から突然に現れたと聞く。そのような現象、俺は見たことも聞いたこともない。いったい何者なのだ? どうか正体を明かしてほしい」

 

 てんじ王が懐疑的になるのも無理はない。

 私はゾルクと顔を見合わせた。彼は眼差しで「話そう」と訴えている。

 

「……わかりました。全てをお話し致しましょう。信じてもらえるかどうかはわかりませんが、これから私とゾルクが申し上げることは紛れもなく事実です」

 

 そして、こちらの身の上を語る流れに。

 何を偽ることもなく、私達は今までの経緯を明かした。ゾルクを救世主としてセリアル大陸へと導いたことから……絶望を味わったことまでを。

 

「救世主、戦闘組織エグゾア、エンシェントビット、魔大帝デウスの謀略……。ふむ、まるで違う次元の出来事ぞ。しかし、これ以外に俺が納得できる話も無さそうだ。お主らの言うこと、信じるとしよう」

 

 てんじ王は意外にも、すんなりと私達の話を受け入れてくださった。王となるほどの人物であるが故、器が大きいのだろう。

 

「ところでお主ら。戦闘組織と幾度も交戦したという話を聞くに、腕っ節が立つらしいな。それを見込んでひとつ頼みがある」

 

「頼みとは、なんでしょうか?」

 

 きょとんとしつつ、ゾルクが聞き返す。てんじ王直々の願いとは。

 

「みつねを守るための用心棒となってほしいのだ」

 

「用心棒!? 俺達がですか!?」

 

 内容は、みつね姫のボディガードだった。いきなりの重役である。この短時間でえらく信用されたものだ。これでは逆に、こちらがてんじ王に対して不審を抱いてしまう。

 

「お主ら、現在は行く当ても無いのであろう? 用心棒を務める間、スメラギ城に滞在してくれて構わぬ。褒美もやろう。期間は、お主らの今後の動向が決まるまででよい。とにかく俺達は戦力を欲しておる」

 

「そうまでする理由とは一体……?」

 

 私は自然と疑問を口にしていた。てんじ王はすぐに答えてくださった。

 

「スサノオだ。全てはスサノオが原因なのだ」

 

 その名は確か、私が野営所に収容された際にまさきから聞いた名だった。

 てんじ王の言葉を引き継いで、ぜくうさんが説明を始める。

 

「スサノオとは、スメラギの里と敵対している国『ミカヅチの領域』の王にござります。敵対と言えども、あちらに我が里の脅威となるほどの力はありませんでした。しかしスサノオは、ひと月前辺りから突如として武力を増強し、スメラギの里の『秘宝』を強奪しようと企てたのです。そして今回スサノオ軍の隠密部隊によって、ついに姫を連れ去られてしまいました……。結果として無事に保護することは叶いましたが、我らは不甲斐なさを嘆くばかり。てんじ様に申し訳が立ちませぬ……」

 

 ぜくうさんもまさきも、苦虫を噛み潰したかのような思いを、その顔面に浮かべた。

 

「お前達、己を責めずともよい。王であるこの俺でさえ隠密部隊に深手を負わされ、このざまなのだからな。スサノオには、まんまと一杯食わされたわ……」

 

 てんじ王は二人を慰めるように呟いた。発言の最後に大きな溜め息を添えて。右腕の包帯やその身に受けた傷は、スサノオの隠密部隊が襲来した際のものだったようだ。

 

「スサノオって奴、容赦ないんですね……。ところで気になったんですが、秘宝ってなんなんですか? まるで、みつね姫そのものが秘宝だと言っているように聞こえました。でもまさか、そんなことはないですよね」

 

 ゾルクは相槌を打つように質問した。大切な宝の詳細など、訊いたところで容易に教えてくれるわけがないだろう……と私は思ったのだが。

 

「ご名答。秘宝とは、わたくしのことなのです」

 

「えっ……本当に、みつね姫が……!?」

 

 いとも簡単に明かされた。

 同時に、ゾルクは驚いて言葉を失う。どうしてみつね姫が秘宝なのだろうか。物体ではなく人間を宝と呼ぶ点には疑問しかない。

 

「実は……スメラギの里で生まれた人間には、ごく少数ですが治癒の魔力を宿し、自分や他者の傷を癒す治癒術を行使できる者が存在するのです。わたくしはその中の一人。しかも魔力の強さは群を抜いており、とても制御しきれないほど……。普段は『封印護符』という特殊な魔力抑制の札を素肌に貼り付けて魔力を封印しています。だからこそわたくしは宝を秘めし者――『秘宝』なのです。ちなみに、わたくしがこのような身の上であるからこそ、ゾルク様の体内のエンシェントビットが暴走した際に封印護符の転用を思いつきました。予備に持ち歩いていた札が上手く作用してくれて、なによりです」

 

 みつね姫の説明によって謎は解けた。訊きたかった封印護符の詳細も知ることが出来た。

 それにしても、ビットも無しに治癒術を扱える人間が存在するとは思っていなかった。人体とビットが融合しているリゾリュート大陸の人間だからこそ、そういう能力が発現する可能性があるのだろう。

 

「あの時は、ありがとうございました。でも治癒の魔力だったら害なんて無さそうなのに……。どうして封印しなきゃいけないんですか?」

 

 感謝を述べつつ、ゾルクは再び質問を繰り出す。

 これに対し、みつね姫は丁寧に教えてくださるのだった。

 

「わたくしの治癒の魔力は強力すぎる上、厄介な特性を持っています。治癒術を使おうとすれば、魔力自体がわたくしや付近の人間の生命力を削り取って己が力へと変換し、暴走してしまうのです。これは、どのような傷や病も治す代償に命そのものを奪ってしまう、どうしようもなく理不尽で無意味な恐ろしい力……。故に、間違いが起こらないよう封印しておかなければいけないのです」

 

 みつね姫に内包された魔力は、予想より遥かに危険なものだった。怪我や病気が治っても死に至るのであれば、確かに無意味と言える。

 

「……幼き頃、わたくしはこの魔力の危険性を完全には認識できておりませんでした。重篤な病に伏したお母様を、お救いしようと……したら…………。あのような思いをするのは、もうたくさん……」

 

 両手を胸に押し付け、僅かに俯き、耐えながら声を絞り出していた。……既に悲劇が起きていたからこその封印だったのだ。しかも母親を失っていたとは……想像を絶する。

 場に流れる空気が重さを増している。断ち切るため、私は新たに言葉を紡ぐ。

 

「みつね姫が秘宝である理由、理解いたしました。しかし仮にスサノオがみつね姫を手中に収めたとして、どうするつもりなのでしょう? 封印必至の治癒の魔力は、他に応用が利くとは考えにくいのですが……」

 

「俺達は、スサノオがみつねに何らかの利用価値を見出したと睨んでおる。でなければ、ここまでしてみつねを欲したりはせぬだろう。まあ、どんな目的があるにせよ、スサノオなどにみつねをくれてやるわけにはいかぬがな」

 

 てんじ王の口振りだと、スサノオの目的ははっきりとわかっていないようだ。だが、奇襲や誘拐を行う者の考えだ。きっと、ろくでもないことに違いない。

 

「さて、お主らを欲する理由は以上となる。里のため、みつねのため、用心棒となってくれるか?」

 

 真剣な眼差しで私達を見つめ、てんじ王は結論を求める。

 私はゾルクを見た。彼もこちらに顔を向け、静かに頷く。出した答えは一致しているようだ。

 

「わかりました。私達でよろしければ喜んで引き受けましょう。全力で姫君をお守り致します」

 

「おお、そうか! 実にありがたいぞ。では早速、お主らの部屋を用意させよう。そろそろ日も暮れようとしている。今日はゆっくり休んでくれ」

 

 てんじ王は大層、喜ばれた。みつね姫やぜくうさんも安堵している様子。

 これを以て、謁見は終了した。

 

 私達はまさきに案内され、指定の部屋へと足を運び始める。その途中、不意に彼はこんなことを口にした。

 

「ゾルクにマリナよ。まだ心の整理もついていないだろうに用心棒の任を押しつけてしまった。拙者達も必死であるとはいえ、やはり申し訳ない。それと共に、誠に感謝している……」

 

 礼を言うのはこちらの方である。見ず知らずの、しかも常識の範疇(はんちゅう)を超えた事情を抱える私達を迎え入れてくれたのだから。

 

「気にしないでよ。俺達だって、まさき達には感謝してるんだからさ」

 

「困った時はお互い様だ。用心棒としての務め、しっかり果たすと約束する。指示があれば遠慮なく言ってくれ」

 

「かたじけない……」

 

 まさきは安心してくれたようだ。静かな返事から、それが感じ取れた。

 

 私達がそれぞれの部屋に辿り着き、まさきと別れた頃。外は暗くなっており、よりいっそう冷え込もうとしていた。

 疲労を理由に、ゾルクは用意された部屋へとすぐに入っていく。気持ちはわかる。色々なことがいっぺんに起きた後の、やっと訪れた休息の時間なのだから。

 軽く返事をして見送った後、私も自身の部屋へと足を踏み入れた。

 

 ゾルクは部屋に入るや否や布団へと飛び込み、じっとしたまま動かなくなる。

 

(……この先どうしたらいいんだろう。俺は救世主なんかじゃなかったんだし。デウスに利用されて、エンシェントビットを埋め込まれて、暴走して……。封印護符を貼ってもらえたから助かったけど、そうじゃなかったら身も心もアムノイドになるところだった。俺の身体、一生このままなのかな……。それに世界はどうなるんだろう。こうしてる間にもエグゾアは暗躍してるはず。でも、今さら俺に何が出来るんだ? ……何も出来るわけがないよ……)

 

 出来事を整理し始めたゾルクが抱いたのは、底知れぬ恐怖と不安。私を励ましてくれた時の彼は、そこには居なかった。……この思考こそが本心なのである。

 

 そして気持ちが落ち着かないのは私も同じだった。力なく畳に座り込み、ただ思う。

 

(……デウスに騙され、仲間を傷つけてしまった。この事実は一生、変わらない。ゾルクの言葉で少し救われた気になっていたが、やはり……罪悪感は拭えない。ソシア達の安否は気になるけれども、再会する資格などあるんだろうか。自分自身が『誰』なのかすらわからなくなった、この私に。……頭がおかしくなりそうだ。心を誤魔化し続けなければ、私は……)

 

 それぞれの胸中を、不穏な闇が覆っていく。

 誰にも打ち明けられず奥底に仕舞うしかなかった。

 

 ――尾を引くことになるとも知らずに――


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