Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
キラメイとボルストが、みつね姫を連れ去った直後。城下町のスサノオ軍は撤退していった。
だが、スメラギの里に平和が戻ったわけではない。荒らされた町、傷付いた住民や武士団員、雪の上に転がった死体……。戦場と化してしまうと、その場所が元の静けさを取り戻すまでには多くの時間が必要となるのだ。
俺とマリナと武士団はスメラギ城に帰還。戻るなり、荒らされた町や城内を修復する作業へと取りかかった。
皆が
「そうか……。みつねは自らスサノオ軍に身を委ねたか。治癒の魔力のせいで、あいつも歯痒い思いをしていただろうからな……」
てんじ王がそう述べた。普段通りであれば、大気を揺るがすかの如き力強さを有する低い声音。しかし今は弱々しさが感じられる。その理由はきっと、治り切っていない怪我のせいだけではないはず。
「姫の御身をスサノオのいいようにさせるわけには参りません。拙者以下スメラギ武士団は、スサノオ軍への早急なる反撃を決意いたしました。ミカヅチ城へ攻め入ります。そして姫の救出を全うした暁には……この
「切腹か? よせ。古き悪習に囚われるな。お前は新しき時代を担う若者なのだぞ。それほどの忠義心があるならば、傷を負って動けぬ無様な俺の分まで、みつねの救出に尽力してみせるがいい。生き長らえてスメラギの里に貢献してこそ俺やみつね、逝ってしまった民や団員への償いになると心得よ」
「…………!」
栗色の尖り髪と大きな体躯。貫禄を際立たせている顔面の
「みつねとて、お前やスメラギ武士団を信じた上で、敢えて敵に身を委ねたに違いあるまい。だからこそ……頼んだぞ、まさきよ」
「
顔を上げて王に一礼すると、また深く頭を下げた。――もう失態は晒さない。そして、絶対にみつね姫を救い出すと誓って。
まさきが決心した後。てんじ王は次のような提案を繰り出した。
「そこでだ。まさきよ、『あれ』を使うか?」
「魔導からくり部隊が開発した『あれ』にございますか……」
「ああ。まきりからの進言もあってな……運用を許可する。異国の技術に、しかもまきりの造った『あれ』に頼るのは
「ふむ……」
どういうわけか、まさきは渋い顔をする。
「ミカヅチ城へ殴り込むに相応しいのは間違いないが……無理に用いずともよいぞ?」
「いえ、拙者は……やらねばならぬのです。『あれ』の力、有り難く使わせていただきます……」
そう告げると、まさきは王の自室を去っていった。彼らの言う『あれ』とは何なのか。そして、まきりとは何者なのだろうか。
‐Tales of Zero‐
第30話「反撃の
スメラギ城の敷地内の地下に位置する、薄暗い兵器庫。強固な黒い鉄の引き戸は、頑丈そうな錠前により封印されていた。解錠し、重たい扉を横に引く。
兵器庫に足を踏み入れたのは、まさき、ぜくうさん、それに俺とマリナを加えた四名である。ぜくうさんは用意していた独特の照明器具――
「でっかくて強そうで、なんか凄そう! これが攻城兵器ってやつなのか」
鋼鉄製で重々しく巨大な橙色の塊。俺は目を丸くした。
卵のような形をしており、申し訳程度に丸い窓が設置されている。それなりの人数が内部に入り込めそうだ。底部には噴射口のようなものが取り付けられてあり、四方には三角の翼のようなものが垂直にひっついていた。
これがどういう攻城兵器なのかはわからない。すると、ぜくうさんによる解説が始まった。
「ケンヴィクス王国配下の『火薬の都市ヴィオ』より伝わった技術を基礎に、スメラギ武士団の魔導からくり部隊が開発そして建造した拠点強襲用浮遊型特攻弾。その名も『逆さ花火』にござります」
「「えっ……!?」」
俺とマリナは
「『逆さ花火』ぃ……? 引っかかる名前だなぁ……」
「しかも『特攻弾』だろう? 大体の運用法が予想できてしまった……」
「俺も……。だけど……いやいや、そんなまさか。何かの冗談だって。……多分」
ひそひそとやりとりをするこちらに構わず、ぜくうさんは解説を続ける。ここからが重要らしい。
「この逆さ花火は火薬による爆発を操作することにより、短時間ですが空を往くことが出来るのです」
「そ、そのあとは……?」
予感的中の兆しを感じた俺は引きつった笑みを浮かべるしかない。とどめを刺したのは、まさきだった。
「上空から落下する。こうすることによって敵拠点へ容易に到達でき、同時に攻撃ともなるのだ……」
(やっぱり落ちるのか……。よくもまあ、こんなものを作り上げたもんだなぁ。考えた人の顔を見てみたいよ……)
呆れと感心半々である。それと共に、魔導からくり部隊の発想はある意味で最強だと認識した。
まさきとぜくうさんは話を続ける。
「数は三十台。一台につき十名まで搭乗可能にござります。団長、作戦はいかが致しましょう?」
「拙者は用心棒の二人と共に、ミカヅチ城天守閣の最上部へと降りる。我らが隠密部隊の話によれば、スサノオはそこに常在しているという。とすれば姫もスサノオの目の届く最上部におられる可能性が高い。少数精鋭である理由は、その方がゾルクもマリナも暴れやすいと見越してのこと。二人とも、これでよいか……?」
「いいよ」
「従おう」
はっきりと、まさきに答えてみせた。それを確認した後、彼はぜくうさんに指示を出す。
「ぜくうは他の団員を指揮し、ミカヅチ城の要所へ降下してスサノオの兵を食い止め、奴らの戦力を削ることに尽くしてほしい。この作戦は皆の支度と逆さ花火の用意が終わり次第、開始する。速攻の反撃にてスサノオ軍を翻弄するのだ……」
「御意! それでは皆に伝達した後、逆さ花火の起動準備に取りかかります!」
話は纏まり、ぜくうさんは兵器庫を後にする。
彼を見送った俺は、気が重くなって溜め息を零してしまった。視線の先には、悩みの種の逆さ花火。
「はぁ……これに乗らなきゃいけないのか……。作戦自体に文句は無いけど、逆さ花火に乗るのは気が進まないよぉ……」
「泣きそうな声を出すんじゃない。……今回ばかりは私も不安だが」
マリナと意見が合った。理由が理由なのだから当然かもしれないが。
そのすぐ側から、聞きたくなかった台詞が耳に飛び込む。
「拙者もなり……」
「「……はい?」」
俺達は不信の念を抱きながら同時にまさきを見た。どうやら今日は息がピッタリのようだ。
無意識の発言だったのだろう。気付けば、まさきは「まずい」と言いたげな顔で明後日の方角を向いている。
「おいおいおいおい、ちょっと待ってくれよ! この攻城兵器の安全性って、そんなに信用できないレベルなの!?」
「心外でござるな~。逆さ花火は安心安全、バッチリガッチリ設計でござるよ?」
不意に流れてきた、謎の男性の声。
彼は俺達の後方にある壁に寄りかかっていた。いつの間に武器庫へ入ってきたのだろうか。逆さ花火に気を取られていたので全く気付かなかった……。
服装は、まさきや武士団員と同じ
「ど、どちら様?」
俺が恐る恐る尋ねてみたら、謎の男性ではなく、まさきが声を発した。
「父上……!」
「「父上!?」」
マリナと共に、ただ仰天。髪の色や質感くらいしか、まさきの父親らしい要素が無かったから。
「ついさっき、ぜくう殿とすれ違って、まさきが兵器庫に居ると聞いてね。てんじ様から許可が下りたんでござろう? 逆さ花火の開発責任者として使用手順のおさらいでもして進ぜようかと思い、足を運んだわけでござるよ」
話の内容は真っ当なはずなのに、どこか
「こちら、魔導からくり部隊の隊長にして拙者の父上……」
「
右手でピースサインを作り、幼子のように元気よく突き出した。ツッコミが追いつかない。
「なんか、めちゃくちゃノリが軽くない? スメラギの里の人っぽくないんだけど……」
俺のもっともな疑問に親子で答えてくれた。
「以前は口数が少なく真面目なお方だったのだが……」
「これこれ、我が息子よ。拙者は今でも変わらず真面目でござるよ~?」
「……異国へ出張して新たな文化に触れた際、いたく感銘を受け、現在のような振る舞いになってしまわれたのだ。父上としても魔導からくり部隊の隊長としても偉大なお方であり昔から変わらず尊敬しているが、惑わされる場面は劇的に多くなった……」
「まさきは、どちらかと言えばちょっとだけカタブツな性格だからねー。感受性を増した拙者に順応しきれないのも致し方なしでござるよ」
そう言って、まきりさんは哀愁を漂わせるまさきの肩を優しく叩いた。
「自分の親が豹変しちゃったら、誰でもそうなるんじゃないかな……」
俺の感想が、まきりさんに届いたかどうかは……謎のままでいいや。
場をかなり荒らされてしまった。マリナが仕切り直す。
「……話を戻しましょう。まきりさん、逆さ花火は本当に安全なんですね?」
「勿論でござるよー。実際に運用する機会がこれまでに無かっただけ。ちなみに試験運用もおこなったことは無いけど、理論上はマジのマジで安心安全。いつでもバッチシ攻め込めるでござる!」
――なんということだろう。途方に暮れた。申し訳なさの欠片も無く発言するまきりさんの態度も相まって、より一層に不信感が募る。
「ぶっつけ本番ってこと!? 危険な要素満載じゃないですか!! そりゃあ、まさきだって不安になりますよ!!」
「しかし父上に非は無い。重要機密であるが故、試そうにも試せなかったのだ。ひとたび運用すれば注目の的となってしまうのでな……」
「だとしても試運転はやっておくべきだったろー!?」
まきりさんに代わって弁解するまさきへ、俺は目を涙ぐませながら大声を浴びせた。
あまりにもとんでも無さ過ぎる事実の発覚。これにはマリナすらも頭を抱える。
「何も知らない方が、まだ気が楽だった……」
「済まぬ……。しかし危険を顧みる余地は無い……」
まさきを見ると、俺達に背を向けていた。
「執拗に姫を手に入れようとしたスサノオのこと。何をするのか見当もつかぬ。一刻も早く姫をお救いしなければならぬのだ……!」
焦りの声、微かに震える拳。みつね姫に対する想いは相当に強いようだ。
「まさき、悪かった。泣き言を吐いている場合じゃなかったな。作戦に従うと改めて誓おう」
「うーん……まだ怖い……」
などと呟くと、マリナが冷めた目で見つめてくる。少し本音が漏れただけなので許してほしいところだが。
「お前、『無謀なことには何度も出くわしてきた』とか言って息巻いていなかったか?」
「うぐっ……。わかったよ、もう何も言わないよ……」
俺は観念し、渋々答えた。往生際が悪いと受け取られたかもしれない。実際悪いが。
「いやぁ~……なんか、ごめんでござるよ?」
流石に空気を察したのか、逆さ花火を開発した本人が謝罪の言葉をくれた。でも今更どうしようもない。俺は気持ちを誤魔化すため苦笑いを浮かべるしかなかった。
逆さ花火の件はさておき。
不意にマリナが思い立つ。山吹色のジャケットの内側から、宝石のような物体を取り出した。それは俺もよく知っているもの。
「……そうだ。まさき、これを持つといい。魔力の塊である『ビット』だ。スサノオ軍との戦いできっと役に立つだろう」
「話に聞いた、セリアル大陸にだけ存在する魔力集合体とやらか……」
差し出されたビットは紅く角ばった形をしていた。まさきはこれをまじまじと見つめた。そして、まきりさんも。
「ほえー、これが魔力の塊でござるか。セリアル大陸に上陸する余裕はまだ無い故、よければ幾つか分けてほしいでござる」
「構いません。どうか研究に役立ててください」
「おお~! マリナ殿、恩に着るでござる! 貴重なサンプル、ゲットでござるよ~♪ ムフフ♪」
マリナはすんなりと承諾。数個のビットを手に入れたまきりさんは小躍りしている。
「あげてよかったの?」
「まさきのお父上なら悪用はしない……はず」
俺が訊くと、自信なさげに返事するのだった。
それはそれとしてマリナは、まさきに説明を始める。
「ビットについてだが、内包する魔力はエンシェントビットよりも遥かに少ないので危険性は、ほぼ無い。これさえあれば特殊な属性を持ち合わせた術技を発動できるように……」
途中、ハッと何かに気付く。
「……いや、待てよ。暴走したゾルクと交戦した時、まさきは既にそんな術技を使用していたな。分身を生み出す闇属性の剣術だった。あれはどういう仕掛けなんだ?」
「拙者が特殊な剣術を扱える理由だが、詳しい原理は不明なり。スメラギの里の中でも、似たような芸当が可能な者は少ないのだ。おそらくデウスという者の話どおり、リゾリュート大陸の人間の体内に融合しているであろうビットの魔力が要因なのかもしれぬ。それと、もう一つ。スメラギの里に古くから存在する秘伝の修行法の成果だという見方も強い……」
なるほどと聞いている内に、俺は興味をそそられた。思わず声に出してしまう。
「秘伝の修行法ってなんなの? 気になるなぁ!」
「残念だが教えられぬ。何せ『秘伝』なのでな……」
「そう言われると、もっと気になる……!」
まさきと同じくリゾリュート大陸の人間である俺も、その修行法を知ればビット無しで凄い術技を放つことが出来るようになるのだろうか。気になるところだ。と、いくら興味を示しても、まさきは微笑するだけで教えてくれそうにない。
「あ! まきりさんも知ってるんじゃないですか!? 教えてくださいよ~!」
「知ってるでござるが……耳に入れるだけでも死ぬほどしんどくて、想像するだけで吐きそうになるようなメニューでござるよ」
「えっ」
「それでも知りたいでござるか?」
「……あー、いやー、そのー……やっぱりいいです」
仕方なく、この好奇心は仕舞うことにした。
そんな俺の側では、まさきが頭を下げていた。
「マリナよ、有り難く頂戴いたす。丁度、戦いにおいての決定力を模索していた次第。拙者の内なる魔力とビットの魔力、二つ合わさればより凄まじい威力の剣術を披露できよう……」
「用心棒として協力は惜しまない。それに大切な姫君を、なんとしてでも助けたいだろう?」
何気なく返事をしたマリナ。すると突然、まさきの様子がガラリと変わる。
「い、いきなり何を申すか……!」
痛いところを突かれたかのような表情。一瞬だけ硬直した後、水色の目が泳ぎ始める。
「えっ? どうしてうろたえてるんだよ」
「あ……なんでもござらぬ……」
俺が尋ねても平静を装おうとするだけ。まるで失言でもしたかのように、首を横に振って取り繕う。
「あやしい」
俺は目をじぃっと細めた。まさきは顔を逸らす。……絶対に何か隠している。
疑う俺へ味方するかのように、マリナが追撃。
「私は『里にとって大切な』という意味で言ったつもりだったんだが。もしや、まさきはみつね姫のことが……」
「それ以上はならぬ……!!」
焦り、微かに頬を紅潮させての、間髪を容れずの制止。……つまりは図星ということ。
「なんだなんだ? 別に隠さなくたっていいじゃないか。っていうか、もうとっくに特別な関係だったりするの?」
「…………」
顔を下に向けたまま返事をくれない――などと思っていると。
「あぁ、そういえば姫様とまさきは
「父上!? そこは口を滑らせてはならぬところ……!!」
「なんで? 問題ないでござろうに」
まきりさんがポロッと言ってしまった。まさきは照れを無理に抑え込み、父親を睨んでいる。
「許婚ー!? ……って何?」
あからさまに驚いてみたものの意味を知らない。そんな俺に呆れつつ、マリナが教えてくれた。
「知らないくせに驚いたのか……。許婚とは、幼少時に本人たちの意思にかかわらず双方の親、もしくは親代わりの人間が合意で結婚の約束をすることだ。それにしても、姫君と許婚だったとは」
「てんじ様と拙者は幼馴染でね。まー色々あって、同じく幼馴染として育った姫様とまさきで許婚の約を結んだんでござるよ」
まきりさんは掻い摘んで教えてくれた。込み入った事情があるのかもしれない。
マリナは話題を続ける。
「まさきは、みつね姫と許婚であることが不満だから隠したいのか?」
「不満など断じて無い! むしろ……」
「むしろ?」
勢いよく否定したはいいが、その続きが出てこない。マリナが相槌を打っても時は止まったまま。
「…………さて、準備に赴くとしよう。お主達は作戦開始まで城内で待機していてくれ。では、これにて御免……!」
「えっ!? ちょっと、おーい!」
そして再び時が動き出したかと思えば、まさきは赤かった顔を無表情にし、作戦準備を口実にそそくさと兵器庫から退散していった。
俺の声すら振り切るほどの見事な逃走だった。そのおかしさに思わず笑ってしまう。
「……あははっ、逃げ足速いなぁ。俺、まさきのこと誤解してたかも。いつも怖い顔してるから性格も怖い感じなのかなって思ってたけど、そうでもないみたいだ」
「武士団長として職務に忠実なだけで、可愛い面もあるということだな。しかし許婚の話題は控えたほうがいいのかもしれない。あまり、まさきをからかってやるなよ?」
「はいはい」
すると、まきりさんも笑みを浮かべた。
「理解を示してくれて嬉しいでござる。あいつ、見た目だけだと『怖い』と思われ易いだろうから。ただひたすら己に厳しいだけで、本当は穏やかな心を持ってる良い息子なんでござるよ」
「へぇ~、やっぱりそういうタイプなんですね。なにかエピソードとかあるんですか?」
俺がそれとなく訊くと、彼は頷いてくれた。
「折角だし、お二方には少しお話ししようか。姫様のお母上が亡くなられた時のことからでよろしいかな?」
「それなら私達がてんじ王に謁見した際、姫君から直接うかがいました」
「ならば話が早い。……落ち込んだ姫様のお姿を見て『許婚である己が支えねば』と、まさきは幼いながら心身ともに鍛えることを決心した。死に物狂いで剣術の修行に何年も励み続け、めでたく免許皆伝。その腕前が認められたのと、有望な若者に次代を担わせる里の方針もあって武士団長に就任し……陰になり日向になり姫様を守護する道を選んだんでござる」
「そっか。だから、若いのに武士団長を務めてるんですね。立派だなぁ……!」
「まさきが努力する姿を里のみんなが何年も見守ってくれてたおかげで、あいつ本来の穏やかな性格は知れ渡り、今や里の中で怖がる者は皆無でござる。だからこそ外部の者と上手く交流できるかわからず心配だったけど……取り越し苦労だったみたいでござるね」
まきりさんはそう述べながら、俺達を見て微笑んだ。親としての心配事が解消できて嬉しいのだろう。
「ちなみにお察しの通り、まさきは姫様にベタ惚れでね」
やっぱりか。
「本人は恥ずかしがって隠してるんだけど、もう里中のみんなが気付いてて、敢えて黙って見守ってくれてるでござる。出来れば、お二方もそんな感じで温かく見守っててほしいでござるよ」
「はい! そりゃもう!」
「野暮な真似はしません」
本当のことを言うと、弄りたい気持ちが俺にちょっとだけ芽生えていたが、それは飲み込んだ。
「さーて、そろそろ持ち場に戻らねばいかんなー。というわけで、開発責任者として真剣に宣言していくでござるかね」
打って変わって、まきりさんは雰囲気を一変させる。
「……この蒼蓮まきり、普段は
深々と頭を下げ、まさしく真剣な態度を見せてくれた。ここまで言ってくれれば、信じてもいいかなという気になれる。
「最後に一言。……姫様のことも我が息子のことも、どうかよろしく頼むでござる。では、拙者はこれにてバイバイ!」
まきりさんも、俺達を信用するからこその言葉を添えてくれた。「二人とも無事に帰還させる」と、兵器庫を去る彼の背に誓うのだった。
話題も無くなり静寂が訪れる――と思っていると。
「ところで、お前に訊いておきたいことがある」
改まった様子でマリナが話しかけてきた。
「なんだよ急に?」
「ミカヅチ城には少なくとも二名のエグゾア六幹部がいる。奴らが私達に手加減する理由は、もう無い。本気で殺しにかかってくるだろう。それでも戦う勇気はあるか?」
「そりゃあ、あるに決まってるよ。みつね姫を助けるって決めたからには必ずやり通してみせる。キラメイだろうがボルストだろうが、なんでも来いって感じさ!」
――本音を言うと、自信が無い。とても恐ろしい。勝てる気がしない。
エグゾアと戦うのはもう嫌だ。特にキラメイとは。スラウの森で苦い思いをさせられたこと、忘れてなどいない。しかも、あの時のキラメイはデウスの指示を受けて手加減していた状態。だのに、俺はボロボロに負けてしまって……。
思い出すほど、事実を知るほど、自分の無力さに直面して足がすくむ。それでも俺は、がむしゃらに頑張らなければいけない。本心を押し殺してでも戦わなければ……。
「……無理だけはするなよ」
ふと、マリナは暗い表情で俺を見つめてきた。翡翠の瞳は微かに潤んでいるようだった。
「なに言ってるんだよ。無理なんてしてないさ!」
すぐに返事をしたが、それ以降マリナは口を開かなかった。本音を表に出さないよう必死に隠したつもりだったが、バレたのだろうか。
真偽を問うことなど出来ず、俺達の会話は終わりを迎えた。
ミカヅチの領域の内側。
吹雪という名の防壁に守られたミカヅチ城。配下の集落から少しばかり離れた、断崖絶壁の上に位置している。ひとたびこの城から落下してしまえば、まず命は助からないだろう。
「真っ先に謝らなければなりませんね」
「いきなり何を言い出す?」
ミカヅチ城の天守閣最上部で、魔剣のキラメイがみつね姫に問う。
「迎えが到着した時のことを考えておりました」
みつね姫は、二つある怪しげな装置の内の片方――四方を塞いだ透明な壁、計器類が設置された鉄の土台、配線や鉄の蓋で構成――に入れられ、じっと待っている。
「迎えだと? ふんっ、なかなか笑わせてくれるお姫様だ。恐怖に侵されたか」
「あの方々は必ずやって参ります」
キラメイは鼻で笑うが、みつね姫の意志は崩れない。
今度は、城主にしてミカヅチの領域の王であるスサノオが問い掛ける。
「へ、兵力差は激しい上、城内の守備は万全。おまけに、猛吹雪によってミカヅチ城そのものが守られているというのに。それでも来るとおっしゃるのですか……!?」
「はい」
おどおどするスサノオに対しても凛として肯定の意を示す。
赤く厳つい鎧と兜、一振りの太刀を身に付けた姿に似合わず、スサノオの声は所どころ裏返っていて心配の色を隠せていない。生まれつき眉尻が下がっているせいか余計に弱々しく見える。天守閣であるにもかかわらず鎧兜を完全装備しているのは、不安の表れなのだろうか。
次の瞬間。いきなり、ミカヅチ城全体に大きな衝撃が伝わった。遠いが、何かが爆発するような音も耳に入った。
「ぬぅっ、何事か」
「申し上げます! スメラギの攻城兵器により、我が城は侵攻を受け始めました!」
「な、なにぃぃぃ!! 攻城兵器とな!?」
スサノオが驚くのも束の間。衝撃による揺れは幾度にも渡ってミカヅチ城を襲う。被害報告のため伝令兵が各所から続々とのぼってくる。こんな事態、スサノオが予想していたはずもない。
「みつね姫! スメラギの里にそのようなものが存在するとは聞いておりませんぞ!!」
スサノオは即刻、みつね姫へと問い質す。……が。
「あらあら。わたくしも存じ上げませんでした」
知らなかったようだ。疑おうにも、嘘をついているような顔はしていない。スサノオは愕然とするしかなかった。たとえ知っていても言わなかったと思うが。
「くぅぅ~……! 全軍、直ちにスメラギの侵攻を食い止めよ!!」
集まった伝令兵に泣き声混じりで叫ぶ。
すると今度は、天守閣の真上から空気の振動する音が伝わってきた。
「大気の揺れが大きい。ここに落ちてくるようだな」
ボルストは腕組みをしたまま冷静に分析している。
キラメイも慌てていない。それどころか、とんでもない言葉を繰り出した。
「余興に丁度いい。攻城兵器か何か知らんが撃ち落としてやろう」
言うや否や。左手の平に闇の渦をつくり右腕を突き入れ、刃が∞の字に交差した黒の魔剣を引き抜く。そして下段に構えた。
「はああああっ……!!」
気合を込めるにつれ、魔剣からは膨大な量の闇のオーラが溢れ出る。そして全身を覆ってしまうほどに達した時、キラメイは天井の一点をキッと睨みつけ、剣技を放つ。
「
下段から勢いよく振り上げられた魔剣は衝撃波を生んだ。上部へ向かって突き進み、天井の板や
猛吹雪の影響すら受けずに進む衝撃波の先には、卵型をした橙色の攻城兵器が一つ。底部から炎を噴かせて不安定に空中を漂っていた。
「ククク、当たったな」
キラメイは天井に開いた穴から攻城兵器を目視し、不敵に笑った。それと共に衝撃波が目標へ命中。攻城兵器は落下予定地点だったであろう天守閣の最上部を逸れ、ミカヅチ城の庭園に墜落した。
「キラメイ殿! ミカヅチ城に傷をつけるとは酷いですぞ……!」
「ごちゃごちゃうるさいぞ、スサノオ。他の場所にはもう、あの攻城兵器がいくつも落ちているんだろう? 城の天辺に穴が開いただけで、ここの被害は最小限に抑えられた。むしろ喜んでほしいくらいなんだがな」
「ぐぬぅっ……」
返す言葉が見つからず、スサノオは口元を歪ませた。
キラメイの言う通り、剣技を放って攻城兵器――逆さ花火を迎撃していなかったら、今頃この部屋の床に俺達が足を付けていただろう。
「よもや本当にみつね姫を迎えに来ようとは。それもミカヅチ城の頭上より降り注ぐ形で……。スメラギの連中め、有り得ない! ふざけている!」
スサノオは身震いしながら憤慨した。極めて不安定な精神状態。激怒と焦燥が混在しているのである。
そんな彼のすぐそば。自らを閉じ込める装置の内側で、みつね姫は純粋な笑顔を見せて穏やかに呟くのだった。
「ほら、申し上げた通りにございましょう?」