Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第32話「鬼と桜」 語り:ゾルク

 戦場と化した天守閣の片隅でスサノオは縮こまっている。腰に下げた太刀も飾りに成り下がっていた。

 

「戦闘組織エグゾアの幹部達よ、早く戦いを終わらせてくれぇ……! このスサノオ、実戦はからっきしなのだ……!」

 

「ならば、貴様を地獄へ導くのは容易いな……」

 

 彼の前に立ち塞がっていたのは、まさき。両手で握った刀の切っ先をスサノオに向ける。

 

「ひぃっ!? お、お前はスメラギ武士団の若き(おさ)……! 何故こんな近くに居る!? 数多の兵が、このスサノオを囲んで守っていたはず……!」

 

「怯えるあまり気付かなかったのか? 全員、拙者が斬り伏せた。残るは貴様のみ……」

 

 スサノオは慌てて周囲を見回す。すると確かに、鬼面の兵達は一人残らず床に寝そべっていた。

 

「あ、あわわ……」

 

 ようやく現状を把握して、スサノオの全身から多量の汗が噴き出した。絶体絶命なのだから当然の生理現象である。

 

「姫を閉じ込めている、あの妙な機械……斬れぬほどに頑丈であった。故に直接、貴様へ命ずる。姫を解放せよ。大人しく従えば、命は取らぬと約束しよう……」

 

 そう告げ、透明な壁で覆われた装置を視線で示す。既に破壊を試みていたのだ。

 スサノオは返答せず、固まるのみ。

 

「伝わらぬならば言い換えて進ぜよう。即刻、姫を解放しなければ貴様を斬首(ざんしゅ)する……!!」

 

 刃を首元に突きつけ、脅しをかけた。……いや、脅しではない。まさきの目は本気。いつでも斬り落としてやる、という気迫に満ちている。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第32話「鬼と桜」

 

 

 

「……そうはいかぬ! いかぬのだ!!」

 

 しかしスサノオは従わなかった。それどころか反抗する始末。赤い鎧の隙間から白い煙を噴き出し、まさきの顔面を襲ったのだ。

 

「くっ、視界が……!? 煙幕とは姑息な……!」

 

 たまらず、まさきは刀をどけてしまう。そしてスサノオは溢れる煙に紛れた。

 

「い、今の内……! これだけ時間が経過したのだ、装置の起動も完了しているはず……!」

 

 煙幕は俺達の方には届かず、まさきの周囲だけを包んでいる。けれども俺とマリナはそれぞれの戦いに集中しており、この事態に気付いていなかった。

 姿を隠したスサノオは、とある場所へと逃げ込んでいた。そこは、みつね姫を閉じ込めた装置に隣接した、もう一つの装置の中。みつね姫側のものと同じ仕様だ。二つの装置は鉄の蓋から伸びた数本の配線で接続されている。

 

「スサノオめ、どこへ消えた……!」

 

 まさきを包む煙幕は徐々に薄れてきたが、未だに視界は悪いまま。

 スサノオは煙幕が完全に晴れる前にと、装置の内側で急ぎ何かを操作していた。すると低く鈍い機械音と共に装置が動き始める。

 

「な、何を……なさるのですか……!?」

 

 恐る恐る放たれた、みつね姫の不安。それはとても小さな声。誰の耳に入ることも無かった。

 

「ようやっと秘宝が……『治癒の魔力』が手に入る! このスサノオの悲願が叶う瞬間である……! お、お前達! しかと目に焼き付けるがよい!」

 

 スサノオから吐き出された、悪意と欲望の詰まった文言。それがまさきに届いた頃には煙幕が晴れ、天守閣の全体を視界に捉えられるようになった。

 ……そう、よく見えるようになってしまったのだ。

 

「あああああああ!?」

 

 不気味な機械音を放ちながら稼動する装置と、悲鳴を発するみつね姫の姿を。

 

「姫っ!? 姫っ……!!」

 

 装置の影響なのだろうか。着物を幽霊のようにすり抜け、みつね姫の胸元から封印護符が浮かび上がる。そして息つく間も無く木端微塵に。彼女に眠る治癒の魔力の解放を意味していた。

 この光景を目の当たりにしたまさきは放心しかけるも、辛うじてみつね姫を案じることは出来た。しかし彼女は応答可能な状態ではない。

 みつね姫とスサノオをそれぞれ内包した二つの装置。透明の壁の内部は次第に淡い紫の光で満たされていく。最終的に中の様子は確認できなくなった。

 

「ぎゃああああ!? こ、これで不死身だ! このスサノオは不死身になるのだぁぁぁ!! ぎょうおおオオオオ……!!」

 

 望んで装置に入った当人も痛みに耐えられていない。しかし不死身とは……?

 異常な事態が起きていることに、俺とマリナはようやく気付いた。キラメイ、ボルスト両名からの攻撃をいなしながら装置の方を見る。

 

「ウオオオオオ!!」

 

「なんだ!? あんなモンスター、さっきまで居なかったのに! ……もしかしてスサノオなのか!?」

 

 俺が見たものは……消えていく紫の光。透明な壁の中で横たわるみつね姫。そしてモンスターと化し、自身を内包していた装置を内側から破壊して雄叫びを上げるスサノオの姿だった。

 真っ赤に変色すると共に巨大化した身体は、纏っていた鎧兜や太刀を弾き飛ばしていた。眉尻のつり上がった金色に光る眼、見るからに凶悪な豪腕と爪。額の左右からは上方に向かって二本の角が飛び出している。口からは鋭い牙が生え、その姿形はまさにオーガタイプのモンスター。

 

「鬼の魔物に変化(へんげ)するとは……! スサノオよ、姫に何をした……!!」

 

 まさきは血相を変えて尋ねたが、スサノオが返答する様子は無い。モンスター化したのが原因で自我を失ってしまったのだろうか。

 丁度この時。壊れた装置を眺めながら、マリナはある予想を立てていた。そして考えが纏まったところでボルストに問う。

 

「まさかとは思いますが……あの奇妙な装置を使って、みつね姫に宿る治癒の魔力を奪い取ったというのですか!?」

 

「……お主は察しが良いな。その鋭さを称え、少し教えてやるとしよう」

 

 どういう風の吹き回しだろうか。意外にもボルストは答える姿勢を見せた。

 

「まず一つ。先ほど尋ねてきたスサノオの兵のことだが、お主の考えた通りだ。スサノオの願いを成就(じょうじゅ)させるための一因として、兵にはビットによる強化改造を施していた。アムノイドとならない程度のささやかな改造をな。だが時空転移の光との関連性については、わしも知らぬ」

 

 マリナの予想は的中。やはりビットが関わっていたようだ。

 

「そしてもう一つ。わしらは、とある任務のため実験体を探していた。その中でリゾリュート大陸に赴きスサノオと出会ったのだ。心身の貧弱なこやつは不死身の肉体を夢見ており同時に、スメラギの里の秘宝である姫君にも興味を示していた。そこへわしらエグゾアが付け入ったのだ。『スメラギの秘宝を手に入れれば不死身になれる』と(ささや)いてな」

 

「だからスサノオはみつね姫を……! しかし本当に不死身になったのですか? 身の丈に合わない魔力を吸収したせいで、ただモンスターに変貌してしまっただけのように見えますが」

 

「お主の見解通り。不死身になど、なれるわけがなかろう。スサノオはわしらに騙されたのだ。欲に目が眩み自我を喪失した哀れな実験体よ。おかげで、わしらは任務を達成できたのだがな」

 

 ボルストはスサノオを蔑むと同時に、任務の完了を喜んでいた。

 それにしても得体の知れない任務である。俺は不気味に思いながら訊いた。

 

「実験体が必要な任務だなんて、お前達は何をしようとしてるんだ!?」

 

「教えてやるわけにはいかないな。……そんなことよりスサノオを放っておいていいのか? 今のあいつは、そこらのモンスターなど目じゃないほどの力を持っているぞ」

 

 ……確かに、キラメイが二言目に付け加えた通りである。

 変わり果てたスサノオからは外見の迫力どおりの、尋常ではない程の力を感じた。しかも、みつね姫の治癒の魔力を奪ったということは受けた傷を治す能力を持っている可能性が高い。想像以上に厄介な敵が誕生したかもしれないのだ。

 

「はあぁ……あぁ……ぁ……」

 

 治癒の魔力を強引に抜き取られ、衰弱したみつね姫。装置の中で倒れたまま金色の眼に捕捉されてしまう。

 スサノオは並々ならぬ筋肉で盛り上がった右腕を掲げた。

 

「はっ!? ならぬ、スサノオ……!!」

 

 次なる行動に気付き、まさきは食い止めようと足を踏み出す。

 

「姫に……みつねに近づくでない……!!」

 

 しかし間に合わず。

 右腕は当たり前のように振り下ろされ、指先の鋭利な爪にて透明の壁ごと――

 

 

 

 緋色を切り裂いた。

 

 

 

「みつね……みつねぇぇぇぇぇ!!」

 

 まさきの絶叫が響く。天守閣の隅々に。

 みつね姫は悲鳴をあげない。代わりとして、傷口から血の飛沫。鮮やかな緋の着物を地獄の(あか)で染めていく。

 

「みつね……!! みつね!! みつね!!」

 

 装置に捨てられた身体を抱き寄せ、まさきは何度も名を叫ぶ。……彼女の目は閉じたまま。

 

「スサノオ……この外道めが……!!」

 

 当のスサノオはみつね姫を裂いた直後、無差別な破壊活動に転じていた。

 ――そう、無差別。大切に扱っていたミカヅチ城を躊躇(ちゅうちょ)なく壊している。無論、敵味方の区別も無い。俺やマリナはおろか、頼りにしていたはずのキラメイやボルストに対してもその爪を光らせ、額の二本角で威嚇し、豪腕を振り回していた。

 そして予想通り、治癒の魔力は発動した。斬撃や魔力弾で迎え撃っても、スサノオの赤い肌に生じた傷は恐ろしい早さで治っていく。

 

「とてつもない再生力だ……! まさき、束になって攻撃を!」

 

 ところが、マリナの提案はすぐに蹴られてしまう。

 

「手出し無用なり。スサノオは拙者の手で、この世から抹消してくれる……!!」

 

 まさきは頭に血を上らせており、外野の意見を聞く耳など持てない様子。

 腕の中のみつね姫を床に優しく寝かせ、ゆらりと立ち上がった。

 

「はあああ……!!」

 

 そしてスサノオ目掛けて風よりも速く駆け抜ける。

 

闇殺刃(あんさつじん)……!」

 

「オオオオオ!?」

 

 上方から下方に向け、牽制の意味も込められた一太刀をスサノオに。その直後、左手の平を突き出して黒い闇の波動を放ち追い討つ。

 大した威力ではないようだが、それで充分。怯み、大きな隙が生じている。

 

氷霧刻閃刃(ひょうむこくせんじん)……!!」

 

 勿論まさきは、その隙を突く。

 刀を振り上げて赤い表皮にかすらせると同時にスサノオの全身へと冷気を浴びせた。すると足元から氷結が始まり、あっという間に氷塊と化した。まさきはこれを神速の太刀捌きで斬り刻み、氷の欠片を辺りに撒き散らす。鬼気迫る表情で巨体の肉を削り取っていったのだ。

 ……ここまでしてもスサノオは倒れない。大ダメージを負わせたのは確実なのだが、やはり治癒の魔力が邪魔をしている。

 

「ウウ、オ、オオオ」

 

「しぶとい。ならば奥の手なり……!」

 

 途切れ途切れの(うめ)き声をあげるスサノオを睨み、まさきは懐から何かを取り出した。――事前にマリナが手渡していた『ビット』だった。

 

「成敗いたす……!」

 

 上空に放り投げて即、真っ二つに。するとビットは山吹色の光となり刀身へ吸い込まれていく。そして一旦、刀は左腰の鞘に収められる。鯉口(こいぐち)からは山吹色の眩い光が漏れ始めた。

 

瞬閃(しゅんせん)

 

 床が抜ける寸前まで踏み込み、右手で握った刀を神速の如く引き抜く。鞘から現れた刀身は輝きを放ち、一瞬だが、まさき以外の全ての者の視界を純白とも黄金とも言い難い一色に塗り替えた。

 

桜吹雪(さくらふぶき)……!!」

 

 ――元の景色ではスサノオが立ち尽くしていた。三日月を模した光る斬撃の軌跡で胴体を貫かれて。声は無く、巨体は小刻みに揺れ、その場を一歩も動こうとしない……いや、もう動けないのだ。

 渾身の踏み込みを決めていたまさきは、いつの間にかスサノオを通り過ぎ、刀を振り切った状態で立ち止まっている。

 

「その命、桜と共に散らすがよい……!!」

 

【挿絵表示】

 

 刀を素早く左右に払い、納刀(のうとう)切羽(せっぱ)が鯉口に触れた時、スサノオを貫いた斬光の軌跡は細かく飛散し、まるで桜の花弁が吹雪(ふぶ)くかのように激しく宙を踊る。そしてスサノオは貫かれた胴体から(おびただ)しい量の出血を伴いながら、その場に崩れた。……血は赤色のままだった。

 スサノオを倒したことで、まさきは少しだけ冷静さを取り戻せたらしい。即座にみつね姫の元へと戻り、傷口に手をかざす。

 

治癒功(ちゆこう)……! ……よし、まだ息はある……!!」

 

 みつね姫は生きている。しかし呼吸は荒い。まさきの治癒術では焼け石に水なのだ。早急に本格的な治療を施さなければ助からないだろう。

 状況を見極めたまさきは、みつね姫を抱きかかえて号令を出した。

 

「ゾルクにマリナよ。姫の容態は一刻を争うため、これよりミカヅチ城を脱出する! エグゾアとの因縁に水を差すが、どうか許したまえ……」

 

「構わない。元々、みつね姫を救出しに来たんだからな」

 

 すぐに反応したのはマリナだった。戦闘態勢を解き、ボルストからの逃走を図る。

 

「師範。失礼ながらこの勝負、預けさせて頂きます」

 

「このわしが、すんなり見逃すと思うておるのか?」

 

「いいえ。……トマホークレイン!」

 

 マリナは二丁の無限拳銃を真上に伸ばし、魔力の散弾を発砲。天守閣の天井を突き抜けて上空へ到達した。そして散弾は分裂し更に広範囲に拡散。再び天井を破って雨のように降り注ぐ。

 

「ぬぅっ、弾幕を張るとは!」

 

 このトマホークレインは攻撃目的ではなく、足止め用に放たれたもの。魔力弾が分裂していく銃技のため威力も分散してしまうが、こうも無造作に降り注がれては流石のボルストでも避け切れない上に、鋼体バリアも効力を一時的に失ってしまう。彼は、やむを得ず両腕で防御して散弾の雨を凌ぐしかなかった。そしてマリナは無事にボルストの間合いから逃げることが出来たのだ。

 

「よし、俺も!」

 

「おっと、簡単には逃がさんぞ。お前と剣を交えられる絶好の機会、まだまだ楽しみたいからな!」

 

 マリナに続こうとしたが、キラメイに行く手を塞がれて鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。

 いま背を見せれば追い討ちをかけられるだろう。かと言って他の二人に助けてもらっても、その間にボルストが動けるようになり誰も逃げられなくなってしまうかもしれない。

 

「くそっ! 戦ってる場合じゃないってのに……!」

 

 時間が無い上に逃走も困難。追い詰められる中……また一つ問題が生じてしまった。

 俺の後方を見てキラメイが笑う。誰よりも早く『問題』に気付いたのだ。

 

「……ククク。人気者だな、救世主」

 

「なんだ? 急に暗くなって……違う、これは影!?」

 

 異変を察知した俺は、どうにかキラメイの魔剣を押し退けて振り向く。そこには、つい先ほどまさきに討たれたはずの、二本角を生やした赤い巨体のモンスターが。

 

「オオオ……オオオ……」

 

 息も絶え絶えに血まみれの状態で立っていた。金色の眼も朦朧(もうろう)としているかのように淀んでいる。

 

「スサノオ!? まさきがやっつけたはずなのに!」

 

「拙者の渾身の秘奥義を受けて、なお動けるとは。正真正銘の化け物か……!」

 

 立っていられるのは、みつね姫から奪った治癒の魔力のおかげなのだろう。だが、まさきが見舞った怒濤の術技連携によって魔力は底をついたらしい。傷がそのまま残っており再生する様子も無いのが証拠だ。

 ……みつね姫をひどく悩ませたほど強大だった魔力が意外にも簡単に尽きてしまった、という点は少々引っかかるが……何にせよ不幸中の幸いである。

 

「ウオオオオ……!」

 

「何するんだ!? 放せ! 放せよ!!」

 

 驚くのも束の間。赤い巨体に残った力を全て使い、太い両腕で瞬時に俺を掴むと天守閣の壁へ突撃を始めた。

 

「これって、もしかして……!?」

 

 スサノオの、最後の足掻きである。

 記憶が正しければ、このミカヅチ城は断崖絶壁に位置している。そんな城の最上部から飛び降りてしまえば……。

 

「放せ!! 放せってば!! 道連れなんか嫌だ!!」

 

 豪腕の中でじたばたするが解放してくれるわけがない。

 マリナとまさきは助けようと考えてくれたが……。

 

「……駄目だ!」

 

「間に合わぬ……!」

 

 俺達と壁は近すぎた。無限拳銃の狙いを定める時間も、一度みつね姫を下ろす時間も無かった。

 そしてスサノオは体当たりをかまし……見事に壁を突き破ってしまう。

 

「うわあああぁぁぁ!?」

 

 俺は捕まったまま落下。驚愕と恐怖で絶叫するが、城外で吹き荒れる猛吹雪に虚しく掻き消された。

 壁に大きく開いた穴から吹雪が入り込む。それでも構わずマリナは外に向かって叫んだ。

 

「ゾルク!! ゾルクーッ!!」

 

 凍えるほど激しい雪と風は、まるで哀れんでいるかのように鳴くのだった。




(絵:まるくとさん)

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