Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第33話「重なる軌跡」 語り:マリナ

 雪と風が吹き荒ぶ中、スサノオとゾルクは落下する。しかし道連れを図った当人は天守閣の壁を突き破った時点で事切れたので、徐々に光の粒となって消滅していった。そのためゾルクは解放されたのだが……状況が変わるわけではない。

 

(死にたくない! しかもエンシェントビットを埋め込まれたまま死ぬなんて、まっぴらだ! 俺は生きて、普通の身体に戻りたい。こんな終わり方は嫌だっ……!!)

 

 歯を食いしばるも、吹雪に抱かれて凍えながら無力に宙を舞うしかない。切実な思いだけが膨らみ心を取り巻いていた。

 ――程なくして。願いが届いたのか、ゾルクに希望の光が差す。

 

「なんだ、あれ……」

 

 遠方より何かが飛来してくるのに気付く。ミカヅチ城……いや、彼が落下する空域へ向かって一直線に。それはみるみるうちに大きさを増していき、やがて雪の色に似た白銀の実体を捉えられる程となった。

 

「鳥……?」

 

 当初、ゾルクはそう思った。だが、ただの鳥と認めるにはあまりにも巨大。翼を広げたその姿は、とてもではないがミカヅチ城には収まりきらないほど。それに動物やモンスター特有の生気も感じられない。

 角張った胴体の左右から生えた立派な翼。真っ直ぐ前方に伸びた首や、三方向に長い尾羽。前に三本と後ろに一本、計四本の爪を持った二つの足。これらの特徴から、鳥類以外の何ものでもないはずなのだが。

 巨鳥は、吹雪に弄ばれるゾルクの下方を目掛けて急接近……するや否や、彼の落下に合わせて絶妙に速度を落とし、なんと接触。吹雪を物ともせず段々と空中停止するという離れ業を披露し、白銀の背中をクッションと化して見事にゾルクを受け止めてみせた。

 

「……おっとぉ!?」

 

 また吹雪に飛ばされるのはごめんだ。その一心で力を振り絞り、かじかんだ手で巨鳥の背中にしがみついた。

 

「た、助かった……のか? っていうかこの鳥、機械だ……!」

 

 密着している今なら判別できる。やはり生物ではなかった。強固な金属で建造された人工物である。

 それによく見ると翼の付け根には二対の可変板が設置されており、間から青白い光を物凄い勢いで放出している。もしや光の噴射によって飛行しているのでは、とゾルクは推測するのだった。

 しがみついていると巨鳥から声が響いてきた。拡声器を介し、吹雪に負けない音量となっていたので聞くのに支障は無かった。

 

「ったく、どうして崖から落っこちてんだよ? 相変わらず無茶やってるらしいな、救世主」

 

 ――いつかどこかで耳にしたことがある青年の声。ゾルクはその正体に、すぐ気付いた。

 

「あ!? もしかして、お前は……!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第33話「重なる軌跡」

 

 

 

「スサノオめ、まさか俺の獲物を横取りするとは……最期までいけ好かない奴だった。流石の救世主も今度ばかりは生きていないだろうな」

 

 壁に開いた大穴を眺め、不機嫌となったキラメイが愚痴を零す。スサノオの道連れ行為は予想外だったのだ。

 過ぎたことは仕方がないと考えたのか、戦意の矛先を私達に変更した。

 

「あとはお前達か。救世主ほど楽しませてくれるかどうかは知らんが、せいぜい健闘してくれよ」

 

「くっ……! これではゾルクの心配はおろか、私達が脱出できるかどうかも危うい……!」

 

 つまらなさそうに魔剣を構えるキラメイへと、二つの銃口を向ける。そして師範の状態を確認すると……私の銃技による足止めは効果を失い、自由に動けるようになっていた。

 まさきはみつね姫を庇いながら戦わなくてはならず、私も彼をフォローするしかない。圧倒的に不利である。せめて、ぜくうさん以下スメラギ武士団の面々がこの場に到着してくれればありがたいのだが、残念ながら現れる気配は無い。

 

「俺を満足させられなくとも、あの世では救世主が待っている。安心して後を追え」

 

 師範は無言だが、キラメイは挑発的な言葉を私達に浴びせる。本気で殺そうとしているのだ。その証拠に、彼が発する殺気はとどまる所を知らなかった。

 ついに六幹部の二人が距離を詰めようと一歩踏み出した、その刹那――矢のように勢い良く飛んでくるものがあった。

 

「勝手に殺すなっ!」

 

 先ほどもこの天守閣に轟いていた、あいつの声である。

 私は表情を晴れさせ、名を叫んだ。

 

「ゾルク!」

 

「何っ!?」

 

 キラメイは動揺して足を止める。そして次に見るのは、紅蓮。

 

炎龍天覇(えんりゅうてんは)ぁぁぁ!!」

 

 激戦によって穴だらけになった天井から、ゾルクが登場。爆炎を纏わせた両手剣を突き出し、炎を広げながら上空から師範とキラメイ目掛けて突撃。二人は回避せざるを得ず、早急に横方向へ跳躍した。

 私達の盾となりつつ戻ってきたゾルク。彼の背中は、いつになく頼もしかった。

 

「ゾルクよ、無事であったか……!」

 

「幽霊じゃないだろうな?」

 

「生きてるってば! ……諦める直前だったけどね」

 

 驚きを隠せないまさきと私に対し、ゾルクも冷や汗を拭いながら胸の内を明かす。

 一方で、無事を喜ぶ人間がもう一人。

 

「……ククク。救世主、お前はつくづく楽しませてくれるな。だがスサノオと共に落下したはずが、どうやってここまで戻ってこれた? しかもミカヅチ城の真上からとは。翼でも生えたのか?」

 

 キラメイの言う通り、ゾルクの帰還には謎が多い。この疑問について彼は、よくぞ訊いてくれたと言いたげに口元を緩め、自らが降ってきた天を指差して叫んだ。

 

「あれを見ろ! 六幹部のお前達なら知ってるはずだ!」

 

 天守閣にあいた大穴から覗くもの。それは、雪風が乱暴に巡る寒空を素知らぬ顔で飛行する白銀色の巨鳥であった。

 しかし悪天候の中を安定して飛べる鳥など常識的に考えれば存在するはずがない。とすれば、あの巨鳥はなんだというのか。

 正体にいち早く気付いたのは師範だった。

 

大翼機(たいよくき)ザルヴァルグだと!? まだ運用されておらぬはず。何故このような所に……!」

 

 目を丸くする師範が放った『大翼機ザルヴァルグ』という呼称。聞き慣れない名前だが師範の口振りから察するに、あれはエグゾアの所有物らしい。

 ザルヴァルグは高度を下げ、天守閣の屋根を二つの足で掴み半壊させつつ強引な着陸に及んだ。もちろんミカヅチ城に影響はあり全体が大きく揺さぶられる。が、城そのものの強度は充分だったらしく倒壊には至らなかった。

 次に、ザルヴァルグの首元辺りに設置されたスロープが下がり、奥から何者かが現れて私達を見下ろす。――黒と灰を基調とするパイロットスーツを着用した、暗めの短い茶髪と黒い眼を有する青年であった。首に緑色のスカーフを巻いており、頭にはゴーグルを着けている。

 

「エグゾアの重要機密が、どうしてリゾリュート大陸の空を飛んでるのかって? 知りたいんなら答えてやってもいいですよ、六幹部のお二人さん」

 

 不良じみた顔付きと粗野な雰囲気の口調。この青年には覚えがあった。

 

「お前は確か、アシュトン・アドバーレ!」

 

 正体に気付いた私の隣で、まさきが訊く。

 

「知り合いか……?」

 

「以前、交戦したことのあるエグゾアの構成員だ。しかし、どうしてミカヅチ城に……」

 

 アシュトンの出現は六幹部の二人にとっても寝耳に水のようだ。眉をひそめたキラメイは見上げながら問う。

 

「ただの下っ端が、どういうつもりだ?」

 

 キラメイの声色は穏やかではなく、まるで脅しているかのよう。だがアシュトンは気にすることなく堂々と述べる。

 

「ゴウゼルで秘密裏に建造されてた試作機を、ちょいと掻っ払っただけですよ。んで、リゾリュート大陸までお空の散歩と洒落込みたくなっちまいまして。こいつの整備員として働いてる内に魔が差した、ってところですかね。とにかくザルヴァルグは俺の所有物になってます。……あー、そうだ。念のため言っときますけど返しませんぜ。お二人が土下座して頼み込んだとしてもね」

 

「御託が多いぞ。つまりお前はエグゾアを裏切ったんだな? なかなか大胆なことをする……!」

 

 何故かキラメイはニヤリと笑った。組織の非常事態ですら、彼にとっては娯楽の一種なのだろう。

 

「そのような反逆行為の後、よくもおめおめとわしらの前に出てこられたものだ。お主、覚悟は出来ておろうな」

 

 師範はじろりと睨みつけ、両の拳を体術の構えの位置に持って行く。

 しかしアシュトンは狼狽(うろた)えない。それどころか悠然たる態度で立ち尽くしたままである。彼の余裕の源とは。

 

「ええ、俺は覚悟できてますよ。でも……」

 

 そこまでを伝えると、私達とも六幹部とも違う新たな人物に言葉を渡す。

 

「そちらの覚悟はよろしいですか?」

 

 引き継いだのは意外な……とても意外な人物だった。

 

「……何っ!? この声は、もしや!!」

 

 途端、焦り始める師範。穏やかでありながら深みのあるその声は、私にとって久々に耳にするもの。

 

「同時に攻め立てましょう。二人とも、よろしいですね?」

 

 ザルヴァルグの奥から現れた、眼鏡をかけた銀髪の男性。フード付きの紺のローブに袖を通し、ビットの装飾が施された魔本を左手に抱えている。

 

「わかりました!」

 

「りょーかいよ!」

 

 更に彼の両脇には二人の女性の姿が。一人は、朱の衣を纏い桃色のポニーテールをなびかせる可憐な弓使い。もう一人は麗しい真紅の長髪を持ち、身の丈以上もある巨大な絵筆を携えた異彩の画家であった。

 ……この三人の正体、知らないわけがない。

 

風塊(ふうかい)(はつ)。空虚よ弾け飛べ」

 

「当たって!」

 

「いっけー!」

 

 各々、狙いを定める。

 

「エンプティボム」

 

雷駆閃(らいくせん)!」

 

魔神線(まじんせん)ー!」

 

 空気を極限まで圧縮して炸裂させる風属性の魔術、雷のようにジグザグな軌跡で駆ける矢を放つ弓技、絵具の波を飛ばして遠距離から攻撃する筆術を繰り出した。

 師範とキラメイは動揺を隠せず回避行動が遅れてしまう。

 

「まさか、お主らまで同乗しておるとは……! 集中攻撃を受けてしまっては、わしの鋼体バリアも役に立たぬ」

 

「何が『お空の散歩』だ。アシュトンめ、とんだ土産を乗せてきたもんだ」

 

 奇襲は成功。師範達に確かな手傷を負わせることが出来た。

 

「ソシア、ジーレイ、ミッシェル……!」

 

 大切な仲間との再会。喜ぶ心を抑えきれず無意識に三人の名前を呼んでいた。

 ――しかし直後に気付く。喜ぶ資格があるのだろうか、と。私は皆を傷つけてしまったのだ。今さら顔向けなど……。

 

「マリナさん、お久しぶりです」

 

「見ない間に随分変わっちゃって! ……って、ゾルクと同じで何も変わってないわね」

 

 意に反し、笑顔で迎えてくれた。以前と同じ態度で接してくれるソシアとミッシェル。私を怨んでいないのか、それとも心の奥底でぐっとこらえているのだろうか。

 

「世間話は後で。おおよその事情はゾルクから聞きました。ザルヴァルグに乗り、速やかに脱出しましょう」

 

 ……ジーレイの指示が割り込み、私の思考は途切れた。

 確かに立ち話をしている状況ではない。余計な考えは振り払おう。まさきの腕の中では、みつね姫が生死の境を彷徨(さまよ)っているのだから。

 ザルヴァルグのスロープから鎖の梯子(はしご)が下ろされた。すぐに近付こうとしたが。

 

「そうはいかぬ! ザルヴァルグを、お主らの手に渡ったままにはさせておけぬのでな!」

 

「まだ戦い足りないぞ! せっかく戻ってきたんだ、俺と戦え救世主!!」

 

 師範とキラメイは傷付いても尚、行く手を阻む。私達を梯子に到達させまいと迫った。

 

「こっちに来るなよ! くそっ、しつこい奴らだな……!」

 

 やむを得ずゾルクは両手剣を握り直した。が、何もせず終わることになる。

 

「……六幹部が相手では、力を出し惜しみするわけにはいきませんね。とっておきを披露して差し上げましょう」

 

 ジーレイは左手に持った魔本を開き、本の外装に装飾されているビットを輝かせた。そして魔本のページに右手を添えて魔術の詠唱を開始する。

 彼の足元で、いつになく複雑に書き込まれた魔法陣が展開。神々しさと禍々しさ、相反する要素を含んだ純白の光が発せられる。

 

「虚無の絶望はここにあり。夢、希望、幻、(ことごと)く朽ち果てよ」

 

 光と共に、おどろおどろしい気配がジーレイを包み込む。彼の魔術詠唱時にこのような気配を感じたことなど、私は今までに一度も無い。まるで絶対的な意思が働き、世界からジーレイ以外の物体・物質を完全消去しようとしているかのようであった。

 

「ドリーム・オブ・カオス」

 

 考えを巡らせている内に、ジーレイは魔術を発動した。その威力は凄まじいの一言。

 周囲の空間がどこからともなく歪み、渦を巻くように音も無く捻れる。ミカヅチ城の内装が円形に……いや、球形に切り取られて湾曲していく景色が目の前に広がったのだ。

 球形の捻れは無数に生じ、師範とキラメイを少しずつ取り囲んでいく。果てには一つの巨大な半球を成そうとし始めた。

 

「なんと……歪ませた空間ごと万物を抹消しておるだと!? これが、かつての魔皇帝の本気だというのか!」

 

 あの師範が本気で焦燥している。球形の捻れの変化をよく見ると、その理由が理解できた。

 丸く削り取られた城の一部が渦巻く捻れの中心に吸い込まれ、綺麗に消えていっている。捻れ続ける空間自体も、その中心に引き寄せられているように見える。まさに師範の言葉通り、この魔術は空間ごと全てのものを抹消しているのだ。

 あともう少しで師範とキラメイは逃げ場を失い、静かなる半球状の抹消行為に巻き込まれる。そうはいくまいと二人は無数の捻れを掻い潜り、巨大な半球からの脱出を試みた。

 

「ちっ、分が悪いな。本意じゃないが退くしかないか」

 

 辛くも魔術の範囲外へ逃げ切った二人。彼らには、もう戦う意思は無かった。負傷した今の状態ではジーレイに勝てず、ザルヴァルグの奪還もままならないと判断したのだろう。

 無数の捻れは最終的に隙間の無い半球を形作り、更に大きく渦巻いて捻れると共に内部の物体を跡形もなく抹消。これで魔術は終わりを迎え、空間の捻れもゆっくりと元に戻っていった。後に残されたのは、ところどころ不自然に丸く削られた壁や柱、天井のみである。

 六幹部の二人は、いつの間にか姿を消していた。隙を狙って襲い来るような気配も無い。完全に撤退したようだ。

 恐るべき威力を有した静寂の魔術。その一部始終を目の当たりにしたゾルクは呆然としている。

 

「凄いとしか言えない……。ジーレイ、こんな魔術が使えたなんて」

 

「これが僕の秘奥義です。……いいえ、そんなことよりも早くザルヴァルグへ」

 

「わ、わかった!」

 

 ゾルクはすぐさま鎖の梯子を登る。私とまさきも続きザルヴァルグへと乗り込んだ。

 するとそこへ慌ただしくやってくる集団が。

 

「団長! ようやっと参りました! 下の階は全て制圧完了にござります!」

 

 ぜくうさん以下のスメラギ武士団が天守閣の最上階に到着したのだ。けれども、壊れた装置や白銀の巨鳥、ボロボロになったこの部屋をぽかんと眺めるしかなかった。

 

「……これはどういった状況で?」

 

 ザルヴァルグのスロープから、まさきが応答する。

 

「時間が無いため掻い摘んで伝える。スサノオは死に、野望を阻止したのだが姫のお命が危険にさらされている……」

 

「なんと、姫様のお命が!?」

 

「拙者は直ちに、この機体でスメラギ城を目指す。ぜくうよ、済まぬが後を頼む……」

 

「わからぬことも多いですが、御意(ぎょい)! 後始末はお任せ下され! 事が済み次第、我らも逆さ花火にてスメラギ城へ帰還いたします!」

 

 ぜくうさんは動揺を残しつつも、まさきの指示を受け入れた。切り替えの早さは、さすが副団長と言うべきである。

 

「もういいか? んじゃ、とっとと行くぜ」

 

 操縦者であるアシュトンの言葉と共に、下がっていたスロープがゆっくりと戻る。そしてザルヴァルグは青白い光を噴射し、ミカヅチ城を発つのだった。

 

 

 

 白銀の翼で吹雪を切り裂き、巨鳥は空を往く。

 この空飛ぶ乗り物は先端部が操縦席となっており、アシュトンは四角い操縦桿を握って飛行を安定させている。操縦席周辺には、外を広く見渡せる特殊なモニターや多くの計器類も設置されていた。

 後部は通常の座席スペースとなっている。機体の外観から予想するよりも広く、私達八人を余裕で収容。さらに数十人乗せても問題なさそうな程だった。

 

「うっ……うぅ……」

 

 座席を倒して用意した即興の寝床に寝かせられている、みつね姫。意識を取り戻したようだ。

 

「姫! お気付きになりましたか……!」

 

「まさ、き、様……?」

 

 自らの傍らで膝を突くまさきを目にし、みつね姫は半身を起こそうとした。が、それが叶うほど体力は戻っておらず寝そべったままの形に。そして一度、大きく深呼吸して感謝を述べた。

 

「……わたくしは、生きているのですね。ありがとうございます」

 

 しかし、まさきの表情は暗い。

 

「拙者が不甲斐ないばかりに、大怪我を負わせてしまいました……」

 

「まさき様のせいではありません。それよりもあなたが、ご無事で……何より……」

 

「……姫!? 姫……!!」

 

 そこまでを言うと、みつね姫は静かに(まぶた)を閉じた。まさきは慌てるが、容態を確認した私は彼に伝える。

 

「大丈夫、眠っただけだ。きっと安心したんだろう」

 

「……そう、か。ならば良かった……」

 

 一瞬の内に流れ出た大量の汗を拭い、まさきは平静に戻った。彼にとってみつね姫は、様々な意味で特別な存在。心配も大きくなって当然である。

 

「ほーら! あたしのレストアっていう筆術、バッチリ効果あったでしょ♪」

 

 まさきの背中をバシッと叩き、ミッシェルは誇らしげに笑った。対して彼は、微かに口元を引きつらせながらも深々と頭を下げる。

 

「描いた救急箱を姫に投げつけた時は肝を冷やしたが、確かに回復した。ミッシェルと言ったか。心より感謝申し上げる……」

 

「どういたしまして♪ でも、お城に着いたらお医者さんに診てもらってね。変な装置が身体にどう影響したかは、きちんと診察しないとわからないから」

 

「承知した……」

 

 ……それはそれとして。初見の者にとって、やはり救急箱投げは抵抗の塊なのだと改めて認識した。私も未だに慣れない。

 みつね姫の容態が安定したところで、ついにゾルクが切り出す。

 

「なあ、みんな。今までどこで何をしてたんだ?」

 

「僕達については、この件が解決した後でお話し致します。目的地にも間も無く到着するのでしょう? 話し始めると長くなりますし、姫様の体調を優先するべきです」

 

「……そうだな。わかったよ」

 

 質問はジーレイにかわされた。

 私とゾルクが百日を飛び越えている間のこと、非常に気になるが状況は理解している。(はや)る気持ちを抑えるしかなかった。

 

「見えた。あれこそがスメラギの里なり……」

 

 窓から外を見て、まさきが伝える。もう上空まで帰ってきたのだ。

 ザルヴァルグは里の近辺の雪原へと着陸し、私達は降機した。

 

「全員降りたな? じゃあ片付けるとするか」

 

 アシュトンは右手で握り拳を作る。よく見ると中指に、赤い宝石の指輪をはめていた。そして拳をザルヴァルグに向けて突き出すと……見ていたゾルクが大声を出して驚いた。何故ならば。

 

「えええええ!? あんなにでっかい機体が指輪に吸い込まれた!?」

 

 実況してくれた通りザルヴァルグが巨体を縮め、みるみる内に指輪へ……正確に言うと赤い宝石部分へ収まったからだ。

 あんぐりと口を開いたゾルクを尻目に、アシュトンは語る。

 

「こいつはソーサラーリング。大翼機ザルヴァルグ専用に開発された超小型の格納器だ。指輪の中は限定的な異次元空間になってて……っと、無駄話はいけねぇな。早いとこ、お姫さんを城に連れて行こうぜ」

 

 解説を途中で打ち切り、先に里へと入っていったまさき達に続く。

 ……自然に溶け込んでいて忘れていたが、アシュトンはエグゾアの構成員だった男。どういった経緯でジーレイ達と行動を共にし始めたのだろうか。第一、皆がミカヅチ城に現れた理由も不明。全てが落ち着いた後で、しっかり聞かせてもらわなければ。

 

 

 

 スメラギ城に到着し、みつね姫は医者の診察を受けた。同じ頃に武士団も帰還して慌ただしかったため詳細は聞きそびれたが、日常生活を送ってもよいと診断されたそうだ。目覚めた彼女は普段どおり和やかに振る舞っている。

 そして、早く父親に無事な姿を見せて安心させたいという意思を尊重。今回の件に関わった主要人物は謁見(えっけん)の間に集まり、てんじ王への報告が始まった。

 

「それが事の顛末(てんまつ)か……」

 

 王は全てを聞き終え、神妙な面持ちとなる。エグゾアに騙されていたスサノオを憐れんでいるようにも見えた。

 

「何はともあれ。よくぞ、みつねを救い出してくれた。皆の者、褒めて遣わす。用心棒の二人も、これにて任を(しま)いとしよう」

 

 救出作戦に参加した全員を厚く労ってくださった。

 その後。王の前に一歩踏み出して(ひざまず)く者が。――まさきである。

 

「てんじ様、それに父上。折り入ってお願いがございます……」

 

「うむ。なんでも申すがよい」

 

「……ん? まさき、どうして拙者にも(かしこ)まってるでござるか?」

 

 この疑問は次の一言によって解決する。

 

「拙者、ゾルク達の旅に同行したい所存……!」

 

 そして全員が仰天した。王とまきりさんの二名は特に。

 

「や、(やぶ)から棒に何を言い出すのだ!?」

 

「ええー……? 流石の拙者もビックリドッキリ。とりあえず説明よろしくでござる」

 

 尖り髪はいっそう尖り、派手な鎧装束(よろいしょうぞく)はズルッと乱れた。

 ざわつく皆をなだめるかのように、みつね姫が語り始める。

 

「皆様、お聞きください。これにはゾルク様に貼り付けた封印護符が関係しております。あれは魔導からくり部隊の技術と努力の結晶であり、スメラギの里の者の魔力に反応して初めて効力を発揮するのです。もしも剥がれてしまうようなことがあれば再び里の者が貼り付けねばなりません。ゾルク様が再び暴走することなどあってはなりませんので、わたくしからまさき様にお願いしたのです」

 

 確かにと、まきりさんは頷いた。

 まさきがいなければゾルクの暴走は止められないという事実。歯痒いがエンシェントビットを抑える方法が他に無い以上、頼るしかない。

 今度は、まさきがてんじ王を見据えて口を開く。

 

「理由はそれだけにございません。拙者の意思でもあるのです。全ての元凶は戦闘組織エグゾア。ゾルク達と行動を共にしていれば、(かしら)であるデウスという者と相見(あいまみ)えることになるはず。里の平穏を脅かした存在を、この手で成敗する所存にございます……!」

 

「それが同行を願う本当の理由……ではないな。みつねが傷を負ったことを自らの責任と受け取り、けじめをつけようとしているのだろう。真に許せぬのはエグゾアではなく、己なのではないか?」

 

 てんじ王の言葉に、まさきは思わず目を閉じる。

 

「……見抜かれておりましたか……」

 

「がはははっ! 当たり前だ。お前のことを、いくつの頃から知っていると思っているのだ? もはや父親も同然よ」

 

 豪快に笑うと、まさきの頭を大きな手で鷲掴み、ワシャワシャと撫でた。親子そろっての幼馴染であるが故の対応だろう。

 ところが苦笑いを浮かべる人物がいた。……まきりさんである。

 

「実の父の前でその台詞とは、てんじ様も人が悪い。拙者の立つ瀬が無いではござりませぬか~」

 

「嘆くのであれば、常に厳格だったあの頃を少しは取り戻してみせろ。お前が変わり果てたから、まさきのため俺もこうならざるを得ぬのだ」

 

「しかし、魅力溢れる他文化のスタイルに触れてしまった拙者は……やめられない止まらない、でござりまする。致し方なし是非もなし……」

 

 王から、大きな溜め息が聞こえる。

 

「……これで有能なのだから、たちが悪い」

 

「えっ!?」

 

「目を輝かせるな。褒めてはおらぬ」

 

 まさに旧知の仲だからこそのやりとり。……まさきとみつね姫は、どんな心境で眺めていたのだろうか。

 

「……皆の者、すまぬ。見苦しかっただろう……。して、まさきよ。どうしても行くと言うのだな?」

 

 何も語らず、水色の双眼にただ決意を込めて頷いた。

 

「ならば俺は止めぬ。お前がそのような眼をする時は何を言っても折れぬからな。行って参れ。お前が不在の間、武士団の指揮はぜくうに執らせよう。どうせ、まきりも居るしな」

 

「『どうせ』は余計でござりまするよ」

 

「そんなことより、お前の意見はどうなのだ? 真面目に伝えるのだぞ」

 

 促され、父は子に面と向かう。

 

「……まさき。此度(こたび)の願い、父として、武士団の一員として、お主の成長を感じる。誠に嬉しい……が、本心を言えば引き止めたい。武士団長を務めるほどの力量があるとはいえ、やはり子は子。ただでさえセリアル大陸の出現や戦闘組織の暗躍の件がある中、里を出て拙者の目が届かぬようになるのは心配でたまらぬ」

 

 許可は下りないのかと、まさきは浮かない顔をした。……が。

 

「しかし、経験こそ全ての糧。武士団長として、男として、人間として大きくなるには世界を知る他ない。よって拙者は……背を押すのみ。更なる成長を遂げ、ついでに悪を成敗して参れ」

 

 これが、まきりさんの真剣な返事だった。

 

「感謝いたします。てんじ様、そして父上……!」

 

 まさきは正座の姿勢から両手を片方ずつ畳につけ、額もつきそうなほど深く頭を下げた。そして次に上げた時には。

 

「まあ『可愛い子供は対価を払ってでも谷底に突き落とせ』って言うし、行っといで行っといで~って感じでござるよ」

 

「言わぬわ、この(たわ)けめっ! 折角の雰囲気を台無しにしおって!」

 

 ふざけた調子のまきりさんが王に怒鳴られていた。

 ……もしかすると、あの態度は一種の照れ隠しなのかもしれない。謁見の間も笑いで満ちた。

 

 

 

 ――その直後。異変が起きる――

 

 

 

「うっ!? ……ぐ……あ……!!」

 

「ゾルク!? どうしたんだ!?」

 

 隣に座っていた私は、すぐに身を案じた。

 この場の全員が彼を見る。急に胸の中心を押さえてうずくまり、呼吸を荒くし始めたのだ。胸と手の隙間からは僅かに淡い光が漏れ出ている。

 

「はぁっ……はぁっ……。おかしいな、いきなり苦しくなるなんて……。でも、すぐに治まったよ。ありがとう、マリナ」

 

「これが話に聞いた暴走の予兆……。融合が進んでいるようですね。それも、僕の予想より早く」

 

 苦渋の表情を浮かべたジーレイが言葉を零す。ゾルクは背筋を凍らせた。

 

「えっ……。エンシェントビットは封印護符で抑えてるから大丈夫なはずだろ?」

 

「現状から推測するに、残念ながら封印護符はあくまで一時しのぎにしかならないようです。エンシェントビットとあなたの融合が進行して魔力効率が上がってしまえば、封印護符で抑えられる魔力の上限を超えることも考えられます。つまり、悠長に構えている暇は無いのです」

 

「そんな……! これでゾルク様も安心なさると思っておりましたのに……」

 

 衝撃を受け、思わず両手で口を押さえるみつね姫。ずっとゾルクを心配してくれていたため予期せぬ事実を知り悲しんでいる。

 まきりさんも頭を抱え、(うつむ)いてしまう。

 

「どうしたものか……。これ以上に強力な封印護符は無いでござるよ」

 

「このままじゃ、また暴走してみんなを襲うことになるかもしれない……!! どうすればいいんだよ!?」

 

 非情な現実を突きつけられたゾルクは誰に向けるでもなく、大声を出して取り乱した。……無理もない。やっとの思いでエンシェントビットを封じることが叶ったというのに、それにも限界があると告げられてしまったのだから。

 

「落ち着いてください。対策のしようが無いわけではありません。問題解決に努めるため、とある場所を目指そうと思っています」

 

 恐る恐るソシアが尋ねる。

 

「ジーレイさん、それってどこなんですか……?」

 

「ルミネオスという名の秘境です」

 

 聞いたことのない地名である。セリアル大陸ではなく、リゾリュート大陸に存在する場所なのかもしれない。

 

「そこに行けば俺の身体からエンシェントビットを取り除けるのか!?」

 

「断言できませんが可能性はあります」

 

「ほんの少しでも可能性があるんだったら、行こう! 何が何でも行こう!!」

 

 ゾルクは必死で目の前の希望にすがりつく。元の体に戻りたいと切に願っているのだ。ソシアもミッシェルも真剣な目で同意する。

 

「まさき。申し訳ありませんがそういう事情ですので、すぐに出発の用意をお願い致します」

 

「急を要するならば仕方あるまい……」

 

「封印護符の代わりとなる手段が見つかるまでの間、あなたには苦労をかけることになるかもしれません」

 

「気にせずともよい。それを承知の上での同行なり……」

 

 ジーレイに返事をすると、まさきはてんじ王達の方に向き直る。

 

「それでは、これより拙者は旅立ちます……」

 

「お前はスメラギの未来に必要な男だ。必ず戻って来るのだぞ。俺も世界の混乱に流されぬよう、王としてスメラギの里を守るからな。……時間さえあれば、せめて大々的に見送ってやりたかった」

 

「このぜくう、いやスメラギ武士団一同、団長ならばご意志を全う出来ると信じております! あとのことはお任せくだされ!」

 

「我が愛する息子よ、暫しの別れなり。……旅の途中、何度でも帰ってきていいでござるからね。風邪引くなよ~でござる!」

 

 三人から激励を受け、微かに照れ臭そうな様子である。

 そしてもう一人、まさきに声をかける人物が。

 

「どうか……どうかお気をつけて。みつねは、あなた様の無事を祈っております」

 

「拙者も姫を…………みつねを常に案じている……」

 

 あえて名を呼び、まるで誓いを立てるかのように宣言。

 

「……はい」

 

 みつね姫は、目一杯の笑顔でまさきを送り出すのだった。

 

 

 

 見送りも終わり、ザルヴァルグが寒空を飛び始めた頃。

 謁見の間にはてんじ王、まきりさんを残して誰もいなくなった。

 

「てんじ様」

 

「今は二人だ。崩してよいぞ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて…………てんちゃん。まさきを旅立たせて本当によかったでござるか?」

 

「不敬にて打首獄門(うちくびごくもん)に処す」

 

「理不尽!! 殺生(せっしょう)でござるよ~!!」

 

「冗談に決まっておるではないか。そして返答だが……よいのだ。武士団長と言えど、まさきは二十にも満たぬ若さ。旅をして外界を知ることも必要であろう。セリアル大陸が出現し、エグゾアが世界を乱す今の時勢なら尚更な」

 

「その内容は拙者が既に述べてるでござるよ」

 

「揚げ足を取るでない! 思いは同じということだ! ……それに、あの者達が一緒ならば不思議と不安ではない。大きな問題を抱え、これからも危険に直面していく一行のはずなのに、何故だろうな」

 

「縁のようなものなら拙者も感じたでござる。こういうのは口では言い表せないでござるからね」

 

「そして、止めなかった最大の理由。それは……」

 

「それは?」

 

「まさきのみつねに対する愛情は、俺と同等かそれ以上だからな。けじめをつけたいと言うのであれば野暮に引き止められぬわ。がはははは!」

 

「はっはっは! 左様でござる。あいつの姫様愛は筋金入りでござるからなぁ!」

 

 二人の明るい笑い声は天にまで届き、まるで雪雲を払うかのように広がっていった。


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