Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第37話「命」 語り:ジーレイ

 ほのかに漂う火薬の香りに誘われるかのように、ゆっくりと目を開けた時。視認した景色はレンズ越しのものではなかった。

 どこかの町の宿屋、木製のベッドの上。僕はそこに横たわっている。ベッドの傍の小さな台には、自分の眼鏡が畳まれて安置されていた。そして窓には垂れ落ちる数多の雫。天気は雨らしい。

 部屋に居たのは、黒と灰を基調とするパイロットスーツを着用した、暗めの短い茶髪と黒い眼を有する青年――アシュトンだけ。どうしてか、彼はひどく慌てている。けれども僕の目覚めに気付いた途端、喜んでくれた。

 

「……あっ!? やっと目ぇ覚ましやがったか! あんた、ザルヴァルグの機内で倒れてから二日も寝てたんだぜ? これであいつらも安心するだろうよ」

 

「ここは……どこなのですか」

 

 上体を起こし、眼鏡をかけながらアシュトンに尋ねる。

 

「火薬の都市ヴィオって町の、それなりの宿屋だ。あんたを休ませるために滞在してんだよ。……んで、それだけでも緊急事態だってのに今は、もぉっとヤバイことが起きちまってる」

 

「詳細を教えてください」

 

 まだ意識のはっきりしない頭で話を聞く。

 

「空の向こうから黒いザルヴァルグが五機もやってきて、変な光を出して町の人間を誘拐してやがるんだ。んな状況なもんだから、出掛けたままの救世主達を探しにも行けねえ。でもま、あいつらだったら捕まるようなヘマなんざしないだろうし、ほとぼりが冷めるまでここで避難してるってわけだ」

 

「エグゾアの仕業ですか……。人々を誘拐するとは、アムノイドを増やそうとしているのでしょうか」

 

「わかんねぇけど、とにかくあれを見てみろよ。不気味ったらありゃしねぇぜ」

 

 アシュトンと共に窓の外を見ると確かに、複数の黒いザルヴァルグが雨空を飛行している。しかし、何やら遠ざかっているようにも見える。

 

「お? ……しめた! あいつら撤退してくみたいだぜ。これなら大丈夫そうだな」

 

 言うや否や、彼は部屋を出ようとする。

 

「俺は救世主達を探しに行く。あんたはどうする? ……つっても本調子じゃねぇだろうし、やめといたほうがいいか。まだ寝てていいぜ」

 

 体調を考慮してくれたが、僕はベッドから降りて支度を整えた。

 

「いいえ、僕も同行しましょう。何やら胸騒ぎがしますので」

 

「そうかい。雨も降ってるし、無理すんじゃねぇぞ」

 

 自身の奥底から湧き上がる、悪い予感。これがただの気苦労であることを願いつつ、雨降るヴィオの町を歩き始めるのだった。

 

 

 

 捜索するうちに住宅地までやってきた。

 どういうわけか倒壊寸前の家屋が目立つ。通路にも抉れた部分があり、ところどころに小さな水溜まりが出来ている。……先ほどまで戦闘が行われていた証拠だ。ゾルク達がエグゾアの人間と交戦していた可能性がある。

 更に奥へ進んでいくと、屋根の陰で雨を凌ぐ皆を発見した。

 

 ――胸騒ぎは最悪の形で的中してしまう――

 

 意識がないまま街路に横たわるゾルクとマリナ。しかもマリナの胴体には……大きな穴が開いているではないか。付近にはゾルクの愛用する両手剣が鞘にも収められず落ちていたが、きっとそういうことなのだろう……。

 マリナを手当てするソシア、ミッシェル、まさきの三名は、とある事実を知ったせいで何も言葉を発せられずにいる。ただ、傷口を塞ごうと必死で治癒術をかけ続けていた。

 僕とアシュトンが到着したことへ、皆はすぐに気付いた。

 

「ジーレイさん……。目が覚めたんですね……」

 

 ソシアが力無く僕の名を呼んだ。残りの二人も治癒の手を止めないまま重い口を開く。

 

「喜びたいんだけど、ちょっと待って……。マリナの容態が普通じゃないの……」

 

「これだけの大怪我を負ったというのに、血を流しておらぬのだ……。しかも傷口が不思議な光に覆われている……」

 

 ……ソシア達が知った事実。それは、マリナが人間であることを否定するかのような現象だった。

 傷口の不思議な光は集まった魔力による淡い輝き。しかも僕が感じ取ったところによると、エンシェントビットと同質の魔力である。更に、傷口からは魔力が流出していた。流出現象は目視できないため皆は気付いていない。マリナにとって『魔力の流出』が『出血』なのだと仮定すると……手を打たなければ命が危ない。

 目覚めたばかりで不調なはずの僕の頭脳は、嫌というほどに覚醒させられた。胸が締め付けられるのを耐え、アシュトンに依頼する。

 

「申し訳ありませんが、早急にザルヴァルグを飛ばしてください。秘境ルミネオスへ直行しなければなりません」

 

「……おう」

 

 彼は何も聞き返すことなく、ただ応じてくれた。他の三人にも伝えて宿屋から旅の荷物を回収すると、混乱の残った雨降る火薬の都市を発つのであった。

 

 ――大翼機(たいよくき)ザルヴァルグの中で皆から事の顛末(てんまつ)を聞いた。そして先の惨状を見せつけられ、マリナの正体に見当がついてしまった。同時に、否が応でも『君』や『家臣達』を思い出す。この時の僕の表情は、皆の目にどのように映っていたのだろうか――

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第37話「命」

 

 

 

 秘境ルミネオスは、リゾリュート大陸から離れた東の海に浮かぶ最東端の島に存在する。夕暮れが近づく中、ザルヴァルグは無事に着陸した。

 ここは、かつて僕がグリューセル国を治めていた頃に立ち上げた魔術研究の拠点であり、有事の際の隠れ家でもあった。巨木が数多く生い茂っているが木漏れ日のおかげで適度に明るく暖かい。

 ちょっとした集落のような規模を誇っているが、点在する平たい建物の外観は植物の(つた)(こけ)にまみれており、まさに廃墟も同然である。

 この島の周囲は潮流が激しいので海からの上陸は困難。たとえ上空からであろうと建物は巨木に隠れており誰にも見つからない。そうして二千年の間に忘れられたため廃墟になった……と思うだろう。だが違う。ルミネオスの外観は年月を経た結果ではない。潮流も巨木も含め、全て人為的に造られたものなのだ。

 廃墟を造った理由は単純。フォルギス国を統べていた当時のデウスを欺くため。ルミネオスはフォルギス国に対抗するべく立ち上げたのだから擬装するのは当然である。

 

 ルミネオスには見えない壁のような結界が張られているため、このままでは内部に入れない。そこで僕はザルヴァルグの機内に皆を待機させ一人で、とある一画へと向かった。

 

「さすがに雑草が生え放題ですね。これでは仮ではなく本物の廃墟のようです」

 

 移動中、変わり果てたルミネオスを結界の外から眺め、呟いてしまった。人の手が入っていないのだから当たり前だ。むしろ二千年も経っているのを考慮すると、たったそれだけの変化で済んでいることに驚ける。

 思い(ふけ)るうち、とある人物が封印された特別な場所に着いた。大きな石碑が建てられている。僕はそれに手をかざして微弱な魔力を流し、強く念じた。

 

「今この時を以て、あなたの封印を解除します」

 

 光り始める石碑。その中から、老人がゆっくりとした動作で出現した。腰は曲がり杖を突いている。

 光は消え、老人と対面。とても懐かしい気持ちで満たされた。落ち着きのある深緑色のローブ、垂れ下がるほどに長く伸びた太く白き眉、同じく蓄えられた細長い白髭。この老人こそが秘境ルミネオスの守護者であり、僕の魔術の師なのである。

 

「この老いぼれを解放できる人物はただ一人……。その声、そのお顔……まさしく魔皇帝ジュレイダル・エスト・グランシード様でございますね……!」

 

 太く長い白眉をぴくりと動かし、ターシュは僕を見上げた。

 

「ええ。老師ターシュ・マクスウェリジンよ、二千年ぶりですね」

 

「よもや再びお会い出来る日が来ようとは。感激しております! ……しかし、喜んでばかりもいられませんな。あなた様がルミネオスへいらしたということは、エンシェントビットにまつわる問題が浮上したということ」

 

 ターシュは喜び、そして憂えた。本来なら再会してはいけなかったのだから。僕は情けない姿を晒して頷くしかなかった。

 

「……お察しの通りです。起こしたばかりで悪いのですが即刻、ルミネオスの機能の回復をお願いしたい」

 

「仰せのままに。この老いぼれはどれほどの時が経とうとも、あなた様の忠実なる家臣でございます」

 

 僕がエンシェントビットを海底遺跡に封印し、自らの魔力をすり減らして見守っていく道を選択した後のこと。老師ターシュは、己をルミネオスに封印してほしいと申し出た。「不測の事態が起きた際、時を超えてあなた様をお助けするため」と、当時の彼は熱弁していた。その真摯さを受け止め、僕は彼に封印魔術を施して備えたのだ。何も起こらぬことを願いながら。

 

「ありがとう。そして申し訳ありません……」

 

 だが現実は容赦ない。結局、ターシュにすがりつく破目となっている。

 老体に鞭打つような真似をしなければならないくらいに追い詰められた、無力な自分。デウスの野望も、旅の仲間が受けている苦痛も、僕が始末をつけていれば……エンシェントビットを封印せず破壊できていれば有り得なかった。

 そもそもの元凶は僕なのだ。快く従ってくれたターシュを見つめ、自らを恥じ続けた。

 

 ルミネオスを覆う結界は、ターシュが考案した魔術によるもの。大きな石碑は封印や結界、施設機能の制御を担う神器である。封印については僕にしか操作を行えず、結界と施設機能はルミネオスの守護者であるターシュの魔力に反応するよう設定されている。

 僕がターシュの封印を解除した時と同じく、彼も石碑に手をかざす。すると結界は解かれて施設機能も回復。それを確認した僕は皆を呼び、共に内部へ進んだ。

 

 我が物顔で生い茂る背の高い雑草を掻き分け、目当てである『主要魔術研究所』の扉をくぐる。

 装った廃屋の内部は整理整頓されていた。器具も備品も、二千年前と全く同じと言っても過言ではないほど理想的な状態である。建物の実際の老朽化も想定より進んでいない。これならば僕の目的は問題なく果たせそうだ。

 早速、研究所の一室をいいように作りかえて寝床を用意し、気を失ったままのゾルクとマリナを隣同士で寝かせる。ゾルクは大した怪我も負っていないため(じき)に回復するだろうが、マリナには特別な治療が必要。けれどもソシア達三人が治癒術をかけてくれたおかげで傷そのものは治っている。これ以上、魔力が漏れる心配は無さそうだ。

 治療を始める前に、僕は仲間へ声をかける。伝えるべき重大な内容があるのだ。

 

「皆、落ち着いて聞いてください」

 

 誰も何も言わず耳を傾けてくれた。

 

「マリナの肉体は、純粋な人間のものではありません。エンシェントビットと同質の魔力の集合体に、心が宿っている状態です」

 

 ――息を呑む無音を聴いた。直後、驚愕を抑えながらソシアが口を開く。

 

「血が流れなかったり傷口が光ったり、人間離れしているとは思いましたが……まさか魔力の集合体だったなんて……」

 

「揺るぎの無い事実です。傷口から魔力が流出するのを感じ取りましたので」

 

「そういえばマリナさん、『身体が頑丈だから擦り剥いても出血は無い』と言っていたこともありました」

 

「実際に、多少の怪我では魔力が漏れないほど頑丈なのでしょう。おそらく本人も自分の血を見たことがないはず」

 

 今回の大怪我が無ければ、この真実は明らかにならなかったかも知れない。

 

「しかし彼女がどういう意味を持った存在なのか僕にもわかりません。デウスの企みによって誕生したのか、エンシェントビットがなんらかの形で独自に生み出したのか……。デウスは何かを知っている風でしたが当てにならない。どうあれ、エンシェントビットが関わっていることだけは間違いありません」

 

 僕がそう告げると、ミッシェルは過去の出来事を思い出す。

 

「あっ……! ジーレイもしかして、勘付いてたからバレンテータルでマリナを疑ってたのね?」

 

「無礼とはわかっていましたが、どうしても追求したかったのです」

 

 ミッシェルの言う通り、僕はマリナを疑っていた。……もっと言えば、スラウの森で出会った時から怪しんでいた。エンシェントビットを扱える人間など、魔皇帝――過去の僕をおいて他に存在しないはずだったから。

 

「あの時のマリナ、記憶が曖昧になってるような口振りだったっけ。マリナがどうして生まれたか明らかになれば、曖昧だった理由もわかるかもしれないのよね?」

 

「はい。彼女の真実を知るためにも、失われた魔力を補充しなければなりません。ターシュ、魔力充填器を二つ用意してください。片方はマリナに、もう片方は僕に」

 

「仰せのままに」

 

 僕の指示に従うと、杖で床を二回突いた。すると、どこからともなく黄金色の機械的な腕輪――魔力充填器が二つ出現。ターシュはそれらを手に取り、一通り眺めた後でこちらに差し出した。

 

「確認したところ非常に良好な状態であり、不備も見当たりませんでした。どうか安心してお使いくだされ」

 

 ひとつは僕が受け取り、もうひとつはマリナの右手首に装着された。

 

「この腕輪で、本当に魔力を充填できるんですか?」

 

 ソシアは疑っているようである。

 

「ええ。通常なら、外部から体内に魔力を吸収するのは不可能ですが、ルミネオスの特殊な魔力環境と充填器があれば可能となります。この研究所は周囲に漂う魔力を引き寄せ、集めた魔力を保存する役割を果たしているのです。しばらくここに留まれば、僕の魔力は回復するでしょう」

 

「本当ですか!? よかった……よかったです……!!」

 

 説明すると納得し、うっすらと涙を浮かべて喜んでくれた。どうやら僕は、いつの間にか多大な心配をかけてしまっていたらしい。

 ソシアの涙を見たアシュトンが、僕を睨む。

 

「ったく……ここで魔力を回復できるって知ってたんなら、ザルヴァルグを奪ってすぐに来りゃあよかったじゃねぇか。なんでそうしなかったんだ?」

 

「あの時はまだ、ゾルクとマリナの所在がわからないままでした。そのような状況で僕だけ助かっても夢見が悪く、早く二人を発見したかったのです」

 

「……やれやれ。あんたも律儀っつーか、馬鹿正直っつーか」

 

 返事を聞いた彼は、大した奴だと言わんばかりに呆れてみせた。

 

「ともあれ。これでマリナもお主と同様、助かるのであろう……?」

 

 まさきが尋ねる。しかし僕の答えは。

 

「それが……確実とは言えません」

 

「なに? どういうことなのだ……?」

 

「先述した通り、マリナの肉体を形成している魔力はエンシェントビットと同質の高密度、高純度のもの。ただの魔力を充填するだけでは本来の機能がうまく働かず、彼女が再び目を開けるとは……考えにくいのです」

 

 見解を打ち明けると皆の顔は曇り、ミッシェルが慌てた。

 

「じゃあマリナに着けた腕輪は気休めにしかならないの!?」

 

「いいえ、そうでもありません。マリナの隣に寝かせたゾルク……彼が鍵です」

 

 ミッシェルを落ち着かせるように知らせる傍ら、まさきが僕の意図に気付く。

 

「……そうか。エンシェントビットを内包するゾルクが近くに居れば、充填器がその魔力を拾ってマリナに与えるかもしれぬのだな……」

 

「ええ。上手くいくかどうかはわかりませんが、こうするしかありません。あとは祈るのみです」

 

 現時点でマリナに施せる処置はここまでである。

 そして僕が次に行うべきこと、それは。

 

「ではジーレイさん、そろそろ聞かせてください。……エンシェントビットについての話を」

 

 ソシアを筆頭に、仲間から真剣な眼差しを受け取った。

 ……そう、僕はエンシェントビットの真相を皆に明かす義務がある。もう逃げてはいけない。

 

「わかりました。こちらについて来てください。その間ターシュは、ゾルクとエンシェントビットについて精密な検査をお願い致します」

 

「お任せくだされ」

 

 ターシュと別れ、移動を開始する。エンシェントビットが誕生してしまった、あの忌まわしき場所へ向けて……。

 

 

 

 同じ主要魔術研究所内の、光が差し込まない広い一室。床一面には難解かつ高度な術式で構築された大規模な魔法陣が、丁寧に刻みつけられている。

 二千年前から何一つ変わっていない光景。ここへ立つためには、とてつもない勇気が必要だった。

 

 

 

 エンシェントビットがどのような方法で、どういった経緯で創り出されたのかをありのまま伝えた。

 しばらくの間、誰も何も発さなかった。そしてようやく、アシュトンが沈黙を破る。

 

「なんだよ……。思ったより随分、重い話じゃあねぇか……」

 

 声からは威勢が失われていた。

 まさきとミッシェルも、やりきれない気持ちを露にする。

 

「エンシェントビットを破壊できなかったのにも、お主なりの理由があったのだな……」

 

「あたし達に伝えづらかった訳が、ようやくわかったわ……」

 

 ソシアに至っては。

 

「この場所で、そんな出来事が……。あまりにも……悲しすぎます……」

 

 両手で顔を覆い、溢れ出る涙を懸命に止めようとしていた。戸惑う皆へどんな反応を返せばいいのかわからず、黙って見ていることしか出来ない。

 そこへ扉をノックする音が響く。入ってきたのはターシュであった。

 

「ジュレイダル様、ゾルク君が目を覚ましました」

 

「わかりました。戻ります。……検査の結果はどうでしたか」

 

 ターシュは神妙な面持ちとなり、耳打ちをした。

 

「ゾルク君とエンシェントビットの融合は――」

 

「――そうですか」

 

 スメラギの里でゾルクの症状を見た時から薄々、そうなのではないかと感じていた。これを伝えなければならないなど……なぜ運命はこうも残酷なのだろう。僕は平静を装うのに精一杯だった。

 

 魔法陣の部屋を出て、元の研究室まで戻ってきた。

 マリナの隣の寝床には、上半身を起こしているゾルク。未だに眠り続ける彼女を見つめ、暗く苦い表情を浮かべていた。フィアレーヌに操られていたとはいえマリナを傷つけてしまい、悔いているのだ。けれど僕達が帰ってきたことに気付くと、いつものように明るく振舞う。勿論それは痩せ我慢だったのだが。

 まず、ゾルクが気を失っていた間のことを説明しようとしたが、彼はそれを待たず本題へ入るのを要求してきた。ゾルクのかねてからの願いであるエンシェントビット摘出についての事柄なのだから、焦るのも無理はない。

 

「どうなんだ、ジーレイ。エンシェントビットは、ちゃんと俺の身体から出ていくんだよな……?」

 

 祈るように見つめてくる。しかし僕の返答は、彼の求めるものではない……。

 

「単刀直入に申し上げます。あなたの身体からエンシェントビットを取り除くのは…………残念ながら不可能だと判明しました」

 

「……っ!!」

 

 ゾルクにとっての最後の希望が潰えた瞬間であった。

 

「取り除けない、だって? どういうことだよ」

 

「あなたとエンシェントビットの融合は、元の形に分離できないところまで進行していました。無理に摘出しようとすれば死に直結します。なので取り除くのは諦めてください。……本当に、申し訳ありま――」

 

 

 

「諦められるかあああああ!!」

 

 

 

 言葉を遮ったのは、ゾルクの怒号。募った感情を爆発させてベッドから飛び出し、僕の胸倉を乱暴に掴んだ。

 

「ゾルクよ、落ち着くのだ……」

 

「お願いだから手を放して。ね?」

 

 まさきとミッシェルが止めようとしたが。

 

「みんなは黙っててくれ!!」

 

 剣幕に押され、何も出来なかった。

 

「なあ、ジーレイ! 俺がどんな思いでここまで来たか、わかるか!? 世界を切り離したり、時空転移したり出来るくらい危険な物体を身体に埋め込まれた怖さが、あんたにわかるっていうのかよ!? ……いいや、絶対にわからないだろうな。だから『諦めてください』なんて言えるんだ。でも俺はなあ……! 簡単に諦められないんだよ!! どうしても元の身体に戻りたいんだよ!!」

 

 蒼の瞳に憤りの炎を灯し、勢いのまま怒鳴り散らす。

 

「あんたが……魔皇帝のあんたがエンシェントビットなんてものを創り出さなきゃ!! 俺はこんな目に遭わずに済んだんだ!!」

 

 返せる言葉は何一つ無い。胸倉を掴まれたまま、沈黙を貫いたまま、彼の主張を受け入れる。

 

「封印だなんて中途半端な方法をとったのも悪い……! 危険な物体だってわかってたんだから、壊せばよかっただろ!? そうすれば、デウスはエンシェントビットを利用しようなんて企まなかった! 俺も……マリナを突き刺さなかった!! 何もかも、徹底的にやろうとしなかったジーレイのせいだ!!」

 

「待ってください!!」

 

 いきなり割り込むソシア。精一杯の力で、ゾルクと僕を引き離す。

 

「違うんです、ゾルクさん……違うんですよ……! ジーレイさんは…………ジーレイさんがエンシェントビットを……壊せなかったのは……!!」

 

 そこまで言い、言葉を詰まらせた。

 

「何が違うっていうんだ!! なんでジーレイを庇うんだよ!? こいつは全ての元凶なのに!!」

 

 ゾルクは反発するも、彼女の頬に薄っすらと伝う涙が目に留まってしまう。

 

「……なんで、泣いてるんだよ。泣きたいのは……俺の方なんだぞ……!」

 

 やり場の無くなった怒り。拳は小刻みに震えていた。

 これ以上、ゾルクに不安を覚えさせたくはない。その一心で僕は深く頭を下げ、次のように述べた。

 

「……ゾルク。おっしゃる通り、僕は全ての元凶。重い責任があります。必ず他の手段を見つけ出しますので、どうか気を静めてください」

 

「なんだよ偉そうに……。もういいから一人にしてくれ。しばらく誰の話も聞きたくない」

 

 僕達に背を向け、彼はこの研究室から出ていく。そして一人きりになったところで、非情な現実に落胆するのだった……。

 

 

 

 次の日の朝を迎えた。朝日が差し込む清々しい晴れの天気と相反するかのように、研究室には険悪な空気が満ちている。

 僕の魔力はそれなりに回復した。これなら戦闘も支障なくこなせるだろう。マリナは、呼吸はあれども覚醒する様子はない。ゾルクが彼女の傍に戻ってきてくれれば、まだ望みはあるのだが。

 僕はターシュと共に研究所内の資料を一晩中漁り、エンシェントビットを安定させる方法を死に物狂いで練っていた。そして幸いなことに見出せた。皆に伝え、協力を仰ぐ。目的達成には、ルミネオスの外に出る必要があるからだ。

 ソシア、ミッシェル、まさき、アシュトンの了承は得た。最後はゾルクに知らせるのみだが……受け答えに応じてくれるだろうか。彼は空き部屋に閉じ籠ったきり誰とも顔を合わせていない。

 四人に見守られながら、僕は部屋の扉を静かに叩いた。

 

「ゾルク。これから僕達はネアフェル神殿という場所へ向かい、エンシェントビットを制御するために必要な神器を回収するつもりです。あなたは……どうなさいますか?」

 

「エンシェントビットが制御できるって? ……俺は行かない。そんな話、今さら信じられるわけないだろ。第一、俺の身体から取り除けないなら何をしたって無駄なんだ。対策したところで、どうせまた暴走したり操られたりするに決まってる」

 

 扉越しに返ってきたのは、棘のある言葉。やはり彼との間に出来た溝は深かった。

 

「わかりました。……本当に、申し訳ありません」

 

 彼から信用を得ることは二度と無いだろう……。強く、そう感じた。

 僕とゾルクの会話が終わると、今度はミッシェルが優しく声を発した。

 

「ねえ、ゾルク。あたし達についてこないなら、代わりにひとつお願いを聞いてちょうだい。……出来るだけマリナの傍に居てあげて」

 

「なんでさ。合わせる顔が無いのに」

 

 ぶっきらぼうに訊き返す。ミッシェルは優しい声色のまま返事をした。

 

「マリナの身体は特殊な魔力の塊なんだけど、今はその魔力が足りてなくて。補うためには、あの子のすぐ近くにエンシェントビットがないといけないの」

 

「えっ……!! そんな話、聞いてないぞ!?」

 

「だって昨日のあなた、誰の話も聞こうとしなかったじゃない」

 

「あ……」

 

 ミッシェルに指摘され、黙り込む。そこへソシアも加わった。

 

「私からもお願いします。そしてどうか、マリナさんの手を握ってあげてください。離れているより接している方が、効果があると思うんです。……いいえ、きっと効果があります!」

 

 はっきりとした声で強く訴えた。しかし扉の向こうの彼は何も喋らなかった。

 少しだけ沈黙が続いたが、このまま立ち尽くすわけにもいかない。そう思ったのか、アシュトンがこの場を終わらせにかかった。

 

「まあ、そういうわけだ。俺達が出払ってる間、お前はお前のやれることをちゃんとやっとけよ」

 

「では、拙者達は赴く。老師ターシュ共々、マリナを頼んだぞ……」

 

 まさきが締めくくり、僕達はネアフェル神殿へと出発するのだった。

 

「……ははは。どうしようもない馬鹿だな。俺って」

 

 その後、ゾルクが自らを無気力に嘲笑したことは、誰も知らない。

 

 

 

 幸運なことにネアフェル神殿は、ルミネオスのすぐ隣の島に存在している。ザルヴァルグで難なく上陸した。

 尖った三角屋根が幾つも連なった、白塗りの高貴な建造物。訪れるのは今回が初めてだが、この神殿もルミネオスと同じく二千年前から存在する太古の遺産である。朽ち果てた外観をしているが、ルミネオスのように結界や擬装を施しているわけではなく本物の廃屋と化している。

 目当ての神器は神殿の奥深くに眠っている。僕達は意を決して足を踏み出し、ところどころ崩れた石壁や床に気を付けながら進んだ。

 

 用心していたが特に複雑な罠も無く、最深部である祭壇の間まで順調に到達。求めている神器――暖かな光のみで構成された接触可の立方体――も祭壇の上に安置されていた。

 だが、最後の最後で仕掛けが起動してしまう。

 

「ジーレイさん、あれは!?」

 

 ソシアは、それに視線を奪われた。

 僕達の目前から迫る、実体を持たない青白の影。辛うじて人型の上体を形作っているようにも見える。青白の影は変幻自在であり、神器の眠る祭壇へ僕達を近づけさせないようにするかの如く広がっていく。

 

「差し詰め、ネアフェル神殿に封印されし魂、とでも言いましょうか。フィアレーヌの霊術によく似た類いの精神体ですね。ここにきて侵入者対策が発動するとは運がありません」

 

「何も無いと思わせといて実は、ってパターンのトラップだったのね!」

 

 ミッシェルが大筆を構える。僕とソシアも戦闘態勢に移行した。

 

「精神体が相手か。興が乗る。フィアレーヌと相対した時と同様、無形(むぎょう)すら斬り伏せてこそスメラギ武士団の(おさ)が務まるというもの……!」

 

 まさきも鞘から刀を引き抜き、闘志を高めている。だがアシュトンだけは違い、及び腰である。

 

「し、しっかり頑張れよ、お前ら!」

 

 彼は戦闘要員ではないため、物陰に潜んで戦闘が終わるのを待つのだった。

 

 四人で奮戦するも精神体であるため物理的な攻撃はあまり意味が無く、大きな効果があるのは魔術のように属性が付加された術技のみらしい。それだけでも厄介なのだが、青白の影は分身して僕達を取り囲み惑わそうとしてきた。

 ならばこちらにも考えがある。僕は皆に頼み、上級魔術の詠唱時間を稼がせてもらった。

 

「吹き(すさ)べ、凍狼(とうろう)息吹(いぶき)白銀(はくぎん)の心にて氷界(ひょうかい)()せ」

 

 左手に開いた魔本のページを光らせ、本の表紙に備わったビットから魔力を得ながら唱える。その間、僕に近寄る青白の影は全て、他の三人が食い止めてくれた。おかげで確実に魔術を繰り出せる。

 

「フェンリルブレス」

 

 術の名を呼ぶと、祭壇の間に極寒の吹雪が巻き起こる。吹雪の規模はとてつもなく、仲間以外の全てを凍結させてみせた。

 当然、無数の青白の影も凍りついている。が、間も無く分身と思わしき氷像が次々に自壊を始めた。そして最後まで残った、あの氷像こそが本体である。僕の作戦は成功。皆に無理を言った甲斐があった。

 

「まさき、とどめをお願い致します」

 

「承知……!」

 

 僕から最後の一撃を託されると、凍った床を器用に駆けつつ、ビットを放り投げて真っ二つに斬り裂いた。

 

「案ずるな、一瞬ぞ……」

 

 ビットは山吹色の光となって刀身に吸い込まれていく。そして刀を一旦鞘に収めると、氷ごと床を強く踏み込んだ。

 

瞬閃・桜吹雪(しゅんせん さくらふぶき)……!!」

 

 抜刀と共に、一瞬だけ黄金色へと塗り替わる視界。まさきはいつの間にか敵を通り過ぎていた。氷像には三日月型の光る斬撃の軌跡が貫通している。

 

「そして儚く、散ってゆく……」

 

 刀を左右に払い、納刀。それに呼応してか、氷像に突き刺さった斬光の軌跡は風に吹かれた桜の花弁のように散る。同時に氷像も祭壇の間の氷も細かく砕けていき、夜空に広がる無数の星に限りなく近い、点々とした輝きを放って消えていった。

 後に残る物は皆無。青白の影――封印されし魂を完全に撃破した。

 

「よーし。よくやったぞ、お前ら!」

 

 物陰から顔を出したアシュトンが労う。

 

「あなたは何もしてないんだから、いばるんじゃないのっ!」

 

 ミッシェルからきつい一言を受け取っても知らぬ顔だった。

 それはともかくとして、ついに目的の神器を入手できる。早く持ち帰りゾルクを救わなければ。

 

「……おや?」

 

 ――祭壇の神器に触れようとした、その時。広間に異変が生じる。神殿の、壁に面する空間が歪み始めたのだ。

 常に動じない精神力を持つ、まさきでさえ狼狽(うろた)える。

 

「なんなのだ、これは……。ジーレイよ、新たな罠か……?」

 

「神殿の罠ではないようです。この魔力の感覚は……!」

 

 空間移動のための門が開く現象だと察した。そしてついに何者かが姿を現す。

 

「あ、あれは……!!」

 

「嘘でしょ……なんでここに!?」

 

 容姿を捉えた瞬間、ソシアとミッシェルは戦慄した。

 藍色の長い髪。エグゾアエンブレムが刻まれたプレートアーマー。脚先も見えないほどに大きな白いマント。そして威圧感を放つ山吹色の瞳……。悠々と現れたのは最凶最悪の相手――エグゾア総司令にして魔大帝、デウス・ロスト・シュライカンだったのだ。

 余裕を秘めた妖しげな笑みを浮かべ、開口する。

 

「やあ、諸君。ご機嫌麗しゅう」


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