Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
「……あれ? ここは…………そっか、戻ってきたんだ」
気付くと、俺達は元の部屋に居た。
あの空間の中でマリナは目覚めていたが、今は寝床に横たわっており手も繋いだまま。現実で完全に回復するためには、まだエンシェントビットの魔力が足りないらしい。だから変わりなく彼女の手を握り続けることにした。
その間、俺はリリネイアさんの話を思い出して次のような考えに至る。
「ジーレイ達が帰ってきたら、きちんと謝らなきゃな。今だって俺のために出かけてるわけだし」
まずはこれだ。昨日のことについて頭を下げたい。その後で、皆と共にエグゾアへ立ち向かうことを伝える。決意した俺の心には、もう陰鬱な気持ちは残っていなかった。
そんな折、この部屋の扉が乱暴に開かれた。
「ゾルク君!! 大変じゃ!!」
飛び込んできたのは、大汗をかいたターシュさんであった。
「そんなに慌てて何かあったんですか?」
俺が尋ねると、ターシュさんの後ろからアシュトンが出てきた。彼はジーレイ達と一緒にネアフェル神殿へ向かったはず。それが何故、戻ってきているのか。しかも全身が傷だらけで、黒と灰が基調のパイロットスーツには血が滲んでいた。
「アシュトン!? どうしたんだよ、その怪我は!」
「どうもこうもねぇよ……! ネアフェル神殿に総司令デウスが現れやがった!!」
「なんだって!?」
思いもよらない返事だった。
「他のみんなはどうしたんだ? 一緒じゃないのか!?」
「あいつら、自分達を盾にして俺だけ逃がしたんだ。『ルミネオスの三人をザルヴァルグに乗せて逃げろ』って言ってな……」
「じゃあ、みんなはまだ戦ってるっていうのかよ……!!」
ジーレイ達からの指示を伝えるアシュトンの姿は、自身の非力さとデウスの理不尽さに嘆いているかのよう。
悔やむ彼を見た俺が次の行動を決定するのに、一秒もかからなかった。
「……アシュトン。俺をみんなのところに連れて行ってくれ」
「お前、正気か!? あんな化け物に敵うわけがねぇ! どんな攻撃も通用しねぇんだぞ!?」
「前に見た、あの強力なバリアのせいか……」
デウスには堅牢な防御障壁――バリアを張る能力がある。前にエグゾアセントラルベースで皆が交戦した時、これのせいで攻撃は全く通らず一瞬で捻り潰されてしまった。
バリアが健在では、俺が加勢したところでどうにもならないかもしれない。……しかし意見は変わらなかった。
「確かに、俺が行ってデウスを退けられる保証なんて無い。それでもどうにかして、何が何でもみんなを助けるんだ! ……ここで逃げたら死ぬより後悔する。アシュトンだって本当は、みんなを助けたいって思ってるんだろ?」
アシュトンの目をじっと捉えて述べる。やがて彼は大きな溜め息をついた。
「…………はぁー。なんだよ、そのギラギラしたむさ苦しい眼は。いつの間に復活しやがったんだ? 救世主さんよ」
俺を信じてくれた上で安堵したようだ。この時点で彼の答えがわかった。それが嬉しくて冗談交じりに返す。
「聞きたいか? だったら、みんなを助けた後で聞かせてやるよ」
「はんっ。得意気なお前を見せつけられるなんざ、まっぴらゴメンだぜ。……んなことより、さっさと飛ぶぜ救世主! 乗り遅れんなよ!」
「わかってるさ! ……ターシュさん。マリナのこと、よろしくお願いします!」
返事を待たず、俺達は外へと駆けていった。ターシュさんも引き止めようとはしなかった。
その後。ターシュさんは、ふとマリナの顔を覗く。
「おや? マリナさんの表情が……」
変化が現れていることに気付いた。それについてターシュさんは思わず笑みを零すのだった。
「ほっほっほ。この老いぼれが看ていた時、こんなに穏やかな顔をしておったかのう?」
‐Tales of Zero‐
第39話「応えろ」
「エグゾア総司令、デウス・ロスト・シュライカン……。これほどまでに不条理な強さを誇っているとは……!」
「ふぅむ。こんなものなのかい? 百日以上経っても、やはり君達は他愛無いね。新顔の武士君も大したことはないようだ」
全身を流血で染めて床に膝を突くまさきを、デウスはつまらなさそうに眺める。
エグゾア総司令であり太古の魔大帝でもあるデウスとの戦いは激しいものだった。ネアフェル神殿の上部はまるごと消し飛び、青空が彼らを覗いている。
立っているのはデウスただ一人。しかも無傷。俺の仲間達はボロボロで床に這いつくばっている。奴は己の魔術に加え、自由自在に浮遊させる金色の宝剣と自身を守る絶対防御の障壁を武器として、皆を
残る力を振り絞り、ミッシェルはデウスを見上げる。
「どうして……ここに来たのよ……!? あたし達の居場所なんてわかるはずないのに……!」
「我とて、ただ席に座ってふんぞり返っているだけではないさ。時にはこうして出向き、不安な要素を確実に除去するのだよ。それでこそ仕事の出来る総司令というもの……なんてね。どこかでジュレイダルの魔力を回復していたようだけれど、そのおかげで我の魔力探知に引っ掛かり、君達の現在地を突き止めることが出来たというわけさ。ジュレイダルの魔力の波長は、嫌でもよく知っているからね」
余裕の態度で答えた。この様子だと、秘境ルミネオスの存在は辛うじて気付かれなかったようだ。魔力探知をあと少しでも早く発動されていたらと思うと、ぞっとする。
デウスの意味深長な言葉の内容を、ソシアが言い当てる。
「不安な要素というのは……エンシェントビットですね」
「その通り! 火薬の都市ヴィオから戻ってきたメリエルとフィアレーヌの報告を受けて我は驚き、エンシェントビットの正体に気付くことが出来た。まさか人間の命を犠牲にして創り上げたものだったとはね。誰からも慕われるほど心優しかったという魔皇帝がそんな非道に手を染めていたなど思いもしなかったよ」
そう述べつつジーレイの方を向き、卑しい笑みを浮かべた。対するジーレイは嫌悪の感情で口を歪めるのだった。
だが次の瞬間、デウスは気持ちを沈ませる。
「しかし解せない点がある……。魔力を秘めた人間を元にして絶大な力を持つ神器を創るというのは、とうに我も試みた方法だった。けれど、どれもこれも
追究してくるデウスに視線を合わせることなく、ジーレイは答える。
「十人ですよ」
「たったの…………十人だって?」
デウスは呆気に取られ、それ以上の反応を返さなかった。予想に反した数字だったのだ。
置き去りにし、ジーレイは言葉を続ける。
「二千年の間、片時も忘れたことはありません。……リュプレー、メヌート、ボレ、ナデラ、ノクトランシュ、レッキム、ソネタナ、ララビエール、サノバ、そして……リリネイア。皆、僕のためグリューセル国のために命を
「想い……? そんな不確かで曖昧で信用性の無いものが、エンシェントビットほどの神器を生んだ要因になっただと……!? 馬鹿馬鹿しい!! 有り得ない!!」
ジーレイの答えた内容は、どうやらデウスの思想とはかけ離れたものだったようだ。納得いかず声を荒らげたが、即座に冷静さを取り戻す。
「……まあいい。事実であるなら受け入れるしかないからね。それに今にして思えば不確かな要素の塊だからこそ、マリナ・ウィルバートンのような『ゼロノイド』が誕生したのだろう」
「ゼロノイド……? それが魔力集合体としての呼称ですか」
「なんだ、我が明かさずとも正体に気付いたのかい。……人間の形をした空虚な魔力集合体ゼロノイド。エンシェントビットを使おうとして失敗した時の、偶然の産物だよ。我の意思で生み出したわけではない。利用価値はあったわけだけれどね」
図らずもジーレイ達が知ることとなった、マリナ誕生の経緯。心があるのに空虚と呼ぶのは間違っている。デウスは真理に辿り着いていない。
「支配下にない事象というものは歯痒く腹立たしい。しかし今回の我の目的は、憤慨することではないのだよ」
「では、なんだとおっしゃるのですか」
「ははは。ジュレイダル、それを訊くかい?」
小さく笑うと瞳に邪悪な光を灯し、高らかに叫ぶ。
「我が! 君達へ! 直々に絶望を贈り届ける! それが目的に決まっているではないか!!」
そして浮遊する宝剣を操り、祭壇へ容赦なく突き立てた。威力に耐え切れず、土埃を舞わせて崩れていく。
「そんな……神器が……!!」
祭壇ごと粉砕された神器を見て、ソシアは嘆いた。
神器を砕いた本人は
「君の事だ。どうせこの神器を用いて、ゾルク・シュナイダーに埋め込まれたエンシェントビットを制御しようとでも考えていたのだろうけれど……それはもう叶わない。
その瞬間、確かに皆の心から希望が消え去った。デウスの不愉快な笑い声を遮る気力さえ無くなっていた。
「さて。君達にとどめを刺した後で、もう一つの目的……ゾルク・シュナイダーを探すとしよう。ああ勿論、ジュレイダルだけは死なない程度にいたぶるよ。この世界が無になる日まで生きてもらわなければならないからね」
デウスは自由自在の宝剣を手元に戻し、体力も気力も尽きて逃げられない皆のところへ歩み寄っていく。
迫る凶悪を前に各々、死を覚悟した。
「そこまでだ!!」
――その時。
デウスの行動を阻止するため、俺は全力で叫んだ。そして皆の盾となる形で割って入り鋼色の両手剣を力強く構える。ギリギリだが、なんとか間に合ったようだ。
「おお! なかなか際どいタイミングで来てくれたね。会いたかったのだよ、君に!」
「ゾルク、どうしてここへ……!? 僕はアシュトンに『逃げろ』と伝えさせたはず……!」
歓喜するデウスとは対照的に驚愕するジーレイ。俺は照れ臭くなりながら返事をした。
「大切な仲間を置いて逃げられるわけないじゃないか。外で待ってるアシュトンも、すごく心配してるぞ。……それに俺、まだみんなに謝ってないし」
けれども、皆は必死で俺を説得する。
「あなたの気持ちはすごく嬉しいけど、もう駄目なのよ! 早く逃げて!」
「回収するはずだった神器はデウスに壊されてしまいました。もう、ここに居る意味は無いんです……」
「だから今すぐこの場を離れるのだ。どの道、拙者達はもう動けぬ……。お主達だけでもデウスから逃げ
ミッシェルもソシアもまさきも満身創痍だというのに、こちらの身を案じてくれた。そんな仲間の想いが俺を勇気づける。両手剣を握る力も、より一層強くなる。
「それでも俺は……絶対に逃げない。誰ひとり見捨てないからな!」
「仲間同士の絆というやつかい? 無意味でしかないね。そんなものは簡単に壊せる」
そう言うとデウスは左手をこちらに突き出し、力を込めた。すると身体が苦しくなり……エンシェントビットを埋め込まれた部分が熱くなる。
「ぐあああっ!?」
「ゾルクさん!!」
ヴィオでフィアレーヌから
両手剣を落とすまいと腕に力を込め、倒れないよう必死で踏ん張るが、ソシアの叫びは遠ざかって聞こえた。早くも危険な状態に差し掛かっているのだ。
「フィアレーヌに霊術を叩き込んだのは誰だと思う? ……他の誰でもない。この我さ! つまり、こんな風に霊操も出来るというわけだよ!」
やはり霊操であった。そして迂闊だった。まさかデウスが霊術を扱えるとは……。
「エンシェントビットに宿る魂どもは今まで存在を悟られないようにしていたみたいだけれど、ゾルク・シュナイダーとの融合が進んだせいで明るみに出易くなってしまったようだね。このことを発見したフィアレーヌは本当にお手柄だったよ!」
凶行は無慈悲に続く。最後の砦である封印護符も……俺の体から離れ、霧散。
「封印護符が剥がされてしまった……! このままではヴィオの二の舞ぞ……!」
まさきが焦る。完全に霊操されてしまったら、もう二度と元には戻れないからだ。絶体絶命の状況である。
「さあ、霊操はもうすぐ完了だ! ゾルク・シュナイダー共々エンシェントビットを我が支配下に置いてくれる! これが、君達に贈る最大の絶望だよ!! あははははは!!」
――苦しさのせいで、どんどん意識が遠くなる。辛うじて立ってはいるけれどデウスが何を喋っているのか、もう聞き取れなくなった。
俺はこのまま操り人形となるのか。
また仲間に剣を向けるつもりなのか。
それで構わないと思っているのか。
……いいはずがない。もう屈してはいけないのだ。
「負けて……たまるか……」
真の救世主となってデウスに引導を渡したい。世界を救いたい。
「俺に……」
平和を願うリリネイアさん達のため。
「俺に……!」
こんな俺を助けようとしてくれた仲間のため。……そして。
「俺にっ!!」
命を懸けて救ってくれたマリナのために。全身全霊を捧げ、ありったけの想いを込める――
「俺に応えろ!! エンシェントビットォォォォォ!!」
激しい苦痛を振り切り、鋼色の両手剣を力強く天に掲げた。すると俺の中から、虹色の温かな光がとてつもない勢いで溢れ、両手剣ごと全身を包み込んだ。
「霊操が跳ね返された!?」
デウスは信じられないと言いたげな表情を浮かべていた。俺の仲間も何が起こったのか理解できていない。
――虹色の光が消え、再び俺の姿が現れた時。握る両手剣は形を変えていた。数多のビットが埋め込まれた、淡い光を放つ白銀の剣身。
この異様な変化についてデウスはただ問う。
「その剣は、一体なんだというのだい……」
「俺とエンシェントビットの誓いの証、『
剣の先端を奴に向け、最低限のことを述べた。
「無創剣……虚無と創造を司る剣、とでも言うのかい? ……あはははは! 大層な剣だね! まったく子供騙しもいいところだよ。ナイスなネーミングセンスではないか!」
「へっ。今の内に馬鹿にしてればいいさ。お前は後悔することになるんだからな」
煽ったつもりだろうが俺には通用しない。当てつけとして鼻で笑ってやった。
「……
挑発されたデウスは殺意を一気に迸らせ、例の球状のバリアに身を包む。
ついに奴と戦う瞬間がやってきた。絶対に負けられないし、負けるつもりはない。胸の中心のエンシェントビットへ意識を集中。そして願いと気合を込め、魔力を解放した。
「全開だぁぁぁ!! 力を解き放つ!!」
エンシェントビットの魔力に飲み込まれないよう叫んで自我を保つ。そして自分の意思で魔力を操作し、背の二か所へ対になるように集結させた。魔力は光となり可視できる状態で勢いよく直下に噴き出し、それに伴って身体は物凄い勢いで上昇する。
「うおおおお!!」
――成功だ。俺は今、飛んでいる!
しかもただの飛行ではない。デウスが宝剣を操るスピードよりも遥かに速いと実感できる。更に、軌道も俺の考えた通りに……難しい物理法則や慣性などを無視して、縦横無尽に飛ぶ事が出来るのだ。
これを見たミッシェルは目を輝かせる。
「翼!? ゾルクの背中から光の翼が生えてる……! しかもなんなの、あのジグザグ飛行。めっちゃデタラメに飛んでるわ!」
「いいえ、あれは翼ではなく魔力の放出現象です。背中から魔力を大量に噴射した反動で推進力を得て、あれほどの超高速飛行を可能にしているのでしょう。ザルヴァルグの魔力エンジンと同じ理屈です」
「カッコいいんだから理屈なんてどうでもいいの!」
「どうでもいい……」
「それよりほら、応援しましょ! ゾルクーッ!! 頑張ってー!!」
ジーレイの解説を一蹴し、彼女は期待してくれた。
凄まじい速さを活かしたジグザグの軌道は、デウスを少しでも
まずスピードに任せてバリアに剣撃を叩き込みデウスを空中へ……天井のなくなったネアフェル神殿の、更に上空へと打ち上げる。
「ほう。ゾルク・シュナイダーめ、少しは楽しませてくれるではないか」
続いてデウスを取り囲むように飛び回り、上下左右前後ほか不特定多数の方向に駆け抜けながら、見切れるはずの無い超速の斬撃を喰らわせていく。宝剣による攻撃も弾き続けてみせた。
……しかしデウスは涼しい顔をしている。それもそのはず。俺の連続攻撃は、まるで届いていないのだ。
「でも愚かだね。我には、全てを遮る卑怯なバリアがあるのだよ。忘れてしまったのかい?」
――忘れるわけがないだろう。そのバリアを破るため、俺は『次の一撃に命を懸ける』のだ。
「いっけええええええ!!」
エンシェントキャリバーの切っ先を真っ直ぐとデウスに向けると、魔力を最大出力にして下方から突撃する。
「あはははは! だから無意味だと……」
剣の先がバリアに触れ、一瞬だけ留まる。デウスは、どうせ弾かれるだろうと
「……何っ!?」
その判断は間違いだった。留まっていたエンシェントキャリバーがバリアを貫き、そして抹消してしまったのだから。
「ぐっ……!!」
貫いた勢いのまま、剣の切っ先はデウスの頬を掠める。傷口からは僅かながら出血が。――俺の知る限りで、奴が初めてダメージを負った瞬間であった。
デウスは今の一撃でもっと上空へと吹き飛ばされつつも、状況を分析するために平静を保とうとする。
「……ふ、ふふふ……なるほど。エンシェントビットの力でバリアを斬り裂き無効化したというわけか。だが何度でも展開すればいいだけのこと! 今度は無効化される前に君を貫いてあげるよ!!」
もう声を聞く必要は無い。奴がどう足掻こうとも次に何が起こるか解りきっている。
俺はデウスの真上から地へ向けて、先ほどと同じ体勢で突撃を仕掛けた。俺の新たなる秘奥義の、最後の一撃である……!
「必殺奥義!!
エンシェントキャリバーはデウスの胴体を……確実に捉えた。
「……がはぁっ!?」
そして貫いたまま急降下。ネアフェル神殿内の破壊された祭壇へと突き刺すように叩きつけ、腹を抉りながら剣を引き抜いた。
「ぐああああああ!!」
全身を走る激痛に耐えられず、絶叫。身に纏う白のマントは破れ、内側に着込んでいた服は元の色がわからないくらいに鮮血で染まっている。俺はデウスに、正真正銘の致命傷を与えることが出来たのだ。
「何故だ……何故、バリアを展開できない……!?」
瓦礫の中で苦悶の表情を浮かべ血を吐きながら、デウスは動揺。そして一つの結論へと辿り着いた。
「……なんということだ!? あの一撃は、無効化ではなく世界の
「よくわかったな。だけど、それを知ったところでお前にはどうすることも出来ない。今ここでとどめを刺して、ぜんぶ終わりに…………」
――いや、出来ない。エンシェントビットの力を使用した反動なのか、俺の体力は限界に達していた。とどめを刺すという意思に反して、剣を地に突き刺し膝を突いてしまう。
この隙をデウスは見逃さなかった。しかし攻撃する力が残っているわけではない。選んだのは……。
「まさか我が、撤退に追い込まれるとはね……無様な事この上ない。今回の屈辱は、いつか必ず晴らさせてもらうとしよう……。覚えておきたまえ、ゾルク・シュナイダー!!」
デウスの周囲の空間が歪み、門が開くかのような現象が起こる。……空間移動だ。逃走を阻止できる者はおらず、惜しくも逃がしてしまうのだった。
戦いは終わり、秘境ルミネオスへと戻った。
皆の手当ても一段落ついた頃。俺は頭を下げ、誠意を見せようと必死になっていた。
「みんな! 酷い態度をとってごめんなさい! 本当に悪かったよ……」
皆は、そんな俺を微笑ましく見守る。
「もう、ゾルクさん! 謝らないでくださいって言っているじゃないですか!」
「そーよ。助けに来てくれたし、デウスに最高の一発をぶちかましてくれたし! チャラになった上にボーナスが貰えるくらいの活躍だったわ♪」
ソシアとミッシェルは笑顔で許してくれた。
「お主の勇気、いつの日までも称えたいほどであったぞ……」
まさきも感心してくれている。だが称え続けるのは恥ずかしいのでやめてほしいところだ。
皆のノリに便乗したかったのか、アシュトンは鼻を高くしている。
「お前ら、俺にも少しくらい感謝してくれたっていいんだぜ?」
「だからあなたは何もしてないでしょ」
「きゅ、救世主を運んだし!」
「その言い訳は苦しいっ!」
「そりゃないぜ……」
「……ふふっ、ウソウソ。アシュトンもありがとね♪」
ミッシェルにより漫才となるも、オチではきちんと感謝されていた。
「ほっほっほ。君達、本当はこんなに賑やかな面子だったんじゃな。若い頃によく騒いでおったのを思い出したよ」
ターシュさんも場の雰囲気に馴染んで楽しんでいる。
……こうして皆が無事に笑っていられるのも、俺が復活できたのも、全てはリリネイアさんのおかげ。それを思い出した俺は、とある行動に出た。
「……ジーレイ、ちょっといいかな」
指名し、誰も居ない部屋へと連れて行く。他の皆には内緒である。
「急に僕だけを呼ぶとは。……怒りが収まらないのですね。わかりました。潔く受け止めます」
「……えっ!? いや、待って待って! 違うよ! 実は色々あって……エンシェントビットに宿るリリネイアさんに会ったんだ」
「リリネイアに……!?」
名前を出した途端、ジーレイは大きな声をあげた。これほどわかりやすく動揺する姿は見たことがない。それくらい、彼にとってはありえないことだったのだ。
驚かせたままにしておくつもりはない。すぐに事情を説明した。エンシェントビットについてのことや、マリナが誕生した詳細な経緯、俺が今後も戦っていく決心をしたことなど。後で皆にも話す内容でもある。では何故ジーレイをわざわざ連れ出したのか。その理由は……。
「何も知らなかったから、なんて言い訳はしない。改めて謝るよ。傷つけるようなこと言って、本当にごめんなさい」
「ゾルク、いいのです。やはり僕は、世界を混乱に陥れた元凶に変わりありません。あなたの言葉は戒めとして心に刻ませていただきます」
俺は深く頭を下げたが、穏やかな声がそれを許した。
「……わかった。あと、それとさ……」
「まだ何かあるのですか?」
最も重要なことを伝える。
「リリネイアさん達、ジーレイのことをとても心配してた。『いつまでもお慕いしております』って言ってたよ」
「…………そう……ですか」
伝言を受け取った後、彼は背を向けた。その理由を問おうとは思わなかった。
「僕はてっきり、恨まれているものだとばかり思っていました。まさか皆が……未だに僕のことを……!」
震える背中をただ見守る。
「ゾルク……。伝えてくださり本当に……本当にありがとうございます……」
「うん」
ジーレイに返事をした後、静かに部屋から去るのだった。
次の日の朝がやってきた。
今後どうするかを皆で話し合う。集まったのはマリナの眠る部屋。その理由は勿論、俺がマリナの近くに居る必要があるからである。
本題に入る前に、まさきが質問する。
「ゾルクよ。今一度確認するが、封印護符を貼らずとも暴走せぬという話は誠なのだな……?」
「そうさ。この『
答えると共に、皆の前に剣を差し出した。ミッシェルが興味津々に見つめる。
「いつの間にか鞘も豪華に装飾されて、デザインまで変わっちゃってるわね。不思議だわ~」
「剣そのものからエンシェントビットの魔力を感じますね。暴走しない仕組みについて説明をお願い致します」
ジーレイも知りたいらしいので快く了承した。
「バッチリ教えるよ! エンシェントキャリバーは、埋め込まれたエンシェントビットと俺に元々宿ってたビットの魔力をそれぞれ半分に切り離したあと、ずっと使ってきた両手剣に融合させて創り出したんだ。そのおかげで俺の考えがエンシェントビットに伝わりやすくなって今までよりかは安定するようになったのさ」
「剣の形をした『制御装置』というわけですか。それに全ての魔力を一箇所で管理するより、分けて管理したほうがリスクも多少は下がる、と。体内に残ったもう半分については、どのようになさっているのですか」
「エンシェントキャリバーで制御しながら自分の魔力で包んで、あとは気合で抑え込んでる。リリネイアさんも『強い意志があればエンシェントビットを支配できる』って言ってたし、この先もなんとか抑えてみせるよ!」
「説明を聞いても
安心してほしくて説明を頑張ったのだが、まさきは感想として
「しかしエンシェントビットに宿る者が申すのであれば、きっと心配無用なのだろう……」
それでも納得はしてもらえたようなので、これでよしとしよう。
……と思っていたら、ソシアがふとした疑問を口にする。
「でもゾルクさん、ご自身の魔力を半分切り離しただなんて……体調に影響が出るかもしれませんよ。それに世界の理を書き換えてデウスのバリアを張れなくさせて……いくらなんでも無茶をし過ぎだと思います。本当に大丈夫なんですか?」
彼女の疑問は、皆も思っていることのようだ。全員が心配そうな目で俺を見つめてくる。それを受け、申し訳なく思いつつ明かした。
「えっと、そのー…………実は、めちゃくちゃ無理してる。世界の法則や原理を一旦ゼロに戻して俺個人の都合の良いように創りかえるわけだからね。エンシェントキャリバーのおかげで制御できてるって言っても、やっぱりエンシェントビットは不安定だから理の書き換えは凄く大変で。実際にどうなってるかはわからないけど……寿命が削られていくような感覚もあったんだ」
「ええええええええ!?」
皆は、声を揃えて吃驚した。その直後にアシュトンが文句を放つ。
「おい!! なに勝手に命を削ってやがるんだよ!! そんなことして新しい問題が出てきたらどうするつもりだ!? またウジウジして何もかもほっぽり出す気かよ!!」
「世界の理を書き換えるのは危険だしコントロールも難しいから、滅多にしないさ! それにもし、その時が来たら……ほら! みんなが俺を助けてくれるって信じてるから! だよね? みんな!」
我ながらどうしようもない台詞だ。しかもこれを聞いたミッシェルが即刻、否定してきた。
「あたし達は都合の良い何でも屋さんじゃないわよ!」
「えー? ミッシェルこそ何でも屋さんみたいなものじゃないか。筆術のおかげで」
「ちがーう!! あたしは何でも屋さんなんかじゃなーい!! ってゆーか、それを言うならゾルクの方が何でも屋さんに一番近くなっちゃってるでしょーが!!」
「ご、ごめん! ごめんって! ……いだいっ! 悪かったってばぁぁぁ!!」
この後、眉の吊り上がったミッシェルによって成す術も無くボコボコにされてしまう。けれども皆と馬鹿騒ぎ出来るような関係に戻れて、内心とても嬉しかった。
結局、今後の動向は決まらなかったが今はそれでよいとし、回復を待つことにした。――そう。賑やかな仲間の輪には一人分の余裕がある。俺は、この輪に戻ってきてほしいと強く願いながら、確かな温かみのあるマリナの手をしっかりと握るのだった。
エグゾアセントラルベース、荘厳の間。
暗黒の広間に戻り総司令席に着いたデウスは、仮面を被ったエグゾア六幹部――
「総司令、お身体が……。至急、医療班へ伝達します」
「クルネウス、怪我に構うな! ……それよりも軍事国クリスミッドの総帥アーティルに連絡しておくれ。『天空魔導砲ラグリシャの建造を急げ』という趣旨でね」
自らの手当てより優先するもの、それはなんなのか。また良からぬ企みを進めているようだ。
「……はっ。全ては、総司令の意のままに。しかし医療班への伝達は行います」
怒号を浴びせられたクルネウスは何事も無かったかのように承知し、荘厳の間から姿を消す。
「ジュレイダルどもがエンシェントビットを操る手段を手に入れたとしても、所詮は付け焼き刃。あの様子では、まだ操り切れていない。我に勝機は残されている! ゾルク・シュナイダーが完全な脅威となる前に完遂してみせよう。世界の破壊と創造を……! ふふふふ……あはははははは!!」
広い空間に最後まで残響するのは、やはり総司令デウスの不敵な笑い声であった。