Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
デウスとの戦いから数日後。
主要魔術研究所で眠り続けていたマリナがついに、その翠の眼を再び開いた。あたしとソシアは涙を浮かべてマリナに飛びつく。ジーレイ、まさき、アシュトン、老師ターシュは静かに喜んだ。
もちろんゾルクも笑顔を向けた。彼は多くを語らず、ただ一言「おはよう」と声をかけただけであり、マリナも頷くのみ。まるで二人の間だけにある特別な絆で、固く結ばれているかのようだった。
マリナが眠っていた間に起こったことを、皆で事細かに教えていた。その途中、彼女は血相を変える。
「
「そうさ。この剣を創ったおかげで、デウスに
淡い光を放つ白銀の聖剣を差し出し、話を続けようとするゾルク。だがマリナは怒声を放ち遮ってしまう。
「ゾルクッ!! どうして……!! 結局、戦う道を選んでしまうとは……それも身を削ってまで……!」
彼の悩む姿をずっと見続けてきたマリナだからこその反応である。
「リリネイアさんの話に同情して、場の雰囲気に流されたわけではないだろうな? 中途半端な覚悟では、エンシェントビットを操れるようになっても意味が無いんだぞ……!?」
「違うよ! きちんと考えて決めたんだ!」
ゾルクは面と向かって断言する。
「俺と同じように利用されたマリナが逃げずにエグゾアと戦おうとしてる姿を見て、教えられたよ。このまま泣き寝入りするのは悔しい、っていう感情を。だから偽物じゃなく本物の救世主として、デウスの野望を食い止めたいんだ。その決意の表れがエンシェントキャリバーなんだよ! ……前にゴウゼルで宣言したことがあったよね。『正しい救世主の姿はわからないけど世界も人も救いたい』って。でも正しい姿なんて、この際どうでもいいんだ。俺は、俺なりの『救世主』になる! もう二度と折れたりなんかしない!」
そう語る彼の姿は、誰の目にも勇ましく凛々しく映っていた。
見せつけられたマリナは、どうやら納得したらしい。大きく息を吐いて高ぶった気持ちを抑えると、ゾルクに穏やかな表情を向けた。
「……そうか。そこまで言うんだったら、お前を信じる。ただし無茶はするんじゃないぞ。エンシェントビットの力を乱用して命をすり減らすなど、以ての外だ」
「わかってるさ。みんなからも、たくさん釘を刺されまくったし」
金の髪を撫でながら苦笑した。するとマリナが右手を差し出す。
「では、ゾルク。引き続き、これからもよろしく頼む」
しっかりと握り返した彼は、太陽のように眩しく希望の溢れる笑顔を添えるのだった。
「……ああ! こちらこそ、よろしく!」
‐Tales of Zero‐
第41話「再起」
「いや~、おアツいわねぇ」
「何が?」
二人のやりとりを眺めていたあたしは、無意識ながらに発してしまった。ゾルクが怪訝そうに尋ねてくるも、取り繕った笑顔でなんとか誤魔化す。
「ん~? それより、これからどうするか決めましょ」
「なんか
誤魔化したのではあるが、提示した話題自体はとても重要なもの。直ちに解決しなければならない大問題が目の前に無い以上、これからどう動くかを皆で相談するしかない。ゾルクも納得した。
眉をひそめながらソシアが切り出す。
「ゾルクさんがデウスに対抗しうる力を手に入れたわけですが、またすぐ襲ってきたりしないでしょうか? もしも畳み掛けてこられたら不利だと思うんです……」
微かに震える手を胸に添えていた。この不安にジーレイが答える。
「むしろデウスは今まで以上に慎重になり、簡単には攻めてこないはず。あの用意周到な性格を考慮すると、現時点で
これを聞いたソシアは、ひとまず安堵した。
彼女だけでなく、あたしも密かに安心していた。次元の違う強さでこちらを圧倒してくるデウスと頻繁に戦っていては命が幾つあっても足りないからだ。六幹部という脅威は相変わらず残っているが、それでもデウスよりはマシだと思える。
次に、まさきが喋り始める。彼の面持ちは険しかった。
「エグゾアは
「まさかエンシェントビットみたいな神器を創る気なのかしら」
直感のまま、あたしはそう零した。けれどもこの意見はマリナによって否定される。
「プライドの高いデウスが、今さらジーレイの真似をして創り出そうとするだろうか? しかも二千年前の時点で既に失敗しているらしいじゃないか。それにエンシェントビットの真相に気付くより先に、火薬の都市ヴィオで人々を誘拐していた。神器創造の線は薄いと考えるべきだ」
だがそうなると、リゾリュート人を集める理由がますますわからない。デウスが良からぬことを企てている、という現実は変わらないままに。
その後、ゾルクから「いっそのことエンシェントビットの力を使ってデウスの存在そのものを抹消してはどうか」という案が出された……のであるが、ジーレイによってすぐに却下された。
「世界の
初めて力を使った後にゾルクは「寿命が削られていくような感覚があった」と言っていた。ジーレイの仮説が正しいとすると、これは比喩でもなんでもなく実際に寿命を削った可能性が非常に高いのだ。そしてゾルクは身震いしながら「やめておく」と零すのだった。
これ以降、有意義な行動目的やエグゾアへの対策案などは挙がらず、皆で頭を抱えるしかなかった。
「はぁ……考えてもわからないな。ひとまず置いておこう」
溜め息と共にゾルクが話を終わらせた。
いったん区切りがついた。ここでマリナが申し出る。
「わがままを言うようで悪いが、他に目的地が無ければセリアル大陸の辺境の村……キベルナまで飛んでほしい」
「フォーティスさんに顔を見せたいの?」
「その通りだ。お前と旅を始めて以来、一度も帰っていないからな……安心させたいんだ。それに、あの時と比べたら色々な事情が変わってしまったし、その報告もしたい」
ゾルクと顔を見合わせ、そう言った。
辺境の村キベルナというのは、エグゾアを抜けたマリナを保護してくれた歴史学者フォーティスさんの住むところ……だそうだ。実際に訪れたことがあるのはゾルクとマリナだけなので、それ以上のことはわからない。
しかし感じ取れることもある。フォーティスさんとマリナは家族も同然の親しい間柄なのかもしれない、と。彼女の優しげな声が、あたしにそう思わせるのだった。
「アシュトン、頼めるか?」
「いいぜ。特にやることねーしな。自由に動ける内に片付けといた方がいいだろうよ」
「助かる」
ふてぶてしく腕を組んだアシュトン。視線をマリナに向けることはなかった。しかし返事は刺々しさを含んではいない。相変わらずぶっきらぼうな態度だが、要求自体はすんなりと飲み込んでいる。あたし達に馴染んできている証拠なのかもしれない。
ルミネオスを発つ準備が整った。主要魔術研究所の外では、ソーサラーリングからザルヴァルグを召喚したアシュトンが機内で待機している。
あたし達もザルヴァルグに乗り込むのだが、その前に老師ターシュへ別れの挨拶をする。
「ターシュ。あなたには何から何まで世話になってしまいました。本当に感謝しています」
「何をおっしゃるのですか。当然の責務を果たしたまででございます。この老いぼれの力が必要となった際は、またいつでもルミネオスにお越しくだされ」
「心強い限りです」
ジーレイの、心の底からの礼である。老師ターシュは長い白眉に重なった糸目を緩ませ、微笑んだ。
「それと、ゾルク君」
まさか自分が呼ばれるとは思わなかった、と言わんばかりの顔。だが次の言葉で一転、気を引き締めることとなる。
「わしがわざわざ伝えるまでもないとは思うが……エンシェントビットとその中に宿る魂達と共に、この世界を救ってほしい。無論、君なりの『救世主』としてな」
「……任せてください!」
決意が込められた返事を受け取った老師ターシュ。ゾルクを見つめたまま、ただ一度、深く頷くのだった。
「では、僕達は出発いたします」
「皆さん、どうかお気を付けて。……そしてジュレイダル様。魔力が回復したとはいえ決して無理をなさってはいけません。どうかお忘れなく」
「……ええ。肝に銘じます」
挨拶の後、老師ターシュは懸念を付け加えた。対するジーレイの表情は微かに儚さを含んでいるように感じた。
彼らの会話を最後に、秘境ルミネオスでの出来事は締めくくられた。
広い海を
マリナによれば、旅を始める前に比べて活気が戻ってきているという。すれ違う人々の表情は明るく商店も賑わっているのだが、以前はそうではなかったようだ。魔皇帝の呪い――実際はデウスの魔導操作装置による工作――が解けたことによりセリアル大陸の空が晴れ、凶暴化させられていたモンスターが大人しくなったおかげなのだろう。
しかし、それは上辺だけの平和に過ぎない。デウスの野望は依然として進み続けているのだから。
歩みを進め、白の煉瓦と石造りの屋根で構成された、古くも立派な二階建ての屋敷に訪れた。ここが、マリナの理解者であり保護者である歴史学者フォーティスさんの家だという。
「フォーティス爺さん……ただいま。帰ってきたよ」
扉を手前に引き、マリナが帰宅を告げる。とても感慨深そうだった。
「マリナ……! ゾルク君も! 無事でいてくれたのか! 本当によかった!!」
赤い毛皮の掛け布で身を包んでいる、杖をついた白髪と白髭の老人。この人がフォーティスさんらしい。
彼は広間中央の大きなテーブルで本を読んでいたようだが、マリナを見つけるや否や椅子から立ち上がり入口まで矢のように飛んできた。
「リゾリュート大陸が現れた時は、あまりにいきなりのことで驚いたがセリアル大陸から暗雲が取り除かれたことで確信したよ。救世主によって世界は救われたのだと! キベルナの皆も、もう不安がってはおらん。……しかし帰りが遅いので、とても心配しておったんじゃ……!」
フォーティスさんは再会に感激。ゾルクとマリナを両腕で一度に抱き締める。
「二人とも……いや、きっと後ろの皆さんも一緒に旅をしてくださったのだろうね。世界を救ってくれてありがとう……!」
あたし達ひとり一人の顔を眺め、キベルナの住民を代表するかのように感謝を述べた。
ここでようやくフォーティスさんの言葉が途切れた。意外と力強い彼の腕から抜け出しつつ、マリナが口を開く。
「お、落ち着いてよ爺さん! ……大事な話があるんだ」
「大事な話?」
広間のテーブルを皆で囲み、フォーティスさんに真実を語った。彼の理解は早く、その表情はみるみる内に深刻なものへと塗り変わっていった。
「――なんということだろう。わしの知っておる歴史には誤りがあり、救世主について書かれた古文書も総司令デウスによって仕組まれたものだったとは……思いもせんかった。果ては、そこにおられる魔術師ジーレイ・エルシードが魔皇帝その人だったとはのう……」
全てを聞き終え、何とも言えない表情でジーレイを見る。同時に、わなわなと肩を震わせていた。もしや恐れているのだろうか。
様子に気付いたジーレイが優しく伝える。
「魔皇帝であったことなど遠い昔の話です。現在は一介の魔術師ですので、お気になさらないでください」
「いえいえ、特に気にしてはおらんですよ。それよりも、本当の歴史についてあなたに語ってもらいたいと思いましてのう。ああ、歴史学者としての血が騒ぐ……!」
「……
どこか安心したような、しかし残念そうな風にジーレイは呟く。彼の眼鏡は光を反射させて両目を隠し、表情を遮断してしまうのだった。
小さく溜め息をつきながら、マリナが
「爺さん、血の騒ぎは抑えて。語ってもらうのはまた今度に」
「おっと、すまんすまん。それで……マリナよ。自分の正体が人間ではなく、ゼロノイドと呼ばれる魔力集合体だと言ったな。その事実が心の負担になったり、ヤケになっておったりはせんか? もしそうだとしたら、ここに留まり休んでもいいんじゃよ」
フォーティスさんは鋭くはっきりとした口調で、しかし慈しみの込められた声色で尋ねた。対する彼女は、毅然とした態度で翠の眼を見開く。
「ありがとう。でも心配しないで。気持ちには、きちんと整理がついているから。これまで通り、みんなと一緒に世界を救う旅を続けるよ」
返事を聞いたフォーティスさんは、ほっと安心できたのか顔をほころばせる。
「そうか。それなら良かった。……あとのう。疲れたら遠慮せず、どんな時でも帰ってくるといい。この屋敷は『一人の人間』であるお前を保護したあの日から、いつまでも『お前の家』なんじゃからのう」
「……うん」
マリナは、フォーティスさんの深い愛情を全身で受け止め、閉じた翠の眼を密かに潤ませるのだった。
あれから屋敷に泊めさせてもらい、キベルナで一夜を明かした。
大勢で食事をするのはとても久々だと、昨夜も今朝もフォーティスさんは喜んでいた。彼の目の前に座っていたマリナも時折、旅では見せたことがないような、あどけない笑顔を浮かべていた。普段のクールで厳格な振る舞いからは想像できなかったが、あれがマリナ本来の姿なのかもしれない。
まだ今後の目的が定まっていないこともあり、昨日と同じくマリナが皆に希望を伝える。どうやら戦闘訓練……つまりトレーニングを行いたいらしい。そんなわけで武器を持ち、皆でキベルナ近辺の平野部に繰り出した。
「ずっと眠っていたせいで身体がなまっているし、みんなとは百日分の差が開いているからな。肩慣らしも兼ねて手合わせを願いたい」
軽い準備運動を終え、マリナが言った。彼女の人選は。
「ソシア、相手をしてくれないか? 手合わせのついでに、いざという時のため新しく治癒の技を覚えたいんだ。コツを教えてほしい」
「ちょうど私もマリナさんから脚技を教わりたいと思っていました。敵に近付かれた時でも焦らず対応できるようになりたくて……!」
「では決まりだな。お手柔らかに頼む」
「はい、よろしくお願いします!」
お互いに思うところがあったようで、すぐに話がついた。
その傍らでは、剣を有する二人が意気投合していた。
「よーし! まさき、俺達も始めよう!」
「承知した。鍛練は拙者も好んでいるのでな。……時に、まともな状態のお主と初めて剣を交えることになるのか。奇妙な感慨深さすらあるぞ……」
「うっ……。そ、その節は大変お世話になりました……」
まさきの何気ない言葉が痛いところを突いてしまった様子。威勢を崩され冷や汗を流している。なんともゾルクらしい締まらなさだ。
ジーレイはジーレイで。
「魔術の精度を高めてきます」
とだけ言い残し、草むらの方に向かっていった。
さて、あたしはどうしようかと迷っていると。
「お前らみんな熱血すぎるぜ……と言いたいところだが、俺も訓練するか」
アシュトンが小さく呟いた。呆れたようで呆れていない謎のテンションであるが、ライフルをしっかり肩に担いでいる。
ライフルの種類は、いわゆる無限長銃。マリナの無限拳銃と同じく実弾の代わりに加工したビットが装填されており、ほぼ無尽蔵に魔力弾を放てるのである。
彼が戦闘に関してここまで意欲的な態度を示すのは、実に意外。なのであたしは尋ねてみた。
「あーら珍しい。どういう風の吹き回し? っていうか武器持ってたのね」
「総司令に襲われた時、戦えねぇ俺は逃げるしかなかっただろ? この先も足を引っ張るのは流石に格好つかねぇと思ってな。ずっとサボってたライフルの訓練を再開することにしたのさ。めちゃくちゃめんどくせぇけど」
デウスとの戦いはアシュトンの心境にも変化を与えていた。億劫そうに口を尖らせるが、やるべきことをやろうと真剣に向き合っているのだ。
「いい心掛けじゃないの♪ それじゃ、これからアシュトンにはどんどん戦って貰わなきゃね!」
あたしは彼の考えを理解したつもりで微笑んでみせたのだが。
「おい、勘違いするなよ? 俺の訓練は、自分の身を守るための最低限のものだ。なんと言われようが俺はあくまでパイロットだからな。今まで通り、戦闘は全部お前らに押し付けてやる」
……そう甘くはなかった。いかにも真面目腐った理由を述べて意地悪そうに笑っている。今度は、あたしが口を尖らせる破目に。
「ちぇーっ。助けてくれたっていいじゃないの、ケチ~!」
「うるっせぇよ、デカいガキめ。俺は向こうに行くからな。愚痴る暇があるなら、お前もとっとと始めやがれ!」
いつもの調子で悪態をついた後、緩やかな丘を目指して足早で移動してしまった。残されたあたしは一人黙々と大筆を振り回し、筆術の練度を上げまくるのだった。
各自の特訓で一日が終わった。けれどもこれでよかったのだと思う。いつ訪れるともわからないエグゾア六幹部との戦いに向けて、確かな力をつけられたのだから。
皆でフォーティスさんの屋敷に戻る途中、突然ゾルクがこんなことを言い出した。
「なあ、みんな。今度はリゾリュート大陸の田舎町バールンに行ってほしいんだ。俺の故郷なんだけど、用事があるから帰りたくて」
「お主も里帰りか……?」
まさきが尋ねる。するとゾルクは、どういうわけか段々と声量を落としていく。
「実は俺、一緒に暮らしてる叔父さんに何も言わず旅に出ちゃったから、そろそろ顔を見せないとヤバイんだ。っていうか、もうとっくにヤバイ……確実に手遅れ。……どうしよう、帰りたくなくなってきた……」
「どっちなのよ」
あたしは反射的にツッコミを入れてしまった。しかし、しょうがない。そうしたくなるほど優柔不断なのだから。
「帰りたいんだけど怒られるのが怖いんだよぉ……! 雷が落ちる……すっごく大きいやつが……絶対に……。でも帰らなきゃ……」
震える声。虚ろな蒼眼。大袈裟に脱力した肩。デウスを撃退した時の面影も無いほど情けない姿を晒している。
「大丈夫ですか? 顔色がどんどん悪くなっていますよ」
「へ、平気、平気……」
ソシアの心配に対して、この返事。どこが平気なのか。顔は地を向き、もはや声に勢いは無く、口元もあからさまに引きつっている。
アシュトンですら心の底から呆れてしまう。
「救世主め、復活しても情けねぇなぁ……。まあとりあえず、次の目的地はバールンって町に決まりだな」
「はあぁぁぁ……」
ゾルクは長く大きな溜め息をついて返事の代わりとした。これほどまでに恐れられている『叔父さん』とは、どのような人物なのだろうか。