Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第42話「新たな危機」 語り:ミッシェル

 現在、大翼機(たいよくき)ザルヴァルグでキベルナから移動中である。その機内でゾルクが疑問を発した。

 

「あの屋敷、またエグゾアに利用されたらどうしよう? フォーティスさんの身に何かあったら大変だよ」

 

「その点には話がついている。エグゾアが屋敷に工作する理由はもう存在しない上、私達が帰ってくるまで村にも屋敷にも異変は無かったので心配ないそうだ。それにデウスは(したた)かだ。次に仕掛けてくるとしたら、もっと別の何かを利用するだろう。念のためジーレイに頼んで屋敷に対人用の警備魔術をかけてもらい、対策も万全だ。……お前も話の場に居たはずだが、聞いていなかったのか?」

 

 マリナは少々呆れながら答えるのだった。

 二人の会話を聞いていたあたしは、ゾルクをフォローするつもりで首を突っ込んでみる。

 

「聞いてなかったとしても無理ないわよ。叔父さんに怒られるのが怖くて、ずっと気が気じゃないのよね?」

 

「……えっと、はい……そうです……」

 

「あらら、超テンション低くなっちゃった。こりゃ、よっぽどねぇ」

 

 ゾルクはバールン行きが決定して以降ずっと、そわそわしている。胸中を言い当てるのは簡単だった。

 

「はぁ……どうして何も言わずに旅に出ちゃったんだろう……。そりゃあ場の流れというか勢いもあったけどさ、せめて一声かけてから出発すればよかった。あの時の俺ぇ~……恨んでやる~……」

 

 まだ怒られていないのに落ち込むのは流石にどうかと思う。マリナに続いて、あたしも呆れの溜め息をつきそうになってしまうのだった。

 

 

 

 リゾリュート大陸中央付近に位置する、バールン。ケンヴィクス王国配下の田舎町であり、知っての通りゾルクの希望でここまでやってきた。本人は既に意気消沈しているが。

 農業や牧畜が盛んらしく至る所に農地が広がっており、まさに『平和』という印象。辺境の村キベルナに通ずる雰囲気を漂わせている。

 しばらく歩いて見えてきたのは、くすんだ赤い屋根と煉瓦造りの煙突が特徴的な、木造の古ぼけた小さな家。ゾルクの自宅である。

 

「た……ただい、ま……」

 

 自分の家であるにもかかわらず極度に緊張している。恐る恐る扉を開けながら絞り出すように声を発した。

 肝心の叔父は在宅しており、木製のテーブルで静かにコーヒーを飲んでいた。そしてゾルクの弱々しい挨拶を耳にした途端……カップを尋常ではない速さで下ろし、けたたましい音を立てるのだった。

 

「……ゾルク……!? ゾルクなのか!?」

 

 清潔感のある薄黄色の短髪、ゾルクより少し高い身長に白いセーター、鼻の上には小さな丸眼鏡。この四十代頃の男性がゾルクの叔父であり育ての親、ヘイル・シュナイダーなのだ。

 まだ入口に立ったままのゾルクは、驚きを隠せない叔父に対して頭を下げようとする。

 

「ヘイルおじさん……ずっと留守にして、ごめ……」

 

 ――その瞬間。ヘイルさんは乱暴に椅子を下げて立ち上がった……かと思うと、ゾルクの傍までずかずかと近寄ってきたのだ。

 

「お前という奴は!! 今まで何をしていた!!」

 

「ひいっ!?」

 

 穏やかそうな風貌からは想像できないほどの、凄まじい声量。あっという間に家の中を満たすと、出入り口を通じて隣近所にも響いていった。

 あたしの鼓膜も、その怒声によってひどく震えさせられてしまった。反射的に耳を塞いだが、まるで意味を成していない。

 

「わたしがどれだけ心配したと思っているんだ!! 大昔のセリアル大陸が突然あらわれたと思ったら、今度は火薬の都市ヴィオで謎の誘拐事件も起きた!! 世界の混乱に、お前も巻き込まれたんじゃあないかと……本当に心配したんだぞ!!」

 

 鬼のような形相のヘイルさん。怒られていないあたし達の方にすら、落ちる雷の迫力は及ぶ。

 家族としての思いやり故だろうけれど……正直言ってメチャクチャ怖い。あたしまで「ごめんなさい」と発してしまいそうである。ゾルクが恐れていた理由、身に沁みてわかった。……さっきは呆れそうになって悪かったわ……。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「『ごめん』で済むなら!!」

 

「お、王国軍は要らない……。でも本当にごめんなさい! どうか許して……!」

 

「簡単に許せるわけがないだろう!! それにな、お偉いさんの別荘の爆破や脱獄などについて、バールン刑務所から連絡もあったんだぞ!? ……お前がそんなことをやったとは信じていないが、長い間うちに居なかったのも事実! 納得できる説明をしてもらうからな!!」

 

「う……うぅっ……!」

 

 畳み掛けられるように怒鳴られ、ゾルクは平静を失った。涙目であり、まともに説明できる状態ではない。

 代わりとしてマリナが丁寧に頭を下げた。

 

「ヘイルさん、初めまして。ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません」

 

「ん……!? 君達は一体……?」

 

 ここでようやく彼は、ゾルクの後ろに立つあたし達の存在に気付いた。すると声量は抑えられていき激昂が鎮まっていく。これなら冷静に話し合えそうだ。

 

「私の名前はマリナ・ウィルバートン。ゾルクが何をしていたかについては、私から説明させていただきます」

 

 そしてヘイルさんは、ひとまずあたし達を招き入れてくれるのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第42話「新たな危機」

 

 

 

「ゾルクが救世主に……。まさか、そんな大冒険をしていたとはな……。本当に身体は平気なのか……?」

 

 セリアル大陸出現の影響もあってか、すんなりと信じてくれた。同時に、エンシェントビットを埋め込まれたゾルクを案じる。

 

「うん、説明した通りだよ。心配しないで」

 

 ヘイルさんへの朗らかな返事。苦しみや辛さは微塵も含まれていない。

 

「そうか……。だったらいいんだが、旅を続けると言ったな? 構わないけれども、これ以上は無茶をするんじゃないぞ。それと言いそびれていたが……ゾルク、おかえり」

 

「……ただいま!」

 

 ゾルク帰宅直後の激昂は、もはや影も形も無い。今は心を落ち着かせ、本来の姿であろう優しい叔父として振る舞っている。どうやら一件落着のようだ。

 

「ところで」

 

 ――と思ったのだが雲行きが怪しい。

 ヘイルさんは大真面目にゾルクを見つめ、また緊張感を漂わせてきた。

 

「濡れ衣だったとはいえ、お前が脱獄したというのは事実なんだな?」

 

「えっ、あれは脱出……」

 

「脱獄したというのは事実なんだな?」

 

「……は、はい。そうです」

 

 ひとつだけ大きな溜め息をつき、肩を落とすヘイルさん。ずれた丸眼鏡の位置をクイッと直し、次に放った言葉は。

 

「一緒にバールン刑務所へ行くぞ」

 

「ええええええええ!!」

 

 それはゾルクだけでなく、あたし達全員を驚かせる発言であった。

 

「なんで行かなきゃいけないの!?」

 

「冤罪だと認めてもらう前に勝手な判断で脱獄してしまったわけだからな。その点はケジメをつけなければならんだろう。わたしからも職員の兵士に説明してみるし、真犯人のドステロという男が自首していれば、もっと話が通じやすくなるはず。だから一緒に行くぞ」

 

「ううっ……わかったよ……」

 

 ヘイルさんの言葉、もっともである。これにゾルクは渋々と同意するのだった。

 すると今度はマリナが質問した。後味が悪そうに目を伏せている。

 

「脱獄を手伝ってしまった私も罪に問われるのでしょうか」

 

「本当なら問われる可能性があるけれど、わたしが刑務所側から聞いた話ではゾルク一人で脱獄したことになっているみたいだからね。君はゾルクのわがままで無理やり手伝わされたそうだし、知らぬふりを通せばいいよ。わたしも黙っておこう」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

 礼をするマリナの表情は晴れやかであった。

 

「あれ!? ケジメは!? 俺との扱いの差は何!? ひどい! ひどいよおじさん!!」

 

「いいから行くぞ」

 

 嘆くゾルクを、ヘイルさんは淡々とあしらうのであった。そしてなんだかんだで全員が同行することに。

 

 

 

 田舎町バールン北側の人気の無い土地に、白い石造りの刑務所はあった。もっと奥には、モンスターが生息しているという森も見える。どちらの場所も、ゾルクとマリナが初めて会った時に足を踏み入れたと話していた。

 ヘイルさんが刑務所の職員に経緯を説明。すると所長と話ができることになり、あたし達はすぐに執務室へ通された。

 所長は、中肉中背で灰色の髪をした温和そうな男性であった。

 

「確かにドステロという男が自首し、バールンの屋敷爆破の罪を認めて自ら刑務所に入りました。この件について、あなたは無実です」

 

「やったあ! ドステロがけっこう義理堅い奴で助かった……!」

 

 ゾルクは気分を明るくさせた。が。

 

「けれども名誉騎士長殿(めいよきしちょうどの)のおっしゃる通り、脱獄は脱獄。そして脱獄は大罪。正式な処理が必要となります。そこでゾルク・シュナイダー君にはケンヴィクス王国首都オークヌスへの出頭を命じます。こちらから兵士を出し、連行させていただきますね」

 

「そ……そんなぁ……」

 

 まさに一喜一憂。瞬く間に表情が曇る。

 

「名誉騎士長殿も、どうか御一緒に。冤罪だったと説明するにあたり、あなたがいらっしゃれば話が早いでしょう」

 

「そのつもりだ」

 

 あたし達の次の目的地が強制的に決定した。なんと情けない展開だろうか。ゾルクの締まらなさは、あたしの想像を遥かに超えているようだ。

 

「先ほどからヘイル殿が『名誉騎士長』と呼ばれているが、それはもしやケンヴィクス王国軍の……?」

 

 予想を交え、まさきが問う。ゾルクは素直に頷いた。

 

「そうだよ。ヘイルおじさんは元ケンヴィクス王国軍の騎士長でね。剣の腕前が凄まじくて、国王陛下直属の護衛騎士を務めたこともあるんだ。それほど優秀だったから退役する時、陛下から『名誉騎士長』の称号を賜わったんだよ。つまり地位と実力があるから俺のことも解決しやすいのさ」

 

「なんと、ヘイル殿はとてつもない猛者であったか! 是非とも手合わせ願いたく存じ上げる……!」

 

 解説を聞いたまさきは珍しく心を躍らせている。どうやらこの手の事柄を好いているようだ。

 

「ははは。退役してなおスメラギ武士団の若き団長から熱烈な申し出を受けるとは光栄の極みだね。こちらこそ機会さえあればお願いしたい」

 

 ヘイルさんもまさきを認めており満更でもない様子。二人は握手し「いつか必ず」と約束を交わすのだった。

 ちなみに、あたしも何となくゾルクの解説を聞いていたのだが「だったら脱獄しないで大人しくヘイルさんを待てばよかったのに」と思わずにはいられなかった。しかし逆に言えば、当時の彼は先のことを考えられないほど焦燥していたのかもしれない。

 

 その後、刑務所内で事務的な処理を済ませ、ケンヴィクス王国の首都へ向けて出発することに。

 所長の話どおり、刑務所側から兵士が寄越された。頭には兜、全身を鉄の鎧で包んでいる。ゾルクによるとこれはケンヴィクス王国軍の一般的な装備だそうだ。

 同行する兵士は二人。少ないように思えるが、名誉騎士長であるヘイルさんがそれだけ信用されているということだろう。

 一応は脱獄罪での連行であるため、首都までの道程は徒歩で行うこととされた。ザルヴァルグに乗れないと知ったアシュトンはすごく面倒くさそうな態度をとりながら、刑務所を離れる皆に続くのだった。

 

 

 

 首都オークヌスへの道のり。田舎町バールンから何日もかかる、ひたすら南を目指しての移動だ。

 全身で浴びるに丁度良い日差しが、平野に広がる草花を照らして青々と輝かせている。そのおかげか、あたし達が歩む乾いた土の街道も景色のアクセントとして一層映えるのだった。道の脇にはところどころ木々が生い茂っており、遠くでは雲がかかるほど大きな緑の山もそびえている。まるで絵に描いたように出来上がった風景だ。

 たまにモンスターに出くわすこともあったが脅威となるレベルではなかったため軽くひねってやった。他に問題もなく非常にのどかな旅路であり、さながらピクニック気分で街道を進んだ。……ただ一人、ゾルクを除いて。彼にとっては単なる連行でしかないので足取りは重かった。

 

 それはそれとして、同行しているヘイルさんの戦いぶりは生半可なものではなかった。

 右手に握った量産品の両刃片手剣をかざし、稲光(いなびかり)にも似た軌跡を描き、襲い来るモンスターをいとも簡単に薙ぎ払っていた。しかも籠手(こて)を着用してはいるものの、ほぼ普段着そのままの格好である。鎧を着用し破壊力重視の両手剣を扱う甥のゾルクとは正反対で、軽装による身軽さを利用した速攻型の剣技を得意としているのだ。

 モンスターが弱いという事実を踏まえても、対峙から撃破に至るまでの手際の良さは群を抜いていた。どの斬撃も的確に急所を捉えており、現役の武士団長であるまさきが尊敬の眼差しを贈るほど。国王が直々に授けたという『名誉騎士長』の称号がお飾りでないことを、あたし達は存分に思い知らされたのであった。

 余談だが、ヘイルさんにビットを分け与えたので剣技に更なる磨きがかかるだろう。喜ばしく思えるが、ゾルクだけは「これ以上強くなられると手合わせで一切勝てなくなりそうだ」と嘆いていた。

 

 もうじきゾルク連行の旅が終わる。目的地の首都オークヌスが視界に入ってきたからだ。しかし最初に見えたのは町並みではない。薄く黄色みのかかった直方体の石材が規則正しく積み重なって出来た、堅固な外壁であった。

 さながらセリアル大陸の発展途上都市メノレードを彷彿とさせる。あの都市の外壁も大したものだが、こちらはケンヴィクス王国の首都であり中央部には城も存在するため外壁の耐久力ではオークヌスの方が(まさ)っているはずだ、とゾルクが語ってくれた。

 首都に入るため、現在の街道から一番近くにある北門まで近づいていく。

 ――その途中、事件は起きた。

 

「妙な音が聞こえる。なにかこう、ゴォーッというような」

 

 傍に居る兵士が振り返り、空を見上げた。

 

「あの群れはなんだろうな。カラスか? コウモリか? 音もあの方向からのようだ」

 

 もう一人の兵士も雲の隙間を見つめる。

 

「本当だ。黒い何かがオークヌスにどんどん近付いてきてるな。……いや、変だ! あの黒いの、ただの生き物にしては大きすぎるぞ! モンスターか!?」

 

 更に接近を続け、あたし達の遥か頭上を轟音と共に通り過ぎる、巨大な黒の群れ。異常な事態だと全員が悟る。

 数にして十。それらは首都の上空で留まるかのように、ゆったりと不気味に旋回を始めた。

 真っ先にゾルクが叫ぶ。

 

「あれは怪翼機(かいよくき)ギルムルグ!! エグゾアめ、今度はオークヌスの人達をさらうつもりなのか!?」

 

「でしょうね。ヴィオの時みたいに……! みんなの命が危ないわ!」

 

 あたしは強い怒りを声に乗せた。人々が無力に吸い込まれていくあの惨劇が繰り返されると思うと、平常心ではいられなかった。

 隣では、ヘイルさんがギルムルグの群れを細い目で見つめている。

 

「あれはエグゾアによる襲撃なのか……。空襲としては過去に例が無いほどの規模だ。しかもあの黒い鳥はモンスターではなく君達のザルヴァルグとかいうのと同じ、飛行機械なんだろう? 王国軍にも対空迎撃装備はあるがモンスター用のものしか備わっていない。黒い鳥の装甲は見た目にも頑丈そうだし、太刀打ち出来るかどうか怪しいな……」

 

 かつて軍に所属していたからこそ、ああいった脅威への対抗手段が把握できており、それ故に悲観しているのだ。

 

「だったら俺達で止めないと! 本物の救世主として最初の戦いだ!」

 

 息巻いて拳を突き上げ、正義感に燃えるゾルク。だが、ジーレイが冷ややかに問う。

 

「意気込むのは結構ですが、どうやって止めるつもりなのですか」

 

「飛ぶのさ! こっちにはザルヴァルグのビームキャノンがあるし、エンシェントビットのおかげで俺も飛べる!」

 

「ザルヴァルグは良しとしましょう。有効な戦力となり得ますからね。しかしあなたが飛行したところで多数のギルムルグを相手にうまく立ち回れるのですか」

 

「ジーレイの魔術でダメージを与えて脆くなった装甲に、渾身の一撃を叩き込む!」

 

 よく考えているのか、いないのか。無謀な提案を聞いたジーレイは呆れて首を横に振る。

 

「非現実的ですね。魔術の射程にも限界があります。遥か上空の敵機を地上から狙うのは、ほぼ不可能。そのような状況で生身の人間一人が飛行できても意味がありません」

 

 その言葉でゾルクは目を丸くし、何かに気付いた。

 

「……同じ高さにいて、みんな一緒に戦えるなら対抗できるかな?」

 

「そうですね。その条件が満たされれば、どうにかなる可能性が……おや? ゾルク、何を考えているのですか」

 

 意見を認めた直後、ジーレイは(いぶか)しんだ。そしてゾルクはこれまでにないくらいハチャメチャなことを言い始める。

 

「ミッシェル、頼みたい事があるんだ。俺がエンシェントビットを使って君に力を与える。そのあと筆術でみんなを飛べるようにしてほしい!」

 

 自分しか飛べないなら、皆も飛べるようにして対抗すればいい――本当に、そんな単純な考えでいいと思っているのだろうか。仮定とはいえ「どうにかなる」と答えてしまったジーレイにも責任はあると思うけれど。

 破天荒な提案にあたし達は、ほとほと呆れるのだった。

 

「そんな無茶苦茶なこと、簡単に言ってくれちゃって……!」

 

「俺とミッシェルなら出来るよ!」

 

 呆れるあたしとは裏腹にゾルクは自信満々である。……そう。彼の「出来る」という意思には、きちんとした裏付けがあるのだ。

 

「……確かにエンシェントビットの助けがあったら筆術で飛ばせられるかもしれない。けど、あなたに力を使わせるわけにはいかないわ。実際にギルムルグと渡り合えるかどうかもわからないのに!」

 

「どのみち俺が力を使わなきゃ何の可能性も生まれないよ! それに世界の(ことわり)を書き換えるんじゃなくてミッシェルの潜在能力を一時的に解放するだけだから、負担も小さくて済むさ。っていうか、早くしないとギルムルグがオークヌスの人達をさらい始めるよ!?」

 

「だとしてもねぇ……!」

 

「あー、もういい!」

 

 口論の途中だったがゾルクは突然、背の鞘から無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーを引き抜き、天に掲げた。

 

「なっ!? こら、待て!!」

 

 マリナを筆頭に、皆で彼の行動をやめさせようと手を伸ばした……のだが全く間に合わなかった。

 

「エンシェントビットよ! 俺に応えろ!!」

 

 数多のビットが埋め込まれた白銀の剣身は、眩い白の光を放つことで持ち主に呼応してみせた。ゾルクの体内に宿るエンシェントビットは、彼の意思通りに力を発揮したのだ。

 同時に、あたしの内側から何かが(みなぎ)ってくる。魔力や体力などとは違う、自信というか確信のようなもの……勇気や闘志、情熱にも近い感覚だった。あやふやで定まらないが不思議と安心できる。

 今のあたしなら、これまでに成しえなかった凄い作品を描けそうな気がする。そう感じずにはいられない。『潜在能力の解放』とはこういうことなのかと感動すらしていた。

 

「ほら、使っちゃった。やるしかなくなったよ」

 

 無創剣を鞘に戻し、僅かな汗を額から流すゾルク。あたしを見て小さく笑う。そんな彼に飛んでいくのは。

 

「勢いでエンシェントビットを使うんじゃない!! なんのために私達が忠告したと思っているんだ!!」

 

「ひええっ!?」

 

 マリナの怒号だった。こちらの心配を余所にエンシェントビットを使用してしまったのだから当然である。

 けれどあたしはゾルクの行いを咎めたい一方で、肯定したくもあった。それはジーレイも同じだったようだ。

 

「しかし、こうでもしなければ対抗手段が無いのは事実。ゾルクを叱るのはギルムルグを撃退してからにしましょう」

 

「結局あとで叱られるのか……」

 

「当たり前だ!!」

 

 間髪を容れず、一番心配しているであろうマリナが再び怒鳴るのであった。

 一連の光景をヘイルさんも眺めていた。

 

「今の光が、お前と……エンシェントビットとやらの力なのか。とても神々しく、そして物々しくもある」

 

「ヘイルおじさん、俺は……」

 

 後ろめたい気持ちで一杯のゾルクは目を背け、口籠ってしまう。しかしヘイルさんは。

 

「お前はお前で覚悟を決めて、救世主として行動しているんだろう? だったら、わたしは止めはせん。存分に世界を救ってこい! ただし、生きて戻ってくるんだぞ」

 

「おじさん……ありがとう! 約束するよ!」

 

 理解を示し、激励してくれた。まだどこか硬さの残る笑顔を見るに本当は心配なのだろうけれど、そんな感情を退けての言葉であった。ゾルクもそれを感じ取り、元気に返事をするのだった。

 何も言わず頷いたヘイルさん。二人の兵士の方へ振り向くと(おごそ)かな態度で次のように述べる。

 

「緊急事態だ。話によると、あの黒い鳥はリゾリュート人を容赦なく連れ去り命を脅かす存在だという。そこで君達には、わたしと共に首都住民の避難活動にあたってもらいたい。連行は事態を収拾してから再開する。……ゾルク達が信用に値することを、連行の旅を通して既に知ってくれていると仮定しての進言だが、よいかな?」

 

「勿論! 名誉騎士長の指揮下に入ります!」

 

「自分もであります!」

 

「感謝する。……よし、では行こう! 首都の兵士との連携も怠るな!」

 

 話は首尾よく進み、兵士達は敬礼をビシッと決めて答える。そして三人は首都内部を目指して外壁へと走っていった。

 見送りもそこそこに、こちらも行動を開始する。

 

「俺達も行くぞ! ミッシェル、頼んだ!」

 

「はーいよっ!」

 

 ゾルクに言われるより早く、あたしは大筆を構えていた。

 大筆に装飾されている菱形のビットに念を込め、描くべきもののイメージを膨らませる。毛先には、輝きを放つ虹色の絵具。街道の土へ思い切り押しつけると、そのまま線を引いて作品を創り上げていく。

 

「浮き足立つような感覚! 速き翼の紫水晶(むらさきずいしょう)! もっともっと重ね塗り~!!」

 

 虹色の毛先から生まれるのは、紫色の光る線。毛先と線で色が違うところが不思議だとよく言われるが、これが筆術の常なのだ。そして何度も丁寧に、それでいて迅速に塗り上げたのは鳥の翼を生やしたブーツの絵である。

 対象の移動速度を高める筆術で過去にも描いたことはある。が、今回の作品は超々特別な効果を有するもの。

 

「スペシャルクオリティのアメジストウイング、出来上がりよ!」

 

 ブーツのくるぶし部分から生える翼は、これまでにないほど巨大に描いた。ゾルクの要望である『飛行』に応えるためである。

 地面に描かれた大翼のブーツは平面からその身をゆっくりと起こし四つに分身。その後、通常の筆術と同様に跳ね回ってそれぞれの足を目指し、無事に付加した。

 

「はぁ、はぁ……あー疲れた……。めっちゃ頑張ったけど、さすがに四人分が限界だったわ……。でも効力は問題なしよ。みんな、あたしの分まで自由に飛びまくってね……!」

 

 息も絶え絶えに伝えた。

 潜在能力を解放してもらっているとはいえ通常ではありえない効果を持つ筆術を描いたので、体力も集中力もかなり消耗してしまった。仲間と一緒に前線には立てない。だが、そこまで全力を尽くしたからこそあたしは自信満々に送り出せるのだ。

 

「本当に飛べている……! 自分の意思で思い通りに、しかも空中に留まることも出来る。地に足をつけている時と全く同じ感覚もある!」

 

「すごい! すごいですミッシェルさん! ブーツから生えた大きな翼もカッコよくて、可愛さもあるかも……!」

 

 マリナとソシアは実際に宙に浮いてみせ、顔をほころばせた。彼女らに続きジーレイも、自在に浮遊できることを確認する。

 

「エンシェントビットの助けがあるとしても、軽々と常軌を逸するとは。さすがの僕も驚きました。あなたは天才に違いありませんね」

 

「おかげで機動力は確保できた。あとは手筈通りに動くのみぞ……」

 

 そしてまさきが、首都上空で未だ旋回を続けるギルムルグの群れを睨みつけるのだった。

 

「あいつら、まだこっちに気付いてないみたいだ。ジーレイ、お得意の不意打ちで先制攻撃してやろうよ!」

 

「お任せあれ」

 

 ゾルクの案にジーレイは賛同。皆も既に武器を構えており戦意は充分のようだ。

 次々に空へと躍り出す仲間達。最後にゾルクも、握った両拳を左右へと力強く突き出す。

 

「気合だぁっ! 天翔来(てんしょうらい)!!」

 

 光る二対の翼が背中から出現した。

 デウスを追い詰めた秘奥義、双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)の時のような魔力の噴射ではなく確かな翼の形をしていて、スピードが速くない分だけ精密に飛行できる術技――それが天翔来(てんしょうらい)である。

 この翼は羽ばたくことなく、背に備わっているだけでゾルクに飛行能力を与えるのだ。ただし天翔来(てんしょうらい)を使用している間、ゾルクはエンシェントビットの制御に集中しなければいけないため長時間の連続使用は禁物である。

 ここまでの流れを傍観していたアシュトン。彼も重い腰を上げる。

 

「んじゃ、めんどいけど手伝ってやるとするか。……おい、お前も乗ってくだろ? まだまだやれそうな顔してるしな」

 

「当たり前よ! 疲れてても、ザルヴァルグの中からみんなを援護するくらいは出来るわ!」

 

 当然のように誘われたあたしは、同じく当然のように答える。するとアシュトンは不敵な笑みを浮かべ、ソーサラーリングからザルヴァルグを召喚。あたしと共に乗り込んだ。

 総力を挙げた空中戦が幕を開けようとしている。


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