Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第43話「首都上空に舞え」 語り:ミッシェル

 ケンヴィクス王国首都オークヌスの頭上を一つの大きな輪となって旋回する、十機の怪翼機(かいよくき)ギルムルグ。各機内では何人ものエグゾア構成員が操縦や計器類の調整などに追われていたが、それもようやく終わった。

 とある一機には、作戦指揮を任せられた六幹部の一人が乗り込んでいる。ちょうど部下から報告を受けていた。

 

「トラクタービーム発振器の出力設定、完了しました!」

 

「長くかかったな。人口の多い場所が狙いだと時間を食って当然ではあるが」

 

 退屈そうにぼやいているのは、操縦席後方の指揮官席に座る黒髪紫眼に黒服の男――魔剣のキラメイである。

 

「さて、とっとと始め……」

 

 彼が作戦開始を告げようとした、その時。ギルムルグの群れへ、幾重にも束ねられた爆炎の放射が浴びせられた。どこからともなくである。

 横殴りに襲い掛かる爆炎は回避できなかった機体を容赦なく焼き、漆黒の表面装甲をみるみるうちに熔解。機体の骨格や内部空間を露出させてしまう。

 

「おい。何が起こっているんだ? 状況を伝えろ!」

 

「な、何者かによる攻撃の模様! この機体は運良く免れましたが……!」

 

 不測の事態を受けてキラメイが声を荒らげる。報告した部下は狼狽(うろた)えるのみだ。

 時を同じくして、別の機体から通信が入る。キラメイと共に作戦の指揮を任されている六幹部――咆銃(ほうじゅう)のクルネウスからだ。指揮官席の通信モニターに不気味な笑顔の仮面が映っている。

 

「部隊が火の魔術による攻撃を受けた。私の指示がもう少し早ければ全機が回避できたのだが、そう都合良くはいかなかった。大規模な魔術であることから察するにジーレイ・エルシードの仕業で間違いない。救世主達が、すぐ近くにいる」

 

 聞くと同時に、キラメイは機体の窓から外を見渡す。――そして見つけた。白き大翼機(たいよくき)と、その周囲を飛行する五人の姿を。

 

「……ほう。どうやって飛んでいるかは知らんが、仲間と共に多数のギルムルグの相手をしようという寸法か。無謀だな。しかし度胸は気に入った」

 

 ニヤリと怪しく笑って立ち上がり、指揮官席を離れようとした。しかしクルネウスがモニター越しに引き止める。

 

「どこへ行く」

 

「救世主がいるなら俺は戦う。ザルヴァルグに飛び移りでもすれば、あいつらの方から向かってきてくれるだろうからな……!」

 

「駄目だ」

 

 戦意を昂らせるキラメイに吐き捨てられたのは、無機質に冷たい否定の言葉だった。

 

「私達は魔力確保の任務でこの地に来ている。ギルムルグを降りるということは、指揮を放棄し任務を拒否するのと同じ。総司令の命令に背くなど私が許さない」

 

 キラメイは言葉をすぐに返そうとせず、わざわざモニターを覗き込んでクルネウスを睨みつけた。この上なく不服に感じているのだ。

 

「だったら降りずに指揮してさえいれば、戦っても文句は無いだろう」

 

「本気で言っているのか? 闘争本能の塊とはいえ、貴様はつくづく呆れた存在だ」

 

「そう、俺は闘争本能そのもの。気に入った奴と戦えればそれでいいんだ。……じゃあな」

 

 キラメイは返事も聞かず、即座に通信を遮断する。対してクルネウスは無言、無反応。そして通信モニターから窓の外へ、ゆっくりと視線を移し淡白に呟いた。

 

「奴らも奴らだ。よくもまあ生身でギルムルグに攻撃を仕掛けようなどと決心したものだ。全く、ここには馬鹿しかいないのか」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第43話「首都上空に舞え」

 

 

 

 あたしの筆術の効果で皆が自由に飛べると言っても当然、風や天気の影響は受けることになる。だが幸いなことに首都オークヌス上空の天候は穏やかだった。おかげで難なくギルムルグとの距離を縮められている。

 

「悟られずに接近するのは、ここまでが限界ですね。では始めましょうか」

 

 誰よりも早く、ジーレイが敵機を射程内に捉えた。そして向こうに気付かれない内に魔術の詠唱を開始する。

 その場でふわふわと浮かぶ彼の足元には、複雑な術式が綿密に書き込まれた赤色の魔法陣が現れた。唇からは猛々しさを宿した旋律の如き詠唱文が飛び出し、(おごそ)かに大気を揺らす。

 

「……業魔(ごうま)の神、灼熱の炎砲(えんほう)となりて今ここに降臨せり。掃射にて我が敵を焼き払う魂、その名は」

 

 魔術の名を添えて詠唱を締めくくった。

 

「――イグニクストリガー」

 

 熱く燃え盛る炎で形を成した、五つの大砲。これらがジーレイの頭上と左右を囲うように出現し、一斉に爆炎を放出した。爆炎は瞬く間に拡散。首都上空で旋回する十機のギルムルグをまとめて包み込まんとする。

 あまりの規模の大きさに、ゾルクは仰天した。

 

「なんだその凄い術!? 初めて見た……!」

 

「上級魔術よりも更に位の高い、超級魔術です。秘境ルミネオスで僕自身の魔力を回復できたおかげで、久方ぶりに使えるようになりました。詠唱時間が長いうえ膨大な魔力を必要としますが、どれほど強固な装甲であろうと熔かしてしまえます。ほら、御覧なさい」

 

 そう言ってジーレイは爆炎の行く先に視線を移す。すると炎の中から、装甲を熔解させられた数機のギルムルグが逃げるように飛び出してきた。損傷箇所からは黒い煙が尾を引くように(なび)いている。

 

「さすがジーレイ! それじゃあ俺は、この隙に突撃する!」

 

 宣言と共に、ゾルクは一機のギルムルグに狙いを定めて空を駆け抜け、熔けた装甲の隙間からギルムルグ内部に飛び込んだ。そして黒煙を吸い込まないうちにと、得物である無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーに念を込め有無を言わさず巨大化させる。

 

「全開だぁぁぁ!! 秘奥義! 一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

 

 ギルムルグは、背を内側から簡単に貫かれた。外側がどれだけ頑丈でも内部からの攻撃には弱かったのだ。そして頭部から尾翼にかけてを無惨にも両断されてしまう。バキバキと無骨な音を轟かせながら真っ二つになったギルムルグは、颯爽(さっそう)と飛び去るゾルクを憎さげに見送るしかなかった。

 同時に、このギルムルグからは乗組員が死に物狂いで脱出していた。緊急時のためにあらかじめパラシュートを身に着けていたらしい。機体が煙を噴きあげている上にゾルクまで突入してきた時点で皆、全てを諦めて逃げ出すことを決心したのだろう。

 無人となったギルムルグは首都オークヌスを離れ、平野へと墜落。ゾルクはその様子を眺めながら揚々と仲間の元へ舞い戻った。

 

「どうだ、一機撃墜! この調子ならいけるな!」

 

「……いいえ。状況は(かんば)しくありません。残念ながら不意打ちは失敗に終わりました」

 

 どうしてかジーレイの表情は硬い。

 

「えっ、なんで? ……あっ、ギルムルグがバラバラに飛び始めた! というか溶かされてるのに、けっこう普通に飛んでる!?」

 

 ゾルクが目撃した通り、ギルムルグは不規則に乱れながらの飛行を開始した。警戒しつつマリナが状況を説明する。

 

「十機の飛行機械を標的にした不意打ちは、ジーレイの魔術を以てしてもこの程度が限界ということか。これは仕方がない。そして奴らも私達に気付いた以上、攪乱(かくらん)を行うのは当然のこと。初手で一機しか撃墜できなかったのは手痛いな」

 

「マリナのおっしゃる通りです。見通しが甘かったようで面目ない。それと、僕の存在に気付き紙一重で完全回避した機体がありました。この部隊には幹部クラスの相当優秀な指揮官が就いているようです」

 

 乱雑でありながら統率のとれた、いやに器用な編隊飛行だと思ったが、なるほど。ジーレイの推測通りであるならば難しい飛行を可能にしている点にも納得がいく。その冷静な判断力と観察眼から察するに指揮官は咆銃のクルネウスだろうか……などと不穏な予想が脳裏をよぎってしまう。

 順調に事が運ぶと当初は思っていたが、そう易々とはいかないようだ。現に今も。

 

「きゃあああっ!!」

 

 ある一機が突撃してきた。全員、避けようと散開したのだがソシアだけ逃げ遅れる。彼女は、突撃によって生まれた衝撃波で吹き飛ばされ、体の芯が酷く揺さぶられるほどの強いショックを受けてしまう。この状態では空中で受身を取ろうにも体を動かせない。

 

「私が助ける!」

 

 ソシアの一番近くに居合わせたのはマリナだった。皆が「あっ!」と驚くよりも前に、マリナはソシアを狙って魔力弾を撃ち込む。

 

銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)!」

 

 これは、ただの魔力弾を発射しているわけではない。治癒の力が込められた弾丸であり、ソシアから治癒術のコツを学んでいたマリナがつい先日に習得したばかりの術技なのだ。

 マリナは今まで自分のことを「魔術の素質を持たないただの人間」だと称していた。しかし「自分の身体がエンシェントビットの魔力で構成されている」のを知り自覚したことで、彼女の中に新たな可能性が生まれた。この事実が「仲間を撃ち抜いて癒す」という、詠唱を必要としない独自の治癒術を編み出すまでに至ったのである。まだ魔力の扱いに完全には慣れていないためマリナ自身を癒すことは出来ないのが玉に(きず)だが、それでも彼女にとって非常に有用な力となった。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 治癒の弾丸を受けたソシアは即座に回復。あたしの筆術の力を再び発揮させ、足場も何もない空中にスタッと着地してみせるのだった。

 なんとか事なきを得たが、マリナは冷や汗を流す。

 

「機体に(かす)められただけでもダメージは大きい……。わかっていたことだが、ギルムルグの攻撃をまともに喰らってしまえば命は無いな」

 

「って言ってるそばから、また来るぞ!?」

 

 別方向から、他のギルムルグが突撃を開始。ゾルクの慌てる声が皆の耳に届くが……。

 

「駄目だ、避けきれない……!!」

 

 ギルムルグのほうが圧倒的に速い。皆は回避できず先ほどのソシア同様に、機体から発せられた衝撃波をまともに受けて散り散りにされてしまう。衝撃波による空気の乱れは、彼らの悲鳴すら掻き消した。

 間を置かず、次のギルムルグが狙いを定める。一瞬で訪れたピンチ。誰もが死を覚悟した。――そこへ割って入ったのは。

 

「お前ら何やってんだ!? さっさと動け! じゃねえと死んじまうぞ!!」

 

「アシュトン! ごめん、助かったよ!」

 

 彼の駆る白きボディの大翼機ザルヴァルグであった。機首に備わったビームキャノンを発射してギルムルグの進路を遮り、うまい具合にゾルク達から狙いを逸らさせたのだ。

 だが、これでは一時を凌いだだけに過ぎず、まさきは(うれ)える。

 

「今の一撃で全員が負傷してしまった……。一刻も早く治癒術をかけてもらいたいところであるが、敵が乱れ舞うこの空域で全員を癒すのは、マリナの銃技でも難儀ぞ……」

 

 彼の構える刀は、心なしか乱れが生じているように見えた。……まさきだけではない。皆も肩で息をしている。

 この危険な状況、どうすれば覆せるのか? ――答えは決まっている。

 

「その問題をクリアしちゃうのが、このあたし!」

 

「ミッシェルさん!?」

 

 突然、ソシアが驚愕する。……ザルヴァルグの背部に立ち、真紅の長髪を靡かせるあたしの姿を、視界に捉えたからだ。

 

「そんなところに立っていたら危ないです! 吹き飛ばされますよ!」

 

「そうは言ってもね……みんながピンチなのにあたしだけ指をくわえて見てるっていうのは、耐えられないのよねぇー!」

 

 あたしはソシアの勧告を聞き入れず、大筆を構えた。そして先端に装飾された菱形のビットに念を集中。するとビットは輝き始め、筆術の発動に必要な魔力を驚異的なスピードで増幅させる。魔力は短時間で膨大な量となり、虹色に輝く絵具と化して大筆の毛先に現れた。

 構想は以前からあったが、形になったのはこの一週間でのこと。……これから描くのは、何度も練習した新しい秘奥義である。今こそ使う時なのだ。

 

「じゃっじゃ~ん♪ 愛情たっぷりのすんごいヤツいくわよ~!」

 

 陽気に、けれども動作は真面目に。相棒である大筆を操り、ザルヴァルグの真っ白で広大な背中をキャンバスにする。

 虹色の毛先で、水晶のように白く透き通った輝く線を引いていく。筆術は色が美しいほど効力を増すが、同時に線が脆く崩れやすくなるため術式構築の難易度が高くなる。いま術式として描いているのは魔法陣であり、場所は遥か上空。穏やかと言えども多少は気流が乱れるこの場で、繊細な描き込みが必要とされる魔法陣を描こうとするのは、はっきり言って馬鹿げているのだ。――でも、やり遂げてみせる。あたしだって、救世主の仲間なんだから!

 

「これだけ大きく細かく綺麗に()けば、万事(ばんじ)オッケーでしょ♪」

 

 軽く言い放つが、集中は極限。描ききったのは水晶色の魔法陣である。それは自ずと拡大し、更に、楽園とも見紛うほどの聖域を幻影として立体的に映した。果てには、あたしの潜在能力が引き出されているおかげか聖域自らが意思を持つかのように浮遊し、傷付いた仲間達を包み込むのだった。

 聖域は中の人間を癒すだけでなく、外部からの攻撃を一切封じる。これにより空中に居ながらも安全に回復することが出来るのだ。現にギルムルグの体当たりやビームキャノンを、そよ風の如く弾いている。まさに秘奥義と銘打つに相応しい効力だ。

 

「題して『クリスタル・サンクチュアリ』! せっかくの新作を、空の上でお披露目することになっちゃうなんてね!」

 

 ザルヴァルグの背から聖域を見下ろす。皆、あたしの想定通りに全快していた。

 

「ミッシェル、あなたはここぞという場面で本当に頼りになりますね」

 

「うふふふふ! もっと褒めてくれていいわよ~♪」

 

 賛辞を贈るジーレイへ、鼻高々に返答する。……しかし、ゾルクからこんな一言が。

 

「浮遊する聖域の魔法陣だなんて……そんなのアリか?」

 

 感心と驚きがごちゃ混ぜになった感想を貰い、あたしは呆れた。あなたのおかげだというのに早くも忘れてしまったのだろうか。

 

「だ・れ・か・さ・ん、が無茶してくれちゃったおかげで、浮遊させるのもアリに出来たのよっ、もうっ! ……ともかく、後は任せたわ~。あたし、今の秘奥義で完全に力尽きちゃった~……」

 

 ……そう。皆を飛行させた時点で相当に消耗していたので、これで本当に全力を使い果たしてしまったのだ。そして達成感のせいか急激に脱力し、へろへろとザルヴァルグの中に身を潜めていく。ここから先は仲間に委ねるしかない。そしてあたしは強制的に眠りへとついてしまうのだった。

 水晶色の聖域が効力を失い、消滅。皆は再び青空へと躍り出た。それを待ち構えていたギルムルグ達が一斉に襲い掛かってくるが、流石にその手は読めている。ある程度、軌道を予測して切り抜けてみせた。でもギルムルグに対する決定打が、未だに無い。

 

「長引けば長引くだけ、拙者達が不利になる。先ほどはミッシェルが回復してくれたが、次は無い。短時間で一気に数を減らす方法があればよいのだが……」

 

 歯を食いしばり、まさきが悩む。全員が彼と胸中を同じにしていた。……そこへ。

 

「私がやります。私なら、きっとやれます!」

 

 ソシアが決然と答えた。急な決意に、まさきは戸惑いを見せる。

 

「魔術による不意打ちですら効果は薄かったというのに、やれるのか……?」

 

「ミッシェルさんは、力を振り絞って私達を飛ばせてくれました。さっきだって無理を押してまで癒してくれて……。私は、その頑張りに応えたいんです! 皆さんが助けてくだされば絶対に出来ます!」

 

 彼女の目には一点の曇りもない。意気を知らされたまさきは、どこか安心したように頷く。

 

「……ならば信じよう。お主に懸ける。して、拙者達はどのように動けばよいのだ……?」

 

「なんとかして無傷のギルムルグの装甲に穴を開けてください。どんなに小さくても構いません、それだけで突破口になりますから。魔術を受けた機体も合わせて七機分になったら、あとは私が撃ち落とします!」

 

 皆、彼女の作戦を受け入れた。各々が別々のギルムルグに狙いを定める。

 

「どんなに小さな穴でもいい、か。それなら秘奥義みたいな大技を使わなくても開けられそうだ。……よーし、いっくぞー!!」

 

 やる気全開で一番に飛び出したのはゾルクだった。なるべく装甲の薄い場所や、可動箇所の隙間などを探している。

 彼に続いてマリナも動いた。だが迫り来るギルムルグの前方に自ら躍り出てしまっている。勿論、ソシアは注意を促した。

 

「マリナさん! 避けないとぶつかっちゃいます!」

 

「いや、このままでいい。体を張ったミッシェルに、私も応えたいからな!」

 

 そう言い放ち、迫るギルムルグをきつく睨む。そしてマリナは絶好の間合いを見切った。

 

烈火獣吼脚(れっかじゅうこうきゃく)!!」

 

 ギルムルグ機首の操縦席を目掛けて、両脚に炎を纏わせた連続蹴撃を発動。ギルムルグの突進を逆に利用して勢いのまま、フロントガラスを見事に蹴り破った。マリナは機内へ突入後も炎脚(えんきゃく)で暴れ回り、敵を散々に蹴散らした後でようやく機体から飛び出してくるのだった。

 

「マリナって、たまに俺以上に危なっかしいことするよなぁ……」

 

 と、ゾルクが小さく呟くと。

 

鎧襲刃(がいしゅうじん)……!」

 

 向こうでも、まさきがギルムルグを迎え撃っていた。ほぼマリナと同様に、突撃するギルムルグの真正面から過剰に速度の乗った刀身をフロントガラスに思い切り叩きつけ、そのまま機内に侵入した。一見するとただ刀を乱暴に扱っているだけのように思えるが、そこはまさきの剣術スキルの成せる業か、刀身自体にダメージは蓄積されていない様子。戦いの途中で刀が折れる心配はなさそうだ。……問題があるとすれば、やはり戦法そのものだろうか。

 

「まさきもか……」

 

 一歩でも間違えれば大怪我では済まないというのに。ゾルクは、マリナとまさきを尻目に溜め息をつくしかなかった。

 その間、ジーレイは魔術で淡々とギルムルグ達に攻撃を与え、アシュトンもザルヴァルグのビームキャノンを有効に活用。そして皆の頑張りは功を奏した。

 

「私だって、強くなっているんだから……!」

 

 目標の七機に到達。ソシアは眉を吊り上げ、自身を奮い立たせる。大仕事が始まるのだ。

 

「必ず……仕留めます!」

 

 エグゾアセントラルベースでデウスに負けて以来、ソシアはより一層、弓矢の鍛錬に励んだ。しかしそれでもネアフェル神殿での再戦時には全く歯が立たなかった。実力差という名の厚く高い壁が彼女を嘲笑い、見下ろした。

 

「天空の覇者達よ、我に(つど)いて閃光となれ!」

 

 だが壁を見上げるソシアの眼に、絶望や諦念の文字は宿らなかった。血が滲むほど弓を引き、矢を放ち続け、その先で遂に獲得したもの。

 

「これでラスト!」

 

 それこそが彼女の、二つ目の秘奥義なのである。

 

七星烈駆龍(しちせいれっくりゅう)!!」

 

 弓の中央部に埋め込まれた二つのビットが輝き、色とりどりの七本の矢が生まれ天空に解き放たれる。更にその一本一本が、荒々しき龍の姿を成していった。七頭の龍と化した矢はギルムルグ以上の速度で縦横無尽に空を切り裂き、強靭な(あぎと)でそれぞれがギルムルグの損傷箇所に喰らいついていく。

 ――バキバキと、物理的に噛み砕く粗野な音が天に響いた。七頭の龍は咀嚼(そしゃく)を終えると同時に消滅。残ったのは、空中で炎上崩壊する七機のギルムルグだけだった。

 

「すっげー! 本当に、一度に七機も撃墜した! ソシア、すごいよ!!」

 

「実戦で使うのは初めてだったので、ちょっと心配でしたけれど……修業した甲斐がありました」

 

 飛び跳ねるように喜ぶゾルクへ、ソシアは笑顔で返した。これできっと、彼女は自信がついたに違いない。

 

「残るは二機か」

 

 油断せず、マリナが残存敵機を確認する。ここまでくれば、もう守りきったも同然……の、はずだった。

 

「ギルムルグの背に誰かが立っている……!?」

 

 マリナの冷静な声が、焦りに変わる。それを聞いてジーレイが目を凝らした。すると。

 

「あれは……魔剣のキラメイと咆銃のクルネウスですね。やはり幹部が搭乗していましたか」

 

 二機のギルムルグの背に、それぞれ一人ずつ。空の上という不慣れな戦場で幹部と相まみえることになるとは運が無い。

 二機は急速に間合いを詰め、こちらが逃げられないよう包囲してきた。こうなればもう、覚悟を決めて戦うしかない。

 

「お主がクルネウスか。わざわざ姿を見せたということは、機体の装備を用いず自らの手で確実に抹殺するつもりなのだな。なんと度し難い……」

 

「生身で空を飛んでいる常識外れな武士に言われる筋合いはない」

 

 まさきの挑発を受けたクルネウスは仮面の下から、抑揚のない独特の口調で返す。左手でリボルバー式拳銃を構えるその姿は、冷静そのもの。挑発など、まるで意味を成していなかった。

 エグゾア六幹部の危険性は以前から知っている。そこで、マリナが声を張り上げた。

 

「奴らを相手に真っ向から戦っていては埒が明かない。優先するべきは、ギルムルグにダメージを与えて首都から撤退させることだ!」

 

 聞き終える前に、双翼を広げたゾルクが速力を上げてキラメイの元へ飛んでいく。武器を取り出す暇を与えまいと、先手を打ったのだ。

 

「キラメイ!!」

 

「久々に会って早々、無粋な真似をする。救世主よ、お前はそんなにつまらん奴だったか?」

 

 しかし、魂胆は見え見えだったらしい。キラメイは左手を前方に突き出すと、闇の渦を生み出した。いつも彼が魔剣を引き抜く際に生み出す、あの正体不明の渦だ。

 

「うわっ!! しまった……!!」

 

「少し頭を冷やせ」

 

 キラメイの予想外の動作に、ゾルクは対応できなかった。減速しきれず闇の渦の中に頭を突っ込んでしまう。――そこで彼が見たものとは。

 

「はっ!? なんだ……これ……」

 

 真っ暗闇の奥で、何かが(うごめ)いている。空間そのものが、ゆらゆらと揺れているようにも見える。紫にも灰色にも感じる、身の毛もよだつ霧もかかっている……。ずっと眺めていればそれだけで身体も魂も渦の中に吸い込まれていきそうな、喪失感にも似た感覚を覚えた。

 

「ふんっ」

 

 気が付けば、ゾルクは背の双翼を失い、キラメイに蹴り飛ばされていた。ギルムルグの背の上を無様に転がる。彼の頭はその際に闇の渦から抜けたが、特になんの影響もなく無事のようだ。

 ゾルクは蹴り飛ばされたにもかかわらず、少しの悲鳴も上げなかった。……いや、悲鳴を上げるどころではなかったのだ。よろけながらも立ち上がる彼には、怖じ気づき動揺する様子がみられる。

 

「あ……あの闇の渦の中、生きた心地がしなかった……。どこに通じてるっていうんだ……!?」

 

「知る必要は無い。そんなことより、俺と戦え!」

 

 キラメイは渦の中に右腕を突っ込み、∞の字に交差した刃を有する、禍々しい黒の魔剣を引き抜いた。そしてゾルクを気遣うはずもなく、己が戦意の昂るままに斬りかかる。

 ――しかし、そう簡単に斬られるゾルクでもない。目前に迫る魔剣の刃を、両手で握り締めた無創剣で受け止める。そのまま自然と、鍔迫り合いの形となった。

 

「……なんだよ、結局こうなるのかよっ……!」

 

 口ではぼやいているが、ゾルクは決して力負けなどしていない。

 ほぼ互角だという現実を知ったキラメイは、狂った笑みを浮かべて歓喜した。

 

「やはり俺の目に狂いは無かった。幾度も剣を交えてきたが、その度に、お前が強くなっているのを実感する! 俺は嬉しいぞ、救世主!!」

 

「黙れ! 俺の成長は、世界を救うためのものなんだ。お前の相手をするためなんかじゃない!!」

 

 叫びと共に魔剣を押し返し、遂に薙ぎ払ってみせた。斬撃そのものはキラメイに避けられてしまったが、それでも勢いではゾルクが(まさ)っている。

 

「……ほう、大した物言いだな。だが大口を叩くなら尚更、俺を倒してみろ。倒せなければ、折角の成長も無意味になるんだからな!!」

 

 お返しと言わんばかりに、キラメイが連撃を繰り出した。その猛攻ぶりに、ゾルクは防御を強いられる。

 

「くっ……! キラメイめ、やっぱり戦闘狂なだけはあるな。……でも、俺は前とは違うんだ!!」

 

 歯を食いしばって連撃を耐え抜いたが、キラメイの猛攻は終わらない。

 

無導残壊剣(むどうざんかいけん)!!」

 

 魔剣に黒きオーラを纏わせた、五つの重たい斬撃。無創剣の腹を突き出して再び防御姿勢をとるゾルクを、無慈悲に襲う。――襲うのだが。

 

「防ぎきっただと……!?」

 

滅破(めっぱ)攻極(こうきょく)!!」

 

 明らかな動揺が、キラメイの顔に浮かび上がった。自らの得意とする奥義を、堂々と防御されてしまったからだ。その隙にゾルクは、剣の腹を更に押し込んでキラメイを叩き、強力な横薙ぎの斬撃へと繋いだ。晴れてこの斬撃は、キラメイを負傷させる一撃となったのだ。

 

「ククク……! それでこそ……それでこそだ、救世主!!」

 

 キラメイは腹部を斬りつけられ、黒衣に血を滲ませる。だというのに心底楽しげな表情をしていた。この男の戦闘狂は筋金入りである。

 

 ゾルクがキラメイを押さえてくれている一方で。

 六幹部の中で最も危険な仮面の女性――咆銃のクルネウスを残りの皆で食い止めている。今の内に両方のギルムルグを撤退させたいところだが、飛び回る機体を捉えるのは至難の業。その上、クルネウスは正確無比な射撃能力の持ち主だ。

 

「舞え、斬り裂け。破壊の力に染まり…………ふむ、この距離で詠唱を止めるとは」

 

「当たり前だ。させはしない」

 

 遠距離射撃でジーレイの魔術詠唱を阻止したり。

 

「くらえ! 流蓮弾(りゅうれんだん)!」

 

「当たって! 閃光閃(せんこうせん)!」

 

「どちらも見切れる」

 

 速射でマリナとソシアの飛び道具を撃ち落としたり。

 

砕破十文(さいはじゅうもん)じ……ぬぅっ……!?」

 

「その程度か」

 

 あえて至近距離から発砲することで、まさきの斬撃のタイミングをずらしたりと見事にこちらを妨害してくる。ギルムルグを攻撃するチャンスは、なかなか生まれない。

 戦いの最中。突如クルネウスが無機質な口調はそのままに、弓を引くソシアへ語りかける。

 

「意外だったぞ。最も非力そうな貴様が複数のギルムルグを一挙に撃墜するとは。小娘ながら見事なものだ」

 

「侮らないでください! 私は救世主ではないけれど、世界を救いたいという意志はゾルクさんと一緒なんですから!」

 

「ほざくな。セントラルベースで私に手も足も出なかったことを忘れたのか」

 

「あなたこそ忘れていますよ。そんなピンチを何度も乗り切ってきたからこそ私達はここにいる、という事実を!」

 

 口論に紛れ、魔力で構成された矢と弾丸がすれ違っていく。その一瞬で、クルネウスは想う。

 

(違和感が、ある。この身に覚えのない感覚、これはなんだ)

 

 それは、彼女が理解できない感情。何が要因となって芽生えた感情なのか探そうとしたが……クルネウスには見つけ出せなかった。

 別方向からギルムルグにビームが(はし)る。思考を巡らせていたクルネウスは不覚をとり、回避したものの機体にビームを掠らせてしまう。

 

「裏切り者よ、いい加減にしろ。目障りだ」

 

 ビームの発射元――ザルヴァルグを仮面で睨みつけると、拳銃の回転式弾倉に収められたビットに念を込め、魔力を増幅。すぐに一定量をチャージすると、銃口をザルヴァルグへ向けた。

 

「ジェノサイドブレイバー」

 

 引き金が引かれ、巨大な漆黒の光線が発射された。ザルヴァルグやギルムルグのビームキャノンにも決して劣らない、拳銃としては遥かに規格外の銃技であった。

 

「んなもん持ってんのかよ!?」

 

 まさかの反撃に、アシュトンは目が点になる。そのせいで僅かの間だが操縦を疎かにしてしまった。そして漆黒の光線は、回避運動も速度調節もままならぬザルヴァルグの、白き左翼を飲み込むのだった。

 

「ちきしょう、ザルヴァルグがぁぁぁー!!」

 

 アシュトンの悲痛な叫びが轟き、ザルヴァルグはバランスを失って墜ちていく。先に墜落していたギルムルグと似たように、平野へ不時着してしまった。しかし、これが転機となる。

 

「よくやってくれた、アシュトン。おかげで時間が稼げた!」

 

 機を(うかが)っていたのは、マリナだった。クルネウスが大技を放った隙に、マリナも秘奥義を準備していたのだ。加えて、彼女の現在地はクルネウスの死角……ギルムルグの腹部に張り付いている。こうなってしまえばクルネウスは、気付いたところで手の打ちようが無い。

 

「その声は。まさか裏側にっ」

 

「消し飛べ! ファイナリティライブ!!」

 

 マリナは有無を言わさず、二丁拳銃が融合した大砲から、極太のレーザービームを発射。胴体のド真ん中をぶち抜いた。

 破片を撒き散らし、炎を立ち昇らせるギルムルグ。流石に乗り続けるわけにはいかず、クルネウスはキラメイとゾルクの戦う機体へと飛び移った。

 

「キラメイ、撤退だ。従え」

 

「ちっ、俺の楽しみが……!! ……救世主、勝負はお預けだ」

 

 実に不機嫌そうな声を放ち、キラメイは渋々ながらも撤退を受け入れた。その不満をぶつけるかのように、ゾルクをギルムルグから蹴り落とす。

 

「おわっ!? ……て、天翔来(てんしょうらい)!」

 

 ゾルクはすかさず飛翔の翼を発現させるが、幹部二人の乗るギルムルグに足を着けることはなかった。

 

「どうやら私に慢心があったようだな。今回ばかりは負けを認めてやろう。だが、最低限の責務は果たした」

 

 クルネウスの無機質な捨て台詞を最後に、ギルムルグは遥か彼方へと飛び立っていく。首都オークヌスの上空には、飛行する五人だけが残されたのであった。

 

「やったぁ! 無事に首都を守りきったぞ! 俺達みんなの勝利だ!」

 

「やれやれ。どうなることかと思いましたが本当になんとかしてみせた辺り、あなたは立派な救世主ですね」

 

 無創剣を掲げて勝利を喜ぶゾルク。彼へ、ジーレイが苦笑交じりの褒め言葉を言い渡した。

 ……それはいいのだが、最後の最後で新たな問題が浮上してしまった。

 

「だが、クルネウスの残した台詞が気になる。エグゾアめ、まだ何か隠しているやも知れぬぞ……」

 

 まさきが怪しむ通りならば、気を抜くのはまだ早いのかもしれない。「最低限の責務」とは一体、何を指しているのだろうか。


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