Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第44話「蛮握女傑(ばんあくじょけつ)」 語り:ジーレイ

怪翼機(かいよくき)ギルムルグ、か。乗り心地は悪くなかったな。ゆくゆくは、あれも吾輩の手中に収めるとしよう」

 

 ギルムルグの出現により混乱を極めるケンヴィクス城の敷地内で、落ち着いて青空を見上げる女性が一人。僕達と戦闘組織エグゾアの空中戦を見物していた。人目を(はばか)りたいのか石造りの塔の陰に潜んでおり、さらに頭部から脚部までをフード付きの灰色のローブで包んでいるため容姿は不明である。

 

「エグゾアは……総司令デウスは、自らの世界征服のためクリスミッドを利用しているつもりだろうが、そんな見え透いた魂胆に大人しく乗じてやるはずがない。逆に我が国が天空魔導砲ラグリシャを独占し、利用してやるのだ」

 

 大層な野望と自信に満ちた声を、自分だけが聞こえる程度に溢れさせる。この女性の正体はわからないが、彼女の目的が良からぬものであることは間違いないだろう。

 するとそこへ、誰かが通りかかる。城内を巡回中の、銀の鎧兜や槍を装備した二名の兵士であった。

 

「……む? 不審な人物がいるぞ!」

 

「そこで何をしている!? さては、襲来した巨鳥の関係者か!」

 

 二人は女性を見逃さなかった。建物の壁へ追い詰めるように、槍を突きつける。

 

「いくらなんでも隠れるのに手を抜き過ぎたか。まあいい、軽く実戦が欲しかったところだ」

 

 危機的状況だというのに、女性は焦る様子を微塵も見せない。そして申しわけ程度の反省を呟くと、おもむろに両腕を伸ばし、それぞれの兵士へ向けた。――すると。

 

「っ!! ……うっ、ぐぅっ……!?」

 

「く、苦し……い…………」

 

 どうしたことだろう。突然、二人の兵士が苦しみ始めたのだ。……呼吸が、ままならないらしい。あたかも首を掴まれているかの如く、槍を捨てて自分の手を使い、必死に振り解こうとする。だが実際は、彼らの首には何も接触していないのだ。見えない何かによって首を絞められている、とでも言うべきか。外野の人間からすれば理解し難い光景となっている。

 更に二人は、見えない何かに首を絞められたまま低く宙に浮かされてしまう。――それから間を置かず、片方の兵士が白目を剥き……事切れた。全身に入っていた力は急激に抜け、手足がだらりと揺れる。直後、まるでゴミであるかのように石の床へと捨てられた。その姿を見せつけられ、残された方の兵士は戦慄してしまう。

 

「そうだ、冥土の土産に吾輩の正体を教えてやろう。先に逝ったそいつにも、後で知らせてやるがいい」

 

 一人が力尽きたと同時に、女性の片腕が自由になった。そして被っていたフードを取る。……彼女の正体を知った兵士は、目を血走らせて唸り声をあげた。

 

「ぐぅおおお!? き、貴様はぁっ……!! その顔、その髪……軍事国クリスミッド総帥の……!!」

 

「吾輩に遭遇するとはツイてなかったな、凡愚(ぼんぐ)どもよ。己が運の無さを、あの世で嘆け」

 

 兵士へと突き出した腕に、女性が力を加える。そのまま何もない空間を握り潰した。すると兵士は恐怖と激怒を顔に浮かべたまま意識を失い……先の兵士と同様に、石の床へ落下した。もう呼吸はしていない。

 

「……だいぶ『力』が馴染んできたようだ。まさか吾輩に、これほど有用な才が秘められていたとはな。つくづく自分で自分が恐ろしくなる。ふふ……!」

 

 女性はフードを被り直し、得意気に実感する。『力』というのは、兵士を死に至らしめた恐ろしい現象を指しているようだ。

 他の誰にも気付かれない内に、まだ温もりの残る亡骸を適当な物陰に隠し、発見を遅らせようと図る。そして獲物を狙う狼のように、鋭く野蛮な目付きで行動を開始するのであった。

 

「さあ。お目当ての王妃は、どこにおいでかな?」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第44話「蛮握女傑(ばんあくじょけつ)

 

 

 

 僕達は魔剣のキラメイと咆銃のクルネウス両名を撤退に追い込み、ケンヴィクス王国首都オークヌスを守り抜いた。誰一人として、ギルムルグに連れ去られた住民はいない。

 地上に降り立つと、飛行の筆術は自然に消滅していった。しかしその現象を気にする間もなく、不時着したザルヴァルグへとマリナが駆け寄り、機首付近の開閉ハッチをこじ開ける。

 

「アシュトン、ミッシェル! 大丈夫か!?」

 

「なんだ、もう降りてこれたのか。怪我はねーぜ」

 

「さっきまで寝てたのに叩き起こされたから、あたしはフラフラ~……」

 

 そこには疲労困憊のミッシェルと、彼女を支えて立つアシュトンの姿が。ちょうど彼らも外に出ようとしていたところらしい。

 二人が無事なのは幸いだったが、残念な知らせもある。

 

「ただ、ザルヴァルグが使い物にならなくなっちまった……」

 

 外に出たアシュトンは、被弾した箇所を眺めて肩を落とした。クルネウスの銃技によって熔かされた左翼は、外部装甲一枚でようやく本体と繋がっている状態。大々的な修理を施さなければ飛行が叶わないことは、明白である。現時点ではザルヴァルグを修理できる環境が確保できていないため、頭を抱えるしかなかった。

 

 ひとまずザルヴァルグをアシュトンのソーサラーリングに戻してもらい、僕達は首都オークヌスへ入ろうとする。その途中で、住民の避難にあたっていたヘイル・シュナイダー氏と兵士達が首都から出てきたため合流した。

 

「ヘイルおじさん! 俺達、やったよ!」

 

「約束通り、ちゃんと生きて戻ってきたな。そして君達も、ゾルクと一緒に戦ってくれてありがとう。おかげでオークヌスに被害は出なかったよ」

 

 ヘイル氏は穏やかな表情を浮かべ、ゾルクの金髪頭をわしゃわしゃと撫でながら感謝を述べた。

 

「いえ! お役に立てて良かったです!」

 

「拙者達は当然のことを為したまで……」

 

 答えるソシアとまさきの顔は、どこか照れているようで、晴れやかなものだった。

 そしてヘイル氏は直後に、次の提案をする。

 

「では、今すぐ国王陛下に謁見しよう。元々、ゾルクの冤罪の件で取り次いであったし、今回のエグゾア襲撃の件も我々がお伝えすれば速やかに理解していただけるからな」

 

 皆、ヘイル氏に賛同。クルネウスの「最低限の責務は果たした」という発言が気掛かりであるため、済ませられる用件を先に済ませ、早く警戒にあたりたいのである。足早にケンヴィクス城を目指した。

 

 

 

 ケンヴィクス王国首都オークヌスの中心で、人々を見守るように構えられた立派な城――それがケンヴィクス城だ。白塗りの城壁に囲まれ、幾つもの塔が並ぶ中で、細く尖った青の屋根が現代的な美しさを演出している。けれども、城の構造は歴史を感じさせる古風なものであり、ケンヴィクス王国の由緒(ゆいしょ)の正しさを証明していた。

 

 僕達は、気品ある豪華な装飾が至る所に施された謁見の間へ通された。上にも奥にもただただ広く、陽の光を取り込むためか、壁には大きな窓がいくつも取り付けられていて解放感がある。

 入口と玉座を繋ぐ赤い絨毯(じゅうたん)の上を静かに進んだ。その周りには、十名ほどの兵士が程良い間隔を開けて整列している。

 玉座に腰を下ろしているのは、落ち着いた茶色の髪と威厳ある髭を生やし、深紅のマントや豪華な王冠を身に着けた男。彼の名は、ラグラウド・ウレン・ケンヴィクス。ヘイル氏が教えてくれた。当然ながら、ケンヴィクス王国の現国王である。

 国王の隣の玉座には、王妃アリシエル・ウレン・ケンヴィクスが。宝石が散りばめられたサークレットを薄桃色のショートヘアの上から被っており、控えめな輝きを放つ銀のドレスに身を包んだ姿が、実に上品で麗しい。

 

 皆が揃ったところで、謁見が始まった。

 

「余が、ケンヴィクス王国の国王である。ゾルク・シュナイダー、そして冒険者たちよ。先刻は戦闘組織エグゾアの襲撃から首都オークヌスを、よくぞ守り抜いてくれた。シュナイダー名誉騎士長も、民の避難に尽力してくれたそうだな。感謝の意を示そう」

 

「身に余るお言葉、恐縮です。……ところで陛下。その口振りですとエグゾアを御存じのようですが、なぜ?」

 

 ヘイル氏が尋ねる。僕達もそこが気になったため、静かに耳を傾けた。

 

「以前、エグゾアの総司令を名乗る男から、ケンヴィクス王国へ協力要請があったのだ。『組織の研究に協力すれば、世界を牛耳(ぎゅうじ)ることが叶う』という(ささや)きの下にな」

 

「それで、陛下はどうなさったのですか?」

 

「無論、断ってやった。余の願いは世界の統一ではなく、民の安寧を守り続けることだからな。そもそも未知であるセリアル大陸所属の、しかも戦闘組織の総司令を自称する如何(いかが)わしい輩からの提案など、すんなり受け入れるはずもない。まさかセリアル大陸の人間すべてがこの調子なのではないかと疑いたくなってしまったぞ」

 

 国王は賢明な判断を下していたようだ。けれども、エグゾアのせいでセリアル大陸に不信感を抱いてしまっている。要らぬ争いを今後起こさないためにも、この場で払拭(ふっしょく)しなければ。

 

「国王陛下。恐れながら、それは誤解です。エグゾアは我々やセリアル大陸に住む普通の人々にとって、敵と呼ぶべき存在なのです」

 

「ほう……?」

 

 僕の言葉を受け、国王の眉がぴくりと動く。そこへすかさずヘイル氏が後押ししてくれた。

 

「彼らの話を、どうかお聞きいただきたく存じます。そうすれば陛下もきっと、ご納得なさるはず」

 

「よろしい。では、話してみよ」

 

 こうして僕達は、これまでの旅のことやデウスの真の目的を国王にお伝えした。時間のかかる説明となったが、国王は真剣な態度を崩さず聞いてくださった。

 

「……ただの冒険者ではないと思っていたが、お前達もセリアル大陸の者であったか。どうやら、セリアル大陸で悪事を働いているのは戦闘組織エグゾアだけと見て間違いないらしい」

 

 やはりセリアル大陸出現のおかげかヘイル氏の時と同様に、僕達の話は信じてもらえたようだ。更に、嬉しい申し出も。

 

「それにしても、救世主となった少年がシュナイダー名誉騎士長の甥であるとはな……奇縁もいいところだ。もしも余の力が必要となったならば、いつでも訪ねてくるがよい。今回の件で我がケンヴィクス王国は、戦闘組織エグゾアを改めて敵と認識したからな。奴らと戦う救世主一行への協力は、惜しまぬと約束しよう」

 

「ありがとうございます、陛下!」

 

 図らずも、国王ラグラウドという強力な後ろ盾を得てしまった。喜んで返事をするゾルクを筆頭に、全員が言い知れぬ安心感に包まれる。これからの旅に対する希望が少しだけ見えたような気がした。

 

 ――そんな折だった。事件が起きたのは。

 

「ふははははは!!」

 

 謁見の間の、国王と王妃に一番近い大きな窓が割れ、高笑いと共に何者かが飛び込んできたのだ。正体を隠すためか灰色のフード付きローブを纏っているが、声は女性のものだった。

 

「謁見中に失礼する!」

 

「きゃあっ!?」

 

 彼女は飛び込んだ勢いのまま、玉座に座る王妃の下へ辿り着いた。同時に、王妃を乱暴に自分の傍へ引き寄せ、盾のように扱ったのだ。

 この異常事態に、国王は声を(あら)らげる。

 

「何者だ!?」

 

「吾輩さ。国王ラグラウドよ!」

 

 返答すると同時に女性はローブを脱ぎ捨て、高らかに宣言した。

 

「軍事国クリスミッドが総帥アーティル・ヴィンガート、ここに参上! 吾輩が直々に、王妃アリシエルを頂戴していく!!」

 

 若草色の細長いポニーテールと、左目にかけたモノクルが見る者の目を引く。紺色が基調の軍服と左側だけに纏った白いマントも、総帥という肩書きに相応しい威厳を感じさせる。それが彼女、アーティル・ヴィンガートと名乗る者の容姿であった。

 

 ――軍事国クリスミッドについては、連行の道中でゾルク、まさき、ヘイル氏から話を聞いていた。リゾリュート大陸の南側を領土とする、その名の通り軍力に優れた国家のことだ。ある一帯には砂漠が広がっているが、良質な鉱石が豊富な鉱山地帯もあるため、兵器や軍事設備などが発展していったのだという。長年、ケンヴィクス王国とは対立関係にあるが戦争には発展せず、膠着(こうちゃく)状態を続けていたらしいが――

 

 彼女の正体を知った途端、国王は血相を変えた。

 

「アーティル、貴様!! どうやってこの城に!?」

 

「エグゾアの協力のおかげで、優雅に空から舞い降りたのさ。ギルムルグが現れて混乱する城内への侵入は、あくびが出るほど容易かったぞ!」

 

 この発言で、とんでもない事態が判明した。エグゾアは軍事国クリスミッドをも勧誘し、加担していたのだ。そして。

 

「まさか、ギルムルグの群れは陽動も兼ねていただと!? クルネウスが言っていたのは、このことだったのか……!」

 

 悔しげにマリナが零す。結局、僕達は敵の思い通りにさせてしまったのだ。

 だが後悔していても始まらない。今は王妃の救出が第一だ。皆、密かに武器を手に取ろうとする。……が。

 

「妙な気は起こすなよ。王妃を傷つけられたくなければな!」

 

 挙動をアーティルに見抜かれ、こちらの動きを制限されてしまう。しかし諦めてはいけない。機を見計らうのだ。

 どうにか時間を稼ぐため苦し紛れながらも、ゾルクがアーティルに問う。

 

「一体、何の目的で王妃様を……!?」

 

「魔力資源の確保のためだ。エグゾアから賜わった最新鋭の魔力探知器のおかげで、リゾリュート大陸に住む人間の、特に王族の体内には、膨大な量の魔力が溜め込まれていることがわかったからな。その中でも、王妃アリシエルが最も魔力資源に相応しいことが判明したのさ。計測された魔力量が未知数に近いため、じっくり時間をかけて魔力に変換するしかないがな。……こんな話、教えたところで愚図なお前達が信じるわけがないか」

 

 その発言で皆は凍りついた。まさかデウスが、リゾリュート人に秘められた秘密までクリスミッド側に伝えていたとは。そもそも、リゾリュート人であるはずのアーティルが何のために魔力を集めているのか……謎は深まる。

 

「それだけは……それだけは絶対にさせない!!」

 

 アーティルの目的を知った途端、ゾルクが一瞬の隙を突き、意を決して走り出した。魔力確保のために捕らえられた人間は肉体の全てを魔力に強制変換され、必ず死を迎えてしまう。王妃がその運命を辿ることを阻止しなければならない。

 ゾルクがアーティルから王妃を引き離してくれれば、後は一斉に攻撃して彼女を捕らえることが出来る。僕達は淡い希望を彼に託した。

 

「ぐ、ぎぎ……がはっ……!?」

 

「おいおい……。『妙な気は起こすな』と忠告したばかりだが?」

 

 ……けれどもそれは、不可思議な現象と共に呆気なく潰える。王妃に辿り着く直前でゾルクは宙に浮かび、首を押さえて苦しみ始めたのだ。彼の目前ではアーティルが右腕を伸ばして、何もないただの空間を握りしめている。

 少し驚いたが、僕にはこの現象の正体がすぐにわかった。デウスが得意とする遠隔操作魔術の応用である。遠隔操作魔術は任意の対象に干渉してこちらの意思で物体を動かす高等魔術なのだが、アーティルはそれを人体に用い、対象を変形させることで攻撃術として使用している。簡単に言えば、離れたところから他人の首を絞めることが出来てしまうのだ。

 あのデウスでさえ対象を変形させるという高度な技術は持ち合わせていないはず。それ以前に、リゾリュート人であるアーティルが魔術を使用している時点で既におかしい。もしや彼女はビットを体内に埋め込むことのみで強化を図った形態、レア・アムノイドと化してしまったのではないだろうか。そうだと仮定すれば魔術を扱えることに説明がつく。とっくにエグゾアと接触しているのだから可能性は高いだろう。

 ゾルクを襲う傍らでアーティルは、僕達が何者か気付いたようだ。

 

「おっと、もしやお前達は魔力の使い道に察しがついているのか? ……よく見てみれば、先ほどギルムルグと生身で渡り合っていた、でたらめな連中ではないか。だとすればお前達が、エグゾアが噂していた救世主一行か。これは吾輩も、迂闊に口を滑らせてしまったらしい」

 

 そう言うと彼女は攻撃の手を緩める。するとゾルクは赤い絨毯の上に、どさりと落とされた。

 

「げほっ、ごほっ……!!」

 

「ゾルク、大丈夫か!?」

 

「な、なんとか……」

 

 マリナが駆け寄り、苦笑いするゾルクの身を案じる。命に別条はないようだ。しかしこれで、アーティルを取り逃すことが決定的になってしまう。

 

「これ以上の長居は無用だな。では、さらばだ!」

 

「へ、陛下!!」

 

「アリシエル……アリシエルよ!!」

 

 大人一人か二人分の広さの小さな円形の魔法陣が、アーティルと王妃の直下で展開される。いつか狂鋼(きょうこう)のナスターが使用していたものと同じものだ。陣は瞬く間に輝きを増して、国王へと手を伸ばす王妃を無惨にも引き離すかのように、発動。次の瞬間には、アーティルと王妃の姿はどこにもなくなっていた。

 

「転送魔法陣ですか……。エグゾアめ、このような技術までクリスミッドに譲渡していたとは……!」

 

 僕は憤りを覚えたが、何を思っても後の祭りである。アーティルの王妃誘拐は、まんまと成功してしまったのだから。

 

 その後。

 城の一画で兵士二人の遺体が発見されたとの報せが入ってきた。死因が窒息であることから、アーティルの仕業であることは明白であった。

 何故、一国家の総帥がこのような暴挙に出ているのか。その答えを国王が語られる。

 

「一ヶ月ほど前、軍事国クリスミッド内でクーデターが発生した。首謀者はもちろん、アーティル・ヴィンガートだ。一介の軍部統率者に過ぎなかったあの女はクリスミッド前総帥や血縁者を皆殺しにし、まだ幼き正統後継者であるウィナンシワージュ・リゼル・クリスミッドすらも行方不明に追いやり、現総帥として太太(ふてぶて)しく君臨したのだ。アーティルの企てたクーデターは、おそらく戦闘組織エグゾアにそそのかされたが故のものだろう。……前総帥との間でようやく和平条約を締結できそうだったというのに、なんたることか……」

 

 長年に渡る国家間の溝があと僅かで埋まろうというところで、その瞬間を無慈悲に奪われていたとは……。国王の表情は、口惜しさを悲痛なまでに物語っている。かつてグリューセル国を治めていた僕にも、彼の気持ちが少なからず伝わってくるのだった。

 

「その皆殺しって、もしかして魔力に変換したという意味でしょうか……?」

 

「きっとそうでしょうね……。あんなに楽しそうに誘拐していくような人間だもの、正気じゃ出来ないことを平然とやってのけるに決まってるわ」

 

 ソシアとミッシェルが小声で会話する。彼女達も当然、アーティルを非難するのだった。

 次に国王は、決然と表情を引き締めて僕達にこう述べられた。

 

「これ以上、偽物の総帥アーティルの思い通りにさせてはならん。そう思い、クリスミッドの動向には目を光らせ情報を収集していた。しかし我が王国軍が下手に動けば望まぬ戦争に発展してしまう。クリスミッドとの戦力差は圧倒的であるし何より、人命を失うことは避けたいのだ。……そこで救世主ゾルクとその仲間達に、王妃アリシエルの救出とアーティルの打倒を頼みたい。お前達ほどの適任者は他におらん。数多の障害を乗り越えてきた精鋭と見受けての頼みだが、聞き入れてくれるだろうか?」

 

 その眼差しに、ゾルクが熱く燃え滾って返事をする。

 

「もちろんです! 人も国も救ってこそ、救世主ですから!」

 

「よくぞ言ってくれた。無論、全力で支援させてもらう。リゾリュート大陸に、どうか平和をもたらしてくれ!」

 

 国王の表情に安堵が戻った。幸いにも「王妃の魔力変換には時間がかかる」とアーティルが零したため、これで少しは希望を持ってもらえそうだ。あとは僕達がクリスミッドに乗り込み、救出と打倒に努めるのみ。

 

「あのー、ところで陛下」

 

「どうした?」

 

「俺の冤罪については……」

 

「…………いかん、忘れておった」

 

「うぉーい! 陛下ぁー!!」

 

 事件が起きたため、ゾルクの冤罪の件は皆の頭から完全に忘れ去られていた。だがこのあと無事に処理され、彼は正式に自由の身となるのだった。

 

 

 

 出発の時が近づいてきた。

 僕達が目指す先は軍事国クリスミッドの首都、リグコードラ。リゾリュート大陸最南端の島を丸ごと利用した要塞都市だそうだ。首都は島の上だが、厳重な警備のため海からの侵入はほぼ不可能。けれども島と大陸を繋ぐ超規模の橋、エルデモア大鉄橋のおかげで陸路で到達することが可能らしい。

 ……しかし問題もある。実はエルデモア大鉄橋そのものが首都リグコードラの要塞設備の一部であり、周りが敵だらけの中を強行突破しなければならないというのだ。少人数で潜入するのであれば通過もまだ現実的であるため、僕達がうってつけなのだという説明を受けたが……やはり心許(こころもと)ない。貴重な戦力であるヘイル氏にも同行を願いたかったが、彼は彼で別の用事を国王から託されたらしく既にこの場には居ない。これは思っていた以上に過酷な道のりになりそうだ。

 

 オークヌスの南側で、いざ外壁をくぐろうかという頃。ゾルクは、見送りに来てくれたアシュトンへ確認をとる。

 

「本当にオークヌスへ残るのか?」

 

「ザルヴァルグが使えない以上、俺がお前らについて行く意味がねぇからな。機体の完全修復は無理にしろ、ひとまず城の人と一緒に応急修理をやれるだけやっとくぜ」

 

「わかったよ。じゃあ、留守は任せたからな!」

 

「おう。途中でへばるんじゃねぇぞ、救世主!」

 

 普段は喧嘩ばかりのこの二人も、今はお互いを信じて激励し合っている。理想的な仲間の関係に近づいているようだ。

 外壁門の陰では、まさきが何者かとやりとりをしていた。他に類を見ない独特な装束(しょうぞく)から推測すると、まさきが束ねるスメラギ武士団の人間だろう。彼が武士団員と別れてこちらに戻ってきたところで、マリナが尋ねる。

 

「さっきのは武士団員のようだが、何をやっていたんだ?」

 

「軍事国クリスミッドの首都リグコードラを目指すのならば、否が応でも国境城壁リゾルベルリを通ることになる。そこで、リゾルベルリが現在どのような状況であるかを知るため、スメラギ武士団による先遣部隊(せんけんぶたい)の派遣の手続きをしていた。ちなみに説明するが、リゾリュート大陸各地に武士団員を点在させているため、このような事態にも早急に対応できるのだ……」

 

 流石、若くして武士団の(おさ)を担う者だと褒めるべきか。まさきは先を見越して手を打っていたのだ。

 

此度(こたび)の件で、アーティルに拙者達の顔が割れてしまったからな。クリスミッド軍がリゾルベルリでこちらを待ち構えている可能性も考慮しなければならぬ。だからこその先遣部隊ぞ……」

 

「そっか……。これから敵国の領土に侵入することになるんだよな。慎重に進まなきゃ……!」

 

 ゾルクや他の皆に、程良い緊張が走る。まさきのおかげで皆の意志が強く固まるのだった。

 王妃を救出し総帥アーティルを討ち倒すため、僕達はいま足を踏み出した。


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