Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第45話「揺らぐ緋焔(ひえん)」 語り:ボルスト

 わしが自分の存在について初めて自覚したのは、ミカヅチ城でマリナと交戦した後からだった。

 あの時、マリナは自身の記憶の矛盾に苦しんでいた。そしてあろうことか、わしの身を案じ、わしの記憶すら疑い始めた。だから堂々と言ってやった。「記憶を操作されてなどおらぬ。全ての記憶が本物だという確証もある」と。

 ……だが、それからなのだ。不安に(さいな)まれ始めたのは。

 

 総司令に命を救われた恩がある。だから忠誠を誓い、服従している……はずだった。

 ……思い出せぬ。何度、振り返ろうとも。まるで元々なんの出来事も無かったかのように、過去の記憶が真っ黒なのである。そしてようやく自分が何者であるかを疑った。

 何が「確証もある」だ。『ボルスト・キアグ』は、自分を全く把握できていなかったではないか。このような重大な問題に今まで気付かなかったなど大いに恥ずべきだ。

 

 ミカヅチ城からエグゾアセントラルベースへ帰還後、すぐに自分の情報を探った。しかし、どこにも見当たらない。組織内のデータベースを隈なく調べたのに『ボルスト・キアグ』という人物の情報は存在しなかったのだ。

 不審に思い、ナスター・ラウーダの研究室へ忍び込むことを決めた。エグゾア六冥凶(ろくめいきょう)の一員であり技術研究者である奴ならば、ありとあらゆる情報を持ち合わせているだろうと踏んだのだ。

 留守を狙い、様々な機器が揃えられた研究室へ侵入。薄暗い中、極秘データベースと繋がったモニターが怪しく点滅している。あれこそが目当てのものだ。

 操作盤を触り、データベースを検索していく。――そこで、とんでもないものを発見してしまう。

 

「なんだ、これは……」

 

 目に留まったのは、とある人物の情報。そこに記されていたのは。

 

「『レア・アムノイド被験者ザンゴート・シグレス』だと……? だが、画像に映っているこの顔は……」

 

 雄々しく逆立った白髪、立派に蓄えられた髭、赤みを帯びた肌。紛れもなく、わしだったのだ。

 『ボルスト・キアグ』はいないが、わしと全く同じ顔を持つ『ザンゴート・シグレス』は存在していた。そして『レア・アムノイド被験者』という表記。理解が追いつかなかった。……いや、理解したくなかったのかもしれない。

 画像以外に情報は無く、その日は核心に迫れなかった。

 

 

 

 胸中が穏やかでないまま数日が経過。

 ふとナスターの研究室前を通りがかると扉に少し隙間があり、中から話し声が聞こえてきた。ナスターと総司令である。

 ……またと無い機会だ。今度こそ、わし自身の真実を知れるかもしれぬ……。扉を挟んで静かに聞き耳を立てた。

 

「ところでナスター。最近、ボルストの様子はどうだい。変わったことはないかな?」

 

「そうですねぇ……。任務も特に問題なくこなしているようですし、部下からの信頼の厚い存在であり続けていると思いますよぉ」

 

「体調面はどうかな?」

 

「その点も特には。彼は丈夫さも取り柄のうちに入っていますからねぇ」

 

「はっはっは。エグゾア随一の武人を心配するのは、逆に失礼かもしれないね」

 

 他愛のない雑談である。今回も収穫が無いままでは、焦りと不安が余計に募ってしまう。

 ……いいや、会話がこの程度で終わるはずがなかった。わしを崖から突き落とすかのように、ナスターによる次の台詞が飛び込んでくる。

 

「あ。そう言えば、彼に施している洗脳が弱まってきているように思いまぁす」

 

「やはりかい……。先日ボルストと会話していた時、彼の体内のビットから妙な波動を感じたのだけれど、気のせいではなかったようだ」

 

 ……洗脳……だと……?

 

「ボクの洗脳が揺らぐなど、まず有り得ないのですがぁ……。百歩譲ってメリエルには双子の妹という不安定要素が存在しますが、ボルストに家族は居ませんでしたし。任務の最中に何かあったのでしょうかねぇ」

 

「彼は、まだ利用価値のある手駒だ。しかもレア・アムノイドの中で彼だけは、我に対しての忠誠心を暗示として埋め込むことができ、揺るぎのない信念を抱いた屈強なる戦士となっている。ボルストと化す前の……ザンゴートだったか。今では、あれを捕まえてきた直後とは比べ物にならないほどの戦力だよ。レア・アムノイド化の貴重な成功例なのだから、今後も我の役に立ってもらいたい」

 

「では今度、ボルストを適当な理由で呼びつけて洗脳し直すとしましょぉう。全ては、総司令の意のままにぃ」

 

 ――レア・アムノイド。それは、通常のアムノイドと違って機械化や薬物投与を行わず魔力の塊であるビットを埋め込むことのみで強化を図った、戦闘特化改造人間のことを指す。

 人間が本来持っている潜在能力に全てを委ねる改造方法のため、レア・アムノイド化に成功すれば通常のアムノイドよりも高い戦闘能力を得られる。だがビットの魔力と人体との適合率の問題で個体は少なく、だから総司令は貴重だと述べたのだ。

 更にレア・アムノイド化は人格や感情、記憶が元のままである保証が無いほど危険な改造方法でもある。つまりわしは、レア・アムノイド化によって『ザンゴート・シグレス』を失い……『ボルスト・キアグ』という別人へと生まれ変わらされていたのだ。

 

 今まで、有りもしない恩義から忠誠心を故意に持たされ、総司令に服従していたというのか。正常であるならば簡単に気付けたはずの違和感や矛盾も、洗脳によって気付けぬよう仕向けられていたようだ。

 ならば頭の中でひしめいている記憶達も、どれが本物で偽物なのかわかったものではない。ただでさえレア・アムノイド化を果たしているというのに洗脳までされていたとあっては、全ての記憶を疑わざるを得なかった。

 これまでの任務の中で、弱者を一方的に虐げなければならぬことや容赦なく命を奪わなければならぬこともあったが、恩義のためと思い必死で良心を押し殺していた。そんな心情も、虚しいだけのものだったらしい。

 

 

 

 ……『ボルスト・キアグ』は総司令の手の平の上で踊らされ、己が拳を数多の人間の血で汚し続けた、愚かな大罪人なのだ……。

 

 

 

「おやぁ? 廊下で影が動いたような……。どなたかいらっしゃるのですかぁ?」

 

(ッ!! しくじった……!)

 

 不意に、ナスターが扉へ近づく。わしは衝撃を受けるあまり警戒を怠ってしまったのだ。即座に研究室から遠ざかり廊下の角へ身を隠したが……間に合わず、後ろ姿だけは見られてしまった。

 

「あれはボルスト? ……総司令。今の会話、聞かれていたかもしれませぇん」

 

「我としたことが、これは大きな失態だね。……だが支障は無いさ。この先の計画で真に必要となる存在は、キラメイとフィアレーヌ。ボルストは純粋な戦闘要員でしかないため最悪、居なくともいい。それに彼がエグゾアから離反したところで、敵となって我らの前に立ちはだかる可能性は万に一つも無いのだよ」

 

「と、おっしゃいますとぉ?」

 

「ふふふ、そのうちわかるよ。それに賢く冷静な彼のことだ。乱心したまま無計画に反旗を(ひるがえ)すとは思えない。まずは現状を維持するだろう。とりあえず、再洗脳するとなればボルスト捕縛のために大々的な準備が必要となるし、後回しだ。ボルストには、予定通り次の任務に就くよう我が直接伝えるよ。……彼にとって最後の任務にならないことを祈りながら、ね」

 

 二人の会話がこの耳に届くことはなかった。しかし、わしは自身の行く末を……もう悟っていた。

 全てを失ったかのような感覚。『ザンゴート・シグレス』も、『ボルスト・キアグ』へと変貌する直前にこんな気持ちを味わったのだろうか。無意味な想像と真っ黒な過去の記憶だけが、脳を満たしていく……。

 

 

 

 ――しかし、失意の中で希望にも出会う――

 

 

 

「…………ッ! ……なんだ、わしにもあったではないか。温かな記憶が」

 

 過去を振り返るうち、洗脳に汚されていないと確実に言い切れる、とある記憶の存在に気付いたのだ。

 

「ザンゴート・シグレスはもういない。わしは造られた存在、ボルスト・キアグ……。だが真実を知った今なら、大罪人のわしにも出来ることがある。これからの行動原理など、もはやそれだけで構わん」

 

 不安や動揺を払拭(ふっしょく)し、為すべき目的を心の中で大きく掲げた。

 

「無様でもいい。この大切な記憶にすがらせてもらう。これがあるだけで、わしが存在する理由はゼロにならないのだからな……」

 

 レア・アムノイド『ボルスト・キアグ』にとっての、かけがえのない本物の記憶。それは――

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第45話「揺らぐ緋焔(ひえん)

 

 

 

 救世主一行が首都オークヌスを発ってから、何日が経過しただろうか。ようやく彼らは国境城壁リゾルベルリに到着した。

 ……国境城壁リゾルベルリとは。リゾリュート大陸の中央部に位置し、西端から東端まで真っ直ぐ長大に伸びた、ケンヴィクス王国と軍事国クリスミッドを隔てる分厚い建造物のこと。壁はもちろん、内部を覆い隠すように天井まできっちりと造られている。

 大陸中央の城壁内部は検問所や環境管理施設となっており、違法入国や城壁損壊などが起こらぬよう監視している。

 そして大勢の人が往来し、輸出入の要となる場所でもある。国を繋ぐ門の付近は物流が盛んで市場や露店が広がっており、天井付きの城壁という閉ざされた空間の中でさえ、一つの町を形作っているかの如く栄えていた。

 

 一行は現在、旅人を迎える休憩施設で足を休めている。リゾルベルリ内部の検問所を通過する前に最終確認をおこなっていた。国王から事前に渡されていた通行証も全員分、揃っている。

 あとはクリスミッド軍の動向についてだが、リゾルベルリへ辿り着く手前で既にスメラギ武士団の先遣部隊(せんけんぶたい)から情報を得ていた。けれども念には念をということで、蒼蓮(そうれん)まさきが再び皆に告げる。

 

「今一度、伝えよう。先遣部隊の報告によると国境の門を出てすぐのところに、やはりクリスミッド兵が配置されているそうだ。しかし幸いながら数は多くない。これならば奴らの目を掻い潜って国境を抜けることが叶う……」

 

 何かを思いついたのは、ミッシェル・フレソウムであった。

 

「目立たないようにしとけば、色んな情報を集める余裕がありそうじゃない? 怪しまれないように、あたしの筆術(ひつじゅつ)で隠密性のあるマントを描くから、それ着てみんなで聞き込みしましょ。気配を消せる凄~い代物(しろもの)よ。最近描けるようになったの♪」

 

「賛成です。クリスミッド領内の自然環境や危険地帯を知り、最適な道を割り出す必要がありますからね」

 

 彼女の提案にジーレイ・エルシードが乗っかる。情報収集に出向くことが決定した。

 ミッシェルの隣では、ソシア・ウォッチが密かな疑問を抱いていた。

 

「気配を消せるマントって、具体的にはどういう仕組みなんですか?」

 

「あらソシア、そこ気になっちゃう?」

 

「はい!」

 

「それはねぇ……」

 

「それは?」

 

「乙女の秘密♪」

 

「……えー」

 

 勿体ぶっておきながら、この答えである。ミッシェルはウインクを返したが、ソシアがそれで納得できるはずもなく、苦笑して首を傾げるのみだった。

 それは兎も角として。まさきが改めて話を始める。

 

「リゾルベルリが、どちらの国にも属しておらず中立的な立場にあるというのはわかったであろう? だからこそケンヴィクス軍兵士はもちろんのこと、クリスミッド軍兵士がすぐそこを歩いていても不思議ではない。本来ならば、二国の間で既に『国境城壁保安条約』が結ばれているため両軍ともここで戦闘行為に至ることはできぬ。しかし……」

 

 一呼吸おいた後、険しい表情で注意を促す。

 

謀反(むほん)を企てたアーティル・ヴィンガートがクリスミッドの現総帥である以上、軍が何をしでかすか、わかったものではない。情報収集は周囲に気を配りながら行い、もしもクリスミッド軍兵士を見かけたならば絶対に近寄ってはならぬ。あやつらの姿についてだが、通信機器を内蔵した独特の兜と、規律性を漂わせた防御性能重視の軍服を纏っている。一般兵が緑色、部隊長が赤色、将軍級が夜空色ぞ。よいな……?」

 

「うん、覚えておくよ。それじゃあ、しばらく経ったらこの場所で合流しよう。みんな、また後で!」

 

 ゾルク・シュナイダーが締めくくり、皆は行動を開始。ミッシェルが筆術で描いた隠密マントを各々受け取り、解散するのだった。

 

 

 

 救世主一行が情報収集を始めたのと、ほぼ同時刻。

 わしもリゾルベルリに訪れていた。総司令の(めい)によりクリスミッド軍へ一時的に加わることとなったため、この地で具体的な指示を受けるのだ。

 国境城壁内の、物資や最低限の灯りしかない倉庫の一画で、人目を避けるようにして使者を待つ。やがて軍服を着た数名の者がやってきた。

 

「逆立った白髪に、老体とは思えぬほど鍛え抜かれた肉体。そして左肩のエグゾアエンブレム……。貴公が破闘(はとう)のボルストだな?」

 

「いかにも。では、お主がクリスミッド軍のコルトナ将軍か」

 

 夜空色をした厚手の軍服を着て、左側頭部の兵士間通信用アンテナが目を引くヘルメットを被った、強面の男。彼が総帥アーティル直属の部下であり、この度の使者――コルトナ将軍である。歴戦の証だろうか、ヘルメット前面のモンスターが引っ掻いたかのような大きな傷が印象的だ。

 将軍の背後には、落ち着いた緑の軍服とアンテナ付きのヘルメットを装備したクリスミッド軍の一般兵が数名。彼らはヘルメットのバイザーを下げて目線を隠し、ただ無言で待機していた。

 ……この時、わしらにとって不測の出来事が。

 

「師範がリゾルベルリに来ているだと……!? それに相手の特徴的な軍服……あれが話に聞いた、クリスミッド軍の兵士か。ご丁寧に将軍クラスまでいるとは」

 

 マリナに目撃されてしまったのだ。彼女は情報収集のために筆術製の隠密マントを羽織っているので存在を悟られていない。物資の陰から、わしらのやりとりを見物することにしたようだ。

 時間が惜しいと感じたのか早速、コルトナ将軍は口を開く。

 

「行方不明のウィナンシワージュが、このリゾルベルリで目撃されたという。あいつはもう魔力の絞りカスだ。利用価値は無い」

 

「ウィナンシワージュ・リゼル・クリスミッド……。まだ年端も行かぬ子供だと聞いている。して、わしにどうしろと?」

 

「見つけ次第、殺せ。軍事国クリスミッドの正統後継者であるウィナンシワージュが生きていては、総帥の掲げる『ケンヴィクス王国侵略計画』の妨げになるからな。必死の脱走が無意味だったことを思い知らせて、確実に息の根を止めろ」

 

 特に表情を変えることなく、将軍は残酷な言葉を放った。そして話を続ける。

 

「まだ発見報告は無いがケンヴィクス王国からの刺客にも気を配れ。総帥の読み通りであれば貴公らエグゾアの宿敵、救世主一行が刺客として送られ必ずここを通る。特に何も起こらなければ、あのクルネウスとかいう女と合流しエルデモア大鉄橋の守備に就け。今のところ指示はこれだけだ」

 

「あいわかった。任務遂行に努めよう」

 

「自分達は持ち場に戻る。期待しているぞ、エグゾアの武人よ」

 

 将軍は無味乾燥に告げると、部下と共に足早に倉庫を去るのだった。

 そして入れ替わるようにして、わしの前へ新たな影が躍り出る。

 

「師範、お久しぶりです」

 

「む!? お主は……!」

 

 黒のショートヘアに翠の眼を持つ、マントを纏った少女。言わずもがな、マリナである。

 不思議と驚きはしなかった。むしろ彼女と遭遇するのを待ち望んでいた。

 

「……リゾルベルリへ来たか。アーティルの読み通りとなったな」

 

 わしと将軍との会話を終始、聞いていたマリナ。マントの下で二丁の無限拳銃を掴むと、両方の銃口をこちらへ向けた。

 

「早速ですが、ご覚悟を。エグゾアとクリスミッドの思惑通りにさせるつもりはありませんので……!」

 

「待て。この地で争うつもりはないのだ。……それに少し、お主と真剣に話がしたい。わしの勘で今日よりも以前から、お主がここへ来るような気がしていたからな。姿が見えるまでリゾルベルリに滞在するつもりでもあった」

 

「そんな安い台詞で信用されるとでも、お思いですか? 今まさにクリスミッドの将軍と繋がっておきながら!」

 

 確かにマリナの言う通り、クリスミッド軍から指示を受けた直後のわしが、このようなことを言っても信用されるはずがない。それをわかっている上で出来る限りの真摯な態度をとり、願った。

 

「思ってはいない。だが、してほしい」

 

「断ります。そして、今ここであなたを倒す!!」

 

 マリナは一秒も迷うことなく返事をして――片方の引き金を引いた。

 

「ぐぬっ……!!」

 

 放たれたのは魔力で構成された弾丸。いとも簡単に、わしの左肩を穿った。銃創からは血が流れる。思わず(うめ)いてしまったが大事に至ったわけではない。

 これに動揺したのは、撃ったマリナのほうだった。

 

「直撃した……!? 鋼体バリアを張っていないのですか!? どうして……!」

 

 わしは返事をせず、ただ立ち尽くして傷口を押さえるのみ。

 鋼体バリアとは。わしが戦闘中にのみ纏う、目に見えぬ魔力の鎧のこと。それを使用しなかった理由が……マリナに届いたようだ。

 

「……師範、戦う意思が無いというのは本当なのですね」

 

 苦い顔でそう呟くと、わしのもとに駆け寄ってくる。

 

「じっとしていてください。お詫びに治癒の弾丸を撃ち込みます……」

 

 拳銃を出血箇所に近づけ、また引き金を引いた。銃口からは優しい光が溢れ、わしの傷を見る見るうちに治していく。

 その正体は銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)という術技であり、やがて出血も止まった。傷が完全に塞がると、マリナは安堵するのだった。

 

「癒しの銃技か。よい技を習得したな」

 

「仲間がいてくれたおかげです」

 

 答えるマリナに、先ほどまでの荒々しい戦意は感じられない。むしろ柔らかに口元を緩めている。わしは、そんな彼女の頭を静かに撫でるのだった。

 ――今この時だけは、むかし築いた師弟の関係に戻れていた。

 

 しばしの間、ほのかな灯りしかないこの倉庫へ留まり会話を始めた。

 その中でマリナは自身の正体が人間ではなく、エンシェントビットが創り出した魔力集合体『ゼロノイド』であることを打ち明けてくれた。それはやはり、わしの知らぬ真実であった……。

 だが衝撃を受けている場合ではない。もうすぐ、確かめたかった真実へ触れることになる。

 

「お主はミカヅチ城で、自身に宿る記憶について悩んでおったな」

 

「……はい。自分の正体を知ることは出来ましたが、記憶については未だ本物と偽物の判別がつかずにいます。エグゾアで生活していた一年間は何だったんだろう、と……。ただ、洗脳されていなかったことだけは唯一の救いです」

 

 マリナは苦しげに弱く零した。

 ……洗脳を受けていない、彼女の一年間の記憶。それこそ、わしが確かめたかったもの。すかさずマリナに問う。

 

「フェンビーストを覚えておるか?」

 

「……え?」

 

「わしとお主とリフの三人で、修行がてら北の氷結洞まで赴いた日があったであろう? そこで戦った人狼型のモンスターのことだ」

 

 突然の昔話に、マリナはきょとんとした。けれどすぐに返答する。

 

「は、はい。覚えています。確か、リフがフェンビーストに捕まってしまいましたね。そして私があいつを救い出して、その隙に師範が『緋焔の脚技(ひえん きゃくぎ)』でフェンビーストを撃破なさり、事なきを得ました」

 

「その直後、油断したわしらの身をリフが助けてくれたな」

 

「不覚にもフェンビーストがもう一匹潜んでいたことを察知できていませんでした。あの時リフが咄嗟に剣を突き刺してくれていなければ、おそらく全滅、最低でも大怪我は負っていたでしょうね」

 

 マリナより先に弟子となっていたリフ・イアードの存在を交えつつ昔を懐かしむ。普段は口に出さないが、リフもわしにとって大切な存在なのだ。

 

「リフはお主の腕前に嫉妬し、わしのもとを去ってしまったが、あれもエグゾアにそぐわぬ真っ直ぐで善き心を持っておった」

 

「ええ。たとえ失敗が多くても、仲間のことを想える良い奴ですよ、リフは。でも調子に乗りやすい性格のためか、本当にドジが多かったです。先走ってヴォルガジョーズの巣に迷い込んだこともありましたし」

 

「プテラブロンクに捕まり餌にされかけたこともあったな。リフに怪我をさせず撃墜するのは少々苦労したぞ」

 

「ふふふ……!」

 

「はっはっは……!」

 

 リフについての話題は、どれもこれも締まりのないもの。マリナからも、わしからも、思わず笑みが零れてしまう。

 そしてマリナがリフのことを良く思っていないわけではないことを知り、心のどこかで安心した。これならば二人は、いつか仲直り出来るはず。

 ひとしきり語らい合ったところで、わしは告げる。

 

「マリナよ。お主の脳裏に刻まれている鍛錬に励んだ日々の記憶は、偽物ではない」

 

「あ……!」

 

「あの温かく楽しかった日々は、本物であるぞ。このわしが保証しよう」

 

 記憶について悩んでいた彼女はようやく、わしが心配していたことに気付く。そして晴れやかに感謝した。

 

「……はい。ありがとうございます、師範!」

 

(礼を言うのはわしのほうだ。お主が居てくれたおかげで、わしにも本物の記憶があると裏付けることが出来たのだからな……)

 

 声に出さず瞑想し、己の内で深くそう感じた。

 次にわしは託すべきものを託すため、行動に移る。

 

「ついてこい。お主に授けたいものがある」

 

 マリナを誘導した先は、リゾルベルリ内の多目的スペース。武道大会を開催できそうな程の広さを誇っている。

 

「いったい何をなさるおつもりなのですか……?」

 

「伝授である。これより披露する動きを、その目にしかと焼き付けるのだ」

 

 そう告げた後、わしは呼吸を整えた。次に、膝を曲げながら右脚を上げ、始点となる構えをとる。そして両脚に魔力を集中させ、(ほのお)を宿した。

 

「……ゆくぞ! はああああッ!!」

 

 気合と共に右脚で強く踏み込み、地を蹴って加速。そこから仮想の敵に対して燃え盛る怒濤の連続蹴撃。

 様々な動きを織り混ぜた蹴りは、敵を惑わせて反撃の隙を与えないようにするためのもの。更に足払い、蹴りによる打ち上げ、自身の真上への跳躍に繋ぐ。

 締めくくりは、宙を舞う敵を地に叩き落とす熱き渾身の一撃。そして這いつくばる敵を背に、堂々と着地する。

 全てを見終えたマリナは、すぐに思い出した。

 

「あ……あの日の『緋焔の脚技』!?」

 

「――これぞ秘奥義、緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)。お主に授ける最後の体術ぞ」

 

緋焔、煉獄殺(ひえん れんごくさつ)……!」

 

 マリナは目を見張って復唱した。わしは振り向き、改めて解説を入れる。

 

「わしがこれまでに極めてきた数ある体術のうち、脚技を駆使するお主に最も相応しい秘奥義である。お主の得意な動きと共通する部分が多いため、習得に時は要さぬだろうぞ。どうか受け取ってくれ」

 

「……師範は何故、ここまでしてくださるのですか? もしやエグゾアを……」

 

 静かに聞いていたマリナであったが、やはり不自然に思ったらしい。けれどもわしは、そこから先を言わせるわけにはいかなかった。

 彼女の言葉を途切れさせるため、あえて食い気味に次の発言へと移る。

 

「マリナよ。もうひとつ託したいものがあってな。リゾルベルリの宿屋の鍵を渡しておく」

 

 半ば押しつける形で、ありふれた見た目の鍵を手渡した。

 

「わしと別れた後、その鍵と同じ番号の部屋へ向かうがよい」

 

「その部屋に、何が……?」

 

「行けばわかる。無論、罠ではない、と言い切っておこう」

 

 明かせぬことばかりで申し訳なく思うが、もしもクリスミッド軍が付近にいたらと考えると最低限のことしか口に出せない。目の訴えのみで信じてもらうしかなかった。

 これで全ての用向きを伝え終わった。無駄に長居も出来ぬため、この場を離れなければならない。

 

「さて、休戦は今回限りぞ。わしはクルネウスと共にエルデモア大鉄橋にて待つ。全身全霊を懸け、救世主一行を叩き潰すと宣言しよう」

 

「お待ちください! ……やはり妙です。どうして私を手助けするような真似をなさったのですか? その上でまだ敵対するなど……師範の意図が読めません!」

 

 呼びかけるマリナへ、ゆっくりと背を向けた。――彼女の真っ直ぐな眼差しに応じる勇気が無かったのだ。

 

「……大罪人のわしにできるのは、ここまでだ。お主と話ができて心より嬉しかったぞ」

 

 わしはそれだけを静かに言い残し、マリナをおいて倉庫から立ち去った。

 残されたマリナは現状分析を余儀なくされる。

 

「一語一句どれをとっても、嘘をついているような揺らぎは感じられなかった。エルデモア大鉄橋でクルネウスと共に襲いかかってくるのは決定的だろう。その時までに、伝授された秘奥義を完璧に習得しなければ……!」

 

 戦意を固める一方で、慈悲深き一面も見せる。

 

「気掛かりなのは、師範が何かを決心していた点だ。それがなんなのかはわからないが……去り際に自分を『大罪人』と称していた。もしも何らかの理由で、以前の私のように罪の意識に苛まれているのだとすれば、私はそれを救いたい」

 

 わしの行動は意味不明と受け取られても、何らおかしくはないものだった。それなのにマリナはこちらの事情を察しようと努め、あまつさえ救いたいと願ったのである。

 ……これほどまでに想ってくれる弟子を持ったわしは、余程の幸せ者なのかもしれぬ……。

 

 

 

 リゾルベルリ内の宿屋は近隣の施設と同様、空の見えない城壁の中にある。そのため他の町の宿屋に比べて華やかさや高級感は無いが外観に気を使わなくともいい分、内装の清潔さに力を入れており宿泊施設としては充分に機能している。

 そして人の出入りが激しいリゾルベルリであるからこそ、部屋数が多い。わしにとって好都合な特長であった。

 

 マリナは、鍵と同じ番号の部屋まで来た。右手には無限拳銃が握り締められている。

 

「罠ではないと言っていたが油断はできない。鬼が出るか、(じゃ)が出るか……!」

 

 覚悟を決め、左手で鍵を回した。勢いよく扉を開けて即座に拳銃を構える。するとそこには――

 

「……幼い男の子……?」

 

 ベッドの上で寝息を立てる男児の姿があった。

 風格のある茶色の短い髪、歳の割にはどこか気品のある衣装……。マリナが正体を悟るのに長くはかからなかった。

 

「この子は……まさかとは思うが、例の正統後継者なのか!? だとすれば師範はクリスミッドを欺き、この子を(かくま)っていたことになる。……確かに、部屋の多いこの宿屋なら人を隠すくらい簡単だな。そして師範自身はクリスミッドに協力せざるを得ないから私に託した、といったところか……」

 

 根拠は無かったが、彼女の直感が強く訴えていた。

 

「……むにゃ……う~ん……おじいさん、帰ってきたの……?」

 

 声や物音に反応し、男児が寝ぼけて問いかける。彼の言う「おじいさん」とは当然、わしのこと。マリナは察して話を合わせる。

 

「……おじいさんというのは、逆立った白髪の屈強な武闘家のことだろう?」

 

「うん。とっても強そうなおじいさんだよ……」

 

「その人には別の用事ができてしまってね。その代わりとして、私がおじいさんに頼まれて君を迎えに来たんだ」

 

「お姉さんが? ……そっか。おじいさんが言ってた通りになったよ。『そのうち、わしの代わりに黒髪の少女が迎えに来る。年寄りの勘は当たりやすいから覚えておけ』って言ってたもん」

 

「師範はそこまで見越していたのか。全く、恐れ入るな……」

 

 マリナは小さく笑い、呆れつつも感心する。わしが手を打っていたおかげで、男児が彼女に対して怯えることはなかった。

 そうしているうち、寝ぼけていた男児もすっかり目が覚めたようだ。冷静に名を尋ねる。

 

「お姉さん、お名前は?」

 

「マリナ・ウィルバートンだ。君は、ウィナンシワージュ・リゼル・クリスミッドだね?」

 

「うん」

 

「君の周りで起きた出来事は大体、知っている。安全な場所まで逃がすと約束しよう」

 

「あの、待って! ぼく、逃げたいわけじゃないんだ。……行きたいところがあるの」

 

 予想していなかった返事にマリナは驚き、そして訊く。

 

「どこへだい?」

 

「軍事国クリスミッドの首都、リグコードラに。偽名の通行証も、おじいさんから受け取ってるよ」

 

 ……更に予想できるわけのない答えが返ってきてしまった。

 

 

 

 マリナは、ウィナンシワージュ――以下ワージュに隠密マントを着せて仲間のもとに連れ戻った。

 皆がマリナとわしの遭遇を知り、ワージュのことを知り、大層おどろいたのは言うまでもない。そして、わしがマリナの前に現れた理由は、当然だが誰にもわからないままであった。

 

 ワージュはこれまでの経緯を一行に話した。

 首都リグコードラのクリスミッド城で他の王族と共に魔力変換されていたところ、変換終了の間際に機械トラブルが起こり、まだ意識が残っていた彼だけが隙をみて逃げ出した。

 しかし幼い子供が軍を振り切れるはずもない。誰かの助けがあったからこそワージュは逃げ切れたのだ。

 その誰かとは――このわしである。わしが視察のためクリスミッド城を訪れたのは、自身の真実を知った後。最早エグゾアとクリスミッドの研究など、どうでもよくなっていた。そして幼い子供にむごい仕打ちを強いる現実を見兼ね、秘密裏に手を貸した。

 首都リグコードラを脱したワージュは、わしの手引きでリゾルベルリの宿屋に身を潜め心身を癒していたというわけだ。

 

 ワージュの要望である『首都リグコードラへの帰還』は、クリスミッド城に幽閉された彼の側近達を救いたい気持ちからのものだった。

 側近の魔力変換は、強い権力を有する他の王族よりも後に回されるため、まだ時間に猶予があるのだという。今のうちに側近を救い出せば、総帥アーティルにより暴走するクリスミッドを内側から崩して再建できるかもしれない……ワージュはそう考えたのだ。

 

「俺は、ウィナンシワージュ殿下が同行してもいいと思う。殿下がクリスミッドを立て直してくれれば今度こそ和平条約を結べそうだし、俺達で助けられるなら助けてあげたいよ」

 

「本当に!? ありがとう、ゾルクさん! あと『ワージュ』って呼び捨ててくれていいよ? ぼく、堅苦しい呼び方はそれほど好きじゃないから……」

 

 ゾルクの意見に、ワージュは笑顔で感謝を述べた。しかしジーレイは難色を示す。

 

「僕としては、申し訳ありませんがご遠慮願いたいですね。ただでさえ厳しい道のりとなることが確定しているのに、子供を守りながら進むのは……」

 

「でも、もうボルストはマリナに押し付けちゃったのよ? ワージュを守る人が誰もいなくなったんだから、あたし達で守ってあげたほうが手っ取り早くない? 誰かに預けようにも時間がないし、預けたところで、きっとワージュは自分一人でも行動し始めるわ」

 

 ミッシェルが食い気味にフォローを入れた。ワージュは不思議そうに問う。

 

「ミッシェルさん、どうしてそう思うの?」

 

「十歳にしては考え方がしっかりしてると思ってね~。それに、クリスミッドが大好きだから未来を明るくするために頑張りたいんでしょ? 顔に描いてあるわ」

 

「えへへ……当たり!」

 

 はにかみながら元気に肯定してみせた。

 まだ難しい顔のままのジーレイを、今度はソシアが説得する。

 

「ジーレイさん。自分の国を想う気持ち、あなたなら人一倍、共感できるんじゃないですか?」

 

 ほんの少しだけ意地悪そうな彼女の顔を見て、ジーレイはついに観念する。

 

「……そこを突かれてしまっては、ぐうの音も出ませんね。では、皆でワージュを守ることとしましょう。マリナもまさきも、それで構いませんか?」

 

「ああ」

 

「従おうぞ……」

 

 こうして、救世主一行に小さな仲間が加わったのであった。

 

 

 

 

 

 カダシオ砂漠。国境城壁リゾルベルリから南に広がる中規模の砂漠地帯である。首都リグコードラへ行くには、ここを縦断しなければならない。

 幼き正統後継者を加えた救世主一行は、太陽が過剰に照らす砂の大地に苦戦していた。

 

「暑ぅぅぅい……。ドルド火山とは、また違った暑さだ。もうモンスターと戦う気力も無い……」

 

「スメラギの里の夏でさえも、ここまで暑くはならぬぞ……。すぐにでも帰郷したくなってしまう……」

 

「今はまだ冬だもんな……。あの寒さが恋しくなってきたよ。雪に埋もれたい……」

 

「同じく……」

 

 ゾルクとまさきは苦しみを分かち合い、だらしなく意気投合。そこへ鼓舞の声が転がってくる。

 

「みんな、もう少し頑張って! オアシスが見えてきたよ!」

 

「ワージュ君、目が良いんですね。おかげでちょっと元気が湧いてきました」

 

 既にへとへとなソシアも、ワージュの声を聞いて足取りを軽くした。

 ……その一方で。

 

「ふんふふ~んふ~ん♪」

 

 ミッシェルだけは暑がる皆をよそに、鼻歌交じりで砂を踏みしめていた。これを不可解に思ったまさきが魔術師に問いかける。

 

「……ジーレイよ、あれはどういうことなのだ……?」

 

「彼女は特殊な体質のようなので」

 

 汗だくのまさきは急にやるせない気持ちとなり、考えるのをやめた。かくいうジーレイも何故か暑さとは無関係な様相なのだが、そこに疑問を持てるほどの余裕は無かった。

 

 ワージュが見つけたオアシスには泉があるだけでなく草花が生い茂っており、二本の立派な果樹もあった。この猛暑の中で水分のみならず果実も摂れるとは、この上ない天国に違いない。

 ゾルクが一目散に泉へ駆け寄る。この辺りは地面がしっかりしているため足を取られることもない。

 

「水ぅー! 水だぁぁぁ!! よかった~!!」

 

 生き返ると言わんばかりに補給する彼に続き、ミッシェルも。

 

「もう少しで干からびるところだったわぁ~」

 

 更に続いたまさきが思わず呟く。

 

「お主も暑さを感じていたのか……」

 

「あらぁ、失礼ねぇ。あたしだって暑くて死にそうだったのよ? ……あれ、なんか前にもこんなこと言ったような気が」

 

 何かデジャヴを感じたようだが、彼女が思い出すことはなかった。

 オアシスで迎えた束の間の休息。それは、簡単に壊されてしまう。

 

「おや? ……樹が動いている!?」

 

 最初に発見したのはマリナだった。続き、皆が一斉に果樹を見る。……すると確かに片方の果樹だけ、樹皮をざわざわと(うごめ)かせているではないか。

 果樹は体積を膨張、どんどん見た目を変えていき、細長い腕を生やした口裂け顔のモンスターと化してしまった。枝に実らせた果実も毒々しい紫に変色している。

 

「まさか、ディアブロッサム……!? 果実の樹に擬態して旅人を襲うモンスターがいるって聞いたことはあったけど、見るのは初めてだよ。まさか砂漠のオアシスにいるなんて……!」

 

 驚くワージュとは対照的に、ジーレイとソシアが冷静に武器を構える。

 

「落ち着いて水分補給も出来ないとは。クリスミッドでは軍だけでなく、環境やモンスターすらも僕達に厳しいようですね」

 

「ワージュ君は下がっていてください。あとは私達にお任せを!」

 

「う、うん!」

 

 指示を受け、ワージュは本物の果樹の陰に隠れる。残りの皆も武器を手に取り、戦いが始まった。

 各自が思い思いに攻撃していると、早くもジーレイがディアブロッサムの特徴に気付く。

 

「よく見ると、樹皮が乾燥してボロボロのようですね。燃やすことで一気に勝負を決められるかもしれません」

 

「でも砂漠で火属性の術技なんて使いたくないなぁ……」

 

「四の五の言うでない。豪炎刃(ごうえんじん)……!」

 

 ぼやくゾルクを尻目に、まさきがディアブロッサムへ炎の×の字斬りを浴びせる。

 ……効果は認められた。炎は確実に樹皮を燃やしており、ディアブロッサムは慌てて回転して消火しようとしている。ジーレイの予想通り、弱点だったようだ。

 

「火の技か……。だったら丁度いい。試してみるか」

 

 精神を統一し、マリナが打って出ようとする。――わしが授けた例の秘奥義を使うつもりなのだ。

 

「我が身に宿るこの(ほのお)刮目(かつもく)せよ!」

 

 二丁拳銃をホルスターに仕舞うと、膝を曲げながら右脚を上げて始動の構えをとる。そして両脚に、二丁拳銃のビットの魔力を集中させ、焔を宿した。

 

「舞い乱れるは、凄烈(せいれつ)なる爆熱の撃!」

 

 上げていた右脚で強く踏み込み、しっかりとした地面を蹴って加速。そこから燃え盛る連続蹴撃を見舞って、ディアブロッサムの樹皮を焼いていく。更に、蹴り上げで巨体を出来る限り浮かせた後、自身の真上への跳躍に繋いだ。

 締めくくりは、ディアブロッサムの上体に叩き込む、熱き渾身の一撃。

 

「その名も! 緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)!!」

 

 マリナの思い描く全ての攻撃がディアブロッサムに入り、音を立てて巨体が倒れた。着地と共に、彼女は標的の状態を確かめて……愕然とした。

 

「そんな……これでは足りないというのかっ!?」

 

 ディアブロッサムは、いとも簡単に体勢を立て直してみせたのだ。そしてお返しと言わんばかりに、実らせた紫の果実をもぎ取りマリナ目掛けて投げ飛ばす。

 

「マリナ、危ないわ!!」

 

 ミッシェルの注意が間に合うことはなかった。

 紫の果実はマリナに命中し、潰れる。そして中身の果汁が彼女の全身に降りかかった。すると間を置かずマリナは冷や汗を流し始め、その場に(うずくま)ってしまう。

 

「ぐ……うっ……!」

 

「あの果実、毒性があるみたいです!」

 

 ソシアは看破するが目前のディアブロッサムを倒さぬ限り、おちおち回復行動にも移れない。

 

「弱点がどうのこうの、と気にしている場合ではありませんね」

 

 状況を一番わかっていたのはジーレイだった。

 ミカヅチ城でわしとキラメイを撤退に追い込んだ、あの秘奥義の詠唱を淡々と開始する。足元には、複雑に書き込まれた白に輝く魔法陣が展開していた。

 

「虚無の絶望はここにあり。夢、希望、幻、(ことごと)く朽ち果てよ」

 

 空間がどこからともなく歪み、渦を巻くように捻れ始める。そして幾つもの球形の捻れとなってディアブロッサムの周囲の空間をくり抜き、中心へ追い詰めていく。

 あの巨体では、無数となった球形の捻れを掻い潜るなど不可能。

 

「ドリーム・オブ・カオス」

 

 ディアブロッサムは無数の球形の捻れによって空間ごと全身を抉り取られていき、塵一つ残さず無音で消滅するのであった。

 危険が去ってすぐ、ミッシェルは筆術を発動する。

 

「お清めターイム! シャワーを浴びたらスッキリ爽快♪ パールライト!」

 

 大筆(たいひつ)を振るい真珠色の魔法陣を描いたかと思うと、オアシス全体に輝く雨を降らせた。この雨には浄化の力が込められており、マリナの毒はきれいに消え去った。

 

「ミッシェル、助かった。ありがとう」

 

「どういたしまして♪ ……でもさっきのは、あなたらしくなかったわね。普段から情け容赦なくモンスターを倒してるマリナが、秘奥義を当てたのに倒せなかったなんて。どこか調子悪いの? それともディアブロッサムが強過ぎたのかしら」

 

「……実力不足だ」

 

 心配に対し、マリナはそう答えた。自信を失い、気力が削がれている。

 

「私が放った緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)は、師範が披露してくれたものに比べてパワーもスピードも手数も足りなかった。秘奥義なんだから、そう簡単に習得できるとは思っていなかったが……いざ失敗してみるとショックは大きい。……私には……無理なのか……?」

 

 胸中を打ち明けるマリナの姿は、実に弱々しいものだった。しかし、この苦難を乗り越えねば緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)の習得は成し得ない。

 遠く離れたエルデモア大鉄橋より、わしは弟子の成長を粛然として祈っていた。

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