Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
「あぁ……どうやら到着したらしいな」
軽度の目眩に頭を抱えるも、両足はしっかりと地を踏んでいる。症状は徐々に治まっていき、体調に問題は無いと判断した。そして、目の前にそびえる白い石造りの建物が私の目的地らしい。
移動の最中に装備を紛失していないかを確認――山吹色のジャケットや履き慣れたブーツ、腰に下げた愛用の二丁拳銃や手頃な道具袋など――し、準備を整える。
「よし、全部ある」
近くには澄んだ水で満たされた小さな池があった。鏡の代わりにするため覗き込む。そこに映った私は、短い黒の髪に翠色の眼をしていた。どうやら外見の特徴にも異常や変化は起こっていないらしい。ほっと胸を撫で下ろした。
全てを確認し終えると、ついに目の前の建物へと侵入する。不法であるため、もちろん裏口からだ。その際、建物の職員が利用すると思わしき掲示板に目を通した。この白の建造物は『バールン刑務所』という名称であることがわかった。
鎧兜と槍を装備した監視兵の目を掻い潜り、目標を探す。しかし一向に見つからない。見渡す限り、だだっ広い廊下と頑丈そうな牢屋ばかりだ。刑務所に華やかさを求めているわけではないが流石に殺風景と言わざるを得ない。
それにしても、囚人を一人も収容していないというのに巡回する監視兵ばかり多過ぎる。この刑務所が割と広いというのも理由の一つだろうが、度の過ぎた真面目さを持つ職員が多いとも予想できる。
不毛な考えを巡らせている内に、刑務所の奥深くまで来てしまった。結局、ここに私の標的はいなかったということになる。ならば仕方がない。さっさと脱出することに……。
「あのー、すみません。そこの黒髪の女の子……」
……脱出することにしようとした途端どこからともなく、か細い声が漂ってきた。何気なく振り返り目線を落とすと、牢屋の中に金髪蒼眼の人間が一人。初めて出くわした囚人は、私と歳の近そうな少年だった。
「まさか私を呼んでいるのか?」
「そうそう、君のこと! どうか助けてください……」
「……はぁ?」
静寂が守られている屋内に可能な限り従うかの如く、静かに響いた弱い声。鉄格子を必死に握り締める少年――ゾルク・シュナイダーと私が出会った、運命の瞬間である。
「私は急いでいるんだが」
「あぁ! 待って待ってぇ!」
適当にあしらって逃げようとしたが、
「うえぇぇぇん……お願いじまずぅ……ひっぐ、ひっぐ……話を聞いでぐだざいぃ……ううぅ……えぇぇぇん……!」
「この世の終わりみたいに泣くなよ。情けないな……」
‐Tales of Zero‐
第1話「出会いと始まり」
あまりにしつこく遂には、鉄格子の隙間から伸ばした腕で私のジャケットをがっちりと掴んできた。一向に放そうとしない……。
こんな状態が続くのは不本意だ。周りを見回して監視兵がいないことを確認してから鍵を壊し、囚人であるこいつを、やむを得ず牢屋から出してしまった。念を押すが、やむを得ずである……。
涙を拭った少年は、ゾルク・シュナイダーと名乗った。金の髪と蒼い眼が特徴的で、指先まで全てを覆った袖の黒いシャツ、青系統のズボンやブーツを身に纏っている。この刑務所が存在する、バールンという田舎町で剣士業を営む十八歳だそうだ。
話を聞くところによると、どうやら彼は濡れ衣を着せられているらしい。見た目の情けなさからして罪を犯すような人間だとは思えなかったため、話を信じることにした。
言い分は次のものだ。今から数時間ほど前に原因不明の爆発事件が発生した。その事件現場にたまたま通りかかったところを駆けつけた兵士に無理矢理取り押さえられ、誤解が解けないまま投獄されたとのこと。
初対面でこのような印象を抱くのは失礼だと思うが、心の中で言わせてもらおう。哀れだ……。
「ゾルク、と言ったか。このバールンという町が平和で穏やかなところだということはわかった。しかし、爆発を起こす場所なんてあるのか?」
すぐそこの監視所に押収されていた、水晶の装飾が施された青い胸当てや手甲、腰当てや大きめな両手剣などの装備。それらをゾルクが身につけ終えた頃、私は問いかけた。
「話したとおり、バールンにそんな場所は無いよ。都会の貴族が建ててた別荘が、何の前触れも無く吹っ飛んだのさ。あれには本当に驚いたよ」
「犯人を目撃しなかったのか?」
次の質問を繰り出した。するとゾルクはいきなり、瞳に憤りを宿したような剣幕で語り始めた。
「見た。この目ではっきりと見たんだ! ……顔は見えなかったけど」
「お前、肝心なところを見逃すとは……」
「そ、それはともかく! ……犯人は別にいるって言ってるのに、あの兵士達ときたら俺のことなんか全く信じてくれなくて。くっそー、思い出すだけで腹が立つ……!!」
彼は歯を食い縛り、力いっぱいに握った拳で壁に正拳突きを食らわせた。
滅多に問題の起こらない田舎町だからこそ兵士も平和ボケしていて人違いすら簡単に引き起こしてしまう、といったところだろう。なおさら哀れだな、ゾルク。
「……はぁ。凄く腹が立つけど、今はとりあえず置いておこう。それで……えっと、ウィルバートンさん、だっけ?」
「私のことはマリナでいい。ファミリーネームで呼ばれると、どこかこそばゆいからな」
「マリナ、お願いばかりで悪いんだけど、その、脱出を手伝ってくれないかな……?」
金色の髪を右手でくしゃくしゃにかき上げながら、私を頼ってきた。笑顔を振りまいてきたが、冷や汗を垂らし頬も引きつらせた微妙なものだった。無理強いしていることを自覚しているのだろう。
「それを言うなら脱獄だ。その前に何故、お前の面倒を見なければならないんだ」
「なぜって? それはー、そのー……」
ゾルクの笑顔が歪み、だんだんと目が泳ぎ始めた。心なしか、冷や汗も先ほどより多くなっているように思えた。
「牢屋から出してやっただけで充分だろう。私は急いでいるんだと、さっきも……」
「あぁ! 頼みます! お願いします! お礼はなんでもしますので!!」
私を逃がすまいと、またジャケットの端を鷲掴みして涙目攻撃を仕掛けてきた。本当に十八歳なのだろうか、こいつは。牢屋の中から掴んできた時と同じように、今度も解放する素振りを見せない。
「ああもう、うるさい! ……わかった。脱獄は手伝ってやるから」
「脱出」
「…………脱出は手伝ってやるから、そんな目で私を見るな」
非常に嫌々ながら、脱出の手引きをするハメになってしまった。厄介な荷物が転がり込んできたためか、だんだん頭が痛くなってきた。
「やったぁ……! ありがとうございます!」
喜んだら喜んだで、両手を合わせ拝むように涙を流している。一体なんなんだ。
「無事に脱出したその後は私に関わるなよ。いいな?」
「あ、でもお礼を……」
「要らない。急いでいるんだと、何回言えばわかるんだ」
ゾルクに言い捨てながら後ろを振り向いた。自分がやってきた道を辿り、出口である裏口を目指すためだ。
「ほら行くぞ。さっさとついてこい!」
「は、はい」
彼の返事は、私に恐れをなしたかのような声で発せられていた。そこまで怒ったつもりもないのだが。
こうして私の手助けによるゾルクの脱出――本当は脱獄と呼びたい――が始まった。
なるべく足音を響かせないように廊下を歩く。その後ろを、ゾルクが真似してついてくる。監視兵に見つかると都合が悪い状況は、行きも帰りも変わらない。
出口まであと半分の距離というところで、不意にゾルクが声をあげた。
「……あれ? さっきは必死だったから気が付かなかったけど、マリナはこんなところで何してたんだ? 君みたいな女の子が来るような場所じゃないだろうに」
今更のことだが、彼が疑問に思うのも無理はない。しかし理由を教えるわけにもいかない。そこで私は曖昧にはぐらかすことを選んだ。
「無闇に喋るな。巡回中の監視兵に見つかりでもしたら……」
言い終える前に、目の前の曲がり角から何者かが現れた。それは他でもない、巡回中の監視兵。当然だが彼も、鎧兜と槍を装備している。
「ん? 誰だお前達は……あ、後ろの奴は屋敷爆破容疑の!」
「やばい、見つかった!? っていうか、それは誤解だって言ってるじゃないか!」
慌てふためいたと思えばすぐ弁解に転じるなど、いちいち騒々しい奴だ。だが、今はそんなどうでもいいことを気にしている場合ではない。
「ちっ、世話が焼ける」
監視兵の気がゾルクに回っているうちに、すぐさま背後に回り込む。
「ぐへっ!?」
そして見舞うは、高く振り上げた右脚による強打の一撃。監視兵の頭部右側を捉えた蹴りは、兜の上からでも意識を一発で持っていった。彼は蹴られた勢いに身を任せ、ガシャンと鎧を鳴らしながら倒れた。
「お、お見事」
呆気にとられたゾルクの口から零れたが、欠片も嬉しくない。私は次の発言に程よい怒りを添えた。
「見つかる都度に気絶させていてはキリがない。改めて伝える。外に出るまで一切喋るな。わかったな?」
「はい、すみません……」
私一人だけだったのなら、こんな失敗などありはしないというのに。
このような脱出劇を繰り広げる私達。ゾルクの間抜けさを目の当たりにし、裏口からの脱出を諦めた。途中からは通気口に入り、このルートで出口を探すことに。
案の定、通気口内は埃にまみれており、とてもではないが居心地の良い空間とは呼べない。一刻も早く外に出たいがため、狭い中を
「ちょ、ちょっと! 置いてかないでくれよ……!」
途中、何か聞こえたような気がしたがそんなものは無視である。というか喋るなと言っただろう。
そうして刑務所内を移動する中、少し先から光が漏れ始めた。近付くにつれて光は大きくなっていく。この先はもう外だ、という証拠であった。
「あれが出口か。やっと刑務所から出られる。こいつのせいで余計に時間を食ってしまった……」
愚痴を零した後、通気口と外気を遮る柵を押し破って下を覗く。このまま飛び降りても問題ない高さだったため、すぐさま通気口から抜け出した。私に続きゾルクも草むらに着地する。これでようやく脱出が完了したのだった。
刑務所の近辺には、深い緑に覆われた森が待ち受けていた。ゾルクによるとバールンの森と呼ばれる場所であり、町の外れに該当するという。
「よし。次はバールンの森を抜けよう。ここを通れば、監視兵が追ってきても
「そうだな……って、おい待て。私は刑務所を出るまでと約束したんだぞ? 森を抜けるくらい一人で……」
「お願いします、お願いします! 一人だと心細くて。だから、この通り!」
「…………」
土下座して懇願するゾルクを前に、無言で折れてしまった。呆れたとも言う。思えばこの時、私は考えることに疲れていたのかもしれない。
バールンの森にはモンスターが存在していた。が、どいつもこいつも弱々しい、歩く植物や小鳥、蛇のモンスターばかりであった。私は二丁拳銃を、ゾルクは両手剣を手に取り、これらを蹴散らしながら森を進んでいった。
……ここで一つ気になったことがある。相手が弱いとはいえ、ゾルクはそれなりに戦闘をこなしている。私がついていなくともこの程度の腕なら追っ手くらい振り切れるだろう。
だのに何故こいつは私に助けを求めたのか。もしかすると新手の嫌がらせなのだろうか。渋々とはいえ了承した私にも非はあるが……。
しばらく歩いていると木々の隙間から広大な草原が見えてきた。森の中からですらわかる、まさに見渡す限りの広さである。そこはもうバールンの自治区域外のようだ。
「ここまで来れば安心かな」
草原を見つめ、ゾルクは安堵の息を漏らす。対して、私からは溜め息が漏れた。……人に世話をかけていながら、こいつめ……。
「追っ手は来なかった上に、モンスターとの戦闘も手慣れたものだった。となると、お前は私の邪魔をするために同行を要請したのか?」
「え……ええ!? それは違うよ! 戦闘に慣れてるのは、仕事でよくこの森に来るからだし。本当に心細かったから、マリナにいてほしかったんだよ……!」
首を思い切り左右に振って否定しているが、どうにも信じられない。が、どうせここまでの縁なのだからと思い、気にしないことにした。
「まあいい。これでやっと、お前と別れられ……」
――喋る途中。ゾルクの後ろからこちらへと迫り殺気を放つ、大きな影が目に入る。
「……!! ゾルク、下がれ!」
そう叫ぶと同時に彼の黒いシャツの首元を掴み、思い切り手前に引っ張った。
「へ? ……うわぁ!?」
状況が飲み込めないままゾルクはひっくり返ってしまったが、おかげで間一髪、彼が爪に引き裂かれることはなかった。
「いてて……。マリナ、急にどうして……うわっ! なんだこいつ!?」
「というわけだ。少しは感謝してほしいな」
ゾルクが見上げたのは、凶悪な外見の怪物だった。その姿はモンスターの中でも異形で、褐色の毛皮に包まれた巨大な熊をベースに、鹿の角や蛇の尾が融合したかのよう。顔面の小さな双眼からは正気を感じられず、口からはだらしなく唾液を垂らしており呼吸は荒い。
「バールンの森には弱いモンスターしか出現しないと思っていたが、強敵も現れるようだな」
「確かに弱い奴は多いけど、この熊みたいなモンスターは俺も初めて見たよ。危険だから迂闊には近づけな……って、えええ!?」
ゾルクは怖じ気づいているが、私にとってこんなモンスターを始末することなど朝飯前。彼が体勢を立て直して背の鞘から両手剣を引き抜いた頃には。
「
右脚による腹部への強烈な蹴撃、直後に体を回転させてまた右脚を振るい、頭部を砕く勢いのかかと落としを与え。
「
すかさず腰のホルスターから二丁拳銃を引き抜き、連続射撃で追い討ちを仕掛けていた。拳銃から出でるは、圧縮された風の塊。熊の姿をしたモンスターは腹部に幾つもの風穴を開け、為す術もなくその場に倒れこむ。
「マリナってホントに強いんだな……。ヤバそうなモンスターが相手でも楽勝だなんて」
「ふっ。ざっとこんなものだ」
「……あまり怒らせ過ぎたら俺の身が危ないかも」
「それはもう手遅れかもしれないぞ」
「あ、あははは…………あれ?」
モンスターを背にし、冗談を交わしつつ両手の拳銃をホルスターにしまう。と、同時にゾルクの顔から苦笑が消えた。不可解に思い、どうしたのかと聞こうとした瞬間。
「あいつ、まだ生きてる!!」
「何!?」
私は振り返ろうとしたが、間に合わず。呆気なくモンスターに捕まってしまった……。どうやら再生能力を持っていたらしく、倒されたふりをしてこちらの隙をうかがっていたようだ。
奴は私の背後から右腕を伸ばしており、異常発達した太い指でギリギリと首を締めつけている。爪で攻撃されなかったのは不幸中の幸いだった。が、怪力によりこの状態のまま体を持ち上げられてしまう。
「う、ぐぅ……」
呼吸もままならない中、必死に拳銃を手にしようとするが体中の力がどんどん抜けていく。腕も、思うように伸びなくなりつつあった……。
「マリナ!! ……くそっ、このやろぉぉぉぉぉ!!」
ゾルクは両手剣を構え、叫びながら突進。その間にもモンスターは大きな蛇の尾で攻撃してくる。長く太い尾は俊敏かつしなやかにうねっており、動きを見切るのは難しい。
「当たるもんかっ!」
だが臆することなく、強く握った両手剣を渾身の力で振り回し、暴れる尾を弾き返す。そして勢いのままモンスターの懐に飛び込んだ。
「放せ! 放せっ! 放せぇっ!!」
力の限りを尽くし、胸から腹にかけて斬りつけ続けた。しかし、モンスターが私を握り潰そうとする力は、弱まるどころか強くなっている。
「……こんなところで、私は……」
徐々に感覚が麻痺し始めたのだろう。私の視界はぼやけ始め、耳に入ってくるはずの音も聞こえなくなってきた。
「はぁっ、たぁっ、でやぁっ!! ……そんな、まだ倒れないのか!?」
ゾルクの必死の抵抗も虚しいままに終わるのかと、諦めかけていたその時。
「モンスターめ、いい加減にしろ!!」
次の一撃で、勝負は決まる。
「これならどうだ!
叫ばれた技名。両手剣を振り下ろすと同時に生み出した衝撃波を相手にぶつける剣技だった。
ゾルクが無我夢中で放ったこの技は、モンスターの頭部を直撃。その瞬間、私を包んでいた圧迫感が一気に消え去り、巨体はその場に崩れ落ちた。
このモンスターの弱点は頭部だったらしい。そこは既に私が脚技でダメージを与えていた部位だったが、それだけでは致死に至らず。ゾルクが
「マリナ、大丈夫か!?」
解放されたと同時にモンスターの右腕から落ちた私を気遣い、ゾルクは手を差し伸べてくれた。その手を掴み、草むらに立ち上がった。
「あ、ああ。助かった、感謝する」
「無事で良かったよ。……はあ」
そう言うと、今度はゾルクが両手剣を地面に突き刺し、そのままもたれかかるように地面にぺたんと座り込んだ。安心して気が抜けてしまったらしい。
……この一件でわかったことがある。ゾルクは決して実力や勇気が無いわけではない。おそらく、自信が無くてなかなか本領を発揮できていないだけなのだろう。
真に臆病であれば、きっと私を見捨てて逃げ出していたはず。だから、こいつのことを少しだけ見直した。……しかし私が伝える感想は次のようなもの。
「私も、まだまだ未熟だな。お前みたいなヘタレに救われるとは」
「ヘタレって酷くない?」
「刑務所で出会ってから今までを振り返ってみて、多少は良い所もあったが、やはりこれ以外に思い浮かばない」
「そ、そんなぁ……!」
いかにも「納得できない」と言いたげな顔をしたが、どうやら途中で気を取り直したらしい。彼は表情を穏やかにして礼を言ってきた。
「……んー、まぁいいや。マリナのお陰で外に出られたわけだし。本当にありがとう!」
短い間に色々と悩ませられたが、改めて感謝の言葉を述べられると悪い気はしない。無愛想に「どういたしまして」とだけ返しておいた。
「それでさ、やっぱり何かお礼をしないと気が済まないんだ」
「お前な……。礼は要らない。何度も言っているだろう」
「でも……あ、そうだ! 俺、マリナについていって手助けするよ!」
「!!」
――『これ』が反応を示しただと? 牢屋の前に来た直後には何の反応も見せなかったというのに。間違いではないのか……?
「マリナの目的がなんなのかは知らないけどね……って、そんな顔してどうしたんだ?」
不覚にも、驚いた顔を見られてしまった。一瞬は焦ったが、とりあえず他の言葉を返して難を逃れた。
「……ついてくるという発言に呆れただけだ。お前、いつまで私に世話を焼かせるつもりなんだ。恩を仇で返す気か?」
そう言いながら右手で拳銃を引き抜き、ゾルクに向けた。本当に撃つ気は無いので引き金に指は置いていないが、脅すには丁度いい。これでこいつも、さっさと諦めてくれるだろう。
「うわっ!? 銃は向けないでくれよ! 誠心誠意で努めるから、お願い……!」
また涙目になり簡単に諦める……と思いきや、今度は真面目な眼差しでこちらを見つめている。牢屋の前で出会った時とは、まるで別人。先ほどの戦闘時のように真剣だった。
『これ』も、まだゾルクに反応している。やはりこいつがそうなのだろうか?
釈然としないが……仕方がない。『これ』の導きを信じるしか、元より道はないからな。
「ふん……わかったよ。お前という名の荷物、背負ってやるさ」
「やったあ! これでマリナにお礼が出来る!!」
さらりと口にした皮肉に気付いていない。しょうがない馬鹿なんだな、全く。と、内心で苦笑していると……。
「あ、そうだ。マリナがどうしてバールン刑務所にいたのか、まだ理由を聞いてなかったよ」
今更、唐突に掘り返してきた。……しまった。どういう風に伝えればいいか、まだ考えていなかった。今は気付いてくれなければ良かったのにタイミングが悪いぞ……この馬鹿。
「それは追々話す。お前こそ真犯人を探さなくていいのか? 今のままでは疑いが晴れないだろう」
「それこそ犯人は別の町の人間なんだ。だったら町の外に出て探したほうが見つけやすくなるじゃないか」
「だが、私についてくると犯人探しは……」
「とりあえずこれからよろしく、マリナ!」
私が言い切る前に、ゾルクはすっくと立ち上がる。そして右手を差し出し、握手を迫った。……私についてくると犯人探しは出来なくなるんだが、今は切り出せないな。これも後で伝えるとしよう。
「私の足を引っ張るなよ」
「が、頑張る」
気は進まなかったが無下にするわけにもいかず、仕方なくゾルクと握手を交わした。念を押すが仕方なくである。
他愛の無いこの握手は、私達の旅の全ての始まりを意味していた。ここから、物語は大きく展開していく。
……しかし、『これ』の導きを信じるしかないといっても……本当にゾルクが『救世主』なのだろうか……?