Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
カダシオ砂漠を抜けて何日か経過した。
時は昼過ぎ。空が青く透き通っている。
……私は、師範から伝授された秘奥義『
ここへ来るまでに秘奥義を放つ機会は何度もあった。しかし、全て失敗に終わった。師範の動きを忠実に再現しても威力が伴わない。私なりに動作の改善を試みても、まるで上手くいかないのだ。
目前の敵を倒すことに全神経を集中させているのに、どうして駄目なのか。師範は「習得に時間はかからない」と言ってくれたが、私の実力では叶わないのかもしれない。
いざ大鉄橋を攻略しようと意気込む仲間達を横目に捉えながら、自らの心に芽生えた焦燥を必死で隠していた。
リゾリュート大陸の最南端から東に長く長く伸びる、とてつもなく巨大なエルデモア大鉄橋。軍事国クリスミッドの首都リグコードラが所在する島へ直通している。
大鉄橋は鋼色の超巨大な直方体のようであり、等間隔に監視塔のようなものが建てられている。橋というより要塞設備の一部と捉えるのが相応しい。
監視の厳しい橋の上を堂々と進めるはずもなく、脇の非常口から大鉄橋の内部に潜入した。
金網と鉄骨ばかりの重々しい通路を、規則正しく設置された天井灯が白く厳しく照らす。窮屈で居心地の悪い内装もさることながら、それに相応しい厳重な警備と防衛機能が働いている。
クリスミッドの正当後継者であるワージュが居るおかげで要人専用の非常用通路を利用できているが、パスワード付きの扉や多重に設置されたセンサーなどの厄介な仕掛けは素通りできないため、地道に解除しながら慎重に進まなければならなかった。
ワージュが目前の階段を指差す。
「ここを上がると外に出られるよ。ぼくたちが通れそうなところは、もうここしか無いんだ」
首都リグコードラへと繋がる他の通路はクリスミッド軍兵士によって占拠されていた。だから危険を冒してでも一旦は外に出なければならない。……そしてこれは、敵側の誘導でもあると察した。
「私達が外に出ることは向こうも想定しているはず。おそらく師範とクルネウスが待ち構えているだろう」
「でもボルストはマリナやワージュを助けてくれたんだし、クルネウスを裏切って味方になってくれるんじゃないかな?」
私の予想を聞いたゾルクは楽観的な考えを示す。しかし、きっぱりと否定した。
「それは有り得ない。師範は宣言どおり全力で襲い掛かってくる。……あの人の言葉は本物だった」
「そ、そっか。なんだかごめん……」
ゾルクは苦い顔で言い放つ私を見て、言葉を続けられなくなってしまった。
……私だって師範を味方だと思いたい。でも、その感情は戦いにおいて甘さとなり、自分や仲間の死に繋がりかねない。師範が敵対する以上、私も意を決して戦うしかないのである。
それを理解している上でなお、心に灯る。思い悩んでいるであろう師範を救えるだろうか、と……。
階段の先、外と繋がる最後の
改めて橋の上に立ち、わかったことがある。やはり、このエルデモア大鉄橋は要塞だ。橋と呼ぶにしては幅員が非常に大きい。
更に、後ろを振り返ればリゾリュート大陸の南端が見えるはずなのだが遠すぎるので、はっきりと目視できない。目前の首都リグコードラへ通じる巨大な鉄門は嫌というほど目に入るのに。
――そして私達を出迎えるのは、不気味な笑みの仮面から発せられる無感情な声。
「救世主一行よ、待ちくたびれたぞ」
マントのフードを深く被った
左手には既にリボルバー式の無限拳銃が握られており、暗い灰色のマントから物々しくはみ出ている。私達も武器を手に取り、臨戦態勢となった。
彼女の隣には紺の武闘着を纏った師範と、銃剣を肩に担いだコルトナ将軍がいた。
「総帥の読み通り、王妃アリシエルの救出に来たようだな。そして……」
コルトナ将軍は、わざとらしい口調でワージュを見やる。
「これはこれは、ウィナンシワージュ殿下ではございませんか。まさか、この者達と行動を共にしていたとは……所在が不明となるわけだ。丁度いい。あなたには、この場で亡き者となっていただきます」
ワージュは怯え、ジーレイのローブの陰に隠れてしまう。だが幼き眼差しは抵抗の意を宿しており、コルトナ将軍を鋭く突き刺していた。
師範も、その重い口を開く。
「もはや言葉など飾りにしかならぬ。さあ、始めようぞ」
短く言い終えると体術の構えをとり、じりじりと闘志を燃やす。ただそれだけのことなのに寸分の隙も見受けられない。
……やはり師範は本気である。本気で私達を……倒そうとしているのだ。
そして戦いは静かに始まった。
敵味方ともに自らの得意とする間合いにつく。橋が巨大なおかげで位置取りに融通が利くのだ。
「
師範の口にした技名が私の耳に、
「
その直後、交差した腕を大きく広げ、鼓膜が痛くなるほどに叫んだ。
こちらも補助の体術であり、師範が猛攻を決心した時のみ使用する切り札のようなもの。技が、どれもこれも必殺の威力を有してしまう……。
かつてない気迫を感じ、ゾルクは冷や汗を流す。
「ボルスト、ただならない雰囲気だな」
「用心してかからなきゃいけませんね」
ソシアも師範から漂う空気を読み取り、胸部のビットに手を添えて詠唱を始める。
「備えあれば
しかし、この大きな隙を師範が捉えてしまった。
「
右の拳に地属性の闘気を集めて巨大な岩石と成し、ソシアの目前へ躍り出る。
その踏み込みの速度たるや、回避力に秀でたジーレイや速攻が得意なまさきの反応が、あと一歩のところで追いつかないほど。もはや詠唱を中断しても避けられない。
「危ない!!」
彼女に一番近かったゾルクが、なんとか間に割って入った。
「リヴァイヴ!」
ソシアの胸のビットがきらりと輝く。術は発動した。
――だが。
「
師範の奥義、
突き出された右腕もとい巨大な岩石が、ゾルクの無創剣の腹に命中。轟音と共に岩石は派手に爆散し、
同時に、砂煙を突き破るものがあった。人間が二人分、重なったものである。私達の遥か後方へ、大鉄橋を後戻りするような形で吹っ飛び、落下。勢いは衰えず、しばらく床を転がりながら全身を擦る。
完全に止まった頃、二人は傷だらけとなり……起き上がる気配は無かった。
「ゾルクさん!! ソシアさん!!」
慌ててワージュが駆け寄る。息はしているようだが明らかに戦闘不能の状態だ。彼には、このまま二人の側に居てもらうことに。
「あ、悪夢だわ……。ゾルクとソシアが、たったの一撃で……こんなにあっさりやられちゃうなんて……」
事態の重さを、ミッシェルは「悪夢」と称した。両手で握った
「自分が残る必要は無さそうだな。この戦い、貴公らに預ける」
「任せておけ」
コルトナ将軍は師範の一撃によって、そう判断したようだ。クルネウスから無機質な返事を受け取ると、専用の通路を使ってこの場を去った。
敵の戦力が減ったのはありがたい……と言いたいところだが、言っていられる状況ではない。本気を出した
誰もが言葉を発せずにいる。普段から余裕の態度を崩さないジーレイでさえ、開いた魔本を光らせたまま射るような眼差しをしていた。
一触即発の戦場が、師範の口上で満たされる。
「改めて名乗らせてもらおう。わしこそは戦闘組織エグゾア六冥凶が一人、
水平線に触れた夕日を光輪の如く気高く背負う、老武闘家の姿。まさしくそれは、猛々しく燃ゆる緋焔の体現であった。
‐Tales of Zero‐
第46話「燃ゆる
まさきが斬り込み、私は二丁拳銃で牽制。ジーレイも魔術で決定打を与えるため詠唱を始める。
ミッシェルは紅い長髪を踊らせながら大筆を振るい、ゾルクとソシアを戦線に復帰させようとした。
「聖天より来たれ、光翼の女神。復活の……」
大鉄橋に描かれようとしているのは、生命を司る女神の絵。これはレイズデッドと呼ばれる
「バーニングフォース」
しかし六冥凶が大人しく見ているはずがない。
クルネウスは炎で構成された巨大なビームを発射し、筆術の中断を図る。それは思惑通りとなりミッシェルは描くのをやめ、炎のビームを回避する道を選ばされてしまった。
「やっぱりレイズデッドを描くのは時間かかるし難しいみたいね。そんじゃ、力で対抗させてもらうわよ!」
ミッシェルは現在地点よりも後方へと下がり、より確実に次の筆術を発動できるよう構える。
「神々しい絵よりも、荒々しい絵のほうが描きやすいのよねー!」
そう零しながら、大筆に埋め込まれたビットを輝かせる。秘奥義の前触れだ。
筆先から虹色の絵具が溢れ、大鉄橋を彩っていく。完成したのは、白い直方体の胴体から細長い手足を伸ばし、三日月型の口と虚空を見つめる目をした丸い頭の人形だった。
「傑作『ソルフェグラッフォレーチェ』召喚せり。幻惑の
ミッシェルの命令の下、人形は絵から立体へと変化。細長い手足をバタつかせながら慌ただしく師範へと迫る。相変わらず不気味な挙動だ。
「ふんッ!!」
人形の両手に指は無い。四角形の面となっている。師範はそれを鷲掴み、腕力で競り合う形となった。
力比べは互角らしく両者とも大きな動きを見せない……と思いきや、徐々に師範が押され始める。
人形は、極めて背の高い師範すら見下ろせるほどの巨体であり、加えて充分なパワーを発揮している。競り勝つことも夢ではないだろう。
私と同じくミッシェルも「勝てる」と確信したようであり、人形に声援を送る。
「そのままボルストをやっつけちゃってね、『ソルフェグラッフォレーチェ』!」
「笑止! お主の秘奥義を滅することなぞ……」
――そんな私達の考えは、甘かった。
「赤子の手を捻るに等しいわッ!!」
声を張り上げると共に、師範の両腕の筋肉が一瞬にして膨張。人形の両手を、いとも容易く握り潰してしまった。
このダメージは全身へ亀裂を走らせ、ついには粉々に砕いてしまう。人形の
残ったのは、夕日に映える鬼神の如き立ち姿のみ。
「ひえぇぇぇ!! うそでしょぉっ!? 『ソルフェグラッフォレーチェ』までやられちゃうなんてぇ~……!!」
「無茶は禁物だ! やはり、逃げ回りながら援護に徹してくれ!」
「そ、そーするー!」
自信作を文字通り木っ端微塵にされたミッシェル。ショックは隠せない。すぐさま私は泣きかけの彼女へ指示を出し、敵の的になるのを防いだ。
次に、重要な頼み事をする。
「ミッシェル。身体強化の筆術をありったけ、私にかけてくれ。意地でも一人で師範を食い止めてみせる。みんなはクルネウスの撃破に専念してほしい」
これを耳にしたまさきが即刻、言葉で制止する。師範の拳撃を刀身でどうにか捌きながら、である。
「待て。こやつはゾルクとソシアを一撃で破り、ミッシェルの秘奥義すら捻じ伏せた男。一対一の勝負は、あまりにも無謀ぞ……!」
「……そうかもしれない。だが私は師範と戦いたい……戦うべきなんだ。弟子として、秘奥義を受け継いだ者として。それに私の身体は魔力で構成されているから、攻撃を喰らっても多少は無理が利くかもしれない。だからみんな、頼む……!」
懇願する私に対し、無慈悲に迫る弾丸があった。クルネウスからの無言の凶撃である。はっと気付くも、もう対処できない。
――しかし弾丸は私に到達することなく、上空から落下してきた闇の大槌によって潰された。代わりに届いたのは、今しがた魔術を発動したジーレイの声。
「賭けましょう、マリナの可能性に。迷う時間も勿体無い」
他の二人も彼に続く。
「あたしだってサポートしまくる気満々よ!」
「ならば拙者も文句は無い。マリナよ、ゆくがいい……!」
「ありがとう、みんな……!」
皆の意思が一つとなった瞬間である。私の無理難題を聞き入れてくれた仲間に、感謝の念しかない。
「そうと決まれば大盤振る舞い!」
ミッシェルが張り切り、大筆を振り回す。虹色の絵具が辺りに飛び散っていく。
これに即座に反応したのは、やはりクルネウスであった。
「私が見逃すと思っているのか?」
不気味な笑みの仮面がミッシェルに接近する。至近距離からの銃撃で筆術を確実に阻止するつもりだ。――しかし。
「ははは。ありえませんね」
不敵な笑みを浮かべてジーレイが否定した。
「
そして彼が発動するは攻防一体の中級魔術。任意の対象者に炎を纏わせて身を護りつつ、炎熱の波動を放射する術である。ジーレイはミッシェルを術の対象に選び、炎熱の波動によってクルネウスの接近および銃撃を阻止してみせたのであった。
「ジーレイ・エルシードめ、
クルネウスが静かに腹を立てる一方、ミッシェルが炎熱の中で虹色と踊る。
「ルビーブレイド! ガーネットアーマー! サファイアディバイダー! エメラルドローブ! トルマリンルーペ! セレナイトスプリング! ラピスラズリラッキー! アメジストウイング! 超豪華、全部乗せ~!!」
レッグガード、鎧、銃、魔導着、虫眼鏡、バネ、星印、羽の生えた靴。これらが早口で、速筆で描かれていく。
色とりどりであり、見る者を楽しませるかのよう。こんな状況でもミッシェルの芸術家ぶりが遺憾なく発揮されている。
八つの絵はすぐに体を起こし、数回飛び跳ねて一斉に私へとくっついた。……全身の感覚が研ぎ澄まされ、言い知れぬものが奥底から湧き出てくる。
あとは私自身が確固たる意志を保ち続けるのみ……!
「マリナ! クルネウスはあたし達に任せといて! 思いっきりやっちゃえー!!」
ミッシェルの声に後押しされつつ準備は整った。それを確認したまさきは無言で頷き、後退。
そしてついに私は、師範と対峙した。
「仲間の力を借りねば、わしとまともに戦うことすら出来ぬか。この未熟者めが!」
リゾルベルリで師範の傷を癒した際、私は「仲間がいてくれたおかげ」だと零し、師範は優しく聞き入れてくれた。その時とは正反対の、仲間を否定するかのような思想……。やはり師範の真意がわからない。
「……確かに私は未熟です。しかし仲間が居てくれたおかげで以前よりも強くなり、たくさんの真実を知ることが出来ました。旅の中で育んできた仲間との絆は、私にとって大切な……かけがえのない力なのです。あなたとの決戦で仲間の力を借りることは恥だと思いません。むしろ、未熟な私を支えてくれる仲間の存在に勇気すら感じています! ……あなたの存在も、同様です」
向こうの真意がわからずとも、私は本心を伝えるのみ。この気持ちは師範に届いただろうか。
「……マリナよ……」
彼は目を伏せた。だが、それは一瞬のこと。再び鬼の形相をこちらに向ける。
「……ほざきおるわ! ならば、馬鹿弟子に教えてやろう。所詮、未熟者は未熟、仲間と信ずる者は他人。絆など何の意味も持たぬということをな!!」
問答は、ここまでだ。
「はああああ!!」
「ぬおおおお!!」
互いに雄叫びをあげ、夕日に劣らず燃え上がり、闘志と気迫に満ちたまま衝突する。
「
まずはこちらから一撃。風と共に師範をすり抜けつつ蹴撃を加えた。
しかし彼には魔力の鎧――鋼体バリアがある。この程度では仰け反らせるに至らない。それどころか。
「
師範から手痛い反撃が。拳による連打の後、私の背後に素早く回り込んで蹴り上げに繋いだのだ。
「ぐはぁっ!? ……まだです!」
宙に浮かされながら、私は痛みに耐える。攻撃を止めるつもりはない。師範も油断などしていなかった。
「
「
蹴り上げられたのを逆手に取り、師範の頭上から急降下して氷柱のように鋭い一撃を加えようとする。
この技を迎え撃ったのは、広範囲に影響を及ぼすアッパーカット。ぶつかり合った二つは威力を相殺し合う。
「ならば、これはどうだ!!」
着地した私を更に狙う。見覚えのある蹴り技の構えだ。それなら、対応する技をぶつけるまで。
「
「
冷気を帯びた師範の豪脚が三連続で襲い掛かる。触れれば凍りついてしまうこと必至だが、私の技は三回に及ぶ火炎の連続蹴撃。凍ることなく師範の蹴りに喰らいついてみせた。
「
絶え間なく、師範は絶叫と共に次の技を放った。獅子の闘気を全身から発して相手を圧倒する打撃なき体術。これに対抗するのは。
「
猛獣の爪の如き蹴りにて何度も引き裂く奥義である。意識を極限まで研ぎ澄ませることで脚に触れる大気を真空の刃へと変化させ、それを纏ったまま蹴撃できるのだ。
「ぬおぉっ!?」
「揺らいだ……! 鋼体バリアが途切れたか!」
私の奥義は
「ふんッ、ただそれだけに過ぎん! これしきのことで、わしが屈すると思うてか!!」
……その通りだ。まだ倒れるはずがない。
「目に物見せてくれるわ!!」
師範の最強の体術――秘奥義が、来る。
「我が
全力の拳で何度も、何度も鋼鉄の床を殴り、大鉄橋を揺るがす。地震と間違ってもおかしくないほどの揺れであり、まともに立っていられない上、拳撃による衝撃波が幾重にも渡って襲い来る。
そして師範は高く跳び上がり……。
「
落下の勢いを加えた一点集中の蹴りを、脆くなった鋼鉄の床へ遠慮なく叩き込んだ。
「……
師範の残心と共に、大鉄橋は音を立てて半壊。地形の崩れは広範囲に渡り、私達は鋼鉄のぶつかり合いに巻き込まれ多大な被害を受けてしまう。
気を失っているゾルクとソシアが既に遠くへ吹き飛ばされていたことは、不幸中の幸いだった。ワージュも二人を繋ぎ止めるよう必死にしがみついて揺れを耐え抜く。
……大鉄橋は、瓦礫が隆起および陥没した、足場の悪いガタガタの戦闘地帯へと変貌してしまった。
「破闘のボルスト……やってくれますね……」
鋼鉄の瓦礫の上でゆっくりと立ち上がりながら、ジーレイが眼鏡の位置を正す。同じくミッシェルとまさきも、傷だらけだがすぐに起き上がった。私を含めた全員、無事とは言えないが動けるようだ。
クルネウスは師範の秘奥義が襲い来るギリギリのところで、持ち前の身のこなしによって範囲外まで後退していた。
……だが前線に戻ってきた彼女の声色は
「このエルデモア大鉄橋は首都リグコードラの要塞の一部なんだぞ。わざわざ被害を及ぼすとは、どういうつもりだ。仮にもクリスミッド軍へ加入している身だというのに」
師範は口を閉ざしたまま、クルネウスに顔も向けない。
「そして先ほどの秘奥義、明らかに私を巻き込もうとしていた。……ボルスト、やはり貴様は総司令のおっしゃっていた通り……」
「隙あり!
「
問い質すクルネウスへ無作法にも、まさきとミッシェルが襲い掛かる。刀の突き出しによる衝撃波と、絵具の波を飛ばす技だ。
「……鬱陶しい」
彼女はギリギリのところで身を反らし、どちらの攻撃も避けてしまった。が、畳み掛けるようにしてジーレイが魔本のページを光らせる。
「剣王の意思ここに来たれり。
「私の前で詠唱するとは学習能力が無いらしいな。セントラルベースで自らがどうなったか、覚えていないのか?」
不運にもジーレイとクルネウスの距離は近すぎた。
彼女は挑発と共に、銃口から魔力エネルギーを放出して鞭のように形成。暴れる大蛇を彷彿させる動きで、ジーレイへ叩きつけようとした。
「しなれ、ランダムブレイバー」
「――かかりましたね」
その刹那。眼鏡の奥で、あくどく笑う。
「
なんとジーレイは詠唱を破棄し、即座に近接用の術を発動した。
鞭をその身に受けたと思いきや、それは術による幻。本人はクルネウスの背後に回り込み、魔本から紫の衝撃波を放って反撃したのだ。
「くっ……。当て身の魔術だと……?」
クルネウスにとって完全に予想外の展開だった。
「そして、
追い討ちは、魔本から地属性の超重力場を展開し、自身に近寄る敵を圧し潰して平伏させる近接魔術。効果範囲が広いわけではないため使いづらい術だが、今に限ってはこの上なく有効な束縛術となる。
「身動きが……とれない……」
大鉄橋の瓦礫の上で
「浅はかですね。偉大なる魔術師である僕が、教訓を活かさないとでも思いましたか?」
次の言葉は打って変わって、ひどく冷たく言い放たれた。
「……まさき、とどめを」
「承知。成敗いたす……!」
答えるまさきの眼光には、息の根を止めるという明らかな意志が潜んでいた。
ビットを一つだけ軽く真上に放り、自身の目線ほどに落ちてきたところで真っ二つに叩き斬る。するとビットは魔力の光となり刀身に吸い込まれていく……。これは、まさきが秘奥義を放つ際の動作である。
「なるものか」
クルネウスは無我夢中でもがき続け、ついに超重力場を脱出してしまった。まさきから一気に距離を取ろうとする。
「逃しはせぬ……!」
しかし眼光は鈍らない。水色の髪と赤の
「出でよ我が幻影……」
ビットの魔力を用いて、自らの影を分裂させるかのように四体分の分身を生み出した。色や姿かたちは本体のまさきと全く同じである。
分身は四方に散開。それぞれが意思を宿しているかの如く、クルネウスの退路を遮る。
「
計五体のまさきが、入り乱れながら襲いかかる。ある者は跳躍して上空から斬撃し、ある者はすれ違いざまに斬りつけ、ある者は連続突きを放ち……翻弄しながら着実に追い詰めていく。
危機を迎えたクルネウスだが諦めず応戦。最中、五体が彼女の真正面に集結する一瞬が訪れた。
「勝負をつけに集まったか。だが悪手だ」
彼女は悟り、得意の速射で全て撃ち抜く。
「……なにっ」
五体のまさきは音も無く消滅した。……そう。本体も含まれているはずなのに、全て消滅したのである。
「それは残像なり……!」
本体のまさきは、残像を生む神速の踏み込みによって背後に回り込んでいた。そして容赦の無い一突き。灰色のマント越しにクルネウスの背中を、刀の根元まで深く貫いた。
「ぐはっ……。この一撃のため、わざと正面に……」
刀を捻って内部を抉った後、力を込めて引き抜いた。傷口はズタズタになり多量の出血を伴わせる。
「これぞ、
――
流石のクルネウスも、これほどの致命傷を負ってしまっては身体が言う事を聞くはずも無い。血溜まりの中、うつ伏せに倒れ込む。
「き、貴様ら如きに、私が……敗れ……」
「許せ。勝たねばならぬのだ……」
そして彼女は無機質に呟いた後、動くのをやめた。まさきの言葉を、仮面の奥で受け取ったかどうか定かではない。
六冥凶の中で最も恐るべき脅威として立ちはだかり続けた咆銃のクルネウスの、終わりの瞬間であった。
夕日は、もうじき沈み切る。