Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第47話「()えぬ緋焔(ひえん)」 語り:マリナ

 

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 夕日が刻々と海に沈んでいく。同時に、このエルデモア大鉄橋も暗くなっていく。

 ジーレイ、ミッシェル、まさきとクルネウスが攻防を繰り広げる一方、こちらの激闘は終盤に差し掛かろうとしていた。

 

「師範! 次で決着をつけさせてもらいます!!」

 

「応ッ!!」

 

 師範の秘奥義を見せ付けられて、多少は怖じ気づいてしまった。けれど、そんなことで勝負を捨てるつもりなどさらさら無い。私は……必ず勝つ。忌まわしきエグゾアに属する師範を倒す。私の勝利が、師範にとっての救いになることを信じて。そのために、ここに立っているんだ!

 

「ハイブリッドダンス!!」

 

 蹴撃、射撃、射撃、蹴撃、射撃、射撃の順で、踊るように六連撃を加える近接銃技を放つ。攻撃はすんなり通った……かに見えた。

 

瞬光割砕拳(しゅんこうかっさいけん)ッ!!」

 

 師範は、あえて防御行動をとらず私の攻撃を受け止めてしまった。蹴撃はおろか、銃創すら物ともしていない。更にカウンターとして、光速の如き連続正拳突きを繰り出した。一発一発が必殺の威力を持っている。

 

「ぐぁっ……がはっ……!」

 

 間合いを詰めすぎていた私は、全ての拳を身体中に喰らってしまう。……ミッシェルの筆術のおかげで何とか持ちこたえるも、力尽きる一歩手前の状態だ。たまらず膝を突いてしまうが、師範は左の豪腕で私の頭を乱暴に掴み、即座に持ち上げた。右手は握り拳を作っている。私に最後の一撃を打ち込むつもりのようだ。

 

「わしを倒すには、まだ届かぬわ。己が修行不足を恨むがよい!」

 

 ……もうすぐ師範の右拳が私に触れる。

 

 触れた瞬間、私の敗北が決定する。

 

 ――だが私は自分に課したはずだ。

 

 勝負を捨てない、と。絶対に諦めない、と。

 

 必ず師範に勝利する、と!

 

 その想いが私を導いた。

 

「……とりましたよ、零距離……!」

 

 残る力を振り絞り、左手に握った無限拳銃を師範の胸に押し当てた。拳銃には既に、術技発動の魔力を増幅し、充填している。

 

「む!? しまっ……」

 

 師範の驚く声は、途中で途切れた。

 

「マグナムバンカー!!」

 

 突きつけた銃口から、鋼鉄の杭で貫くに等しいほど強力な魔力弾を発射。私の有する銃技の中で最も破壊力のある技である。直撃を受けた師範は私を解放せざるを得ず、胸に穴を開けて血を流す。……だが彼の顔は、どこか安らいだもの。

 

「わしの……負けか……」

 

 師範の大いなる背中が、散らばる瓦礫についた瞬間であった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第47話「()えぬ緋焔(ひえん)

 

 

 

 海に沈みかけていた夕日が完全に去り、半壊した大鉄橋上で生き残っている照明灯や、崩れた監視塔に備わっていた灯りが次々にともっていく。月が顔を見せない、夜の時間がやってきた。

 

「……勝った。師範に……勝てた……!!」

 

 瓦礫の床に落とされた私は(しば)しの間、呆然としたまま少しずつ勝利を実感していた。そこへ、虫の息となった師範が声をかける。死にかけているはずなのに、とても穏やかな表情だ……。

 

「よくやった。それでこそ、我が弟子よ……」

 

「あ……! 今、お怪我を治します!」

 

 師範からはもう、当初のような敵意は感じられなかった。それに気付いた私は我に返り、胸の穴へ治癒の銃技――銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)を連発し、どうにか塞いでいく。……出血はすぐに止まり、傷も癒えたようだ。

 

「リゾルベルリの時から様子がおかしいと思っていましたが、わざと敵対していたのですね? 何故こんなことを……!」

 

「弟子の確実な成長を促すためには、互いに本気でぶつかり合わねばならん。予定調和と知っていては無意識に安心してしまい、本当の成長に繋がらなくなってしまうからな。だからわしは心を鬼にして、お主ら救世主一行と相まみえたのだ。……ゾルク・シュナイダーとソシア・ウォッチへの攻撃も手加減したものであり、命に別状はないはず。そのうち目を覚ますであろう」

 

 暗い天を仰いだまま、どこか照れ臭そうだった。

 

「……それでもあなたは、不器用すぎます」

 

「ふははは。全くよのう……」

 

 私は少し呆れてしまったが、それでも彼の真っ直ぐな気持ちは伝わってきた。やはり師範はかつてと同じ、優しき師範だったのだ。

 今なら、ずっと訊きたかったあのことを訊けるはず。

 

「改めてお尋ねします。師範はエグゾアを裏切ったのですか?」

 

「……いかにも。わしもお主と同じく己の真実を知ってしまったのでな……。だからこそ、お主のために行動する決心もついたのだ」

 

 彼はおもむろに上体を起こし、話を続ける。

 いつの間にか、皆もこちらへ集まってきていた。どうやら、クルネウスを倒すことに成功したらしい。

 

「わしは……ナスターによって改造された、レア・アムノイドだ。以前のわしは『ザンゴート・シグレス』という名だったらしい。しかし改造された時点で元の人格を失い完全な別人となってしまったため、昔のことは何一つ覚えておらぬ。そして総司令に忠誠心を植え付けられ手駒として扱われる中、奪わなくて済んだはずの数多の命をこの手で……奪ってきてしまった。『ボルスト・キアグ』は大罪人であり、殺戮(さつりく)の化け物なのだ……」

 

 師範の苦しみを、やっと知ることができた。デウスとナスターに人生を弄ばれ、利用され続けていたとは……。心境を思うと自然に視界がぼやけてしまう。

 

「そんなことはありません! 化け物などでもない! 師範は……師範は悪くないのです……」

 

「……わしのために、涙してくれるのか」

 

 気の利いた言葉など思い浮かばなかった。ただ感情だけが声となって飛び出していく。師範は、そんな私の頭に優しく手を添えてくださった。彼もまた、目を潤ませながら。

 

「誰かのために温かな涙を流せるのは、善き人間である証拠ぞ。……マリナよ、ありがとう」

 

 何も発さず、私はただ深く頷くのだった。

 かつての師弟関係が今ここに復活した。一切の壁が取り除かれた、元通りの師弟である。

 

「よがっだわね、マリナ……。ほんどによがっだわぁ……!」

 

 ミッシェルが、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら泣いている。傍目に見ればみっともないかもしれないが、それほど親身になって喜んでくれているのだ。ジーレイ、まさきも穏やかに見守ってくれていた。

 

「善き仲間を持ったな……」

 

「はい。誇れる仲間です!」

 

 私は胸を張って言い切った。すると師範は真剣な面持ちとなり、次のような願いを口にする。

 

「……恥を忍んで頼みがある。わしも、お主らと共に行かせてはくれぬだろうか? 救世主一行との旅を通してゼロからやり直し、罪を償いたいのだ……」

 

 少々驚いたが、すぐに師範の想いを理解した。皆は黙って私を見つめる。返事を私に委ねてくれたのだ。ならば答えは一つしかない。

 

「ええ。喜んで」

 

 師範という味方を得て、これほど嬉しく頼もしいことはない。王妃アリシエルの救出や、これからの旅への大きな力となるだろう。

 エルデモア大鉄橋での激闘は、これでようやく終わりを迎えたのだ。そうだ、早くゾルクとソシアを回復してあげなければ。いつまでもあのままにしておいては二人が可哀想だ。

 

 

 

「……私は終わらない。ヴォリーション、発動」

 

 

 

 ――そう考えていた矢先。

 暗い中、瓦礫の上で何かが動く。目の良いワージュはそれを見逃さなかった。幼き喉を震わせて、必死に知らせる。

 

「みんな、後ろ! 仮面の人がまだ生きてる!!」

 

「なんだと!? あの傷で動けるはずが……!!」

 

 一番動揺したのは、まさきだった。自身の秘奥義で確かにとどめを刺したはず。それなのに……確かに立ち上がって、リボルバー式の無限拳銃を構えているからだ。

 

「身の程をわきまえろ。キリングレイダー」

 

 彼女はマントのフードを下ろし、深緑のショートヘアを晒す。そして皆が呆気に取られる一瞬で、魔力弾の神業的速射による秘奥義を披露した。既に戦闘は終わったものとして気を抜いていた皆は、回避も防御もままならないまま銃撃の嵐に飲み込まれてしまう。ばたばたと、その場で崩れ落ちた。

 ……だが、私が傷つくことはなかった。

 

「みんな!! 師範まで……!!」

 

 なんと師範は、身を(てい)して私を庇ってくれたのだ。大きな背中には無数の銃創が痛々しく刻みつけられている……。

 

「ボルスト……貴様、やはりか。幹部ともあろう者が総司令を裏切るとは、失望したぞ」

 

「虚偽の忠誠を植え付けられていたと知ってなお付き従うほど、間抜けではないわ……!!」

 

 痛みに耐えながら、毅然とした態度でクルネウスに歯向かう。しかしこれは、クルネウスの怒りを増長させてしまったらしい。

 

「この愚か者め……」

 

 満身創痍の師範へ、追撃の一発が命中。

 

「ぐっ……おぉぉぉ……あああああ……!?」

 

「これで貴様は、もう終わった」

 

 ただの一発のはずだが、苦しみ様が尋常ではない。それほどに師範は限界を迎えているのだろう……。

 クルネウスは続けて行動する。マントの内側から小さなスイッチを取り出し、次のように述べた。

 

「使うつもりはなかったが、仕方ない。事前にコルトナ将軍から預かっていたプレゼントだ。遠慮なく受け取れ」

 

 スイッチが押された。――すると、首都リグコードラへと通じる鉄門の向こう側から何かが発射され、夜空を切りながらこちらへ飛来する。それが私達の付近に着地した際の振動は、師範の秘奥義にも引けを取らない。無数の瓦礫が低く飛び跳ねた。

 それは、巨大なゴーレム系のモンスターのような体型に鋼鉄のボディ、二つの目が付いた頭部や背中から伸びたパイプから立ち昇る蒸気、などといった特徴を持っている。

 

「工業都市ゴウゼルで戦った、機械仕掛けの巨人か……!?」

 

「少し違う。ゴウゼル製のメタルゴーレムにクリスミッドの軍事技術を搭載した、試作改良型だ。一体しか居ないが、疲弊した貴様らを始末するには充分すぎる」

 

 クルネウスがぶっきらぼうな説明を終えると同時に、巨人は短い足で瓦礫を難なく踏みながらゆっくりと、倒れて動けない皆のもとへ歩みを進める。あの太い鋼鉄の腕で頭でも殴られれば、もしくは踏み潰されでもすれば、死は免れない。

 

「血肉を汚く飛散させ、惨たらしく死ね」

 

 仮面の奥からの冷酷な発言は皆を震え上がらせた。

 

 巨人に立ち向かえる者など一人もいない。

 

 ここまでか、と誰もが息を呑んだ。

 

 ――その時。

 

「ちょいと待ちな!!」

 

 空気を読まず暗闇の中を明るく突き抜ける、少女の元気な声。私達の後方――ゾルクとソシアとワージュが居る地点よりも、更に後ろからだ。

 同じ方向から、巨人の足元へ光線が走る。光線は鋼鉄の瓦礫を吹き飛ばし、巨人の足に覆い被せ、そのまま行動を制限してしまった。……今のは無限銃による術技のように見えたが……?

 正体不明の来訪者に、クルネウスも多少なり困惑している様子。

 

「……この期に及んで新手だと? 何者だ」

 

「知りたいかい? だったら教えてやろうじゃないか」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、少女は意気揚々と答える。

 目を凝らしてよく見ると、声のするほうには三人分の人影があった。最低限の照明灯が灯っているおかげで、段々とその姿が見えるようになる。

 するといきなり、謎の来訪者達の口上が始まった。

 

「激震の海に斬り込み!」

 

 一人目は、黒の海賊帽と海賊服を着た、橙色の跳ねっ髪の眼帯少女。高く掲げた左手で掴むのは、護拳付きの湾曲刀カトラス。

 

「暗黒の空を撃ち抜き!」

 

 二人目は、灰色のパイロットスーツに袖を通し、緑色のスカーフを首に巻いた不機嫌そうな青年。頭にはゴーグルを着けている。肩に担ぐのは、ビットを装備した無限式ライフル。

 

「混沌の地へ咲き誇る!」

 

 三人目は、桜色の独特な戦装束(いくさしょうぞく)に身を纏い栗色の長髪を後ろでまとめた、花飾りの高貴な少女。両手で大切に握っているのは、古びているがどこか風格のある薙刀。

 そして三人で声を揃えて轟かせ……。

 

「「「我ら、『漆黒の翼』なり!!」」」

 

 最後に、海賊服の少女が締めくくる。

 

「お呼びであろうがなかろうが、ここに見参!!」

 

 彼女の表情は、この上なく素晴らしいほどに「やりきった」という感情を滲ませていた。

 ――私はここまでの流れを、クルネウス共々ぽかんと眺めていた。予想だにしない展開のせいで混乱しているのだ。……そこに立っているのが、エグゾアの海賊風構成員リフ・イアード、首都オークヌスで待っているはずのアシュトン・アドバーレ、そしてスメラギの里の姫である煌流(こうりゅう)みつねだから。

 三人は私達を通り過ぎると、盾となるかのようにして巨人に相対した。

 

「リフ……リフなのか!?」

 

「相変わらず無茶苦茶やってるみたいだね、マリナ! ったく、顔もあんまり見たくなかったよ! ……師範も、お久しぶりです」

 

 私に悪態をつくも師範に対しては、こと真摯な態度を示す。弟子をやめた今でも想いがそこに残っているかのようだった。

 

「傍に居るのはアシュトンと……みつね姫だと……!? 一体、何がどうなっているんだ……! まさかエグゾアに誘拐されて、こき使われて……!?」

 

「それは無いよ、安心しな。アタイはとっくにエグゾアを抜けてる。今は『漆黒の翼』のリーダーさ。救世主達の味方だよ!」

 

「『漆黒の翼』……?」

 

 戸惑う私に向けて、リフは冷静にそう述べた。

 彼女は何故、エグゾアを抜けたのか。『漆黒の翼』とはなんなのか。アシュトンとみつね姫はどうしてそれに荷担しているのか……。疑問は尽きないが、とりあえず私の口から出たのは次の言葉だった。

 

「そもそも、どうやってエルデモア大鉄橋に?」

 

「アンタ達にどうしても伝えなきゃいけないことがあって、ギルムルグで飛んできたんだよ。途中で立ち寄った首都オークヌスで偶然アシュトンを捕まえて、居場所を聞いたのさ。にしても、機体にはステルス機能が備わってたんだけど、こんなところで役に立つとはね。おかげで闇に紛れてここまで来れたよ」

 

 夜の真っ暗な中、クルネウスにもクリスミッド軍にも気付かれない高度な隠密飛行によって、撃ち落されず無事にここまでやってきたという。肝心の怪翼機(かいよくき)ギルムルグがどこにもないが、おそらくリフが専用のソーサラーリングを持っており、そこに格納されているのだろう。

 

「……なーんて、余裕こいて喋ってる場合じゃないね」

 

 巨人が足の瓦礫を腕で振り払い、再び活動しようとしていた。クルネウスも、ゆっくりと距離を詰めてきている。

 

「空から見てたから、状況は大体わかってる。師範がクルネウスを裏切ったあと、不意打ち喰らって大ピンチなんだろ? ひとまずここはアタイらに任せときな!」

 

 ニヤリと笑い自信満々に答えたリフは、両隣の二人へ指示を下した。

 

「アシュトンはアタイと一緒にメタルゴーレムをブッ壊すよ! みつねちゃんは倒れてる奴らの回復をお願い!」

 

「おい、俺に命令すんじゃねーよ!」

 

「承知いたしました、リフ!」

 

「よーし。『漆黒の翼』、気張っていくよー!!」

 

「聞けよ俺の話!! ……ったく」

 

 リフがカトラスを振りかざして突撃すると、みつね姫がそれを見送りつつ後方に下がる。何やらアシュトンだけは不服な様子であるが、文句を零しつつも両手でしっかりとライフルを構えていた。

 

「今度は瓦礫を飛ばすだけじゃ済まさねぇ。ド真ん中にブチ当ててやるぜ! ブレイクシュート!!」

 

 大出力の白き閃光が夜の一部を塗り潰す。そして宣言どおり、胴体の中心へ照射。堅牢な装甲の表層を、僅かだが確実に熔かしている。巨人への最初の一撃は、アシュトンのこの銃技だったようだ。

 

「過去に自分が造って操ってたメタルゴーレムを今は敵として、この手でブッ壊そうとしてるなんてな。人生ってのは、わからねぇもんだぜ……」

 

 少々の間だけ昔を思い返していると。

 

「感傷に浸ってないでバンバン撃ちまくりな!」

 

「だから俺に指図すんじゃねーよバカリフ!!」

 

 リーダーから怒鳴り声が響いてくるのだった。……それにしても、指図されるのが嫌ならどうして『漆黒の翼』という集まりの一員となっているのだろうか。リフに弱みでも握られてしまったのか?

 一方。倒れた皆の周辺では、みつね姫が薙刀を杖のように構えて祈りを捧げていた。

 

「皆様、そしてまさき様……。今度はわたくしがお救いする番です。……回生功(かいせいこう)にございます!」

 

 治癒の術技で皆の傷を癒し、活力をくれている。

 ……どうしてみつね姫が治癒の術技を使用できるのか、と一瞬は思ったがおそらく、まきりさんがこっそりビットを分け与えたのだろうと察した。

 

「ボルスト、薙刀の娘、そしてマリナ・ウィルバートン。命を失う覚悟を決めろ」

 

 しかし、クルネウスがそれを大人しく待ってくれるわけがない。そして皆の回復に時間がかかることは明白。ただ一人、辛うじて動ける私が攻撃に入らなければ……!

 

「ならばマリナよ、今こそ放つ時である」

 

「えっ……!?」

 

 心情を見透かすかのような、背後からの師範の一言。私は驚き、思わず振り返ってしまう。

 

緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)だ。わしからの伝授、忘れたとは言わせぬぞ。回避を得意とするあやつを倒すならば、確実な打撃を叩き込むこの秘奥義しかない」

 

 それは……わかっている。わかっているのだが……。

 

「しかし、私には…………無理です……」

 

「その威勢の弱さを見る限り、物にできておらぬようだな」

 

 悔しさが顔へ浮かびそうになり、師範から目を背けてしまった。だが、何も語らなくても筒抜けらしい。全てを理解した素振りを見せている。

 この間にも向かってくる、不気味な笑みの仮面。迷い続けていても埒が明かない。わかっているのだが……足が(すく)む。緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)を放つには実績も勇気も足りない。無闇に放って失敗し、全滅してしまうことを考えれば、一層のこと使わないほうがいい。もっと別の策を捻り出すべきだろう……。そんな考えが私の脳裏をよぎっていた。

 

「これが最後の手解きである……」

 

 ――その時だった。不意に師範が腰を上げ、事もあろうにクルネウスを目指して堂々と歩み始めたではないか。……鋼体バリアを張る余力など、もう残っていないというのに。

 

「ボルストめ、気でも狂ったか」

 

 もちろんクルネウスは師範に銃撃を行う。……これではまるで師範が壁のようではないか。私を護る、鉄壁の壁だ。私が師範を救うはずだったのに結局、私が救われる立場となってしまっている……。

 

「駄目です! そのお身体では……! せめて私の銃技で傷を癒してください!」

 

「聞け、マリナよ」

 

 銃創だらけの背へ懸命に呼びかけたが、師範は振り返らない。それでもなお私は叫ぶ。傷を増やし続ける彼を止めるために。

 

「師範、退いてください! 師範!!」

 

 

 

 

 

「ええい黙れ!! この馬鹿弟子がッ!!!

 

 そして聞けぇいッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 空気、人、巨人、大鉄橋、海――周りにある何もかもを揺るがす怒号。私はおろか、一時の間だがクルネウスの銃撃すら止ませてしまった。

 その直後、師範は穏やかに語りかける。

 

「……マリナよ、思い出せ。あの日の氷結洞で、わしがどうしてフェンビーストに秘奥義を放ったのかを」

 

 あの日を、思い出す……。

 

「弟子の前で大技を披露し、格好をつけたかったからか?」

 

 違う。

 

「修行として己を高めるためか?」

 

 違う……!

 

「撃破することこそが真の目的であったからか?」

 

 違う!!

 

「……うむ。違うであろう」

 

「大切な仲間を……護るため!!」

 

 瞬間、私の中でひしめき渦巻いていた何かが消えてなくなっていく。代わりに、メラメラと燃え上がるものが心に宿った。これこそ私が師範から感じた魂……緋焔だ……!!

 

「その通りだ。敵を倒すためではなく、仲間を想って発動するのだ。それさえ理解できれば最早、お主の妨げになるものなど、ありはせぬ」

 

 師範は深く頷いて、私を後押ししてくださった。――その時。

 

「三文芝居もそこまでにしろ。ガイアライフル」

 

 苛立ったクルネウスが、私を狙って追尾弾を発射した。弾は師範を器用に避け、放物線を描くような軌道で私の腹部に命中。

 

「ぐああっ!?」

 

「マリナッ……!!」

 

 焦り、師範が振り向く。私はもう地に伏せていた。

 既に残りの体力が僅かとなっていた私にとって、クルネウスの銃技は確実な終止符となるのであった……。

 

 

 

「……私は……負けない……!」

 

 

 

 仲間が、私を事前に助けてくれていなければ、の話だが。

 

「負ける気がしない!!」

 

「なんだと……」

 

 クルネウスにとって有り得ない事象が起こった。倒れたはずの私が瞬く間に起き上がり、再び戦意を迸らせたのだ。

 ――戦いが始まった直後、ソシアはリヴァイヴを詠唱し、発動していた。リヴァイヴの効果は、味方一人に前もって術をかけておき戦闘不能に陥った際、自動的に復活させるというもの。ソシアがこの術を真っ先に私へかけてくれていたのは、私が師範と激戦を繰り広げるのを見越してのことだったのかもしれない。実際は発動するタイミングが異なったが……それでも彼女の厚意に感謝していることに変わりはない。おかげで最大の秘奥義を――敵味方を超えた私達の絆の力を、クルネウスにぶつけられるのだから。

 

師範直伝(しはんじきでん)のこの奥義、刮目(かつもく)せよ!」

 

 今の私に、迷いや恐れなど微塵も無い。

 二丁拳銃を腰のホルスターへ収めると、膝を曲げながら右脚を振り上げて始動の構えをとる。両脚に、二丁拳銃内のビットからの魔力を集中。そして内なる魂も込め、夜の闇を払うかの如く猛る(ほのお)を宿した。

 振り上げた右の烈脚で力強く踏み込み、不安定な瓦礫を物ともせず、揺れ動く前に素早く蹴って加速。さながら短距離を飛行しているかのようである。スピードに乗ったこの初撃は、復活に驚くクルネウスを見事に捉えた。

 

「舞い乱れるは、受け継がれし闘志の(ほのお)!」

 

 それを起点に繰り出されるのは、燃え盛る連続蹴撃。様々な方向から何度も、何発も、何回も緋焔の烈脚を喰らわせ燃やしていく。さすがのクルネウスも、この怒涛の連撃を前にして為す術がない。加えて、一度まさきに倒された時の傷がそのまま残っているため、無理に身体を動かすことも銃を撃つことも出来ないようだ。

 火だるまとなったクルネウスに足払いをしかけ、宙に転ばせる。そして蹴り上げによる上空への追放から、自身の真上への跳躍に繋ぐ。彼女の、終わりの時が来た。

 

 ――存分に味わうがいい。

 

 私が、

 

 仲間が、

 

 そして我が師が!

 

 命を燃やして紡ぎ出す、

 

 魂心(こんしん)の秘奥義を――

 

 

 

「その名も!!」

 

 

 

    ()

 

    (えん)

 

    (れん)

 

    (ごく)

 

    (さつ)

 

 

 

 より一層に激しい緋焔を纏った烈脚で、宙を舞うクルネウスの腹に爆熱のオーバーヘッドキックを叩き込む。大鉄橋の瓦礫に向けて一直線に蹴り落とされる彼女は、まさしく夜を照らす火の玉と化していた。

 熱き渾身の一撃の末。彼女の身体は鋭利に尖った大鉄橋の残骸へ、背面から深々と突き刺さってしまう。奇しくも、まさきが致命傷を与えた箇所を更に大きく抉り広げる形となっていた。手や足がどこにも届かなくなるほどの、あの刺さり様では……もう自力で抜くことなど叶わないだろう。

 

「ぎいぃぃぃぃぃっ…………ああああああああああ!!」

 

 ……響く、クルネウスの悲鳴。私が今まで生きてきた中で耳にしたことの無い、地獄に落ちていくかのような絶叫であった。

 そんな彼女の惨く哀れな姿を背景にして、私は荘重(そうちょう)に着地する。

 

「クルネウス、私の勝ちだ……!」

 

 瓦礫に身を突き刺したまま、不気味な笑みの仮面で夜空を仰ぎ、だらんと手足を垂らした。もう、私の声は聞こえていないようだ。左手から無限拳銃が落ちる。今度こそエグゾア六幹部の一員、咆銃(ほうじゅう)のクルネウスを撃破したのだ。

 

 巨人と『漆黒の翼』の戦闘も、終わりに近づいていた。

 

「マーダーショット!」

 

 アシュトンが巨人の短い足に衝撃弾を撃ち込む。すると巨人は、音を立ててうつ伏せに倒れることを余儀なくされる。

 

「ぶちかませ、リフ!」

 

「任せときな!」

 

 リフはアシュトンから引き継ぎ、倒れた巨人の頭部まで走る。そして頭部をカトラスで上から串刺しにし、ビットの魔力を解放。

 

守護氷槍陣(しゅごひょうそうじん)!!」

 

 すると、突き立てたカトラスを中心に氷の力が広がっていき、リフの足場周辺が氷漬けに。更に、凍った足場から尖った氷柱が一斉に生えたのだ。直下から生えた氷柱によって巨人の頭部も内部から貫かれることとなり、完全に機能を停止した。どうやらそこが弱点だったようだ。

 

「一丁あがり! へへっ。アタイらにかかれば、こんなもんさ!」

 

 氷漬けの頭部から、カトラスを悠々と引き抜いたリフ。その顔は勝利の余韻に満ちていた。……それは良かったのだが。

 

「おわぁっ!? こ、今度はなんだい!?」

 

 緊急事態である。

 地響きのような恐ろしい音と共に、大鉄橋のところどころの亀裂が大きくなり、割れ始めたのだ。

 

「からくりの巨人が倒れた衝撃で、半壊した大鉄橋がいよいよ崩壊しようとしているのではないでしょうか……?」

 

 みつね姫は落ち着いて分析するが、その通り。そもそも師範が大鉄橋を半壊させた時点で、ここに留まるのは危険だったのだ。

 

「だったら迷ってる暇は無ぇな。さっさと飛ぶぜ! リフ、ソーサラーリングからギルムルグを出せ!」

 

「あいよ!」

 

 アシュトンの声に、リフが行動で応じる。左拳を突き出し、中指の指輪から漆黒の機体ギルムルグを召喚した。アシュトンが操縦席へ着き、即座に頭部付近のスロープを下ろす。

 

「まだ完全に回復しきれていませんが、歩く程度ならば可能なはず。さあ皆様、ギルムルグへ乗り込んでください!」

 

「ぼ、ぼくも手伝います!」

 

 みつね姫とワージュの指示の下、まだ意識が(おぼろ)げな皆を誘導する。おかげで師範を含めた全員、何とか無事に乗り込めた。それを確認した直後、アシュトンはギルムルグ両翼のエンジンを吹かせて早急に夜空へと飛び立つ。

 同時に、既にボロボロだったエルデモア大鉄橋は完全に崩れて海に消えていく。……残骸へ突き刺さったままのクルネウスも、運命を共にするのであった。

 

 

 

 エルデモア大鉄橋および首都リグコードラから離れた、夜の北の空。

 怪翼機ギルムルグの機内では、みつね姫による治癒が再開されていた。その甲斐あり、皆はもうほとんど全快している。

 意識を取り戻したゾルクとソシアは開口一番、重傷の師範が同乗していることに驚いたが、私が簡潔に事情を説明すると納得していた。特にゾルクは、戦闘が始まる前から師範の寝返る可能性を考えていたので、あまり違和感が無かったのだろう。

 心苦しくなるやりとりもあった。復活して早々、絶対に居るはずのない存在であるみつね姫を目の前にしたまさきは、理解が追い付かないという風に目を丸くしたまま、しばらく硬直してしまう。みつね姫にどういう事情があるのかはまだわからない。けれども一国の姫君が、リフやアシュトンのような不良な素性の輩と行動を共にしているのだから、スメラギの里の全てを守る武士団長、蒼蓮(そうれん)まさきの気苦労は計り知れない。

 

 治癒を受けるべき人間で残ったのは、無数の傷を身体に残した師範のみとなった。現在はギルムルグ後部の座席で身を休めている。

 

「ぐぬっ……。ちぃとばかり無理をし過ぎたようだ。さすがのわしも、痛みに耐え続けることは難しいか……」

 

「師範、ご安心ください。幸いにもこの場には、治癒術を扱える人間が揃っていますから」

 

「そうですよ、師範! さあ今度こそあなたの番です! 早く早く!」

 

「……うむ」

 

 師範は苦悶の表情を浮かべて……いや、それ以上に難しい顔をして、私とリフの言葉を受け入れた。

 ――本来ならば師範こそ最優先で治癒術を受けなければならなかったのだが、彼は「お主の仲間が先である」と述べながら断固として拒否していた。自分よりも皆を優先してくださったのだから、絶対に回復してもらわなければ困る。その想いは、私もリフも同様であった。

 みつね姫を筆頭に、治癒術を持つ者全員で師範の回復を行う。……しかし、事は上手く運ばなかった。

 

「傷が癒せない……!? 治ったかと思ったら、またすぐ傷だらけに戻ってしまいます……」

 

「あたしのキュアもレイズデッドも効かないわ! どうなってるのよ~!?」

 

 ソシアとミッシェルだけではない。この場の皆が、有り得ない事象に動揺した。

 

「やはり、そうか……」

 

 だが、師範だけは全てを悟ったかのような風であり、静かに語り始める。

 

「わしはもう手遅れである。治すことは出来ぬ……。クルネウスの秘奥義からマリナを庇った後、魔力崩壊を引き起こす特殊な弾丸を喰らってしまい、わし自身を構築する核のビットが損傷してしまった。あやつは総司令から独自に命令を受けていたらしく、初めからわしを始末する気だったようだ……」

 

 これを聞き、ジーレイはハッとした様子で見解を述べる。

 

「レア・アムノイドは、ビットのみを用いた身体改造被験者の成功体のことを指していましたね。だとすればゾルクのようにビットと肉体が融合しているはず。そのような状態で核となるビットが傷ついてしまえば、生命活動にも支障が出ると考えられます。そしてビットは人体ではなく、ただの魔力の塊。魔力そのものに治癒術をかけても意味がありません。核のビットが壊れてしまえば……再生する手段は無いのです」

 

「ジーレイ・エルシードよ、その通りだ……」

 

 師範は目を閉じ、ジーレイを肯定した。そのことに薄々気付いていたから、自らの治癒を後回しにしていたのか。……まさかあの時のクルネウスの一発に、それほど重大な意味が隠されていたなんて……。

 

「命を落とすとわかっていても、まだお主達を助けることは出来る」

 

 意気消沈する私達とは反対に、師範は希望を胸に抱いていた。その希望とは、こちらが欲していたもの。

 

「ミッシェル・フレソウムよ。エグゾアテクノロジーベースへ行け」

 

「え……?」

 

 突如、指名されて驚くミッシェル。師範はそのまま続ける。

 

「メリエルは、お主の双子の姉なのであろう? テクノロジーベースに向かえば、姉を取り戻すきっかけが見つかるはずだ。あそこは、ナスターの根城とも言える研究施設だからな」

 

「ナスターの……!! わかった、行ってみるわ!」

 

 姉を奪われたミッシェルにとっての宿敵、ナスター・ラウーダ。彼の名を聞いた瞬間から、ミッシェルの目に烈火が点るのであった。

 

「そして救世主ゾルク・シュナイダーよ。総司令は総帥アーティルをそそのかし、クリスミッドにとあるものを造らせている」

 

「とあるもの、って……?」

 

「その名を『天空魔導砲ラグリシャ』という。エグゾアがギルムルグを使ってリゾリュート大陸各地の人間を誘拐しているのは、ラグリシャの動力源とするためなのだ」

 

「なんだって!?」

 

 ついに私達は、デウスの目的を知る。魔力を宿したリゾリュート人は、そのまま天空魔導砲のエネルギーにされようとしているのだ。……デウスめ、相変わらず手段を選ばない外道だ。

 

「じゃあデウスは、そのラグリシャっていうのを使って世界を滅ぼそうとしてるのか……!」

 

「……すまぬ。重要機密をどうにか探り当てた末の情報であるため、用途までは把握できなんだ……。けれども『魔導砲』の名を聞くに、兵器であるのは間違いない。……救世主よ、果てるわしに代わり、どうか総司令の企みを潰してくれ……!」

 

「ああ。約束する! 約束するよ、ボルスト!!」

 

 もう力を込めることが出来ない師範の逞しき手を、ゾルクはしっかりと握って誓うのだった。

 

「スメラギの姫君と武士よ。お主達や里そのものに対しても、取り返しのつかぬことをしてしまった。詫びて済む問題でないことは承知しておる。せめてわしが地獄に落ちるよう、呪ってくれ……」

 

 師範の懺悔を聞き、まさきとみつね姫はどう思ったのか。

 

「呪っても、どうにもならぬ。お主が地獄に落ちたところで、死んだ者が蘇るわけでもなし。そのようなこと、拙者が申さずとも重々承知していると思うが? ……お主が死なぬのであれば、その贖罪(しょくざい)の行方、見届けるつもりであったぞ。だからこそ拙者は、お主の同行を認めたのだ……」

 

「わたくしも、あなたを恨んでいないわけではありません。ですが事情を知ってしまうと、情状酌量の余地があるのではないかと考えてしまいます……。これほどに複雑な感情を持ったことは、今までにありません」

 

 許しはできないが償いを認めるという意見。師範にとって、これ以上ない言葉だった。

 

「スメラギの民は、胸が苦しくなるほどに寛大なのだな……。尚のこと、生きて償いたかった」

 

 そう呟く師範の身体から、何かが煙のように湧き出てくる。――魔力の崩壊である。水が蒸発するかのように、ゆっくりと身体が消滅していっているのだ……。

 

「……あと少しでいい、弟子と話をさせてくれ。図体ばかりでかいのだから、せめてしぶとくなければ格好がつかぬ」

 

 何かへ祈るように、けれど小さく冗談を交じらせると、彼は最後の語りを始める。

 まずはリフに対してだ。察したのか、リフも脱帽して構えた。

 

「リフよ、見違えるほど面構えが良くなったな。先ほども助けてくれて、礼を言う。わしの下におった頃とは、まるで別人のようであるぞ。知らぬ内にお主も成長していたということか。……何もしてやれず、師として恥ずかしいわ……」

 

 彼の言葉には明らかに後悔の念があった。これを聞いた途端、リフは目を潤ませて答える。

 

「ア、アタイのほうこそ、つまんない意地張って勝手に飛び出して、師範を裏切る形になっちまって……! 本当は、ずっと悔やんでたんです……ごめんなさい、師範……!」

 

「ならば、マリナと仲直りできるな? 先ほどのように『顔も見たくなかった』などと言うでない。マリナはお主に対して、悪い感情など抱いておらぬのだぞ」

 

「…………わかってた。わかってたよぉ……。全部アタイの意地のせいなんだよぉ……!!」

 

 (せき)を切ったように、リフは涙を流す。そんな彼女の橙色の頭に、師範は慈愛を以て手を添えた。

 次は私の番だ。師範に面と向かい、傾聴する。

 

「マリナよ。お主の運命はエグゾアとの決着に……いや、総司令との決着へ続いていることだろう。苦難の道であることは必至。しかし臆するな。お主の言葉にあったように、これまでの旅で培ってきた仲間との絆……それこそが最大の武器になる。忘れず心に持ち続けるのだぞ」

 

「はい!」

 

 もちろん、そのつもりだ。この先もずっと私は忘れないだろう。

 

「そして言いそびれていたが、まさにあれこそわしの託した……いや、わしの託した以上の緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)であった。この秘奥義に対してのみ言えば、わしを超えてしまったぞ」

 

「お気持ちは嬉しいのですが、流石にそれは言い過ぎです」

 

「ははは! 最後くらいは良いのだ! それにリフの水や氷の技、あれもよく磨き上げられていたぞ。海賊に憧れているだけのことはある!」

 

「い、今さら褒めたって、何も出やしませんよ!」

 

「出ずとも良い。ただ本心を述べたまでだからな! ふはははは!」

 

 褒めてくださる師範の朗らかな姿。もう二度と来ないと思っていた時間が訪れたせいか……リフと同じく、私も涙を堪え切れなくなっていた。

 

 

 

 ――師範、何度も泣かせないでください。

 

 別れが一層つらくなってしまう。

 

 あなたのお身体は、魔力の小さな粒となって消え始めているのですよ。

 

 せめてそれらしく悲しんでください。

 

 気丈に振る舞われるほど、私達は――

 

 

 

「マリナ、リフ。それぞれが築いてきた仲間との絆、これからも大切にするのだぞ。お主達同士の絆も、同様にな」

 

「「はい、師範!!」」

 

 リフと揃い、震えた声で返事をした。

 そして次が師範の……最期の言葉となる。

 

 

 

「ボルスト・キアグとしての人生も案外、捨てたものではなかったようだ……。お主達の旅、遥か彼方から……見守って……おるぞ……――」

 

 

 

 全身が魔力の粒と化し、ついに霧散した。

 元居た座席を凝視しても、座席のまま。師範が、この世から完全に居なくなった瞬間であった。周りからもすすり泣きが聞こえる。

 結局、あの人は悲しむ姿を見せなかった。それほどに満足して逝けたということなのだろうか。そうだとしたら……それでよかったのかもしれない。

 

 私達が成し遂げるべき最終目標は、戦闘組織エグゾア総司令――魔大帝デウス・ロスト・シュライカンの企みを潰えさせること。それは最初から今までずっと変わらない。しかし今日また、なお強く、決心を固くするのであった。

 

 

 

 師範が消えるとも、緋焔は消えない。

 

 受け継がれ、絶えずここに在る。

 

 彼を記憶した私達がいる限り、在り続けるのだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 




(絵:まるくとさん、ピコラスさん)

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