Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第49話「献身(けんしん)」 語り:まさき

 いつの間にか、あの長かった夜は明けていた。

 結局、国境城壁リゾルベルリの近辺へ不時着。そこは、クリスミッド側の砂漠地帯の始まり付近だったため、無関係な人々への被害は皆無であった。不時着の衝撃も、運良く砂が吸収してくれたらしく、負傷者も出なかった。不幸中の幸いと言えよう。

 アシュトンはひとしきりリフを叱った後、砂地に倒れたギルムルグを確認。すると、現時点では完全修復が不可能なザルヴァルグと、似た状態だということがわかった。

 

「ザルヴァルグとギルムルグの修理には、神器みたいに特殊な魔力集合体が必要になるんだ。フレキシブルウイング各部の作動流体としてもってこいだし、漏れて足りなくなった半永久複合燃料の代わりにもなるからな。センサー媒体としても優秀で、ビームキャノンの出力だって向上する! 至れり尽くせりってやつだ!」

 

 早朝の砂地にて、アシュトンの解説は興奮気味に行われた。どうやら、彼に機械を語らせると熱くなるらしい。

 魔力集合体が機械の部品になるとは、奇々怪々な話である。その思いのまま拙者は、確認のため彼に問う。

 

「実感は湧かぬが、それがあれば二機とも直せるのだな……?」

 

「そういうことだ。ただ、簡単に手に入らないからこそ、修理が難しくなってるんだぜ。ある程度の量も必要だしな。リゾリュート大陸には魔力集合体なんてほとんど存在しねぇって聞いたし、ネアフェル神殿みたいに都合良く神器を置いてる場所も、そうそう無いだろ? はぁー、まったく、どうしようもねーな」

 

 溜め息をつく彼。そこへ、ひょんなところから朗報が転がり込む。

 

「不思議な魔力の塊なら、ぼく知ってるよ」

 

 ウィナンシワージュ殿下であった。するとアシュトンは、背丈の低い殿下に目線を合わせ、両肩を鷲掴んだ。

 

「本当か!? 教えろワージュ! それさえあれば俺の愛機が復活する!!」

 

 その両目は、まるで幼子のように輝いている。この時のみ、(よわい)が十であるはずの殿下のほうが、大人びているように見えた。

 

「クリスミッド領内の、トローク坑道に行けば……」

 

「行けば手に入るのか!? なんだ、だったら楽勝じゃねぇか!」

 

「えっと……ジオギドラっていう恐ろしいモンスターから採れるんだよ」

 

「……ちっ、お約束のパターンだったか」

 

 魔力集合体の出所が魔物だと知ったアシュトンは、一気にやる気をなくした。殿下は苦笑いを浮かべるしかない。

 

「救世主、パス。詳細を聞いといてくれ。戦闘もよろしくな。俺の専門外だから」

 

「丸投げかよ!? あんなに食いついてたくせに! お前も協力しろよ!」

 

「うるせーな。機体はバッチリ修理するから別にいいだろ」

 

 ゾルクの言い分に聞く耳を持たず。アシュトンはギルムルグの中に入り、勝手に休憩し始めるのであった。「しょうがない奴だな」と愚痴を零し、ゾルクは話の続きを聞く。

 

「ワージュ、そいつはどんなモンスターなの?」

 

「希少な鉱石を好んで食べる、地属性の大蛇だよ。頭が八つ、尻尾も八つのバケモノ。食べた鉱石を、体内で特殊な魔力物質へと変換して蓄積するんだ。それはものすごい価値がつくほど綺麗な、宝石のような塊で、狙う大人が後を絶たないんだけど……ジオギドラが強すぎるせいで、手に入るどころか、帰ってきた人すらほとんどいないんだって」

 

 この説明に、ジーレイが疑問を投げる。

 

「リゾリュート大陸では魔力技術が発達していないというのに、それにしては詳しいですね」

 

「えへへ……。退屈なときは、城を歩き回ってこういう報告書をこっそり読んで、冒険気分を味わってたんだ。それで色々と覚えたんだよ」

 

 確かに、セリアル大陸に比べ、リゾリュート大陸での魔力技術は周知のものではなく、進んでもいない。しかしクリスミッドの上層部は魔力を信じ、研究し、その途中で魔力を形作る魔物に辿り着いていたのだろう。きっとケンヴィクスも、独自に魔力研究を進めているはず。ならばスメラギも負けてはいけない、と静かに感じるのであった。

 ところで、このジオギドラという魔物の特徴、初めて聞くものではない。

 

「頭も尾も八つの大蛇と言えば、まるでスメラギの里に伝わる(いにしえ)の魔物、ヤマタノオロチそのものぞ。姫も、そうは思われませぬか……?」

 

「はい。もしかすると、クリスミッドの領土にしか生息していないが故、明確な情報が少なく、里の誰も見たことがなかったのかもしれませんね」

 

 まさか異国にて、伝承の魔物の所在を知れようとは。これも旅の奇怪さの一つなのだろう。

 さて。ウィナンシワージュ殿下の話には、まだ続きがあるらしい。

 

「ここからが重要なんだけど、ジオギドラは普段、人目につかないところに潜んでて、おびき出すためには生贄が必要になるんだ」

 

「いけにえ……?」

 

 怪訝な表情で、ソシアが繰り返した。

 

「ジオギドラは用心深い性格だけど、若い女性には目が無くて、捧げたら飛び出してくるらしいよ。それくらい大好物なんだってさ」

 

「おとぎ話でよく見るような習性だな。でも生贄なんて……どうする?」

 

 ゾルクは皆に問いかける。しかし、悩む時間は微塵も存在しなかった。その理由は――

 

「そのお役目、わたくしが引き受けます。戦いに最も不慣れなわたくしが生贄となるのが、最上の策となるでしょう」

 

 ――姫が、颯爽(さっそう)と挙手なさったからである。当然ながら、拙者がそれを受け入れられるはずはなかった。

 

「なりませぬ……!」

 

「決して足手まといになるつもりはございません。リフと共にスメラギの里を発ったのも、相応の覚悟を持ってのことでしたから。与えられた役割は必ずこなします。たとえそれが、生贄の役だとしても」

 

「役割をこなせ、という話ではございませぬ! 命に関わる作戦へ、御身を差し向けられるわけがない……!!」

 

「問題ありません。戦い慣れておられる、まさき様や皆様を信じておりますから」

 

 また始まってしまわれた。姫の悪い癖が。流石の拙者も苛立ってしまい、少し声を荒げてしまった。……けれども、スメラギの里への帰還をご決意してくださったのだから、ここは機嫌をとって同行を認めるべきか。さもなくば、また「帰らない」と仰るかもしれない。

 

「……ならば、姫。このようなことは、これっきりだとお約束ください……」

 

 やはり、拙者はまだまだ未熟だ。この旅が終わった暁には、己の甘さを捨て去る修行に入りたい。このままではスメラギ武士団長として、許婚(いいなずけ)として、相応しい存在ではなくなってしまうことだろう。

 

「はい、約束いたします。……それに、どうかご安心ください。わたくしとて、ただ黙って生贄の役を演じるわけではございませんよ」

 

 こうしてトローク坑道への、姫の同行が決定してしまった。皆も「仕方なし」という空気を流している。

 気になるのは、姫のお言葉の最後の一文。密かに、何かに燃えておられるような気配があった。この場はあえて追究せず、聞いて聞かぬふりをした。何も起きなければよいのであるが……おそらく杞憂で終わることはないだろう。胃の辺りに違和感が生じ始めた……。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第49話「献身(けんしん)

 

 

 

 ジオギドラ討伐の準備を、国境城壁リゾルベルリにて整えた拙者達。カダシオ砂漠を南西に進んだ先――草原の始まりとも言える地点に、トローク坑道は存在した。あの異常に暑い砂の大地をまた横断する羽目となり、到着する前に心底まいってしまった。トローク坑道の入り口付近は気候が穏やかとなっていたため、それが救いだった。

 坑道内は一定の間隔で木材の枠が打ち付けられてあり、落盤を防ぐ補強が成されていた。そして当たり前だが中は薄暗く、木枠の上部から吊り下がっている古びた照明だけが、道標となっている。照らすのは坑道だけでなく、舞い漂う無数の塵もよく見える。しかしそれは環境が悪い証拠でもあり、長居する気を失せさせるのだった。

 目当てのジオギドラだが、トローク坑道最深部の立入禁止区域に出没するらしいので、拙者達は敏速に黙々と奥へ進んでいた。

 

「あー!! 重要なこと忘れてた!!」

 

 ……黙々と進んでいたところ、リフの吃驚が皆の耳を刺激。表情が苦痛に歪んだ。ソシアと殿下に至っては、揃って両耳を押さえている。リフの最も近くに居たためだろう。

 即刻、アシュトンが文句を叩きつける。

 

「急に大声出すなよ! 硬い鉱石が多いせいで、すげー響くんだぞ……。まだ何か厄介事があるのか?」

 

「違うよ。救世主達に伝えなきゃいけないことがあるんだよ!」

 

「俺達に?」

 

 そのまま、リフは伝達を始める。

 

「アタイがテクノロジーベースから脱出する時、狂鋼のナスターが妙なこと言ってたんだ。『門を開く準備とラグリシャの建造補佐で忙しい』ってね。『ラグリシャ』は天空魔導砲のことだとして……『門』ってなんだい?」

 

 かなり重要な、初出の情報である。狂鋼のナスターとやらが言う『門』について理解できれば、デウスの野望阻止に繋がる一手を発見できるかもしれない。

 しかし、このままでは流石に情報が少なすぎる。そこでマリナは、頼みの綱であるジーレイに問う。

 

「『門』について何か知らないか? ジーレイなら、きっと心当たりがあるはず」

 

 彼はしばらく考え込んだ後、重い口を開いた。

 

「……古き時代には『インディグネイション』と呼ばれた位の高い魔術があり、詠唱呪文には『黄泉の門』といった語句が含まれていました。しかしあれは特殊効果など無い、ただの攻撃魔術。長期に渡る準備など必要ありません。ナスターの指す『門』とは、デウスが独自に構築した魔術である可能性がありますね。……僕の心当たりは、これだけです。面目ありません」

 

 残念なことに、あのジーレイでさえ見当がつかないらしい。折角リフが持ち込んでくれた情報も、これではあまり意味を成さない。

 

(黄泉の門……まさか、ね。しかし、だとすれば何のために…………対抗しうる手段は…………)

 

 ジーレイはその後も『門』の謎を解き明かそうと、一心に思考を巡らすのだった。

 

 ようやく、トローク坑道の最深部に辿り着けそうだ。目前の『立入禁止区域』と記された木の立て札と、申し訳程度の鎖の仕切りが証拠である。これらを尻目に通過し、細くなった坑道を更に進むと……。

 

「ひらけた空間に出たね。これだけの広さがあれば、ジオギドラも出てこれそうだよ!」

 

 ウィナンシワージュ殿下のお言葉そのままである。どれだけの大物がのた打ち回ったとしても、坑道が崩れる心配など無用なほど、縦にも横にも余裕がある。それによく見渡せば、ジオギドラの通り道らしき大穴もちらほらと。ならば、後は待ち構えるのみ。

 

「では皆様、手筈通りに」

 

 広間の中央にて。姫が薙刀を地に置いて(ひざまず)き、目を閉じ、両手を胸に当て、祈りを始められた。拙者達は下がり、固唾を呑んで姫を見守る。

 

 しばらく、遠くで風が吹き抜ける音だけが空気を伝わった。

 

「……!」

 

 その時は突然である。

 拙者を皮切りに、無言のまま皆で捉えた。――静かにゆっくりと大穴から這い出てくる、巨大なジオギドラの姿を。意外にも豪勢な黄金色の鱗で全身を覆っており、暗い坑道内でも圧倒的な存在感を放つ。八つの頭はそれぞれ鋭い牙を持ち、八つの尾の先端は刀剣かと見紛うほど美しく鋭利な銀色となっている。その姿から漂うのは、強敵の気迫。並大抵の冒険家がジオギドラの宝石を狙ったところで、歯が立たないわけである。

 

「見えてきましたね。予想より少し大きいですが、全員で一斉に攻撃すれば問題なさそうです。ジーレイさんを見習って不意打ちしましょう」

 

 (たくま)しくも、ソシアはジオギドラを目の当たりにして怖気付いてなどいなかった。それどころか、一番有効な奇襲戦法を冷静に提案している。勿論、賛成だ。

 祈りを終えられた姫が徐々に後退し、ジオギドラを誘導。その隙に、拙者達が奴の後ろへ回り込む。安全のため、殿下もこちら側だ。

 ジオギドラの視野が暴力的に広いため、一時は困難を極めると思ったが、八つ全ての首が姫へ注目していたため、難は無かった。強大な力を持つと言えど、所詮は魔物。習性には逆らえないのである。

 位置取りに成功した後は、作戦の決行あるのみ。アシュトンが先陣を切った。

 

「オラオラァ! 袋叩きだぜ!!」

 

 地属性のジオギドラが苦手とするのは、風属性。豪風をその身に受ければ、たちまち朽ちて崩れてしまうのだ。

 弱点については事前に解っていたことなので、各々、ジオギドラの背後から風属性の術技を放ち、黄金色の鱗は飛散。あっという間に巨体を地に伏せさせてしまった。不意打ちのため尾の刃による反撃が無かった点も、事を有利に運べた要因である。

 

「こんなに上手くいくなんて拍子抜けだよ。……というかアシュトン、戦闘しないって言ってたくせに結局、戦ってたじゃないか。しかも真っ先に」

 

「うるせぇ」

 

 早々と無創剣を背の鞘に収めたゾルクが、意地の悪い笑顔でアシュトンを弄る。それほどの余裕がある程度に、他愛の無い戦闘であったのだ。後は、ジオギドラ体内の魔力集合体を取り出し、入手するのみ。――そう思っていた、矢先。

 

「……あー!!」

 

 不意に、ミッシェルが甲高い大声をあげた。

 

「死んだフリだったの!? しかもバラバラになったわ!」

 

 彼女が指差す先には……なんと巨体を起こし、うねる身を八つに分けたジオギドラの姿が。首と尾が一対で備わっていることには、大いに意味があったのだ。

 身を分けても巨体に相違は無いため、ある意味、合体時よりも厄介である。しかし、流石に体力は不完全な様子。死んだふりと言うよりも、死に物狂いで足掻いていると言ったほうが正確だろう。

 

「今なら間に合う!」

 

 誰よりも早く、とどめを刺そうとマリナが跳んだ。降りた先は、四匹と四匹の間。

 

「インパクトステージ!!」

 

 叫ぶ彼女は両腕を交差して左右に発砲し、振動の壁を生成。すぐさま両腕を伸ばすと、二度目の発砲で壁を撃ち出した。この術技は、魔力弾の代わりに振動の壁を発射して、左右もしくは前後の敵を同時に攻撃する奥義なのである。

 振動の壁は大きく、そして遠くまで届き、位置取りさえ間違わなければ多くの敵を巻き込めるため、分離したジオギドラに対しても存分に効果を発揮する……のだが。

 

「ちぃっ、往生際の悪いヘビめ……!」

 

 マリナから舌打ちが聞こえた。六匹は確かに討ち取ったのだが、奥義から遠かった端の二匹が、紙一重のところで避けてしまったのだ。手負いとなったおかげで本能が余計に剥き出しとなり、俊敏さを増しているのである。

 状況は、更に悪化する。

 

「みつねちゃんの方へ向かってる!? ちっくしょう、待てー!!」

 

 リフは焦り、全速力でジオギドラを追いかける。

 

「残った頭で、せめて生贄を喰らってやろうとしてるのかい!? 意地汚いヤツだね!!」

 

 しかし速さは段違い。追い付ける見込みは無かった。

 次いで、ゾルクも歯を食いしばって走ったが、やはり同じことであった。

 

「やらせはせぬ……!」

 

 足に自信がある拙者は、リフとゾルクを瞬く間に抜き去ってジオギドラを追うが……それでも間に合いそうにない。

 マリナ、ソシア、ジーレイ、アシュトンが遠隔攻撃で足止めを狙うも、野生の勘を発揮しているのか、巨体にも拘らず二匹とも易々と回避してしまう。このままでは一大事だ。

 

「ああ、なんと恐ろしい……! 足が(すく)んで動けません……」

 

 手負いのジオギドラが迫り来るのを捉えた姫は、その場にぺたんと座り込み、怯えてしまわれた。その姿を見た二匹は、歓喜するかの如く飛び跳ねた後、素早く地を這い、円を描くようにして姫を取り囲んだ。まるで、勝利を確信したと言わんばかりの様である。

 

「姫!! お逃げください、姫!!」

 

 不甲斐なき拙者は、あと少しのところで姫の元に辿り着けず、声を張り上げるほかなかった。

 

 ――脳裏に浮かぶのは、ミカヅチ城で姫がスサノオに切り裂かれた時のこと。

 

 あの時、拙者は何も出来ず、姫が傷付く姿を目に焼き付けることとなってしまった。

 

 そして今もジオギドラに手を焼き、姫に手が届かず、過ちを繰り返そうとしている。

 

 このような体たらくで、何が武士団長か。何がけじめの旅か。拙者に成長は無いというのか。

 

 姫を……みつねを護れぬ己自身が、ひたすら情けない――

 

 

 

「愚かしや、ジオギドラ」

 

 拙者の内に生まれていた、己を恨む一瞬が、決然とした声によって消し飛ばされる。声の主は……いつの間にか立ち上がり薙刀を構えられた、姫であった。

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず」

 

 姫は奮起するかの如く呟かれると、未だに円を描くジオギドラへ狙いを定める。拙者は言葉を紡ごうとしたが、そのための隙間は、姫から発せられる気迫により抹消された。

 

環耀刃(かんようじん)!」

 

 そして披露なさるは、足下から振り上げた薙刀の軌跡で光の環を描き、敵を高くに打ち上げる技。しかし、分離しても巨大で重量のあるジオギドラは打ち上がることなく、そのまま光の環で胴体を前後に切断。激しい痙攣(けいれん)の後、尾も頭も動かなくなり、光の粒と化して霧散していった。

 

「続いて、封縛(ふうばく)――」

 

 息つく暇なし。姫は紫電色で羽を生やした妖精を、薙刀の切っ先から召喚。妖精はジオギドラの速さに追随し、奴の長い体に紫電色の帯を巻きつけて捕縛。あとは、地を這えなくなったジオギドラを……。

 

妖魔刃(ようまじん)にございます!」

 

 一刀のもとに斬り伏せるのみ。

 紫電色の帯と共に、最後のジオギドラは消滅するのだった。……宝石のように輝く白銀の魔力集合体を、しっかりと遺して。

 

「秘めし覚悟……それは身を捧ぐほど。しかし本当に捧げてはなりません。成し遂げなければならない目的のためには、(ずる)く、賢く、(したた)かであるべきです。たとえ相手が人間であろうとも、魔物であろうとも。……さらばです、ジオギドラ」

 

 手向けの言葉が添えられたところで、ジオギドラとの戦闘は終息した。

 ……それは良いのだが、拙者を含め、全員が口を開けて唖然としている。それもそのはず。つい先日まで薙刀など振るっておられなかったあの姫が、異様なまでの強さを発揮なさっていたのだから。直接に姫と関わったことのあるゾルクとマリナは特に、受け入れ難く感じていることだろう。

 拙者の混乱は治まらぬが、思い当たる節はある。姫には、かつてスメラギの里で最強の称号をほしいままにされていたという母君、煌流さつか様の血が流れており、何らかの要因で武の才能が覚醒してしまわれたのだろう。お転婆化の原因は、これかもしれない……。

 拙者は眉を吊り上げ、姫の眼前まで歩んだ。肩肘も異常なまでに力んでしまっているが、もう抑えることなどできない。

 

「姫……!!」

 

「は、はい」

 

「初めからこうなさるおつもりでしたね……!?」

 

 頭から湯気を立てる拙者に、姫は気圧されている。

 

「何故、そのように激怒されているのですか……? 生贄役は当然として、緊急時のジオギドラ討伐への参加も、わたくしなりの献身でしたのに……」

 

「演技などなさらず、お逃げくださればよろしかったのです! 一歩間違えば、取り返しのつかぬ事態へと発展していたのですよ……! 拙者が里へ戻った暁には、みっちりとお話させていただく所存! どうかご覚悟を……!!」

 

「そ、そんな……」

 

 やはり姫は、ご自身の立場を完全に理解しておられなかった様子。肝心の魔力集合体は手に入ったのだから、即刻、スメラギの里へお送りせねばならない。

 

「アシュトンよ! 機体の修理を始めてほしい! リフのギルムルグから先に頼み申す……!!」

 

「え? ああ、わかってる」

 

「任せたぞ。早急にだ……!!」

 

「お、おう……。でも、とりあえず坑道を出てからな? だから落ち着けって。な?」

 

 アシュトンはたじろぎながらも、鬼気迫る拙者をなだめ、外まで誘導するのであった。

 

 

 

 トローク坑道前の草原にて。

 ギルムルグとザルヴァルグの修理が完了し、姫はリフと共にスメラギの里へと発った。別れの際の際まで、姫はどこか不服そうな表情をされていたが、拙者がその気持ちに答えることはなかった。

 ソシアとゾルクは、どんどん小さくなっていくギルムルグに手を振り続けている。

 

「ついに帰っちゃいましたね」

 

「やけに慌ただしかったけど、いなくなると少し寂しいかもなぁ」

 

 ……いいや、それでよいのである。居残られたところで姫の御身には危険が付き纏うのみであり、加えて、拙者の精神疲労が最大に達してしまいそうだったから。おかげで現在は、少し心が休まった。

 

「アシュトンよ、先ほどは取り乱して済まなかった。拙者、よほど気を張り詰めていたらしい……」

 

「まあ、気にすんなって。お前の立場を考えたら、同情の余地なんていくらでもあるしよ……」

 

「心遣い、痛み入る……」

 

 一段落ついたところで、今度はミッシェルが提案する。

 

「ザルヴァルグも直ったことだし、次はエグゾアテクノロジーベースを目指してほしいわ。みんな、いいかしら?」

 

「そういえば、そこに行けばメリエル救出のきっかけが見つかる、と師範が仰っていたな。私は構わない」

 

 マリナが賛同し、アシュトンも話に続く。

 

「テクノロジーベースには、いつでも安全に乗り込めるぜ。出発する前に、リフからイイもの貰っといたからな」

 

「イイものって?」

 

「その時が来たら教えてやるよ」

 

 ゾルクは尋ねるが、はぐらかされてしまった。拙者も気になるが、時を待つとしよう。

 ジーレイは、もう一つの可能性を示唆している。

 

「あえてクリスミッドの首都リグコードラに乗り込むという道もありますが、そちらはいかがでしょうか。上空から攻め入れば、攻略も幾分か容易となるかもしれません」

 

 これに対し、ウィナンシワージュ殿下が返答なさった。

 

「エルデモア大鉄橋は落ちたけど、クリスミッド城の迎撃設備はまだ生きてると思うから、うかつに飛んでいけないよ。陸海空、あらゆる方向からの侵入を防ぐように造られてるんだ」

 

「なるほど。流石は軍事国、隙が無い。対策を講じる必要がありますね。となると……」

 

 そう述べ、ジーレイはミッシェルに視線を合わせた。彼なりの、同意の合図である。

 

「テクノロジーベースで決定ね♪ 大変だと思うけど、みんなよろしく~!」

 

 ――ミッシェルは以前、エグゾア六幹部として洗脳された双子の姉、メリエル・フレソウムを救出するためゾルク達の旅に参入したと、拙者に教えてくれた。

 今、彼女は普段と変わらず明るく振舞っているように見えるが、提案する直前から、真紅の目に覚悟を灯らせている。これまで以上に多大であろう危険へ身を投じることも厭わない、確かな覚悟である。

 テクノロジーベースに乗り込むことは、ミッシェルにとっての正念場となるだろう。仲間である拙者達が支えとなってやらねば。

 

「でも、まずはリゾルベルリで一休みさせてくれ。突貫で修理したから流石に疲れちまった……。そんで、テクノロジーベースまでに寄りたい場所があるなら今の内に教えろよ。準備とか必要だしな」

 

 仲間と言えば、拙者達の翼である彼も労いたい。

 

 

 

 スメラギの里を目指す漆黒の怪翼機、ギルムルグ。これの自動運転を操縦席について見守りながら、リフがおもむろに呟く。

 

「まさきもさー、何もあんなに怒ることないよね。結局、最後までムスッとしてたし。あれが自国のお姫様を見送る態度かねぇ?」

 

 気に食わなさそうな様子で、後ろの座席におられる姫を見やった。すると姫は。

 

「スメラギ武士団の(おさ)として、許婚として、わたくしの身を案じているからこその振る舞いなのです。不敬にはあたりません。……そもそも、全てにおいて気持ちを抑えられず身勝手に行動していた、わたくしに非があるのです。まさき様は悪くありません。あの真剣さこそが平常であり、あの方の良さなので、むしろわたくしは安心しております。あれでこそ、まさき様なのです」

 

「うーん……みつねちゃんが納得してるんなら、いいんだけどさ」

 

 姫の本心を知っても、まだどこか異論があるようだ。そしてすぐに何かを閃く。

 

「そうだ! スメラギの里に戻ったら、武術のトレーニングを手伝ってあげるよ! 今のままでもなんか妙に強いけど、まさきに心配させないくらい強くなって、見返してやろうじゃないか!」

 

「ええ……? わたくし、そのようなつもりは……」

 

「いいからいいから、遠慮しないで! アタイ、これでもボルスト師範の元弟子だからね。少しくらいは戦闘について教えられるよ」

 

「でも……」

 

 リフの思いつきに、姫は乗り気でないご様子。……しかし、リフが次に何気なく放った言葉が、運命を変えるのであった。

 

「みつねちゃんは筋が良さそうだから、自分なりの秘奥義だってすぐに習得できるかもよ? ……アタイもこれから習得したいし」

 

「……秘奥義……!!」

 

 姫の血相が、大きく変わってしまわれた。重大な事実に気付いた、もしくは内なる何かが目覚めた……それを物語るかのような表情の変化である。

 

「ん? どうかしたのかい?」

 

「なんだかよくわかりませんが……『秘奥義』という言葉を耳にした途端、興味が湧いたというか、『 血 が 騒 い だ 』というか……兎にも角にも。わたくし、リフと共に修行したくなって参りました……!」

 

「アタイもなんだかよくわかんないけど、それってきっとイイことだよ! よーし、これから一緒に頑張ろうね!」

 

「はい。よろしくお願い致します!」

 

 姫は自覚がなくとも本能で理解し、張り切っておられるご様子。リフも状況が飲み込めていなかったが、とりあえず喜んでいた。

 

「ところでさ。アタイはホントに、てんじ王に処刑されずに済むんだろうかねぇ……」

 

「ご心配なく。わたくしの説得と、まさき様の記した書状があれば問題ありません」

 

「書状かぁ。いつの間に書いてくれたんだろ。武士団長様は仕事が早いねぇ」

 

 姫から説明を今一度受け、リフは顔を緩ませた。非常に安心しきっている。

 ――だが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「…………あらあら」

 

 リフとの会話により、姫は何かを思い出された。微笑を浮かべてはいるが、本当の意味では笑っておられない。

 ……凍った時の中で、リフは全てを察した。

 

「訊きたくない。もう先の展開がわかっちゃったから訊きたくない」

 

 しかし、ご自身の内に浮かんだ言葉を容赦なく伝達なさるのが、姫の性格である。

 

「書状作成の依頼、すっかり忘れておりました」

 

 ギルムルグ機内に存在しないどころか、この世にすら存在しないのである。……拙者も「てんじ様に掛け合う」と提案したはずだが、失念していた。済まぬ、リフよ……。

 

「もおおおお!! どうして最重要のモノを忘れちゃうのさぁぁぁぁぁ!?」

 

「ご心配なく! わたくしの説得のみでリフをお守り致します」

 

「ホントに大丈夫なのかい!?」

 

 涙目のリフを前にして、姫は微笑のままで固まってしまう。数秒後、ようやく発言なさった。

 

「……おそらく」

 

「そこは自信持って言い切ってほしかったよ、みづねぢゃぁん……」

 

 リフの前途は、多難に満ち溢れているのであった。


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