Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第54話「不穏なる国境」 語り:ゾルク

「おいおい、疲れ切ってるじゃねぇか。よっぽど大変だったらしいな」

 

 俺達を大翼機(たいよくき)ザルヴァルグに収容したアシュトンの第一声が、これだった。それぞれ、やっとの思いで機内の座席へ腰を落ち着けた。

 

「しかし、その甲斐はあった。ナスターを懲らしめることができたし、何よりメリエルを救い出せたんだ。今回の侵入作戦は大成功と言っていいだろう」

 

 操縦席へ向けて報告したマリナの声にも、隠し切れない疲労が乗っかっている。

 もちろん俺も似たような調子なのだが、それを押してでも奴に言いたいことがあった。

 

「俺がボロボロになった原因はアシュトンにもあるんだぞ? 謝ってくれよなっ!」

 

「なんで俺のせいになるんだよ……。八つ当たりか? こっちだって、テクノロジーベースからの砲撃を避けながら飛び続けなきゃならなかったんだぜ。苦労はお互い様ってこった。そういうのはやめろ」

 

 いまいちピンと来ていない様子だ。こうなったら、はっきり言ってやるしかない。

 

「アシュトンの悪口が本当になったんだよ。『下手に飛び回ってドジ踏むな』ってやつ!」

 

 眉間にシワを寄せて睨んだのだが、奴ときたら。

 

「はんっ。そりゃあ、やっぱりお前が悪いだろうが。下手に飛び回ったのはお前なんだからよ」

 

「なにを~っ!?」

 

 鼻で笑い、全く悪びれなかった。俺は座席から飛び出し、ボサボサの金髪を全て逆立たせる勢いで操縦席のアシュトンに迫る。

 

「はいはい、そこまで」

 

 が、見兼ねたであろうミッシェルに制されてしまった。

 

「あなた、大怪我してたんだから大人しくしてなきゃダメよ? 術で傷を癒せても、削がれた体力とか精神的疲労はすぐに戻らないんだから」

 

「それはミッシェルだって同じだろ?」

 

「あたしは騒いでないし~」

 

「うぐっ……」

 

 ――正論である。俺は怒りのやり場を無くしてしまい、すごすごと座席に戻るのであった。

 一方でマリナはこのいざこざを完全に聞き流し、次にどう動くか皆で相談していた。

 

「現状のままクリスミッド軍と鉢合わせるのは流石に危険だ。リゾルベルリに降りて小休止したい。それくらいの時間は、まだ残されているはずだ。ジーレイ、どう思う?」

 

「軍隊をどう相手取るか対策も考えたいですし、その案に賛成いたします。ワージュ、よろしいでしょうか」

 

「うん。リゾルベルリに行こう。ぼくも焦る気持ちはあるけれど、だからこそ落ち着いて行動しなきゃいけないと思う」

 

 彼の返事に迷いはなかった。まさきはそれを聞くや否や、四角い黒の通信機を手に取って述べた。

 

「ならば隠密部隊に通信連絡し、首都リグコードラよりの撤退も兼ねてリゾルベルリでの合流の指示を出そう。新たな報せがあるやもしれぬ……」

 

「というわけです、アシュトンさん」

 

「へいへい。クリスミッド軍に見つからねぇように、念のためリゾルベルリよりも北へ迂回してから南下するぜ」

 

 話はまとまった。ソシアに促されると、アシュトンは操縦桿を傾けるのだった。

 行動が決まったところで、ジーレイはメリエルの名を呼ぶ。伝えたいことがあるらしい。

 

「メリエル。これから僕達は軍隊を丸ごと相手にしなければなりません。場合によっては、あなたにも加勢していただきます。どのような作戦を立てるにしろ、人手が多いに越したことはありませんからね」

 

「え、ええ……」

 

 同意してくれたようだが、歯切れが悪い。そして心なしかミッシェルの陰に隠れようとしている……? 何やら妙である。

 

「いかがなさいましたか? 警戒などしておりませんよ」

 

「そういうことではないの。ええっと……」

 

 メリエルはそこで言葉を終え、顔を伏せてしまった。まだジーレイは失礼な発言をしていないはずだが……彼女に何が起こったのだろう?

 不思議に感じていると、ハッと思い出したようにミッシェルが説明を始める。

 

「あー……実はね、メリエルは小さい頃から人見知りなの。慣れない人を目の前にしたら、あがっちゃうみたい」

 

「……ごめんなさい」

 

 メリエルは視線を誰にも合わせないまま、小さく頭を下げた。怯えるようにも見える彼女を、ミッシェルは優しくフォローしようとする。

 

「ねぇメリエル、あんまり気にしすぎちゃダメよ? それに他のみんなならともかく、ジーレイが相手だったら誰だって人見知りするわ。雰囲気からして取っ付きにくいし、言うこともあんまり優しくないし。でも、さっきはあなたを助けるためにメラメラ燃えてくれてたから、根は良いのよ。根はね」

 

「僕を冷やかすと火傷しますよ」

 

 顔こそにこやかだが、決して穏やかではないジーレイの声。これを耳にした途端、彼女はメリエルの腕をぐいっと引っ張った。

 

「おお、こわっ。退散退散! メリエル、あっちで話しましょ。あたし服やぶれちゃってるから着替えたいし」

 

 そして返事を待たないまま、機内に備わった更衣室へ連れ込むのであった。

 二人だけの、水入らずの空間。ミッシェルはこの状況を故意に作ろうとしていたのか、いないのか。それはわからないが、とにかく先ほどよりもメリエルにとって心を落ち着けやすくなったのには違いない。その証拠として、彼女は自然に口を開いた。

 

「……良い仲間ができたのね」

 

 ミッシェルは、ナスターに引き裂かれたノースリーブを着替えながら受け答える。

 

「ええ! すっごく頼もしくて優しい仲間達よ。メリエルを助けるために全力を尽くしてくれたくらいにはね♪」

 

「うん。とても伝わってきたわ。ミッシェルがムードメーカーになっていることもね」

 

「褒め言葉として受け取っとくわ」

 

 そして二人で笑い合い、奪われていた時間を取り戻すかのように会話を続けた。

 エグゾアがメリエルを誘拐した直後、そのまま家族や館の使用人を皆殺しにしてしまったこと。メリエルを救う旅に出るためミッシェル一人で筆術の修行をずっと続けていたこと。俺達と出会ってメリエルと再会した時のこと。そして遂にバレンテータルから旅立ったこと……。お互い、喜怒哀楽の激浪にまみれながらも、ミッシェルは懸命に伝えた。

 メリエルは、あまり自分のことを話さなかった。エグゾアに誘拐されてからのほとんどの記憶が、本来の自分としてのものではないから。彼女にあるのは、鮮筆のメリエルとしてエグゾアに貢献していたこと、任務の中で大勢の人を傷付け命も奪ってきたこと、自分の妹や俺達と戦ってしまったことなど、自己嫌悪に苛まれそうになる記憶ばかり。それをミッシェルは理解しているため、話せと強要はしなかった。

 会話が落ち着いてきたところで、ミッシェルは新たな話を切り出す。

 

「実はね、初めて再会した時からずっと思ってたことがあるの」

 

「なに?」

 

「そのドレス、一目見た時は素敵かもって思ったんだけど、洗脳されたあなたがエグゾア六幹部として生きるために仕立てたんだって考えたら、やっぱり忌々しく感じるの」

 

「……私もよ。このバトルドレスには、二度と袖を通さないわ。でも代わりの衣装なんて用意していないし事態も緊迫しているから、しばらくは嫌でも着続けなければいけない……」

 

 二人して真紅のドレスを眺め、エグゾアへの憎しみを込める。するとメリエルはミッシェルを見つめ、こう言った。

 

「せめて左肩のエグゾアエンブレムは、あなたに塗り潰してほしいの。お願いできる?」

 

「もちろん!」

 

 ミッシェルにためらう理由など無かった。快諾すると大筆を取り出し、ドレスの左肩をさっと撫でる。それはただの上塗りではなく、想いの込められた筆術。エンブレムは綺麗に塗り潰され、跡形もなくなった。もう二度と浮き上がることはないだろう。

 

「それにしても見れば見るほど、メリエルらしくないセクシーなドレスよねぇ。まさに『悪の女幹部』って感じだもん。胸とか脚とかの露出が」

 

 このふとした発言でメリエルは、むっとした顔でミッシェルを睨む。

 

「こらっ。からかわないで」

 

「ひーん厳しい~! ……でもこういうの、なんだか懐かしい~」

 

「それは……そうかもしれないけれど」

 

 子供の頃と同じような他愛ないやりとりをしていることに気付くと、メリエルは少しだけ怒りを引っ込めた。が、ミッシェルからは煽るような発言が続く。

 

「あっ、そうだ! あたしの服を着れば、すぐにそのドレス脱げるわよ」

 

「着ないから。私の趣味じゃない。あなたの服こそ露出するものが多いでしょう」

 

「え~? たまにはいいじゃないの~」

 

「……私で遊ぼうとしているわね……?」

 

 瞬間、メリエルの紅い眼がギラリと光を放つ。

 

「い、いえいえいえいえ、そんなまさかですわ~メリエル姉さまぁ~」

 

「わかりやす過ぎるわよ、ミッシェルッ!!」

 

「ひーんっ! でも楽しい~……!」

 

 メリエルの緊張を完全に解したかったのか、久しぶりに昔のように遊びたかっただけなのか……。やはりミッシェルの意図は定かではないが何にせよ、二人が家族として姉妹として、元通りになれたことは確かである。

 ところで彼女達の騒がしさは、声は聞こえないにしろ更衣室の外まで伝わっており、俺の気を滅入らせていた。

 

「なんだよ、結局ミッシェルだってドタバタやってるじゃないか……。俺、リゾルベルリに着くまで個室で少しでも寝とくよ」

 

「わかりました。ゆっくり休んでください」

 

 ソシアに見送られた俺は、窮屈な個室に入り扉を閉じる。席へ座ると背もたれを倒し、気絶するかのようにすぐ眠りについた。

 しばらくして、アシュトンが溜め息をつきながら次のように零す。

 

「……デカいガキもそうだが、救世主が特につらそうだな。強がってるけど隠し切れてねえ、って感じがするぜ」

 

「二人とも、大怪我を負いながら戦っていましたもんね。本当はもっと休ませてあげたいところなんですが……」

 

 俺と喧嘩していながら、なんだかんだで案じてくれているらしい。やはりこいつは素直じゃない。容態については、ソシアも心配の意を表に出していた。

 ――と、ここで。窓から地上を眺めていたマリナが、何かを発見する。

 

「なんだ? あの軍勢は……。もしかしてケンヴィクス王国軍か?」

 

 その言葉を受け、皆が窓へ近付く。すると彼女の言うとおり、灰銀色の鎧を纏った大勢の兵士達が、南へと行軍しているではないか。大砲らしき兵器のようなものを輸送している風にも見える。彼らがこのまま進めば、国境城壁リゾルベルリへと辿り着く。そしてクリスミッド軍と接触すれば……否が応でも戦争が始まるのである。

 

「当然だが、王国軍もクリスミッドの動向を掴んでいたか。遅かれ早かれこうなることは予見していたが、やはり一刻の猶予も無いのやも知れぬ……」

 

「こんな事態なのに、何もできない自分が腹立たしいよ……」

 

 物々しい光景を目の当たりにして、まさきの表情は曇る。ワージュも悔しさで顔を歪めた。

 

「僕達でゾルクとミッシェルを支えたいと考えていますが、状況的にどうしても不安が募りますね。二人には、次も無理を強いてしまうかもしれません」

 

 ジーレイさえも心苦しさを露にし、切迫した現状を恨んでいた。

 クリスミッド軍さえ追い返すことができれば、ケンヴィクス王国軍も無闇に手出しはしないはずだが、そんなに上手く事が運ぶとは思っていない。そもそも、たった数人の俺達に打てる手など限られている。

 

 ――なんとかする可能性があるとすれば、それは俺の内に宿るエンシェントビットかもしれない。また命を削って、あの力に頼らなければならなくなるのだろうか。使わずに済むのが一番だが、俺に出来る最良の手段がエンシェントビットだというのならば……使う覚悟はしている。それが、本物の救世主として生きる覚悟でもあるのだ。しかし死ぬつもりなんてさらさら無い。たとえ命を削ったとしても必ず生き抜いてみせる。振り絞った勇気で恐怖を(はら)い、前を向いた思考で進み続けるのである――

 

 眠りについた後も、俺は夢の中でそんな考えを巡らせていた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第54話「不穏なる国境」

 

 

 

 まだ日が高い頃。国境城壁リゾルベルリに到着したが、その周辺は閑散としていた。

 前に訪れた際は、物流が盛んな証拠として市場や露店の活気が凄まじかったのだが、現在は見る影もない。代わりに、リゾルベルリ常駐のケンヴィクス王国軍兵士達が外に集合しており、本隊の到着を待っていた。

 城壁の入り口へ近付くと、一人の王国軍兵士がこちらへ駆け寄ってきた。灰銀の鎧兜に一本角が備わっているので、隊長格のようだ。

 

「白の巨鳥から降りてきた、蒼の軽鎧を纏う金髪蒼眼の剣士……! あなた方が、救世主御一行で間違いないようですね」

 

「そうですけど、あなたは?」

 

 俺が問うと、彼は姿勢を正して次のように語った。

 

「自分は、ケンヴィクス王国軍リゾルベルリ常駐部隊の隊長を勤めております。そして、国王陛下よりあなた方の事情は伺っております。王妃アリシエル様の救出に向かわれたと耳にしておりましたが、此度は我々の助けになるためいらっしゃったのですか!?」

 

 肩に力の入った声で少し戸惑ったが、きちんと彼に答える。

 

「王妃様のことは、エルデモア大鉄橋が落ちたから足止めされちゃって……。いま迫ってるクリスミッド軍をなんとかしてからもう一度、別の方法で救いに行くつもりです」

 

「状況はわかりました。それで、クリスミッド軍に対する秘策がおありなのでしょうか!?」

 

「作戦を練るのはこれからなんです。実は俺達、さっきまでエグゾアの幹部と戦ってたから休憩もロクに取れてなくて……。力になれなかったら、ごめんなさい」

 

「そうでしたか……。無礼な発言をお許しください。自分は引き続き外で本隊の到着を待ちますので、何か良い策が出来上がりましたら報告をよろしくお願い致します」

 

 言い残し、彼は待機中の兵士達の元へ帰っていく。彼の重い足取りを見て、マリナが呟いた。

 

「かなり焦っているように見えたな」

 

「そりゃあそうだよ。誰だって、戦争なんか起きてほしくないし。マリナだってそうだろ?」

 

「もちろんだ。私達で止められればいいんだが……。早く休んで、対応策を考えるとしよう」

 

 彼女の言葉に皆、頷いた。

 城壁内部に入ると、もう中立を保てていないことを現実として突きつけられた。有り合わせの木材で張られたバリケードが、国境を線引くように可視化していたのだ。これならクリスミッド軍の兵士と接触することはないだろうけれども、万が一、見つかればトラブルは避けられない。念のため、前に使用したミッシェルによる筆術製の隠密マントを羽織るのであった。

 

 旅人もほとんどいなくなった休憩施設を利用し、ある程度は体を休めることが出来た。万全ではないにしろ、十分に戦うことはできる。

 後は、肝心の作戦を立てるだけ。全員で知恵を絞りあった。しかし、そう簡単に良い案が出るはずもなく……。貴重な時間が、無情に削られていくだけだった。

 

「武士団長、ただいま帰還いたしました」

 

 作戦会議の途中、濃紺色の忍び装束で顔ごと全身を包む者――スメラギ武士団隠密部隊所属の、忍者がやってきた。まさきの傍に(ひざまず)いて出現したのだが、音も無いまま文字通りいきなり現れたため、俺は身体をビクッと震わせてしまう。心臓に悪いので、もう少し普通に登場してほしかった……。

 

「御苦労であった。新たな報せはあるか……?」

 

「はい。クリスミッド軍の進軍状況についてですが、エルデモア大鉄橋が落ちているため、首都リグコードラから船で北へ進みリゾリュート大陸南部に上陸する模様。しかし、もう今頃は上陸を終え、カダシオ砂漠手前の南部草原地帯を北上中と予想されます」

 

「目と鼻の先にいると言っても過言ではないな。他には……?」

 

「クリスミッド軍の所有する武器や兵器に、ビットが装備されております。セリアル大陸の工業都市ゴウゼルにてエグゾアが製造した、最新鋭のものを提供されたとのこと。……情報は以上にござります」

 

「ゴウゼル製の兵器か……。耳が痛ぇな」

 

 そう呟いて明後日の方向を向いたのは、アシュトンだった。過去にゴウゼルの秘密施設で試作兵器製造を担当していたから、胸が痛むのだろう。

 

 ――ところが、この事実こそが光明を生むのである。

 

 ふと疑問を抱き、忍者に尋ねた。

 

「ビットは、クリスミッド軍の全ての武器にくっ付いてるの?」

 

「相違ない。コルトナ将軍が直々に武器の管理を行っていたらしくてな。あの武力バカめ……出陣前、兵士に嬉々として語って士気を高めようとしていた。『全ての武装をエグゾア製のもので固めた。ビットによる圧倒的なパワーでケンヴィクス王国を蹂躙する』とな」

 

 忍者は、将軍の言動に呆れていたようだ。しかし俺はその話を真剣に受け取り、とある方法を思いつく。

 

「……みんな、ちょっといいかな」

 

「駄目だ」

 

 間髪を容れずマリナが阻止してきた。その声は、怒りに似た感情を含むかのように低いものとなっている。

 

「まだ何も言ってないじゃないか!」

 

「言わなくてもわかる。エンシェントビットの力を使う気だろう」

 

「……うっ」

 

 考えは光の速さでバレていた。

 

「お前と私がスメラギの里に飛ばされた時、エンシェントビットは……いや、リリネイアさん達は、改造されたスサノオ兵の体内のビットに影響を与えて行動不能に追い込み、助けてくれた。今度はお前自身が、クリスミッド軍の武装に対してそれをやろうとしている。……違うか?」

 

「違いません。合ってます……」

 

 マリナと視線を合わせられないまま、しおれて返事をした。彼女の説教は続く。

 

「エンシェントビットそのものであるリリネイアさん達でさえ影響を及ぼすために無理をしていたというのに、お前が何千何万ものビットに干渉しようとすれば…………肉体と精神にかかる負担は想像を絶する。本当に命を落とすかもしれない。クリスミッド軍を無力化できたとしても、死んでしまっては元も子もないんだぞ」

 

「わかってるさ。でも俺は絶対に戦争なんて起きてほしくないし、誰にも傷ついてほしくない。それを叶えられるとしたら、エンシェントビットしかないんだ。案だって他に何も浮かばなかっただろ?」

 

 今度は真っ直ぐにマリナの翠の眼を見て、俺の純粋な気持ちを答えた。すると彼女は、それまでの勢いを潜めてしまう。

 

「……その通りだ。しかし私は……」

 

 言葉を区切り、俺を除く皆を見渡した。皆の想いは、マリナと同じだったようだ。

 

「私達は、お前に無茶をさせたくないんだ。国や世界を救うことより、自分の命を優先してくれ」

 

 皆は、懸念の二文字を顔に深く刻んで俺を見つめる。申し訳なさと共に、良き仲間に囲まれたものだ、と嬉しささえ感じた。そして皆に、改めて真摯な態度を示す。

 

「……心配してくれてありがとう。でも、そこらへんのことは本当に理解してるし、ちゃんと考えた上での決断だから安心して。死にたくてエンシェントビットを使おうとしてるわけじゃないし、無闇に使おうとしてるわけでもない。つまり何が言いたいかというと……とにかく俺とエンシェントビットを信じてほしいんだ。みんな、お願い」

 

 精一杯に伝えた後、ソシアがゆっくりと口を開いた。

 

「ゾルクさんって、たまに強情になりますよね。ゴウゼルでアシュトンさんを助けた時も、そんな風でした」

 

「ソシア、だめかな?」

 

「……いいえ。命を削るとわかっていながら背中を押すのは、やっぱり心が晴れませんけれど……。ゾルクさんが真剣に考慮した結果なんですから、私はあなたを信じます。救世主の仲間として」

 

 すると彼女に続き、まさきが。

 

「拙者も信じよう。これは気休めにしかならぬが、お主なら無事に成就させられるような気がするのだ……」

 

「あら。まさきも、たまには曖昧なこと言うのね」

 

「異様か……?」

 

「ぜーんぜん。そのくらいの気持ちで応援してあげたほうが、ゾルクのストレスにならないと思うわ。んでもって、あたしも応援するからね♪ 気合入れて頑張るのよ、ゾルク!」

 

 ミッシェルも、俺の考えを好意的に受け取ってくれたようだ。

 

「うん。みんな、ありがとう!」

 

 するとマリナも、とうとう折れる。

 

「前々から釘を刺していたつもりだったが、浅かったようだな……仕方ない。お前がそこまでやる気なら、もう止めはしないさ。私も、お前の無事を信じてやる。死んだら許さないからな?」

 

「こ、怖いよマリナ……。みんなの想いを裏切らないように頑張るよ」

 

 納得した……という空気は醸し出していないが一応、信用だけはしてくれているらしい。

 次いで、アシュトンやメリエル、ワージュも俺の意思を尊重してくれた。しかしジーレイだけは終始、否定も肯定もせずその光景を眺めるのみだった……。

 

 エンシェントビットの使用を主軸に、作戦は着々と練られていった。その過程でメリエルにも協力を仰ぎ、重要なポジションに就いてもらうこととなった。「自信は無い」と言っていたが、そこはミッシェルがサポートするという。優れた筆術師の姉妹が組むのだから、きっと上手くやってくれるはずだ。他の役割もどんどん決まっていき、作戦会議はすんなりと終了するのであった。

 約束通り、作戦内容はリゾルベルリの部隊長へ教えた。これで、じきに到着するであろう本隊にも伝わるはずである。俺達のために交戦をギリギリまで待ってくれることになったが、作戦が失敗したその瞬間、ケンヴィクス王国軍はクリスミッド軍と戦争を開始する……。こればかりは、何をどうしようとも曲げられない。

 イメージトレーニングのみのぶっつけ本番で、クリスミッド軍の無力化という大仕事をこなさなくてはならない。皆にのしかかる責任と重圧は相当なものなのだが、それぞれ「今さら思い詰めていられるか」という旨の言葉を発し、良い意味で開き直っていた。全員で緊張感を吹っ飛ばして奮起するところが、俺達っぽくて安心する。これを『団結力』と呼ぶのだろう。ひしひしと実感し、胸の内側が温かくなった。

 

 時限が刻々と近付く中。アシュトンが作戦に向けてザルヴァルグを整備するというので、その間だけ余裕が生まれた。作戦前に少し会話したい人物がいた俺にとって、この短い休憩は好都合である。

 目的の人物は、国境城壁の屋上で人知れず立っていた。クリスミッド軍が目視できるようになるのを待つかの如く遥か遠く南を見つめ、短い銀髪を風に揺らしている。一人の時間を邪魔するのは申し訳ないと思うが、それでも俺は声をかけた。

 

「ジーレイ、ここに居たんだ」

 

「……いかがなさいましたか。わざわざこのようなところまで」

 

「ちょっとあんたに用事があってね。探してたのさ」

 

 そう返して彼の隣に立ち、同じく南の先を眺めながら話を始める。

 

「いつか、船の上でジーレイに相談したことがあっただろ? あの時、あんたは俺に『自分自身を確立できてて真の強さを知っている者こそ、救世主に相応しい』って言ってくれた。あんたが適当に笑って誤魔化してた時の台詞だけど、覚えてるか?」

 

「ええ」

 

「あれは、救世主なんて存在が嘘っぱちだって知ってたから出てきた言葉だったんだよな?」

 

「……ええ。すみません」

 

 ばつが悪いことを聞かれたのだろう、目を伏せてしまった。けれど俺は、責めるつもりで尋ねたわけではない。

 

「いや、いいんだ。おかげで、本当は救世主じゃない俺が今後どうするべきなのか、考えることができたから。あの言葉に、今は救われてるよ。ありがとう」

 

「……そうだったのですか」

 

 俺から感謝を受け取って、大声こそ上げないが珍しいくらいに目を丸くする。

 

「ちょっと驚き過ぎじゃないか? って、このことを話すのは初めてだから、驚いてもおかしくないか。……あと、照れ臭すぎて他の誰にも話すつもりはないから、絶対に言うなよ? 絶対だからな!? 特にアシュトンには!!」

 

「約束いたしましょう」

 

 口元をごく僅かに緩ませ、口外しないと誓ってくれた。……言わないとは思うけど、バラしたらただじゃおかないぞ、本当に。

 

「それとさ、今まで深く考える余裕がなかったから気付かなかったんだけど……。エグゾアとは別に、セリアル大陸の荒くれ者がビットの力でリゾリュート大陸を侵略してくる可能性って、あるのかな?」

 

 打って変わって、真面目な質問を繰り出した。ジーレイからは速やかに回答が返ってくる。

 

「いつ現実となってもおかしくないほど、可能性は高いでしょう。むしろ、現在まで保っていることのほうが異常。もしくは既に侵略が始まっており、表沙汰になっていないだけかもしれません。首都から遠い村などは発覚が遅れるため、格好の餌食となりますし」

 

「だったら、迷うことは無いな」

 

「……始まったようですね。あなたの悪い癖が」

 

 俺の決心を察したのか、憂いを含んでそう呟いた。

 

「クリスミッド軍の無力化に成功したら、リゾリュート大陸全域のビットにも干渉して無力化できる可能性だって高くなるだろ? それが出来たら、ビットを使ってこの大陸を侵略しようとする奴らを止められるかもしれないんだ。やってみる価値はあるよ」

 

「仮にこの作戦が成功して実績を得たとしても……クリスミッド軍の武装を超える規模のビットに干渉しようとすれば、あなたがどうなるか想像も…………いえ、おそらくは…………」

 

 その先は言わなかった。言葉に出したくないのだろう。眼鏡の奥が物語っている。代わりに、俺が口を開いた。

 

「エンシェントキャリバーを創り出した時、俺は本当の意味で救世主になるって決意したんだ。世界も人も、全力で救いたい。それに、干渉するのは心配いらないと思うよ」

 

「何故ですか」

 

「干渉だけなら、世界の(ことわり)を書き換えるほど大変なことじゃないし。……それに、俺とエンシェントビットの融合が、前よりもっと進んでる気がするんだ。上手く言えないけど、無事にエンシェントビットの力を操る自信が湧いてくるんだよ。もしかしたら、リリネイアさん達が上手く調整してくれてるのかも」

 

「あなたという方は……」

 

 ジーレイを包む憂いが、更に濃さを増した。言い方を間違えてしまったかもしれない。慌てて彼の方を向き、発言を補足する。

 

「あ! 違う、嫌味を言いたいわけじゃないんだ! ……気に障ったなら、ごめん」

 

「そうではありません。マリナと同じことを申し上げる形になりますが、僕はあなたに、あなた自身を顧みてほしいのです……」

 

「別に、自暴自棄にはなってないよ。埋め込まれてすぐの頃は、確かにエンシェントビットがすごく怖かった……でも今は違う。世界を救うために必要だと思えるようになったからね。……そういえば伝えそびれてたけど、リリネイアさんも『あなたとエンシェントビットの相性の良さは希望の光だ』って言ってくれたよ」

 

「希望の光、ですか……。エンシェントビットをそのような風に思ったことは、ただの一度もありませんでした。僕にとっては絶望の塊でしかなかったから……。それにエンシェントビットが希望の光を放つためには相性の良さだけでなく、ゾルクの純粋な心が共になければならないのだと思います」

 

「へへっ……。ジーレイからそう言ってもらえると、なんだか一段と照れ臭いや」

 

 自らの想いを吐露しつつ、いつになく俺を評価してくれている。どちらについても調子が狂いそうになるが、悪い気は全くしない。それだけ俺も信用されたという証だ。

 

「ですが、世界の理の書き換えであろうと事象への単なる一部干渉であろうと、エンシェントビットの力を使えば成否を問わずあなたの寿命は削られてしまうはず」

 

「うん。感覚だけの話だけど、たぶん本当に削られてると思う」

 

「僕の口からは、とてもではありませんが『使ってくれ』などとは申し上げられません」

 

 むしろ、叶うならば俺を止めたい。ジーレイの表情は、そんな切なさを帯びていた。

 ……気持ちを無下にするようで彼には悪いが、それでも俺は止まれない。既に作戦に組み込まれていることもあるし、「本物の救世主の使命として人を救いたい」と強く思っているから。

 

「反動で寿命が減るんだとしても、この力は使うべきところで使わなくちゃ意味が無いよ。それに俺は、素直に死ぬつもりなんてない。デメリットも覆すくらいの気持ちで世界を救って、絶対に生き抜くんだ! ジーレイには、これからも俺とエンシェントビットの生き様を見守っててほしい。よろしく頼むよ」

 

「ゾルク……」

 

「俺の用事は、これで終わり。言っておきたかったことを言えたから、なんだかすっきりしたよ。じゃあ、また後でな!」

 

 ジーレイはもう何も言わず、引き止めもしなかった。俺の意思を拒絶しているわけでもなかった。ただ無言のまま、城壁の屋上から去る俺の背を見つめていた。

 

「何が『あなた自身を顧みてほしい』だろうか……。僕が声に出しても、まるで説得力の無い言葉ではないか。自嘲すらしてしまう。僕の決意もまた、ゾルクと同類のものかもしれないというのに。……だが、自分を棚に上げてでもそう伝えたかったのは、彼に対して敬意を表している証拠でもある。いつの間にか、僕はゾルクを認めていたらしい。これを今まで自覚できなかったとは、恥ずべきだ……」

 

 たった一人、魂へ刻み込むように言い聞かせる。そして今、全てを(なげう)つ精神がこの男に宿ろうとしていた。

 

「やはり僕は、諦めてはいけない。目を背けずに成し遂げる義務がある」

 

 ――静かなる覚悟を、誰にも知らせることはない。これは彼だけのもの――


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