Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第55話「身命を賭してでも」 語り:ゾルク

 通信用アンテナが生えたヘルメットを装着した集団――コルトナ将軍が率いるクリスミッドの部隊は、未だ進軍中だ。現在地は、南部草原地帯の最北端。いよいよカダシオ砂漠へ突入しようとしている。

 

「お前達は砂漠や悪地で鍛えられた紛れもない精鋭だが、人間だ。暑さで消耗する者も出てくるだろう。決して無理はせず、しかし速やかに歩め。リゾルベルリに到着するまでの辛抱だ」

 

 夜空色の軍服を纏ったコルトナは、自ら先陣を切っている。彼の鼓舞する姿は、後に続く緑服の兵士達を勇気付けるに足りていた。誰も無言だが、足取りは出発時と変わっていない。コルトナへの絶対的な忠誠と信頼の表れだ。

 ……愚直に行動する彼らの元へ、ヘルメットの音声通信機能を介して思いもよらぬ報告が飛び込んでくる。

 

『こちら索敵班(さくてきはん)! 所属不明飛行物体が、高速で我が軍に接近中!』

 

 それは十秒も経たないうちに、両目に映るようになった。見上げ、飛来する脅威について確認した。

 

「白いギルムルグ……? 違う、情報にあったザルヴァルグだな!? だとすれば、あれに搭乗しているのは……!」

 

 コルトナの言葉の続きは、真っ直ぐに伸びる白の光線と、緑や土石を噴き上げる破壊音に掻き消された。

 

「うわあああああ!?」

 

「なんだこりゃあぁ……!!」

 

 土煙にまみれ、叫び惑う兵士達。ザルヴァルグの機首に備わったビームキャノンが、草の生い茂る大地を一直線に焼き払ったのである。けれどもこの攻撃は、クリスミッド軍の誰も傷つけることは無かった。コルトナはそれをすぐさま把握し、兵士達に呼びかける。

 

「うろたえるな! こちらに被害は無い! 対空迎撃を急げ! 奴らの狙いは甘いぞ!」

 

「で、ですが将軍! 今の一撃で進路を遮られてしまいました!」

 

「……!!」

 

 兵士の言葉と、後に広がる光景によってコルトナは気付かされる。

 土煙が晴れると、目前には運河のように深く幅員のある溝が残されていた。ビームキャノンは草原を焼き払っただけでなく、大きく(えぐ)り取ったのだ。

 

「まさか奴らの狙いは殲滅ではなく、足止めだというのか? 誇り高きクリスミッド軍を相手に? ……救世主一行め、我らを侮辱しているのか!!」

 

 憤怒の叫びが、遥か上空にいる俺達に直接届くことは無い。そしてこのビームキャノンによって、こちらの作戦の火蓋は切られた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第55話「身命を賭してでも」

 

 

 

 混乱するクリスミッド軍をザルヴァルグの操縦席から見下ろして、アシュトンが次へ託す。

 

「大雑把に撃ってみたが、まあこんなもんだろ。ボヤボヤしてたら対空砲火が飛んでくるだろうし、俺は操縦に専念する。お二人さん、出番だぜ」

 

 バトンを受け継いだのは、紅い双子の筆術師だった。ザルヴァルグ背部のハッチが開き、二人を乗せた昇降台がせり上がる。轟々と唸り乱れる気流の中、真っ赤な長髪を踊らせながらクリスミッド軍を眼下に捉えた。

 

「メリエル、張り切っていきましょ!」

 

「ええ。サポートしっかりね、ミッシェル」

 

 大軍が相手なのだ。作戦前は開き直れていたが、いざ直面すると嫌でも緊張してしまい二人とも心臓の鼓動が早まっていた。しかし顔を見合わせ、短く言葉を交わし、互いに信頼し合うことで不安を取り除く。この過程を踏んだ双子は激しい気流にも負けず果敢に大筆を操り、作戦の失敗など予感させなかった。

 

「素敵な時間を過ごしてね! ラピスラズリラッキー!」

 

 ザルヴァルグの純白なる背中が、最高のキャンバスと化す。

 ミッシェルが気流を物ともせずに描いたのは、瑠璃色の星印。これを付加された者は集中力を増し、術技の威力や効力、精度が増すのだ。星印はすぐにその身を起こし、飛び跳ねてメリエルへとくっついた。

 

「そんでもって~」

 

 彼女は続けてもう一つ筆術を繰り出すようだ。黄玉(おうぎょく)色の魔法陣を足元に描き、元気に叫ぶ。

 

「超攻めまくる余裕をあなたに♪ 遠慮なくいっちゃって! トパーズエクシード!」

 

 魔法陣はザルヴァルグの背を一杯に覆うように拡大していき、効力を発揮した。これは一定時間、範囲内の味方に活力を与え続けて術技連携上限を増大させる、上級筆術。活力の分、普段よりも増して術技を繰り出すことができ、猛攻が容易となるのだ。ミッシェルはこの筆術を解かず、継続する姿勢を見せた。

 術技連発の恩恵を得たメリエルが、ついに動く。

 

「これでも私の得意技なの。クリスミッド軍の皆さん、お相手よろしくね」

 

 優しい詠唱台詞とは裏腹に大筆は激しく振り回され、備わった赤のビットが美しく光り軌跡を残している。そうしてメリエルが描いたのは、七色に輝く「獣」の文字であった。

 

「レインボーアニマライズ!」

 

 術の名を言い放つと「獣」の文字は蠢き、立体的に形を成していく。出来上がったのは赤い絵具の体を持った、大鷲(おおわし)型のモンスターであった。それは、けたたましい奇声をあげた途端、翼を畳んで地上へ急降下していく。そして一人の兵士に狙いを定めると翼を大きく広げ、両足の鋭い爪を光らせた。

 

「絵具のモンスターを生み出す奇術か? そんなものが通用するとでも思ったか!」

 

 確かにモンスターと言えども、たった一体ではどうにもならない。兵士達は、先端に短剣を装着したクリスミッド式のライフルを一斉に構えた。モンスターは翼を広げたまま、標的へ辿り着く前に何度も銃撃を受け、ただのドロドロの絵具に戻っていく。

 

「……違う、これは小手調べに過ぎない。全軍、あの機体に照準を合わせろ!!」

 

 コルトナは冷静だった。そして彼が下した命令は正しい。何故なら次にまばたきした時、高く飛ぶザルヴァルグの背中から……。

 

「げえっ! 冗談だろ!?」

 

「これ夢じゃないのか……」

 

 目を凝らした兵士達は、口々に弱音を零した。無理もない。数え切れないほどのモンスターが、豪雨のように降り注いできたのだから。種類は多様であり、狼、獅子、魚人、猿人、トカゲ、カマキリ、コウモリ、花、枯れ草、岩石などがモチーフ。色も多彩なこれらのモンスターがクリスミッド軍を襲った。混乱のため、ザルヴァルグそのものへの対空迎撃準備も遅れてしまう。

 

「くっ! 数の把握など不可能だな……! ええい、邪魔をするな!!」

 

 絵具で出来ていても非力ではない。どう見積もっても、一般的に生息するモンスターと同等の能力を持っている。そしてビームキャノンによる地形破壊は進路妨害だけでなく、モンスターからの逃げ道を塞ぐのにも影響している。コルトナは特注のクリスミッド式二連装ライフルで果敢に立ち向かうが、歴戦の猛者である彼であっても物量で攻められては苦戦するしかなかった。

 

 一方、紅い双子の筆術師はザルヴァルグ機内へと戻っていた。……否、戻らざるを得なかったのである。

 

「メリエル、大丈夫なの!? いくらあなたでも、あたしのサポートを超えるペースで筆術を描き続けてたら、身体へ負担がかかるに決まってるじゃない! どうしてこんなこと……!」

 

 肩を貸しながらミッシェルが身を案じる。するとメリエルは、血色の悪い顔で困るように笑った。

 

「ウフフ……私、馬鹿な女だから……」

 

「……わざと、なのね」

 

 返事を聞き、ミッシェルの面持ちも複雑なものとなる。メリエルはよろめきながら座席に着くと、言い訳するように口を開いた。

 

「ここでモンスターを大量に召喚しておかないと、後に響くでしょう? だから私は……」

 

「いいえ。エグゾアに加担してたことへの罪悪感が強いのよ」

 

 毅然(きぜん)とした態度で声を放ち、メリエルの言葉をわざと遮った。

 

「やっぱり、お見通しなのね……」

 

「……罪滅ぼししたい、っていう気持ちもわかるわ。あなたは真面目で優しいもの。でも悪いのはエグゾアなのよ? 変に頑張られたら、あたしは悲しい。無茶はこれっきりにしてね」

 

 姉を案じる気持ちは変わらず、表情で語っている。妹の思いを受け取ると、メリエルはもう誤魔化さなかった。

 

「心配かけて、ごめんなさい……。でも無理した甲斐はあったはずよ。ソシアさん、地上はどうなっているかしら?」

 

「はい。想定通りに……いえ、想定を上回る成果です! クリスミッド軍を一定の範囲内に留めたうえで上手く攪乱(かくらん)できていますね。迂回しようとする兵士も見当たりません。メリエルさん、素晴らしい実力です!」

 

 地上を監視しているソシアは、彼女を褒め称えた。そして作戦は次の段階へ移行する。

 

「ジーレイさん、ゾルクさん。今が絶好のタイミングですよ!」

 

「そのようですね。では、メリエルの頑張りに応えるとしましょうか」

 

「いよいよだな。必ず成功させよう」

 

 静かに気分が高揚する中、祈る視線がメリエルから向けられる。

 

「託したわよ、救世主」

 

「……ああ。任せて!」

 

 宣言したあと俺達は昇降台を使い、共にザルヴァルグの背へ立つ。先に行動したのはジーレイだった。強風にローブを泳がせ、左手に掴む魔本のページがバラバラと暴れる中、淡々と魔術を詠唱する。

 

龍嵐(りゅうらん)の神、疾風(はやて)迅弓(じんきゅう)となりて今ここに降臨せり。(くう)を斬り裂き地を(えぐ)る魂、その名は」

 

 魔本の表紙に装飾されたビットが、一際強い輝きを放つ。これは、多大な魔力や精神力などを引き換えに繰り出される、秘奥義に匹敵すると言っても過言ではない程の大技――

 

「テンペストアーチェリー」

 

 ――風の超級魔術である。術名が告げられると、クリスミッド軍の頭上に竜巻で形を成した巨大な矢が出現。意思を持つかのように草原を貫き、術の届く所にいる兵士達を風が飲み込んでいく。そして上方へと巻き上げられた彼らは突発的な風圧で真下に叩きつけられ、受け止め切れないレベルの圧力を全身にかけられた。竜巻の矢は程なくして消え去ったが、術を受けた兵士達は身体が大地にめり込み、身動きがとれない状態に陥ってしまった。

 ジーレイは彼らの惨状を見届けながら、俺に伝える。

 

「ゾルク。すぐにあの地点へ降りれば安全に、最小限の効果範囲で全ての武装を包み込めます。……あなたなら、必ず出来る」

 

「ありがとう、ジーレイ。……全開だぁぁぁ!! 力を解き放つ!」

 

 勇気を貰った後、胸の中心に埋まったエンシェントビットへ意識を集中し、魔力を解放。背に二対の、大量の魔力噴射による推進力……俗に言う光の翼を発現させて単身、空へと飛び立った。鳥の(くちばし)のように無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーの切っ先を突き出し、超高速で地上を目指す。

 

「うおおおお!! 双翼(そうよく)飛翔剣(ひしょうけん)!!」

 

 あっという間に辿り着いた。勢いのままエンシェントキャリバーを草原に突き刺し、その衝撃を利用して周囲に残っていた兵士達を、散らかっている土石ごと吹き飛ばす。

 

「お前は……例の救世主か!? 何をする気だ!」

 

 這いつくばる兵士の問いかけを完全に無視し、エンシェントキャリバーを素早く引き抜いた。そして両手で天に掲げ、全てを懸けて叫ぶ。

 

「俺に応えろ! エンシェントビットォォォ!!」

 

 極めて細かいビットを無数に秘めた白銀の剣身が、清く眩い光を放った。体内のエンシェントビットがエンシェントキャリバーを通じて、俺の意志に応えてくれた証拠である。

 

「これなら、いける!」

 

 確信し、クリスミッド軍の全ての武装のビットに対して干渉を試みた。すると掲げたエンシェントキャリバーを中心に、青白い光の膜が一気に広がっていき、瞬く間に軍隊を包囲していく。そして彼らの武装に付加されたビットは、突発的に稲光のような赤い光を放ったかと思うと、輝きを失った。ただの黒い石ころ同然となってしまう。

 

「我らの武器が!? 攻城兵器にも異常発生!」

 

「これでは想定していた戦闘が行えん……!」

 

 無数の絵具のモンスターへの対応、ジーレイの魔術による被害、突然の武装無力化……。混乱に混乱を重ね、兵士達は慌てふためく。

 力を使った反動による急な疲労に襲われ、エンシェントキャリバーを杖代わりにしながらも、俺はその光景を目の当たりにして安堵した。

 

「はぁ……はぁ……! やった、成功した……!」

 

 それはいいのだが、呼吸を荒くするほどの疲れがいっぺんに押し寄せているため、すぐにこの場を去ることは出来ない。兵士から逆襲されてもおかしくない状況である。……けれど、これも対策済み。

 

「今だ、ゾルクを守るぞ!」

 

 マリナの声が聞こえると共に、彼女を含むいつもの五人が武器を構えて俺の側へ現れた。対空迎撃の心配が無くなったためザルヴァルグが安全に低空飛行できるようになり、仲間が降りてきてくれたのだ。そして皆で火の粉を払いながらクリスミッド軍を突っ切り、広い場所でザルヴァルグに回収してもらいこの場から去る……ここまでが、今回の作戦の全容だ。そう、後はもう逃げるだけなのである。

 

「身体はどうだ!?」

 

「……大丈夫。思った通り、世界の(ことわり)を書き換えた時ほどは辛くないよ。これならどうにか、戦いながら逃げられる」

 

 心配するマリナにそう答えると、ソシアが怒りながら割り込んできた。

 

「いいえ、だめです! ゾルクさんは逃げるのに専念してください!」

 

 しかし……ソシアの気遣いは意味の無いものとなってしまう。

 

「そうは問屋が卸さぬらしい……」

 

 呟いたまさきは、とある方へ誰よりも早く刀の先端を向けた。未だ混乱の続く兵士の波の中、そこには俺達の壁となるかのように一人だけ立ちはだかっている。傷の残ったヘルメットと夜空色の軍服を纏った男だ。

 

「エルデモア大鉄橋で顔を合わせて以来か。救世主一行よ、改めて名乗らせてもらう。自分はクリスミッドの将軍、コルトナだ。……あれだけの兵器を有していながら我が軍に直撃させないなどと、よくも侮辱してくれたな」

 

 言わずもがな、彼の声は激情に震えており、茂る雑草を踏みにじっている。

 

「あたし達的には、犠牲が出なかったことを喜んでほしいんだけど」

 

「黙れ!! 貴公らはクリスミッドの誇りに傷を付けた!! その命で償ってもらう!!」

 

「お願いです、撤退してください! あなた方に武装は残されていないはず。それとも、素手で戦うつもりなんですか?」

 

「……もう失敗は許されない。自分に退路は無いのだ。総帥のため、クリスミッドのため、この『策』を用いて任務を完遂してみせよう……!」

 

 ミッシェルとソシアの言葉にも聞く耳を持たない。それどころか声を張り上げ、新たな命令を下すのだった。

 

「全軍に告ぐ!! 『エマージェンシー・ブリッツ』発令!! これより自分は、全身全霊を捧げ救世主一行を排除する!! 侵攻再開は排除完了後とする!!」

 

 すると緑服の兵士達は、まだ絵具のモンスターが残っているにも拘わらずその場に武装を捨て、一目散に戦域から離脱を開始する。……悲鳴こそ上げていないが、その様はまるで、これより出現する恐怖の存在から必死に逃亡するかのように奇妙なものだった。

 

「何を企んでいるんだ」

 

 マリナを始め、誰もがクリスミッド軍の行動を不可解に思っていると……雄叫びが耳を(つんざ)いた。

 

「ウオオオオオッ!!」

 

 同時にコルトナの身体が発光して崩れていき、バチバチとした電撃そのものと化してしまう。

 

「な、なんだそれ!?」

 

 予想だにしない出来事に、俺は変な声を出すしかなかった。

 変貌したコルトナには近づきようがないが、各所に残されたクリスミッド軍の武装だけは、磁力で引き寄せられるかのように彼の元へすっ飛んでいく。数多の武装は一ヶ所へ集まり、電撃と化したコルトナは瞬く間にそれを覆い尽くしてしまった。そして光の塊となり、どんどん巨大化していく。最終的に成したのは、体を電撃で形作った光る狼のモンスターであった。

 

「これこそ、総帥より(たまわ)った気高き姿! 名は、ブリッツヴォルフ!!」

 

 呆然と見上げる俺達に対し、威風堂々と名乗りを上げた。狼の頭部を模した光がこちらを睨みつけているため、あれにそのままコルトナの意識が宿っていると認識して間違いないようだ。

 巨体からはギザギザの電撃針を体毛のように逆立て、威嚇するかのように何度も放電。残っていた絵具のモンスター達を捉え、一瞬で全滅させてしまった……。これでは俺達も気軽に接近できない。

 何故、コルトナは巨大なモンスターへと変貌してしまったのか。それについては察しがついており、マリナが言い当てる。

 

「貴様、ビットによる人体改造を受けていたのか……!」

 

「その通り。自分の身体にはビットが埋め込まれている。麻酔も効かず激痛に耐えるしかない手術を受けさせられて奇妙な存在、レア・アムノイドとなってしまったが、価値はあった。セリアル人を改造した際に生じると言われる人格、感情、記憶の消失等のリスクは無い上、意識を残したままのモンスター化という、強力な切り札を得ることが出来たのだからな!」

 

「で、でもさ! ビットなら俺が干渉して無力化したはずなのに!」

 

 動揺を隠せずにいると、まさきが語り始めた。

 

「お主の元々の干渉目標は『クリスミッド軍の武装に備わったビット』のみ。だからこそ拙者達の所持するビットは干渉を受けず、奴にもそれが当てはまったのだろう。更に言えば、潜在的にビットの魔力を秘めるリゾリュート人と後付けのビットが相性良く融合していた場合、人体側の意思が後付けのビットを強く支配でき、外部からの干渉を受け付けなくなるのやもしれぬ。まさしく、お主とエンシェントビットのようにな……」

 

 彼の推測は説得力を秘めていた。厄介だけれども、それが正解なのだろう。この世界で俺だけが都合よくビットと相性が良い、なんていうのは現実的ではない。

 レア・アムノイド化した際のセリアル人とリゾリュート人の違いについても、俺達リゾリュート人の体内にある魔力が関係しているのかもしれない。

 

「納得できたか? ならばあの世へ送ってやろう!!」

 

 いよいよコルトナが攻めてくるようだ。巨大な電気の狼の姿で、どのような戦法を取るのだろうか。

 

「そうはさせるかよ!」

 

 ……出方を慎重に(うかが)っていたのだが、ザルヴァルグを駆るアシュトンが威勢よく躍り出た。わざわざ外部スピーカーを起動しているので、乱暴な口調が草原地帯によく行き渡っている。

 

「デカブツめ、ビームキャノンを味わいやがれ!!」

 

 上空からの速攻。機首に装備された砲口より白き光線を発射。これなら大打撃間違いなしだ。……しかしコルトナはただ一言、光る狼の口角を上げて次のように呟く。

 

「ああ。喰らってやろう」

 

 狼の顔面の周りから(たてがみ)のような形状の電気網を伸ばし、ビームを受け止めてしまった……待て、少し違う。受け止めて終わったのではない……!

 

「吸収しやがっただとぉ!?」

 

 これまでほぼ無敵を誇っていたザルヴァルグのビームキャノンが容易く処理される様を、まじまじと見せ付けられた。アシュトンのみならず、皆に衝撃が走る。

 

「そのビームについてはデータを取得済みだ。ジェネレーターへの馳走(ちそう)とさせてもらった。エネルギー供給、感謝するぞ!」

 

「ナスターみたいなこと言っちゃって! 腹立つ!」

 

「ジェネレーターを搭載している……? まさか、先ほど掻き集めていた武装は……!」

 

 既に勝ち誇った様子のコルトナに、ミッシェルは憤慨した。だがジーレイだけは不安を感じ取っており……それもすぐに現実化してしまう。光る狼は大口を開き、より一層、巨体を帯電させている。体内で急速発電が行われているようだ。

 何にせよ、もう全員が危険を察知して身構えた。止める術は無く、コルトナの気力に満ちた咆哮が聞こえる。

 

荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)、発射!!」

 

 見る者の視力を奪いかねないほど刺激の強い、ひたすら真っ直ぐな閃光が狼の大口から飛び出した。四つ足が反動で少し土に沈み、僅かながら巨体は後退する。それは草も土も岩をも溶かし、空気すら歪めて焼き焦がしかねない熱量を誇っていた。最初にアシュトンがクリスミッド軍の進路を塞いだ時のように、草原も大きく削り取られている。

 しかし、俺達への直撃は免れた。発射の反動で狼の頭が仰け反り、僅かに左側を向いたからである。おかげで助かったのだが……生きた心地は全くしない。

 

「ザルヴァルグのビームキャノンよりも段違いにヤバイ……!!」

 

「なるほど、味方であるはずの兵士ですら慌てて逃げ出すわけだ。巻き添えを食ったら塵ひとつ残らないからな」

 

 俺とマリナは荷電粒子砲とやらの威力を認めざるを得ず、冷や汗を流す。そこへ追い討ちをかけるかのように、最悪な事態が。

 

「次は外さん!!」

 

 なんと、先ほどよりも速いペースで発電が始まったのだ。狼は発光を強め、規模を増した帯電はそれだけでバリアのようになっている。

 

「アシュトンが出しゃばってしまった分、二発目も間を置かず撃てるというわけですか……!」

 

「マジで済まん……」

 

 向こうが待ってくれるはずもなし。ジーレイでさえ喋りから余裕が消え失せている。意気消沈した操縦士は細い声で謝罪。荷電粒子砲で撃ち落とされないよう、やむを得ず戦域から離脱していった。

 一発目が、足場である草原を抉り取ったせいで俺達の行動範囲は狭まり、走っても奴の狙いからは逃げられない。皮肉にも、こちらの初手を丸ごと返されるような形となってしまった。絶体絶命である。

 焦燥感に駆られた俺は、絶望の輝きを放つ巨大な狼を見つめながら考えていた。

 

(もう一度、俺がエンシェントビットを使えばいいんじゃないか? 世界の理を書き換えてコルトナから変身能力を奪えば、みんな助かるはず。疲れた身体でそれをやったら、どれだけ大きな反動があるかわからないけど……。成功する保証だって無い。でもみんなを助けられるなら、俺は……!)

 

「ゾルク!!」

 

 ――マリナの叫びが俺を振り向かせる。しかし怒りは感じられなかった。

 

「言ったはずだ。お前に無茶をさせたくない、と。……私達を頼れ。仲間なんだぞ」

 

 まるで俺の思考を読み取ったかのような言葉だった。思い詰めているのが顔に出てしまっていたのだろうか。……何でもいい。その思いやりで俺は反省でき、救われた。

 

「……ごめん、そうだった。じゃあ頼んだよ、みんな!」

 

 皆と顔を見合わせ、全てを託した。マリナだって、何の考えも無しに「頼れ」とは言わないはず。俺はそれを信じたのだ。

 

「無謀だろうとやるしかない。ミッシェル、防御の筆術を!」

 

「万物を遮断せし、誠実なる土耳古石(とるこいし)!」

 

 もう時間が無い。マリナは腹を括り、ミッシェルに協力を求めた。返事する間が惜しいとばかりに彼女は絵具を走らせて、上級筆術の詠唱を即行する。

 

「ターコイズグラスパー!」

 

 草原に、澄んだ海色の小さな魔法陣が描かれ拡大していく。ミッシェルが大筆の石突きを魔法陣の中心に突き刺すと、同じく海色の光が半球状に陣を包み込んだ。これの内側に居れば、敵の攻撃を一切受け付けなくなる。ミッシェル曰く、絶対無敵の作品である。ひとまず全員がこの中に入り、安全を確保した。

 マリナも魔法陣に入ると、マガジン内のビットの力を極限まで高めて二丁拳銃を上空に放り投げる。すると両腕で抱えられる程度の手頃な大砲へと、空中で融合変化した。彼女は落下するそれをすぐに掴み、目標を捕捉する。

 

「救世主一行よ、消え去れぇ!!」

 

 ――ギリギリで間に合った。まさに今、狼の口から荷電粒子砲が発射されたところだ。

 

「秘奥義、ファイナリティライブ!!」

 

 絶対無敵の内側から、マリナは引き金を引いた。大砲の口径よりも遥かに極太な熱光線が飛び出し、荷電粒子砲と正面衝突する。

 

「ふんっ、まるで比較にならんぞ!!」

 

 ……勝敗はあっさりと決した。マリナの放った熱光線はいとも簡単に、荷電粒子砲の閃光に呑まれてしまったのである。そして閃光は衰えないまま、俺達を内包した海色の半球に直撃。物凄い衝撃と轟音、光の量が身体を襲った。

 ――程なくして閃光は終わった。傷こそ負わなかったが、心身を疲弊させるには充分過ぎるほどの恐ろしい時間だった。役目を終えて元に戻った二丁拳銃を構え直すマリナだが、彼女ですら気概を失いかけている。

 

「相殺は無理か。やはり出力が違いすぎる……」

 

「次もアレを防げって言われたら、さすがに自信ないわ……。これはちょーっと大ピンチかも……!?」

 

 ずっと防御の筆術を発動し続けていたミッシェルも集中力を切らし、涙目になった。魔法陣の線はグニャグニャと揺らいでおり、海色の半球も消えかかっている。エグゾアテクノロジーベースでの戦闘や、作戦の最初でメリエルの手助けをした分の疲れが溜まっており、ミッシェルはとっくに限界を超えているのだ。

 

「まだ手は残されているはず。最後まで決して諦めるでないぞ……」

 

 まさきは皆を励ましたが、三発目の荷電粒子砲が既に準備され始めている。狼が発電する様を、指を咥えて見ることしか出来ない。そう思っていると、次にまさきは魔術師の方を向いた。

 

「ジーレイよ、お主なら既に活路を見出せているのではないか……?」

 

 問われた彼は、ずっと何かを考えていたようだ。そして、まさきの言葉が後押しとなったらしく、決心する。

 

「ふむ……。一か八かは僕の性分ではありませんが、四の五の言っていられませんね。試してみましょう」

 

 左手に魔本を開き、表紙のビットと騒ぐページを輝かせる。そこへソシアの警告が飛び込んだ。

 

「三発目が来ます!」

 

「訪れよ、黒の世界。恐怖にまみれ永久(とわ)に怯えるがいい」

 

 しかと聞き入れつつ迅速に、闇の魔術の詠唱を行う。同時に、忌々しい閃光がこちらへ突き進んできた。

 

「ダークネスゾーン」

 

 閃光が俺達へ辿り着く前、光る狼に勝るとも劣らない大きさの、闇の扉が開いた。内部はおどろおどろしく渦巻いており、先の見えない暗黒の彼方へ閃光を導いていく。

 

「ならば出力を上げ、闇をかき消して…………いや、まずい! これは……!!」

 

 ……闇の扉は、ただ導くだけではなかった。意図して閃光を過剰に取り込んでいるのだ。ジーレイは相手の攻撃を通じて、荷電粒子砲に必要なエネルギーを本体から吸い上げるのが目的だったのである。思惑は成功。狼は閃光放出を強制終了され、口を閉じてしまう。

 

「そうきたか……!!」

 

 焦りつつも、コルトナは驚嘆した。まさか荷電粒子砲を攻略されるとは、思ってもみなかっただろう。

 

「あなただけが吸収可能というのも、いささか不公平に感じましたので。しかし、この術で実際に吸収できるかどうかは未知数でした。最終的には己の勘に従ってみましたが、まだ冴えていると判り安心いたしました」

 

 賭けに勝ったジーレイは、ほっと胸を撫で下ろす。しかし次の瞬間には、光る狼を眼光鋭く見上げるのだった。

 

「……ではクリスミッドの将軍よ、礼を受け取りなさい。皆、準備はよろしいですね?」

 

 勿論である。皆は頷き、俺もエンシェントキャリバーを強く握った。

 

「よおし、反撃だ!!」

 

「しかし、お前とミッシェルは後方に下がってくれ。私達が主体となる」

 

「……わ、わかった」

 

 マリナに出鼻を挫かれたが、これは配慮してくれてのこと。素直に従った。

 

「侮るなよ。荷電粒子砲だけがブリッツヴォルフの本領ではない!!」

 

 そう叫んだコルトナは狼の足先から電撃の爪を伸ばし、格闘戦に対応した。負けじと、マリナも効果的な術技を指定する。

 

「闇属性の術技を中心に攻めるぞ! ブリッツヴォルフを構成する電気は光属性だから、弱点となるはずだ!」

 

 反撃はソシアの弓技でスタートした。不用意に狼の懐へ突っ込めば放電で貫かれるし、帯電した体に触れて痺れると、接近戦どころではなくなるからだ。

 ――おさらいだが、彼女の得物は無限弓と呼ばれるものであり、中心部にはビットを使用した細工が施されている。弦を引く際に、上下二つのビットに挟まれた空間から矢を生み出して、それを放つ仕組み。ビットからほぼ無限に矢を生み出せることから、無限弓の名が付いたのだ。

 魔力によって生み出された矢は普通のものと比べて空気抵抗が少なく、マリナの無限拳銃から放たれる魔力弾よりも飛距離が長い。つまりソシアは、遠距離からの連続射撃が得意。人命尊重のシーフハンターでもあるため、狙いも正確である。そして敵である光る狼は巨体で、素早く動くこともない。このことから導き出されるのは……。

 

墜・冥導閃(つい めいどうせん)! 連発です!」

 

 容赦皆無、必中の矢の洪水である。邪悪な力が秘められた矢を放つ奥義を、息つく暇もなく繰り出し続けた。コルトナも、全ては防げないと割り切りながら応戦し、電撃の爪で矢を切り払う。

 

「たかが弓矢に後れを取る自分では……むっ!? 力が入らない、だと……!?」

 

 彼の自信はすぐに消えた。光る狼の巨体を支える四本の足もぐらついている。

 墜・冥導閃(つい めいどうせん)という奥義、邪悪な矢そのものも強力なのだが、命中後も呪いによって敵の体力を徐々に減らしていく効果を有している。コルトナはこれを幾重にも撃ち込まれたのだから、無事でいられるはずがなかった。

 この流れに乗り、ジーレイが狼の四つ足を崩しにかかる。

 

深影(しんえい)(ばく)。今より汝に自由は無い。レストリクション」

 

 光る狼の真下に、闇の力を宿した紫色の魔法陣が出現。そこから鎖のような影が伸び始め、狼の胴体や四本の足に巻きついて結界を形成。自由を奪われた狼は、影の鎖に引っ張られて草原に縛り付けられた。ついでに影の鎖は、帯電や放電も解消してくれた。一時ではあるが、これで前衛も活躍できる。

 ここぞとばかりに、マリナとまさきが草原を駆け抜けた。

 

「走れ、影紅葉(かげもみじ)!」

 

 まずはマリナが躍り出て、草原の地を力強く踏みつける。その場所から前方五方向に影の刃が出現し、広がりながら疾走。狼に五つの斬撃痕を残した。

 コルトナの悲鳴が上がる前に、まさきが続く。闇属性の剣術を多く持つ彼が本命なのだ。

 

無縫刃(むほうじん)……!」

 

 外部から衝撃を与えたことで、ジーレイの魔術による捕縛効果は既に失われている。しかしコルトナは再び束縛された。まさきが見舞った今の剣術は、一瞬だけ敵をその場へ縫い付けるように縛る一太刀だったのである。

 この一瞬の拘束から彼の連携が始まった。

 

闇殺刃(あんさつじん)! 封縛(ふうばく)妖魔刃(ようまじん)……!!」

 

 斬撃の後に左手の平を突き出し、闇の波動を放って追い討ち。そして羽を生やした紫電色の妖精を召喚し、それが伸ばした帯を巻きつけて敵を更に捕縛。一刀のもとに斬り伏せる。

 

魔王(まおう)幻双刃(げんそうじん)……!!」

 

 連携の最後、紫色の(もや)を帯びた分身を生み、まさき本人と同じ動作で二倍の斬撃を与えた。

 皆が一丸となったことで、ここまで全て闇属性の術技で攻撃できている。相当なダメージを与えられたはずだ。

 

「まだだ! まだ終わらんぞ!!」

 

 四つ足に力を振り絞り、ゆっくりと巨体を起こす。……と思っていると凄まじい瞬発力を見せた。大きく跳躍し、マリナたち四人の頭上を飛び越えてしまったのだ。

 

「しまった、後ろの二人が狙われたか!」

 

 光る狼はミッシェルの目前へと着地。凶悪な牙で噛み付こうとした。

 

「ミッシェル、危ない!!」

 

 俺は彼女をわざと突き飛ばし、無我夢中で奥義を発動する。

 

玄武剛装壁(げんぶごうそうへき)!!」

 

 剣の腹を強く押し出し、敵の四方を囲う形で魔力の壁を生み出す剣技である。本来なら、壁はすぐに間隔を狭めていき内部の敵を圧殺するのだが、今回はそれをせずそのまま壁として存在させ続け、狼の口を塞いでみせた。

 

「脆いぞ!!」

 

 ――しかし魔力の壁はすぐに潰えた。人間が変身しているとはいえ、やはりモンスターはモンスターである。顎の力はとんでもないものだった。

 

「のわあぁあぁあ!?」

 

 壁を砕いた顎は、すぐに俺へと噛み付いた。これによって俺はミッシェルの視界から消えてしまうことに。

 

「うわーん! ゾルクが食べられちゃったぁ~!!」

 

 自分の身代わりになったと思い、彼女は悲観する。……が。

 

「ま、まだ無事だから……!」

 

 エンシェントキャリバーをつっかえ棒として扱い、九死に一生を得た。

 口腔内には生物的な舌や口蓋、粘液等が存在しておらず、変身する際に集めていたゴウゼル製の武装の部品が剥き出しである。触れても感電しない造りになっていたので幸いだった。しかし、このままでは剣での攻撃は不可能。何か手を打たないと、いずれ俺は強靭な顎で噛み砕かれてしまうだろうし、俺がここに居る限り仲間も大技を放てない。

 ――だが、こんな状況に陥ったおかげで光る狼への対策を思いついた。奴は電撃を体の表面にしか纏っていないので、これが突破口になると踏んだのだ。そのためにも何とか脱出したい……。こうなればなるようになれ、チャンスを作るためだと思い、俺は対話を試みた。

 

「コルトナ! もうやめろよ、こんなこと! アーティルはエグゾアのいいように操られてるんだぞ!?」

 

「敵の言葉など信用できるか! それにケンヴィクス王国侵攻にはエグゾアなど関係ない! 総帥がクーデターを起こす以前からの悲願だったのだからな!」

 

「和平条約を結ぼうとしてくれてた前総帥を殺しておいて、何が悲願だ!!」

 

「ひとつの国としてリゾリュート大陸を統一するのが総帥の、我らの最終目標なのだ! 和平条約では意味が無い!」

 

「他にも大勢を殺して、まだ幼いワージュも苦しめて、勝手なことを……!!」

 

 対話など無理だった。私利私欲のために乱暴狼藉を働いたアーティル一派に対して、沸々と怒りが湧き上がる。

 

「何とでも罵るがいい! 自分は総帥アーティルに絶対の忠誠を誓っている! 身命を賭してでも果たすべき使命なのだ!!」

 

「命懸けなのは俺だって同じだ! ……いや、俺だけじゃない。俺達みんなが命を懸けてるんだよ!!」

 

 息を荒げながらも思いの丈をぶつけた。そして俺は怒りを爆発させ、全力で叫ぶ。

 

瘴魔哮(しょうまこお)ぉぉぉ!!」

 

 俺の全身が闇色の瘴気に包まれ、同時に地の底から魔神の雄叫びのようなものが響いた。雄叫びは瘴気と同化し、狼を口腔内から蝕んでいく。

 

「ぬああああっ!? 救世主め、そのような技を隠し持っていたのか……!!」

 

 瘴魔哮(しょうまこう)とは、フィアレーヌに霊操(れいそう)されたことをきっかけに使えるようになった、俺にとって唯一の闇属性の術技である。……経緯が経緯なものだからあまり使いたくはなかったのだが、怒りで吹っ切れたらしい。今はもう抵抗など感じなくなっていた。

 狼は文字通り、俺を吐き捨てることで難を逃れた。しかし内側からの奇襲は奴への確実な致命傷となっていて、先ほどの瞬発力も発揮できずにいる。このまま畳み掛けるしかない!

 

「ソシア!! 渦の矢をあいつの口に撃ち込んで!!」

 

 草原に倒れながら、思いつくままに叫んだ。彼女は俺の意図を瞬時に察してくれたらしく、無限弓に備わった二対のビットを一段と輝かせる。

 

「必ず射抜きます! 渦巻く意志が天を()く!」

 

 一本の矢を生み出し、ソシアは魔力を込め続ける。そして満を持して放った矢は。

 

螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)!!」

 

 巨大な渦を発生させながら、我が物顔で猛進。光る狼へと届いた。

 対するコルトナは根性を発揮する。狼の口を固く食いしばることで渦の矢を牙にぶつけたまま、その場に留めてみせた。

 

「何かは知らんが受けるわけにはいかん……!!」

 

「私、言いましたよね。必ず射抜きます、って」

 

 ソシアは無慈悲に呟き、彼の根性を無意味とする。矢が纏う渦は激しさを増していき……挙句には光る狼の口を荒々しくこじ開けてしまったのだ。そのまま渦の矢は体内を駆け巡り、驚くべき現象を引き起こす。

 

「ぐっ……おおおおお……!! ブリッツヴォルフの電撃を……風で発散させただと……!?」

 

 傷付き、慌てふためくコルトナ。当然だ、狼の纏う電撃が弾け飛ぶように散っていったのだから。――電撃を体の表面にしか纏っていないのなら、内部から強烈な風圧をかければ一気に吹き飛ばして無効化できる――俺が狙っていたのはこの結果だ。ソシアがすぐに理解してくれて、本当によかった。

 そして狼の真の姿が露になり、ミッシェルが真紅の眼をキラキラさせる。

 

「やっと全貌が見えたわね! 寄せ集めた武装で造った骨組み、悔しいけどカッコいいじゃないの……! さっきのよりこっちのがあたし好みかも」

 

 趣味嗜好全開の感想はともかくとして。まさきとマリナが、奴にとどめを刺すため態勢を整えた。

 

「これぞまさに、化けの皮が剥がれたというもの。今からでは、邪魔な電撃の再発電も間に合わぬだろう。絶好の機会なり……」

 

「ああ。得意な間合いに持ち込める。まさき、同時に仕掛けるぞ! ……一気に潰す!」

 

「承知した。成敗いたす……!」

 

 マリナは二丁拳銃を腰のホルスターへ収めると、膝を曲げながら右脚を振り上げて秘奥義始動の構えをとる。そして両脚に二丁拳銃内のビットからの魔力を集中させ、猛る(ほのお)を宿した。

 まさきもビットを一つだけ軽く真上に放り上げ、自身の目線ほどに落ちてきたところで真っ二つに叩き斬った。するとビットは魔力光となり刀身に吸い込まれていく。

 

師範直伝(しはんじきでん)のこの奥義、刮目(かつもく)せよ! 舞い乱れるは、受け継がれし闘志の(ほのお)!」

 

 先にマリナが行く。振り上げた右脚で力強く踏み込み、素早く蹴って加速。狼の悪あがきによる頭突きをかわして懐に飛び込むと、燃え盛る連続蹴撃を喰らわせ、機械の体を徐々に打ち溶かしていく。

 

「出でよ我が幻影。破邪(はじゃ)刀閃(とうせん)()しきを(ほふ)る……!」

 

 続くまさきは、自らの影を分裂させるかのようにして四体分の分身を生み出した。色や姿かたちは、本体であるまさきと全く同じ。縦横無尽、予測不能の動きで狼の意識を翻弄し、連続突きや斬撃を多方面から浴びせる。奴は苦し紛れに前足を振るったり噛み付きを行ったりしたが、まさきの速さについていけず、本体にも分身にも当たる要素がなかった。

 

「その名も!」

 

「これぞ……」

 

 怒涛の攻勢は終わりを迎える。

 

緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)!!」

 

四天覇王(してんはおう)殺陣(たて)……!!」

 

 狼の腹部は緋焔を灯した渾身の蹴り上げで貫かれ、背面と口腔内には多数の鋭き刃が突き刺さり、機械の中身を無秩序に蹂躙された。

 

「そんな……馬鹿なぁぁぁ!!」

 

 コルトナの断末魔が辺りを満たすと、狼の体はボロボロと自壊していき、ガラクタの山と成り果てる。

 

「ブリッツヴォルフが……将軍が倒された……!?」

 

「俺達にはもう武器が無い……」

 

「さ、作戦の続行は不能! 退却だ!!」

 

 戦域の外から戦況を見守っていた緑服の兵士達は、絶対の信頼を置いていた自軍の将が敗れるのを目の当たりにし、完全に戦意喪失。各々の意思で、この草原地帯から姿を消していった。

 その直後、僅かな電気の塊が草原に落ちてくる。それはコルトナ本人であり、程なくして夜空色の軍服姿へと戻っていった。しかし彼の命は風前(ふうぜん)(ともしび)となっていて、仰向けに横たわったまま、もう起き上がることは無かった。

 

「ブリッツヴォルフを行使したというのに敗北を喫するとは……何の言い訳も無い。完敗だ。しかし……これでいい」

 

 俺達を見つめ、勝利の笑みを浮かべる。

 

「時間はたっぷり稼げた。総帥に栄光あれ……!!」

 

 言い捨てた直後、コルトナは事切れた。レア・アムノイドとなったが故の(さが)なのか、生命活動の終了と共に肉体も白く消滅していった……。

 彼の遺言を受けてソシアや俺は勿論のこと、まさきでさえ愕然とする。

 

「時間稼ぎ……!? まさか天空魔導砲ラグリシャが完成していて、もう稼動し始めているんでしょうか……!?」

 

「じゃあ、こいつらの本当の任務はケンヴィクス王国への侵攻じゃなくて、俺達の足止めだったってことか!」

 

「大規模な陽動作戦、敵ながら見事なり。まんまと一杯食わされたな……」

 

 真実を知ったところで、時間は巻き戻らない。ジーレイは冷静に、次の行動を提案した。

 

「クリスミッドの首都、リグコードラを目指しましょう。ここで僕達を足止めしたかったのですから、あの周辺に何かあると考えて間違いないはず。同時に、アリシエル王妃やワージュの側近達も救いたいところです」

 

「迷う余地は無いな。ザルヴァルグで直行するぞ」

 

 即決し、マリナは通信機でアシュトンを呼び戻した。

 

 ザルヴァルグに乗り込んですぐのこと。アシュトンに事の顛末を伝えると、ひとまず、ワージュと共に安堵の表情を見せてくれた。あれからメリエルは気を失ったらしく、今は個室で休んでいるという。彼女を乗せたままクリスミッド軍の本拠地へ赴くのは忍びないが、ミッシェルは「メリエルならきっとわかってくれる」と言い、それに甘えさせてもらった。

 

 飛行するザルヴァルグ機内で、二人にこれからの行動の旨を伝えたのだが、何やらワージュから思慮を感じる。

 

「ついにリグコードラに行ってくれるんだね。……でもみんな、激しい戦いが続いてるから無理してるんじゃない……?」

 

「もうっ、気にしちゃダメよ! ワージュは側近の人達を助けてクリスミッドを立て直すのが目的なんでしょ? そのことにちゃんと集中してね。気持ちがしっかりしてないと、助けられるものも助けられないわ」

 

 親しい者の救出について、ミッシェルが述べると重みが違う。続いて俺も、ワージュに気持ちを伝えた。

 

「アーティルを止めるためにもリグコードラへはすぐに行かなきゃならないんだから、どのみち一緒さ。それに俺達は、ワージュを手伝いたいから手伝ってるんだ。今さら気遣いなんて要らないよ」

 

「……うん、わかった! ありがとう、救世主のみんな!」

 

 嬉しさのあまり笑顔を浮かべ、俺以外の皆も含めて救世主と呼んでくれた。ソシア達は素直に受け取って礼を返していたが、マリナとジーレイは気恥ずかしかったのか、ちょっとだけ顔を背ける様子を見せる。

 けれども一番わかりやすく動揺していたのは、やはりあいつだった。

 

「お、俺なんかも救世主扱いしてくれるのか? ちぃっとだけ、照れるじゃねぇか……」

 

 操縦席のアシュトンは首に巻いた緑色のスカーフをばたつかせ、気持ちを取り繕っている。そこで俺は良い機会だと思い、茶化してやった。

 

「照れるなよ。戦犯のくせに」

 

「せ、戦犯って呼ぶんじゃねぇ!! ……悪かったって、マジで……」

 

「ごめんごめん。誰もアシュトンを恨んじゃいないよ」

 

 本当にこれから敵地へ殴り込みに行くのか、と疑問が生じそうなほど、機内は笑いに包まれた。けれどもこれが俺達のペースなのだから、よしとする。

 

 ――コルトナ将軍は倒すべき敵だったが、命まで奪いたくはなかった。しかし彼は「身命を賭してでも」と言った通り全力を尽くし、逃げもせず限界まで俺達と戦い、散っていった。まるで最初から、あの草原地帯を死地に決めていたかのようだった。助ける余地など無かったのかもしれない。……それを理解していても、やり切れない気持ちが拭えなかった。

 彼が命を捧げてまで忠誠を誓った総帥アーティルとの直接対決の時が、刻一刻と迫っている。果たして俺達は、彼女の目論見を阻止できるのだろうか。


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