Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
「脱獄者はこちらに逃げてきたはずだ。探せ!」
「えっ!?」
騒がしく耳に飛び込んできたのは嬉しくない知らせ。バールン刑務所の監視兵が複数名、俺達のすぐそこにまで迫っていた。しかし、ここはまだバールンの森の中。茂った緑が彼らの視線を遮ってくれているおかげで、ギリギリ気付かれていない。
「なんだ、やっぱり追っ手をよこされてたのか。とにかく逃げよう! 今ならまだ追いつかれないはず!」
俺は事態に焦り、逃げ道を指差す。その隣では……。
「ここで逃げ損なうと、濡れ衣が重くなるな」
「それはごめんだ……!」
マリナが冷ややかな冗談を零していた。捕まると危ないのはマリナも同じじゃないのかと問いかけようとしたが、また小言を言われそうな気がしたのでやめておいた。
監視兵の捜索から逃れ、バールンの森をようやく抜け、小道に出た。道は森の中から一望できた草原へと続いている。草原は広く、とても晴れた空と心地良くそよぐ風のおかげで雄大さが際立っていた。
休憩のため、丘の上に一本だけそびえ立っている大木の陰に腰を下ろし、俺は背負っていた両手剣を片手で抱え込む。マリナも俺の隣に座り、脚を伸ばした。ここには、先ほどよりも更に気持ちの良い風が吹き抜けている。
「でさ、マリナはどうしてバールン刑務所なんかに居たんだ? っていうか忍び込んでたの? 目的とか、他にも色々と知りたいよ」
これまで何度かはぐらかされたが今度こそ聞かせてもらおう。馬鹿だと思われているみたいだけれど、こんな重要なことを忘れるほどの馬鹿ではない。そう思い、すかさず質問してみた。
「ああ。そろそろ教えなければならないと思っていたところだ」
マリナは頷き、少しだけ悲しみを滲ませたような目をして空を見上げた。大木に生い茂る葉の隙間から僅かに見える、雲ひとつ無い、青い空を。
‐Tales of Zero‐
第2話「もうひとつの世界」
「最初に、私の正体から教えよう。……先に訊いておくが、今から私が話すことを全て信じることができるか?」
こちらに振り向くと真っ直ぐ俺の目を見つめ、妙なことを尋ねてきた。まるで「今から嘘をつく」と宣言しているような言い方だ。
「えっと、内容にもよるかな……。でも、刑務所脱出の恩人が言うことだったら信じられるよ!」
「本当か?」
「た、多分」
マリナは俺の苦笑いする顔を見て溜め息をついた。そして「無理もないか」と呟くと、続けて本題に入った。
「とにかく話そう。私は、お前のいるこの世界とは違う、もうひとつの世界の住人だ」
…………へ?
「つまり……こちらの世界では大昔に滅んだとされているセリアル大陸からリゾリュート大陸へと、本来は越えられない時空の壁を越えてきたんだ」
………………へ?
さすがの俺も、そんなおとぎ話は信じられなかった。セリアル大陸といえば、マリナが今言ったように何千年も前の戦争で大陸ごと消滅している。到底、有り得ることじゃない。
「そんなまさか~。マリナって、思い切った冗談も言えるんだな」
「念を押したとはいえ、そう簡単に信じてもらえるはずはないだろうな。しかしそれなら、どうすれば信じてもらえるだろうか……」
それっきりマリナは黙り込んでしまった。が、しばらくして方法を思いついたらしく、山吹色のジャケットの内側から何かを取り出した。
「そうだ、これを見てくれ」
マリナは俺の手のひらにクリスタルのようなものを差し出した。形は楕円形で透き通った水色をしており、掴んだまま握り拳を作れるほどの大きさをしている。
「なんなのこれ。宝石?」
「見た目こそ宝石のように美しいけれども、違う。小さなものだが、これは魔力エネルギーの塊だ。セリアル大陸ではこれを『ビット』と呼んでいる。これを用いれば、素養のある人間ならば魔術を操ることも出来る」
魔力エネルギー? それって確か魔術のエネルギー源か何かだったような……。
あまり正確に覚えていないが、昔、ヘイルおじさんから「魔力エネルギーは存在するが、大気に混ざっていることから肉眼で見ることは出来ないし、それを収集する方法も定かではない」と教わったことがある。
大昔には魔術師が存在したらしいが、今の時代に魔術を操ることの出来る人間というのは見たことも聞いたこともない。いるとすれば、子供向けの絵本に出てくるエルフくらいなのだ。だというのに、魔力の塊? 現実に魔術を使える? これには流石に疑いしか持てなかった。そんなに貴重で凄い物質など存在するはずがないのだから。
「ビット、ねぇ。これがその、セリアル大陸の世界の物だっていう証拠は?」
「今から見せる……と言いたいところだが、生憎、私は魔術師ではないからな。魔術を披露することは出来ない」
「そんなっ! じゃあ証拠も無しに信じろって言うのかよ!?」
思わずマリナに向かって大声をあげてしまう。だがそんな俺とは対照的に、彼女は冷静だった。
「待て、続きがある。……私は魔術を使えないが、証拠は見せられる」
「どうやって?」
「こうやるんだ」
答えを待ち望む俺の目の前で、マリナはビットをジャケットにしまった。そして、自らの両腰に携帯している銀色の二丁拳銃をおもむろに掴み、正面に向けた。地を踏ん張ることで体勢も整えている。特にモンスターがいるわけでも、邪魔な障害物があるわけでもない。それなのに、これからマリナは何をする気なのだろうか。
「
考える間もなく、マリナは行動に及んだ。
「うわぁっ!?」
銃身を上下に重ねると共に銃口から火炎を放出し、それを巨大な球状に形作る。そして技名を叫び火炎球を発射した。程なくして火炎球は、大地を焦がしつつ消滅した。あれをモンスターが食らっていれば一瞬で丸焦げになっていたことだろう。
「な、なななな……何だよそれ!! 普通の拳銃じゃないのか!?」
拳銃から火の玉。初めて見る……というよりも、まず目にするはずのない事象だ。拳銃の外見も一般的な銀色のオートマチック式のものであり、何か特別な装置が取り付けられているようにも見えない。自分で言うのもなんだが、驚くのも無理はないだろう。
そんな俺に、マリナは拳銃のグリップ内部に装填されているマガジンを引き抜き、中身を見せてくれた。
「私の拳銃には通常の弾丸の代わりに、コンパクトに加工したビットが装填されてある。ビットの魔力を少しずつ消費し、魔力を弾丸に形成して射撃を行うんだ。普通の銃よりも長時間の戦闘が可能になり、ある程度の威力の調節も可能。連射性能もあり、一日中撃ち続けたとしたら一つのビットで三日分は保つだろう」
説明された通りマガジンには、弾丸と同じ大きさに削られたビットが十数個ほど詰め込まれていた。黒く鈍く光る弾丸の代わりに装填された、水晶のように輝くビット。拳銃という武器には不釣り合いであり異質な光景だった。
「へ、へぇ~。ってことは、今の火の玉もビットのおかげで?」
「そういうことだ」
マガジンを元に戻し拳銃をホルスターに収め、マリナは説明を終えた。と、同時に次のように付け加えた。
「……それにしても、私はバールンの森での戦闘でも風属性の銃技を使っていたんだがな。派手さは無いから流石に気付かなかったか」
「風属性? 炎の他にもまだ何か出せるの? っていうか、出してたんだ……」
「ふむ……いや、やはり剣士業を営んでいるにしては、観察力や注意力が足りないと評するべきか。ゾルク、戦闘中はもっと周りに気を張り巡らせた方がいい」
「むぅ……」
何故か俺の戦い方を評価されてしまった。マリナこそ、さっき油断して危ない目に遭っていたくせに偉そうだ。……言い分はもっともだから言い返せないけれど。
「ところで証拠は見せたわけだが、これで信用する気になったか?」
「う、うん。実感はまだ湧いてこないけど」
「セリアル大陸に来れば、嫌でも信じることになるだろう」
嫌でも、か。セリアル大陸のある世界は一体どのような世界なのだろう。マリナを見る限り言語や文化、身体的特徴に違いは無さそうだ。案外、この世界とほとんど同じような世界なのかもしれない。
「リゾリュート大陸とは別の大陸……もうひとつの世界、かぁ。俺、なんだか楽しみになってきたよ!」
「…………」
未知の世界に思いを馳せていると、マリナは急に口を閉じてしまった。不自然に思い、名を呼ぶ。
「マリナ?」
「……今のセリアル大陸は、お前が考えているほど平穏な世界じゃない。もし平和だったなら、私がこちらの世界を訪れることは無かっただろう」
そう言われてもすぐに理解できるはずがなく、俺は困惑するしかなかった。詰まりながらも説明を求める。
「どういう、ことなんだ?」
「私がリゾリュート大陸にやってきた目的を話そう。『救世主』を探しに来たんだ。世界を救うための存在、救世主を。バールン刑務所に潜入したのも、そのためだ」
「救世主……?」
「世界は今、破滅の危機に瀕している。『エグゾア』という悪の戦闘組織によって」
大した予想があったわけではないが、なんだかスケールが大きい。救世主? 破滅の危機? エグゾアってなに? 全てを把握するには時間が必要になりそうだ。
「……いきなり話が大きくなって、頭がついていかないよ。つまり、俺がその救世主ってこと?」
「詳しいことはセリアル大陸に渡ってから話す」
「えー……? 出来れば今の内に説明してほしいなぁ」
すると、困った様子で返事が来た。
「そうしたいのは山々なんだが、リゾリュート大陸に居る限り詳細を話せない事情があるんだ。……言っていることが理不尽なのは私自身でも理解している。もちろん、嫌なら断ってくれていい」
「な、何言ってるんだよ。助けてくれたお礼がしたいんだから、説明が後回しになってもついて行くさ。もうひとつの世界ってのも、この目で見てみたいし!」
先ほどから何故か勢いが衰え始めたマリナ。戸惑っているようにも見える。そんな彼女に自分のやる気を伝えて認めさせようとしたが、消極的になった本当の理由は別にあったようだ。
「……もうひとつ言っておくことがある。確かな要素も無く想像での話なのだが、もしかしたらお前は……このリゾリュート大陸には二度と戻って来られないかもしれない。それでも、本当について来るか?」
――二度と戻って来られない――
この一言を耳にして、全身に緊張が走る。故郷に帰れないかもしれないというのは確かに大きな問題だ。
「急に押しが弱くなったのは、そういう理由か……。うーん……どうしよう……」
「悩んでいい。慎重に決断してくれ」
もちろん悩む。まさに、人生の岐路に立たされているのだから。
しかし心のどこかで楽観的でもあった。「俺がこの世界に戻れない」と聞いても、現にマリナは「向こうの世界からやってきた、救世主を見つけて元の世界に戻る」と発言しているのだから。
きっと、両方の世界を行き来する何らかの手段があるはず。その点を問い質してみた。
「なあ、マリナはどうやってこっちの世界に来たんだ? 君が使った方法を俺も使えば、帰り道の心配なんてしなくていいんじゃないかな」
すると答えてくれた。深刻な表情を浮かべて。
「単刀直入に言うが、私が用いた『手段』はいずれ使えなくなるので当てには出来ない。もし使えたとしても、この『手段』は気まぐれでコントロールが利かないんだ。使用可能になるタイミングは不明で、別世界に飛べても到着地点は選べない。見知らぬ土地というだけならまだしも、海の真ん中や雲の上、最悪の場合は時空の狭間に放り投げられて永遠に彷徨う可能性だってある。無理矢理に使おうとすれば何が起こるか見当もつかない」
「ひぇっ……」
「『戻れないかもしれない』とは、そういうことだ。私は今、決死の覚悟でリゾリュート大陸に立っている。……本当に力が必要な局面では、『手段』は素直に言うことを聞いてくれるようだがな。今回の時空転移はかなり都合よく行えたので、素直の内に入っていると思いたい。だから私は今だけ、セリアル大陸に戻る希望が持てるんだ」
ぞっとする回答を貰い、楽観視するのはやめた。
「どうだ? 答えは」
話を聞いて怖じ気付いたのは事実。しかし、俺の気持ちは――変わらなかった。
「……決めたよ。セリアル大陸へ行く。仮に戻れないとして、それでもいい。両親のいない俺を育ててくれたヘイルおじさんに、何も言わずに旅立つのは悪い気がするけど……自分が本気で決めた事なんだ。冒険らしいことも経験して成長したいし。それにさ……」
凛とした翠色の瞳を見つめて、根拠の無い自信を伝える。
「マリナと一緒なら、どんなことがあっても大丈夫な気がするんだよ。なんとなく、だけどね」
――この時。俺の精神は不思議な感覚に満たされていた。本当に何の根拠も無いのに、マリナから奇妙な安心感を受け取れるのだ。先ほどの楽観視とは別の、あたたかさ、と言うか何と言うか……。よくわからないのでこれ以上は表現できない。
そのほか、リゾリュート大陸へ帰る方法が見つかるという希望を含めて上記の発言をした……のだが、彼女は顔を背けてしまった。伝えない方がよかったのだろうか。
「……会って間もない人間に、そこまで言えるのか。私にとって好都合といえば身も蓋もないが……やはりお前は変な奴なんだな。そういえば、濡れ衣を着せた男のことも追いかけたいんだろう? どうするんだ」
「この世界に戻ってきてから探すさ。他に心残りもないし」
本当のことを言うと多少の心残りが無いことは無かったのだが、それよりも『もうひとつの大陸と世界』のことが気になっていた。
それからほんの少しの時間が流れ、丘に気持ちの良い風が吹きぬける。そして風が大木の枝を存分に揺らして去っていった後、マリナが静かに口を開いた。
「では、この場からセリアル大陸に向かうぞ」
呟くと共にマリナは立ち上がり、俺にもそうするよう指示を促した。
「これに手を触れてくれ。さっき話した『手段』だ」
そう言って、さっきとは違うビットを差し出した。形は丸いが先ほどのものと違い、ハンドボールと同等な大きさをしている。透き通った表面に光が反射し、虹のような色をしているように見えた。そのせいかどこにある宝石などよりも一層、綺麗に思えた。そして俺は、そのビットへ静かに手を添える。
「わかった」
「力を解き放つと強力な光が出る。目は閉じたままにしておけ。……行くぞ」
準備を終えると、マリナは呪文のようなものを唱え始めた。するとビットが発光し始める。
「くっ、確かに凄い眩しさだ……!」
光はすぐに強すぎる輝きを放ち始めたため、目を強く閉じていても眩しさが伝わってきた。
「聖なる力よ。我が呼びかけに応え、異界への扉、今ここに開かん!」
急に全身が軽くなった……と思った次の瞬間。どこかへ吸い込まれるかのような感覚に包まれた。先ほどまでそこに立っていた大木の陰から果てしなく遠く、長い距離を移動したかのように、脳が認識を始めていた…………。
気付いた時には、あの感覚はもう消えていた。同じくして隣からマリナの声が聞こえてくる。
「……やはり素直に言うことを聞いてくれたようだ。無事に着いたぞ。もう目を開けても大丈夫だ」
「あれ、いつの間に? ……って、うわっ!?」
いつものように二本の足で立っているだけだったのだが、思うようにバランスが取れずぐらついてしまい、ついには大きな尻餅をついた。
「時空転移のせいで感覚が麻痺してしまったんだ。私もリゾリュート大陸へ渡った直後に
「いてて……そういうのは時空転移する前に説明してくれよ……。それにしても、ここがセリアル大陸……なの?」
大まかな風景などは俺のいたリゾリュート大陸によく似ており、目線を少し遠くにやれば山も見える。しかしここは雰囲気が……いや、空気が全く違っていた。リゾリュート大陸よりも何か暗くて重い、そんな感じがする。空を見上げてもそこに青い色はなく、雲の濃い灰色で埋め尽くされていた。
……え? 本当に? 本当の本当に、別世界に来たの?
「ここは、セリアル大陸の中でも辺境に含まれる村、キベルナ。セリアル大陸の町村の中では、まだ平和な村だ」
「まだ?」
その部分が引っかかったが、すぐにわかるとマリナに返される。一体、どういう意味なのだろう。
「こんな場所では落ち着いて話もできないな。私についてこい」
言われるがまま、彼女の背を追う。意識していなかったが、全身にまとわりついていた麻痺の症状は、気付かぬ内に消え去っていた。
キベルナの村並みは、バールンに似ていた。しかし大きく異なる部分がある。
この村はバールンよりもいっそう静かで、途中、元気無く俯いている人や気力の欠片も感じられない人を見かけた。まず外に出ている住民の数自体、多いとは言えなかった。商店などにもあまり活気が無く、俺が今までに見てきたケンヴィクス王国のどの町村と比べても暗く感じた。
マリナの案内で到着した場所は、白の煉瓦と石造りの屋根で構成された、古ぼけた大きな屋敷だった。二階建ての様だが横に長く、規模だけで言えばバールンで爆破された貴族の別荘並みである。
「ここがマリナの家?」
「厳密に言えば違う。今は家とも呼べるかもしれないが……。ひとまず中に入ろう」
なんだろう、今の反応は。もしかして、マリナにも親がいないのだろうか……とかなんとか考えているうちに、マリナは屋敷の扉を手前に引いた。
「フォーティス爺さん、居るかい? 私だ、マリナだ。なんとか帰ってこれたよ!」
屋敷の中に入ると、大きな声で誰かを呼び始めた。
「お、おお! 無事だったか! どうじゃ、救世主は見つかったか?」
マリナの声に応じ、二階から白髪の老人が顔を出した。暖かそうな赤い毛皮の掛け布で身をくるんでいる。髭もたくわえており、顔の横から飛び出るほど長い。
いやそれより、この老人からも『救世主』という言葉が出た。俺はそれが気になって仕方がない。
「一応、それらしいのは」
「後ろの少年か?」
フォーティスと呼ばれた老人は杖をつきながら、入り口から見て右手にある階段をそろりそろりと下り、こちらへと歩み寄ってきた。俺は老人に対し、恐る恐る挨拶をする。
「は、初めまして。俺、ゾルク・シュナイダーっていいます」
「……本当に彼が、救世主なのか?」
老人は顔をしかめながらそう言った。そして俺はマリナに促す。
「救世主について、しっかり教えてくれるんだよな?」
「ああ、教えるさ。この世界の現状もな……」