Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
コルトナ将軍を倒した私達は、軍事国クリスミッドの首都リグコードラを目指して飛行中である。
しかし、このまま首都まで素直に飛んでいってもクリスミッド城の迎撃設備が敵機を、即ち私達の搭乗する
だからと対岸の陸地に降りたところで、首都へ繋がるエルデモア大鉄橋は以前の戦いで沈んでおり、船も無い。海を渡れないのだ。
私達にとって手も足も出ない問題。それを解決できるのは……彼ら四人のみ。
「たった今、団長から新たな信号を受信いたしました。こちらへ向かって接近中の模様にござります」
クリスミッド城の南東部、迎撃システムを制御する銀色の管制塔の目前にて。濃紺色の忍び
「おお、ついに来たのですな。では皆さん、管制塔を一気に制圧しましょう。決して少なくない数を相手にすることになりますが、よろしくお願いします」
男性は清潔感の漂う薄黄色の短髪であり、小さな丸眼鏡をかけている。物腰は柔らかだが「制圧する」という発言に相応しく程よい緊張感を放っていた。
けれども彼の防具は充分な強度があると言えど両腕の
忍者達は男性の装備について、なんと一切不安を感じていなかった。それどころか信頼を置いているらしく、尊敬の念を抱きながら返事をしている。
「とんでもない、こちらこそ。手際よく参りましょうぞ」
「ええ。今ごろ彼らは空を移動しながら『城からの迎撃をどう攻略すればいいのか』と悩んでいるに違いありませんから」
そう言いながら男性は鼻の上の丸眼鏡の位置を正し、右手で片手剣を引き抜いた。すると先ほどまで適度だった緊張感が、見る見るうちに膨れ上がっていく。そして雷雲のような刺激と非情さを含んだ気迫で、忍者達と共に管制塔の階段を上り始めるのであった。
彼らの奇襲に無駄は一つも無かった。
管制塔を守るクリスミッド兵を圧倒し、次々に気絶させていく。この時、主に狙っていたのはヘルメット左側に備わった通信機ユニット。これを率先して破壊することで他の兵士との連絡を妨害しようと図ったのだ。
その丁寧さが功を奏したのか、最上階の兵士達を縄で縛り終えた後も増援の影は見えなかった。
管制塔を封鎖し、スムーズに制圧完了。四人それぞれがコントロールパネルを操り目的を達成する。
最終確認の後、丸眼鏡の男性が再びパネルを操作。何者かに通信を繋げた。
「こちら、ヘイル・シュナイダー。応答してほしい」
‐Tales of Zero‐
第56話「打倒の時、迫る」
今、私の隣の座席についているのは水色の長髪の武士、
「お待ちしておりました、ヘイル殿……」
なんと通信相手はゾルクの叔父、ヘイルさん。しかもまさきは「待っていた」という。
ヘイルさんとはケンヴィクス王国の首都オークヌスで別れたきり。更に、私達はザルヴァルグで各地を飛び回っていたので接触の機会など一切なかったはずだが、まるで打ち合わせをしていたかのような口振りだ。
「えっ、ヘイルおじさん!? なんで!? どういうこと!?」
ゾルクも何も知らない様子。後ろの席から身を乗り出し、通信機に向かって大声で疑問をぶつけた。
『おお、ゾルク。無事のようだな。理由なら落ち合ってから話す』
声は向こうに届いていたが、答えは先延ばしにされてしまう。
『まさき君。
「殿下も……? 承知しました……」
通信は終了。まさきはアシュトンに航路を指示した。
予期せずして悩みの種を取り除けたが、どうしてヘイルさんがワージュの存在を知っているのだろうか。裏で何が起きているのか見当がつかなかった。
当然だがクリスミッド城には、ザルヴァルグのような航空機専用の発着場など存在しない。よって強引に城へ辿り着かなければならないが、無闇に攻撃を仕掛けたくないためビームキャノンでの整地は行わない。そこで採用した方法は……。
「お前ら、しっかり掴まってろよ! 突っ込むぜ!!」
石造りの城壁に対して最低限の推力で衝突を実行し、乗降口となっている機首を城内に捻じ込む、というものだった。
ワージュによると、クリスミッド城は鋼鉄化を進めているのだが着工から日は浅く、目的地点も石壁のまま。構造的に他より脆いので突破口を開けるという。城壁の脆さとザルヴァルグの頑丈さとアシュトンの操縦技術が噛み合った、掟破りの荒業なのである。
……しかし最低限の推力だろうと衝突は激突となる。城壁の破壊音と機体の摩擦音が耳を
ワージュはゾルクにしがみつき、ミッシェルは気絶しているメリエルを必死に庇い、ジーレイも格好つけず眼鏡を死守している。座席に座りシートベルトで身体を固定していても、再起不能になるかと思ってしまった。
「ミカヅチ城へ進攻した時の経験が生きたな……」
「ちっとも喜べない……。というか、これっぽっちも生かされてないだろ」
全ての音と揺れが止んだ頃。肝を冷やすまさきへ、ぐったりしながらもゾルクが指摘を深く突き刺していた。
まさしく『逆さ花火』の再体験だった。あんな悲劇をまた味わうことになろうとは……私も無念である。
「えぇぇぇ……。ゾルクさんたち、前にもこんなことしたの? カダシオ砂漠に不時着したのとは別件で……? 今回は仕方ないから協力したけど、命がいくつあっても足りないよ……」
「待ってワージュ。お願い、ドン引きしないで。あの時だって、突っ込みたくて突っ込んだわけじゃないんだからさ」
「でも突っ込んだんだ……」
未だゾルクにしがみつくワージュ。青ざめた顔は、なかなか元の色に戻らなかった。
ようやくクリスミッド城へ乗り込めた。ザルヴァルグは気絶中のメリエルを乗せているため、ソーサラーリングに収納できない。そのためアシュトンとはここで一旦別れ、テクノロジーベースの時のように安全な空域まで退避してもらった。
私達はワージュを含めた七人で行動。城内庭園と通路を抜けた先にある、銀色の管制塔へ近づく。すると、塔の前に立つ彼らの姿が見えてきた。
「よく来てくれた。派手な到着だったから少し心配したぞ。……そしてウィナンシワージュ殿下、お初にお目にかかります。わたしの名はヘイル・シュナイダー。危険を顧みず、よくぞおいでくださいました。心より感謝を申し上げます」
「団長、久方振りにござります。よくぞ御無事で」
ヘイルさんと、スメラギの忍者が三人。こちらへ労いの言葉をかけてくれた。まさきは頷きながら「よく果たしてくれた」と忍者達に返した。
「おじさんも忍者の人達もありがとう! クリスミッド城の迎撃設備をどうするか困ってたんだ。でもなんでここに? 天空魔導砲ラグリシャを止めにきてくれたの?」
ゾルクの問いに、ヘイルさんは首を傾げる。
「天空、魔導砲……ラグリシャ? なんだそれは。空には何も浮かんでいないが……。城内なら一通り調べているが、そんな兵器など影も形も無い」
「でしたら、海中で建造しているとしか考えられませんね。完成と共に浮上させるつもりなのでしょう」
ジーレイの予想は私の考えと同一のもの。首都リグコードラを上空から眺めた時も相応な建造スペースは見当たらなかったので、もうそれしかないだろう。
今度はソシアが口を開く。
「海の中で大掛かりな兵器を造るなんて、可能なんでしょうか?」
「とてつもない建造技術が必要となるはずですが、あのナスターが建造補佐として絡んでいるので、どうとでも説明がつけられます。酔狂でも腕だけは確かな技術研究者ですからね。例えば、実は海流を遮断して内部空間を生成する技術を開発しており案外、手間取らずに建造できているのかもしれませんよ」
「無理のありそうな例え話なのに納得できてしまうのが悔しいです……」
彼女は複雑な表情を浮かべながら、ジーレイからの答えを受け取っていた。
ゾルクは、もう一度ヘイルさんに尋ねる。
「ラグリシャが目的じゃないなら、王妃様救出のほう?」
「正解だ。国王陛下から直々にお達しがあってな。お前達が救出の本隊で、わたしが別働隊という位置付けになる」
「陛下から用事を頼まれたって聞いてたけど、そういうことだったんだ。でもなんで俺達に内緒だったの?」
「万が一にもクリスミッド軍に知られてはいけなかったから、無用の接触を避けていたんだ。それに皆さんはともかく、ゾルクは昔からどこか間抜けなところがある。敵の前で口を滑らせるかもしれない。だから、この瞬間まで何も伝えない方が良いと判断したんだ」
「故に拙者も、何者にも口外しなかったのだ。悪く思うでないぞ……」
ヘイルさんとまさきの暗躍は、用心に用心を重ねてのことだったらしい。だが真実を知った彼はいじけてしまう。
「理由はわかったけどさ、久々に間抜けって言われた……。ちょっと懐かしい気もするけど、ひどいよおじさん……。俺だって頑張ってるんだから」
「……すまん、悪かった。どうやら心配するあまり、昔のお前のイメージが再燃してしまったようだ。旅を経て
「頼むよ、ほんとに」
ムスッとしたゾルクが軽く睨む。ヘイルさんは薄黄色の短髪を不自然に撫でながら、ぎこちない笑顔でその場をやり過ごすのであった。
「話を戻そう。……わたしが首都リグコードラに潜入できたのは、つい最近だ。エルデモア大鉄橋が陥落しても守りが堅かったため非常に苦労したよ。やっとの思いでクリスミッド城の牢屋まで辿り着き、王妃様のご無事を確認した。ウィナンシワージュ殿下の側近と思わしき方々もいらっしゃった。しかし事情があり、わたしだけでは救出できなかった。そんな状況でスメラギの隠密部隊と出会い、殿下が救世主一行と行動を共にされているとの話を伺った。そしてゾルク達が来るのを待っていたというわけだ」
これを聞いたミッシェルは違和感を抱いたようだ。
「あら? ねえ、まさき。隠密部隊はみんなリグコードラから撤退して、リゾルベルリで合流したんじゃなかったっけ?」
「実は念のために精鋭を数名、残していた。『もしもクリスミッド領内でヘイル・シュナイダー殿と
「なんか嘘みたいに的確ね。何もかも知ってなきゃ出来ないレベルの命令でしょ、それ」
「そうでもない。『ヘイル殿が国王ラグラウド様から特命を受けた』との報せを耳に入れた時点で、もしやと思っていたのでな……」
「すっご……。あたし、舌巻いちゃったわ」
ほとんど最初からヘイルさんの動向を察していたとは。「見事」の二文字が相応しい。
「まさき君が抜け目ないお陰で、忍者の皆さんのお力を借りることが出来た。さすがスメラギ武士団の団長だ、と感心したよ」
「勿体無きお言葉にございます。……しかし、あなたが王妃アリシエル様救出の別働隊を務めていると知った際は
「別働隊と言っても、隊員はわたし一人だがね。ははは」
「その点に驚いたのです……」
他愛ないことのように笑い飛ばすが、まさきは真剣に
私もてっきり、まだ合流していないだけで他にケンヴィクス王国軍兵士を従えているのだとばかり思い込んでいた。大人数が潜入に適さないのは解るが、一名のみで行うにはクリスミッド軍は強大すぎる。私がバールン刑務所に忍び込んだ時とは比較にならないほど危険なのだ。
甥のゾルクでさえ、自らの叔父がここまで規格外だったとは把握していなかったらしい。
「……おじさんの凄さ、なんかもう次元が違うかも。俺の知ってるヘイルおじさんじゃないや……」
「それはさて置き」
「置いちゃうんだ……」
「ウィナンシワージュ殿下。事は一刻を争います。王妃様と側近の方々の救出には、あなたのお力が必要なのです」
「ぼくが必要というのは、なぜ?」
通信でも言っていた、救出の条件。どうしてワージュが関わっているのだろうか。それをヘイルさんが説明しようとした、まさにその瞬間。
「管制塔前にて、城壁を突き破ったとされる侵入者を発見!」
「貴様ら、例の救世主一行か!? コルトナ将軍の仇をとらせてもらう!!」
「ウィナンシワージュもいるぞ! 狙いを定めろ!」
塔の前の広がりに、ヘルメットを被った大勢の緑色の兵士が駆けつけてしまった。先端に短剣を装着したクリスミッド式のライフルを携えており、一斉に銃口をこちらへと向ける。
「……少し、話し込み過ぎたか。どうにかしなければならんな」
逃げ道は兵士達に塞がれている。ヘイルさんが片手剣を引き抜くと同時に、私達も武器を手に取った。
一触即発の空気が漂う中、クリスミッド兵のベテランらしき男がヘイルさんを見て記憶を探る。
「む? 貴様の顔、どこかで……」
そして思い出した。クリスミッド軍にとって身の毛もよだつ事実を。
「……ひえぇっ!! せ、
「聖雷だと!? 伝説の化け物がどうしてクリスミッド城に……!?」
「き、聞いたことがある。昔、とある戦いにおいて個人の武力で我が軍を圧倒したケンヴィクス兵がいる、と。そのあまりにも人外じみた強さに戦慄を覚えた同胞達は、あえて
「すげぇ……。俺、生で見るの初めてだ……」
「有り難がるんじゃない! 見ないで済むのが一番なんだぞ!?」
どうやらヘイルさんは現役時代、異名を付けられるほどの恐怖的存在としてクリスミッド軍に認知されていたらしい。兵士達の心に尋常ではないほどの動揺が走り、ライフルを握る手にも震えが生じ始めた。
強行突破するなら今しかない。私とまさきで目配せを交わし、共に先陣を切ろう……と考えていたら。
「その名を覚えてくれていたとはね。わたしは退役しても有名だったようだな。ならば敬意に応え、一瞬で決めさせてもらうとしよう!」
以前に渡していたビットをどこからか取り出し、短時間で精神力を集中するヘイルさん。輝くビットから全身へ落雷のような激しさの魔力を受け取った後、片手剣をゆらりと構える。
「ゆくぞ! 全てを焼き斬るこの雷撃!」
「いかん、撃て!!」
ベテランの兵士が叫んだが、どのライフルの引き金も引かれはしなかった。そして私達の目に映ったのは、ヘイルさんが消える様と光の線のみ。
「ディバイン
剣技の名称を叫ぶ彼の姿は、包囲網を抜けた先にあった。そして兵士は全員、物言うことなくバタバタと倒れていく。
おそらくだがヘイルさんは、雷の魔力で全身の筋肉を刺激して運動能力を高め、まさしく光速で駆け抜けながら剣を振るったのだろう。そして口上に反して手加減し、雷の魔力だけを兵士達に浴びせ、斬り裂くことなく気絶させたのだ。
通常時から
「いつの間にか秘奥義を編み出してたなんて。ますますおじさんの強さに追いつけなくなる……。っていうか、強過ぎるせいで異名を付けられてたことも知らなかったし」
ゾルクが落ち込むのも無理はない。私がゾルクの立場だったとしても「あの強さをどうやって超えればいいんだ」と絶望したはずである。
「せっかくクリスミッド軍がくれた聖雷の名だからな。技の動作もそれになぞらえてみた」
「でもさ、『ディバイン
「ほほう……! 気に入った、それに変更しよう。ゾルクの名付け感覚はしっくりくるな。いつも感服させられる」
二人の会話を聞いた皆は、言い知れぬ
「安直気味なネーミングセンスは血筋だったのか……」
「ん? マリナ、なんか言った?」
「いや何も」
思わず、小声ではあったが心の内を零してしまった。私としたことが……。
――この会話で妙に冷静にさせられた直後。私の眼に映ったゾルクは、自らをそこはかとなく奮い立たせているかのようだった。冗談めいたことを口に出さないといけないほど
アーティルのところへ辿り着く前に倒れてしまうのではないかと、内心では気が気でなかった。
王妃アリシエルとワージュの側近達が囚われているのは、城の地下牢だという。クリスミッド兵を蹴散らしつつ急行しながら、ヘイルさんから詳細を聞いた。
「殿下の存在が必要不可欠な理由、それは地下牢の仕掛けにある。ただでさえ破壊不能なほど堅牢なのに特殊な識別装置が組み込まれていて、クリスミッドの重要人物にしか解錠できないようになっていた。だからゾルク達の到着を待つしかなかったんだ」
「城の地下にそんな仕組みの牢屋があったなんて、ぜんぜん知らなかったよ……。きっとアーティルが極秘に用意したんだと思う」
ワージュの幼い瞳に怒りが籠もった。途端、ジーレイの表情も険しくなる。
「それは僕がグリューセル国を治めていた頃に考案された、個人の魔力の波長に反応して開閉を行う施錠技術……。なぜ大昔の仕掛けがクリスミッド城内で使われているのでしょうか。魔力を使用する技術全般は国の滅亡と共に失われたはずなので、現代のリゾリュート大陸に残存しているのはおかしい」
「これもデウスの入れ知恵なのでは?」
「……かもしれませんね」
私の言葉に納得したかは不明。少なくとも心の晴れた声色ではなかった。
暗い地下階層の奥。
半透明で巨大な一枚の壁に遮断された、無機質で無菌的な空間。そこが、王妃や側近達を閉じ込めた牢屋であった。
ワージュが壁へ一番に駆け寄る。
「みんな、助けに来たよ! 遅くなってごめんなさい」
「お……おお!? 殿下であらせられますか!? 幻覚ではなく、本物の……!?」
「アーティルの魔の手より逃げ延びられたのですね……! ずっと案じておりました……よくぞ、よくぞ御無事で……!!」
「優しいおじいさんが逃がしてくれたんだ」
あちこちが傷んだ、元は規律の正しさに満ちていたであろう衣装に身を包んだ彼らが、ワージュの側近である。お互いの無事を確かめ合い、感極まっていた。
「殿下、こちらへ」
「……はい!」
ワージュはヘイルさんの誘導に従い、牢屋前に備わった認証盤へ手の平を乗せた。すると半透明の壁はスゥッと消えていき、遮るものは何も無くなった。
……抹殺対象となっているワージュが、どうして認証盤を突破できたのか。答えは忍者の調査報告にある。
当初は対応していなかったらしいが、ある時期にワージュが認証対象としてシステムに追加された痕跡が見つかったという。それは、師範がワージュを逃がした時期と一致。おそらくシステムに手を加えたのは師範だろう。周到さに頭が下がる。
側近達が一目散にワージュの元へ向かう。その後ろではヘイルさんが、座り込んだままの女性へ近付き
「王妃様、お迎えに参りました」
「シュナイダー名誉騎士長……! ありがとうございます。よく戻ってきてくれました」
所々が汚れてしまっている銀のドレスに身を包んだ、薄桃色のショートヘアの女性――王妃アリシエル・ウレン・ケンヴィクス。過酷な環境下にあったが、今日この瞬間まで何とか生き延びてくれていたのである。ヘイルさんの支えありきだが、立ち上がることも出来ていた。
「力及ばず一度は退き、救出に時間をかけてしまったこと……どうかお許しください」
「とんでもありません……! わたくしもウィナンシワージュ殿下の側近の方々も、あなたが一度ここへ訪れてくれたからこそ希望を捨てずに耐え忍ぼうと思えたのですよ」
おもむろにワージュの側近達が近付いてくる。
「その通り。あなたを良き意味で聖雷と思える日が来ようとは。心地の良い心境です」
「まさにクリスミッドとケンヴィクスを繋ぐ英雄と言えましょう。この御恩、一生忘れは致しません」
「過分なお言葉、既に退役している身としては恐れ多い……。勇気を振り絞りここまでいらっしゃった殿下のほうが、英雄とお呼びするに相応しいでしょう」
「ぼ、ぼくはみんなを助けたくて必死だっただけで、英雄だなんてそんな……!」
王妃のみならず側近達からも謝辞を受け取り、少々照れ臭そうなヘイルさん。そのこそばゆい気持ちはワージュにも飛び火するのだった。
ジーレイとソシアは牢屋前の認証盤を調べていたのだが、ここでも不思議な事実が。
「どうやら、この牢屋そのものが魔力の計測と変換を兼ねていたようですね」
「えっ!? 皆さん、ずっとここに入っていたんですよね? 王妃様の変換には時間がかかるとは聞いていましたけれど、それにしたって……。どうして魔力に変換されずに済んだんでしょうか……?」
「ヘイル氏の存在が皆の心の支えとなり絶望しなかったおかげで耐えることが出来たのかも、としか。これ以上の推測は僕でも不可能です」
賢明な彼に推測不能と言わしめたヘイルさんは、やはり英雄の器なのかもしれない。
「奥の牢屋にも大勢、収容されているようだ。特殊性のない普通の牢屋に見える」
私が気付くとゾルクが恐る恐る覗き込む。牢屋に入れられているのは……緑の軍服を着た男達。
「クリスミッドの兵士がこんなにたくさん……! なんで囚われてるんだ?」
するとワージュの側近の一人が来て、次のように述べる。
「できれば、あの兵士達の解放もお願い致します。彼らに敵意はありませんから」
その言葉で私は察した。
「いわゆる、ワージュ派の兵士か。それだけでなくアーティルから離反した兵士も含まれていそうだな」
「ああ。総帥の意に背いた者は容赦されず、牢屋行きになったというわけだ……」
一番手前で座り込んでいた兵士が、私の言葉へ付け足した。彼の軍服は、ひしめく緑の中で目立つ赤色。隊長格のような風貌だが……。
「あなたは?」
「間違いだらけの無様な部隊長さ」
自虐的に力なく笑った。
仲間と協議し、牢屋の錠前を破壊。囚われていたクリスミッド兵の全員を解放した。ワージュより「クーデター以前から信用に値していた兵士の姿が何名も見えた」との証言があり、それも考慮した上での解放である。
牢屋を出た彼らに武器を隠し持っている様子はなく、私達を騙すような素振りも全くなかった。むしろ衰弱した兵士がちらほらいて互いに助け合っている状況だった。こちらで治癒術をかけると、涙を流して感謝する兵士もいたほど。
先ほどの部隊長も深々と頭を下げ、誠意的な態度をとってくれた。そしてこちらの事情を掻い摘んで伝えると、部隊長は重い空気を漂わせながら次のように言った。
「救世主一行よ、総帥が駆使するあの異様な術はグラップルキネシスという……。総帥自身の『欲するがまま掴み取る』という野心に影響されて発現したかのような、とてつもない能力だ。防ぐ方法は無いうえ一方的に対象を
「当たり前さ。引き下がるつもりなんてないよ」
ゾルクの真っ直ぐな返事に希望を見たのかもしれない。部隊長の言葉の続きは、こちらに未来を託すかのような想いが込められているように感じた。
「だったら急いだ方がいい。もうすぐ総帥はラグリシャを南西の海から浮上させ、攻撃準備に入るつもりだ」
予想通り、ラグリシャは海中で造られていたようだ。しかし彼は牢屋に囚われていたはず。どうして浮上のタイミングがわかるのだろうか。
裏を取るため、私は尋ねた。
「確かな情報なのか?」
「ラグリシャによる作戦の開始日が今日なんだ。そしてオレは、総帥に作戦中止を直接提言して牢屋にぶち込まれたばかり。王妃達の魔力変換が終了予定日を大幅に過ぎても終わらなかったこともあり、総帥の虫の居所は最悪。激情しやすい性格だから、間違いなく実行するだろう」
「……わかった。信用する」
ならば、海中へ潜る手段をすぐに見つけなければ……と考えている途中。部隊長は改まった様子で願いを発した。
「オレは一度、総帥に賛同した身。こんなことを言える立場ではないが、恥を忍ぼう。……どうか総帥を止めてくれ。やはり大勢の犠牲を払った上でケンヴィクス王国を侵略するなんて、いくら軍事国だとしても……あってはならない。前総帥は正しかったんだ」
その願いは、ゾルクがしっかりと受け止めていた。
「任せて。絶対にアーティルを止めてみせるよ。……みんな、急いで外に出よう!」
「では援護しよう。なあに、丸腰でも心得はある。……動ける者はオレに続け!」
こうして一時的に大所帯となった私達。
日の当たる城内庭園に全員が出てきた時。
突如、大きな揺れが起こった。ザルヴァルグで城壁に突撃した際と同等の激しさである。
「おおおおおお!? なんだなんだ!?」
ゾルクが慌てているのを尻目に南西の海を見てみると……海面からどんどんせり上がってくるではないか。天使と悪魔を模したような羽が四方に一対ずつ生えた、
完全に空中へと浮かんだそれは順調に高度を上げていく。揺れは収まったが建造物のあまりの貫禄に圧倒され、私達の足は無意識の内に止まっていた。
「あれが、天空魔導砲ラグリシャなんですね……!!」
「テクノロジーベースに匹敵しうる規模と見受けた。しかし砲身も砲口も見当たらぬぞ。魔導砲より空中要塞と呼んだほうが、まだ合点がいく……」
ソシアもまさきも見上げながら冷や汗を流し、そう零していた。しかし、ミッシェルとジーレイは怖じ気付いておらず。
「デザインからなんとなく悪趣味な香りが漂ってるけどデウスとナスター、どっちの趣向かしらねぇ?」
「案外、アーティルかもしれませんよ。厄介な性格をしていますし」
大人の余裕……のようなものを見せていた。私としては、もう少し緊張感を持ってもらいたいのだが。強いるものでもないしリラックス出来ている証拠でもあるから、あえて何も言わないことにする。
「海に潜る手間が省けたな。ザルヴァルグで殴り込もう。すぐにアシュトンを呼ぶ」
「航空機を呼ぶのか? だったら、この城内庭園を着陸地点とすればいい。広さは問題ないはず。襲い来る兵士はオレ達で食い止め、乗り込む際の隙を埋めてみせよう」
「助かる」
部隊長達の助力を受け入れた後、私はジャケットの内側から通信機を手に取った。
一方、ゾルクはミッシェルに尋ねていた。
「ラグリシャってあんなに真っ白だけど、塗りたくならないの?」
「……もうならないわ。そんなことより真面目にいきましょ! 王妃様達は救出できたけど、ここからもあたし達にとってのメインイベントなんだから!」
「ちぇっ! 自分だって関係ないこと言ってたくせに~!」
――やはり、なんとなくだがゾルクが空回りしているように見える。冗談を言うことは今までにも何度となくあったが年長者二人とは違い、こんな状況で積極的に言うような奴ではない、と私は思っている。
ただの考え過ぎならいいのだが……。彼の疲労がピークに達していないことを祈るばかりであった。
「ゾルク。あのデカブツのところへ行くんだな? 聞き飽きたかもしれんが、無茶はするなよ。命を大切にするんだ」
「……うん。ありがとう、おじさん」
ヘイルさんも私と同じく、彼から低迷した雰囲気を感じ取っているのだろうか。いつにも増してゾルクの身を案じていた。
「皆さんも、どうかお気を付けて。わたしは隠密部隊と共に王妃様や側近の方々を護衛し、リグコードラからの脱出を図る。さあ、殿下もこちらへ」
「えっ、でも……」
ワージュは困惑した。事の決着を自らの目で見届けたいのだろう。
しかしラグリシャには更なる危険が待ち構えている。ワージュを守りながら戦うのは非現実的だ。そのことを諭すように、ヘイルさんは語った。
「ここから先、ゾルク達への同行は決してなりません。あなたはクリスミッドの未来を担うことができる、唯一の正統後継者。アーティルに見つかれば即刻、命を奪われてしまうでしょう。ですので、殿下の使命は『無事に生還し、新たな総帥となってクリスミッドを導くこと』。……わたしが言わずとも、おわかり頂けているはず」
「……はい」
肩を落とす彼へ、ゾルクが優しく伝える。
「心配しないで。俺達、必ずアーティルを止めてみせるからさ」
「そのこともだけど、ぼくはゾルクさん達が心配で……そばで見守りたかった。だけどヘイルさんのおっしゃるとおりだよ。……ぼく、待ってる。みんなが無事に帰ってくるの、待ってるから……!」
幼き眼を僅かに潤ませながらの宣言。
ゾルクの返事は、笑顔と共に。
「約束するよ、ワージュ」
丁度、こちらへ接近するザルヴァルグの姿が目視できるようになってきた。いよいよ、あの
様々な想いを背負って、いざ、総帥アーティル・ヴィンガートの元へ……!