Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第57話「総握女傑(そうあくじょけつ)」 語り:マリナ

 部隊長達のお陰で敵の兵士から邪魔されることなく、無事にザルヴァルグへ搭乗。即座に城内庭園を後にし、夕暮れ間近の大空を飛んだ。

 

 それからは無我夢中だった。

 今度はザルヴァルグのビームキャノンをフル活用し、ラグリシャの外壁へ手当たり次第に砲撃。しかしバリアを張っているらしく大穴は開かなかった。

 諦めずビームキャノンを撃ち続けていると、底面に相当する逆三角錐(ぎゃくさんかくすい)の頂点付近だけバリアが弱いことが発覚。そこを破壊後に六人で侵入し、アシュトンには離脱してもらった。

 

 事前にまさきが感想として零した通り、ラグリシャ内部は兵器というより要塞や基地のようになっていた。

 当然ながらクリスミッド兵は波のように押し寄せるほか、エグゾア所属の黒ずくめの生体兵器アムノイドや数種類の小型戦闘マシンも投入されており、地上と空中の両方から迎え撃たれてしまう。

 だが、大人しく倒される私達ではない。あちら以上の猛攻を与え、勢いを増しながら突破。懸命にアーティルの居場所を探した。

 

 

 

 ――そして、ついに――

 

 

 

「偽物の総帥、アーティル・ヴィンガート! やっと見つけたぞ!!」

 

 天空魔導砲の中心部、全体指揮や射撃統制などを行う重要制御室にて、ゾルクの叫び声が響き渡る。ラグリシャを制御している兵士も大勢いるが、叫びに対して何の反応も示さず黙々と作業を続けているため構うことは無かった。

 

「幽閉していた造反の兵士達を勝手に解放し、ラグリシャを外から中から散々傷つけてくれた挙句、(わきま)えのない物の言い(よう)……。随分ではないか、救世主一行よ」

 

 若草色の細長いポニーテール、左目にかけたモノクル、紺色が基調の軍服と左側だけに纏った白いマント……。軍事国クリスミッドの現総帥アーティル・ヴィンガートだ。一番奥の席で偉そうに足を組み、ふてぶてしく制御台に乗せている。

 私は彼女を睨みつけ、二丁の無限拳銃を両腰のホルスターから引き抜いた。

 

「大勢の人間を傷付け、操り、命を犠牲にしてきた貴様が! 言えた事か!!」

 

 続き、まさきが刀を、ソシアが無限弓を構える。

 

「手段を選ばぬ者が最上位に君臨しようとも、国は良くなりはせぬ……」

 

「ワージュ君にクリスミッドを立て直してもらうためにも、あなたを倒します!」

 

 大筆(たいひつ)を突き出したミッシェルも言葉とは裏腹に、表情が真剣そのもの。

 

「あたし、生き別れの姉を取り戻したばっかりだから、さっさと終わらせて一緒にゆっくりしたいのよねぇ~!」

 

「というわけですので、どうか速やかにご覚悟を」

 

 ジーレイも魔本を開き、いつでも詠唱を始められる態勢となる。

 やる気充分の私達を目の当たりにしたアーティルだが、こちらのテンションとは反対につまらなさそうな溜め息をついた。

 

「邪魔をしないでもらいたいなぁ……。これから天空魔導砲ラグリシャを使い、ケンヴィクス王国を支配しようという重要な局面なのだから」

 

 気だるげに立ち上がり、話を続ける。

 

「お前達が、ブリッツヴォルフとなったコルトナを撃破したのは聞いている。ならば荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)は見ているだろう? ラグリシャは、あれの比にならないほど高い威力を有しているのだ。まさしく国ひとつを簡単に滅ぼせるほどの、な。これを行使するとなると、リゾリュート大陸の統一など最終目標として適切ではない。だから吾輩は目標をもう一段階、上げることにしたのさ」

 

「欲張り者め、世界征服すら目論むか……! その過程でいずれスメラギの里をも侵略するというのならば尚更、ここで食い止めるのみ……!!」

 

 まさきの、刀を握る力がよりいっそう強くなる。

 デウスが嘘の目標として掲げていた、世界征服という野望。奇しくもアーティルはそこに行き着いていたのだ。

 ゾルクは突き刺すような視線で訊く。

 

「ラグリシャの動力源はリゾリュート大陸の人々なんだよな……!? 同じ大陸の住人をたくさん手にかけて、なんとも思ってないのか!?」

 

「思っているさ。良質な資源となってくれたことに感謝しているよ」

 

 その平坦な返事に感情を抑え切れず。

 

「お前は間違ってる!!」

 

 怒りが喉から飛び出し、無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーを引き抜いた。

 

「……教えなきゃいけないことがある。デウスは、自分が使うためにラグリシャをクリスミッドに造らせたんだ」

 

「ほう」

 

「エグゾアは善意で誰かに協力するような組織じゃない。リゾリュートの人達を(さら)ったのもクリスミッドに協力してたんじゃなくて、あくまでデウスの野望のため。利用されてるんだぞ!? この国も、お前も!」

 

「万が一、総司令殿がラグリシャを横取りしようと企んでも、既に制御システムは吾輩が掌握している。不備はないさ」

 

「そんなの当てにならない! デウスが何のためにラグリシャを使おうとしてるのか俺達にだってわからないんだ! 最悪の事態になる前に、いい加減、目を覚ませよ!!」

 

 ゾルクの訴えはアーティルに……届くはずがなかった。

 

「大人しく聞いていれば『覚悟しろ』だの『食い止める』だの『目を覚ませ』だの……。本気でほざいているのか?」

 

 ――その冷酷な瞳に背筋が凍った。

 彼女の奥底に眠る闇が突如として溢れ出し、私達を呑み込もうとするかのような感覚。ただの威圧ではないようだ。

 

凡愚(ぼんぐ)戯言(ざれごと)には、ほとほとうんざりさせられる。……もういい。相手をしてやろう。計画に支障が出た分の()さも晴らしたかったところだしな」

 

 アーティルの身体が、掴みどころの無い霧状の闇に変質していく。そしてコルトナ将軍がモンスターと化した時と同様に、新たな姿を形作っていった。

 

「お前も変身できるのか……!!」

 

 蒼の眼で『それ』を捉えたゾルクはエンシェントキャリバーを握り直し、警戒心を強めた。

 アーティルは、ブリッツヴォルフのようなわかりやすい獣ではなく、地に突き立てた剣と人間を掛け合わせたかのような、浮遊する異形のモンスターに変貌した。

 全高は人間時より一回り大きい程度。深い緑色で脚部は無く、三本角の頭部と左右の巨大な拳は剣状の本体から紫の光で接続されていた。手の甲と本体の中心には赤く発光する部分も備わっているが、恐らく体内のビットが露出したのだろう。

 

「醜くも美しいこの姿の名は、サイコヴァニッシャー。救世主一行の最期を看取(みと)る死神として、この上ないフォルムだろう?」

 

 三本角の頭部から横線状の赤い光を漏らすと、彼女は心躍る様子で告げた。

 

「では、始めようか」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第57話「総握女傑(そうあくじょけつ)

 

 

 

 ――まさしく瞬間。私達全員の見る景色が、重要制御室ではないものへと塗り変わった。

 床は鉄壁並みに硬い素材。強い風が身体に当たり、四方に天使と悪魔の羽が見える。どうやら屋外のようだ。

 おまけに、ラグリシャ攻略中には気付かなかった事実が。辺りは暗く天には星が煌めいており、時間の経過を物語っている。床へ最低限に備わった照明装置のおかげで敵味方の位置を把握できるのは救いだった。

 

「これは瞬間移動……違う、転送か!?」

 

「そうだ。現在地はラグリシャの天辺(てっぺん)さ。吾輩はエグゾアの転送魔法陣の術式も取り込んでいるのでな、連れて来てやった。思う存分やるのなら広い戦場が適切。これは万国に通ずる礼儀であり真理だ」

 

 ゾルクの問いへ自己の美学を絡めながら答えた。

 その一方で、すかさず行動する者が一人。

 

「我が意思に応じよ、創造を貫く碧玉(へきぎょく)!」

 

 ミッシェルである。大筆を目一杯に振り回して赤褐色の魔法陣を床に描くと、夜に映えるドーム状の光が生まれて私達全員を包み込んだ。

 大筆の石突き部分を陣の中心に打ちつけて詠唱完了。

 

「ジャスパーシフト!」

 

 …………何も起こらなかった。ミッシェルが初めて披露した筆術(ひつじゅつ)なので詳細はわからない。

 サイコヴァニッシャーも特に対応するような姿勢は見せなかった。無反撃という名の挑発なのだろうか。ならば私もと、挑発を返す。

 

「数で(まさ)っている私達に有利な地形まで与えてしまって、本当にいいんだな?」

 

「構わん。お前達が存分に戦えるとは、(はな)から……」

 

 本体から独立して動く巨大な両手が開き、内側をこちらへ向ける。そして――

 

「思っていないからな!!」

 

 大気を震わせながら、念じるかの如く力を込めた。同時に私達の身体の自由は……いとも簡単に奪われてしまう。

 ……遠隔操作魔術グラップルキネシスが来ることは予測できていた。だから私達はサイコヴァニッシャーの前に立つことを極力避け、間合いを開き、何か動きを見せれば回避行動をとるよう心掛けていた。そして今まさに回避した……つもりだったのだが、まるで意味を成さないとは。

 

「そんな……対策していたはずなのに……!」

 

「しかも一挙に、六人も狙えるとは……」

 

「せいぜい二人までだと思っていましたが、変身によりグラップルキネシスも強化されたようですね……」

 

 回避行動後の膝を突いた状態で、ソシア、まさき、ジーレイはその場に固められた。分析しても後の祭りである。

 

「ゾルク、どうするの!? ワージュにカッコつけてた割に、大ピンチじゃないの……!」

 

「こんな時に、おじさんが居てくれたら……。残ってもらえばよかった」

 

「弱音を吐くな、みっともない……! アーティルに啖呵(たんか)を切っていた姿も幻だったか……」

 

 こちら三名も当然動けず、グラップルキネシスへの対処のしようが無かった。

 サイコヴァニッシャーから上機嫌な高笑いが、図々しく飛び出す。

 

「ふははははは! どうだ? 歯痒いか? この先、心臓から伸びる血管を繊細に一本ずつ引き千切り、じわじわと(なぶ)り殺しにしてやってもいい」

 

 こちらは身体の自由を奪われているのみで、ダメージは無い。向こうには、まだ油断が潜んでいるかもしれない。

 状況を好転させるなら今しかないだろう。無理矢理にでも腕を動かせば、銃口を奴に……!

 

「が」

 

 ……私の思惑は、敢え無く潰える。

 

「吾輩は手を抜くつもりなどない。救世主一行よ! 慙愧(ざんき)にまみれて捻じ切れてしまえ!!」

 

 彼女に油断など皆無であった。

 念じる力を最大にしたのか、大きく開いた両手が段々と閉じようとしている。その動きに合わせて私達の全身は捉えようの無い力に圧迫され、みしみしと悲鳴を発し始めた。……とどめを刺しにかかっているのだ。本気のグラップルキネシスは、能力そのものが秘奥義に匹敵する脅威と言って差し支えないだろう。

 急激に奪われる体力。形容し難い苦痛に襲われて発声も呼吸もままならない。仲間の身を案じる余裕も無い。このまま続けば捻じ切れる前に身体をぐちゃぐちゃにされ、絶命してしまう……。

 恐怖が、私の内側を支配した。

 

「お……れ……に……」

 

 全ての望みを失った、その時。

 無創剣エンシェントキャリバーを構えたまま動けないはずのゾルクが根性を見せ、微かに声を振り絞った。

 

「応え……ろ……!」

 

 それは、彼が身を削る際の文言だった……。

 他に手の打ちようが無い時や皆の命が懸かっている時、ゾルクは迷わず力を使う。そこに打算や強迫観念などはない。彼自身が「使うべき場面で使う」と、確固たる決意をしているのだから。

 育ての親であるヘイルさんが贈った「命を大切に」という懸念の言葉でさえ、決意には影響を及ぼしていない様子。それくらい本物の想いなのだ。

 

 ――やめろ、その力を使うな。お前の命を優先しろ――

 

 頭の中で、そう叫ぶ。

 ……実際に喉から出ることはなかった。身体が思うように動かせないから、という理由は勿論ある。しかし、なによりも……。

 

 この期に及んで私は、自分の命が惜しくなっていたのだ。

 

 ゾルクにあの力を使わせないよう助けると決心しても、肝心な時にそれを守れず、逆に頼ってしまうとは……何という情けなさだろうか。

 仮にこの心境をゾルクに打ち明けたとしても「それでいい」と言って笑ってくれるのだろう。しかし私は、彼の決意に甘えてしまった自分が不甲斐なく、どうしても許せなかった。

 

「エンシェント……ビットッ……!!」

 

 クリスミッドの軍勢を無力化した時と同じく、聖なる剣身が清らかな光を放つ。ゾルクに内包されたエンシェントビットが発動した証拠である。

 そして、私達への不可視の拘束は……強制的な終わりを迎えた。

 

「……むっ!?」

 

 突然、グラップルキネシスの手応えを失ったサイコヴァニッシャー。頭部の赤光で巨大な両手の平をまじまじと見つめており、静かに憤慨しているのが(うかが)える。

 

「まさか、能力を抹消できるのか? やってくれるではないか……!!」

 

 原理はわからずとも、何が起きたのかは理解できているようだ。

 これを皮切りに、戦況は徐々に覆っていく。

 

「さーて、そろそろかしらね……!」

 

 ミッシェルがニヤリと笑うと……サイコヴァニッシャーの動きが鈍くなった。苦悶の声も聞こえる。

 

「ぐっ……! 吾輩は無傷のはず……なぜ急に体力を削られた……!?」

 

「ジャスパーシフトは、魔法陣の中の味方が受けたダメージとか疲れとかなんやかんやを、倍にして敵に反映させる筆術なの。あなたとまともに戦ったらヤバそうだと直感して初っ端に描いたんだけど、良い感じに決まったみたいね!」

 

「類い稀なる戦闘センスか、はたまた、ただの豪運か。筆術師(ひつじゅつし)め、どちらにせよ小賢しい……!!」

 

 そういうカラクリだったとは。ピンチをチャンスに変える、ミッシェルらしい筆術だ。

 これを機に、他の仲間も反撃を開始した。しかしダメージは残っているため、ミッシェルは治癒の筆術を描きにかかるのだった。

 

「ミッシェル、さすが……だね……」

 

 呟きながらゾルクは無創剣を床に落とし、無抵抗によろける。武器も握れなくなるほど、体力の限界へと達したのだ。

 

「大丈夫か!?」

 

 限界を予見していた私は彼を受け止め、治癒の弾丸である銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)を何度も撃ち込んだ。負傷へは効くが、エンシェントビットの使用で生じた疲労に対しては気休めにしかならない。だが何もしないよりかはマシなのだ。

 

「世界の(ことわり)を書き換えて、グラップルキネシスを消去してくれたんだな……」

 

「本当はアーティルから変身能力そのものを消すつもりだったんだけど、体力も集中力も限界みたいでさ……。グラップルキネシスを消すのがやっとだったよ。……実を言うと、この戦いまでの道のりも結構しんどかった」

 

「やはり自分を誤魔化していたのか。クリスミッド城でも様子がおかしいと思っていた」

 

「……バレてた? マリナには敵わないなぁ……」

 

「しかし、そんな体調でよくエンシェントビットを使ってくれた。おかげでみんな生きている」

 

 無創剣を拾い、手渡す。そして勇気を持って心情を吐露した。

 

「…………ゾルク、ヘタレは私の方だ。これまでの発言を撤回する。申し訳ない」

 

「え? 急に何を……」

 

「エンシェントビットを使わせないように助ける、という私の考え方は間違っていた。お前を止める覚悟が無いと気付いたんだ……。なら全てを懸けて、エンシェントビットを使うお前をサポートしよう。……お前は命を削っているのに、私はそれくらいのことしか出来ない。本当に済まない……」

 

「謝らなくていいよ……! そう言ってくれるだけで、とっても心強いからさ。これまでもこれからもマリナのこと、頼りにしてるよ。もちろん、みんなのこともね」

 

 なんとか作り上げた笑顔と共に、ゾルクは答えてくれた。……私のもどかしさは残ったまま。胸が締め付けられるような思いは解消されなかった。

 

「殺し合いの最中に(むつ)み合うとは、どういう了見だ? 救世主殿は意外と破廉恥(はれんち)なのだな」

 

 サイコヴァニッシャーが、刀による連続斬撃を捌きながら煽りを飛ばした。まさきは冷静に言い返す。

 

「お主とて厚顔無恥であろう……」

 

「ふはははは! かも……しれないな!!」

 

 巨大な左手による掌底打ちが魔術や弓矢を掻い潜り、まさきの不意を突いた。

 

「ぬうっ……!!」

 

「まさきさん、回復を!」

 

 吹き飛ばされて床を転がる姿を、ソシアが案じる。まさきは、まだ治癒術を受けていない。戦闘不能の境界線を越える時が近いのだ。

 

「心配無用……!」

 

 それでも治癒術を受け付ける素振りは無く、剣術を繰り出そうとした。

 

「この有り様、起死回生となりうるか。まさに博打……!」

 

 脚部に神経を集中し、所持したビットの魔力を用いて風を纏う。そして意を決し。

 

神風刃(しんぷうじん)……!」

 

 瞬間移動さながらのスピードを発揮し、水色の長髪で軌跡を描く。遠く吹き飛ばされていたにもかかわらず一瞬でサイコヴァニッシャーの目前へ躍り出たかと思えば、意識を向けられる前に深緑色の本体を斬り裂いた。

 それだけではない。奥義へと連携した。納刀を行い、理性と本能の狭間で感覚を研ぎ澄ませ、相手の急所を見極める所作。

 

心命(しんめい)

 

 自身の体力が限界に近いほど威力が上昇する、諸刃の居合い抜きである。

 

抜刀刃(ばっとうじん)……!!」

 

 再び鞘から引き抜かれた刀身はサイコヴァニッシャーの本体部を斬り上げ、縦に大きな斬撃痕をつくりあげた。

 

「がっ……ぐあああああ!!」

 

 痛々しい悲鳴が三本角の頭部から放たれた。

 まさきの行動は賭けだったのだ。己の体力を代償に見事、一矢報いる。

 

「……変身した吾輩に、有効な一撃を見舞うとはな。乗り込んできただけのことはある。……しかし!」

 

 その後の彼は……大きな右手に呆気なく捕まり、容赦なく床へ叩きつけられてしまった。体力が残り少な過ぎるせいで攻撃に徹するしかなく、防御や回避を完全に捨てていたのだ。

 

「皆よ……託したぞ……」

 

 想いを残し、まさきは気絶してしまった。

 

「グラップルキネシスを失おうとも吾輩の実力は健在。完膚なきまでに叩きのめしてやろう……!!」

 

 自信に満ち溢れた宣言。それは誇張でも何でもなく、紛れもない事実である。

 サイコヴァニッシャーは見た目の通り、巨大な両手に物理的なパワーを秘めている。加えて射撃などの遠隔攻撃に耐性があるようで、魔術的な防御力も並大抵ではなかった。

 ジーレイは拘束解除後から攻撃魔術を絶え間なく発動しているのだが、奴にとってはどこ吹く風。無効とまではいかないが大した効果を得られていないのだ。

 それでもジーレイは自らのペースを崩したくないためか、からかうように喋りかける。

 

「元の容姿はせっかく端麗なのですから、別の道を選択なさった方が幸福だったのでは」

 

「女としての生き様ということか? どこかの誰かが世界を手中に収めたまま今なお健在だったならば、詮術(せんすべ)の一つとして考えたかもしれないな」

 

「なるほど。侵略や世界征服以外は眼中にない、と」

 

「理解が早くて助かる」

 

 ……すると何故か、彼女は攻撃の手を止めた。そして会話を続ける。

 

「ついでだ、ひとつ告白しておこう。ジーレイ・エルシード……かつての魔皇帝よ。吾輩はあなたに憧れていた。リゾリュート大陸を治めた後、歴史上ただひとり世界統一を成し遂げた、あなたに」

 

「……それをご存知とは。デウスのお喋りは、誰が相手でも変わらないようですね」

 

「いいや。吾輩はエグゾアと関係を持つ以前から……セリアル大陸出現よりも昔から、他の誰も知りえない世界の真実を知っていた」

 

「どういうこと!?」

 

 ミッシェルの驚く声に続き、サイコヴァニッシャーは答えた。

 

「ヴィンガート家には古くから伝わる書物があってな。暗号化された文章を誰も解読できなかったが、現存する唯一の古代書ということで家宝となっていた。……幼き日の吾輩はそれを、なんの知識も読解法も身に付けないまま読み解いてしまった。そして世界と魔皇帝の魅力に取り憑かれ、真実を誰にも話さず野望と憧れを抱き、ここまでやってきたというわけさ」

 

「それは魔力暗号術式が施された代物ですね……。アーティルの秘めた潜在的魔力の波長が、鍵となる魔力の波長と偶然一致していたために、読むことができたのでしょう」

 

 ジーレイの説明を聞き、ソシアが尋ねる。

 

「牢屋の特殊な仕掛けも、古代書に書いてあったから再現できたんでしょうか?」

 

「おそらくは。……なるほど。思い起こせば、デウスが処分した古代歴史書物はセリアル大陸の分のみ。二千年が経過したとはいえ、リゾリュート大陸には残っていてもおかしくありませんね」

 

 思いも寄らなかった経緯が明かされた末、結局ジーレイは調子を崩されてしまったようだ。

 

「お喋りはここまでだ。お前達の始末を続行しよう。かつての魔皇帝をこの手で葬れること、光栄に思うよ」

 

 サイコヴァニッシャーは浮遊移動で堂々とこちらへ近付き、その豪腕を振るってくる。剣状の本体と両拳を繋ぐ紫の光は自由自在に伸縮するため間合いも軌道も読めない。

 このためミッシェルも隙の小さい治癒術しか発動できておらず、全員の体力は満足に回復していない。復活の筆術レイズデッドは詠唱時間が長く、まさきの戦線復帰など狙えるはずがなかった。

 

「どうすりゃいいのよ! 追い詰められるのを待つしかないわけ……!?」

 

「……考えがある」

 

 ミッシェルをなだめるかのように、ゾルクが述べる。

 

「射撃や魔術はいまひとつみたいだけど、まさきの斬撃はしっかり通用してた。だとしたら多分、俺じゃないとアーティルを倒せない。だから……」

 

 続く言葉を私が引き継いだ。

 

「『俺に任せてほしい』、と?」

 

「うん」

 

「……頼んだ。全力で行け」

 

「うん……! まさきの分もエンシェントキャリバーに乗せて、ぶった斬ってやる!」

 

 激励の意味を込めてゾルクの背中を叩き、私は前に出た。

 作戦はジーレイが立てる。

 

「ぐずぐずしていられませんね。……魔術と射撃による弾幕は継続。マリナは攪乱(かくらん)もお願い致します。ミッシェルは人形を描き、ゾルクの手当てをさせてください」

 

「人形で手当て……?」

 

 ミッシェルの描く人形に治癒能力は無い。彼女は少し考えた後、皆の目配せに気付く。更に、ジーレイの悪い顔を目の当たりにして……この作戦の意図を察した様子。不本意そうに息を吐くが、しっかり承諾するのだった。

 

「……わかったわ! 出番よ、『ソルフェグラッフォレーチェ』!」

 

 彼女の第一秘奥義、ミッシェル・クオリティ。大筆の毛先から虹色の絵具が多量に(ほとばし)っており、白い長身人形をあっという間に描き上げた。

 三日月を模した巨大な口はいつも通り。相変わらず不気味な笑顔である。そして人形は手当てという名目に従い、否応なくゾルクへ覆い被さるのだった。

 一連の様子を眺めていたサイコヴァニッシャーだが、どうやら呆れているらしい。

 

「敵前での作戦立案……素人か? 内容が筒抜けだ」

 

「だったらどうした。私達は、いつもこうだぞ」

 

 まさきの俊敏な距離の詰め方に(なら)うようにして、奴へ急接近。そして私が繰り出したのは。

 

影紅葉(かげもみじ)!!」

 

 力強く地を踏みつけ、前方五方向に影の刃を走らせる脚技(きゃくぎ)である。サイコヴァニッシャーは真下からの刃を避けられず、切り傷をつくった。

 

百花閃(ひゃっかせん)!!」

 

 私の攻撃の隙をソシアがカバーしてくれた。無数の花弁を風に散らして敵を斬り刻む華麗なる矢が、何本も舞う。この弓技も奴にダメージを与えていた。

 

「剣王の意思ここに来たれり。今世(こんせ)にて悔やみ来世(らいせ)にて改めよ」

 

 続いてジーレイが詠唱を完了した。発動するのは光属性の上級魔術。

 

「ルミナスブレイダー」

 

 瞬く間に生まれた黒雲から無数の雷を轟音と共に落とし続け、最後に光の大聖剣を召喚。深緑色の本体を真上から貫いた。

 

「剣を持たずとも斬りつけ、弱点を突いてくるか。しかし、大傷と呼ぶには程遠い!」

 

 自由な両拳で光の大聖剣をガラスのように殴り砕くと、ゾルクを除いた四名を左手で薙ぎ払った。

 そしてゾルクに覆い被さったままの人形の背に向かって紫の光が伸び、右手が迫る。薙ぎ払われた私達では、止めるのが間に合わない。

 

「回復は終わらなかったようだな! 救世主一行の命運、これで尽きたぞ!!」

 

 

 

 ――さあ、それはどうだろうか――

 

 

 

「全開だぁぁぁ!! 力を解き放つ!!」

 

 人形『ソルフェグラッフォレーチェ』の体からゾルクが飛び出した。

 彼は無創剣を構えて背中から一対の魔力噴射を行い、莫大な推進力で人形の腹を突貫したのである。その後はサイコヴァニッシャー目掛けて一直線。

 

「死角から!?」

 

 彼女は想定外の攻撃に焦る。伸ばしていた右手は、すぐには戻せない。たまらず左手で防御した。

 

双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)!!」

 

 だが突進の威力は半端ではない。無創剣が突き刺さった途端、左手は粉々になってしまう。

 

「ああああああっ……!!」

 

 押し殺せなかった痛みは叫びとなる。

 しかし彼女、実は意図して致命傷を避けていた。ゾルクの本来の狙いは巨大な手ではなく、剣状の本体。サイコヴァニッシャーは左手を犠牲にし、ゾルクの軌道をずらすことに成功していたのだ。

 

「回復は虚言(きょげん)で、隠れたまま頃合いを見計らっていたわけか……!」

 

 奴の声に、もう余裕は含まれていなかった。

 その通り。この作戦、発案者のジーレイお得意の不意打ちである……いや、今回は騙し討ちと言ったほうが正確か。

 ちなみに、ミッシェルの広い心のお陰で成り立った作戦でもある。

 

「『ソルフェグラッフォレーチェ』を傷付けていいの、今回だけだからね!」

 

 ジーレイと、未だ飛行中のゾルクに釘を刺していた。……勿論である。この不気味な人形も、私達の立派な仲間なのだから。

 

「だが、右手が残っているぞ!!」

 

 奴は最後まで勝負を諦めないつもりだ。けれどもそれは、こちらも同じ。

 

「まだ……終わらない!!」

 

「何っ!?」

 

 無創剣が、ひときわ眩い輝きを放つ。

 高速飛行を続けるゾルクは床すれすれまで高度を下げた。そして無創剣の切っ先を床にぶつけ、スピードを落とさずにラグリシャの長い外周を斬り裂き始める。これにより生じた摩擦は剣身を灼熱と化させ、夜の闇を燃やし、照らし、瓦解させるかのような炎と光と地のエネルギーを生んだ。

 双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)から派生した、ゾルクの更なる秘奥義である。

 

灼熱裂光斬(しゃくねつれっこうざん)!!」

 

 名称を咆哮の如く放つと、揺るぎない気迫を帯びた蒼眼でサイコヴァニッシャーを正面から捕捉した。

 

 推力は最大を維持。互いの距離は見る見るうちに縮まっていく。

 

 あとはもう、叩き斬るのみ。

 

 

 

「こいつでとどめだぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 三種の属性を纏った無創剣が振り上がり、床との摩擦から解放された瞬間。

 

 防御のため突き出された巨大な右手、深緑色の本体、三本角の頭部。

 

 サイコヴァニッシャーを構成する全てを、まさきが刻みつけた斬撃痕をなぞるようにして。

 

 

 

 真っ向から……両断したのだった。

 

 

 

「うわあああああ!! ……ぐうっ……ああああああああ!!」

 

 身を裂かれ、焼かれた断末魔の絶叫が、ラグリシャの天辺と夜空を震えさせた。

 そしてサイコヴァニッシャーは変貌前と同様に、掴みどころの無い霧状の闇に変質。元のアーティルの姿を形成していった。

 

「変身が……保てなくなったか……」

 

 横たわったアーティルが、か細く呟いた。

 戦いに終止符が打たれた瞬間である。

 

「やった……アーティルを倒した……!! これでラグリシャも動かせないはず……!」

 

 息も絶え絶え、無創剣を支えに片膝を突きながら勝利を噛み締めるゾルク。彼の後方では、安全を確認したミッシェルがまさきに復活の筆術をかけていた。

 

「聖天より来たれ、光翼の女神。復活の(きざ)し、かの者に与えん! レイズデッド!」

 

 床に描かれたのは、生命を司る女神の絵。それはすぐに飛翔し、意識を失ったまさきへ重なっていく。すると程なくして水色の眼は開かれた。

 

「気がついた?」

 

「これは……そうか。勝ったのだな……」

 

 まさきは上体を起こし、倒れたアーティルを発見。状況を把握した。そしてミッシェルの手を取り立ち上がる。

 

「そういうこと♪ ありがとね! まさきが無茶してくれたおかげで突破口が開けたの」

 

「なんの……。成せることを成したまで……」

 

 私達も側へ行き、互いを労うのであった。

 

 

 

 ――苛烈極まる戦いをチームワークで制した。

 

 この六人なら、戦闘組織エグゾアを壊滅させられる。

 

 デウスの野望を阻止できる。

 

 そのような希望を持たずにはいられなかった。

 

 私達は未来を諦めない。

 

 険しき道を越え、走り続けるのだ――

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