Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第58話「門」 語り:マリナ

「ふっ」

 

 突然。夜空を見上げたままのアーティルが噴き出した。

 

「ふふふ……ふはははは……!」

 

 脈絡なく愉快げな、異様な笑い声を上げている。

 

「な、何がおかしいんですか!?」

 

「何も知らず呑気に談笑しているのが、だ」

 

 狼狽(うろた)えるソシアの問いに口角を上げたまま答えた。

 そしてよろめきながらも立ち上がり、衝撃の事実を明かす。

 

「この天空魔導砲ラグリシャはなぁ、とうの昔に起動を済ませているんだ。操作権限は吾輩の意思に直結していて、いつでも発射できる。お前達がどんな風に足掻こうとも関係の無い、吾輩の悲願が必ず成就するシナリオだったのさ……!!」

 

「なん……だと……!?」

 

 驚愕する私を置き去りにし、ラグリシャは本格的に稼動し始めた。各部を発光させ、巨大なタービンが回るような重々しい音が響く。……今からアーティルを抹殺しようとも阻止できない段階に入ってしまったのだ。

 魔導砲の四方に備わった天使と悪魔の羽。その先端に、青い光となった魔力エネルギーが球形に集まっていく。そして四つの青い光球は、魔導砲の上部に新たな三角錐(さんかくすい)の頂点を設けるかの如く、光線を夜空に放出。頂点に青の魔力エネルギーが集中する。

 

「今こそ、新たなる時代の幕開けだ! 軍事国クリスミッドに栄光あれ!!」

 

 天を、世界を掴むかのように両手を振り上げ、アーティルは歓喜の声を上げた。

 

「最大出力! 発射ぁ!!」

 

 ラグリシャの新たな頂点から、青く巨大な魔力光線が突き進んだ。……その進路は北西。ケンヴィクス王国の首都オークヌスを狙っているのは明らかだった。

 

「何もかも、終わりなのかよ……!」

 

 未だ膝を突くゾルクの諦念が、皆の耳まで泳いだ時。――異変が起きる。

 

「…………はあ!? なんの冗談だ……!?」

 

 魔力光線を見守っていたアーティルが血相を変えた。進路が、段々と上へ逸れているのだ。彼女はどうにか制御しようと、脳内でラグリシャの操作に集中するが意味を成さない様子。魔力光線はそのままぐるりと円を描き……なんと、私達のいる天辺(てっぺん)へ向かってくるではないか。

 唖然としたまま何も出来ない。この場の誰もが、頭上から降りかかろうとしている青の魔力光線を見つめ、息を呑むしかなかった……。

 

 

 

 

 

 奴 が

 

 現 れ る ま で は

 

 

 

 

 

「やあやあ諸君! 本日もご機嫌麗しゅう!」

 

 空間が歪み、門のようにくぐる人影あり。

 藍色の長い髪。エグゾアエンブレムが刻まれたプレートアーマー。脚先も見えないほどに大きな白いマント。そして、威圧的な山吹色の瞳。戦闘組織エグゾア総司令であり太古の魔大帝、デウス・ロスト・シュライカン、突然の出現である。

 しかしその地点は上空……魔力光線を発射する頂点の、さらに上だ。そしてその光線が、今まさに直撃しようと――

 

「あははははは! 最高の瞬間だね!」

 

 ――直撃した。というよりも、巨大な光線がどんどん細くなりデウスの身体に吸い込まれている……!?

 

「何が……どうなっているんだ……?」

 

 呆気にとられたアーティルの疑問は、この場の全員の疑問でもあった。

 魔力光線を放出しなくなった頂点は音も無く消えていく。信じられないことに、デウスはラグリシャの魔力エネルギーをほぼ全て吸い尽くしてしまったのである。そして奴はゆっくりと降下。着地すると、二人分の空間の歪みを作った。

 

「さあ、おいで」

 

 誘われて歪みから転移してきた存在。それは、夜に混ざる闇色の服に身を包んだ短い黒髪の男と、フリル満載の甘いドレスを召した空色の瞳と藤紫色のツインテールの少女。

 

「……ふん」

 

「やっほー♪ 救世主達、おっひさ~♪」

 

 魔剣のキラメイに、禁霊(きんりょう)のフィアレーヌである。

 二人の到着後、奴はショックを受けるアーティルへ皮肉を贈った。

 

「ご苦労だったね、総帥アーティル。本当にありがとう! 君に取り入った甲斐があったよ」

 

 彼女は、目の前の異常に対して返す言葉が見つからなかった。代わりというわけではないが、まさきが口を開く。

 

「幹部を二人も引き連れてのお出ましとは、これまた豪勢なり……」

 

「本来ならナスターも連れて来るはずだったのだけれど、セントラルベースへ戻ってきた彼は心身ともにズタボロになってしまっていたからね。代理も立てられないから仕方なく彼抜きでの登場となったよ。……あのさぁ、君達。レベル上げ過ぎではないかな? メンバーも減ったし『六幹部』と言い張れなくなってしまったよ」

 

 困った風な手振りと共に喋る。私は鼻で笑ってやった。

 

「戦闘組織の幹部が戦いに敗れて泣き寝入りか。お笑い(ぐさ)だな」

 

「全く以てその通り。甘んじて受け入れるよ。メリエルを奪い返された件についても、とやかく言わないさ」

 

「とやかく言われる筋合いなんて、元々ないっての……!」

 

 ミッシェルは怒れる眼差しを向け続けた。

 視線が厳しくなっているのは、ジーレイも同じ。

 

「これはまた、ややこしい場面で出て来ましたね。嫌がらせの達人よ」

 

「脅威が消えたからさ。アーティルのグラップルキネシスは、我の遠隔操作魔術の上位互換となる希有な能力。非常に邪魔だった。だから手っ取り早く無効化させたくて、わざとゾルク・シュナイダーをぶつけたのさ。きっと世界の(ことわり)を書き換えてくれると信じていたからね。その後は、アーティルがラグリシャに魔力光線を撃たせるのと同じタイミングで時空転移し、登場するだけ。我の優れた魔力探知能力があればこその芸当だよ」

 

 アーティルだけでなく、ゾルクをも利用していただと……!?

 奴の真意を知り、私に宿る憤怒の炎は激しさを増した。

 

「さてと、お待ちかね。気になっているだろうから、天空魔導砲ラグリシャの正体を教えてあげよう。……実はこれ、破壊兵器などではないんだ。我に膨大な魔力を注ぎ込むための、超巨大魔力充填装置だったのだよ!!」

 

 大袈裟な口調による種明かし。その後は静寂だった。

 

「ここ、拍手とか驚嘆の声が欲しいところなのだけれど。寂しいねぇ」

 

 デウスのふざけた呟きの後、アーティルがやっと声を上げた。

 

「……馬鹿を言うな。ラグリシャは紛れもなく破壊兵器だ。建造段階で吾輩に見落としは無かった。試験運用でも対象物の破壊を確認している。だのに、光線が直撃したお前が無事でいるのは度し難い。人間をやめているのか?」

 

「失礼だね。君に悟られないよう細工していたのだよ。このラグリシャは、我の魔力の波長と同調するように調整されている。援軍として前もって送り込んでいたアムノイド達によってね。だから我は直撃しても平気であり、我以外を対象に発射した場合は文字通り魔導砲となる。しかし追尾機能付きだから我にしか命中しないという、ね。何とも言えない仕様なのさ」

 

「だが、少しでも調整が狂っていたらお前は消し飛んでいたのだろう? ……酒でも飲みながら計画したらしいな。しかも実行するとは相当イカレている。それか、やはり人間ではない」

 

「我とて、野望のためなら本気になれるのでね。リスクくらい背負うさ」

 

 種明かしが進行する中、ミッシェルが睨む。

 

「んで? 無茶して手に入れた魔力を使って、あたし達を亡き者にしようっての?」

 

 そして私達は武器を向けた。万全ではないが、来るのであれば戦うしかない。

 

「と、思うだろう? 違うのだよ」

 

 ……違う、だと? まだ他に目的があるというのか。デウスの未知なる行動に対し、私達は身構えるしか出来なかった。

 ところが。寝耳に水なのは、こちらだけではないらしい。

 

「え……? 総司令、何しようとしてるの? なんか最初に言ってたことと違くない……? 弱った救世主達をやっつけるのがフィアレとキラメイの仕事だ、って言ってたじゃん。ボルストじいちゃんとメリエルとクルネウスの敵討ち、しなくていいの?」

 

 どういうわけか戸惑うフィアレーヌ。キラメイが微動だにしていないことから、本当の理由を告げられていないのは彼女だけのようだ。

 

「すまないね、フィアレーヌ。本当は別の用事があるのさ」

 

「別の用事って…………ひぅっ!? ……えっ、それ……嘘でしょ……?」

 

 話の途中、彼女の身体がびくりと痙攣(けいれん)した。周りを漂う霊が危険を察知し、彼女に伝えているようだが。

 聞こえない会話の後、フィアレーヌは恐る恐る尋ねた。

 

「ねー、総司令。今、お友達が教えてくれたんだけど……さっきの魔力を全部、フィアレの身体に……入れようとしてたり、なんて……しないよね……?」

 

「全部とは言わない。必要な量だけさ」

 

 デウスの笑顔は純真無垢であった。少女の顔が青ざめる。

 

「……む、無理。ムリムリムリムリ! どう考えても無理だって! 魔力の中にはリゾリュート人の魂だっていっぱい混ざってるんだから、フィアレに入ってきたら頭おかしくなっちゃう! っていうか、半分も入るわけないし……!!」

 

「そうだね。君ほど霊術による感応力(かんのうりょく)が高ければ、我のように平常ではいられないはず。多少なり霊術を扱えて、君に霊術を授けた我だからこそ、どうなるか予想できる」

 

「ね!? そーでしょ!? じゃあこの話はナシナシ! 無かったことに……」

 

「まさか。予定通り実行するよ?」

 

 変わらぬ笑顔で話は続く。

 

「いい機会だし、発狂する前に教えてあげよう。君は元々、レア・アムノイド研究のための実験体だった。ところが、なんと霊術への適性が非常に高いことがわかった。そこで我が霊術を叩き込み、純粋な人間のまま稀有(けう)な霊術師として育て上げたのさ」

 

 エグゾア六幹部の一員『禁霊のフィアレーヌ』は、偶然の産物だったようだ。私の誕生も予期せぬものだったことから、どこか近しいものを感じてしまう。

 

「ただ、それは我の興味本位での行為。しばらくの間、君が何の役に立つ道具なのかわからなかった。しかし今日を迎えるにあたって、フィアレーヌの能力が必要不可欠な状況となったのだよ。使い所が出来て喜ばしいね! 霊術を身に付けた影響で精神不安定だった君への、度重なる調整、そして記憶の改竄(かいざん)……。なかなかに手を焼いたのだよ? 今日は、君の霊術の才能が戦闘以外で役に立つ、二度とやってこない日。道具なら道具らしく、黙って我に報いてほしい。いいね?」

 

 ……なんという言い草だろうか。呼吸の如く自然に道具扱いを受けたフィアレーヌは、空色の眼を見開き絶句している。火薬の都市ヴィオでゾルクが霊操(れいそう)されて以来、私は彼女を密かに恨んでいたのだが……それでも少し同情してしまう。

 

「……照らしなさい。レイブラスト」

 

神槍閃(しんそうせん)!」

 

 空気を読まず……いや、むしろ読んだ方か。ジーレイの魔術とソシアの弓技が繰り出された。わけがわからなくとも、ここでデウスを止めなければいけないのは確かなのだ。

 

「おっと。君達に攻撃を許すとでも?」

 

 しかし、デウスも抜かりは無い。いつの間にかラグリシャの様々な箇所から、黒ずくめの生体兵器アムノイドを無数に呼び寄せており、爆発による光の照射と軌跡を残す神秘の矢を防ぐ盾として扱った。

 ……そう、無数なのだ。とてもではないが数え切れない。エグゾアセントラルベースで戦った時よりも更に、アムノイドは量産されていた。ラグリシャ内部を攻略中にも無尽蔵に湧いて出ていたが、まさかまだこんなに隠れていたとは予想していなかった。下手に手を出せば物量で反撃され、捻じ伏せられてしまうだろう。疲弊している私達はこれ以上、攻撃することが出来なかった。

 そして、デウスがアムノイドへ明確な攻撃指示を出さないのは……これから起こる出来事を私達に見せ付けるためだろう。奴が悪趣味であることを考えれば、不思議ではなかった。

 

「ではキラメイ、よろしく」

 

「始めるぞ」

 

 デウスとキラメイが、茫然自失(ぼうぜんじしつ)のフィアレーヌを挟む形で位置取った。そして二人が同時に、彼女へ左手をかざす。デウスからはラグリシャと同様の青い魔力光線が、キラメイからは紫色の闇が伸びた。その両方がフィアレーヌの身体へ触れた時……。

 

「……ぎゃああああああ!! やめて総司令!! やめてキラメイ!!」

 

 この一帯は、激痛と地獄の悲鳴で満ちた。

 

「やめてってば!! マジでヤバイって!! フィアレに入れないでよ!! 他の命令なら何でも聞くからぁ!! ホントにやめてっ!! ねえっ!! お願いだからあああああ!!」

 

 様相とは裏腹に、フィアレーヌの身体は静かに宙へ浮いていき、一定の高度で固定される。ゾルクがエンシェントビットを埋め込まれた際に受けたものと同じ、デウスの遠隔操作魔術によるものだ。逃げる術の無い彼女の必死の叫びは、誰にも届かない。しかしゾルクだけは経験があるためか、胸の辺りで右拳を握り、固唾を呑んでいた……。

 間を置かずフィアレーヌの頭上に、夜の黒さとはまた別の色をした、闇の渦が生まれた。キラメイが漆黒の魔剣を取り出す時に作る、あの渦に酷似している。それはゆっくりと拡大し、中身が見えるようになった。

 暗闇の奥で(うごめ)く何か。空間そのものが、ゆらゆらと揺れる。紫にも灰色にも感じる、身の毛もよだつ霧。眺めるだけで吸い込まれそうな、得体の知れない喪失感……。異質を極めていた。

 

「あれは……空の上でキラメイと戦った時に覗いた闇の渦と、全く同じだ……。やっぱり、いつ見ても生きた心地がしないよ……」

 

 ゾルクの声には、言い知れぬ恐怖が乗せられていた。どうやらキラメイの作る闇の渦は、フィアレーヌを介することによって強化されているようだ。

 

「つまらん。そこに救世主がいるというのに、剣を交えられないんだからな」

 

 当の本人は心底、不機嫌な様子であった。

 魔力注入を続けながら、デウスが問いを投げる。

 

「ジュレイダル、君に一つ出題するよ。わざわざ生きた人間を魔力に変換してラグリシャの動力源とした理由、なんだと思う?」

 

「リゾリュート大陸の人間がビットと融合し、密度の高い魔力を秘めていたからでしょう」

 

「半分は正解だね。では、残りの半分を明かそう」

 

 奴は、山吹色の瞳に欲望を滲ませつつ言い放った。

 

「魔力の元となった『命』が、『鍵』として反応するからさ! これから開く『ガヴィディンの門』のね!!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第58話「門」

 

 

 

 門の名を聞いたジーレイは最大限の憎しみを眼差しに込め、憤りに身を震わせる。

 

「リフがもたらした『門』という情報、無数の命と高等な霊術師の必要性、そして『ガヴィディン』の名……! 全てわかりました。どうしてあなたはいつもいつも、最悪な道を全速力で駆け抜けるのでしょうか……!」

 

「愚問も愚問。我にとって最高の道だからに決まっているではないか。おまけに芸術性もある。フィアレーヌの霊術師としての才能と感応力、キラメイの門を開く力、そして我の膨大な魔力。この三つが噛み合った美しい計画なのだよ、これは……!」

 

 二人の間でしか成立していない会話の後すかさず、まさきが訊いた。

 

「ジーレイよ、説明を願う……」

 

「ガヴィディンとは、僕の生きた時代よりも更に大昔に存在した、霊術を含めた禁術の生みの親である大魔術師の名です。門をくぐった先の詳細はデウスにしかわかりませんが、僕の予想では『生と死を司る空間』に通じているはず……!」

 

 突然の物騒な発言で、皆に戦慄が走る。

 

「そういうことは、我の口から説明したいのだけれどねぇ。楽しみを奪わないでおくれ」

 

「ひぐっ!? ぎぎゃああああああああああ!! 痛い痛い痛い痛い!! 身体がやぶれるっ!! やぶれるってばああああああ!!」

 

 残念がるデウスの横では、涙を垂れ流すフィアレーヌの苦しみが最高潮を迎えていた。

 

「おや、こっちもクライマックスかな?」

 

「いいいいいいいいっ!! ……ひぎぃっ!?」

 

 以降、彼女は何も発さなくなった……。それを確認したキラメイは、どうでもよさげに零す。

 

「失神したか。静かになって丁度いい」

 

「魔力も、かなり注げたようだ。唱えるとしよう。――天光満つるところ、汝あり。黄泉の門開くところ、我はあり。具現し繋げろ。終焉のその先へ!」

 

 次に、デウスが呪文を詠唱した。見た目にはわからないが、いよいよガヴィディンの門が開通しようとしているのだろう。

 

「胸がざわつく……エンシェントビットが教えてくれてる……! 『ガヴィディンの門を開いちゃいけない』って……!!」

 

 気力もほとんど残っていないだろうに、ゾルクは使命感のまま無創剣(むそうけん)を天に突き上げる。……だが、それは。

 

「いけません!!」

 

 ジーレイが、らしくもない大声で制止した。おまけにゾルクの腕を鷲掴みしている。

 

「なんで止めるんだよ!?」

 

「わからないのですか!!」

 

 眼鏡の奥の形相には、普段の冷静沈着さなど皆無であった。その余りの勢いに、無創剣が下ろされる。

 

「ご、ごめん……」

 

「……声を荒らげてすみません。度重なる激戦とエンシェントビットの多用による疲労は、あなたを極限まで追い詰めています。そのような状態で世界の理を書き換えようとしても、必ず失敗するでしょう。それに以前にも申し上げた通り、デウスの所有魔力と野望達成の意志、二千年越しの執念は強大過ぎます。万全な状態であったとしても、デウスに関連する書き換えは自殺行為にしかなりません」

 

 もっともな意見である。しかし残念だが、他に状況を変える方法が無い。……そう思っていると。

 

「ですので、この場は僕が無理を通します」

 

 魔術師は自身の秘奥義を詠唱し始めた。足元には、神々しさと禍々しさの光を放つ純白の魔法陣が展開する。

 

「虚無の絶望はここにあり。夢、希望、幻、(ことごと)く朽ち果てよ。……ドリーム・オブ・カオス」

 

 標的の周囲の空間を歪ませ、無数の球形を作って徐々に削っていき、居場所ごと抹消する大技である。

 この秘奥義はアムノイドの大群を、文字通り無慈悲に削り取っていく。ジーレイはどうにかしてデウスへと続く道を切り開こうとしたのだ。……しかし。

 

「ジーレイさん!!」

 

 床を転がる魔術師。すぐさま駆け寄るソシア。

 満足に戦闘を行えない状態は継続している上、敵の数があまりにも多すぎる。殲滅力の高い秘奥義を行使しても、数多のアムノイドが発動後の隙を狙って襲い掛かるのだ。たとえ全員で秘奥義を繰り出しても、同様の結果となるだろう。万策尽き、ジーレイは無念を吐き出した。

 

「……僕は、無理も通せないほどに落ちぶれていたのですね。嘆かわしいこと、この上ない……」

 

 すると、鳴りを潜めていたアーティルが怪訝な面持ちを見せる。

 

「ジーレイ・エルシードよ。ずっと疑問だったんだが……どうして『オルナシグ』を使わない? あれさえ使えば人命はおろか、グラップルキネシスを駆使する吾輩を含め、ラグリシャなど造作もなく無に帰したというのに」

 

「な、何故あなたが……それを……!?」

 

「……いや、使わないのではなく使えないのか。使えていたら、こんな事態にはならなかっただろうからな」

 

 混沌の情勢にて、新たな固有名詞が表に出てきた。ジーレイは不意を突かれた表情を浮かべているが、私達には一切心当たりの無い言葉である。

 詳細を知らないのは、デウスも同じだった。

 

「オルナシグ……? なんだい、それは……」

 

「おやおや……! エンシェントビットに異常な執着を見せていながら、ご存知でない? ふははは……! 頓馬(とんま)な総司令も居たものですなぁ」

 

 左目のモノクルを光らせ、嫌味満載に述べたアーティル。デウスは反論こそしなかったが、先ほどまでの上機嫌が消し飛んでいるのは確かだった。

 

「もしや、アーティルの読んだ古代書にはオルナシグの記述もあったというのでしょうか……!? 失態にも程がある……!」

 

「まだ隠し事があったのか、ジーレイ」

 

「……責任を持ち、わざと隠していたのです。この世の誰にも、あれの存在を明かすつもりはありませんでした」

 

 唇を噛むジーレイは、渋りながら私にそう答えた。仲間にも明かすはずのなかったものの正体とは、一体なんなのだろうか。状況が状況だけに今はそれ以上、尋ねなかった。

 

「あのねえ、君達……。ここぞというところで不確定要素を増やさないでくれるかな? 我は計画を滞りなく進めたいのだよ。本当に使えないのであれば、さして問題は無いけれどね」

 

 デウスは眉間にしわを寄せながら述べた。

 

「円滑に事を運びたい、その気持ち。吾輩にも痛いほどよくわかるぞ。だからこそ……」

 

 これに同調するアーティルだったが。

 

「妨害したくなる!!」

 

 行動は反していた。自身に残る魔力を振り絞ったのだろう。右手だけが霧状の闇に変質し、サイコヴァニッシャー時のものと化した。しかし世界の理が書き換えられているので、紫の光で接続して浮遊させる、などの現象は起こらない。腕の先から直接、巨大な手が生えているのだ。

 

「醜い姿だね。最期の抵抗ってことかい? やめておけばいいものを」

 

「お気遣い感謝するが、構わないのさ。身体の限界も近いしな。何より、やられっぱなしは……」

 

 アーティルは、その大きな右手でアムノイドを一体だけ掴むと、左側の白いマントと若草色のポニーテールを乱れに乱れさせる。

 

(しょう)に合わん!!」

 

 何の工夫もなく、ひたすらに力を込めて、デウスを狙って投げつけたのだ。ただそれだけの攻撃は、防壁となったアムノイド達を傍若無人に弾き飛ばして容易く到達。藍色の後ろ髪をかすめ、左頬に横線状の切り傷をつくるに至った。傷口から微量の血が垂れるのを見逃さなかった彼女は、ほくそ笑んだ。……そして同時に、デウスの逆鱗に触れることになる。

 

「…………()れ」

 

 おどけていた姿はどこへ行ったのか。デウスは左手からの魔力注入をやめないまま、山吹色の双眼に憤激を閉じ込めながら、アムノイドへ静かに命令を下した。

 ――あっという間だった。アーティルに群がる漆黒の生体兵器達は各々に装備された複数種類の武装を効率よく用いて、見るも無残な姿へと変えていく……。先の一撃で力を使い果たしたため彼女の右手は元に戻っており、武と数の暴力に抗えるはずがなかった。

 ラグリシャの天辺に生まれた紅い海。その上に横たわるアーティルの紺の軍服は、原形を留めていない。そしてもう無い眼でデウスを見つめ、失った腕を伸ばし、辛うじて口を開ける。

 

「吾輩の野望が、叶わないのは……遺憾(いかん)だが……いけ好かなかったお前の顔を……最期に歪められたのだから……まあ、良しとしよう」

 

 そして呪詛(じゅそ)を置き土産に、彼女は白い光の粒となっていく。

 

「地獄での再会、心から待ち望んでいるぞ……太古の亡霊達よ……! ふふふ……ふははははは……!!」

 

 光の粒は風に乗り、紅い海だけが残された。

 

「頓馬は君の方だ、アーティル・ヴィンガート。この世界に、天国も地獄も無い」

 

 デウスは逝く光景を冷たく見流すと右手で血を拭い、魔力注入に再び意識を向けた。

 

「……気を取り直そう。改めて明かすよ、ジュレイダル。君の予想通りだ」

 

 段々と奴の声色が歓喜に満ちていく。

 

「今まさに開かんとしている、ガヴィディンの門の先に広がっているもの。それは、この世界の裏側とも言うべき死後誕前(しごたんぜん)の空間……!」

 

 そして、高らかに名が告げられた。

 

 

 

「『零の混留(ゼロ こんりゅう)』さ!!」

 

 

 

 その後も話は続く。

 

「我はそこへ行き、死した人間の魂から魔力を手に入れる。死霊魂は魔力を有しているだけでなく、時が流れた分だけ数も無限に近いからね。取り込んでいけば、我の魔力を無限にすることも不可能ではないのだよ……!」

 

 周知の事実だが、やはりこいつには倫理観など無い。わかっているのに、私は強く訴えざるを得なかった。

 

「貴様……死した者すら利用する気なのか……!? 度を越すのも大概にしろ!!」

 

「前にも言ったけれど、我の最終目標は『世界の破壊と創造』だ。そのためには、どれほど小さな魔力であろうと必要になる。使えるものは使わなければ勿体無いではないか。エコの精神、君達にもあるよね?」

 

「エゴの間違いだろう! この腐れド外道が!!」

 

 怒りの咆哮を全く意に介さず、ついにデウスは告げる。

 

(たわむ)れも終わりだよ。……ほぉら、完全に繋がった」

 

 言葉と同時に、空気の震えか小さな波動のようなものがフィアレーヌの頭上の闇の渦――ガヴィディンの門から出でて、私達の身体を包んで過ぎ去っていく。そして生贄の役目を終えたフィアレーヌは魔力注入と遠隔操作魔術を解除され、白目を剥いたまま自由落下。硬い床に全身を打ちつけられても、意識を取り戻すことはなかった……。

 キラメイが左手で開き続けるこの門は、ラグリシャが通り抜けられそうなほどに広がっていた。おぞましく蠢く空間が、はっきりと視認できる。おそらく、揺らめく紫や灰色の霧は死霊魂によるものなのだろう。

 

「あれが零の混留……。いわゆる、あの世ってことだよな。ガヴィディンの門から出てきた波みたいなもの、なんだったんだろう……。もしかして、あの中の魂が叫んでた!? ……でも恨みとか悔やみとか、そんなのだけじゃなかったような気がする……」

 

「私も、怖くて冷たい感覚はありました……。けれど、温かさまで感じたのはなんで……?」

 

 怯えるゾルクとソシアに対し、デウスは感心する。

 

「二人とも鋭いね。零の混留は、消滅や転生を待つ死霊魂が集まる場所さ。多種多様な魂がそれぞれ持つ記憶の断片によって、曖昧ながら存在を成している。生命を終えた者や、これから誕生しようとする者の魂が集まる、ゼロとして終わり、ゼロから始まる場所……。つまり全ての魂が一度、ゼロに戻って混ざり留まるから『零の混留』なのさ。正負(せいふ)の感情を半々に感じたのは、始まろうとしている希望の魂にも触れたから……なのかもしれないね」

 

 聞けば聞くほど、生きている人間にとって禁忌であることが理解できる。それへ簡単に触れようとしているデウスを、許してはおけない……!

 

「では、種明かしもほとんど終わったことだし……」

 

 私は使命感に燃えるが、置かれている状況は最悪中の最悪。

 

「君達も、我が魔力の一部となってくれたまえ」

 

 ……やはりそう来るか。気の済むまで喋った後、こちらを消そうとするだろうと思っていた。

 デウスの台詞により、アムノイドの大群がにじり寄って来る。この場所には退路が無いので、急がなくても充分なのだ。

 ジーレイが秘奥義を発動してもどうにもならなかったことを考えると……勝算は皆無。刃向う、刃向かわないに関係なく、アーティルのように凄惨(せいさん)な末路が待っているに違いない。心臓の鼓動が早くなるばかりで、どうすることも出来なかった……。

 

「んなもん、黙って見過ごすわけがねえだろうがよぉ!!」

 

 ――騒がしい青年の声が拡声器を通じて轟き、ビームキャノンが夜空を切り裂く。迫っていたアムノイドは、不意のビーム砲撃を受けて塵一つ残らず消滅。残ったアムノイド達は一時的に命令続行不能と判断したのか、声なく混乱する様子が見られた。

 

「……ちっ。我としたことが、ザルヴァルグの存在を忘れていた」

 

 デウスの舌打ちと共に、大翼機(たいよくき)ザルヴァルグが飛来。アシュトンが助けに来てくれたのである。

 

「ラグリシャが撃たれても音沙汰無ぇから近くに来てみりゃ、とんだ一大事じゃねぇか!! 死にたくねぇんならさっさと連絡してきやがれ、バカヤロウどもが!!」

 

 心配による罵倒も飛来するが、今回ばかりは致し方ない。連絡のタイミングを逃していた私の責任である。自ら動いてくれたアシュトンには感謝しかなかった。

 私達に光明が見えたが、デウスは落ち着き払っている様子。

 

「ま、大きな機体だから小回りは利かない。魔術で簡単に狙い撃てるけれど……」

 

 しかし、それは油断に他ならなかった。

 

「――泰然(たいぜん)(くれない)が、あなた達を包み込む」

 

「その声は!?」

 

 流石のデウスも予想しなかっただろう。真紅のバトルドレスを纏った、あの筆術師の出現を。大筆が走り、紅き長髪が(なび)く。

 

「秘奥義! メリエレッド・フルムーン!!」

 

 ザルヴァルグ登場の混乱に乗じて、復帰したメリエルも救援のためこの場に降り立ってくれたのだ。

 紅の光をこの夜に相応しいほど放つ、壮麗たる満月。ガヴィディンの門にも匹敵する大きさのそれは、ラグリシャ上の全てのエグゾア陣営を紅い光で包んだ。この秘奥義は、肉体に浸透して神経に達するかのような鋭い痛みを何度も与え、奴らの体力を否応なしに奪っていく。私達も満月の上に居るが、現在のメリエルは味方なのでダメージは無い。名称こそ変更されているけれども、私達が戦った時と変わらず強力な秘奥義である。

 

「走って!!」

 

 彼女は秘奥義を発動し続けながら叫び、とある方向を指差した。……皆、すぐに意図を察し、言われた通り駆け出す。

 

「洗脳が解けても実力に差は無し、と。やはり手放すのは惜しかったかもしれないね」

 

「ククク……! それでいい。運を引き寄せ、かつての敵の手も借り、何としてでも生き延びろ。お前が死ぬ時は、俺が倒す時なんだからな。必ず決着をつけるぞ、救世主……!!」

 

 アムノイドはおろか、デウスさえも追い討ちが困難な状態となっていた。キラメイも漏れなく秘奥義を受けたのだが、左手を天に掲げたまま問題なくガヴィディンの門を支え続けている。なんという強靭な精神力だろうか。

 この隙に私達六人とメリエルは、ラグリシャと夜空の境界へと達し……意を決して飛び降りた。

 

「あぁ、そういうことか」

 

 デウスが見たのは、落下した私達を大きな白き背中で受け止めて上昇する機体、ザルヴァルグの姿だった。これで完全に逃げられたと判断したのか、追撃は諦めた様子である。

 

「別にいいさ。メインの計画は無事に終了したのだから。これからは、君達を持て成す計画も検討するとしよう」

 

 あとはこの空域から離脱するだけ。……そう思っていると。

 

「マリナ……ジーレイ……!?」

 

 

 

 不穏の兆候が始まった。

 

 

 

 ゾルクの慌てる声の後、ジーレイを見た。すると彼の身体が……。

 

「消えかかっている……!?」

 

 急ぎ、私自身の両手、胴体、両足を視界に入れる。……身体がうっすらと透け、向こう側となるザルヴァルグの白い背が見えてしまった。

 

 ――どうしてだ。触覚はあるのに透けるなんて。私とジーレイ以外は何ともないのに――

 

 理解できず戸惑っていると、同じ症状の人間をラグリシャの上にも発見した。

 

「デウスも、なのか……!?」

 

「ははは……あはははは……! もしかして、そういうことなのかい……!? なるほどねぇ。よく出来ているではないか、世界よ!」

 

 透けた私達と自分の腕を見て何かを悟ったのか、余計におかしくなったのか。デウスは笑い、世界の仕組みを褒め称えていた。

 ……まもなく、奴の透けた身体が元に戻っていく。私とジーレイも同様で、しっかりと実体を取り戻していた。

 

「最後の最後に面白いものを見せてくれてありがとう……! また会おう、ジュレイダル! また会おう、救世主一行よ!!」

 

 うるさく言い残した後、デウスは天空魔導砲ラグリシャをガヴィディンの門へ仕舞い込むかのように、天へと動かし始めた。何らかの方法でアーティルを出し抜き、奴もまたラグリシャの操作権限を持っていたのだろう。

 

 私達がザルヴァルグの背から見守る中。ラグリシャの全容が内側に収まり、門は縮小を始める。そして紫の光の点となった直後、静かに消えていった……。

 

 

 

 あれの天辺にはデウス以外にも、キラメイとフィアレーヌ、アムノイドの大群が。そして内部にはクリスミッド兵が大勢いたはず。生きた人間が零の混留に入ったあと、どうなるのか……想像の余地は無い。

 

 身体が消えかかる現象は、ガヴィディンの門が開いたことと関係があるのだろうか。現時点では何もかもが不明で、私は新たな不安を胸に抱えてしまった。

 

 しかし、総帥アーティル・ヴィンガートの打倒は成した。ケンヴィクス王国、そしてリゾリュート大陸が救われたのは事実なのだ。

 

 今はとにかく疲れを癒し、喜びを仲間と共に分かち合い、労いたい。柄ではないが、そういった気持ちが前に出ていた。

 

 ――いつか訪れるかもしれない絶望のことなど、考えたくはなかったから――


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