Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
「ふっ」
突然。夜空を見上げたままのアーティルが噴き出した。
「ふふふ……ふはははは……!」
脈絡なく愉快げで、異様な笑い声を上げている。
「な、何がおかしいんですか!?」
「何も知らず呑気に談笑しているのが、だ」
そしてよろめきながらも立ち上がり、衝撃の事実を明かす。
「この天空魔導砲ラグリシャはなぁ、とうの昔に起動を済ませているんだ。操作権限は吾輩の意思に直結していて、いつでも発射できる。お前達がどんなに足掻こうとも関係の無い、吾輩の悲願が必ず成就するシナリオだったのさ……!!」
「なん……だと……!?」
驚愕する私を置き去りにし、ラグリシャは本格的に稼動し始めた。各部を発光させ、巨大なタービンが回るような重々しい音が響く。……今からアーティルを抹殺しようとも阻止できない段階に入ってしまったのだ。
魔導砲の四方に備わった天使と悪魔の羽。その先端に、青い光となった魔力エネルギーが球形に集まっていく。そして四つの青い光球は、魔導砲の上部に新たな
「今こそ、新たなる時代の幕開けだ! 軍事国クリスミッドに栄光あれ!!」
天を、世界を掴むかのように両手を振り上げ、アーティルは歓喜の声を上げた。
「最大出力! 発射ぁ!!」
ラグリシャの新たな頂点から、青く巨大な魔力光線が突き進んだ。……その進路は北西。ケンヴィクス王国の首都オークヌスを狙っているのは明らかだった。
「何もかも、終わりなのかよ……!」
未だ膝を突くゾルクの諦念が、皆の耳まで泳いだ時。
――異変が起きる。
「…………はあ!? なんの冗談だ……!?」
魔力光線を見守っていたアーティルが血相を変えた。進路が、段々と上へ逸れているのだ。
彼女はラグリシャの操作に意識を集中するが、意味を成さない様子。そして魔力光線はそのままぐるりと円を描き……なんと、私達のいる
唖然としたまま何も出来ない。この場の誰もが、頭上から降りかかろうとしている青の魔力光線を見つめ、息を呑むしかなかった……。
奴 が
現 れ る ま で は
「やあやあ諸君! 本日もご機嫌麗しゅう!」
空間が歪み、扉のようにくぐる人影あり。
藍色の長い髪。エグゾアエンブレムが刻まれたプレートアーマー。足先も見えないほどに大きな白いマント。更に、威圧的な山吹色の瞳。戦闘組織エグゾア総司令であり太古の魔壮帝、デウス・ロスト・シュライカンの突然の出現である。
しかし現れた地点は上空。魔力光線を発射する頂点の更に上。つまり光線の進路上なのだ。
そして光線は、ぶれることなく――
「あははははは! 最高の瞬間だね!」
――奴に直撃した。しかもただの直撃ではない。巨大な光線がどんどん細くなり、デウスの身体に……吸い込まれている……!?
「何が……どうなっているんだ……?」
呆気にとられたアーティルの疑問は、この場の全員の疑問でもあった。
魔力光線を放出しなくなった頂点は音も無く消えていく。信じられないことに、デウスはラグリシャの魔力エネルギーをほぼ全て吸い尽くしてしまったのである。
奴はゆっくりと降下。着地すると、二人分の空間の歪みを作った。
「さあ、おいで」
歪みから転移してきた存在。それは、夜に混ざる闇色の服に身を包んだ短い黒髪の男と、フリル満載の甘いドレスを召した空色の瞳と藤紫色のツインテールの少女。
「……ふん」
「やっほー♪ 救世主達、おっひさ~♪」
魔剣のキラメイ、
二人の到着後、奴はショックを受けるアーティルへ皮肉を贈った。
「ご苦労だったね、総帥アーティル。本当にありがとう! 君に取り入った甲斐があったよ」
彼女は返す言葉が見つからなかった。
代わりというわけではないが、まさきが口を開く。
「
「本来ならナスターも連れて来るはずだったのだけれど、セントラルベースへ戻ってきた彼は心身ともにズタボロになってしまっていたからね。代理も立てられないから仕方なく彼抜きでの登場となったよ。……あのさぁ、君達。レベル上げ過ぎではないかな?」
困った風な手振りと共に喋る。私は鼻で笑ってやった。
「戦闘組織の実力者が戦いに敗れて泣き寝入りか。お笑い
「全く以てその通り。甘んじて受け入れるよ。メリエルを奪い返された件についても、とやかく言わないさ」
「とやかく言われる筋合いなんて、元々ないっての……!」
ミッシェルは怒れる眼差しを向け続けた。
視線が厳しくなっているのは、ジーレイも同じ。
「これはまた、ややこしい場面で出て来ましたね。嫌がらせの達人よ」
「脅威が消えたからさ。アーティルのグラップルキネシスは、我の遠隔操作魔術の上位互換となる能力。非常に邪魔だった。だから手っ取り早く無効化させたくて、わざとゾルク・シュナイダーをぶつけたのさ。きっと世界の
「アーティルだけでなく、ゾルクをも利用していただと……!?」
真意を知り、私に宿る憤怒の炎は激しさを増した。
「さてと、お待ちかね。気になっているだろうから、天空魔導砲ラグリシャの正体を教えてあげよう。……実はこれ、破壊兵器などではないんだ。我に膨大な魔力を注ぎ込むための、超巨大魔力充填装置だったのだよ!」
大袈裟な口調による種明かし。その後は静寂だった。
「ここ、拍手とか驚嘆の声が欲しいところなのだけれど。寂しいねぇ」
デウスのふざけた呟きの後、アーティルがやっと声を発した。
「……馬鹿を言うな。ラグリシャは紛れもなく破壊兵器だ。建造段階で吾輩に見落としは無かった。試験運用でも対象物の破壊を確認している。だのに、光線が直撃したお前が無事でいるのは度し難い。人間をやめているのか?」
「失礼だね。君に悟られないよう細工していたのだよ。このラグリシャは、我の魔力の波長と同調するように調整されている。援軍として前もって送り込んでいたアムノイド達によってね。だから我は直撃しても平気であり、我以外を対象に発射した場合は文字通り魔導砲となる。しかし追尾機能付きだから、我が射程内にいると我にしか命中しないという何とも言えない仕様なのさ」
「だが少しでも調整が狂っていたら、お前は消し飛んでいたのだろう? ……酒でも飲みながら計画したらしいな。しかも実行するとは相当イカレている。それか、やはり人間ではない」
「我とて、野望のためなら本気になれるのでね。リスクくらい背負うさ」
種明かしが進行する中、ミッシェルが睨む。
「んで? 無茶して手に入れた魔力を使って、あたし達を亡き者にしようっての?」
そして私達は武器を向けた。万全ではないが、来るのであれば戦うしかない。
「と、思うだろう? 違うのだよ」
違う、だと? まだ他に目的があるというのか。デウスの未知なる行動に対し、私達は身構えるのみだった。
……ところが。寝耳に水なのは、こちらだけではないらしい。
「え……? 総司令、何しようとしてるの? なんか最初に言ってたことと違くない……? 弱った救世主達をやっつけるのがフィアレとキラメイの仕事だ、って言ってたじゃん」
どういうわけか戸惑うフィアレーヌ。キラメイが微動だにしていないことから、本当の理由を告げられていないのは彼女だけのようだ。
「すまないね、フィアレーヌ。本当は別の用事があるのさ」
「別の用事って…………ひぅっ!? ……えっ、それ……嘘でしょ……?」
話の途中、身体がびくりと
聞こえない会話の後、フィアレーヌは恐る恐る尋ねた。
「ねー、総司令。今、お友達が教えてくれたんだけど……さっき手に入れた魔力を全部、フィアレの身体に……入れようとしてたり、なんて……しないよね……?」
「全部とは言わない。必要な量だけさ」
デウスの笑顔は純真無垢であった。少女の顔が青ざめる。
「……む、無理。ムリムリムリムリ! どう考えても無理だって! 魔力の中にはリゾリュート人の魂だっていっぱい混ざってるんだから、フィアレに入ってきたら頭おかしくなっちゃう……!!」
「そうだね。君ほど霊術による
「ね!? そーでしょ!? じゃあこの話はナシナシ! 無かったことに……」
「まさか。予定通り実行するよ?」
変わらぬ笑顔で話は続く。
「発狂する前に教えてあげよう。君は元々、レア・アムノイド研究のための実験体だった。ところが、なんと霊術への適性が非常に高いことがわかった。そこで我が霊術を叩き込み、純粋な人間のまま
六冥凶の一員『禁霊のフィアレーヌ』は偶然の産物だったようだ。私の誕生も予期せぬものだったことから、どこか近しいものを感じてしまう。
「ただ、それは我の興味本位での行為。しばらくの間、君が何の役に立つ道具なのかわからなかった。しかし今日を迎えるにあたり、フィアレーヌの能力が必要不可欠だと判明したのさ。使い所が出来て喜ばしいね! 霊術を身に付けた影響で精神不安定だった君への度重なる調整、そして記憶の
……なんと無情な突き放し方だろうか。呼吸をするが如く自然に道具扱いされたフィアレーヌは、空色の眼を見開き絶句している。
火薬の都市ヴィオでゾルクが
「……照らしなさい。レイブラスト」
「
空気を読まず……いや、むしろ読んだ方か。ジーレイの魔術とソシアの弓技が繰り出された。わけがわからなくとも、ここでデウスを止めなければいけないのは確かなのだ。
「おっと。君達に攻撃を許すとでも?」
しかしデウスも抜かりは無い。いつの間にかラグリシャの様々な箇所から、黒ずくめの生体兵器アムノイドを無数に呼び寄せており、爆発による光の照射と軌跡を残す神秘の矢を防ぐ盾として扱った。
……そう、無数なのだ。とてもではないが数え切れない。エグゾアセントラルベースで戦った時よりも更に、アムノイドは量産されていた。ラグリシャ内部を攻略中にも無尽蔵に湧いて出ていたが、まだこんなに隠れていたとは予想していなかった。疲弊している私達が下手に手を出せば物量で反撃され、捻じ伏せられてしまう。
そして、デウスがアムノイドへ明確な攻撃指示を出さないのは……これから起こる出来事を私達に見せ付けるためだろう。奴が悪趣味であることを考えれば不思議ではない。
「ではキラメイ、よろしく」
「始めるぞ」
デウスとキラメイが、
デウスからはラグリシャと同様の青い魔力光線が、キラメイからは紫色の闇が伸びた。その両方がフィアレーヌの身体へ触れた時……。
「……ぎゃああああああ!! やめて総司令!! やめてキラメイ!!」
この一帯は、激痛と地獄の悲鳴で満ちた。
「やめてってば!! マジでヤバイって!! フィアレに入れないでよ!! 他の命令なら何でも聞くからぁ!! ホントにやめてっ!! ねえっ!! お願いだからあああああ!!」
様相とは裏腹にフィアレーヌの身体は静かに宙へ浮いていき、一定の高度で固定される。ゾルクがエンシェントビットを埋め込まれた際に受けたものと同じ、デウスの遠隔操作魔術によるものだ。
逃げる
間を置かずフィアレーヌの頭上に、夜の黒さとはまた違う黒の、闇の渦が生まれた。キラメイが漆黒の魔剣を取り出す時に作る渦に酷似している。それはゆっくりと拡大し、中身が見えるようになった。
暗闇の奥で
「あれは……オークヌスの上空でキラメイと戦った時に覗いた闇の渦と、全く同じだ……。やっぱり、いつ見ても生きた心地がしないよ……」
ゾルクの声には恐怖が乗せられていた。どうやらキラメイの作る闇の渦は、フィアレーヌを介することによって強化されているようだ。
「つまらん。そこに救世主がいるというのに剣を交えられないんだからな」
当の本人は心底、不機嫌な様子であった。
魔力注入を続けながらデウスが問いを投げる。
「ジュレイダル、君に一つ出題するよ。わざわざ生きた人間を魔力に変換してラグリシャの動力源とした理由、なんだと思う?」
「リゾリュート大陸の人間がビットと融合し、密度の高い魔力を秘めていたからでしょう」
「半分は正解だね。では残りの半分を明かそう」
奴は、山吹色の瞳に欲望を滲ませつつ言い放った。
「魔力の元となった『命』が『鍵』として反応するからさ! これから開く『ガヴィディンの門』にね!!」
‐Tales of Zero‐
第58話「門」
門の名を聞いたジーレイは最大限の憎しみを眼差しに込め、憤りに身を震わせる。
「リフがもたらした『門』という情報、無数の命と高等な霊術師の必要性、そして『ガヴィディン』の名……! 全てわかりました。どうしてあなたはいつもいつも、最悪な道を全速力で駆け抜けるのか……!」
「愚問も愚問。我にとって最高の道だからに決まっているではないか。おまけに芸術性もある。フィアレーヌの霊術師としての才能と感応力、キラメイの門を開く力、そして我の膨大な魔力。この三つが噛み合った美しい計画なのだよ、これは……!」
二人の間でしか会話は成立していない。すかさず、まさきが訊いた。
「ジーレイよ、説明を
「ガヴィディンとは、僕の生きた時代よりも更に大昔に存在した、霊術を含めた禁術の生みの親である大魔術師の名です。門をくぐった先の詳細はわかりませんが、予想では『生と死を司る空間』に通じているはず……!」
突然の物騒な発言で、皆に戦慄が走る。
「説明なら我がしたいのだけれどねぇ。楽しみを奪わないでおくれ」
「ひぐっ!? ぎぎゃああああああああ!! 痛い痛い痛い痛い!! 身体がやぶれるっ!! やぶれるってばああああああ!!」
残念がるデウスの横では、涙を垂れ流すフィアレーヌの苦しみが最高潮を迎えていた。
「おや、こっちもクライマックスかな?」
「いいいいいいいいっ!! ……ひぎぃっ!?」
以降、彼女は何も発さなくなった……。それを確認したキラメイは、どうでもよさげに零す。
「失神したか。静かになって丁度いい」
「魔力も、かなり注げたようだ。唱えるとしよう。――
デウスが呪文を詠唱した。見た目にはわからないが、いよいよガヴィディンの門が開通しようとしているのだろう。
「胸がざわつく……エンシェントビットが言ってる……! 『ガヴィディンの門を開けてはいけない』って……!!」
気力もほとんど残っていないだろうに、ゾルクは使命感のまま
「いけません!!」
ジーレイが、らしくもない大声で制止した。おまけにゾルクの腕を鷲掴みしている。
「なんで止めるんだよ!?」
「わからないのですか!!」
眼鏡の奥の形相には、普段の冷静沈着さなど皆無であった。その余りの勢いに、無創剣は下ろされる。
「ご、ごめん……」
「……声を荒らげてすみません。度重なる激戦とエンシェントビットの多用による疲労は、あなたを極限まで追い詰めています。そのような状態で世界の理を書き換えようとしても必ず失敗するでしょう。それに以前にも申し上げた通り、デウスの所有魔力と野望達成の意志、二千年越しの執念は強大過ぎます。万全な状態であったとしても、デウスに関連する書き換えは自殺行為にしかなりません」
もっともな意見である。しかし他に状況を変える方法は無い。……そう思っていると。
「ですので、この場は僕が無理を通します」
魔術師は自身の秘奥義を詠唱し始めた。足元には、神々しさと禍々しさを放つ純白の魔法陣が展開する。
「虚無の絶望はここにあり。夢、希望、幻、
標的の周囲の空間を歪ませ、無数の球形を作って徐々に削っていき居場所ごと抹消する大技である。
この秘奥義はアムノイドの大群を、文字通り無慈悲に削り取っていく。ジーレイはどうにかしてデウスへの道を切り開こうとしたのだ。……しかし。
「ジーレイさん!!」
床を転がる魔術師。すぐさま駆け寄るソシア。
消耗している上、敵の数があまりにも多すぎる。殲滅力の高い秘奥義を行使しても、数多のアムノイドが発動後の隙を狙って襲い掛かるのだ。全員で秘奥義を繰り出したところで同様の結果となるだろう。
万策尽き、ジーレイは無念を吐き出した。
「……僕は、無理も通せないほどに落ちぶれていたのですね。嘆かわしいこと、この上ない……」
すると、鳴りを潜めていたアーティルが
「ジーレイ・エルシードよ。ずっと疑問だったんだが……どうして『オルナシグ』を使わない? あれさえ使えば人命はおろかグラップルキネシスを駆使する吾輩を含め、ラグリシャなど造作もなく無に帰したというのに」
「な、何故あなたが……それを……!?」
「……いや、使わないのではなく使えないのか。使えていたら、こんな事態にはならなかっただろうからな」
混沌の情勢にて、新たな固有名詞が出た。ジーレイは不意を突かれた表情を浮かべているが、私達には一切心当たりの無い言葉である。
詳細を知らないのはデウスも同じだった。
「オルナシグ……? なんだい、それは……」
「おやおや……! エンシェントビットに異常な執着がありながら、ご存知ない? ふははは……!
左目のモノクルを光らせて嫌味満載に述べた。デウスは反論こそしなかったが、先ほどまでの上機嫌が消し飛んでいるのは確かだった。
「アーティルがオルナシグを知っているのも古代書のせいですか……!」
「まだ隠し事があったのか、ジーレイ」
「……責任を持ち、わざと隠していたのです。誰にも明かすつもりはありませんでした」
唇を噛むジーレイは、渋りながら私に答えた。
仲間にも明かすはずのなかったものとは一体なんなのだろうか。状況が状況だけに今はそれ以上、訊かなかった。
「あのねえ、君達……。ここぞという場面で不確定要素を増やさないでくれるかな? 我は計画を滞りなく進めたいのだよ。本当に使えないのであれば、さして問題は無いけれどね」
デウスは眉間にしわを寄せながら述べた。
「円滑に事を運びたい、その気持ち。痛いほどよくわかる。だからこそ……」
同調するアーティルだったが。
「妨害したくなる!!」
行動は反していた。
自身に残る魔力を振り絞ったのだろう。右手だけが霧状の闇に変質し、サイコヴァニッシャー時のものと化した。
しかし紫の光で接続して浮遊させるといった現象は起こらない。右腕の先から直接、巨大な手が生えているのだ。
「醜い姿だね。最期の抵抗ってことかい? やめておけばいいものを」
「お気遣い感謝するが、構わないのさ。身体の限界も近いしな。何より、やられっぱなしは……」
アーティルは、その大きな右手でアムノイドを一体だけ掴むと、左側の白いマントと若草色のポニーテールを乱れに乱れさせる。
「
何の工夫もなく、ひたすらに力を込め、デウス目掛けてアムノイドを投げつけた。
ただそれだけの攻撃は、防壁となったアムノイド達を傍若無人に弾き飛ばして容易く到達。藍色の後ろ髪をかすめ、左頬に横線状の切り傷をつくるに至った。
傷口から微量の血が垂れるのを見逃さなかった彼女は、ほくそ笑んだ。……同時に、デウスの逆鱗に触れることになる。
「…………
おどけていた姿はどこへ行ったのか。デウスは左手からの魔力注入をやめないまま、山吹色の双眼に憤激を閉じ込めてアムノイドへ命令を下した。
――あっという間だった。アーティルに群がる漆黒の生体兵器達は各々に装備された複数種類の武装を効率よく用いて、見るも無残な姿へと変えていく……。先の一撃で力を使い果たしたため彼女の右手は元に戻っており、武と数の暴力に抗えるはずがなかった。
ラグリシャの天辺に生まれた紅い海。その上に横たわるアーティルは原形を留めていない。もう無い眼でデウスを見つめ、失った腕を伸ばし、辛うじて口を開ける。
「吾輩の野望が、叶わないのは
「地獄での再会、心から待ち望んでいるぞ……太古の亡霊達よ……! ふふふ……ふははははは……!!」
光の粒は風に乗り、紅い海だけが残った。
「頓馬は君の方だ、アーティル・ヴィンガート。この世界に、天国も地獄も無い」
デウスは逝く光景を冷たく見流すと右手で血を拭い、魔力注入に再び意識を向けた。
「……気を取り直そう。改めて明かすよ、ジュレイダル。君の予想通りだ」
段々と奴の声色が歓喜に満ちていく。
「今まさに開かんとしているガヴィディンの門の先に広がっているもの。それは、この世界の裏側とも言うべき
高らかに名が告げられた。
「『
その後も話は続く。
「我はそこへ行き、死した人間の魂から魔力を手に入れる。
周知の事実だが、やはりこいつには倫理観など無い。わかっているのに私は強く訴えざるを得なかった。
「死した者すら利用するだと!? 度を越すのも大概にしろ!!」
「前にも言ったけれど、我の最終目標は『世界の破壊と創造』だ。そのためには、どれほど小さな魔力であろうと必要になる。使えるものは使わなければ勿体無いではないか。エコの精神、君達にもあるよね?」
「エゴの間違いだろう! この腐れド外道が!!」
怒りの咆哮を全く意に介さず、ついにデウスは告げる。
「
空気の震えか小さな波動のようなものがフィアレーヌの頭上の闇の渦――ガヴィディンの門から
生贄の役目を終えたフィアレーヌは魔力注入と遠隔操作魔術を解除され、白目を剥いたまま自由落下。硬い床に全身を打ちつけられた……。
キラメイが左手で開き続けるこの門は、ラグリシャが通り抜けられそうなほどの大きさまで広がった。おぞましく蠢く空間が、はっきりと視認できる。おそらく、揺らめく紫や灰色の霧は死霊魂によるものなのだろう。
「あれが零の混留……。いわゆる、あの世ってことだよな。門から出てきた波みたいなもの、なんだったんだろう……。もしかして、あの中の魂が叫んでた!? ……でも恨みとか悔やみとか、そんなのだけじゃなかったような気がする……」
「私も、怖くて冷たい感覚はありました……。けれど温かさまで感じたのは、なんで……?」
怯えるゾルクとソシアに対し、デウスは感心する。
「二人とも鋭いね。零の混留は、消滅や転生を待つ死霊魂が集まる場所さ。多種多様な魂がそれぞれ持つ記憶の断片によって、曖昧ながら存在を成している。生命を終えた者の魂や、これから誕生しようとする者の魂が集まる、ゼロとして終わりゼロから始まる場所……。つまり全ての魂が一度、ゼロに戻って混ざり留まるから『零の混留』なのさ。
聞けば聞くほど、生きている人間にとっての禁忌であることが理解できる。それへ簡単に触れようとしているデウスを許してはおけない……!
「さて。種明かしもほとんど終わったことだし……」
私は使命感に燃えるが、置かれている状況は最悪中の最悪。
「君達も、我が魔力の一部となってくれたまえ」
……やはりか。気の済むまで喋った後、そう来るだろうと思っていた。アムノイドの大群がにじり寄る。私達には退路が無いので急がなくても充分なのだ。
ジーレイが秘奥義を発動してもどうにもならなかったことを考えると……勝算は皆無。刃向う、刃向かわないに関係なく、アーティルのように
「んなもん、黙って見過ごすわけがねえだろうがよぉ!!」
――青年の騒がしい声が拡声器を通じて轟いた。
ビームキャノンが夜空を切り裂く。迫っていたアムノイドは、この不意の砲撃を受けて塵一つ残らず消滅。残ったアムノイド達は一時的に命令続行不能と判断したのか、声なく混乱する様子が見られた。
「……ちっ。我としたことが、ザルヴァルグの存在を忘れていた」
デウスの舌打ちと共に、
「ラグリシャが撃たれても音沙汰無ぇから来てみりゃ、とんだ一大事じゃねぇか!! 死にたくねぇんならさっさと連絡してきやがれ、バカヤロウどもが!!」
心配ゆえの罵倒。連絡のタイミングを逃していた私の責任である。自ら動いてくれたアシュトンには感謝しかなかった。
私達に光明が見えたが、デウスは落ち着き払っている。
「ま、大きな機体だから小回りは利かない。魔術で簡単に狙い撃てる」
しかし、それは油断に他ならなかった。
「――
「その声は!?」
流石のデウスも予想しなかっただろう。真紅のバトルドレスを纏った、あの
「秘奥義! メリエレッド・フルムーン!!」
ザルヴァルグ登場の混乱に乗じて、復活したメリエルも救援のためこの場に降り立ってくれたのだ。
紅の光を夜に相応しいほど放つ、壮麗たる満月。ガヴィディンの門にも匹敵する大きさのそれは、ラグリシャ上の全てのエグゾア陣営を紅い光で包んだ。
この秘奥義は肉体に浸透して神経に達するかのような鋭い痛みを何度も与え、奴らの体力を否応なしに奪っていく。私達も満月の上に居るが、現在のメリエルは味方なのでダメージは無い。名称こそ変更されているけれども私達が戦った時と変わらず強力な秘奥義である。
「走って!!」
彼女は叫び、とある方向を指差した。……皆、すぐに意図を察し、言われた通り駆け出す。
「洗脳が解けても実力は変わりなし、と。やはり手放すのは惜しかったかもしれないね」
「ククク……! それでいい。運を引き寄せ、かつての敵の手も借り、何としてでも生き延びろ。お前が死ぬ時は、俺が倒す時なんだからな。必ず決着をつけるぞ、救世主……!!」
アムノイドはおろか、デウスさえも追い討ちが困難な状態に。
キラメイも漏れなく秘奥義を受けたのだが、左手を天に掲げたまま問題なくガヴィディンの門を支え続けている。なんと強靭な精神力だろうか。
この隙に私達六人とメリエルは、ラグリシャと夜空の境界へと達し……意を決して飛び降りた。
「あぁ、そういうことか」
デウスが見たのは、落下した私達を大きな白き背中で受け止めて上昇するザルヴァルグの姿だった。これで完全に逃げられたと判断したのか、追撃は諦めた様子である。
「別にいいさ。メインの計画は完遂したのだから。これからは、君達を持て成す計画も検討するとしよう」
あとはこの空域から離脱するだけ。……そう思っていると。
「マリナ……ジーレイ……!?」
不穏の兆候が始まった。
ゾルクの慌てる声の後、ジーレイを見た。すると彼の身体が……。
「消えかかっているだと……!?」
急ぎ、私自身の両手、胴体、両足を視界に入れる。
……身体がうっすらと透け、向こう側となるザルヴァルグの白い背が見えてしまった。
「触覚はあるのに透けている……。どうして私とジーレイだけが……?」
理解できず戸惑っていると、同じ症状の人間をラグリシャの上にも発見した。
「デウスも、なのか……!?」
「ははは……あはははは……! もしかして、そういうことなのかい……!? なるほどねぇ。よく出来ているではないか、世界よ!」
透けた私達と自分を見て何かを悟ったのか、余計におかしくなったのか。デウスは笑い、世界の仕組みを褒め称えた。
……まもなく、奴の透けた身体が元に戻っていく。私とジーレイも同様で、しっかりと実体を取り戻した。
「最後の最後で面白いものが見られたね……! それでは、また会おうジュレイダル! また会おう、救世主一行よ!!」
うるさく言い残した後、デウスは天空魔導砲ラグリシャをガヴィディンの門へ仕舞い込むかのように、天へと動かし始めた。何らかの方法でアーティルを出し抜き、奴もまたラグリシャの操作権限を持っていたのだろう。
私達がザルヴァルグの背から見守る中。ラグリシャの全容が内側に収まり、門は縮小を始める。そして紫の光の点となった直後、静かに消えていった。
ラグリシャの天辺にはデウスのほかキラメイとフィアレーヌ、アムノイドの大群が。そして内部にはクリスミッド兵が大勢いたはず。生きた人間が零の混留に入ったあと、どうなるのか……想像の余地は無い。
身体が消えかかる現象は、ガヴィディンの門が開いたことと関係しているのだろうか。何もかも不明で、私は新たな不安を胸に抱えてしまった。
しかし総帥アーティル・ヴィンガートの打倒は成した。リゾリュート大陸は救われたのだ。今はとにかく疲れを癒し、喜びを仲間と共に分かち合い、労いたい。柄ではないが、そういった気持ちが前に出ていた。
――いつか訪れるかもしれない絶望のことなど、考えたくはなかったから――