Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第三部 救世主絶生!(きゅうせいしゅぜっしょう)
第59話「麗しの君達」 語り:ゾルク


 果てしなき闇を水中の如く漂いながら、男は捉えた。次第にはっきりと浮かび上がっていく姿を。

 それは淡い黄金色のドレスを着た、白金色のミディアムヘアの女だった。透き通った海色の眼で男を見つめているが、彼に心当たりは無い。

 

「君は誰だい……?」

 

 尋ねると、女は困ったような笑顔を返した。何かを伝えたい様子ではない。ただ優しく、ただ穏やかに眺めるだけ。

 

「君は、我を知っている……?」

 

 問いの後、女の双眼にうっすらと滲むものが。

 

「……何故だ。どうして涙を……」

 

 そう言う男も、怪訝(けげん)な感情のまま山吹色の瞳が潤んでいた。当然、理由は不明。そして女から返事も無い。何もかもがわからないまま混乱するしかなかった。

 程なくして女は、闇に身を溶かしていった……。

 

 

 

「――令……総……」

 

 

 

 ……今度は何か聞こえる。覚えのある声だ。

 

「総司令、お気を確かにぃ……!」

 

 傍らで呼んでいたのは土色の癖毛と漆黒の白衣の男、狂鋼(きょうこう)のナスターだった。いつも三日月のように尖っている口元は歪んでいて、相当焦っている。

 現実に戻ってきたデウスの頬には涙が伝っていた。意識が遠のき、立ち尽くしていたらしい。

 

 ――現在地は、様々な色が背景として(うごめ)く異質を極めた空間、零の混留(ゼロ こんりゅう)。そして逆三角錐(ぎゃくさんかくすい)型の純白な天空魔導砲、ラグリシャの天辺(てっぺん)でもある――

 

 さっと涙を拭うと、いつもの調子で口を開く。

 

「……ナスターか。心配をかけたようだね。我なら大丈夫だよ」

 

「ほっ……。ご無事で何よりでぇす」

 

「結局、君もここに来たのかい」

 

「お恥ずかしながら精神的ショックより未知への好奇心が勝ちましてぇ……」

 

「ははっ、君らしいね」

 

 ナスターのお家芸である転送魔法陣は、異空間が対象でも問題なく作動するようだ。

 

「それはそうと……なんだったのだ、あれは。まったく知らない女性の姿が浮かぶなど……。この空間には無限に魂が在るわけだが、それらが宿していた記憶が入ってきたとでもいうのか……?」

 

 果てしなき闇での体験について考察するが、終わりは見えない。すぐに打ち切った。

 

「零の混留とは恐ろしいところだね。死者の記憶が、生者の脳内に送り込まれることもあるらしい。ナスター、君も気を付けておきたまえ」

 

 忠告していると、黒髪紫眼に黒衣の男が歩み寄ってきた。

 

「ようやく目を覚ましたか。あんたが命令していた通り、ラグリシャ内部のクリスミッド兵はアムノイドが掃討したぞ」

 

「あぁ、キラメイ。報告ありがとう。……フィアレーヌの姿が見えないようだけれど」

 

「あいつなら起きてすぐ、適当な門に落ちていった。俺が開けたやつとは別の門だったからな、行き先まではわからん」

 

「見ていたなら止めてくれたまえよ……。だが、まあいいさ。彼女が居なくとも支障は無い」

 

 心配など一切なく、あっさりとフィアレーヌを切り捨てた。重要だったのはガヴィディンの門を開く生贄としての役割のみで、あとはなんとでもなるようだ。

 そんなことはどうでもいいと言いたげに、キラメイは我を通す。

 

「総司令よ、ここからは俺の好きにさせてもらう」

 

「もちろん。約束だったからね。思えば、契約してから随分と時間が流れたものだ」

 

 懐かしむように目を閉じるデウス。事情を知らないナスターは疑問符を浮かべた。

 

「契約……? そういえば総司令とキラメイは、どのようにして知り合ったのですかぁ?」

 

「あれ、話していなかったっけ。興味があるのなら教えてあげよう」

 

 

 

 ――彼は無から生まれたという。対になる存在と共に。

 

 

 

 生まれながらにして零の混留の門番を務め、それ以外なにも知らなかった。

 しかし魂同士が喧嘩する様を見て、争うこと……『戦い』に興味を持った。そして零の混留に蔓延(はびこ)る強い魂達と戦い続け、戦闘狂へと覚醒していったそうだ。

 

 我が霊術の実験中、偶然に零の混留へ干渉したことがあってね。そのせいで彼を現世に召喚してしまった。

 これは、彼が更なる敵を求めて零の混留から飛び出したいと強く願っていたのと、我の実験のタイミングが重なったから起きた事象だ。奇跡とも言える。

 現世と繋がりがないままでは留まれない、新たな強敵を探せるこの機会を逃したくない、と彼は叫んだ。得も言われぬ魅力を感じた我は霊術によって主従契約を交わしてみた。

 すると彼は現世での姿を獲得、留まることに成功し、念願の強敵探しを始めたのさ。良い戦いが出来るなら姿にはこだわらないそうだ。我の野望に興味が無いのに六冥凶(ろくめいきょう)として従ってくれていたのは、この契約があったからだよ。

 ここで初めて我は『キラメイ・エルヴェント』の名を贈った。元の名前だと現世では不便そうだったからね。

 

 キラメイは今回の作戦で、ガヴィディンの門を開きたい我に渋々ながら協力してくれたわけだけれど、それは「我を零の混留へ連れて行ってくれれば、契約はそのままで自由に行動してくれていい」と約束していたからさ。

 契約が続いていれば行動範囲は狭まらず、現世にも戻れる。ゾルク・シュナイダーにご執心のキラメイにとっては、これ以上ないほどの好条件。受け入れてくれたよ。

 我は義理堅いのでね、約束は必ず守るのさ。

 

 

 

 ――とまあ、我とキラメイの関係についてはこんなところかな。

 

 

 

 静かに相槌を打っていたナスターが口を開く。

 

「キラメイ、アナタは……人間ではなかったのですねぇ。手の平で小さなガヴィディンの門を開いて武器を取り出す行為も、魔術ではなく元々備わっていた能力によるもの、とぉ」

 

「そんなところだ」

 

「では、凄まじい強者である総司令と戦わなかったのは契約のせい?」

 

「ああ。契約が無になれば、この空間に強制送還されるからな。初めの頃は総司令と戦えないことがもどかしかった。……しかし今は違う。救世主という最高の相手を見つけた。総司令との戦いには、もう興味が無い」

 

 不適に笑うキラメイに対してデウスは、やれやれと両手を広げてみせた。

 

「そこまで言われると、なんだか寂しいね」

 

 そして溜め息に繋げる。

 

「寂しいと言えば、君抜きで魔力収集を行わなければならないのだよね。真の姿に戻った君がいてくれれば、零の混留を飛び回るのも楽だったのだけれど」

 

「俺がいなくとも『あいつ』がいれば、あんたの目的は果たせるさ。『あいつ』は善性の塊だから契約などにも絶対に(なび)かないだろうが、強制的に従えさせる(すべ)をあんたは持っている。そうだろう?」

 

「まあね。ラグリシャで莫大な魔力も得られたし、あとは実力で乗り切ってみせるさ」

 

 ぼやきかと思えば、単なる冗談だった。どうやら算段はついているらしい。

 

 ……などと話し込んでいた矢先。

 

 力強く羽ばたく音と、空間の震えを感じた。おそらく巨大であろう何かが、物凄い速さでラグリシャに接近している。

 デウスが実力で乗り切らなければならない場面は、もうやってきたのだ。

 

「お出ましのようだぞ。……久しぶりだな、堅物」

 

 キラメイが見上げたのは、竜だった。

 ザルヴァルグやギルムルグなどの巡航機に匹敵する体躯。荒々しく鋭い爪、牙、角。巨体に相応しい柔靭(じゅうじん)な翼と尾。そして異質異色の空間で唯一の輝きを放つ、白と金の鱗……。

 現世には存在しない、まさにおとぎ話の中の生き物。それが今、ラグリシャの頭上で滞空しながら三人を睨みつけている。

 

「なるほど、これがキラメイの対になる存在ですか。けっこう大きいですねぇ」

 

 ナスターは身構えることなく、悠長にも観察を始めた。危機感が無いのだろうか。

 ……いや違う。デウスの策に絶対の信用があるのだ。

 

「流石は門番。噂をすれば、だね。では早速……」

 

 竜を睨み返しながらデウスは左手を突き出し……霊操(れいそう)の構えをとった。

 

「我が支配下へと来てもらうよ。番竜セラフィムドラゴン……!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第59話「麗しの君達」

 

 

 

 デウス達が零の混留に消えたあと。

 総帥アーティルの打倒を成し遂げたことをワージュに報告した。彼は俺に飛びついて大粒の涙を流した。軍事国クリスミッドが救われたことの他、俺達の無事の帰還を喜んでくれたのだ。

 今後は国の再建に努めながら、前総帥の遺志を継いでケンヴィクス王国との和平条約締結に力を入れていくという。忙しくなるはずだが、ワージュの周りには支えてくれる大人がたくさん居る。心配には及ばないだろう。

 

 次に、ケンヴィクス王国に戻り国王陛下に謁見。王妃様救出の功績が認められ、俺は『名誉剣士(めいよけんし)』の称号を(たまわ)った。城への出入りが自由となり、その他いろいろ特権があるのだという。

 これは陛下が後ろ盾となってくれていることを表すための配慮の意味合いが強いかもしれない。だとしてもヘイルおじさんと同じ名誉を冠するこの称号は、俺の誇りとなった。

 

 一通りの報告を済ませた俺達は、秘境ルミネオスでようやく心身を休めることに。

 ここを選んだのには理由がある。主要魔術研究所なら、マリナとジーレイが消えかけた現象について何かわかるかもしれないと考えたからだ。

 ターシュさんに意向を伝えたところ、なんとあの時、彼の身体も消えかけていたという。しかし精密検査をおこなっても、何もわからなかったらしい。

 それでも念のため二人の検査をお願いしたが……やはり消えかけた理由は不明。身体的には特に問題なく、これ以上は調べようがないそうだ。

 ジーレイは、ある仮説を立てる。

 

「世界の仕組みの一部である零の混留は、本来なら生存していないはずの命を、あるべき姿へ戻そうとしているのかもしれません」

 

 そういえばデウスも何か察し、世界を(たた)えていた。「よく出来ているではないか」と。仮説は正しい可能性がある。

 けれども直ちに影響があるわけではないようだ。でなければ、対象の四人はガヴィディンの門が開いた瞬間に消えてしまったはずだから。

 考えられるのは、ここまでだ。

 

 もうひとつ謎がある。

 アーティルが言い残した『オルナシグ』について。

 

「……あれは森羅万象を消滅させる光。エンシェントビットを力の源とした、ただの欠陥術式です」

 

 訊かれたジーレイは険しい表情で答えた。

 森羅万象……この世のありとあらゆる物質、存在、概念……それを消し去ってしまえる。そこだけ聞けば、命は削ってしまうが俺も発動できる効果である。

 しかしオルナシグは消滅に特化した術式であり、エンシェントビットさえあれば代償なしで行使できるという。その気になれば、デウスの野望のひとつである『世界の破壊』すら可能なのだ。

 ジーレイが「誰にも明かすつもりはなかった」としたのは、この危険性ゆえだった。

 

 皆が寝静まった夜。

 ジーレイとターシュさんだけは、ほのかな灯りの下にいた。

 

「ジュレイダル様。オルナシグの詳細を皆さんにお伝えしたということは……」

 

「ゾルクなら、あるいはと思いまして」

 

「ふむ……賭けですな。しかも相当に分の悪い」

 

「そうまでしなければ、デウスを止めるのは困難かもしれないのです。……言うまでもなくオルナシグは使わずに済むのが最善。しかし不測の事態には出来る限り備えておきたい」

 

「では、相応の準備をしておくとしましょう。いつ時が来てもいいように」

 

「命を……張らせてしまうかもしれません」

 

「よいのです。分の悪い賭けとは言いましたが、ゾルク君なら覆せるかもしれない。あなた様と同じ心境でございます」

 

「……ええ。きっと試練に打ち勝ち、正しき心で力を使いこなすでしょう。信じています。彼を」

 

 かつての主従関係を超えた、盟約のようなものを結ぶのだった。……計り知れない覚悟と共に。

 

 

 

 

 

 あれから一週間以上が経過した。

 エグゾアは各地で目立った動きを見せなくなった。デウスの動向も不明だがジーレイの予測では、魔力収集に時間がかかるだろうとのこと。

 奴の野望については各国に伝えてある。何か良い対抗策が浮かぶまで、現時点で出来ることは何も無い。

 貴重な余暇が生まれた俺達は一度、解散。各々の所縁(ゆかり)の地で過ごしていた。

 

 ……でも、それは昨日までの話。

 

 現在、熱砂の麗都イスプレアに集結している。

 軍事国クリスミッド領内、リゾリュート大陸の東に位置する観光都市なのだが、新たな総帥となったワージュに招待され、満喫させてもらえることになったのだ。

 招待を受けたのは俺達いつもの六人と、しれっと復活した『漆黒の翼』の三人。他にも招待された人物はいたのだが、残念ながら都合がつかなかったそうだ。

 カダシオ砂漠の東端がそのまま海に面しており、立地条件的に適していたためリゾート開発されたというイスプレア。気品のある丸みを帯びた観光施設が、砂地に似合う宮殿のように立ち並んでいる。

 暑い土地だが冷房設備は整っているし綺麗な海は泳ぎ放題、当たり前のように食べ物も美味しいという。さすがリゾート、快適である。

 

「みんなは……じゃなかった。……こほん。皆さんはクリスミッドを、そしてリゾリュート大陸を救ってくれた救世主です。本当にありがとう。こんなお礼しかできませんが、どうかゆっくりくつろいでいってください。……うまく言えたかな」

 

 鮮やかながら威厳を併せ持つ衣装を身に纏った、若き総帥。初々しくも堂々と述べた。俺達は拍手で答えた。

 ワージュは今回、わざわざ挨拶のためにイスプレアを訪れたという。ついでに俺達と一緒に楽しんでいくのかと思いきや、やはり仕事が山ほどあるらしい。側近と共に、名残惜しそうに首都リグコードラへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 水着に着替え、燦燦(さんさん)と太陽が照り付ける砂浜に出てきた。

 

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 俺のは、南国情緒を感じるシャツに長めのトランクス、爽やかな蒼のビーチサンダルといったもの。前髪からピンと跳ね上がった主張の激しい毛は、濡れても自立する。

 これからどうするか……と考えていると。

 

「あっ、ゾルク! 水着、似合ってるわよ。さっすが、あたしのセンスね♪」

 

 後ろから声をかけてきたのは、今日を最も楽しみにしていたミッシェルである。全員の水着のコーディネートまで行うという力の入れようだ。

 

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 前髪は編み込んでアレンジしており、後ろはポニーテール。おしゃれなバンドゥビキニとパレオが本人のスタイルの抜群さを、これでもかと主張する。黒と金のサンダルも高級感を醸し出している。

 いつも肌の露出のある格好をしているので見慣れていたつもりだったが、水着となると……やっぱり、なにか、違うみたい……。

 

「あ、ありがとう。ミッシェルも……似合ってるよ」

 

 ぎこちない返事をしてしまうと。

 

「ありがと♪ マリナ達にも言ってあげてね~」

 

 意地悪そうな笑顔で、ひらひらと手を振るのだった。

 

「そ、そういえばさぁ! ……折角だからメリエルも来ればよかったのに。招待されてたんだよね?」

 

 苦し紛れに話題を変えると、溜め息交じりの返事があった。

 

「本当は連れてきたかったんだけど『気持ちの整理と療養に専念したい』って断られちゃった。療養ならここでも出来そうなのに残念だったわ」

 

 そういう理由があったのか。本人のペースもあるだろうし、こればかりは仕方ない。

 

「髪をバッサリ切って、普段着だってカワイイやつ選んで着てて、けっこう心機一転できてると思ったんだけど。まだ時間がかかるみたい」

 

「だいぶ印象変わったんだ。どんな感じなんだろう?」

 

「んーと……ちょっと待ってね」

 

 俺のふとした疑問を受け、彼女はどこからともなく画用紙と小筆を取り出し…………いや待て。今は画材鞄も手元に無いのに、どこから取り出したんだ……?

 ま、まあとにかく。サラサラとラフな絵を描き上げた。

 

「できた! こんな感じよ♪」

 

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 見せてもらうと、ロングストレートだった紅の髪はボブカットになり、春の草原を彷彿(ほうふつ)とさせるエレガントなワンピースを身に纏っていた。微笑みも描かれており、平穏を取り戻せた喜びを表しているかのようだった。

 それにしてもミッシェル、ほんの一瞬で本人そっくりの絵を描くとは。筆術師(ひつじゅつし)としての側面が強すぎてあまり意識していなかったが、とんでもない技量を持った画家なのかもしれない。

 

「周りの色々は単なるメモみたいなものだから気にしないでね~」

 

「どこ見て喋ってるんだ……?」

 

「細かいこと気にしなーいの。っていうかゾルク、海に来たんだからパーッとはしゃいできなさいよ。まだまだ遊びたい盛りでしょ?」

 

「なんか急に年上ぶってる……。ミッシェルはどうするんだ?」

 

「ここに着くまでは、観光客で賑わってる景色でもスケッチしようかなーと思ってたんだけど、あたし達しかいないのよね……」

 

 今、イスプレアは繁忙期ではない。しかも今日に至っては貸し切り状態。広い海と空と砂浜をのんびりゆったり独占できるのだが、賑やかさを求める人間には不都合のようだ。

 

「仕方ないからリフ達とお喋りしてこようかしら。ゾルクは……そうねぇ。あたしがコーディネートしたみんなの水着、見てきてほしいわ。着替えはあたし達が最後だったみたいだし、まだ見てないでしょ?」

 

「えー。わざわざ見に行かなきゃだめ?」

 

 なんだか気乗りせず消極的な態度を示すが。

 

「どうせ暇なんだからいいでしょーが。……あ、ほら。あそこで本読んでる誰かさんも連れてってみれば?」

 

 押し切られ、ミッシェルの言う通りにするしかなかった。

 

 

 

 

 

 砂浜に立てられたパラソルの下、ビーチチェアに腰かけていたのはジーレイだった。リゾートなどお構いなしに黙々と書物を読み進めている。

 

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 パーカー付きのラッシュガードを着ているが、色合いは普段のローブに似ている。いつもの眼鏡や首飾りも着用しているので印象はあまり変わっていない。しっかりとしたアクアシューズも履いており、手堅く着こなしている。

 

「海に来ても調べ物してるんだな」

 

「……おや、ゾルク。そもそも僕は、海でテンションが上がる(たち)ではありませんので。いつか海を眺めて船に乗り遅れそうになっていた人物がいましたが、そういう方のほうがリゾートを楽しめるのだと思います」

 

「うぐっ、それはもう忘れてくれよ……」

 

 痛いところを突かれた……。集中していても、からかう余裕はあるようだ。

 

「確かに、遊びたい気持ちはあるんだけどさ。こうしてる間にもデウスが零の混留で力を蓄えてると思うと……なんか、ね。ジーレイだってそう思ってるから、ここに来ても色々と調べてるんだろ?」

 

「お察しの通り。各国も対策を練っているとはいえ知識や技術には限界があります。やはり僕が率先して考えなければなりません。そのために禁術書を引っ張り出し、アーティルが読んでいたという古代書もワージュから貸し出してもらっているのです」

 

 エンシェントビット以外でデウスの野望に対抗できそうなのは、ジーレイという存在。どうしても彼に頼らざるを得ず、負担をかけてしまうのが申し訳ないところ。

 

「その中で、少しわかったことがあります。キラメイが魔剣を引き抜く時に生み出していた、闇の渦。あれは小さなガヴィディンの門で間違いありません。ラグリシャではデウスとフィアレーヌの力によって、門を大きく広げていたのでしょう。そして門を開くという芸当が可能なキラメイは……零の混留から現世に来た存在である可能性が高い」

 

「それって、人間じゃないってことか……!?」

 

「どうなのでしょうね。詳細は本人に語ってもらうしかありません」

 

 気にはなるが、わざわざ訊こうとは思わない。キラメイに会ったところで戦いになるだけである。

 

「それはそうと、ゾルクにひとつ頼みたいことがあります」

 

「珍しいな。何をすればいいんだ?」

 

「ソシアを元気づけてあげていただけませんか。今はマリナが傍にいてくれています」

 

「いいけど、それならジーレイも一緒に行こうよ」

 

「……遠慮させてください。僕は不適任なので。だからあなたに頼んだのです」

 

 適していない理由は教えてくれず。彼の横顔は、どこか心苦しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 二人は波打ち際に並んで座っていた。特に何をするわけでもなく、寄せては返す白と青を静かに眺めている。

 

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 マリナは古風民族系のスポーティーなデザインの水着。愛用の二丁拳銃を密かに携えている。

 脚技(きゃくぎ)を繰り出しても問題なさそうなサンダルを履いていることから、動きやすさを重視したようだ。黒のショートヘアを後ろで結んでいるのはミッシェルの遊び心かもしれない。

 

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 ソシアの水着はフリルが特徴的な桃色のセパレート。治癒術で使用する菱形のビットを付けている。

 髪は下ろして緩く巻いており大人っぽさを演出。麦わら帽子とサンダルには花の装飾がふんだんに取り入れられていて、可愛さに隙が無い。

 

「二人とも、ここにいたんだ」

 

「やっと来たか。遅いぞ」

 

 振り向いたマリナはジト目になっていた。別に待たせていたつもりはないのだが。

 

「マリナもソシアも水着、似合ってるね。可愛いよ」

 

「まるでナンパだな」

 

「そ、そんなんじゃないって! ……なんだよ、せっかく褒めてるのに」

 

「ふふっ、冗談だ。お前の水着も良い感じだぞ」

 

 毎度ながらのやりとりの横、ソシアの笑顔は無理をしているようだった。

 

「ソシア、元気ないみたいだね。悩み事?」

 

 すると、ゆっくりと口を開く。

 

「……ラグリシャには、大量のアムノイドがいましたよね。あの時は緊迫していたので心を殺して戦えましたが、状況が落ち着いた今は……どうしても母のことを考えてしまって……」

 

 ソシアの母親であるレミアさんは、ナスターの手によってアムノイドにされてしまっている。もしかすると、あの大群の中にいたかもしれない。生存に絶望を覚えてしまったのだ。

 

「ジーレイさんの秘奥義でも、たくさんの数が倒されていましたし……。あっ、でも、だからといってジーレイさんを恨んでいるわけではないんです。ただ、その……ちょっと心が……追いついていなくて……」

 

 彼女は無理のある笑顔を続けている。泣くのをこらえているのがわかってしまう。

 ジーレイが慰めに来ないのは、こういう理由だった。俺も同じ立場だったら、かける言葉など見つからなかっただろう。

 マリナが、頬杖を突きながら言う。

 

「私はソシアが心配で傍についていたんだが結局、何を言えばいいかわからなかった。口下手は役に立たないな」

 

「それでもマリナさんは、私に寄り添ってくれたんですよね」

 

「ああ。心が追いつかない点で言えば、私も同じだ。一瞬とはいえ自分の身体が消えかけ、その原因も確定していないんだから不安は拭えない」

 

 ソシアは会話を交わさずとも、マリナの優しさをしっかりと感じ取っていたようだ。

 しかし、これでは共倒れのようなもの。どうするつもりだったのか……マリナは続きを述べる。

 

「で、ゾルク大先生ならソシアに気の利いた言葉をかけてくれるだろうと思い、お待ちしていたわけだ」

 

「だから『やっと来たか』って言ったのか。あと『大先生』はやめてくれよ。……慰めの言葉、浮かばないや。ごめん……」

 

「だろうな。安心しろ。特に期待していたわけではない」

 

「なんなんだよ、もー!! 自分だって何も言えなかったくせにー!!」

 

 ……イスプレアに来てから皆に振り回されっぱなしである。せめて、この場は俺が主導しなければ。

 

「じゃあさ、とりあえず歩こう。じっとしてたら気持ちも変わらないよ。そういえばミッシェルがリフ達のところに行くって言ってたし、探してみない?」

 

「確かに気分転換は必要だな。ソシア、どうする?」

 

「……その通りですね。私も行きます」

 

 こうして砂浜には三人分の足跡がつき始めた。

 

 

 

 

 

 歩いていると、散歩中のまさきとみつね姫に遭遇。

 

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 まさきは水色の長髪を簡単に縛っていて、勾玉の首飾りをかけている。腰に巻いたラッシュガードの下には、(おとこ)を感じる赤い(ふんどし)。スメラギの里やミカヅチの領域における伝統的な衣らしい。でもそれは水着なのだろうか。

 

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 みつね姫の栗色の髪は花飾りで纏められており、あとは自然に。花柄のビキニの上にはシースルーの羽織。本人の神秘的な魅力が際立っている。

 勾玉の首飾りは、まさきとお揃いだ。相思相愛の許婚(いいなずけ)である二人の心をミッシェルが汲んだのだろう。

 顔を合わせてすぐ、俺はふざけてみた。

 

「おっ、堂々とデートかぁ」

 

「断じて違う!! ……護衛なり……」

 

 まさに速攻。剣術だけでなく否定も速い。

 けれども隣は違う想いの様子。

 

「わたくしは逢引(あいびき)で構いませんのに……」

 

「姫!? な、何を……!?」

 

 まさきは太陽よりも赤く熱く、顔を染める。いじけるみつね姫をどうすることも出来ず、あたふたするしかなかった。手でも握れ。

 

「邪魔をしてしまったようだな」

 

「リフさん達を探しましょう」

 

 マリナとソシアは二人をそっとしておくことを選び、俺もこっそり後に続いた。

 ――さらっと流していたが、『漆黒の翼』が復活した理由は……なんと、みつね姫がスメラギの里の強者を全員倒し、てんじ王から自由を勝ち取ったせいだった。そしてリフと共に『漆黒の翼』を再結成。アシュトンは再び頭数に入れられ、ザルヴァルグ操縦士として俺達のところへ出張している扱いらしい。

 まさきの気苦労はこれからも絶えないだろう。今後は護衛も断られそうだ。やっぱり手を握れ。

 

 

 

 

 

 ようやくリフを発見したが……なにやらアシュトンと揉めている。話していた通りミッシェルも合流していた。

 

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 眼帯を絶対に外さないリフ。バンドゥビキニの上からシャツやデニムホットパンツを着用していて、キャップ帽やサンダルはスポーティーなものを選んでいる。マリナもそうだったが、アグレッシブに動けるほうが都合が良いのだろう。

 

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 アシュトンは、いつものゴーグルの代わりに水中眼鏡を装備。緑のアクセントが入った黒いウェットスーツに身を包んでおり、まるで頼り甲斐のあるライフセーバーのよう。意外と似合っていて少しムカつく。

 

「だぁーもぉー!! なんでバラしちまうんだよバカリフ!! あれほど口止めしといただろうが!!」

 

「悪かったって言ってるだろ!? アタイだってわざとじゃなかったんだよ!」

 

 激しく言い争っているので、俺達の到着に気付いたのはミッシェルだけ。

 

「あら、みんな来たのね」

 

「気分転換がてら探してたんだよ。……それで、あの二人はなんで喧嘩してるんだ?」

 

 俺が尋ねると、ミッシェルは丁寧に教えてくれた。

 

「実は、リフが口を滑らせたのをあたしが聞いちゃってね。『アシュトンがお年寄りを助けてた』って。前にザルヴァルグが壊れて、アシュトンがオークヌスに残ったでしょ? あの時のことらしいの。後から来たリフに見られて、口止めの代わりとして『漆黒の翼』に入ったみたい」

 

 なるほど、とマリナが相槌を打つ。

 

「道理で嫌々加入していたわけだ。しかし、善い行いなら問題ないのでは?」

 

「そうなんだけど、アシュトンは知られるのがめちゃくちゃイヤだったみたい。なんで悪ぶりたいのかしらねぇ?」

 

 皆でどうしようもなさを分かち合っていると。

 

「あああああ!! お前ら!! 聞いたな!? いま聞いちまったな!?」

 

 当人が気付いてしまった。

 

「私は何も聞いていないです」

 

 なんとソシアは冷静に、速やかに嘘をつく。そして(まか)り通った。

 

「じゃあ、お前らだな!? 救世主とマリナ!!」

 

 なんでもいいから反論しようとした、次の瞬間。

 

「ビーチバレーで勝負だ!!」

 

「「……はあぁぁぁ!?」」

 

 思わずシンクロする俺とマリナ。

 アシュトンが放ったのは意外過ぎる提案だった。

 

 

 

 

 

 ビーチバレー用のコートは奇しくも、ジーレイのパラソルのすぐ近くにあった。ソシアが隣のビーチチェアに座り、事の経緯を伝える。

 

「……だからアシュトンは殺気立っているのですか。これを聞いた時点で僕も同罪のような気もしますが、もはや不問でしょうね」

 

「ジーレイさんは参加しないんですか?」

 

 それとなくソシアが尋ねた。

 

「まさか。御覧の通り調べ物の最中ですし、激しい運動は最年長の身体には毒なのです」

 

「二千歳を超えていますもんね」

 

 事実を考慮して返事をした……のだが。

 

「ソシア、僕は二十五歳ですよ」

 

「その設定、続ける意味あるんですか? しかも二十五歳は、まだまだ若いような……。そもそも戦闘だってこなしていますし……」

 

 ジーレイの冗談に困惑するしかなかった。

 しかしこの二人、ギクシャクすることなく会話できている。どうやらソシアは気分転換できたようだ。何よりである。

 ……その代償というか、とばっちりで俺とマリナは苦境に立たされているわけだが。

 

「足を使ってもいい! とにかくボールを拾え! このままでは負けてしまうぞ!」

 

「マリナじゃないんだから足なんて使えないよ! くっそー、手強いな……!」

 

 対戦相手はアシュトンと……ミッシェルである。なんだかんだ言って彼女もはしゃぎたかったようで、アシュトンとのペアにすぐ立候補していた。

 ……遊びたい盛りなのはどっちだよ。っていうかアシュトン、ミッシェルも聞いた側なのにペアでよかったのか?

 ふとコートの向こうを見ると、まさきとリフがみつね姫の気を引こうと無言でせめぎ合っている。あっちもこっちも火花バチバチだ。

 

「そろそろフィニッシュ決めちゃおうかしら!」

 

「おう! やっちまえ!!」

 

 ……しまった、余所見(よそみ)している場合ではない。

 ミッシェルの紅い眼が光る。アシュトンの激励が轟く。

 宣言通り、とどめが来る……!

 

「爆熱奥義!」

 

 ネットよりも高く跳び上がり、左手を振りかぶった。

 

「ゾルク、ブロックだ!!」

 

 焦るマリナの指示が飛ぶ。言われるがまま、両手を広げてジャンプした。絶対に止めてみせる!

 ……だが、俺を戦慄させるような異変が生じる。

 気合十分のミッシェルに応えるかの如く、ボールは太陽にも負けない火球と化したのだ。

 

「インパクトォォォ……!」

 

 そして彼女は全力を以て、火球を叩いた!

 

「フレアソウルッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 ――爆熱奥義インパクト・フレアソウルとは。

 太陽フレアとミッシェルの闘魂がボールを燃やし、勝利あるいは反則負けの爆発を起こす禁断必殺のビーチバレー限定技、らしい。

 ……そう、爆発。火球は砂浜に接した瞬間、コートを炎で包み込んだ。俺達の阿鼻叫喚(あびきょうかん)の描写は避けることにする。

 

「ソシア、判定のほどは」

 

「……ひ、引き分けでいいんじゃないでしょうか」

 

 パラソルの下の二人は、目前で燃え盛るコートから目を逸らし続けるのだった。

 

 

 

 

 

 いつの間にか、イスプレアは夕暮れ間近。アシュトンの怒りは消火と共に失せたらしく、今はビーチチェアでぐったりしている。

 俺達は羽を伸ばしに来たはずなのに、何をやっているのだろうか。今日は滅茶苦茶だったとしか言いようがない。

 

「ビーチバレー、とんでもない目に遭ったなぁ……」

 

「ホントにごめんなさいね。ちょ~っと張り切りすぎちゃった♪」

 

「あれって張り切るだけで出来るようなもんなの!?」

 

 てへっ、と笑って舌を出すミッシェル。誤魔化すだけで、それ以上何も無かった。

 よく見れば、ミッシェルの水着の中心には赤く光るものがある。おそらくあれはビットで、だからこそ火球を生み出せた……のかもしれない。

 疲れ切ってもワイワイ騒いでいる俺達だが、一人だけ神妙な面持ちとなる。

 

「……おや? これは……」

 

「ジーレイよ、何か良からぬ事象でも察知したのか……?」

 

 まさきの問いへ、強張(こわば)った表情のまま返した。

 

「習得途中の術による影響か、胸騒ぎを覚えたのです。その源は……ケンヴィクス王国の首都オークヌスでしょうか」

 

「ただの胸騒ぎではなさそうだな。みんな、すぐに向かうぞ!」

 

 マリナの号令により空気は一変。皆、着替えや出発の準備に取り掛かった。

 夜と、闇が迫っている。




(絵:mikeさん、ピコラスさん)
爆熱奥義考案(無茶振りしてきた人):ピコラスさん)

 水着衣装考案に協力してくださった皆様へ、心より感謝を申し上げます。
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