Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第61話「逝き先」 語り:ゾルク

 

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 ケンヴィクス城内の程よく広い庭園は、夜間照明に柔らかく照らされている。しかし光景は優雅ではない。

 丁寧に管理されていたであろう花壇は荒らされ、規則正しい四角形の敷石の通路はところどころ損傷。辺りに倒れているのは、城を守る兵士の他、逃げ遅れた使用人や大臣など。……人体の一部や細かな肉片も転がっている。

 城内庭園の中央では国王ラグラウド・ウレン・ケンヴィクスが、白き霊に正面から首を掴まれている。足は地に着いているが、いつでも浮かせられてしまう状態だ。

 

「その左肩のエンブレム……かすれているが判るぞ。エグゾアに属する者だな……!」

 

 陛下は声を絞り出し、傍にいる首謀者――フィアレーヌ・ブライネスに怒りの眼差しを向けた。

 

「こんなことをして……何が目的だ……!?」

 

「あんた、この国の王様らしいじゃん。国民全員に『死ね』って命令してよ」

 

「…………は?」

 

 理解の追いつかない返事だった。陛下は、あっけらかんとしてしまう。

 この様子を見たフィアレーヌは面倒くさそうに話し始めた。

 

「『は?』じゃないし。説明しないとわかんないの? たとえばフィアレは一番すごい霊術師だから、あの世のお友達みんなに命令できる。つまり、この国で一番えらいあんたなら国民にそういう命令だってできる。そうでしょ?」

 

「そのような権限、余は……いいや、誰も持っていない。どういう思考をしているのだ? 根本的に間違っている……」

 

 陛下は、全く違う世界の生き物と接している気分になっていた。しかしその上で、己の信念を伝える。

 

「仮に余が権限を持っていたとしても、民を死に追いやる命令など下すことはない……。民がいてこその国であり、民の安寧を守るのが余の役目なのだからな……」

 

「……あっそ。使えな。死ね」

 

 彼女の冷めた空色の眼から、光が消えた。言葉の通りにするつもりだ。

 霊に無言の合図を送る。陛下の首にかかる圧力が強まり、身体が浮いた。……そこへ。

 

「やめろおおおおおっ!!」

 

「んぐえっ!?」

 

 双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)発動時の推進力を利用した俺が、超高速で飛来。フィアレーヌごと、陛下を掴んだ霊へ体当たりした。

 霊は消え、陛下は自由の身に。フィアレーヌは吹っ飛んで城内庭園の端に落ちる。

 

「陛下、無事ですか!?」

 

 魔力の噴射をやめ、陛下のもとへ降りた。横になったままゴホゴホと咳き込んでいるが、命に別状は無いようだ。

 

「……救世主……いや、シュナイダー名誉剣士か。よく来てくれた。救われたぞ」

 

「救世主でいいですよ。俺としても名誉剣士の称号は、なんだかまだ、むず痒くて」

 

 照れ笑いを浮かべていると、遅れて皆がやってきた。

 

「ゾルク! 国王陛下は……ご無事のようだな。…………なるほど。城の人達がギリギリまで体を張ってくれたわけか」

 

 マリナは城内庭園の有様を眺め、暗い顔となる。

 あちこちに見える遺体はフィアレーヌによるもの。油断すれば、次は俺達がああなってしまう。

 警戒し始めてすぐ、向こうはゆらりと立ち上がった。こちらは全員、武器を構えている。

 

「また……フィアレの邪魔したね。しかも、なに? 戦う気なの? ……救世主達、ほんと生意気! 後悔させてやるから!!」

 

 怒り心頭に発した霊術師は、即座に発動した。

 

「心、魂、写身(うつしみ)に乗せて! ミラージュソウル!!」

 

 最凶最悪の霊術を。

 

「…………ねえ、どうすればいいと思う?」

 

 顔を引きつらせ、ミッシェルが零した。……誰からも返答は無い。

 フィアレーヌは紫色の光に全身を包み、浮遊移動しながら瞬く間に分裂。紫色が消えて元の姿が見える頃には、俺達を完全に取り囲んでいた。

 その数なんと、百に届きそうなほど。宙に浮いたままの個体もいる。一体ずつでも手強かった分身体がそれだけ出現したとなると……もう作戦の立てようは無い。

 絶体絶命の俺達に、フィアレーヌがあらゆる方向から語りかけてくる。

 

 

   「さっきまでの戦い」

 

 

「ミラージュソウルを通して」

 

 

      「フィアレ、見てたよ」

 

 

「あんた達、分身相手に」

 

 

      「わりと手を焼いてたじゃん」

 

 

   「ってことはさ……」

 

 

 

 

 

「「「「「「この数は無理だよねえ!?」」」」」」

 

 

 

 

 

 真顔で笑うフィアレーヌ達は詠唱を始めた。

 

 エンシェントビットの使用は間に合わない。

 

 反射的に身構えたが、諦念は膨らみ続ける。

 

 ここまでなのか、と目を閉じてしまった……。

 

 

 

 

 

「ぎゃっ!!」

 

 ……だが、次に聞こえたのは向こうからの小さな悲鳴。

 恐る恐る目を開けると、百に近かった分身体は綺麗さっぱりいなくなっていた。遺体に紛れて、本物のフィアレーヌが尻餅をついている。

 そして彼女の近くには新たな存在が。水で体を構成した虎型のモンスター、ウォータイガーである。青く透き通った麗しい姿に、鋭い爪や牙、真っ赤な瞳を有している。

 ウォータイガーの召喚はリフの得意技なのだが、分身体が消えたことと、どう関係しているのだろうか。

 

「なんで……フィアレの位置がわかったの……!?」

 

「アタイのウォータイガーは鼻が利くんだよ。本物を嗅ぎ当てるなんて朝飯前さ! ……ま、分身が消えるかどうかは賭けだったけど、勝ったから問題ナシ!」

 

 獣特有の嗅覚の鋭さを活用したようだ。……改めて見ればゴシックドレスの右袖は破れ、腕には四線の創傷が。血も滲んでいる。ウォータイガーの爪が切り裂いたのだろう。

 

「リフ、今日は大活躍だな。謝礼は何がいいんだ?」

 

「じゃあ『漆黒の翼』を今後とも御贔屓(ごひいき)に!」

 

「ふふっ。元よりそのつもりだ」

 

 フィアレーヌから視線を外さないまま、マリナとリフは冗談を交わすのだった。

 さて、これで形勢逆転。一気に仕掛ければ、いくらフィアレーヌと言えど手も足も――

 

 

 

 

 

「……ああああああああ!!!

 

 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!!

 

 いい加減にしろ!!! ウッッッザいんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 ――なりふり構わない激怒と憎悪が庭園に満ち、骨の芯すら揺さぶる。

 同時に、紫色のオーラがフィアレーヌを覆った。今までに見てきたような冷たい光ではなく、炎が熱く激しく燃えるようにメラメラと揺れている。

 

「ガチでキレた。もう分身なんて小細工いらない。この手でブッ殺す! 直接ブッ殺す!!」

 

 荒々しく見開かれた空色の眼が、俺達を獲物と捉える。藤紫色のツインテールは僅かながら逆立っているように見える。

 暴走ではない。彼女は自らの意思で、殺意の権化となってしまった。

 

「さあ今度こそ戦おうじゃん!! あんた達の身体も魂も!! グッチャグチャにしてやる!! ブッ殺してやる!!!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第61話「逝き先」

 

 

 

「友よ、フィアレに取り憑け! グラッジオーラ!!」

 

 初手は、霊力による障壁を纏う術だった。幾つもの白き影が彼女に重なっていく。全体的な防御力を上げ、俺達の攻撃を耐え抜こうというのだ。

 この隙に『漆黒の翼』は陛下を誘導し、戦闘区域外まで退避。最初に使われたのが攻撃の術でなくて幸いだった。

 

「降り積もる奇跡、それは愛情の霰石(あられいし)!」

 

 庭園の通路に規則正しく敷き詰められた石が、ミッシェルのキャンバスとなる。

 

「アラゴナイトドリーム!!」

 

 大筆(たいひつ)で六人分描いたのは、褐色の線の小さな魔法陣だった。

 各々の動きに合わせて追いかけてきてくれるこの陣は、時間の経過と共に攻撃力を少しずつ上昇させる効果があり、体力も持続的に回復してくれる。まさしく序盤に使っておくべき筆術(ひつじゅつ)なのだ。

 このように万全を期したのだが。

 

「余計なことすんな!! 霊闘拳(れいとうけん)!!」

 

 武闘家の霊が突撃。ミッシェルは瞬間的に連打を受け、悲鳴を上げる間もなく倒れる。彼女の分のアラゴナイトドリームは消え失せた。

 

「ミッシェルさん!!」

 

「ここは拙者が……!」

 

 焦るソシアを横切り、まさきがミッシェルに手をかざす。気と念を練り上げているのだ。

 

「無念、晴らすべし。反撃の意志を(いだ)(よみがえ)りたまえ……」

 

 合間にフィアレーヌは死霊軍団を呼び出したが、皆で応戦。まさきに寄せ付けなかった。

 

回生功(かいせいこう)……!」

 

 力尽きた者に活力を分け与える特別な術技が発動。ミッシェルをギリギリの状態で復活させた。

 

「まさき、ありがと~……。あとは自分で回復しとくわね。……キュア!」

 

 治癒術としてのカプセルや錠剤を手早く描いて具現化し、服用してなんとか持ち直すのだった。

 一連の光景を眺めていたジーレイは、霊を捌きながら決意を固める。

 

「下級霊術であの威力とは……。やはり力を増していますね。短期決戦を期さなければ」

 

「させるわけないじゃん!!」

 

 お見通しだったらしく、次の霊術が唱えられた。

 

「霊念、守護の陣! ガーディアンゴースト!!」

 

 自身の周囲に数体の槍騎士の守護霊を召喚し、手駒を着々と増やしていく。

 

魔衝轟裂波(ましょうごうれっぱ)

 

 ジーレイは魔本のページ側を前方に突き出し、襲い来る死霊軍団へ強力な衝撃波を放った。奴らを吹き飛ばさなければ詠唱する余裕が生まれず、本領発揮できないのだ。

 少し離れた所ではソシアが、前に出て戦う俺とマリナとまさきを援護してくれている。

 

絶・魔砲閃(ぜつ まほうせん)!! 炸・連鎖閃(さく れんさせん)!!」

 

 軌跡を残す神秘の矢を一度に複数発射し、多数の霊を射抜く。その後、ターゲットを切り替えて放物線状に矢を放ち、軌道に沿って連続的に爆発を起こした。霊は跡形もなく焼却されていく。

 次にさりげなく連携したのは。

 

襲装閃(しゅうそうせん)!」

 

 地属性の魔力が込められた矢を前方斜め下に撃ち込んで地雷とする、罠とも言うべき弓技である。

 ソシアは移動を繰り返しながら霊を仕留めてくれているのだが時折、この襲装閃(しゅうそうせん)を連携に織り交ぜている。有効打となるかは不明だが、可能性を広げようと図ったのだ。

 罠を悟られてはいけない。俺は視線誘導も兼ねて声を上げる。

 

「フィアレーヌ! どうして『みんな殺す』だなんて決めたんだ! 狙うなら俺達だけで充分だろ!」

 

「……この町でママとパパを見つけたのに、フィアレに優しくなかった。だから殺した。フィアレの思い通りにならない世界なんていらない! 総司令より先に世界を壊す! そのために人間を皆殺しにするんだ!!」

 

 矛盾を孕んだ短絡的な回答と共に、彼女は死霊軍団へ突撃を命じた。いなしつつ、俺は疑問を口にする。

 

「オークヌスに親が……? フィアレーヌはセリアル大陸出身だろ? リゾリュート大陸が現れてから親だけ移り住んだ、なんて考えにくいけど……」

 

「赤の他人を自分の親だと誤認した線が濃厚だ。身も心も限界で、判断能力が著しく低下しているだろうからな」

 

「……そう、だな」

 

 マリナの推測には説得力がある。ガヴィディンの門を開く生贄にされた影響は甚大なのだ。……フィアレーヌは俺と同じような境遇と言える。

 俺の複雑な胸中とは裏腹に、彼女は真っ直ぐ叫ぶ。

 

霊刃双連斬(れいじんそうれんざん)!!」

 

「くっ……! 削鋼破塵(さっこうはじん)!!」

 

 両腕を振りかぶった双剣士の霊が急接近。俺は大地をも(えぐ)る勢いで無創剣を振り下ろし、衝撃の渦を巻き起こす。

 双剣士は刃の如き渦によって表面から削られ、幾重(いくえ)にも斬り刻まれた末に果てた。術の威力は上がっても、霊の耐久力に変わりはないらしい。

 不機嫌な目付きのフィアレーヌが、消えていく双剣士越しに俺を見る。

 

「そういや、あんたもフィアレの思い通りにならなかったね。前に霊操(れいそう)から抜け出したの、許してないよ……!」

 

「逆恨みだろ!? 俺だって、霊操してきたことを許してなんかないぞ!」

 

 聞く耳を持たず、彼女は詠唱開始。紫色の炎のようなオーラが揺らめきを増した。

 

魂魄(こんぱく)牢獄(ろうごく)冷笑(れいしょう)を浮かべ汝を(いだ)く! ファントムプリズン!!」

 

 死霊軍団の大半をようやく倒したが息つく暇は無い。今度は城内庭園の広さに匹敵する、霊力で作られた巨大な(おり)が一瞬で出現。俺達は幽閉された。

 しかもそれだけではない。

 

「どんどん狭くなってるー!?」

 

 ミッシェルが慌てふためく。……確かに霊力の檻は収縮している。そして檻と言っても格子や隙間は無く、ほぼ壁。つまり、このままだと()し潰されて……。

 

「それ、逃げらんないから! 仲間といっしょにグッチャグチャになれ、救世主!!」

 

 ……想像を絶する最期など迎えたくはない。俺は我武者羅(がむしゃら)に無創剣へ精神力を込め、秘奥義を発動する。

 

「うおおおお!! 一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

 

 無創剣は檻とは反対に巨大化し、収縮を食い止める支柱となった。そして更に大きくなり続け……ついに内側から破壊。檻はガラスのように粉々に砕け散る。

 脱出不能の霊術を攻略されるとは思いも寄らなかっただろう。フィアレーヌは狼狽(うろた)える。

 

「ファントムプリズン、壊すなんて!?」

 

「今が好機……!」

 

 砕け散った檻を目眩(めくらま)し代わりに、まさきが俊足を発揮。残っている霊の雑兵など置き去りにして、フィアレーヌの背後に回り込む。

 槍騎士の守護霊達は守りを固めたが。

 

流朧刃(るろうじん)……!」

 

「ひええっ!?」

 

 この剣術の前では無意味である。

 まさきは刀を地に突き刺し、蛇行する水流を生み出した。それは守護霊達の間隙(かんげき)を縫い、見事に彼女を吞み込むのだった。

 

空牙惨裂刃(くうがさんれつじん)……!!」

 

 体勢を崩させた直後。斬り上げと共に細身の身体を宙に浮かせ、三日月型の鋭利な斬撃波を三連続で見舞った。そして刀を素早く鞘に収める。

 

神空豪破刃(しんくうごうはじん)……!!」

 

 落下するフィアレーヌへの追撃は、渾身の居合い抜きによる衝撃波を刃とし、広範囲を斬りつける奥義だ。高い威力で彼女を吹き飛ばし、庭園を囲う城壁へ激突させた。

 

「う……ぐ……」

 

 花壇に倒れ、呻き声を上げている。最初に使っていた霊術グラッジオーラのせいで深手は負わせられなかったが、確実に効いているのだ。アラゴナイトドリームの効果で攻撃力が上昇しているおかげだろう。

 加えてフィアレーヌの集中が途切れたことにより、召喚されていた全ての霊は消え去った。丁度アラゴナイトドリームも終了してしまったが、追い風はこちらに吹いている。

 戦いを終わらせるべく俺は前に出て、まさきに並んだ。

 

 

 

 

 

「キャハ……アハハハ……!」

 

 

 

 

 

 ……フィアレーヌの様子が、また変わった。じわじわ起き上がりながら笑っている……。

 同時に、正体不明の何かが俺達の背筋を冷たく撫でた。……身震いするような感覚だった。すぐに追い討ちを仕掛けようとしていたジーレイとまさきでさえ、思わず手を止めてしまうほどである。

 

「あんた達、なかなかやるじゃん。生意気すぎて逆に楽しくなってきちゃった……♪ しかも、なんか今までに感じたことない力が溢れてくる……! フィアレに注がれた魔力と魂が、いまごろ馴染んできたのかも♪」

 

 フィアレーヌを覆う紫の炎の如きオーラから、おびただしい数の人型の白い影が現れた。それは戦闘用に召喚されたものとは違い、彼女の背に纏わり憑いておぞましく(うごめ)いている。

 その光景は俺達に畏怖(いふ)の念を持たせ、何の行動も取らせてくれなかった。

 

「どうしよっかな? やっちゃおっかな? ……うん、そうだね」

 

 迷う素振りを見せ、お友達と手短に話し合う。結論はすぐに出た。

 背後霊の数がフィアレーヌの力や殺意を可視化しているとすれば……おそらく次に来るのは。

 

「やっちゃおーう♪」

 

 最大の霊術、即ち秘奥義である。

 

「……い、いけない! みんな、フィアレーヌに攻撃を!!」

 

 やっと恐怖から脱したマリナが叫び、俺達も我に返った。けれども阻止は叶わない。こちらの攻撃は、蠢く背後霊達が盾となり防いでしまった。

 

「キャハハハハ♪ この子達の世界に招待してあげる!」

 

 上機嫌なフィアレーヌの爪先を始点に、水面に波紋が広がるように拡大していく暗黒。花壇も通路も見えなくなる。彼女の言葉通りなら、これは霊界へと(いざな)う扉である。

 暗黒からは背後霊のような殺伐とした雰囲気や、ガヴィディンの門が開いた時の異質さを感じない。

 ひどく静寂で、夜間照明に照らされていなければ存在に気付けないほど。そして不気味なくらい美しく、見る者に喪失感を与えてくる……。

 

華憐葬導闇(かれんそうどうえん)!!」

 

 ……俺とまさきはフィアレーヌに近付き過ぎており、音も無く拡大する暗黒から逃れられなかった。

 足先が触れた途端、悪魔を彷彿させる闇の巨腕が暗黒から伸びる。それぞれ全身を握り締められ、何かを吸い取られ、意識を失い……戦闘不能となってしまう。

 

「アハハッ、たのしぃー♪ いいねいいね! これなら絶対、皆殺しにできる♪」

 

 彼女はその場で両手を広げ、愉快げにクルクルと回った。

 ……だが空色の双眸(そうぼう)は充血していき、涙の代わりに流血が始まる。おそらく魔力と魂は馴染んでいない。身体を蝕んでいるのではないだろうか。

 美しき暗黒は、術者の状態など関係なく城内庭園を侵食していく。

 

「一瞬で生気を奪い取る秘奥義とは……! あれが広がり続けたら首都はおろか、国も大陸も、世界そのものも……!」

 

 ジーレイは危惧する。(じか)に生命力を奪われないだけマシだが、どのみち俺達全員が意識を失うと終わり。動けない間に息の根を止められるのだ。

 『禁霊(きんりょう)』の名に(たが)わず猛威を振るうフィアレーヌ。本当に世界を暗黒で覆いかねない。こちらが負ければ「皆殺し」が実現してしまう。それだけは避けなければ。

 

「……突破口を開くしかない。ソシア! フェアリーサークルだ!」

 

 心を決めたマリナの要求に、ソシアは詠唱で応じた。

 

(はかな)(とうと)い妖精の恩恵(おんけい)。どうか私達の元へ……!」

 

 朱色の服の胸元でビットが輝くと。

 

「フェアリーサークル!」

 

 羽の生えた、三体の小さな妖精が出現。マリナの周囲を旋回し始めた。

 妖精は体力を回復するだけでなく、三回だけ敵の攻撃を防御……つまり身代わりになってくれる。マリナはこの特長に希望を見出したのだ。

 暗黒の範囲外からフィアレーヌを目指し、決死の跳躍。空中から、バリバリと音を立てながら放電する雷光弾を連射した。

 

襲爪雷弾(しゅうそうらいだん)!!」

 

「そんなの、悪あがきもいいとこじゃん!」

 

 やはり背後霊達が盾になる。……が、雷光弾は有効だった。

 

「舐めるなよ、フィアレーヌ!!」

 

 マリナが連射する度、背後霊達は電撃を喰らってどんどん数を減らしていく。ソシア、ジーレイ、ミッシェルの三人も援護攻撃を行い、無力化に貢献。それでもしぶとく反撃してくる背後霊達だったが、小さな妖精の犠牲によってマリナは守られた。

 技の締めくくりは、電撃を帯びた急降下蹴り。自らが最後の弾丸となるのだ。

 

「止まれえええええ!!」

 

 気合の(こも)った電撃の脚は、僅かとなった背後霊達を蹴散らし……フィアレーヌの負傷部位である右腕を直撃した。

 

「ぐぎいいいいいっ!?」

 

 奇声のような悲鳴が轟く。ウォータイガーがつけた切創(せっそう)に、打撃と電撃で駄目押ししたのだから当然である。すると暗黒が(ひず)み、拡大は止まった。狙い通り華憐葬導闇(かれんそうどうえん)を中断できたのだ。

 暗黒は、中心のフィアレーヌへ向かって縮小していく。しかし、その速度は遅い。マリナは着地と同時に暗黒へ触れてしまう。

 

「ジーレイ……頼んだ……」

 

 縮みつつある暗黒の、生気を奪い取る能力はそのまま。生えてきた闇の巨腕にマリナも握り締められ、戦闘不能状態に。

 

「ええ。とどめは、お任せを」

 

 マリナがジーレイを指名したのは、高威力の魔術でフィアレーヌに引導を渡すため。ただでさえ霊術の威力が増しているのに、華憐葬導闇(かれんそうどうえん)という恐ろしい秘奥義の存在を知った以上、手段を選んでいられないのだ。

 やがて暗黒はフィアレーヌの爪先に消え、元の花壇や敷石の通路が露出。自由に動けるようになった。

 

「これ以上……フィアレを!! キレさせんなあああああ!!」

 

 情緒不安定な彼女は笑みを捨て、憤慨を取り戻す。血の涙は止まっていない。

 そして兵士、武神、双剣士、大剣士、槍騎士など、ありとあらゆる霊を一気に召喚。一撃必殺級の攻撃力を持つ大群を、こちらに差し向けた。

 前衛がいない今、ソシアに頼るしかない。彼女は大群との間合いを見切った後、無限弓に備わった二つのビットを輝かせる。

 

「私が引き受けます! ……渦巻く意志が天を()く! 螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)!!」

 

 魔力を込めた特別な矢を発射。それは大きな渦を生み出しつつ空を切り、大群を遠距離から撃破していった。

 この秘奥義で大半の霊が消し飛んだが、フィアレーヌは休みなく召喚を続ける。ソシアは霊の掃討に専念せざるを得ない。

 一方、ミッシェルは大筆を自在に操り、キラキラと輝く黒の線で魔法陣を描いていた。

 

「不思議への扉を開け、災厄(さいやく)たる黒曜石(こくようせき)!」

 

 それは瞬く間に広がっていき、先ほどの華憐葬導闇(かれんそうどうえん)に匹敵する大きさへと成長。慌てるフィアレーヌも範囲内に含んだ。

 

「な、なにすんの!?」

 

 魔法陣の真ん中に大筆の石突き部分が突き刺さり、筆術は完成する。

 

「オブシディアンカラミティ!!」

 

「えっ……! 体が急に、ダルくなった……!?」

 

 苦悶の表情を浮かべ、不調を訴えるフィアレーヌ。全身に何かが重くのしかかっているかのように、背筋を曲げた。

 ミッシェルが発動したのは、魔法陣に入った敵の総能力を問答無用で低下させる上級筆術だ。非常に強力だが欠点も存在する。

 

「この筆術、結構むずかしいから長くは続けられないわよ!」

 

 気を緩めれば、魔法陣を構築する線が崩壊するという。

 忠告を受けたジーレイは堅実に接近戦を仕掛ける。霊力の障壁を身に纏っているフィアレーヌは見た目以上に防御力が高く、最後の一撃を放つには、もっと体力を削る必要があるのだ。

 

魔衝墜刃牙(ましょうついじんが)

 

 彼女の足元から複数の闇の剣を突き出して牽制(けんせい)。ゴシックドレスを斬りつけた。そして即座に、魔本のページ側から衝撃波による刃を生み出して、本命の斬撃を見舞う。

 

「いだいぃっ!!」

 

魔衝皇弾(ましょうこうだん)

 

 苦しむフィアレーヌへ、すかさず追撃。ページ側を前方に突き出し、闇の力を凝縮(ぎょうしゅく)した球状の魔力弾を発射した。……しかし回避されてしまう。

 

「フィアレだって……根性あるんだから!!」

 

 ジーレイは魔衝皇弾(ましょうこうだん)を連発するが、必死に逃げ続けるフィアレーヌには当たらない。

 強制的に弱体化させられながらも足掻く姿は、まさしく根性によるもの。霊の召喚も怠っていない。諦めない執念が内にあった。

 彼女はもがいた末、あと一歩で魔法陣から出られるというところまで来られた。嬉々として外へ踏み出す。

 

「……え?」

 

 けれども同時に、触れてしまった。ソシアが罠として設置していた襲装閃(しゅうそうせん)へ。

 

「ぎゃあっ!?」

 

 余裕なきフィアレーヌが直下の爆発をどうにかすることなど不可能。閃光と炎にまみれてしまう。幾つもの魔衝皇弾(ましょうこうだん)は、襲装閃(しゅうそうせん)の設置場所への誘導が目的だったのだ。

 

「ぐ、うう……殺す……ブッ殺す……!!」

 

 地雷の閃炎からなんとか抜け出したフィアレーヌだが、メラメラと激しく揺れていた紫色のオーラは消えている。霊力の障壁として取り憑いていた白い影も。ついに無防備になったのだ。……それでも殺意を漲らせ、血の涙を変わらず流しながら立っている……。

 オブシディアンカラミティは時間切れとなった。頃合いを見計らったかのように、ジーレイが指示を出す。

 

「ミッシェル、お願い致します」

 

 具体的な内容は無かったがミッシェルは全てを察した。大筆を構え、フィアレーヌのもとへ走り出す。

 

「ブッ殺すっつってんだろ!! 霊闘拳(れいとうけん)!!」

 

 彼女が黙って受け入れるはずもなく、武闘家の霊を召喚して迎え撃たせた。

 だが、ミッシェルにとって霊闘拳(れいとうけん)辛酸(しんさん)()めさせられた術。同じ(てつ)は踏まない。

 

雷神線(らいじんせん)!」

 

 両手で握った大筆の石突き部分で、武闘家の霊を力強く貫いた。直後、筆先で宙を撫でる。すると雷を模した絵具が、フィアレーヌの脳天に落ちた。

 

「ぐうっ!? ……霊破弾(れいはだん)霊破弾(れいはだん)霊破弾(れいはだん)!!」

 

 絵具の落雷を受けても怯まず、至近距離から白き霊力球を何発も放つ。けれどもミッシェルは。

 

筆方陣(ふでほうじん)!」

 

 大筆で通路に円を描き、その中心に石突きを突き立て、自身を囲むように多数の地属性の(とげ)を出現させた。棘は霊破弾(れいはだん)からミッシェルを守り、砕けていく。

 間を置かず奥義に連携する。

 

倒芯踏破(とうしんとうは)!!」

 

 棘が砕け終わるより速く巨大な鉛筆を描き、塔がそびえるかのように実体化。これを思い切り蹴り倒し、連発に夢中のフィアレーヌを下敷きにした。

 

「ぐえっ!! しまっ……た……!」

 

 肝心のジーレイは、既にフィアレーヌから距離を取っている。

 

「汝こそは新たなる(しかばね)。奈落の底にて業火に抱かれ、焦塵(しょうじん)と化すがいい」

 

 厳かな詠唱が城内庭園を満たすと、彼の足元から泥のような闇がじわじわと這い出てきた。

 身動きが取れないフィアレーヌだが、それでも霊を召喚し続け抵抗する。ジーレイの詠唱から不穏を感じ取り、焦っているのだ。

 

「そ、それ普通の魔術じゃないよね……!? やだ……やだ、やだ!!」

 

 どうにか霊に鉛筆を破壊させ、フィアレーヌは脱出。死霊軍団を増強していく。ソシアとミッシェルは、増え続ける霊をジーレイに近付けさせまいと奮闘する。

 

「フィアレまだ死にたくない!! みんなブッ殺して、世界を壊さなきゃいけないんだから!!」

 

 フィアレーヌは赤く染まった双眸を見開き、ジーレイを捕捉。剣士の霊から剣を奪うと、弓矢や絵筆による攻撃を際どくかわしながら進み、闇の上に立つ彼の喉元を狙った。

 対するジーレイは迫る切っ先を……避けようとしない。

 

「デッドエンド・インフェルノ」

 

 その必要が無かったからである。

 術の名が明かされた時。ジーレイの足元の泥のような闇は、まるで生きているかのようにうねり、無限の手を成して一斉に伸びる。

 

「あっ」

 

 無限の手は容易く剣を弾き、フィアレーヌの視界を遮り、全身を掴んだ。

 

「これ、やっぱり」

 

 次に、不定形の特徴のまま縄で縛り付けるように形を変える。

 

「ダメなやつだ……」

 

 フィアレーヌは変幻自在の闇に触れられた時点で、全てを諦めた。振りほどく体力が残っていないのもあるが、この術がどういう(たぐい)のものなのかを本能的に知ってしまったのだ。

 縄となった闇は黒の炎を自ら生み、逃げられない身体を容赦なく焼く。そして闇は彼女の真下に溜まるように広がり、円形に。

 未だ血の涙を流し続ける彼女は、焼かれながら闇の底へと深く引きずり込まれていく。内部は異空間となっているようで、接しているはずの敷石の通路など関係なかった。

 

 

 

 悲鳴は無い。

 

 感覚も無い。

 

 希望も無い。

 

 

 

 

 

「フィアレが、生まれて……きた……のは…………」

 

 

 

 

 

 あるのは純粋に、終わりだけ。

 

 泥のような闇は扉を閉めるように小さくなっていく。最後はプツンと、か細い何かが途切れる音を残し、消滅した。

 

 

 

 

 

 ミッシェルがレイズデッドで俺達を復活させてくれたのは、戦いが終わった後だった。……ジーレイが新たな秘奥義を使い、フィアレーヌを葬ったことも聞いた。

 避難していた『漆黒の翼』や陛下とも合流。事の顛末(てんまつ)を伝えると、事後処理などの細かいことは国が引き継いでくれることに。

 城の人達の遺体収容を手伝い終えると、市街地の火事や混乱も収束に向かっているとの報せが入ってきた。今回の一件に区切りがついたと言っていいだろう。

 

 休憩も兼ね、ひとまず俺達は城内庭園に留まる。『漆黒の翼』の三人は余力があるとのことで、王国軍の救助活動を手伝いに向かった。

 夜間照明の柔らかな光に照らされた、荒れたままの花壇。それを無気力に眺めていると、ジーレイが心情を察したようだ。

 

「ゾルク、落ち込まないでください。フィアレーヌは『もう救えない命』となってしまっていたのですから」

 

 良くも悪くも彼らしい、歯に(きぬ)着せぬ慰め方だった。

 

「そんな言い回し、好きじゃないけど……だからって甘ったれたことは言わない。フィアレーヌを止めるにはジーレイみたいにするしかなかった。きっと俺も、とどめを刺してたと思う。でも……あいつだってデウスの野望の犠牲者なんだ。これも忘れちゃいけない、揺るぎない事実だよ」

 

 戦闘中にも言ったが、フィアレーヌが俺を霊操したことについて許していない。許すことは出来ない。その上で、彼女の命も世界の一部なのだと今は納得している。

 デウスから酷い仕打ちを受けていたことに同情してしまったのかもしれないが、この気持ちを信じてみることにした。

 

「……そうですね。あなたは、この先も自分に正直なまま歩んでください。汚れ役は僕が幾らでも引き受けますので」

 

 何か思惑のありそうな言葉に、マリナが反応する。

 

「どういう意味だ?」

 

 ジーレイから返事は無かった。代わりに俺達からゆっくりと離れ、庭園の中央で立ち止まる。背を向けているため、どのような表情をしているかはわからない。

 そして、それは突然始まった。

 

「――僅かな心を秘めし魂よ。かつての姿を顕現(けんげん)せよ。我は、契約者ジーレイ・エルシード」

 

 これは儀式なのだろうか。呪文の詠唱と共に、彼の眼前の空間が捻じれて歪んでいく。

 程なくして華奢(きゃしゃ)な人型の白い影が、(おぼろ)げな輪郭で生じた。影はだんだんと色付き、先ほどまで目にしていた姿となる。

 

「汝は、逝隷(せいれい)フィアレーヌ・ブライネス――」

 

 名が空気を震わせた時、捻じれた空間は元通りに。

 ……俺達は、ふわふわと宙に浮かぶ彼女を眺めたまま、しばらくのあいだ言葉を発せなかった。

 逝隷と呼ばれたフィアレーヌは、ゴシックドレスも含めて全体的に薄く白みがかっており透き通ってもいる。空色の気怠げな細目からは活力を感じられず、無表情。ただ、血の涙は流していない。

 最初に状況を飲み込もうとしたのは、まさきだった。

 

「ジーレイよ、逝隷とはなんなのだ……?」

 

「生前の意思や記憶を宿したまま奴隷となった魂……その呼び名です。術者から魂へ一方的な契約を結ばせ、召喚することが可能となります」

 

使役(しえき)する側が、される側となったか。まさしく因果応報なり……」

 

 ソシアと俺は、まさきのように冷静にはなれない。

 

「それって……つまり霊操ですよね!? いつの間に霊術なんか……!」

 

「ジーレイ、調べ物として禁術書や古代書を読んだって言ってたよな。まさか……」

 

 彼は振り向く。普段通りの落ち着いた面持ちだった。

 

「その中には勿論、霊術についての記述もありました。そして今に至ります。まだ完全には習得できていませんがね」

 

「禁じられた術なんでしょ!? 手を出すなんてダメじゃない!!」

 

 ミッシェルが怒りの眼差しを向けるのは当然のこと。だが、ジーレイは目を逸らさなかった。

 

「手を出さざるを得なかった、というのが正直なところです。デウスに対抗するには、どうしても奴の能力に近付かなければなりません。新たに習得した秘奥義も、使用を推奨されていない呪術の類です」

 

 面と向かってはっきりと答えた彼に対し、ミッシェルは何も言えなくなった。

 マリナは平静を保ったまま口を開く。

 

「霊術も秘奥義も、ジーレイの覚悟の証というわけか。そしてその覚悟のお陰で、イスプレアから遠く離れたオークヌスの異変にも気付けた、と」

 

 そう。彼によって助かった命も、確かにあるのだ。

 しかしソシアは否定的な態度を崩さない。

 

「ジーレイさん。間違っていませんか? 呪術も霊術も、どんな代償があるかわからないのに……。特に霊術は命を(もてあそ)んでいるみたいで、気分の良いものではないです……」

 

 芯のある可憐な声が少しずつ萎んでいく。

 そんな彼女を捉えた紫の眼は、後ろめたそうに泳いだ。けれども、ほんの一瞬のみ。覚悟は変わらない。

 

嫌悪(けんお)していただいて構いません。全て承知の上での行いです。先ほども申し上げた通り、僕は汚れ役を引き受ける所存ですので。それに、フィアレーヌを逝隷にしたことには意味が……」

 

 ジーレイがそこまでを述べたところ、浮遊していただけのフィアレーヌが。

 

<あんた達 フィアレを無視しすぎ>

 

 なんと口を開いた。

 

「ええっ!? お前、喋れるのか!?」

 

<救世主 ウッザ 意思も記憶もあるって魔皇帝が説明したじゃん 喋れて当たりまえ>

 

 ……当たり前かどうかは知らないが確かに、普通に会話できている。

 ただし、声に生前の活発さは無く、姿は近くにあるのに遠くから聞こえているように感じる。気怠げな細目の印象通り、喋りは暗く、身振り手振りも大人しい。

 

<あ>

 

 不意に彼女は何かに気付き、夜空を仰ぐ。

 

<……そっか 逝隷になって 本当にわかった フィアレは……道具になるために生まれてきたんだね 最悪……>

 

 死して、ようやく辿り着いた答え。無論、それは彼女の求めたものではない。

 高くからジーレイを見下ろし、言葉を続ける。

 

<魔皇帝も総司令みたいに フィアレを道具扱いする気でしょ? そのための逝隷契約なんでしょ?>

 

「…………ええ」

 

<最低>

 

 この一言だけは生前のように怒り、憎しみ、嘆きが込められているかのようだった。……ジーレイから反論は無かった。

 

<あと真理っていうか 何となく感じたから ひとつ教えてあげる>

 

 フィアレーヌはジーレイまでふわりと近寄ると、耳元で(ささや)いた。

 

<霊術を使った人間は まともな死に方できないみたいだよ>

 

 すぐに離れ、両手を(なび)かせ、踊るように城内庭園を浮遊し始める。

 

<フィアレはこんなだし きっと総司令も 魔皇帝も まともに死ねない キャハ……アハハハ……>

 

 ただ喉から出てきただけの、意味の無い笑い声。それは庭園を越え、夜空に消えていく。

 禁霊のフィアレーヌとの最後の戦いは、後味の悪い幕切れとなった。




(絵:ピコラスさん)
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