Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
兎にも角にも話をするため、俺は一階の広間の中央に位置する大きなテーブルへと案内された。そこで椅子に座らせてもらうと同時に、壁にかかった地図が目に留まった。とても古くボロボロの紙。書かれているであろう文字はかすれて読めなくなっている。
「あれ? この地図、リゾリュート大陸のものとは反対に描かれてる」
リゾリュート大陸の地図は、横長の長方形の右側に大きな陸地、左側にはもう一つ同じような陸地がすっぽり収まりそうなほどに広大な海原という構成。壁のほうの古びた地図は、俺が知っている地図とは真逆なのだ。
俺の向かい側の席にマリナが座り、簡潔に説明してくれた。
「それはセリアル大陸の地図だ。お前達リゾリュート大陸の住人が大昔にセリアル大陸が沈んだと思っているのと同じで、セリアル大陸の住人もまた、リゾリュート大陸が沈んだと思い込んでいる」
「どうしてそんなことに?」
「順に説明していく。それよりも先に現状を知ってもらいたい」
「わかった。……で、この世界は何かに侵略されてたりするの?」
この問いに、マリナは深刻な面持ちとなる。
「それよりもたちが悪い。セリアル大陸が存在するこの世界は、破滅の危機に晒されている。更に、こちらの世界が崩壊してしまえばリゾリュート大陸の世界にも破滅が反映され……」
「両方の世界が、同時に終わるってこと!?」
‐Tales of Zero‐
第3話「救世主」
俺が驚いていると、フォーティスさんはマリナの隣の席に座り、ゆっくりと口を開いた。
「この世界には古い言い伝えがある」
――太古の昔。リゾリュート大陸とセリアル大陸が一つの世界に収まっていた頃。世界を治めていた魔皇帝は、世界にただ一つしか存在しない『エンシェントビット』という神秘に満ちたビットを持っていた。
エンシェントビットは魔皇帝が独占し、その力で世界を平和にも破滅にも導けたという。
しかし、魔皇帝の死の直前のこと。エンシェントビットはリゾリュート大陸とセリアル大陸の狭間に位置する深い海の底に封印され、その後は誰も目にすることはなかった――
「……というものじゃ」
「セリアル大陸にはそんな伝説が?」
「そうじゃ。しかも両大陸が戦争をしていたころに封印されたらしい」
「両大陸がねぇ。……あ! さっき聞こうとしてたこと、どうして沈んだはずの大陸が……というか地図を見る限り食い違ってるけど、あれはどういう?」
俺のあたふたした質問に、今度はマリナが冷静に答えた。
「あれはエンシェントビットが封印された遺跡を境に、両大陸が分断された証拠だ。エンシェントビットの力が次元を歪めさせ、元は一つだった世界を二つに分断し、それぞれの大陸が別々の次元に移動してしまった。人々はそのことに気付かず大陸が沈んで消滅したと思い込み、そのまま時を過ごしてきたんだ」
それなら地図が違っていることにも納得がいく。
「なるほど。じゃあ、なんでビットはセリアル大陸にしか存在しないんだろう? リゾリュート大陸には似たような物質すら無いし」
この問いにはフォーティスさんが答えてくれた。
「世界が別々の次元に移動して、物質の存在状況も大きく変わったのじゃろう。魔皇帝はエンシェントビットの力をほんの少しだけ開放し、もっと規模が小さく誰にでも扱いやすい普遍的なビットとして全世界にばら撒いたとされる。セリアル大陸ではそれが形として残っているだけであって、リゾリュート大陸でも何らかの形で残っているはずじゃ」
あまりピンと来なかったが、その言葉を受け止めた。
「それで、俺がここに来た理由……救世主っていうのは?」
フォーティスさんは無言で頷き、再び説明を始めた。
「魔皇帝が封印したエンシェントビットを狙い、世界征服を企む組織が現れた」
世界征服を企む組織……丘の木陰での会話に出てきた組織のことだろう。まるで英雄の昔話に出てくる敵の軍勢みたいだ。
「組織の名は『エグゾア』。かつて私が所属していた戦闘組織だ」
マリナが悪の組織にいた? なんでまたそんな……。大した処理能力の無い俺の頭では、そろそろ収集がつかなくなってきている。
「エグゾアにはそれなりの期間、所属していたが……とある理由で裏切ったんだ」
「ふ、複雑な事情がありそうだな」
すると、マリナは微かに表情を曇らせて話し始める。少しの変化だが普段の凛とした姿からは想像もつかないため、俺は心の中で少し動揺した。
「……私の記憶の中に、両親はいない。物心ついた頃から私は一人だった」
「……!」
「行くあては勿論、帰る家も無く、知らない場所をさまよってばかりいた。そんな私を拾ってくれたのがエグゾアの全ての構成員をまとめる人物、総司令その人だった」
そこまでを言うと一呼吸おいて区切りをつけた。しん、と静まり返るが、すぐにまた部屋に弱い声が響く。
「他の構成員との交流をあまり許されず、エグゾアがどういう組織なのか詳細を知らされないまま数年間、生活の保障と引き換えに、ただひたすら戦闘知識をつぎ込まれる日々を過ごし、育てられていった」
クールで喋りがキツくて少し無愛想だなと思っていたけれど、マリナにはそんな過去があったのか……。
「そうして迎えた十六歳のある日。現在から
「なんて……言ったんだ?」
あまり表情は変えずに、しかし目を少し細めて、静かに口を開いた。
「……『これで世界を我だけのものにできる。世界中の人間の命も、この手のひらの上で操れる。我の思うがままに。その時こそ、エグゾアで育て続けてきた我が戦士達の真価を発揮する時だ』と。つまり世界征服だ。あの時の総司令の、おぞましく狂った表情は今でも忘れられない」
エグゾアにいた頃に最も尊敬していた人物の本性を知ってしまい、ショックを受けたのだろう。それを思い出したせいなのか、マリナは
「総司令の真意、エグゾアの存在意義、世界の危機……。総司令に賛同する者ばかりだったが私だけは違い、許すことが出来なかった。その時に思ったが、私には正義感があったから他の構成員との交流を制限され、世界征服の野望や組織の実態を知らされなかったのかもしれない。そして覚悟を決め、監視の目をくぐり抜けてエンシェントビットを奪い、エグゾアから脱走した。しかし総司令が見逃すはずもない。派遣された特殊部隊に追われながらも命からがらキベルナに逃げ込んだ。そして匿ってくれたのが、フォーティス爺さんだったんだ」
屋敷に入る前での会話にあった「今は家とも呼べるかもしれないが」という言葉の裏には、複雑な背景が潜んでいた。そしていつの間にか頭を上げ、また顔が見えるようになってからは、普段の表情に近いマリナがそこにいた。
「その後、フォーティス爺さんの世話になりながらエンシェントビットをどうするか考えていた。幸いフォーティス爺さんが歴史学者であり、この屋敷には世界の歴史に関する書物を膨大に貯蔵していたため色々と助けられた。そうやって調べていく中、伝説に関わる古文書を見つけ、とんでもない記述を目にした」
「そこに書かれてあったのが、世界の終わりについてのことか……!」
マリナの説明から要点を察した。それを肯定しながら、フォーティスさんが続きを述べる。
「そうじゃ。エグゾアの世界征服も大概じゃが、それよりも遥かに危険なんじゃ。早くエンシェントビットを封印されていた場所に戻さなければ、本当にそうなってしまう。古文書には『魔皇帝の呪いが世界を滅ぼす』と記されていた。主にセリアル大陸にしか影響は現れていないが、こちらの大陸の滅亡と同時に何の前触れもなく、リゾリュート大陸も崩壊する」
「エンシェントビットを元の場所に戻さないといけない、か。だからマリナは『この手段はいずれ使えなくなる』って教えてくれたんだな。じゃあもしかして、リゾリュート大陸で詳しい事情を説明できなかったのも『魔皇帝の呪い』のせい?」
頷き、マリナが付け加える。
「ああ。『呪いの存在を他の世界で口外した者には未知なる災いが降りかかる』という脅し文句が記載されていたんだ」
「そりゃあ言えないわけだ……。けどさ、やっぱり呪いなんて無いんじゃないの……?」
すんでのところで信じることが出来ず否定しようとしたが、フォーティスさんの発言がそれを覆した。
「いいや、本当にあるんじゃ。この町への影響はまだ薄いほうなんじゃが、他の場所ではあちこちで影響が見られておる。それまで大人しく暮らしていた動物が凶暴化したり、モンスターが前にも増して活性化したり。太陽が大地を照らす時間も、日を追うごとに減っておるしのう……。この一年で随分と変わってしまった」
マリナの『まだ平和』という言葉の意味とは、こういうことだったのか。
「呪いを解こうにも、ただ戻すだけではいけない。海底まで潜る方法が無いばかりか、対処法について厄介な事が古文書には記されていたのじゃ」
「厄介なこと?」
フォーティスさんは神妙な顔つきのまま、話の続きをマリナに預けた。
「別世界より導かれた者……即ち救世主の存在が無ければ、呪いを解くことは不可能だということだ」
「なるほど、それで俺が救世主としてセリアル大陸に導かれたのか。でも、どうして俺が救世主なんだろう? そんな確証も自覚も無いし、ぶっちゃけ俺はごく一般の剣士だし」
救世主という称号は、俺が背負うにはとても重そうだ。剣士としての強さで言えば正直、俺より腕の立つ人間はごまんといる。それなのに何故?
「確証ならある。エンシェントビットだ」
マリナはそう言うと、時空転移に用いたビットを取り出した。時おり虹色の光を見せて綺麗に輝くこの物体こそが、エンシェントビットだったのか。
「エンシェントビットは救世主たる人物を探すことに使えるとも古文書に記されていた。私がセリアル大陸からリゾリュート大陸へと時空転移した際も、出口は自動的にバールン刑務所付近だった。その後、エンシェントビットが震えて反応するのを頼りにお前を探し当てたというわけだ」
「なるほどなるほ…………え? 最初、『私は忙しい』とか言って俺を助けるの嫌がってなかったか?」
「……あの時は、まだエンシェントビットが反応していなかったんだ。反応を示したのは、熊型の巨大なモンスターを撃退した後だ」
「なんか損した気分だ……。それにしても確証ってそれだけ?」
エンシェントビットを見つめ、きょとんとしてマリナに問う。すると申し訳なさそうな返事が来た。
「……説得力が足らないのは認める。しかし、すがれるのはエンシェントビットだけなんだ」
「頼む、ゾルク君。二つの世界の存亡がかかっておるんじゃ。どうか救世主として、世界を救うために尽力してくれんかのう……」
フォーティスさんからも真剣に頭を下げられてしまった。慌てふためきながら二人に答える。
「……え、えーっと、俺なんかが世界を救えるって言うんなら喜んで救世主になるよ! だからフォーティスさん、顔をあげてください」
「本当か、ゾルク君!」
「思ってたより話が大きいけど、元々マリナの手助けをするって名目でこのセリアル大陸へ来たわけですし。俺、頑張ります!」
顔をあげたフォーティスさんには笑顔があった。自信は無いけれど、頼られているのならやるしかない、と俺は強く思った。
「ありがとう、ゾルク。その言葉を待っていた」
「マ、マリナまで……!」
不意打ちであった。
あの毒舌のマリナが素直に「ありがとう」と口にしたのだ。それも、出会ってから一度も見せたことのなかった笑顔と一緒に。
これまでがこれまでだったため、俺は急に気恥ずかしくなってしまった。マリナにも、こんなに女の子らしく微笑む一面があったなんて……。
「おや? どうした、少し顔が赤くなってないか?」
「……いや、何でも、ないよ。疲れが出てきた……のかも?」
本当の理由なんて言えるはずもない。鼻頭を掻きながら、とりあえず適当なことを言ってはぐらかす。適当と言っても、疲れているのは嘘でなく事実だが。
「ほっほっほ、二人とも疲れておるじゃろうて。もう夕刻じゃし、そろそろ休む支度でもしようかのう」
「本当ですか!? やったー! お世話になりま……」
ようやくまともに休息がとれる。俺は声をあげて喜んだが……。
「いいや、お前はまだ休めない」
鋭い声でスパッと遮られた。
「え?」
「覚えてもらいたい事柄が山ほどある。今すぐ私と一緒に書庫へ来るんだ」
「えー!? 俺、今日は朝の冤罪から色々とあったから、もうヘトヘトなんだけど」
テーブルの上に顎を乗せ、もう動けないということを全身で強調した。しかしマリナは俺の態度を受け入れるつもりなど一切無いらしい。
「お前はこれからセリアル大陸を旅することになる。そのために少しでもこの世界の情報を頭に入れてもらいたい。特に、ビットについての知識は重要だ。リゾリュート大陸とは違い、セリアル大陸ではビットによって色々なものの利便性が増していて……」
今度は俺がマリナの発言を遮った。とてもとても鈍い声で。
「それ、明日に回してもいいんじゃないの……?」
「時間が惜しいのはさっきの説明でわかっただろう。つべこべ言わずに来い!」
「うわあああああいやだあああああ!!」
マリナは俺の服の背を乱暴に掴み、無理矢理に席から遠ざける。逃げられるはずもなく、俺は無様に引き摺られていくのであった。
「救世主ゾルク・シュナイダーの誕生、か。どうか世界を救ってくれ。……しかし、あの調子で本当に大丈夫かのう」
フォーティスさんは遠ざかる俺を眺めながら呟くと、次に大きな溜め息をついた。我ながら実に情けない。だが本当に、もう、今日は、疲れたのだから…………勘弁してください。
「お願い放してぇぇぇぇぇ!!」
「うるさい! 静かにしろ!」
笑顔を見せてくれたけれど、やっぱりマリナはマリナだった……。