Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第5話「可憐な狩人(かりゅうど)」 語り:ゾルク

 マグ平原の中心で夜を迎えた俺達。話し合った結果、明けるまで野宿して過ごすこととなった。

 マリナの指示で近場の大木へと移動し、荷物や装備をまとめて置く。そして火起こしや夕飯のスープを作る準備を始めた。

 この周辺は小規模な林になっていたので深く入り込もうとはせず、林の外側に根付いている大きな木を選んだ。あまり林の中に踏み込んでしまうと、地の利を得た狼のモンスターが襲ってくるからだ。この常識はセリアル大陸でも通じるらしい。

 

 夕飯も食べ終わり、荷物を置いた大木から少し離れたところで焚き火を囲う。

 

「ふぅ……。私としたことが睡魔に襲われるとは。それもこれも、お前が私に世話をかけるせいだな」

 

 マリナはあくびを手で抑えた後、文句を言い放った。また俺のせいにするのか……。

 

「マリナが何かにつけて怒鳴り過ぎなんだよ。それに眠たいなら先に寝ればいいじゃないか。見張りなら俺がやるからさ」

 

 適当な大きさの枯れ枝を焚き火にくべながら、まぶたの重いマリナに促した。だが、きっぱりと拒否されてしまう。

 

「お前では駄目だ。この辺はマグ平原でも有数の、盗賊が出没する地帯なんだ。警戒を怠ると奴らは容易に近づいてくる」

 

「むっ、言わせておけば。俺だって見張りくらいできるよ! これでも剣士の端くれなんだし」

 

「お前にとってはまだ来たばかりの世界なんだから、土地に慣れるまでは私が見張りの役目を果たす。あまり野営を甘く見るんじゃない」

 

「べ、別に甘く見てなんかないさ! 俺はマリナのためを思って言ってるのに、なんだよその態度……!」

 

 俺の優しさに反してマリナの口調はきつい。だから思ったよりも声を張り上げてしまった。しかし後悔はしていない。むしろ好意を無下にされて眉がつり上がっていた。これに対抗するかのように、静かにだがマリナも声に怒りを含める。

 

「お前こそ融通が利かないな。盗賊ごときのせいで、早々に命を落としてもいいというのか?」

 

「……それ、間接的に俺のことを『無能だ』って言いたいんだろ」

 

「素直に受け入れれば言うのをやめてやってもいいぞ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 見えない火花がバチバチと音を立てる。

 

「だから!! 俺だって見張れるって言ってるじゃないか!!」

 

「今は大人しく私に従えというのが何故わからない!!」

 

 本格的な言い争いに発展してしまった。互いに一歩も譲らず、歯をぎりぎりと噛み合わせて激しく睨み合っている。

 小さく大きなバトルを繰り広げている最中。ふと俺は、荷物や装備をまとめた大木の付近で怪しい影が動いていることに気付いた。

 

「ぐぬぬぬ…………あれっ? マリナ、ちょっと待った! 荷物を置いた木の下で、何か動いたような……」

 

「急に何を言い出すんだ! そんな嘘で誤魔化そうとしても私の怒りは……」

 

 マリナは否定しようとしたが丁度その時、俺が目撃したものとは別の影を捉えたようだ。その正体は紛れもなく、人間の男性。俺の背後から短剣をかざしていた……と思えば、もう喉元に短剣の切っ先を突きつけている。

 

「取り込み中にすまないが、大人しくしてもらおうか」

 

 そいつは背が低く、どこか弱腰な声を放っていた。気弱そうだが、彼が握った短剣は脅威そのもの。俺は下手に動けなくなってしまった……。

 

「あんたらの喧嘩する声がうるさかったからな。誰か来ないうちに早く済ませたい。と言っても、こんな平原のド真ん中に通行人などいるわけないか」

 

 同じタイミングでマリナの後ろにも、短剣を握った屈強な男が回り込んでいた。とっさに反撃しようとも武器が置いてある大木の下までは少し距離がある上、既に中背の男が待ち構えている。最初に俺が見つけた影の正体だ。

 彼ら三人組の容姿は、頭に迷彩柄のバンダナを巻いて、黒いボロボロのジャケットと裾の長いパンツを身に付けているというもの。暗闇の中に紛れ込むことができる隠密仕様だ。

 ……こいつら、どう見ても盗賊である。口論の最中で隙だらけだった俺達は、あっさりと包囲されてしまったのだ。滑稽(こっけい)すぎて笑うしかない。

 

「あ、あはははは……はぁ」

 

「私としたことが、抜かった……」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第5話「可憐な狩人(かりゅうど)

 

 

 

「お前と行動を共にし始めて、本当に調子を狂わされてしまったようだ。この私が、まさかこんなところで盗賊などに捕らえられるとは……一生の恥だ」

 

 手足を縄で縛られて尚、先ほどの続きのように俺を責めてくる。申し訳ないとは思っているが、俺だけが責任を負わされているようで釈然としない。

 しかし、この状況下で喧嘩を続けても仕方ないので、本当は嫌だけれど素直に謝って終わらせることにした。先に折れれば密かに俺の勝ちとなる! ……そんなことを言っている場合ではないけれど。

 

「……すみませんでしたー。でもマリナは体術が得意じゃないか。あれで切り抜けられなかったの?」

 

「私の脚技は二丁拳銃との連携あってこそだ。相手が一人なら問題は無いが、銃を所持していない状態で、武器を持った大人三人を相手にするのは分が悪い。というかお前こそ、いつも両手剣を振り回しているんだから腕力でどうにか……」

 

「お前ら、ごちゃごちゃとうるせぇな。黙らねぇと殺すぞ?」

 

 中背の男が、俺達の荷物を物色しながらイラついている。旅の資金であるガルドの入った袋を掴み取り、中身を覗いていた。

 リゾリュート大陸とセリアル大陸の文化はほぼ同じなので、通貨であるガルドもそのまま使用できるらしいのだが、この状況においてはそれが裏目に出てしまう。……と思いきや。

 

「ちっ、宝らしい宝は全然ねぇしガルドもこれっぽっちかよ。こいつらハズレだな。盗る気も失せちまうぜ」

 

 俺の持ち分はリゾリュート大陸にいた頃からごく僅か、マリナの所持していたガルドも非常に少なかったため、中背の男からは呆れられてしまった。ハズレで悪かったな。だったらそのまま盗る気を失せて退散してくれ。

 貧相な荷物を蹴っ飛ばすほど不機嫌な、中背の男。それを屈強な男がなだめた。

 

「そう文句ばかり言うな。……こういう場合、本当に貴重な物は肌身離さず身につけているもんだ」

 

 そう言うと屈強な男は、マリナが着用している山吹のジャケットの内側に右腕を潜り込ませた。

 

「なっ!? こ、こら、どこに手を入れているんだ! やめ……うっ……やめろ!!」

 

 すると同時にマリナの顔が苦悶に歪む。経緯を知らない者が見れば淫らな行為に及んでいるとしか思えない、目を背けたくなる光景だ。

 

「ちょっと待て、これはわざとじゃねぇよ! お前が無駄な足掻きをするから当たってるんだろうが! ちったぁ大人しくしやがれ!」

 

「ぐぅっ……!?」

 

「マリナ!!」

 

 暴れる彼女の首筋に放たれた、手刀の一撃。気絶こそしなかったが抵抗は止んだ。俺は思わず声をあげてしまうが、心配したところで助けることは出来ない。

 

「ったく、手間かけさせやがって。だが、おかげで確信したぜ。抵抗するのは宝を持ってるからだ」

 

 再びマリナのジャケットに腕を突っ込み、物色を続ける。すると、しばらくしない内に男の表情が歓喜に満ち溢れた。そしてジャケットから腕を抜くと、残りの二人に喜びの元を差し向ける。

 

「……ほら、この通りな」

 

「うおっ、すっげぇ! 俺、こんな綺麗に輝くビットなんて見たことねぇぜ!」

 

「確かに凄いな。かなりの値が付きそうだ」

 

 それは、手の平から少し溢れる程度の大きさをした球状のビット――エンシェントビットだった。盗賊達から笑みが零れるのも納得の輝き。焚き火に照らされているので普段より神秘性を増している。

 

「返せ……! それは売り物でも宝などでもない! 貴様らがそれを持ち去ると、世界は取り返しのつかないことになるんだぞ!」

 

「おいおい、嬢ちゃん。もっとマシな引き留め方はないのかよ?」

 

「世界が取り返しのつかないことになるとか……もう既になってんじゃねぇのか? セリアル大陸は一年ぐらい前から、理由もわからず荒れていくばかりだしよ」

 

「だから俺達みたいな荒くれ者も増えてるんだ。世界がいつ終わってもおかしくないようなご時世に、今更でかいビットの一つや二つ、盗賊にくれてやってもいいとは思わねぇか?」

 

 三人とも、魔皇帝の呪いを受けたセリアル大陸について諦めているようだ。

 ……冷静に考えてみれば、このような人間がいてもおかしくはない。歴史や伝承に通じていない一般人は、魔皇帝の呪いのことなど知る由もないからだ。天変地異だと思って絶望していくのも頷けるところがある。しかしそれでも、盗賊という理不尽な行為を許すわけにはいかない。

 

「そんな考えをしているのは貴様らのような下衆(げす)のみだ! セリアル大陸が荒れていく一方でも、諦めず日々を一生懸命に生きている人間はたくさんいる!」

 

「あぁん? 例えばディクスの連中とかか? っとーに、あんなしょーもない港町でクソ真面目によく暮らしてるよな。反吐が出るぜ」

 

「もう相手にするな。そろそろ引き上げるぞ」

 

 マリナは必死に叫び続けるが、盗賊が聞き入れるはずもない。嘲笑い、この場を立ち去ろうとする。俺もマリナに続き、奴らを止めようとした。

 

「ま、待て! マリナの言ってることは本当なんだ! 早くそれを返してくれよ!」

 

「てめぇまで何言ってんだぁ? 二人そろって頭イカれてんのかよ」

 

「だからいちいち構うこたぁねぇっての。用事は済んだんだ、ずらかろうぜ」

 

「おっと済まねぇ。じゃあな、間抜けな旅人さん達よ。盗っていくのはこのビットだけにしといてやるから、せいぜい達者でな」

 

 ……俺の言葉も信じるはずがなかった。中背の男が最後に吐き捨てると共に、盗賊達は焚き火の明かりの向こうへと遠ざかっていく。その姿はみるみる内に闇に溶け込んでいき、すぐに見えなくなった。

 この場に残されたのは、周辺を明るくする焚き火と物色されて散らかった荷物、そして縄に自由を奪われた俺達だけだった。

 

「くそっ、なんという失態だ! 盗賊に襲われて身動きがとれず、よりにもよってエンシェントビットを奪われるとは……!!」

 

 地べたに這いつくばったまま、マリナは焦りと怒りと後悔を織り交ぜる。俺も気持ちは同じだ。このままでは救世の旅どころではない。

 

「なんとかして縄をほどかないと……ぐぅ~っ!」

 

 試行錯誤して手足を動かすが、縄の結び目は緩まない。流石は盗賊、褒めたくはないが仕事が丁寧だ。

 

「なんてきついんだ、この縄……。ほどける気配が全然ないよ」

 

 四肢に入れていた力を一旦抜き、身体を休める。その間に、俺の背後から意外な言葉を受け取った。

 

「ゾルク。さっきの喧嘩のことだが、謝る。私が悪かった」

 

「え? (やぶ)から棒なんだけど」

 

 このタイミングでの謝罪は違和感しかない。それに俺は既に心の中で謝っている。……いや、もうどうでもいいか。

 とにかく理由が気になった。マリナの方へごろんと転がり、すぐさま聞き返そうとする。しかし実際は、聞き返すまでもなかった。

 

「だから、私の代わりにあいつらの相手をしてほしい」

 

 マリナが見つめる先に居たものを、俺もすぐに捉えた。……狼型のモンスターの群れだ。どうやら、一連の騒ぎのおかげで俺達の方へ近寄ってきたらしい。こうなってしまっては、もう林の中や外など関係ない。

 ちなみにモンスターであるが故に、通常の動物ほど焚き火を怖がらない。そして俺達は自由を奪われている。モンスター達にとって格好の獲物でしかなかった。

 

「……その条件、呑むと思ってる?」

 

「……いいや」

 

 特に唸ることも無く、群れの一匹が淡々と接近し始める。こちらが抵抗出来ないことをちゃんと理解しているのか威嚇はしてこない。モンスターにまで舐められるとは、なんとも情けない……。

 だが、状況はそんな呑気なものではない。これ以上詰め寄られれば喉元にがぶりと噛みつかれて惨い死に方をしてしまう。モンスターが一瞬で襲ってこない分、じっくりと恐怖を味わわされた。

 

「こんな……こんなところで、こんな死に方するなんて……嫌だあーっ!!」

 

 自ずと溢れる涙。盗賊どころか、昼間に何度も倒した狼型のモンスターに命を奪われる瞬間が、まさか来ようとは。

 本当に死んでしまうかもしれない中、マリナは微動だにせず閉眼し、まるで覚悟を決めているかのようだった。俺も彼女のように潔く受け入れられれば気が楽になったのだろうか。そんな思いにまみれながら、静かに目を閉じた……。

 

 

 

「大丈夫。あなた方は私が守ります」

 

 

 

「えっ……!?」

 

 ――この場で初めて耳にする、女性の可憐な声。しかも「守る」との言葉を発した。

 思いもしない展開に困惑しながら、俺もマリナも声の聞こえた方へ顔を向ける。だが焚き火よりも遠いところに居るらしく全貌はよく見えない。それでも状況を把握したいので、暗闇に負けじと目を凝らした。

 声の主は颯爽(さっそう)と狼型のモンスターに攻撃を仕掛ける。

 

渦空閃(かくうせん)!」

 

 その左手には弓を握っていた。しかし右手に矢を持っていない。どころか、矢筒すら装備していなかった。そのはずなのに弓からは確かに五本ほど風の渦を纏った矢が放たれ、群れの上空から雨のように降り注いでいる。全ての矢が命中することはなかったが、二匹は背を貫かれて消滅していった。

 

拡・双翼閃(かく そうよくせん)!」

 

 次に放ったのは、五本の矢をいっぺんに放つという動作を二度繰り返す技。この五本の矢は横へ扇状に広がっていき多数のモンスターをまとめて討ち取った。

 この時、暗闇で光るものがあった。ビットである。声の主が操っている弓の中心には、ビットを使用した細工が施されていた。弓の弦を引く際に上下二つのビットに挟まれた空間から矢を生み出して、それを放つ。この仕組みによって矢を持ち歩く手間を省き、なおかつ円滑な弓捌きや数本の矢を同時に放つ芸当を可能にしていたのだ。

 

「つ、強い……!」

 

 俺は無意識にそう呟いていた。背後にモンスターが回り込んでいるとも知らずに。

 

「うわっ! いつの間にか、こんな近くにまで!?」

 

 気配を感じて振り向いたが、だからといってどうすることも出来ない。しかし声の主に抜け目は無かった。

 

呪闇閃(じゅあんせん)!」

 

 闇の力を帯びた黒の矢を放った。独特の軌跡を描いてモンスターを惑わすように飛来すると、最後には急所を捉え易々と仕留めてみせた。

 

「あなた達、まだ続けたい?」

 

 次の矢を握り、弦を引きつつ堂々と見得を切る声の主に対し、狼型のモンスター達は怖じ気づいた様子で後退りする。そして遂には一匹残らず、文字通り尻尾を巻いて退散していった。

 

「ふぅ、終わったわね。あなた方、お怪我はありませんか?」

 

 声の主は左手に握る弓をようやく下ろすと、俺達の元へ歩み寄り安否を気遣ってくれた。モンスターを射抜いていた時には想像できなかった愛らしく無垢な笑顔が、焚き火によって映えていた。

 この時に確認できたのが、腰の辺りまでの長さの桃色のポニーテール、朱で染められた衣装の胸にある緑色のビットの装飾、腕や足に着用した皮製の弓籠手(ゆごて)とブーツ、という容姿だった。背丈は低く、最初に聞いた可憐な声に(たが)わない少女である。

 

「私達は何ともない。君のお陰だ。危ないところを救ってくれてありがとう」

 

 俺が聞いたことも無いくらい……いや、フォーティスさんと会話している時もこんな風だったか、素直に礼を言うマリナ。この、俺とその他との扱いの差は一体なんなのだろうか。遺憾である。

 ともかく、俺も少女を見上げて感謝の意を述べた。

 

「君は命の恩人だよ。本当にありがとう…………あ……えっと、よかったら名前を教えてほしいな」

 

 喋り始めてから、この可憐な狩人(かりゅうど)の名前を知らないことに気付く。言い直すことも出来ないまま途中で言葉を濁らせてしまい、勢いで名前を問うことに。少女は快く答えてくれた。

 

「私はソシア・ウォッチ。このマグ平原に住んでいて、盗賊を取り締まる狩人……シーフハンターをやっています」

 

「なんと、君があの有名なシーフハンターのソシアだったのか。道理で強いはずだ」

 

 マリナは驚きの声をあげ、一人で納得した。どうやらこのソシアという少女、名前が知れ渡るほどの腕利きらしい。

 ……だが、今はそれよりも対処すべき問題があった。マリナが感心している横で、俺はソシアに頼んだ。

 

「あのさ、一つお願いがあるんだ」

 

「はい。何でもどうぞ」

 

「よかったら、縄をほどいてくれないかな?」

 

「……あああああ!! すみません、私ったらそっちのけで喋ってばかりで……。すぐにほどきますね!」

 

 ソシアは慌てて弓を置き、俺達の手足の拘束を解きにかかった。先ほどまでそこにあった勇敢な姿は、影も形もない。天然混じりの純朴(じゅんぼく)な少女と化していた。


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