桐生「街を歩いていたら、妙な視線を感じた。とりあえず、人気の無い所に行こう」
今回は桐生さんの勘違いから始まるドタバタ劇
9月下旬 残暑も過ぎ去りゆき、秋の気配が強くなって来たある日。桐生は一人、街中を歩いていた。
(思えば、もう秋か。時間が過ぎるのは何分早いものだな。さて、外は冷えるし、とっとと用を済ませてホテルに戻るとするか)
現在、桐生は不動産に向かっていた。彼が街に来て、早くも1年が経っていた。今まではビジネスホテルに泊まっていた。そして今朝、ホテルの運営者から今週中にホテルを閉めると伝えられた。いきなりの事で驚いたが、運営者も高齢になり隠居を決めたとの事だった。
ホテルを利用していた桐生には住む場所は無い。桐生が不動産を目指していたのはそれ故である。
暫く街中を歩いた後、桐生は目的の不動産に辿り着いた。早速、良い物件は無いかと見てみるがどの物件も家賃が高い。安いアパートでも家賃が8万もする為、中々決められないでいた。
「分かってはいたが、どの物件も家賃が高いな。一応、他の不動産も見てみるとしよう」
流石に一件覗いただけで優良物件が見つかるとは思っていない。桐生は次の不動産へ向かおうとした時、背後に妙な視線に気付く。そういえば、その視線は自分がホテルから出た時から感じていた。その時は気のせいだと思っていたが、どうやら陰から自分を監視している者がいる事は確実である。
(ちっ…。自分を見ている奴を探そうにも人が多くて無理だ。此処で誘き出そうとしても周りに危害が及ぶ可能性がある。とりあえず、人気の無い場所へ移動するか。相手の狙いが俺ならあとを追ってくるだろうからな。此処からなら天下一通りの裏路地が近いな。よし、そこへ移動しよう)
視線を送る相手を確認する為、桐生は人気の無い場所へと移動を開始した。すると案の定、桐生が移動すると視線も付いて来るのを感じる。やはり、相手の狙いは自分だと桐生は確信する。移動中にさり気なく後ろを振り向いて、視線の相手を探すが相手も然るもの。そう簡単に姿を見せたりはしない。
自分の姿は現さないで対象に視線を送る芸当が出来る。これは相当の手練れだろう。桐生は久方ぶりに身の危険を感じていた。1年余り、命を削る様な戦いはしていない事もあってか、自分の身体は大分訛っている。
(拙いな。視線はあるが、相手の姿は一向に見つからない。もし、この相手と戦うような事になったとしたら…今の俺では勝てない。一体、どうする?助けを呼ぼうにも応援が間に合うだろうか?いや、来る前に始末されてしまうだろう。なら、取るべき手段は一つ。真正面から迎え討つしかない。勝てなくても背を向けて逃げる訳にいかないからな)
悩んだ結果、桐生は謎の人物を迎え討つ事にした。そして人気がない裏路地に辿り着き、桐生が静かに相手が来るのを待っていると入り口からゆっくりと歩いてくる姿を捉えた。
「はぁ~ やっと追い付いた。桐生さん、歩くの早すぎやん」
「お、お前は…。希か。一体、これはどういう事なんだ?」
暗がりから姿を現れたのは何と東條希であった。予想外の出来事に桐生は驚きを隠せずにいた。しかし、当の本人はのんびりした様子で言葉を返す。
「それはウチの台詞や。ホテルから出てくる所を見て、声をかけようとしたんよ。だけど、中々追い付けなくて見失わない様に目で追うのが精一杯やったんや」
「…そうか。姿が見えないのはその所為だったのか」
「そうなんよ。桐生さんが振り向いた時、ウチに気付いたかな?と思ったら、いきなり早足で歩くんやもん」
危機が迫ってると思いきや、真実は希が必死に自分を追っていただけ。この事にホッとした分、精神的な疲労を感じるのは仕方ないだろう。
桐生は深い溜息を一つ吐き、希が自分を追っていた訳を尋ねる事にした。
「事情は…分かった。それで希は何の用があって、俺を追いかけていたんだ?」
「そうやった。実はな。この前、神室町へ来た時に桐生さんを見たんよ。声をかけようと思ったけど…あの時、A-RISEの子達と会ってたよね。一体、どんな話をしてたん?」
桐生を追いかけていた理由を話した後、今度は希が桐生に尋ねる。
「はぁ。そんな所まで見てたのか。あの時、話してたのはツバサ達がμ'sに勝負を申し込む準備が出来たから近い内に挑みに行く。確か、そんな話だったよ」
「えぇぇぇっっ!! A-RISEがμ'sに勝負を申し込む。ほんまにそう言ったん」
「あ、ああ。まだ、詳しい日程とかは決まって無いようだったがな。それらが整ったら連絡するとは言ってたな」
桐生の言葉に驚き、詰め寄る希の迫力に圧倒されながらも桐生は更に言葉を続ける。すると、落ち着きを取り戻した希はある事に気付いて、桐生へ思い付いた提案を持ちかける。
「決まったら、連絡するか。という事は桐生さんはA-RISEの連絡先を知ってると事やな?それなら今から連絡取れへん。ウチにある提案があるんよ」
「提案?希は一体、何をする気だ?」
「それはあとでちゃんと説明するよ。今は何も言わずに連絡を取って欲しいんや」
「…解った。だが、掛けても相手が出るとは限らないぜ。その時は諦めろよ」
「うん。ありがとう桐生さん」
真剣な表情を浮かべる希の様子から、これは何があっても引き下がらない。そう判断した桐生は溜息を一つ吐き、A-RISEへ連絡を取る事にした。向こうの事情も知らず、電話に出るか解らない。その事については希も理解している為、素直に首を縦に振る。
そして何度かコールが続いた後、相手が電話に出た。
『もしもし。桐生さんから電話してくるとは珍しいね。それで一体、何の用?』
「ああ。その事なんだが…。実はお前達が計画してる勝負の事で希が話をしたいそうだ」
『希?……え?ちょっと待って。その人、もしかして東條希って言うんじゃないよね?』
「ああ。確かにそうだが、それがどうしたんだ?」
桐生が出した名前に反応したツバサが何やら、慌てた様子で尋ねる。そんな慌てるツバサを余所にあっさりと認めるとツバサは黙り込む。その状態が1分程、続いて業を煮やした桐生が口を開こうとしたその時。
『う、嘘でしょぉぉぉぉぉぉっ!! 私に話があるって言ってたわね。という事は今、傍にいるの?いえ、それよりも桐生さんは希さんといつ出会ったの?』
「ぐっ、いきなり大声を出すな。全く、鼓膜が破れるかと思ったぞ」
『ご、ごめんなさい』
「まあいい。それで何から聞きたいんだ?答えるのはいいが、まずは希の話が終わってからだ」
『…そうね。じゃあ、希さんに変わって頂戴』
劈くような大声でツバサは自身の疑問を次々と桐生へぶつけた。いきなりの大声で耳鳴りを起こす耳を抑えて桐生はツバサに注意をした後、希に電話を手渡した。
「もしもし。いきなりでごめんな。桐生さんも言ってたけど、今回の勝負の事でウチから話があるんよ」
『その事は聞いてるわ。早速だけど、本題に入りましょう。希さん、貴女の提案とは何かしら?』
「そやね。ウチの提案は勝負の内容と花陽ちゃん達の事や」
『勝負の内容と花陽さん達の事?それはどういう事かしら?』
希の言葉を反芻してツバサは聞き返す。一体、希は何を言いたいのか。ツバサは気になり続きを促した。
「ウチらがμ'sを解散して2年。今現在、花陽ちゃん達は高校三年。つまり今年は受験なんよ。それとツバサちゃん達が申し込もうとしてる勝負はライブ対決やろ?」
『…ええ。そうよ。解散しても貴女達はアイドル。だからこそ、その勝負を申し込むつもりだったわ。でも、受験を控えてる子がいるなら終わってからでも「ちょい待ち」え?』
ツバサの言葉を遮り、希は相手が黙るの待ってから言葉を続けた。
「別に勝負は日を改めんでもええよ。ただ、勝負は穂乃果ちゃん達とA-RISEや。それとウチを含めて絵里とにこの三人で勝負に立ち合う。これを考えてたんよ」
『そう。それで勝負の内容については?』
「もう一つ。勝負の内容はボウリング、バッティング、最後はカラオケで決着。ウチの提案はこんな所や」
思い付いた提案を全て伝えて、希は一息吐いてツバサの返答を待っていた。数分が経ち、未だに沈黙を貫くツバサの様子からこの提案は駄目か?
そう希が思い始めた時だった。
電話先からツバサの返事が返ってくる。
『…分かったわ。希さん、貴女の提案を飲みましょう。まあ実際の所。どんな形であろうと勝負が出来れば良いからね』
「ありがとう。ウチの提案を飲んでくれて。それと勝負はいつやる予定なん?」
『そうねぇ… 今度の日曜日はどうかしら?勿論、それ以外の日でも良いのだけど、先延ばしにするのも何だからね』
「確かにそうやね。それで穂乃果ちゃん達にはウチから伝えてもええかな?」
『ええ。お願いするわ。希さんからの方が穂乃果さん達も変に意識させる事も無いからね。それじゃあ、桐生さんに変わってくれる。いくつか聞きたい事があるの』
「うん。はい桐生さん。ツバサちゃんが聞きたい事があるみたい」
「ああ。今変わったぜ。それで聞きたい事は俺が希と会った時の事だろう?」
ツバサとの話を終えて、希は桐生に電話を返した。希から電話を受け取ると電話先のツバサへ話しかける。
『そうそう。さっきも聞いたけど、桐生さんは何処で希さんと出会ったの?』
「希とは神室町で会ったんだ。その時は友人の為に買う物があるから道案内をしてくれとな」
『なーんだ。そんな事かぁ。てっきり、もっと面白い話が聞けると思ってたのに』
「おいおい。変な事を期待するな。まあ、希との経緯はそんな所だ。それで勝負の日は何時になったんだ?」
『ああ。それなら今度の日曜だよ。勝負に参加するのは私達三人と穂乃果さん達の三人よ。それで勝負の立ち合いに希さん達三人がやってくれると言ってたわ。他の三人だけど、今年は受験だから不参加よ』
「そうか。その勝負には俺も立ち合わせてもらうぜ」
『ええ。是非、来て頂戴ね』
兼ねてからの約束もあり、桐生は勝負に立ち合う事を伝えるとツバサも元より、そのつもりだったのだろう。本人も喜んで了承した。
『桐生さんには伝えたから...次は真島さんね』
「うん?ツバサは真島の兄さんを知ってるのか?」
『ええ。真島さんは私達が前に進む切欠をくれた人なの。その口振りからすると、桐生さんも真島さんを知ってるのね。本当に驚かされてばかりだよ』
「ああ。俺と真島の兄さんは古くから付き合いがあるんだ。それは置いといて、真島の兄さんには俺から伝えておくぜ。お前達は勝負の事だけを考えるといい」
『そう。それなら言葉に甘えるわ。さて、言う事と聞きたい事は済んだし、これで失礼するわ』
「分かった。じゃあ、今度の日曜に会うとしよう」
『うん。楽しみにしてるわ。それじゃあね』
この言葉を最後に電話が切れた。ツバサに言った通り、真島に連絡を入れようとした時、「俺は見たでぇ。桐生ちゃ~ん」そっと忍び寄っていた真島が背後から声をかけてきた。突然、登場した真島に希と桐生は目を見開き驚いていた。
「ま、真島の兄さん!? 一体、こんな所で何をしてるんだ?」
「そら、こっちの台詞や。桐生ちゃんの方こそ、陰で隠れて面白そうな事をしとるやないか。しかも希ちゃんと一緒にとはのう」
「まあ、別に大した事じゃないんだが、実はだな…」
真島は希と桐生の顔を見て、そう呟いた。桐生が思わぬ人と行動していた事に真島の方こそ、驚いていたのだ。そんな真島に事情を説明する事にした。
「…成程のう。そうか...ツバサちゃん達は前に進んだやな。それで勝負する日は今度の日曜か」
桐生から話を聞いた真島は静かにそう言葉を洩らす。真島はあの日、何処か思い詰めていたツバサ達に出会った事を思い出す。あの時、自分の言葉がツバサ達の背中を押す事になり、そして前に進んだ。真島は何よりもそれが嬉しかった。しかも大事な勝負に自分を招いてくれた。この事も喜びを感じさせていた。
「ああ。ツバサ達はそう言っていた。そこで兄さんに一つお願いがあるんだが…聞いてもらえないか?」
「うん?桐生ちゃんが俺に頼み事とは珍しいのう。ほんで一体、何や?」
珍しく頼み事をしてくる桐生に目を丸くしながらも、真島は問い掛けた。
「今度の勝負。ボーリング、バッティング、カラオケの三つなんだが、真島の兄さんにはこれで利用する施設を一日だけ借りて欲しいんだ。無論、ただとは言わない。払う金は無い。その変わりと言っては何だが…俺に真島の兄さんの仕事を手伝わせてくれ」
「…何やねん。どんな頼みかと思いきや、そないな事か。勿論ええで。その程度ならお安いご用や。それに桐生ちゃんと仕事が出来るのも嬉しい事やしなぁ」
桐生の頼みを真島は笑って、快く受け入れる。その様子に桐生もホッとしていた。頼みを聞いてくれたのもそうだが、仕事と同時に寝泊まり出来る場所を確保出来た。公私混同はしない主義の真島の事だ。懸命に働いた分、給金も払ってくれるだろう。
桐生は密かにそう企んでいた。だが、そんな思惑を察したのだろう。眉間に皺を寄せ、真島は「仕事はやってもらうが、給料は出さんで」と牽制した。
「何!?…。突発とは言え、労働するのに何も無しなのか?」
「そんなん当然やないか!! 桐生ちゃんが働くのは頼みを聞いた事へのお礼やろう。ほなら、俺が給料を払う必要は無いやろうに……。まだ、何か隠しとるな?この際、正直に言ってみい」
普段と違い、何処か焦った様子の桐生に違和感を覚えた真島が静かに尋ねる。雰囲気が変わった真島に誤魔化しは一切、通用しない。桐生は素直に隠していた事情を話す事を決めた。
「実はだな。俺が宿泊しているビジネスホテルが今週で閉鎖する事になったんだ。それで住む部屋を探して不動産を廻っていた所に希の視線を感じてな。跡を付けてくる希から逃げ回っていたんだ。だが、結局は俺の勘違いで、今に至る訳だ」
「成程のう。事情は分かったで。それとやけどな、桐生ちゃんが感じた視線…それは俺や」
「何だと?…」
「ホンマや。桐生ちゃんが視線を感じたのは泰平通り付近やろ?俺が桐生ちゃんを見たのはそこでやからな。何や、希ちゃんの姿も在って何をしとるのか気になってな。こっそりと見つからない様に尾行してたっちゅうわけや」
「姿が見つからないと思ってたら、あの視線は真島の兄さんだったのか。だが、希も俺を尾行してた様だが、姿を見つける事が出来なかったぞ。一体、どうやって姿と気配を隠していたんだ?」
真島の話で視線の正体が分かった。しかし、真島だけでなく希の姿を発見出来なった事を桐生は気になっていた。気配を隠す術を持っている真島ならまだしも、希は普通の女子大生である。当然、姿を隠しても気配を隠すのは不可能な筈なのだ。それ故、桐生はどの様な手で気配を消していたのかと尋ねた。
「別にウチは何もしとらんよ。確かに桐生さんに用が在って街に来た所を見つけて、付いていっただけや」
「成程な。俺は真島の兄さんの視線に気を取られて気付いて無かっただけか」
「ふっ 桐生ちゃんは意外にドジやからなぁ~ まあ、それはええ。桐生ちゃんの事情も分かった。仕方無いから働いた分は給金を払ったる。せやけど、しっかりとやってもらうで」
「ああ。分かった。恩に切るぜ真島の兄さん」
「問題が解決して良かったね。ほな、ウチは帰るよ。用事は済んだから。今度の日曜日、楽しみにしとるよ」
「フッ そうだな。気を付けて帰れよ」
「うん。それじゃあ、桐生さんと真島さんもまたね」
「おう。また会おうで~」
用を済ませ、帰路に着く希の姿を見送りながら、二人は来たる日を心躍らせていた。
「なぁ桐生ちゃん。この後、どうせ予定無いんやろ?ちっと早いが一杯ひっかけに行かへんか?」
「いいぜ。確かに予定も無く、暇だからな」
「ほうか。なら、善は急げやな」
「慌てなくても店や酒は逃げたりしないぜ」
「そうやが、時間は逃げるやろが~ いいから行くで」
「分かったから引っ張らないでくれ。服が伸びてしまう」
そんなやり取りをしながら二人は街へ消えていった。神室町の夜は今日も長く人は眠らない。
そして勝負の日がやってくる。
サブストーリー21 前に進む者達 完
桐生「視線の正体は真島の兄さんだったのか。だが、ツバサ達が前に進む事が出来たのは朗報だな。μ'sとの勝負も楽しみだ」
今回のお話はどうだったでしょうか?この話では次の勝負回に繋がる準備編となってます。次回は遂にμ'sとA-RISEの3本勝負をします。
それと感想と評価をお待ちしています。宜しければ是非、お願いします
追記 電話での会話シーン。ツバサのみ「」を『』に変更しました