サブストーリー008 強さに必要なもの 開始
桐生「寒くなって来たから、冬着を買いにきたらある男の子と遭遇した。放っておく訳にいかないな」
それではどうぞ。
季節も冬に近づいて肌寒い日が増えてきた頃、桐生は冬着を買う為に神室町の服屋を目指していた。
普段は人で溢れる神室町も寒い所為か、往来を歩く人の数が少ない様に桐生は感じていた。
見る人が見れば十分人が多いと感じるのだが、桐生がそう感じるのはすっかり神室町に馴染んでいるからだと本人は気づいていない。
時折、吹く寒風に身を震わせて桐生はポツリと不満を溢す。
「…はあ、まったく。最近は寒い日が多くて嫌になるぜ。沖縄にいた時は冬でもあまり寒くはないが東京だと酷いものだな。おまけに周りがビルばかりだから、陽の光が遮られるから尚更だな」
桐生は高くそびえ立つビルを恨めしげに睨み付けた時、桐生の目にある光景が映った。それは屋上から吊り下げられた籠に乗り、ビルの窓を吹く清掃員の姿だった。高い場所では地上と比べ物にならない程の強風が吹いている。当然、寒さも地上より厳しく肌を突き刺さる。
それだけではなく。風で揺れる籠での作業は清掃員に恐怖を植え付ける。だが、それでも不満を漏らさず勇気を振り絞ってテキパキと作業をする姿が眩しく、些細な事で不満を感じる自分が小さく見えた。
(あんな所で寒く怖い思いをしても、一所懸命頑張っている人もいるんだな。それに比べて俺は小さな事で不満を漏らすとは情けない。知らない内に少し、気が抜けていたようだな。俺もシャキッとしないとな)
桐生は自らの頬をパンと叩き、気合を入れると目的地へ向かい力強く歩き出した。
劇場広場を歩いていると、桐生の目にある女の子と男の子の姿が映る。少女が男の子の手を引き歩く姿は誰が見ても仲睦まじい姉弟と感じるだろう。桐生もその姉弟を微笑ましそうに見つめていた。
そんな二人を眺めている桐生はある過去を思い出していた。
それはまだ自分が幼く孤児院のヒマワリで過ごしてた時の事だった。当時、同じく孤児院で世話になっていた錦と由美と自分の三人で学校の校庭で遊んでいた。親がいないという境遇以外に歳も近かった事もあり、よくその三人で遊ぶ事が多かった。他の子の様に欲しいものを買ったりしてもらえる事は無かったが、それでも毎日が楽しかった事を覚えている。
だが、ある日 由美が泣きながらヒマワリに帰って来た。普段は明るく笑顔を絶やさない由美が泣く姿を見せるのはタダ事ではない。二人が事情を聞くと、最初は口を噤んでいたが桐生と錦に隠し事は出来ないと由美は口を開いて訳を話し始めた。
「実は…今日、学校で飼育委員の仕事をしていたら上級生に絡まれたの」
「上級生の奴らに?一体、何をされたんだ。まさか、そいつにぶたれたのか?」
由美の言葉に出てきた上級生が由美に手を上げたのかと、桐生が心配して尋ねるが由美は首を横に振る。それを見て、ホッと安堵したのもつかの間…その由美は肩を震わせてボロボロと大粒の涙を流していた。
「ど、どうした?まさか、俺の言葉で嫌な事を思い出させたのか?」
「おい 桐生!折角、泣き止んだのにまた泣かせてどうするんだよ。まったく、そういう所に気が回らないのがお前の悪いところだぞ」
「何だよ 錦。そんな言い方は無いだろ?別に俺だって、泣かせるつもりは無かったんだぞ。第一、お前だって」
「違うの!! ヒッ…私が泣いたのは、一馬の所為じゃないの。今日 あいつに言われた事を思い出したら、ヒック…とても悔しくって」
まさか、自分の言葉で嫌な事を思い出させてしまったのかと慌てた桐生が言葉をかける。そんな桐生を責める様な口調で言葉をぶつける錦に流石の桐生も堪らず言い返そうとした時、由美が大声で二人を止めると震えた声で自分が泣き出した理由を話した。
それを聞いた桐生と錦は泣きじゃくる由美に優しく問いかける。
「その上級生に何を言われたのか、俺たちにも教えてくれないか?」
「そうだな。由美がここまで泣く程だから、相当嫌な事を言われたんだろう?だけど、嫌な事でも話せばスッキリするだろうしな」
二人の優しい言葉に慰められ、由美は意を決してその時の事を二人に話した。
「あの時 飼育員の仕事の小屋掃除をしてたら、上級生がやって来て…親無しって私に言ったの」
「そんな事を言ったのか。酷い奴だな」
「本当だぜ。それで由美が泣いて帰って来たのか」
「ううん。それだけじゃないの。その言葉に腹が立ったけど、私は無視をしていたら…今度は一馬と彰の事を馬鹿にするような事を言い出したの。あいつらもお前と同じ、惨めな親無しだって…自分の事だけだったら、まだ我慢を出来る。だけど、二人の事を散々言われてるのに何も言い返せない自分がとても悔しかった」
「そうだったのか。俺達の為に嫌な思いをさせてごめんな」
「どうして一馬が謝るの?悪いのはそれを言った上級生だよ」
「そうだな。それにしても、酷い事を言う奴もいるんだな」
「もうこの話はお終い。二人に話したら、スッキリしたもの。ありがとう二人共」
お礼の言葉を言い、由美は二人に微笑んだ。普段の明るさを取り戻した由美に桐生と錦も安堵の息を漏らす。
その後 三人は何も無かった様に仲良く遊んでその日は過ぎていった。
(…そういや、次の日に由美を泣かせた上級生を錦と俺で仕返しをしたら、その日の夜にそいつの親が乗り込んで来て大変だったな。それで園長にすごく怒られて、俺と錦はそいつに謝る事になったんだよな。当時は園長の言ってる事が納得出来なかったけど、今思い返すとあの人が言った言葉の意味が理解出来る。だが、あの人の教えとは真逆の道を歩んでしまったな)
ふと、桐生が視線を前にやると先程の姉弟の姿は既に無かった。時計を見ると、3を指していた長針は6を指している。思いの外、時間が経っている事に驚いた桐生は、若干急ぎ足で目的地の服屋へ向かった。
劇場広場からさらに15分程歩くと、桐生は中道通り裏にある一軒の服屋に辿り着いた。
路地裏にある店故、中は狭いが男女用の服や子供服等といった品を置いてあるだけではなく、購入した服を個人に合ったサイズに調整するサービスを無料でしてくれる。その噂が人伝に伝わり、この店を利用する客は多い。自分が愛用しているスーツ等もこの店で買った物であり、桐生もこの店を利用している客の一人である。
店の中に入った桐生は冬服の棚の前で商品を眺めていた。棚にはマフラーやセーター以外にも厚い生地の長袖の服やズボン類も置かれている。無地の物からキャラクターや文字が刺繍された物等、様々な人に合わせた品揃えになっている。
「…昔は上に羽織る物が主流だったが、最近は冬服にも色んな物があるんだなぁ。上着は今着てる物で十分だから、手袋でも買っていくとするか。最近、手が冷える事が多いからな」
そう呟いて、桐生は一つの手袋を手に取るとレジへ向かっていった。
桐生が会計を済ませて店を出ると、一人の男の子がぽつんと立っている姿が目に入る。その子は先程、劇場広場で目撃した男の子であると桐生は気付いた。姉の姿が見えない事を不思議に感じたが、大方近くの店で買い物をするから此処で待つように言われたのだろう。そう結論付けて立ち去ろうとした時、桐生は今朝のニュースでやっていた事件を思い出した。
その事件とは母親が子供を待たせて買い物をしてる間に連れ去られるというものであった。幸いな事に事件を起こした犯人は既に逮捕され、連れ去られた子供も無事に親の元へと帰された。もし、此処で男の子を放置したら同じ事件が再び起きるかもしれない。そんな不安を抱いた桐生は男の子に歩み寄って話しかけた。
「なぁ 坊主。此処で一体何をしているんだ?一人でいるが、お母さんはどうしたんだ?」
「おかあさんはしごと~ だから、はおねえちゃんといっしょにきたぁ~ おじさんもおかあさんといっしょなのぉ~?」
「そうか。お姉ちゃんと一緒なんだな。それとおじさんにお母さんはいない」
「おじさんはひとりでさびしくないの~?」
「ああ。今は一人だが、寂しくはない。家に帰れば一人じゃないからな。それと‥おじさんはやめてくれないか?呼ぶなら・・・・そうだなぁ、桐生のお兄さんと呼んでくれ」
「おじさんじゃなくて、おにいさんとよぶのぉ?わかったぁ~」
間延びした言葉遣いに気が抜けそうになるが、とりあえず会話が出来る事にホッと息を吐く。内心、大声を出されたり泣かれたりするのではないかと冷や冷やしていたからだ。そして、冗談で言った事を素直に聞く子供に何とも言えない気持ちを抱きながら、桐生は男の子に名前を尋ねた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。坊主の名前は何て言うんだ?」
「ぼくのなまえ~?ここにかいてある~」
そう言って、男の子は自分の名前が書いてある名札を桐生に見せた。その名札には矢澤《やざわ》虎太郎《こたろう》と書かれていた。平仮名を振っているのは、迷子になった時に本人が自分の名前を言えるようにする為だろう。
「成程。坊主の名前は虎太郎と言うんだな。それで虎太郎のお姉ちゃんは何処にいるんだ?」
「わからない~ だけど、おねえちゃんはここでまっててといってた~」
虎太郎の話を聞く限りでは迷子ではない様だが、この場所に一人にしておけないと思った桐生は虎太郎を交番に連れて行く事にした。虎太郎の肩に手を置き、穏やかな口調で桐生は話しかけた。
「なあ、虎太郎。お前のお姉ちゃんは此処で待ってろと言った様だが、ある所まで一緒に来てくれないか?」
「あるところぉ~ でも、おねえちゃんはここでまっててといったよ~」
「それは分ってる。これから行く場所に後でお姉ちゃんも来るから心配はしなくてもいい。だから、一緒に行こう」
「ホントにおねえちゃんくる~?なら、ゆびきりげんまん~」
「いいぜ。男と男の約束だ。それじゃ、行くとするか」
「わかったぁ~」
そう言って小指を差し出す虎太郎と桐生は指切りをして約束を交わす。その事で虎太郎も安心したのか、微かに笑みを浮かべていた。そして桐生は虎太郎の手を取ると交番に向かって歩き出した。
交番へ向かう道中、二人は無言で歩き続けていた。最初こそ、静かでいいと思っていた桐生だったが、次第にその空気に耐え切れなくなった桐生は虎太郎に話しかける。
「なぁ 虎太郎。お前の姉ちゃんはどんな人なんだ?」
「ぼくのおねえちゃん~?おねえちゃんはうちゅうなんばーわんあいどる~」
「そ、そうか。お姉ちゃんは宇宙ナンバーワンアイドルかぁ。…それは凄いな」
「おねえちゃんすごいよ~」
沈黙の雰囲気を破る為に話題を振るが、予想外の返答に桐生は返す言葉が浮ばない。会話をしても話が続かず、どうしたものかと桐生は頭を悩ませた。だが、無言でいるよりはいいと桐生が口を開いたその時…
「待ちなさい!! ハァハァ… やっと見つけたわよ。この人攫い。ハァ‥ 私の弟を一体、どうするつもりなのよ」
二人の後ろから甲高い少女の怒号が飛んできた。裏路地という事もあり、少女の声は辺りによく響く。それに驚いて桐生が振り向くとそこにいたのは、やはり劇場広場で見た少女だった。その少女は激しく息をきらせながら桐生を睨みつけている。
少女の言葉を聞く限り、どうやら、自分は誘拐犯と思われているようだった。善意からとはいえ、無断で連れ出した事は事実であるからそう思われても仕方がない。とりあえず、誤解を解く為に桐生は少女へ言葉をかけた。
「勝手に連れ出してすまなかった。だが、俺はこの子を誘拐するつもりはないぜ。ただ、交番へ連れて行こうと思っただけだ」
「はぁ!? 何を言ってるのよ。そんなの信じられる訳ないじゃない。つい最近だって、似たような事件が起きたばかりなのに… もういいわ。今から警察に電話するから覚悟なさい」
少女は携帯を鞄から取り出すと警察に電話をしようとした時、少女が呟きを聞いた桐生が待ったをかける。
「それだ。俺もそれが気になったから、この子を交番へ連れて行こうとしたんだ」
「え?」
桐生の言葉に戸惑いの表情を浮かべる少女に桐生は事情を説明した。
「そうだったの。それじゃあ、あんたもあのニュースを見て、虎太郎が心配になったから交番に連れて行こうとしたのね」
「ああ そうだ。虎太郎の話だと姉に待ってろと言われたと聞いた時はそのまま帰ろうと思ったが、俺もあの事件を思い出してな。まあ、それよりもお姉ちゃんが来て良かったなぁ 虎太郎…ん?そういえば、あいつは何処へ行った?」
「え?ああ~ 本当だ。さっきまでそこにいたのに」
気が付くと、虎太郎の姿が忽然と消えていた。どうやら、二人が話をしている間に飽きて何処かへ行ってしまったようだ。
「もう~ 目を放すとこうなんだから。いなくなった原因はあんたにもあるんだから、探すのを手伝ってよね。嫌とは言わせないわよ」
「ああ 元よりそのつもりだ。そういや、まだ名乗っていなかったな。俺は桐生一馬という者だが、そちらの名前を教えてくれないか?」
「あ、そうだったわね。私は矢澤にこよ。それじゃあ、探しに行きましょ」
お互いの自己紹介を済ませて、二人は虎太郎の行方を探す為に行動を開始した。
虎太郎が姿を消してから数分しか経ってないが、小さい子供といえ足は意外に早く興味を持った方にズンズン行く為、探すのは思っているより困難である。
「案の定、もう影も形もないな。とりあえず、見た人がいないか聞いてみよう」
「そうね。だけど、見た人はいるのかしら?こんな人が多い街で一人の人間を気に掛けるとは思えないし…」
「そんな事はない。確かに素通りする人も多いが、この街には優しい人も大勢いる。とりあえず、近くの店の人に見てないか聞いてみるとしよう。それに見つかるまで俺も協力するから心配するな」
人が多い街で一人の人間を探す事は難しく、大抵は見ても知らん顔で通り過ぎる人がほとんどである。その事を想像して、落ち込むにこへ桐生は優しい言葉をかけた。桐生の力強い言葉はにこの心に沁み込んでいった。そんな桐生の姿を見て、まるで父親の様だとにこは感じていた。
ハッと、我に返ったにこは自分の気持ちを誤魔化すように強い口調で言葉を発した。
「ふ、ふん。そんなの当然でしょ。さあ、そうと決まったら、聞き込みにいくわよ」
「ふっ そうだな。じゃあ、行くとするか」
「…ありがとう」
「ん?どうした?早く行くぞ」
「分かってるわよ。今、行くわ」
素直になれないにこが小さく呟く。だが、その言葉は桐生には聞こえていなかった。そうとは知らず、桐生はにこの様子に首を傾げていた。
それから10分程、付近の店で虎太郎の事を聞いて回るが誰も見ていないと同じ答えが返ってくるばかりであった。その事に桐生とにこも流石に焦りを感じていた。神室町は広く人が多いだけではない、中にはよからぬ事を考える者もいる。そういう連中には虎太郎の様な子供は格好の獲物であるからだ。
「ああ どうしよう。どれだけ、聞いても皆は知らないとしか言わない。まさか、本当に誰かに連れて行かれたんじゃ‥」
「落ち着け。冷静さを欠いたら、見つかるものも見つからないぜ」
「そう言ったって、10軒も聞いて回ったのに誰も見てないのよ。それにまだあの子は小さいし、一人でいるのよ。何か、あったらどうするのよ」
桐生の言葉を聞いたにこは目に涙を浮かべて、桐生に詰め寄って不満をぶつける。にこも自分の行動が八つ当たりだと、解っているが一度溢れてしまった不満は止める事が出来なかった。
平静を装っているが、桐生も不安を感じていた。姉であるにこの不安は相当なものだろう。だが、このままで埒が明かない為、桐生はにこを宥める事にした。
「にこ、不安になる気持ちも解る。だからこそ、今は冷静にならないといけない。お前がそんな顔をしていたら、虎太郎を心配させてしまう。お前はお姉ちゃんなんだからな。さっきも言ったが、見つかるまで俺も協力する。だから心配するな」
桐生はにこの目を見つめそう言葉をかける。その言葉で落ち着きを取り戻し、にこは無言で頷いた。
だが、虎太郎の手掛かりが無いのも事実である。桐生は焦る気持ちを抑えて周りを見渡すと、一軒の焼き鳥屋が目に入った。もしかしたら、焼き鳥屋の主人が虎太郎を見ているかもしれない。藁をも掴む思いで桐生はにこを連れて、店の主人に尋ねた。
「ちょっと、いいか?少し、尋ねたい事があるんだが…」
「へい いらっしゃい! 一体、何の用です?生憎だけどね、うちはみかじめなんて払いませんよ。例え、何をされてもね」
「何か、勘違いしてる様だな。言っておくが、俺は堅気だ。用件もあんたが考えてる様な事じゃない」
「へ?…そ、そうでしたか。それは申し訳ありませんでした。それでご用件は何です?]
「ああ その事なんだが、実はこの子の弟が迷子になってしまってな。それで探しているんだ。4歳くらいの男の子を見なかったか?」
「…4歳くらいの男の子ですか?ああ、その子なら見たよ」
主人の言葉に二人は驚きの表情を見せる。その言葉を聞いたにこは主人に勢いよく掴み掛かり問い詰める。
「それはいつ見たの?弟は、虎太郎は何処へ行ったの?早くいいなさい」
「ぐ、ぐええっ く、苦しい~ 言う。言うから手を放してくれぇ」
「おい、にこ。それじゃあ、何も言えないだろう。落ち着け」
「あ… そ、そうね。ごめんなさい」
「ゲホゲホッ い、いや、大丈夫だよ。それでその子だけど、あの路地に入って行くのを見たよ。声をかけようと思った時に客が来てね。そうこうしてる間にいなくなっちまってなぁ。すまんね」
「その子を見たのは何分くらい前なの?」
「確か、5分くらい前だよ。急いで行けば、追いつける筈だよ」
「分かった。主人もありがとうな」
「いいんだよ。それなら、その子が見つかったら焼き鳥を買いに来ておくれ」
「ああ そうするぜ。主人の作る焼き鳥は美味そうだからな」
「私も虎太郎と一緒に来るわ」
お礼を言う桐生達に主人は優しい笑みを見せて、そう言った。二人も笑顔で言葉を返すとその場をあとにした。
焼き鳥屋の主人から聞いた路地へ来た二人は虎太郎の姿を探していた。その路地はビルが隣接してる為、明るくても薄暗く人気も少ない。ここを通るのはビルの関係者か人目を忍んでたむろするチンピラくらいだろう。そんな場所に子供がいるのは好ましくない。一刻も早く虎太郎を見つけるべく、二人は路地の奥へと進んで行く。
だが、大人ですら通らない様な道を子供が通るのかと‥疑問を感じたにこは不満を漏らしていた。
「薄暗い上に、不気味な道ねえ。こんな所に虎太郎はいるのかしら?もしかして、あの人が間違えたとか…」
そんなにこを見かねてなのか、桐生は静かな口調でにこへ話しかけた。
「いや、ああいう人は常に往来を見ているから、そういう事は無い筈だ」
「どうして、そう言いきれるのよ」
「にこが虎太郎をいつ見たか聞いた時、主人はしっかりと答えただろう?もし、覚えていなかったらはっきりと答える事はないからな」
「そんなので解るのね。いまいち、ピンと来ないけど…」
「うーむ これを口で説明するのは難しいな。ん?あれは…」
「どうしたのよ?何か在ったの?あ、あれは虎太郎じゃないの。そんな所にいたのね。だけど、一緒にいる人達は誰かしら?」
会話の最中、桐生は何かに気付いて驚いた表情を見せる。その様子を不思議に思ったにこが桐生の見ている方へ視線をやると、そこには探していた虎太郎の姿があった。だが、傍には知らない男4人が虎太郎を囲むように立っていた。その風体から誰が見ても、チンピラと答えるだろう。虎太郎もチンピラ達の威圧感に圧倒されて震えている。
「さあな。だが、明らかに穏やかな連中じゃない。にこ、お前は此処で待っていろ。虎太郎の事は俺に任せておけ」
「はぁ!?何言ってるのよ。そんな事出来る訳ないじゃない。虎太郎は私の大事な弟よ。私が守らないといけないのよ」
荒事になると予想して桐生はにこを巻き込まない為に待つように言い聞かせるが、にこは聞く耳を持たず飛び出していってしまった。咄嗟の事で茫然としていた桐生だったが、我に返って慌ててにこの後を追いかける。
だが、にこの足は思ったより早く、桐生が追い付く前にチンピラの元へたどり着いてしまう。
「ちょっと、あんた達!私の弟に何してるのよ。今すぐ、虎太郎の傍から離れなさい」
「ああん!?何、君ぃ~ このガキの姉なの?だったら、丁度いいや。悪いけど、慰謝料と迷惑料を払ってくれない?」
「そうそう。このガキがよ~ 俺にぶつかって来やがってな。それに俺達のたまり場に無断で立ち入るとか許せないよね。これは姉である君に責任を取ってもらわないとなぁ~ ねえ?皆もそう思うよな?」
「ふざけるんじゃないわよ。そんな事する訳ないでしょう。虎太郎 こんなバカな奴らは放っておいて、帰るわよ」
にこの言葉を聞いたチンピラ達は薄笑いを浮かべて、滅茶苦茶な事を述べる。周りもニヤニヤと笑いながら、にこを見ている。だが、にこはそんなチンピラ達に臆する事無く、無理な要求を突っぱねると虎太郎を連れて帰ろうとする。しかし、そんなにこの行動はチンピラ達を怒らせる事に一役買ってしまった。
「おいこら 待て、このクソアマァ! 人が大人しくしてりゃ、いい気になりやがって調子乗ってんじゃねえぞ」
「そうだぜぇ。それに俺達にたまり場に入った事に対する謝罪がまだだろうがよぉぉ」
「きゃあ」
一人のチンピラがそう怒鳴りつけて、にこの頬をはたいた。思いの外、強い衝撃だったのか、にこは悲鳴を上げて勢いよく地面に倒れてしまう。
自分の大好きな姉が酷い目にあわされている。それを見た虎太郎は、自分の中にこみ上げる怒りを感じていた。
虎太郎はその感情に突き動かされるまま、姉を叩いたチンピラの脛を蹴飛ばした。にこは虎太郎がした予想外の行動に驚いていた。
だが、小さい子の蹴りが大人に通用する訳はない。その行為が火に油を注ぎ、チンピラの怒りの矛先が虎太郎に向けられる。
「このクソガキャァァァ! 姉弟揃って、舐めやがってよ。そんなに痛い目見てえのかよ。だったら、その望みを叶えてやらぁぁぁ」
逆上したチンピラが拳を振り上げると、虎太郎へ振り下ろした。
そんな理不尽な暴力から守る為、にこは虎太郎を抱きしめて自身へ降りかかる痛みを堪えるべく、強く目を閉じる。だが、数十秒経っても痛みは襲ってこない。その事を不思議に感じたにこが振り返ると目に入ってきたのは、怒りに満ちた形相を浮かべた桐生と倒れているチンピラの姿だった。
「どういう事なの?い、一体何が起きたの?何故、あのチンピラが倒れてるのよ」
「全く 勝手に突っ走りやがって、間に合ったから良かったが危ない所だったぞ」
「わ、悪かったわよ。って、あんた 何してるのよ。あんな危ない奴らに手を出すなんて…あんたも危ないわよ。早く逃げて‥」
状況の変化について行けず、混乱するにこへ桐生は呆れた顔で言葉をかける。一方、殴られたチンピラやその仲間達は突然現れた桐生に戸惑うが、仲間を殴られた事に怒りを露わにして詰め寄ってくる。
「そのアマの言う通りだよ。おい おっさんよぉ~ 俺らの仲間を殴るなんて、何してくれてんの?話の答えによっちゃ骨を折る程度じゃ、済まねえぞ。おお こらぁ」
「ああ~ 痛ってぇ。いきなり、殴りやがってこのクソ野郎がぁ。答えなんざ、聞く気はねえよ。こちとら、ブチキレてるんだよ。今更、誤っても許さねえ、三人纏めて病院送りにしてやるよ。相手が女だろうが、ガキだろうが容赦しねえぜ。覚悟しろや」
「ピーチクパーチクとうるさい連中だな。それに許さねえと言ったが、許さないのは俺も同じだ。子供や女に手を出す奴を見逃すつもりはねえ」
物騒なチンピラの言葉を聞いて、振り向いた桐生は鋭い目でチンピラを睨み付け相手を一喝する。その眼光と迫力にチンピラは怖気づくが相手は一人、いざとなれば全員でかかればいい… チンピラはそう自分に言い聞かせて桐生に殴りかかった。
にこは桐生に向かって、『危ない。逃げて』と叫ぶが桐生は微動だにしない。チンピラの拳が桐生の顔に当たると思われた時、桐生は半身を逸らして交わすと同時にチンピラの腹へ膝蹴りを食らわせる。
予想外の反撃をもろに受け、体がくの字に折れたチンピラのうなじに容赦ない肘鉄の一撃が振り下ろされ、チンピラの体は糸が切れたかの様に崩れ落ちた。
「てめえ よくもやりやがった。調子乗ってんじゃねえぞ」
それを見ていた仲間の一人がいきり立って殴りかかってくるが、さっきと同じく拳を交わすと相手の腕を掴んで倒れてるチンピラに向かって勢いよく投げ飛ばし、あっさりと撃退してしまう。
そして、桐生は残っているチンピラ達を睨み、「お前たちはかかってこないのか?」と挑発するがチンピラ達は完全に怖気づいている。どうやら、先程倒した二人は自分達より強いのだろう。それがあっさりと倒す相手に敵う訳が無いと悟ったようだ。
無論、桐生自身も戦意の無い相手を痛め付けるつもりは無い。深い息を吐き、昂った気持ちを落ち着かせると静かな口調でチンピラ達に一言だけ告げる。
「このまま引き下がるなら、何もしない。解ったら、倒れてる奴を連れてとっとと失せろ」
「は、はい 解りました。どうもすみませんでした」
チンピラ達は渡りに船と素直に桐生の言葉を受け入れて、倒れた仲間を抱えるとそそくさと退散していった。
その姿が見えなくなると、桐生はにこと虎太郎の元へと近づき心配して言葉をかけた。
「何とか、一件落着だな。にこ、お前も大丈夫か?そいえば、顔を殴られてたな。まあ、腫れてはいないようだが」
「こ、来ないでよ。あんた、一体何者なのよ。さっきの動きだって、普通じゃない。明らかに慣れてる様だったし、私たちをどうするつもり?」
そんな桐生に対して警戒心を抱き、にこは虎太郎を抱き寄せて睨み付ける。当たり前だが、ああいった荒事に慣れてないにこが自分を警戒するのは当然の事である。その事について、どう説明したらいいかと桐生は頭を悩ませた。
「助けて貰った事は感謝してる。だけど、暴力を振るう人にこれ以上、関わりたくないの。あ、虎太郎!?何処へ行くのよ」
だが、虎太郎はにこの腕を振り解き桐生の元へ駆け寄って行く。自分をじっと見上げる虎太郎に桐生は首を傾げて尋ねた。
「…どうした?虎太郎。言いたい事があるなら、言ってくれないと解らないぞ」
「ぼくよわい~ ぼくは…どうしたらつよくなれる~?」
「その前に聞かせてくれ。どうして、強くなりたいと思ったんだ?」
強くなりたい。そんな気持ちを虎太郎は俯き、ポツリと呟いた。そんな虎太郎に思う事があるのか、桐生は質問に答えずに何故、強くなりたいのかと聞き返す。
虎太郎は俯いていた顔を上げて、桐生の目を見てしっかりと自分の気持ちを答えた。
「さっき、おねえちゃんひどいことをされてた~ ぼく、おねえちゃんをまもろうとしたけど…まもれなかった~ぼくがよわいから…だからきりゅうのおにいさん ぼくをつよくして~」
「・・・・・」
「虎太郎…」
虎太郎の気持ちを桐生とにこは静かに聞いていた。そして、重い空気の中…桐生は答えを出した。
「…虎太郎 残念だが、俺はお前を強くする事は出来ない」
「どうして~? ぼくがよわいからなの~? だか‥らつよくなれないの~」
桐生の返事を聞いて、目に涙を溜めて虎太郎は震えた声で言葉を吐く。にこも悲しげな顔で虎太郎を見つめていた。
「それは違うぜ 虎太郎。俺がお前を強く出来ないのは、お前が既に強いからだ」
「え?」
「は?あんた何を言って…」
桐生が発した言葉は意外なものであり、二人は目を丸くする。桐生は虎太郎の前で屈むと目を合わせ、言葉を続ける。
「虎太郎 お前はお姉ちゃんを守りたいから強くなりたいと言ったな。だがな、お前はお姉ちゃんが叩かれた時、あいつらに立ち向かったじゃないか。それは強くないと出来ない事なんだ」
「?…どういうこと~?でも、ぼくあいつらにかてないよ~」
「確かに虎太郎はあいつらに勝てなかったかもしれない。だけどな、自分より大きい相手に立ち向かう事は誰でも出来る事じゃない。お前はそれが出来る。それは何よりも勇気があるからなんだ」
「ゆうき~?」
「そう 勇気だ。これが無い人はどんなに鍛えても強くは慣れない。そんな奴が鍛えてもあいつらみたいに誰かを傷つける事しか出来ないんだ。虎太郎はそうなりたくはないだろ?」
桐生の言葉を聞いて、虎太郎は力強く頷いた。二人のやり取りを見ていたにこが虎太郎を優しく抱きしめると虎太郎は嬉しそうな表情を見せた。
そんな二人を穏やかに見つめる中、桐生が昔に由美を泣かせた上級生へ仕返しをした夜に園長から言われた事を思い出していた。
「一馬 彰 お前たちはどうして、仕返しなんてしたんだ?」
「あいつが由美を泣かせたからだ。そんなの決まってるだろ」
「そうだ。悪いのは由美を泣かせたあいつじゃないか。何で、俺達が悪い事になるんだよ」
理由を尋ねられた桐生と錦は揃って、泣かせた上級生が悪いと答えた。そんな二人に園長は眉間に皺を寄せて、一喝する。
「馬鹿者!! いくら相手が悪いとはいえ、暴力を振るっては意味がないんだ。それをしてしまっては、泣く程悔しい想いをして耐えた由美の行動が無駄になってしまう。それ所か、悪くない由美までも悪いとみられてしまうんだぞ。いいか?どんな時でも安易に相手を傷つける事はしてはならん。むしろ、何を言われても耐えた由美の勇気を見習いなさい。勇気が無い強さ等、誰かを傷つけるだけで無意味なのだから」
あの時、まだ幼い自分は言葉の意味が解らなかった。
だけど、今は解る。そして、それを教えるべき者に伝える事が出来た。
今はまだ、幼い虎太郎は言葉の意味が解らないだろう。だけど、いつかはそれを知る時が来る。その時は自分と同じようにその事を誰かに教えていくと信じていた。
「そうだ。虎太郎も見つかった事だし、さっきの焼き鳥屋に行きましょうよ。も、勿論 桐生さんも一緒に…助けてくれたお礼もしたいからね」
「やきとり~ ぼくもたべたい~」
「ふっ そうだな。見つかったら寄ると言ったし、行くとするか」
不思議な縁で出会った三人のドタバタ騒動はこうして幕を閉じた。そんな三人の姿を夕日が照らしている。
その三人が立ち去った後、一人の男が路地の奥から歩いて来た。その男は蛇柄のジャケットを着用し、眼帯を付けて異様な雰囲気を醸し出している。
「はぁ~ 近道といえ、この道を通るのは憂鬱やのう。太陽も当たらんから寒くて敵わんで。ハ、ハックション」
龍を背負う男がいた場所に遅れて般若を背負う男も現れた。
それはちょっとした天の悪戯なのか。この日 二人が出会う事は無かった。
サブストーリー008 強さに必要なもの 完
桐生「一時はどうなるかと思ったが、虎太郎が無事で良かった。それに大事な事も伝える事も出来たな」
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