遊戯絶唱シンフォギアG~歌の苦手な決闘者系オリ主黙示録~ 作:特撮仮面
学園祭。それは彼にとって驚きの連続であった。
本当にアニメや漫画に出てくるような学園祭のように、模擬店舗と呼ばれるものが並び、部活動毎の出し物や、クラスによる出し物が沢山あった。
内容は、地域の歴史やリディアンの歴史などの真面目なものから、占い、漫才研究会とやらの漫才など、よくわからないものまであった。
彼が一番気に入ったのは、三年生の焼きそばの屋台と写真部の展示販売だ。焼きそば屋の屋台に関しては、最早いうことはない。さっと炒め食感を残した野菜に、しっかりと麺に絡んだソース。少し濃い目のソースを使用しているらしく、少々辛目の味だったため米が欲しくなる――そこで、焼きそばにおにぎりを付けるという素晴らしい配慮。採算が取れているかちょっと不安になったが、あの屋台は良いものだった。
ちなみに、彼らは行く先来る先で学生たちに衝撃を与え続けていた。例えば――
「どうしたんですか、難しい顔をして?」
「この焼きそば――良いソースを使っている」
「ほら、アトラス。ソースがはねているぞ」
「あ、わりぃ翼」
などと言うやりとりで、風鳴翼が男の口元を拭っているという衝撃的な場面があったり、
「これ、この紙に番号書いたら購入できるのか?」
「はい――って、え?」
「とりあえずこれで」
「えーっと……これ、全部ですか?」
「ああ、全部」
響、未来、翼、クリス。四人が微かにでも映っている写真を含めて、写真購入の用紙十枚以上を写真部に提出して写真部部員たちを困惑させたり。
ちなみに枚数にして百枚ちょっととなっていた写真購入だが、四人の説得によってなんとか五十枚前後に収まった。学校生活という、自分の見たことのない彼女たちの姿を出来るだけ思い出として取っておきたかった遊吾は物凄く不満気だったが、幾らなんでも学園祭の展示販売で万単位でお金を出す男というのは変態とか危ない人とかそんなランクを遥かに通り越して、ヤバい。だが、彼の思いも尤もなのでお互いに妥協して五十枚前後ですませることとなった。
クリスや翼はそれこそ一人一、二枚で良いだろうという考えだったのだが、何だかんだ遊吾に甘い響と未来が見事に彼に説得されてしまったために五十枚となってしまった。
この時、彼の相手をしていたカウンター係の写真部部員は後にこう語る。
「夫婦喧嘩は犬でも食わない、などとはよく言ったモノですよね…」
尚、遊吾・アトラスが私立リディアン音楽院高等科に来たのは今回が初めてなのだが、彼を取り巻く面子の濃さによって彼の情報は瞬く間に私立リディアン高等科の学生たちに伝わり、学園祭でハーレムを築く男と言う何とも言えない呼び名が浸透したりするのだが、それはまた別の話だ。
「よし。これでめぼしいものは一通りまわったか」
「んー、そうですねぇ…。どうします? もう一周します?」
「あー、どうすっか」
「…まさか、本当に全部の出し物をまわるとは思っていなかったぞ」
「子守りは疲れるぜ、まったく」
「ふふ、ご苦労さまです」
校舎裏の廊下を歩く六人。先頭で頭を突き合せて、たくさんのチェックの入ったパンフレットを眺めつつこれからの予定を考える遊吾と響。
そして、そんなまだまだ楽しむ気でいる暴走超特急たちの体力にほんの少しだが疲れを見せる翼と、全体的に二人に振り回されながらもそれを楽しんでいるクリス。そんな皆の様子を見て、最近様子がおかしかったりいなくなったりしていた皆が笑顔で日常を楽しんでいることにほっと息を吐く未来。
そんな集団を、遠くから眺める影があった。
「あ、あわわわ。遊吾が女に囲まれてるデース!?」
「あれが、世に言うハーレム…」
切歌と調。休暇と言う名の任務を言い渡されていた二人は、彼と一緒に日本に飛び立ったのだが、彼はなにやら用事があるとかで彼女たちとは別行動をしていたのである。
そして、再開したかと思えばこれだ。六人の様子に思わず近くにあった木の後ろに隠れて様子を伺う二人。
「どうするデスか!? あれ、結構面倒くさいことになってるデスよ!?」
「ペンダント奪取は難しい。だから――」
敵戦力の偵察に移行する。
調がドヤ顔で提案するが、その瞳からその言葉の意味が良く分かる。
「…調」
「なに? 切ちゃん」
「それ、出歯亀とか、ストーキングって意味デスよね?」
「…違う、これは立派な敵情視察。女性と関わることが苦手な遊吾が、どうやって二課の装者を落としたのか、そのテクニックを観察する」
「いや、提案している名前と内容が明らかにかけ離れてるデスよ!?」
好奇心と、彼を弄るネタが増えると雄弁に語る輝く瞳。駄目だこいつ、早く何とかしないと――ッ!! 調が日本のサスペンスドラマのように陰から彼らを観察している、そのうきうき加減に思わず額に手を当てつつ、まあ確かに彼女たちがどのような生活をしているのか知るのも、今後の戦闘で役に立つかもしれないと無理矢理自分を納得させて、自分もこっそりと彼らを伺う。
現在の彼らは、次に何処へ向かうか決めかねているらしい――と、そんな彼らに向かって駆け寄る影が三つ。
「あ、居た!! 雪音さん!!」
「げぇ!?」
三人の姿を見て、女性あるまじき声を上げるクリス。彼女は急いでその場を離れようとする――が、そんな彼女の前に壁が立ちふさがった。
「カバディ!」
「邪魔だ退け!!」
遊吾・アトラス。両手を広げ、彼女の進行を防ごうとする彼の脇を全力ですり抜けようとするクリス。だが、そんな彼女の目の前に新たな壁。急ブレーキをかけて慌てて後ろ跳び。
彼の背中から現れたのは、響。
「よし、ビッキー! このまま三人でストリーム・アタックを仕掛ける!!」
「ラジャー!」
ジリジリと近づいてくる遊吾と響。
クリスは焦る。このまま後退してしまえば、クラスメイトと嫌でも話さなければならなくなる。というか、アレに出場しなければならなくなる!! それだけは絶対に避けなければならない。
だが、近接戦闘随一の響に、謎身体能力で風鳴司令とも殴り合える遊吾。この二人のコンビがそう易々と自分を取り逃がしてくれるはずが無い。
それに、と彼女は二人の動きを観察する。大柄な遊吾を一番前にすることで、小柄な響の姿が隠れる。更に、コートなどにより存在感が物凄い遊吾が前に居ることで、響がどのような動きをするか全く予想がつかない。
先程のように脇を抜けようとすれば、どうあがいてもどちらかに捕まってしまう。だからといって後退することは出来ないし、横に逃げようものなら包囲されてしまうだろう。
考えろ、雪音クリス!! 今、この絶望的な状況を打破する策を――ッ!!
周囲を確認する。
後方には、クラスメイト三人と、翼。前方には、遊吾と響。後方に逃げることは出来ないし、だからといって前、横方向は二人によって突破は困難。
どうする? どうすれば――じりじりと距離が縮まる。このままでは捕まるのも時間の問題だ――遊吾が動いた。動物には必ず存在するはずの、初動の遅さを全く感じさせない加速。クリスに迫る両腕。考えろ、どうすればこの状況を打破することが――。
彼女の脳裏に稲妻が奔る。このシーン、この状況、どこかで見たことがある――ッ!!
彼女の記憶が走馬灯のようによみがえる。そうだ。これはおっさんの戦術マニュアルの一つ。近接戦闘時の火力を底上げするために参考にしたロボットアニメのワンシーン!!
前後左右。四方向のみで考えたのがいけないのだ。四方向でダメなら、五つ目の選択肢を作ってしまえばいい!!
視界が白黒に染まる。ゆっくりとスローモーション映像のように迫る遊吾。クリスは迷うことなく両足に力を込めて――跳躍した。
「俺を踏み台にしたぁ!?」
遊吾が声を上げる。まさかの攻略。遊吾の背中を蹴って更に跳躍しようとするクリスを見て、響が慌てて跳びかかる。が、それよりもクリスの方が速い!
「このぉおおお!!」
「ちょっせぇ!!」
響の腕が触れる――寸前、彼女が身体を回転させ見事にそれを避ける。空中回転から見事に着地。これは決まった!! クリスが思わず内心でガッツポーズをとる。
「ははは!! じゃあな馬鹿二代!!」
勝った! 第二部完!! 振り向いて突破した二人を指さして勝ち誇るクリス。
だが、クリスの方を見る遊吾と響の表情は――笑顔。何故だ? 驚愕の表情や、悔しがった表情をしていても良いだろうに、彼女たちはまるでこうなることを見越していたかのように笑っている。
何故だ? クリスが思わず眉をひそめる。
「希望を与えられ、それを奪われる。その時人は最も美しい表情をする――!!」
遊吾の顔が歪む。彼迫真の顔芸。愉悦! と言わんばかりの表情に、彼女の脳裏で警鐘がかき鳴らされる。
何故彼はこんなことを言った。希望を与えられる――つまり、現在の自分が逃走出来るという希望を抱いているということだ。では、それを奪われるとはどういう意味か。
そこで彼女は気づいた。今、この場に居るのは何人だ?
クラスメイトの三人を除けば――翼、響、遊吾。自分たちは元々翼、響、遊吾、未来の三人で動いていたはずだ。そこで彼女は気づいた。
未来は何処だ? 何処に行った?
同時に彼女の横から衝撃。柔らかい感触と共に、楽しそうな声。
「クリス確保!」
「流石未来!!」
「作戦勝ちだな!!」
いえーいと手を挙げて喜ぶ三人。なるほど、さっき三人で仕掛けるなどと言っていたのはこのことか。
次は無いからな! と本気で悔しがっているらしいクリス。
「え、ええっと…」
「ああ、すまないな。クラスとは大違いだろう?」
「は、はい。あんなにアグレッシブというか、感情を出してる雪音さん、初めてみました」
世界を平和にする歌姫が、今ではクラスメイトから逃走しようとするヘタレちゃん。随分と差がついてしまいました。悔しいでしょうねぇ? テメェ!! おやおや、暴力はいけませんよ? ぐぬぬぬ…。
そんなやりとりを見て苦笑する翼。クラスメイトの少女たちは、バーカバーカと今時子供でもやらないような喧嘩を始めたクリスと遊吾の姿を見て、ああ、やっぱりそうなんだと何となく察した。
時季外れの転校生。しかも銀髪美少女となれば、男子校ではないリディアンでも話題になるのは当然だった。だが、クラスでの彼女はいつも不機嫌そうな表情を浮かべており、また誰かに話しかけられても睨み付けるような視線と、不愛想な返事をしてしまうせいで自然と人が離れていった。
そんなコミュニケーション能力が低めで牽制されがちなクリスであったものの、クラスメイトは皆彼女と共に生活していく中で少しずつ彼女の性格を把握し、また彼女の魅力にはまりだしていった。
例えば、何かと不愛想なクリスであるが結構可愛いモノ好きらしく、いつも鞄に取り付けられた白いウサギのストラップを眺めてはニヤニヤと口元を緩め、しかもそれをクラスメイトにバレないように一々周囲を確認して表情を改めつつ、暫くするとニヤニヤしだすの繰り返し。
普段はムスッとした表情なのだが、音楽の授業――特に合唱の授業になるとクラスの誰よりも上手く、楽しそうに歌うのだ。この時ばかりはムスッとした表情から一転。まるで初めての絵本を読む童子のように歌詞カードを開き、それはもう心の底から楽しんでいると言わんばかりに表情を輝かせて歌うのだ。
この、平常時と音楽の授業のクリスの落差が、クラスメイトのハートを射止めた。
クラス内部では既に雪音クリスを見守る会が発足し、クラス内での彼女の行動は逐一クラスメイト達に観察されており、彼女の行動は全て構成員たちの心をより高みへとランクアップさせる。何というか、野良猫を拾ってきた感じと言えばいいのだろうか。兎に角雪音クリスと言う少女は、本人の知らぬ間にクラスのマスコットキャラクターとしての地位を確立し、クラスのアイドルになってしまっていたのである。
「あれが、ゆうご、なんですね」
「アトラスを知っているのか?」
ポニーテールのクラスメイトの呟きに、翼が驚いて尋ねる。
遊吾・アトラスはこの学校となんの関わりも無い筈だ。それに、クリスの性格からして彼のことを好き好んで話すわけでも無いだろう。
「えっと、雪音さんって時々空眺めたり、机に伏せて寝てるときにゆうごって呟いてたから…」
「なるほど…」
「まさか、あの雪音さんが男の人と知り合いだったなんてねー」
だが、これで彼女の行動も納得がいく。
あのウサギのストラップは恐らく彼から譲ってもらった物なのだろう。そして、彼女にとって彼は気の置ける存在。人間誰しも機嫌が良い日と悪い日があるが、クリスの場合ブレ幅が大きい。機嫌の悪い日はずっとムスッとしているが、機嫌が良い日は基本的にクラスメイトに質問されれば返答してくれる。
返答する日は大体、彼だのあの馬鹿だのと言った単語が出てくることから、恐らくああやってあの遊吾・アトラスと言う男性とスキンシップをとった日は特に機嫌がいいということ。
これは、後で尋問ですね…。うふふ、と眼鏡を光らせるクラスメイトに、皆思わず表情を引きつらせる。
「さてっと、お疲れ様です巡査ぁ! エロリストを連れてきましたぁ!」
「誰がエロリストだッ!!」
「おぐぅぉぉぉ……」
クリスの手をとってクラスメイト達の前まで連れてきた遊吾だったが、不用心な発言によってクリスに思い切り足を踏みつけられた。突き刺さる踵。ヒールは、あかん…。悲鳴すらあげることができず、苦悶の表情をしながら崩れ落ちる遊吾。
現在のクリスの靴は、西洋人形が履いているような、可愛らしいブーツ。靴底が厚く、ピンヒールほどではないがヒールがあるタイプのものであり、そのヒールが彼の足の甲に突き刺さったのだ。めり込み方からして結構本気で足を振り下ろしたのだろう。若干涙を流しながら悶え苦しむ遊吾にため息を吐きながら、クリスはクラスメイトと向き合った。
「で、ええっと…」
「雪音さん! よかったら勝ち抜きステージで歌ってくれませんか!!」
勝ち抜きステージ。現在講堂で行われているイベントの一つで、生徒や一般人まで参加できるカラオケ大会のようなものである。ここでチャンピオンになることが出来た人には、願い事を叶える、豪華賞品がもらえるなど様々な特典があるらしい。
「どうしてあたしが出なきゃいけないんだよ…」
だが、クリスはそんなものには全く興味が無い。態々出る必要なんて無いし、そんな特別親しくもないようなクラスメイトに言われて出る意味もない。
思わず冷たくつっぱねるクリスに、クラスメイトの一人が言った。
「その、雪音さんってとても楽しそうに歌うから――」
彼女が大好きな歌。だが、同時にシンフォギアの装者である以上は戦うための歌。
日常という、今までの自分とは全く縁の無かった世界。ソロモンの杖を起動させたこと、町でノイズを暴れさせたこと、彼女が直接的な原因ではないとはいえ、間接的にそれら日常を脅かす事件に関与していたからこそ感じる疎外感。自分は彼女たちとは違うのだという、ある種の劣等感に似た感情。
だが、彼女たちはそんな自分をしっかりと前から見つめ、歌ってほしいと言ったのだ。
胸元で手を重ねる。苦しい。胸が熱くなる。だが、それは決して苦悶ではない、喜び。
しかし、素直でない自分の口はその感情を声に出すことができない。思わずまた冷たい言葉を放ちそうになり――
「なあ、その勝ち抜きステージってのはどこでやってるんだ?」
「うひゃあ!?」
浮遊感と同時に、柔らかくも堅い感触。
横抱き、俗に言うお姫様だっこだ。大概素直ではない彼女にしびれを切らした遊吾が彼女を抱き上げたのだ。
「ばっ、ば、お、おまぁ!」
「ったく、お前は素直じゃねえんだから歌って伝えろ」
顔を真っ赤にして狼狽えるクリスに、歌は人間の相互理解の第一歩なんだぞと遊吾が笑う。
彼の行動に度肝を抜かれたクラスメイトの三人であったが、借りてきた猫のように顔を真っ赤にして縮こまるクリスの様子から勝ち抜きステージに出ることは吝かではないようだと判断。こっちですと二人を案内する。
「相変わらず強引ですねー」
「まあ、それが良いところなんだけどね?」
「…今回はどうなんだか…まあ良い。私たちも行こう」
こうして、雪音クリスの勝ち抜きステージ参戦が決定したのであった。
※※※※※※※※
勝ち抜きステージ。舞台の上に立つ――天使。
雪音クリスが歌う。緊張でガチガチの身体。だが、それは次第にリズムをとりはじめ全身が動き出す。
教室モノクローム。彼女の日常に対する想い、その全てを込めた歌。私立リディアン音楽院高等科二年、雪音クリスの歌。
一人孤独に戦場で戦ってきた、日常に馴染めない自分。だが、そんな彼女の目の前に現れた、大人たち、先輩、一直線の馬鹿、はじめての友達、そして――ヘンテコな異世界人。
皆に出会って、世界が変わった。そして今、自分は新しい世界へ踏み出そうとしている。
ステージ袖で彼女を応援するクラスメイト。こっちは名前も覚えていないのに、突き放すような言葉しか話していないのに、それでも自分を信じてくれた、友達。
万感の想いを込めて、彼女が歌う。
スポットライトの光を浴びた彼女を、どう表現すれば良いのだろうか? 天使? 女神? いや、そんなちゃちな表現ではない。もっと輝いているものだ。言葉で言い表すことなどできない。そんな――
雪音クリス。
ステージに、歌に、頬を染め、魂から歌い上げる。そこには雪音クリスという少女がいた。
歌が終わる。しん、と静まり返る会場。
爆発の前には一瞬音が止むというが、正にその通りだった。
爆発。拍手と歓声が轟ぎ渡る。
「勝ち抜きステージ新チャンピオン誕生!!」
え? え? と困惑するクリスをよそに、司会の少女が吠えた。
わあ! 沸き立つ会場。
「……………ねえ、遊吾さん」
「…………………なんだ? 響」
瞳を揺らす響と、どこから取り出したのか、Dゲイザーの録画モードを使用しながら、天を仰ぐ遊吾。目元を抑えているのは溢れんばかりの涙を堪えているからだ。
「みぐぅううう!!」
「はいはい。クリスちゃん、すごかったね」
「うん、うん!!」
涙腺崩壊。感動で未来に泣きつく響。
「大丈夫か? アトラス」
「ああ。…クリスの親父さん、お袋さん、見てますか? 彼女はここまで成長しましたよ……」
「なんか悟ってる!? しっかりしろアトラス!? 両親に後を任され、子供たちの成長を見ながら逝く老人のようなことになってるぞ!?」
気を保つんだ!! がくがくと揺さぶられ、なんとか正気を取り戻す遊吾。だが、彼の胸に宿った感情は彼が今まで感じたことがないもので、思わずもてあましてしまう。
「何だろう、その……えーっとだなぁ……」
言葉にできない感情。それを察した翼は、ふふ、と微笑む。
「ならば、それを歌にしたらどうだ?」
「歌?」
「ああ。私たちは胸の歌を力に変える。アトラスもやってみたらどうだ」
「いや、俺歌苦手だから良いさ…」
しかもあの歌の後だしなぁ…。苦笑する遊吾。
「さあ、次なる挑戦者は居ませんかぁ! 飛び入り参加も良いですよ!!」
司会の言葉に、三つの手が上がる。
一つは響のもの、二つは――切歌と調のものだ。
「って切歌と調!?」
「チャンピオンに――」
「挑戦デース」
啖呵を切る二人。たいして、響は大きく息を吸って――
「私は歌いません!」
『えええ!?』
ならなんで立候補したんだよ!? 会場中が内心のツッコミでざわつく中、彼女は掲げていた腕をピッと横に伸ばし指を指す。
彼女が指差した方向に居るのは――遊吾。
「って、え?」
「ここにいる、遊吾・アトラスが歌います!!」
「ちょっ!? ちょっと待てよ!? マジでいってんのか!?」
「マジです!」
「大マジか!?」
「大マジです!!」
まさかの他者推薦。だが、そこら辺は特に制約もないので問題はなかった。
あえて問題があるとすれば、推薦された遊吾があまり歌が好きじゃないと言う点である。いや、歌が好きではないと言うのは語弊があるか。
「俺が歌苦手なの知ってるだろ…」
「ふっふっふ、私は知ってますよ? 翼さんと奏さんと歌の練習したり、クリスちゃんと歌ってるってこと…ッ!」
妬ま――羨ましい! もはやあまり意味が変わっていないことを力強く言い切る響。
「なるほど、遊吾が歌うデスか…」
「未知数。マリアが結構上手いと言っていた…」
「二人ともハードル上げていくなおい!?」
なにやらわくわくしている二人組にツッコミをいれる――と、そんな彼の肩を叩く存在。誰だ? 振り返るとそこにはにっこり笑顔の翼の姿。
「私との特訓の日々を思い出せ、アトラス」
「マジっすか」
「大丈夫。遊吾さんなら下手でも問題ないです!」
「未来はさらりと酷いこと言うな!?」
「おいテメェ、まさかあたしにあれだけ偉そうに言っておいて、自分の番になったらやだとか言わねえよなぁ?」
「援護射撃をするんじゃないクリスティーヌ!! お前根に持ってやがんな!?」
遊吾・アトラス完全包囲網である。
壇上からの援護射撃に、翼との特訓。トップアーティスト風鳴翼の知り合いかつ一緒に歌う仲と聞いてざわつく会場。どうやらもう逃げられない段階らしい。
仕方がない。腹を括ろう。
後で皆には御褒美でも良いから何かしてもらわないと割りに合わねえぞこんちくしょうと額に手を当てながらもステージに向かう遊吾。
「さて、何やら色々面白そうな人物が歌うようです! …ところで、何を歌うんですか?」
「あー……自前の曲ってありですか?」
コートの中からプレイヤーを出して聞く。
別に構いませんよ。笑顔で答える司会者に、プレイヤーと曲名を言い渡す遊吾。
係りの生徒が走っていくのを横目に、彼は改めてステージ上から観客席を見る。
全席埋まった講堂。光の関係でどこに誰がいるとか全くわからないが、圧巻と言うものである。これだけの観客を相手にするのは、元居た世界以来だろうか?
大きく深呼吸をする遊吾。天高く腕を突き上げ、宣言した。
「プリンスは一人、この俺だ! 二歩先を行く決闘を見せてやろう!!」
何いってんだあいつ。観客が突然の言葉に言葉を失う中、彼を知る響たちは驚いた。
彼がそれを言うということは、最早この場は彼にとって決闘の場。つまり、本気だ。今の彼にできる全てを用いて――チャンピオンの座を獲りに来る。
「おおっと、何の儀式だろうか? 期待が高まります!」
基礎基本を思いだそう。彼は奏や翼に聞いた、歌うコツを思い出す。
特に、奏の言葉、そして先の翼の言葉とクリスの姿。それが今彼が目指す歌だ。
腹の、魂の底から声を出す。それで、それだけで良いと彼女は言った。
そうだ。自信を持て。貴方の歌が好き。そう言ってくれたのは、日本が誇るトップアーティストの風鳴翼と天羽奏、そしてアメリカのトップアーティストであるマリア。
彼女たちのお墨付きなんだ。何を恐れる必要がある? それに――
「さあ、歌っていただきましょう!」
彼女達が見ている前で、格好悪いところなんて見せるわけにはいかないじゃないか!
そして、前奏が始まった。
「遊吾さん、大丈夫かな…」
「なんだ立花、今さら不安なのか?」
「えっと、はい」
遊吾さん、カラオケとか行きたがらなかったから。基本娯楽に関して関わらないと言う選択肢を取らない遊吾だが、カラオケだけは拒否していた。
「そうなのか? 一度二課のカラオケマシーンってーの動かしたときは歌ってたけどな」
クリスが笑う。結構音を外してたりしてたぞ、と。
遊吾・アトラスは歌が苦手。それはどうやら本当らしい。だが、風鳴翼はニヤリと笑う。
「果たしてそうかな?」
「え? それって――」
どういう意味ですか? 響が翼に尋ねようとして――音が彼女に叩き付けられた。
驚きと共にステージを見る。そこに居るのは遊吾。普段では見られない真剣な表情。
その姿が先程のクリスと被る。コートを翻し、全身全霊全てを賭けて歌い抜く、その姿勢、歌に籠った熱量は正に絶唱。
歌と共に叩き付けられるのは、純粋な彼の想い。目が離せない、離させない。
揺れる講堂。余裕が出てきたのだろうか、真剣そのものだった表情は、心の底から楽しんでいると言わんばかりの笑顔に変わり、観客に向けて手を掲げると言ったライブのようなことまでやってのける。
遊吾・アトラス。プロアマとはいえ、決闘者として観客の前に立つことも多かった遊吾。つまり、この勝ち抜きステージにおいてほぼ唯一の客の前で何かをすると言う経験を持ったプロなのだ。
その経験が今の状態を生み出していた。
曲が終わる。
大喝采。クリスの時に負けず劣らずの大歓声である。
「遊吾さん、凄い…」
「そうだろう」
まるで己のことのように胸を張って喜ぶ翼。
遊吾・アトラスは歌が苦手なだけであって、下手なわけではない。これは奏、翼両方の認識だ。
ハーモニカなどが異常に上手いこともあってか、音程の取り方はピカイチ。だが、彼にはいくつか欠点があった。
それが、彼の声質の関係上、打ち込みの電子音との噛み合わせが悪かったり、ノイズとして生活していた時期があったことで、音楽をレベルやフォニックゲインで捉えてしまい、そのせいで上手く歌えないこと。そして、歌を知らないタイプだと言うことだ。
サテライトに音楽と言う文化は勿論あったが、彼には無縁の産物であり、そのせいで歌うと言うことに抵抗があったのだ。
歌と言うものはどうしても他者に評価されることであるし、何より、絶対に音をはずしてはいけない、あまり音痴であるのも…。未知の物に対する抵抗など、無意識の抵抗が彼の本来のポテンシャルを落とし、苦手意識を持たせていたのだ。
だが、その抵抗さえ外してしまえば彼の元々持っている性質と凄まじい噛み合わせを起こし、結果を生みだすのだ。
奏は言った。
彼は、常人とは違う形で音を捉えるある種の才能を持っているのだ。これを延ばしていけば面白いことになる、と。
現に、雪音クリスの歌の影響もあり、彼の歌は面白いことを起こした。
「す、凄まじい歌でした。ええと、それでは判定――」
「…マジか? 分かった、すぐに戻る」
壇上で彼が携帯端末でなにか連絡を受け取ると、結果も受けずにさっさと降りていく。
「あ、ちょっと!?」
「申し訳無い! 緊急の用件が入っちまったんだ!」
ほんとごめんなさい! 片手をあげて走り出す遊吾。
突然の事態に会場がざわめく。と、翼が動いた。
「あの二人もいない」
「…分かりました」
切歌と調の二人もすでに会場から姿を消していた。となると、やはり遊吾とあの二人にはなにか関係があると見て間違いはない。
マリア・カデンツァヴナ・イヴ、暁切歌、月読調、そして、遊吾・アトラス。この四人の関係を聞き出すべく二課装者三人も行動を開始するのであった。
嘘次回予告(昭和の特撮風に)
ドクターウェルのはった巧妙な罠によって、ネフィリムが驚異の力を発揮する!危うし、響。頑張れ、僕らの立花響!
立花響死す。デュエルスタンバイ!!