遊戯絶唱シンフォギアG~歌の苦手な決闘者系オリ主黙示録~   作:特撮仮面

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彼女たちと彼

 状況は限り無く最悪だった。フィーネとの戦闘だって、初めての戦闘の時だってこんなことは思わなかった。それほどまでに凶悪で、醜悪。

 

 巨竜が吠える。醜く歪んだ顔と、剥き出しの牙、無数の眼。

 

 メサイアと呼ばれる謎の聖遺物とネフィリムが融合した姿だ。そして、その力は想像を絶するものであった。

 

 

「くそっ!? また増えやがったぞ!?」

 

 

 ガトリングを乱射しながらクリスが叫ぶ。

 

 まるでアメーバが増殖するかのようにネフィリムの身体から黒い塊が離れ、同じような形状のトークンが生成される。

 

 しかも、ただ増えるだけではない。分離した本体であるネフィリムと同等の能力を持った状態で分離しているのだ。簡単な話、ネフィリムが二体に増えたと言っていい。

 

 

『これが救世竜の力――素晴らしィ』

 

 

 無線越しにウェル博士が恍惚の表情を浮かべ呟く。

 

 それほどにまでネフィリムは――救世竜ネフィリムは凄まじい力を有していた。

 

 

「くぅッ、ならもう一回トライバーストでッ!!」

「止めろ立花ッ!! どれだけやってもこちらが消耗するだけだッ!!」

「で、でも――うわぁ!?」

「くっ、ハアッ!!」

 

 

 閃光。ネフィリムトークンより放たれた光線が響たちを襲う。

 

 幸い、狙いが甘かったお陰で被害はないが、爆風によって響と翼の身体は打ち上げられた。

 

 上空で体勢を立て直し、回転を利用して翼が斬撃を放つ。

 

 蒼ノ一閃。数多の敵を切り裂いてきた稲妻の剣、だがそれはネフィリムトークンの表面に小さな焦げ目を作るだけで全く傷を与えられていない。

 

 

「やはり駄目かッ!?」

『無駄無駄ァ。さっき言わなかったっけ? 僕のネフィリムは君達全員の力を吸収してるんだって』

 

 

 救世竜ネフィリム。ネフィリム本来の力である聖遺物の補食能力が強化され、場に存在する者の力を全て吸収し、それを己の力にする。そのうえ、その時持っているステータスを全てコピーした分身、トークンを産み出すのだ。

 

 現在ネフィリムと戦っている装者は八人。つまり、こちらは常に八人分の力と戦わなければならないのだ。

 

 とは言え、戦う方法は存在する。

 

 

「ォオオオオッッ!!」

 

 

 雄叫びと共にフォニックゲインが爆発的に増幅され、肥大化した刃が文字通りネフィリムを薙ぐ。草を薙ぐと吟われる通り、巨大な光の刃となった剣が敵を切り裂いた。

 

 激痛に悲鳴を上げるネフィリムトークン。だが、消滅には至っていない。激昂し吠えるトークン。その口蓋部に槍がその穂先を向ける。

 

 

「こいつは、どうよッ!!」

 

 

 トリシューラのアームドギアが高速回転。バシュッという些か気の抜けるような音と共にドリルのように回転する穂先がトークンの口を抉り、後頭部にかけて巨大な孔を穿つ。

 

 虚空に巨竜が消えていく。

 

 ネフィリムの産み出す分身はあくまでも分身。自己再生能力も何も持っていない。つまり、それ以上の力で押し潰すか、相手の体力を削りきれば勝利することができる。

 

 だが、それはあくまでもトークンの場合のみ。本体はこちらが力を使えば使うほど強力になるのだ。どうしようもない。

 

 

「調、今ですッ!!」

「これならっ!!」

「雪音! 合わせろッ!!」

「任せとけっ!!」

 

 

 彼女たちはトークンを処理する。突破口が開けない以上は無制限に増えていくトークンを少しでも減らして耐えるしかない。

 

 それは終わりの見えない戦い。だが、それでも彼女たちはその瞳に闘志を湛えて立ち向かう。何処かに必ず突破口があると信じて。

 

 突破口、恐らくそれは一人の少年。先程全世界に悪として認識された放送を行った、今此処に居ない人物。

 

 

「遊吾…ッ!!」

「――しまった!?」

「危ない、立花ぁああ!!」

 

 

 トークンの片割れと対峙していた響が唐突に陰る。

 

 え? と声を漏らし上を向く。そこにあるのは赤。トークンが雪音たちの攻撃から逃げたのだ。

 

 開かれた口。真っ赤な口腔とギロチンのようにギラつく牙。その圧倒的な死の気配に頭が真っ白になる。

 

 いくら戦場を経験しても慣れることの無い、いや、生物全てが逃れることの出来ない根源的な恐怖に一瞬反応が遅くなる。一瞬の硬直から身体が抜け出したときには既に口が閉じられ始めており、脱出は不可能――

 

 

「セレナァァァアアアッッ!!」

「うぇえ!?」

 

 

 絶叫。真っ赤な空が一瞬で吹き飛び、銀色の流星に身体が引っ張られる。

 

 天地が反転し、物凄い勢いで地面に叩きつけられる。いたっ!? と悲鳴をあげる響。

 

 

「ふぅ、間に合った…」

「マリア!? ちょっ、何してるデスか!?」

 

 

 一仕事終えたと言わんばかりに額を拭うマリアに切歌が叫んだ。

 

 マリアが行ったのは簡単なことだ。

 

 響を襲うトークンを飛び蹴りで吹き飛ばし、アガートラームのアームドギアである蛇腹剣で響を絡めとることで響の相対していたもう一体のトークンの追撃を逃れる。

 

 

「何って、助けただけよ?」

「雑過ぎじゃないデスか!?」

 

 

 響地面に叩きつけられたデスよ!? とツッコミを入れる切歌にマリアが諭すように言う。

 

 

「切歌? これは世に言うコラテラルダメージというやつなの。命が助かったのだから、多少の傷は致し方ない犠牲というやつなの」

「その理屈はおかしいデス!?」

「それに、こんなことになってるのは全部遊吾のせいなんだから、責任は遊吾にとってもらえば良いわけだし」

「デース…」

 

 

 流石に遊吾のせいと言われたら何も言えない。それに、マリアの言うことも尤もだ。切歌は思った。

 

 

――マリアがさっきから脳筋になってるのもっ、皆遊吾が悪いデスッ!!

 

 

「あのー、マリアさん?」

「どうしたの、ひび――き?」

「この拘束解いてくれませんか? その、こういうのは遊吾限定で」

「色々言いたいけどとりあえず、どうしてそうなったの!?」

 

 

 小さく声を挙げる響。その姿を見たマリアが叫んだ。

 

 彼女の身体に巻き付いた蛇腹剣は、どうしたらそうなったのか。響の胸の真ん中をはしり、さらに乳房二つを上下から挟み込むことで胸がだらしなく飛び出ており、それは股間をハイレグ水着のように通るのだが、どんな物理法則が働いたのか股間から尻にかけて刃の部分が縦となり谷という谷を強調し、その後腕を後ろ手で拘束していた。

 

 なんというか、エロ漫画にありそうな縛り方である。

 

 

「いや、アームドギアが来る前に私も回避行動とってましたし、さっき地面転がったから…」

「それでもその縛られ方はおかしいでしょう!?」

「知りませんよッ!? ――ハッ!? まさかマリアさんはそんな趣味が――」

「無いわよッ!?」

「でも、マリアさん女王って…」

「そういう意味じゃ無いわよッッ!!」

 

 

 お前らふざけるのもいい加減にしろ、と言うかのように口から光線を放つネフィリム。それを軽く跳躍することで避ける。

 

 何もただ遊んでいたわけではない。策を練る、もしくは心を落ち着ける時間だ。

 

 だがしかし、どれだけ考えてもネフィリムに対する有効打は思い付かない。そうなればやはり――

 

 

「マリアさん!」

「 ええ、行くわよ響!!」

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 思い出した。総て、全てだ。

 

 響、マリア。俺は一体何をやってるんだ。こんなところで燻ってる場合じゃない。そう 考えて急いで立ち上がると部屋を出ていこうとする。そんな彼の前に立ちはだかる影。

 

 

「…親父」

「それがお前の変わった理由か」

 

 

 テレビ画面に映し出されている映像を一瞥しジャックが言う。その通りだ。彼女たちがいたから自分は決闘だけの世界を抜け出せた。彼女たちが居なければ自分は今でもどうしようもない決闘者だっただろう。

 

 だから今すぐ戻らなければならない。ネフィリムが異形と化しているのは明らかに自分が原因だ。何とかしなければ。

 

 

「今行って何になる。敗けたからここに戻ってきたのだろう?」

「そ、それは…」

 

 

 ジャックの言う通りだ。敗けた。此処一番の大勝負に負けてしまったのだ。だから彼女たちが苦しんでいる。

 

 だからこそ自分が何とか――

 

 

「そうやってまた負けて、あの娘たちに迷惑をかけるというのか?」

「ぐっ…」

 

 

 そうだ。確かにジャックの言う通りだ。

 

 手札が悪かった。相手の理不尽なカードが悪かった。言い訳をしようとすれば幾らでも出来る。

 

 だが、敗けたのだ。負けてはならない戦いで敗北した。それは覆しようのない事実。

 

 

『きゃあああ!?』

「響ッ!? マリアッ!?」

 

 

 悲鳴。画面では丁度響とマリアがネフィリムの体当たりを受けて地面に弾き飛ばされる姿。

 

 状況は更に悪くなるばかりだ。ネフィリムのトークン生成速度が上がり、二対一で成り立っていた戦いが成り立たなくなる。

 

 

『マズイッ!? 奏ちゃんは翼ちゃんたちの援護ッ!! 俺はこいつら纏めて相手するからよッ!!』

『それじゃあおっちゃんは――』

『大丈夫だ。こんな奴等屁でもないッ!!』

 

 

 巨大剣を構え、巨竜と対峙する姿は伝説に出てくる英雄のようだ。だが、数が違う。成人男性の中でも背が高い分類の響一郎であっても人形のような大きさにしか見えない巨大なる竜。それが三体同時に彼に襲いかかる。

 

 戦闘により出来た高い丘に上がり、トークンの咢を弾き、いなし、返す刃で首を切る。だが、その程度では足りやしない。トークンの一体が響一郎を背後から急襲。牙にひっかけられて宙に舞い上げられる。こうなってはどうしようもない。基本的にシンフォギアには飛行能力は搭載されていない。いくら草薙が強力無比な聖遺物であってもそれを振るうのは人間。水が無ければ魚は跳ねることしか出来ないように、翼が無ければ鳥は地面を這うことしか出来ないように、大地が無ければ人間は立ち上がることも、踏ん張ることも出来ないのだ。

 

 

『がぁッ!?』

 

 

 再度牙が捉える。今度は引っかけるような生温いものではない。噛み千切るための牙だ。

 

 それを空中でまともに受ける。だが、響一郎はアームドギアを盾にして何とか耐える。が、それを見越していたのかトークンは首を大きく反らすと勢いよく響一郎を吐きだした。

 

 ロケットのように口から吐きだされた響一郎が地面に突き刺さる。大地が揺れ、小さなクレーターの中に沈む彼を見て誰もが悲鳴を上げて彼の名前を叫んだ。それに応じるように腕がピクリと動く。だが、衝撃が強すぎるせいで動けないようだ。

 

 一番近かった切歌と調が動く。

 

 切歌が鎌を振り被り、その刃を射出。回転鋸めいた鎌の刃は肉を貫く鈍い音と共にトークンに突き刺さる。

 

 痛覚があるのか、それとも己の身体を傷つけた事に対する怒りか。トークンが咆哮を上げ切歌を睨み付ける。一体の意識が逸れた。調が即座に行動を開始。脚部に搭載されたローラーを最大出力で回転させ、スピードスケートのように大地を滑り響一郎の元へと急ぐ。

 

 残る二体のトークンが調に躍りかかる。宙返りと同時に急降下。猛禽類を思わせるパワーダイブにより、調の小さな身体をトークンの牙が捕えようとする。

 

 爆発。トークンに襲い掛かる大量のミサイル。一体が堪らず後退するが、もう一体は諦めが悪いようで多少身体が傷つくのは無視して獲物を捕らえんとさらに加速する。が、それも届かない。

 

 雨あられのように天より降り注ぐ無数の刃と蒼い稲妻。そして嵐のようにトークンに叩き付けられる竜巻。勢いのついた身体は衝撃によって進路をずらされて地面に墜落。轟音と共に顔を地面に埋めたトークンがもがくその隣を調が走る。

 

 

『大丈夫?』

『づぅぁ…ッカァ、格好つかねえぜまったく』

 

 

 一回り年下の少女の手をかりて響一郎が立ち上がる。おじさん格好悪いなと笑っているが、その表情は硬い。

 

 現状、二体一でようやく勝利を収めている状態なのだ。誰か一人でも脱落すると拙い。だが限界が近づいていた。

 

 表面上は取り繕っているが、響一郎は今の衝撃で身体を痛めた。切歌や調は時限式であるが故に制限時間が迫っている。翼やクリスはダメージこそ少ないものの体力を削られて消耗が隠せていない。響とマリアだけは未だ問題なく動いているが、どちらの眼にも微かに焦りが見える。

 

 

『まだ足掻きますか…』

 

 

 ウェルが装者たちに声をかける。

 

 

『最早ネフィリムに勝つ手段など存在しないというのに』

『…そんなことは、無いッ』

 

 

 それは誰の反論だったのか。全員が歯を食いしばってネフィリムを、その先に居るウェル博士を睨み付ける。ウェルはそんな彼女たちを見てやれやれと大きく肩を竦めながら言った。

 

 

『なら、現実を見せる必要があるようですねぇ?』

『ドクターウェルッ!!』

『おや、風鳴弦十郎と緒川慎次……丁度良い』

 

 

 拳を握りしめた弦十郎と、拳銃を構えた緒川を前にして尚ウェルはニヤニヤと余裕の笑みを崩さない。

 

 

『今すぐネフィリムを、フロンティアを止めるんだッ! ドクターッ!!』

『まあまあ、そう怒らないでくださいよぉ? これから面白いモノを見せてあげますから』

『面白い、もの?』

 

 

 眉を寄せる弦十郎。一体何をしようというのだ。緒川が弦十郎の方を見る。発砲するか、しないか。弦十郎はウェルの姿を確認する。

 

 聖遺物と化した腕。それは常に制御端末の上にある。彼の話が本当ならば、今のウェルはこのフロンティア、そしてネフィリムと一体となっていると言っても過言ではない。下手なことをすればそれこそ取り返しのつかないことになる。

 

 緒川を視線で制したのを確認し、ウェルが楽しそうに端末を動かす。

 

 ウェルたちの間に突如として大きな穴が開き、その中からエレベーターに運ばれるように何かがブリッジへと上がってくる。

 

 構えをとる二人であったが、上がってきた物体を見て怪訝な表情をする。

 

 穴の中から出てきたのは、大きな機械。大小様々なコードと計測器が繋げられた円筒形の物体。これは一体なんだ? 眉をひそめる二人に対し、ウェルがこれ以上ないと言うほど愉快に笑う。

 

 

『これが救世主、メサイアの制御装置だよぉ? 凄いよなぁ、こんなもの一つでネフィリムとフロンティアがこれほど強化されるんだから』

『何が言いたい?』

 

 

 怪訝な表情をする弦十郎に対し、ウェルがニヤニヤと笑いながら言う。

 

 

『そうだなぁ、これを作った内の一人とご対面させてあげるだけさ』

『対面、だと?』

 

 

 プシュ、という空気の抜ける音と共に円筒形の物体が回転。乗り組み口と思われる壁がせり上がり内蔵機構を外部に晒す。

 

 円筒形の物体の中身は、簡素なベッドのようであり、成人男性一人が寝られる程度のスペースに、沢山のコンソールとコード。内部は赤いライトに照らされ、ベッド部分は黒く染まっていた。

 

 

『一体、何だと言うんだ…』

 

 

 弦十郎がウェルの意図を計りかねてそう呟く。

 

 

『…そ、』

『どうしたの、切歌、調?』

 

 

 その様子は外の装者たちにも映像として放送されていた。そして、その映像を見た瞬間、切歌と調の様子が激変する。

 

 熱に浮かされたように身体を震わせ、顔を真っ白にしながらうわ言のように何かを呟く二人。その尋常ではない様子にマリアが声をかける。

 

 

『あ、ああ……う、嘘、デス……嘘ッ!!』

『切歌ッ!?』

『アハハハハッ!! ご対面と言ったじゃないですか。この、メサイアシステムの開発協力者、遊吾・アトラスとのねェ?』

『遊吾――まさかッ!!』

 

 

 対面とは、人が互いに向き合うなどといった行為を言う。ならば、この場合の対面とは、この状態で人を表す者とは。

 

 使用された痕跡の残る制御装置内部のコード。警告音を放つコンソールと、赤い室内灯に照らされた黒色のベッド。

 

 

『まさか、まさか――』

『僕も予想外でしたよ。まさか自分に致命傷を与えてまで身体を情報化するなんて』

 

 

 ベッドは元々黒色だったのではなく、後から夥しい量の黒色に染められたのだ。明らかに致命傷。赤い室内灯によって浮かび上がる黒色の元々の色は、赤。

 

 

『身体を情報化、だと?』

『ええ。身体状況全てをデータにすることで、こちらのシステムに介入しようとしたのでしょう。実際さっきまでシステム内で異常な数値を観測していましたが…』

 

 

 でも、もうその反応はありません。にこやかにウェルが嗤う。

 

 

『つまり、貴方達の希望である遊吾・アトラスは死んだのですよッ!!』

「遊吾ッ!? お前――」

 

 

 テレビ越しに語られる言葉を聞いたジャックが遊吾に詰め寄る。

 

 ウェル博士の言う通りである。

 

 マリアたちを操る外道としての自分をトークンを利用することで演じた彼は、同時刻に切歌と調の戦闘に介入した。

 

 介入した、と言ってもそこまで大げさなことをしたわけではない。元々ちょっとしたボタンの掛け違いで戦っていただけの二人を説得しただけだ。そして、マリアたちのことを頼み自分は切歌のイガリマの絶唱を受けた。

 

 無茶な作戦だということは重々承知だった。メサイアやネフィリムのシステムの一部は万が一の時のことを考えて決闘が採用されている。だが、ウェルがネフィリムと一体化した場合表からセキュリティシステムに介入しても効果が無い可能性があり、事実介入は不可能だった。

 

 だが、システム自体に内部介入したらどうだろう? 内部からならば抵抗は激しいが介入は可能だと考えたのだ。幸い、メサイアの制御装置の演算能力は理論上人間を数値化することすら可能であった。

 

 しかし、遊吾の身体はnoise、魂はレッド・デーモンという特殊な存在であったため情報化することが大変困難であり、データ化してもその容量は莫大なものであった。だから彼はイガリマの絶唱、魂を切る鎌の力を借りたのだ。

 

 致命傷こそ受けてしまったものの、実験は成功。魂が削れ、生命力も低下したことで彼の身体はデータ化されシステムに入り込むことに成功した。

 

 だが、その結果が敗北。ネフィリムとメサイアの膨大な情報を前に恐らく自分の身体は呆気なく呑み込まれてしまったのだろう。

 

 

「ウェルの言ってることは本当だ。データ化した身体と魂。恐らく俺はもう居ない。死んでる、というか消滅してると思う」

「なら今のお前は――」

「分かんねぇ。でも、そうか…」

 

 

 死んだのか。だが、妙な気分だ。

 

 元の世界に戻っているということもあるのだろう。自分の死が未だに理解できていないこともあるのだろう。死んだと言われてもまったく現実味は無い。

 

 

「死んだのか。…でも、俺」

「遊吾、よく――」

『死にませんよ』

 

 

 良く通る声だった。それは信じ頼っている声だった。

 

 

『約束、破りません。遊吾は確かに馬鹿だし、今みたいに嘘ついたりすることはあるけど、約束は破ったこと無いです』

『何が言いたいんですか? 立花響』

『決闘者は決闘以外じゃ死なないし、決闘で遊吾は負けません』

 

 

 ギュッと拳を握り締め、響が立つ。その姿のなんと力強いことだろうか。

 

 

『だが、反応は――』

『人を助けるために平然と命投げ捨てたあげく行方不明になったと思ったらnoiseになって帰ってきて、今なんて何をとち狂ったのか家族みたいと自分も楽しんでた日々を態々悪く言うような、と言うか前提として異世界人で決闘馬鹿に常識が通用すると思うなッ!!』

「…散々な言われようだな、遊吾」

「……………ああ」

 

 

 彼女は本気だ。本気で信じているのだ。遊吾・アトラスは負けないと、絶対帰ってくると。

 

 その信頼を裏切ったのは自分。だが、ここまで言われて燻っている場合じゃないはずだ。俺はどうすれば良い。兎に角元の世界に戻ることが絶対に必要だ。

 

 

『それに、遊吾に一発かまさないと気が済まないッ!!』

『は?』

『マリアさん泣かせるし、切歌ちゃんと調ちゃん今泣かせてるし、私たちは遊吾さんの作った物で迷惑してるしっ』

 

 

 戻らなければならない。ケジメもあるが、何よりも、

 

 

「親父」

「なんだ?」

「俺、戻るわ」

「負けたのにか?」

 

 

 腰に下げたデッキケース。その中にあるのは自分の魂。

 

 ジャックの言うとおり、自分には決闘の才能は無いのかもしれない。もしかしたらまた負けるかもしれない。けれども、それを理由に此処で逃げて暮らすなんて許せない。どうせ負けるなら彼女たちに負けたいし、それに自分は未だ約束も何も出来ちゃいない。

 

 最後まで戦う。戦い抜かなきゃいけないんだ。

 

 

「負けたから、というかまだ負けてねぇ。あれだあれ、マッチ戦だ。二回目から全部勝ちもぎ取りゃ良いんだよ」

「…やれやれ」

 

 

 ジャックが大きなため息を吐く。彼はコートのポケットに手を入れると、そこから何かを取り出して遊吾の胸に押し付ける。

 

 

「なんだよ――ッ!? これ、」

「…お前は俺にはなれん。孤高の王者には。お前は周りに誰かが居ないと駄目な甘ちゃんだからな」

「親父…」

「選考会は二日後。しっかりケリをつけてそれを返しに来い」

 

 

 渡されたのはレッド・デーモンズ・ドラゴンと数枚のカード。驚き顔を上げる遊吾。笑うジャックの顔を見、一瞬表情をくしゃりと歪めた遊吾はカードを大切そうに握り締めると大きく深呼吸して言う。

 

 

「今年こそ、あんたを越えてやるよ」

「ふっ、いつ越えるんだろうな」

 

 

 今年だよ今年。だからそれは去年も聞いたぞ。馬鹿を言え今年の俺は違うんだよ。拳をぶつけ、笑い合う二人。

 

 そして、彼は光に包まれた。

 

 

「…行ったか」

 

 

 無事に帰ってこい。馬鹿息子。

 

 

 

 

 

――きて……

 

――起きてって…言ってるでしょうがぁあああ!!

 

 

「ぶへらっ!?」

 

 

 衝撃。首から上が吹き飛んでしまうのではないかというほどの衝撃によって彼の身体が宙を舞う。

 

 奇妙な声をあげて地面に倒れる遊吾。一体何が起こったんだと慌てて起き上がってみれば、彼の前に銀色の妖精の姿。

 

 その顔には見覚えがあった。

 

 彼が彼女を見たのは三回。一回目はアニメで。二回目は写真、三回目は死んだように眠る横顔。

 

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴ…」

「意識無くさないでよもう…お姉ちゃんたち大変なことになってるし」

「分かってるよ」

 

 

 立ち上がり、決闘盤を確認する。そこに書かれている文字は効果処理。未だ効果処理が残っているので戦闘は行われておらず、俺は死んだわけではなかったらしい。

 

 辺りを見回せば、そこは緋色の世界。濁流のような情報が絶え間無く流れ続ける世界。そんな世界に、彼と彼女は立っていた。

 

 眼前のネフィリムがさっさと効果処理をしろと睨み付けてくる。どうやらネフィリムの気迫に負けたせいで危うく取り込まれるところだったらしい。

 

 

「ありがとな」

「まったく、姉さんと同じで世話が焼ける」

 

 

 妹の苦労を考えてよね。

 

 やれやれといった風に首を振るセレナ。そんな彼女に悪かったと笑い。彼は表情を変えてネフィリムを睨む。

 

 システムに侵入した時には、その巨大さに飲み込まれそうになったものだが今ではまったくそんな事は感じない。それだけ一人で勝手に考えて、勝手に焦っていたらしい。

 

 こんな穏やかな気持ちで決闘をするのは何時ぶりだろうか? 今まではこれからのことなど考えていたせいでどうにも決闘に集中していられなかったものだが、今は違う。ここまで透き通った心で決闘をするのは恐らく子供の頃、ジャックの元で生活し始めた頃の最初の一戦以来だろう。

 

 

「待たせて悪かったな、ネフィリム。効果を説明するとだな。この通常罠カード、裁きの天秤は、相手フィールドと自分の手札・フィールドの数を参照する罠カードだ。お前のフィールドと俺の手札・フィールドのカードの枚数の差分ドローする」

「お前のフィールドには救世竜ネフィリムと、ネフィリムトークンが四体。セットカードが四枚。対して俺の手札は零。フィールドには裁きの天秤一枚」

 

 

 よって、合計枚数九枚との差分、八枚カードをドローするッ!!

 

 デッキに手をかける。一緒に戦ってきた仲間たち。父親を目指し、父親を真似て作ったデッキ。だがただ真似ただけではない。このデッキには今まで戦ってきた決闘者たちの魂が宿っているのだ。

 

 いや、決闘者たちだけではない。このデッキには自分自身の、共に戦った大切な者たちの魂も宿っているのだ。

 

 決闘盤は盾、カードは剣。左手に魂を、右手に誇りを。

 

 

「こいつが俺の――ドローッ!!」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

 状況は好転せず、むしろ悪くなるばかりだ。

 

 どうしても本体を撃破できない以上耐えるしか出来ない。そうすれば必然的に消耗戦に変化する。

 

 

「くっ、こいつはキツいなぁ…」

「へばったかい?」

「何のッ!」

「ああもう! 未だデスかっ!? 自爆スイッチ押すデスよ!?」

「落ち着いて、切ちゃん!?」

 

 

 互いに励まし立っているが、時限式の適合者である切歌たちの消耗は特に激しく、何とか耐えているが戦線崩れるのは時間の問題だろう。

 

 

「届けぇええええッッ!!」

 

 

 咆哮一打。虚空を踏み締め右腕がカタパルトから射出されたような勢いで打ち放たれる。轟音と共にトークンが崩壊。

 

 

「ちょっせぇ!!」

「今だッマリアァッ!!」

「そこォッ!!」

 

 

 マリアの雄叫びと共に刃が舞う。クリスと翼によって動きを止められていたトークンに無数の刃が絡まりそのままトークンを削り取る。

 

 響たちにも疲労が見え始めていた。先程まで小手先の技と絡めることで消耗を抑えていたのに、今では一撃の重い大技でトークンを仕留めようとしているのがその証拠だ。

 

 

『いやー、良く頑張る。流石は英雄といったところでしょうかね?』

「さっきからピーチクパーチクうるせぇ!!」

「だが、言う通りだ。このままでは何れ押し負ける」

『そうそう。僕は寛大だからね。今なら土下座くらいで許してやらないこともない』

 

 

 怒るクリスに対し、翼が冷静に諭す。

 

 このままでは本当に戦線が崩れかねない。ウェルの言葉の通り、こちらの発するエネルギーと同等の力を得続けるネフィリム本体を叩くのは難しい。だが一斉に絶唱級の技を叩き込めばあるいは…。

 

 いざとなればこの身を剣として捧げよう。その時を覚悟する翼であったが、そんな彼女など知ったことかと金と銀が吠える。

 

 

「煩い眼鏡ッ! そっちこそ決着つけれてないじゃないですかッ!!」

「と、いうかドクターにジャパニーズ土下座をするくらいならライヴ会場で裸踊りした方が百倍マシよッ!!」

『……』

 

 

 とんだ言い種である。

 

 端から見たら何言ってんだお前ら、といったところであるが、そんな彼女たちの言葉にふっと笑みを溢す翼。

 

 全身を襲うシンフォギアのバックファイアによって膝をつきそうになっていた調たちも立ち上がり、まだまだ戦えると瞳に強い光を灯していた。

 

 立花響とマリア・カデンツァヴナ・イヴ。タイプこそ違えど、誰かと繋がり、束ねるという天性の才能についてはどちらも同じらしい。ネフィリムという強大な悪意を前に力強く立ちはだかる二つの背中は、まるで太陽のようにそれを見る人々を奮い立たせる。

 

 

『こ、こ、この、この――』

 

 

 それが不快で堪らなかったのだろう。ウェルは表情をひきつらせると全身を震わせてコンソールを全力で叩いた。

 

 今までほとんど動きを見せていなかったネフィリムが動き出す。それは敵を殺す為の動き。不快な敵を根絶やしにせんとネフィリムの口が装者たちを狙う。来るかッ!? いつでも飛び出せるように構える装者たちであったが、そこで突然ネフィリムに異変が起こった。

 

 

『あぐっ、がぁ?! な、何が起こっているッ!?』

 

 

 同時にウェルの苦しそうな声が聞こえてくる。

 

 一体何が起こっているのだ。そう誰もが訝しんだ瞬間、ネフィリムの身体が突如として巨大な炎に包まれる。

 

 金切り音。ネフィリムの絶叫が空気を揺らす。焼けた大地に投げ出された蚯蚓のように大地に身を落とし狂ったようにのたうち回るネフィリム。ネフィリムが暴れる度に身体の各所から炎が噴き出し、そしてウェルも苦しみ悶える。

 

 変化はそれだけではない。フロンティアの砲身にフォニックゲインが収束され、それが月に向かって照射されたのだ。

 

 それはウェルが先に行ったアンカーによって月を引き寄せようとするものではない。それは月に、月の遺跡に力を与え、再度浮上させようとするフィーネが掲げる目的のために放たれたもの。

 

 

『――にあったようですね…』

『マムッ!?』

 

 

 マリアたちが聞こえてきた声に目を見開く。

 

 宇宙に打ち上げられたはずのナスターシャからの通信。つまり、先の砲撃はナスターシャが行ったモノということになる。

 

 

『何故だっ!? 確かに打ち上げたはずっ、それにフロンティアの制御は――まさか!?』

 

 

 そんな馬鹿なことがあっていいはずが無い。ウェルが叫ぶが、それをナスターシャは微笑みで返す。

 

 

『そのまさかです。彼が、やってくれましたよ』

『馬鹿なッ!? 確かにシステムの反応は消失していた!?』

『ですが、彼はやりました。それが現実です』

 

 

 ウェルがコンソールに手を伸ばす。ならば再度システムを捜査しあの男を屠ってしまおうと。だが、彼がコンソールに触れると同時にコンソールから炎が吹き上がる。

 

 ひぃい!? と情けない悲鳴を上げながら腰を抜かすウェル。そんな彼の耳に声が聞こえてくる。

 

 

――俺には全部足りてなかった。それに、それにだ。覚悟って言葉を盾に俺はずっと逃げてたんだと思う。けど、これからは無しだ。後からの反省は良いが、決して後悔しない。それが決闘者だ。

 

「な、何なんだ……何なんだよお前はぁあああ!?」

 

 

 半狂乱になって叫ぶ。

 

 己の命を投げ捨て、生命をデータ化するという机上の空論を成し遂げ立ちはだかる。どれだけ絶望的な状況でも真っ直ぐ正面を向いて、上を向いて立ち上がる。どうして立ち上がる。一体何がそうさせるのだ。何故折れない。何故そこまで信じられる。何故、何故――。

 

 俺? ああ、俺は――そんな言葉が聞こえてきた瞬間、ネフィリムから一際巨大な炎が吹き上がる。

 

 それは瞬間四つ腕の竜の姿を形取り、巨大な火の玉となると地面へとゆっくりと降りてくる。

 

 

――俺は、決闘王者、ジャック・アトラスの息子ッ!

 

「遊吾・アトラスだッッ!!」

 

 

 火の玉が爆ぜ、中から人が飛び出す。

 

 風に揺れる鋭利な黒いコート。刺々しい海胆のような硬い髪質の髪に、力強い意志の光を放つ瞳。左腕に決闘盤。右腕には銀色の鎖。

 

 そこには誰もが知る、遊吾・アトラスの姿があった。

 

 そして彼は天を指さし叫ぶ。俺は此処に居る。俺は、生きているのだと。遠く離れた父に、こんな自分を信じてくれた絆に、彼女たちに伝えるように。

 

 

「王子は一人ッ、この俺だッ!!」

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

「ぐぉぁあああ!?」

 

 

 彼は爆発した。

 

 

 

「おらぁああああ!!」

「こいつを喰らいなッ!!」

「ごふぁッ!? ちょっ、何で草薙が飛んでくるぉおおお!? ちょっ、まっ、トリシューラはあかんてぇえええ!?」

「持ってけダブルだぁああああッッ!!!!」

「クリスちょっと洒落になってな――アッー!?」

「アトラス――ふんッッ!!」

「影縫い術からスラスターによる加速疾風怒涛の勢いで繰り出される正に神速の正拳突きグワーッ!?」

 

 

 地面を襤褸雑巾のように転がる遊吾。そんな彼にゆっくりと近づいていく影。

 

 

「……あ、ひ、響」

「……」

 

 

 崩れた前髪のせいで表情が読めない。恐る恐る彼女の名前を呼ぶ彼に対し、彼女はハッとするような笑顔で言った。

 

 

「その――」

「言いたいこと、一杯あります。けど、私よりも言いたい人が、言わなきゃいけない人が居るんじゃないですか?」

「――……ありがとう」

 

 

 彼女に見送られ、彼は立ち上るとゆっくりと歩き出す。

 

 彼の目指す場所に居るのは、抱き合った二人の少女と、口元に手を当て表情を歪める女性。

 

 

「おう、久しぶり。調、切歌。キツい仕事任せて、ごめん。本当に、ありがとう」

「何処ほっつき歩いてたデスか馬鹿ッ!!」

「絶対、許さない…」

 

「あっ…」

 

 

 声を上げるが何を話していいか分からない。伸ばされた手は空を切る。

 

 傷つけたのは自分。だから、迷子の子供のように表情を歪める彼女に、言わなければならない。

 

 

「ただいま、マリア」

「――まったく…お帰りなさい。ユーゴ」

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