遊戯絶唱シンフォギアG~歌の苦手な決闘者系オリ主黙示録~ 作:特撮仮面
マリア・カデンツァヴナ・イヴ。極最近にアメリカの音楽会に彗星のごとく現れた天才歌姫。
美しく、ミステリアスな容姿からは考えられないその力強い歌声は、瞬く間に全米を魅了した…。
「…へぇ、マリアって歌手やってたんだなー」
「ブフッ!? ごほっ、ごほっ。な、何でそれを…」
朝食も終わり、小鳥囀ずる穏やかな時間が過ぎていくなか、彼が投下した爆弾に思わず珈琲を吹き出すマリア。噎せる彼女に、服が汚れるだろとティッシュをとってくると彼女の口元や机を拭う彼。
「あ、ありがとう」
「気を付けろよな? その服綺麗なんだから」
珈琲のシミが着いたら勿体無いぞ、と注意する彼に、ごめんなさいとシュンとする彼女であったがすぐにいや、貴方が原因でしょうと彼に言う。
「と言うか、何で私のことを!?」
「いや、テレビで特集やってたし。雑誌にも載ってたし…」
「うぐっ」
しまった。彼女は心のなかで頭を抱える。彼に自分が歌手をやっていることを知られたくなかったと言うのに。
――あー、もう! 何で特集なんて組んでるのよ!? バカ!!
思わず内心で叫ぶ。だが、表面上は冷静でいようと勤めるマリア。
自分が歌手として表舞台に立っていることは、彼に話す気はなかった。なぜなら、変に勘の良い彼のことだから下手をすれば自分がやろうとしている計画がバレかねない――と言うのは建前で、本当は恥ずかしくて堪らないからだ。
歌姫マリアは、大人びた魅力をもつ、ミステリアス且つアダルトな雰囲気を持つ歌の女王。
しかし、本当のマリアは容姿こそ大人びているものの、ミステリアスではなく柔らかな雰囲気を持つ母性的な暖かさを持った女性だ。
狼狽えるな! それは彼女が歌姫マリアに変わるためのキーワードであるが、今の彼女は正しく狼狽えるな、と言うか落ち着け、そう言ってしまいそうになるほどの状態であった。
本人は至って冷静でいるつもりなのだが、実際は手をワタワタと動かしてそれこそ漫画のような表現をするのであれば、目がぐるぐると渦を巻いており尚且つ、えっと、それは、えっと、あわあわ、とどこもかしこも忙しない。
「なるほど、このマリアが、あの、アメリカ音楽会の新星。女王マリアかー」
「止めて!?」
昔、童話のお姫様に憧れていたころにそれをネタにされたような、黒歴史を抉られたような気分だ。あああ!! と頭を抱えてぶんぶんと頭を振るマリア。穴があったら入りたいとはこのことか。机に伏せた彼女は、そのままぶるぶると身体を震わせる。
「分かってるわよぉ!! 私はそんなキャラじゃないわよお!! でも、しかたないじゃない!! わたしだって、わたしだってぇ」
「だああああ!? 悪かった!? 悪かったから泣きそうになるの止めろ!? すっげぇ罪悪感来るから!? ほら、でも、綺麗だし歌声も綺麗だし、俺一発でファンになったぞ!? だから大丈夫だ!! 気にすんなって!!」
あうぅ、と涙目で顔を上げるマリア。そんな彼女を見て慌てて慰めようとする遊吾。適当なことを言っているようであるが、彼は本音しか言っていない。
しかし、そんな彼の言葉も彼女には届かなかったらしく、小さくくしゃみをしてしまう彼女。
「うわぁあああ!! 世界のどこかで私の悪口がまかなり通っているぅ!!」
――うわ、面倒くせぇ!?
色々と混乱しているせいで、彼女の面倒くさい部分が露出しているらしい。これじゃあマジで面倒くさいマリアじゃねえか。思わず表情を引きつらせて内心思う彼。
だが、流石にこのまま彼女が幼児退行しているのを見ているのも嫌だ。というか、涙目になっている姿を見ていると凄く胸がむかむかするので、彼はそのむかむかを吐き出すように大きなため息を吐きつつ彼女の頬に手を添えて、思いきり引っ張った。
「ふぇ? いひゃいいひゃい!?」
「うるせ。ちょっとストレス発散させろ馬鹿」
ぐにぐにと彼女の頬を弄る遊吾。あ、けっこうすべすべしてて気持ちいいな、などと呑気なことを考えながら彼は言葉を続ける。
「落ち着け。別にマリアが歌手だかアイドルだからって俺はなにも言わねえよ。てか、マリアのこと知れて嬉しいくらいだ」
「はえ?」
「狼狽えんな、てな? てか、歌歌ってんなら教えてくれりゃ良いのに」
「いや、その…ね?」
「いや、その、じゃ分かんねえからな?」
なんとも歯切れの悪い彼女の反応に、何か後ろめたいモノでもあるのか? と首を傾げる遊吾。しかし、歌手デビューで何か悪いことをするなんてそんなこと出来るはずが無いわけで。
仮に歌手デビューして悪さをするのであれば、例えば何か突拍子もないことを宣言して民衆を煽ってみたり、例えば歌に力が宿るこの世界ならば歌に込めたフォニックゲインで世界を壊してみたり、十二次元を融合してみたりとか出来るのだろうが、目の前の女性、というか女の子がそんなことをするとは思えない、いや、ほんの一、二週間しか一緒に居ないが彼女の性格ではそんな残酷なことが出来るはずがない。
「まあいいさ。恩義があるってのもあるけど、それを差し引いてもマリアは俺の仲間だからな」
「仲間…」
「ああ。って、何で泣いてんの!?」
先程までは涙目程度だったのに、今は静かに瞳から涙を流す彼女に気づいて彼が狼狽する。
何故泣くのか。自分は何か悪いことでも言ってしまったのか。困惑する彼を見て、涙を流しながら彼女は微笑む。
「気にしないで。そんな真正面から仲間って言われたのが初めてだから」
「え? …いやいや、マリアなら結構友達多そうだし、これくらい結構言われてこなかったのか?」
「仲間なんて居なかったもの…」
マリアは過去を思う。
東欧の辺境地方で生まれ育ったマリア。両親は早くに死んでしまったが、そんな彼女には半身とも呼べる妹のセレナが居た。
現代でも、人種差別や宗教問題、領土問題などは常日頃から起こっている。日本のような島国はその特性から宗教問題などが起こりづらく、また多文化の受け入れなどが許容されることが多いのだが、他の、特に大陸の国々はそうも言えない。
特に東欧の方面では現在でも民族間での諍いは絶えず、領土問題も多く存在している。
マリアとセレナが生活していた辺境地域は、そのような争いの真っただ中に存在していた。
祖母はいたが、ついには離れ離れになってしまった姉妹。そうなってしまえば彼女たちは戦という大きなうねりの中で小さな身体を寄せ合って生きていくしかない。懸命に、懸命に生き抜いて彼女はようやく平穏を得た。平穏、と言っても一般人と比べると特殊であるが、少なくともその日の宿が無く野宿をすることも無ければ、大人たちの理不尽な暴力に合うことも無い。
だが、生き抜く為には彼女は強くあらねばならなかった。故に、仲間と呼べる者は一人もおらず、居るのは唯一の肉親であるセレナのみ。現在は少し変介しているものの、彼女に明確な仲間、信頼し、己を預けられる存在など今まで存在していなかったのだ。
だが今、彼女はその存在を得ようとしていた。空から降ってきたと言うあまりにも怪しすぎる経歴の持ち主であるが、だが確かに彼は彼女にとって大きな変化を起こしてくれるかもしれないという可能性の人であり、同時にどんな彼女にも真正面から向き合い、ぶつかって来てくれる唯一の男性。
彼女が欲して止まなかった受け入れてくれるかもしれない人。そんな人が自ら彼女の事を仲間と言い、こうして接してくれているのだ。感極まって思わず涙を溢してしまうのも仕方のないことだろう。むしろ、状況が状況なら何もかも脱ぎ捨てて大声で泣きわめいていたかもしれない。それほどまでの喜び。
「いえ、なんでも、何でもないわ。ありがとう、ユーゴ」
「…何でもないんなら構わないんだけどなぁ」
釈然としない様子の彼に、ふふふ、と微笑むと彼女はコーヒーカップを片付け始める。
どうやらこの話はこれで終わりらしい。良い感じにはぐらかされたような気もするが、彼女が構わないというのならそれでいいのかもしれない。彼も自分の分の珈琲を一息で飲み干すと彼女に食器を渡すために立ち上がる。
「あ、ユーゴ。珈琲苦手なら別の出すわよ?」
「…遅いわ!? ってか、気付いてたのかよ!?」
「ええ。だって貴方、珈琲飲むとき凄い表情するんだから」
「うぐぐ…決闘だ!!」
「はいはい、食器洗い終わってからね」
「…それもそうか。手伝うぞ」
「ありがとう」
いつものようなやりとりを行い、シンクの前に並んで食器を洗い始める二人。そんな時、ふと思いだしたようにマリアが遊吾に声をかけた。
「あ、そうだ。私これから仕事の打ち合わせがあるから」
「ん? 急だな。まあ分かった。俺はこの家で大人しくしてるよ」
「ええ、お願い」
洗い物に戻る二人。この時の二人は知らなかった。いや、一人は知っていたがこの二週間ほどの穏やかな時間のせいで完全に頭から抜け落ちていた。
大人しくしている、と言って大人しくしていられるほど彼の人生は平坦ではないということを。
事が起こったのは、この日の正午。何を思ったのか家の前でドローの練習をしていた彼が、太陽の位置を見てそろそろ昼頃かと当たりをつけて家に入ろうとしたタイミングだった。
「待つのデス!!」
「待ってください」
「ん?」
彼が振り返った先に居たのは、金髪と黒髪の少女二人組。その立ち振る舞いを見た瞬間に、彼は警戒度を一気に跳ね上げた。
なんてことはない。まず、この家は森の深い場所に存在している。一応道が存在しているとはいえ、結構不便な場所にある以上尋ね人は少ないし、まず下手をすれば地図で調べても分からないような場所なのだ。そんな場所にミニスカートみたいな軽装で息一つ乱すこと無くやってきた時点で怪しい。それと、彼女たちの身体の動きがどこか実戦経験を持った者特有の動きに似ていたことが原因であった。
しかし、表面にはそれを出すこと無く彼は笑顔で彼女たちに対応することにした。
「こんにちは。どうされましたか?」
「怪しい男です! 警察に突き出してやるデス!」
「え? いやいや、ちょっと。突然過ぎませんか? 私は今此処に住まわせてもらっているんですよ?」
警察に突き出す。そう言われて内心焦る。
何故なら、彼はパスポートを持っていない。つまり、完全な不法入国者だ。下手をすれば何年も豚小屋の中。それだけは避けなければならない。だが、彼の言葉の選択は彼女たちに更なる不信感を与えるだけだったようだ。
語尾が特徴的な金髪の少女に続いて、黒髪の少女が言う。
「おかしいです。今この家には私たちの知り合いの女性が住んでいるはずです」
「ああ、言葉を間違えましたね。現在、居候させていただいているのですよ」
「…貴方、名前は?」
「名前、ですか?」
名前と言われて焦る。流石にこれは拙い、下手に言ってしまえば何かされるかもしれない。うーん、どうしようか…。悩んだ彼は、良い名前を思いついた。
「私の名前はナッシュ。旅行者です」
「旅行者…」
「はい。この地方に興味があったのでやってきたのは良いのですが、手持ちを紛失してしまって…。それでこの家の家主であるマリア・カデンツァヴナ・イヴさんに許しをいただいて居候させていただいているのですよ」
完璧なストーリー!! これなら怪しまれることはあるまい。最初から怪しまれていることには目を瞑ってそんなことを考える遊吾。まあ、そんな嘘に騙されるはずもなく、黒髪の少女は致命的な一言を彼に言った。
「じゃあ、パスポートを見せていただけませんか?」
「なん…だと…」
「ぱすぽーと、ですか?」
「うん。普通の旅行者なら、空港でしっかりとパスポート審査されているはずだもん」
詰んだ。彼は思わずうなり声をあげる。彼女たちの言葉から、マリアの知り合いである可能性が高い二人組の少女。これは下手なことをする訳にもいかないか? だが、本当に彼は彼女の許可を得てこうして居候をさせてもらっているわけであって、決して不法侵入者というわけではない。
しかし、それを言っても相手は信じてはくれないだろうし…。どうする? ここで一旦逃げるか? そんなことを考え始めた遊吾であったが、まるでその思考を読んでいるかのように黒髪の少女がその容姿に似合わぬ子供の悪さを叱るお姉さんのような、しょうがない、といった雰囲気の微笑みを浮かべる。
「だけど、彼にはそれが無いんだろうから見せなくてもいいよ」
「んな!? 何故それを――」
「ええ!? じゃあ本当に悪い人じゃ無いですか!!」
やっぱり捕まえるデス! 拳を握り構える金髪の少女。これは逃げるしかないかと彼も走りだそうと体勢を低くするが、そんな二人をやはり黒髪の少女が抑える。
「切ちゃんも、遊吾さんも落ち着いて。切ちゃん、マリアが信用できない人を家に置くと思う?」
「そ、それは…」
「それと、遊吾さん。事情は分かりませんが、こちらに来てしまったのですよね? 大丈夫です。お手伝いさせてください」
「え? いや、その、え?」
困惑する。先程まで自分のことを怪しんでいた少女が、なぜか今ではこちらの事情をしっかりと把握して自分の弁護に回り、あまつさえ自分のこれからをサポートしてくれるという。一体どういうことだ? 突然の掌返しに流石の彼も付いていけない。
「と、言うわけで。マリアの別荘に入りましょう。お互いに情報を整理する必要があるみたいですから」
「お、おう…」
「は、はい…」
気づけば、彼女に先導される形で彼らはマリアの家へと入っていくのであった。
「ああもう! あのプロデューサー相変わらず話が長いんだから!!」
マリアは焦っていた。時刻は既に夕方を過ぎて夜に近い。本当はもっと早くに帰宅の路につく予定だったのだが、仕事先の社長、自身のプロデューサーなどとの話が思ったよりも長引いてしまい、こんな時間になってしまったのだ。
しかも、通信端末に届いたメールで、切歌と調、彼女の仲間である少女二人が昼頃に自分の家にやってくるというではないか。もしも彼と接触してしまった場合、彼の身に何が起こるか分かったものではない。
走る、走る。子供のころから鍛えられた脚。時限式とは言え奏者としての訓練、そして歌手として鍛えられた身体は彼女の想い描く通りに動き、動きづらいスカートをはいている状態でありながら中々の健脚で彼女は家へと走る。
家が見えた。明かりはついている。争っている形跡は外に無い。だが、彼は無事なのか。それだけを考えて彼女は体当たりをするように扉を勢いよく開け放った。
「ただいま――」
「クラエオレノカレーライスヲ!!」
「美味しいデース!!」
「…これなら、お肉食べられる、かも」
「なぁにこれぇ」
そこはカオスだった。恍惚の表情を浮かべる金髪の少女、切歌。黙々と、しかもなぜかカレーの隠し味とスパイスについて謎のうんちくを披露しながら物凄い速度でカレーを食べる黒髪の少女、調。そしてマリアの黒色のエプロンを身に纏い、顔芸を披露しながら高笑いする少年、遊吾。
彼女が思い描いていた最悪の状況ではないが、こんな良く分からない混沌とした場面を見せつけられて思わず茫然と呟いてしまった彼女を誰が責められるだろうか…。
※※※※※※※
「なるほど、切歌と調がね」
「ああ」
「F.I.S.とか、マリアのこととか一杯教えてくれたんだよな」
「そう…争い事が無くて何よりよ」
「おいおい、そんな俺が年がら年中暴れてるみたいな」
「あら、違うの?」
「ちげぇ……と思う」
夜。切歌と調は夜遅いからと帰宅。家にはいつものようにマリアと遊吾二人だけ。
現在、風呂上がりでバスローブ姿のマリアの肩を遊吾が揉んでいた。何故こうなったのかは知らない。まあ今朝方に困った時には言ってくれと彼自身が言ったのだ。恐らく肩こりで凄い困っているから自分を呼んだのだろう。そう無理矢理納得しながら彼は彼女の肩を揉む。
整体師の資格は持っていないが、違法ながら様々なことをして生きてきた彼。その中にはこうしたマッサージも入っており、感覚で彼女の身体の状態を感じ取りながらゆっくりと彼女の肩や首のコリを解していく。
あ~、きもちい~。だらしない声を出してぐてーっとどこかのマスコットキャラクターのように力を抜くマリア。なぜか知らないが、今日の朝の騒動からマリアの態度が無防備と言うか、素の、ありのままを晒しているように思える。
「マリア、何か凄い緩くねぇ?」
「んー、そうかしら?」
「ああ、緩い。ゆるゆるだ」
別にそれだけ気を許してもらえてるってことなら悪い気はしないが、と苦笑しながら言う彼。それを聞いてうーん、と首を傾げるマリア。
確かに彼から仲間だと言われてから、どこか身体が軽いというか、すっきりとした感じがあるのは事実ではあるけれど、そこまで気を抜いているつもりはない。今だって、本当に肩が凝っているからマッサージしてくれる? と問いかけたところ問題ないと彼が言ったからやってもらっているだけであって、別に自分はいつものマリア・カデンツァヴナ・イヴのつもりなのだけど…。
「そんなことは無いわよ。気のせいよ、気のせい」
「そうかぁ? …まあ、良いがッ」
「ぃだだだだ!? 痛い痛い!?」
ごりっという音と共に彼女の身体に激痛が奔る。一体何事!? 涙目で振り返るマリア。
「ああ、ちょっとコリが酷かったんで手品やっただけだ」
「ちょっと。人の身体で遊ばないでよ? これでも歌姫やってるんだから」
「はいはい、女王様女王様」
「や め て」
女王と呼ばれるのは好きではない。確かに普段の仕事場での自分は冷静沈着かつ威風堂々とした姿を意識して動いているが、そのせいでやれ女王だの、女帝だの言われるのは少し嫌だ。というか、一度インターネットで自分のことを調べていたら、女王マリアに踏まれたい同士の集まるスレ、なるとんでもない物を見つけてしまってから更に苦手意識が芽生えていた。
ちなみに、余談であるが踏まれたい、だけでなく、罵倒されたい、屈服させたい、弄りたい、などの多種多様な派生スレッドが存在していたこと。そしてこのスレッドの存在する掲示板は全て日本国の大型インターネット掲示板からの発信だったりするが、それは余談である。
「っと、まあこんなもんで良いだろ。どうだ?」
「うーん、うん。軽い。ありがとね、ユーゴ」
「良いってもんよ」
んー、と身体をのばすマリア。マッサージされる前と比べたら肩が驚くほど軽い。家事、Dホイールの整備等々、本当に何でもできる彼。彼に出来ないことは無いのだろうか? などと考えながら彼女は肩を回す。
「しかし、本当に肩凝ってたな。ゴリゴリだったぞ?」
「んー、最近仕事は入れて無かったのだけど……やっぱり大きくなってるからかしら」
「大きく、って何がだよ?」
「胸。元々大きかったんだけど、最近ブラがキツくて」
やっぱりそのせいで肩が凝るのかしら、などと言いながら自分の胸を軽く持ち上げてみるマリア。近々下着を変える必要があるかもしれない、そんなことを考えていたのだが、ふと彼から全くの反応が返ってこないことに気づいた彼女は、どうかしたのか? と彼の方を見る。
そこに居たのは、こちらを見てまるで時が止まっているかのように身体を固まらせている遊吾。なぜ彼がそんな状態になっているのか気づかず、彼女は首を傾げる。
「どうしたの? ユーゴ」
「…いや、うん、何でもねぇ。それじゃあ、俺は部屋に戻るわ」
「ええ。ありがとう」
「これくらい安いもんだ」
これからも遊吾・アトラスマッサージ店を御贔屓に、などと言いながら部屋を出ていく遊吾。
マリアは椅子から立ち上がると、そのままベッドに飛び込んだ。
そっか、ユーゴはアトラスって苗字なんだ。切歌や調とも仲良くなってくれたみたいだし、あの子たちの偏食も何とかなりそう。自分の後輩でもある少女たちが彼と仲良くなれたことを嬉しく思うと同時に、彼のフルネームを知れて嬉しくなるマリア、だがそこで彼女は気づいた。
――ユーゴ・アトラス? というか、切歌と調と仲良くなって、F.I.S.とか知ったって
そこまで考えてからのマリアの行動は素早かった。
ベッドのスプリングの反動を利用し最小限の動きで身体を起こし重心を前に倒して一歩を確実に踏み出す。二歩目は少し小さく、扉を開けることを考えた踏み込み。同時に歌姫として活動する中で鍛えられた脚のステップ。扉を開いて部屋から飛び出すまでのタイムロスを減らし、自分の部屋に入ろうとする遊吾の姿を捉える。
「ユーゴ!!」
「あ? どうしたマリア、そんなにい――いィ!?」
チーターも驚きの瞬発力。彼が振り向くのが早いか彼女の身体が彼の身体を捕らえる。サバンナを駆ける肉食獣が獲物を捕らえる瞬間を思わせるチャージ。後頭部を強かに打ち付ける彼。目の前が一瞬真っ黒になるが、腹部に感じる重みと首元を掴まれてる感覚で自分がどういう状態かを把握する。
「こらマリアおま――えまえまえ!?」
「ユーゴ!! F.I.S.ってどこまで聞いたの!? シンフォギアのこと? セレナのこと? どこまで聞いたの!?」
「待て!? 落ち着け!? お前前むっちゃ開いてるというかそんなに揺らすな揺れるなと言うか落ち着けまずわあああああ!!」
ぶんぶんと彼の服の襟首を掴んで揺らすマリア。熱いからと言う理由でローブの帯を緩めていたせいで彼女の姿が煽情的な姿になっているとか色々注意したいことがあったが、とりあえず彼女に落ち着いて貰わないと首が大変なことになると必死に彼女を説得しようとする遊吾。
そんな二人のやりとりは、この後数十分も続いてしまうのであった。
後に、この日のことを振り返った二人はこういった。
『冷静さって本当に大切だと思う』
「ところで、シンフォギアのこととか、セレナのことってなんだ?」
「え?」
「いや、俺はF.I.S.ってのが国家所属の特務機関みたいなものってことしか聞いてないんだけど…」
「あ…」
「…マリア。ちょっとお話ししようぜ? 具体的に言えばお前のこと全部とかなぁ」
「えーっと、あ! 明日も仕事があるから早く寝なきゃー」
「さっき明日はオフだからどこか行こう、って言ったのはどこのどいつだろうな?」
「あ、あははは」
「おい、ちょっと来いよ」
「ちょ、まっ!?」
たやマさんは、きっと気を許したりしたらとてもポンコツな子だと思う。