病みつき物語   作:勠b

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病みつきクリスタ5

「お兄ちゃん」

甘えた声に応えるようにそっと妹の頭を撫でる。

「ふふふっ、明日もよろしくね」

辟易した俺とは対象的に満足そうに微笑む彼女に何も言えず、ため息をつくことしか出来なかった。

 

口移しで食べさせてほしい

唐突に提案されたそれに初めは理解が追いつかなかった。

いや、今でもか。

理由を尋ねるとそれで幸せになるとかどうとか。

その話を聞くと、ウォール教の事を思い出す。

母さんもよく言っていた。

幸せなんて、与えられるものじゃないのに。

それに気づかない人が嵌るのか、入ってしまったから気づかなくなるのか。

気にはなるが、試そうとは思わない。

それよりも

「明日はクリスタさんも来てもらおうよ」

妹からの提案にそっと首を振る。

こんな姿、恥ずかしくて他人様に見せられやしない。

「クリスタさん、もう大丈夫だと思うよ?」

「大丈夫って、何が?」

「ふふふっ、明日聞いてみたら?というより、明日はクリスタさんにもやってあげたら」

「ふざけるな」

叩きやすい位置にある頭に向かって軽く手を置く。

痛くもないのに「いたいっ」と呟く妹。

大体、家族ですら恥ずかしいのにクリスタさんになんて……。

少しだけ想像して、もう一度首を振る。

きっと、彼女も嫌がるだろう。

 

「でも、寂しいよ」

背中を向けたと思うとその小さな体を俺に押し当て、背もたれ代わりにした。

「せっかく知り合ったのに、最近全然お話できてない」

「お話したいなら、こんなことやめよう」

「だーめ」

1週間も続くあの行為に未だに慣れない。

いや、慣れたくないのだろう。

兄妹だからって、あんな事したくない。

……きっと妹もそう思っている。

「もう少し、もう少しだけ」

呟くような言葉を聞きながらそっと彼女の頭を撫でる。

 

2週間

それが、この儀式とやらをやる期間だという。

インチキくさいこの話に俺が付き合うのはやはり、妹からのお願いという側面が強い。

本当はしたくない。

普通の仲の良い兄妹。

そんな関係が一番だ。

でも、思うだけで強く口にできないのは俺の弱さだろう。

断ったらどうなるのか。

そのイメージが出来ないから。

母さんにウォール教に来るように何度も誘われていた。

断る度に、人が変わったように怒鳴りつけ、殴られていた。

普段は怒ることなんて滅多にしなかった人が。

もしも

もしも、妹にまでそんな風にされたら。

彼女のお腹に手を回す。

俺から離れないように抱き寄せる。

そんな俺の気持ちに気づいたのか、より強く身体を預けながら上を向き俺の目を見る。

ずっと一緒だよ

そんな優しい言葉に俺の気持ちは少しだけ救われた。

 

 

 

 

翌日、何時ものように仕事をし、それが一段落したら各々が集まって休憩する中一人交じれずに居る俺は馬小屋へと足を運んだ。

ここが最近の休憩場所だ。

馬小屋の中へと入ると、何か語りかけながら馬達のブラッシングをしているクリスタさんが目に入る。

視線に気づいたのだろうか、彼女はふと俺の方を向くと嬉しそうに笑った。

「お兄ちゃん」

俺の事を兄と呼び親しむ少女。

その可愛らしい笑みに釣られて俺も頬が緩む。

ここでの唯一仲良くしてくれる友人。

嬉しい話だ。

だからこそ、次に来る質問への返答を思うと心が痛くなる。

 

「お兄ちゃん、今日のごは……そっか」

言い終える前に俺の表情を見て察したのか、バツの悪そうな顔をして言葉を止める。

「ごめんね」

言い慣れた謝罪の言葉に対して笑顔で「別にいいよ」と応えてくれた。

優しい人だ。

本当にそう思う。

俺達に関わってるせいで、最近彼女も周りに疎まれている。

俺は平気だ。

妹がいるから。

でも、彼女は?

俺達に関わってくれた彼女を、冷たくあしらっている現状に嫌気が差す。

もし俺が、妹の我儘を拒否できていれば。

そんな勇気があれば、クリスタさんに嫌な思いをさせなくてすむのに。

自分の惨めさが悲しくなる。

 

「私も少し休憩するところなの、お兄ちゃんもゆっくりしよ」

場の空気が悪くなってきたのを察してか、そう言って彼女は話題を変えてくれた。

部屋の隅に積まれた藁に座ると、その横をぽんぽんと叩いて座るように催促をする。

それに従うように歩きはじめると、すこし違和感を感じた。

何故だろうか。

彼女の横に腰掛けながら違和感について考える。

嬉しそうに微笑んでいたクリスタさんを見て、すぐに気づいた。

昨日……というか、断り始めてからずっと、クリスタさんは辛そうな、悲しそうな顔をしていた。

それに自分の無力さを痛感させられていた。

でも今日は違う。

楽しそうに馬達のことを語る彼女は、昨日迄とは全く違う顔をしている。

……慣れたのかな。

そう簡単に決めつけた。

思えば、妹もあの儀式とやらにすぐに順応していた。

クリスタさんも断られることに慣れてしまったのかましれない、

本当にごめん。

楽しそうに語る彼女に相槌を打ちながら、せっかく変えてくれた空気を戻してしまうのも気が引けるため、内心で呟くことにする。

妹もクリスタさんも慣れていった。

でも、俺は何も慣れてない。

儀式とやらも、断ることも。

二人共強い人なんだなって思う。

いや、俺が弱いだけか。

自傷気味に笑みを浮かべてしまう。

クリスタさんに見られないように口元を手で隠す。

「お兄ちゃん?」

不思議そうに首を傾げながら見つめる彼女。

やっぱり、そんな彼女を見ると笑みを浮かべてしまう。

隠していた手を退かして何時ものように微笑み返す。

それを見て安心したのかすぐに話が戻っていった。

 

1週間。

約束の日が来たら、きちんと話をして取りやめよう。

そして、前みたいに3人でご飯を食べよう。

その時は、俺からクリスタさんを誘ってみよう。

喜んでくれるかな?

嫌がりはしない、と思う。

だから

楽しそうに語る彼女の横顔を眺めながら、心に誓う。

大切な友人に、我慢をさせることに申し訳なさを感じるが、それでも、それでも我儘を言いたい。

もう少しだけ、俺に勇気をくれる時間をくれと。

自分勝手だな。

微笑みを崩さない様に気をつけながら、自傷の言葉を思う。

 

「そうだ」

馬達の話が一段落すると、思いついたかのようにわざとらしく手を叩くクリスタさん。

彼女の顔に視線を向けると、耳まで赤くなっていた。

「オーナーからね、プレゼントを貰うの」

横目で俺の顔を見る。

視線が合うと、慌てて反らして顔をそむけた。

後ろからでもわかるぐらい、耳は赤くなっていたのが見える。

プレゼントを言うのにそこまで照れるって、子供っぽいのをお願いしたなかな。

何となく馬の小さなぬいぐるみが似合いそうと思い、それを愛でる彼女の姿を想像した。

「プレゼントって何をもらうの?」

自分で想像しといて勝手だけど、俺まで照れくさくなってきた。

彼女から視線を反らし、暇そうにしている馬達を見る。

ぬいぐるみがなくても毎日愛でて入るか。

丁寧にブラッシングされているからだろうか、心無し馬達はご機嫌だ。

 

「演劇のチケット。私行ったことないから」

演劇と言われても今一ピンとこない。

そういった娯楽があるというのは知ってはいた。

といっても、生活に裕福な人達が見るような物が多い。

少なくとも、俺達家族は一度も行ったことなんてなかったし大抵の人達も同じ事を言うだろう。

「お兄ちゃんは行ったことある?」

「ないかな」

「そうなんだ」

俺の返答を受けると顔をゆっくりと、恐る恐ると言ったように俺の方へと向けてくる。

林檎のように真っ赤な顔とは、こんな顔を言うのか。

そう思う程彼女の顔は真っ赤だった。

たぶん、俺の顔も。

「い、一緒に行かない?」

駄目、かな?っと小声で付け加える。

その誘いは嬉しい。

けど、問題だってある。

「いつ行くの?」

「今度の休日の日のがね手に入ったからって。だから、その日しかないの」

「休日かぁ」

考える顔を作るも、答は決まっていた。

すぐに伝えてしまうのは、彼女の好意を無下にする用で申し訳ないから。

自分勝手な態度だ。

 

「妹ちゃんは、オーナーが見てくれるらしいよ」

それを聞いて考える素振りが止まる。

先を読まれていたことに驚かれた。

いや、そこまで難しい話でもないか。

休日は何時も妹と二人で部屋に過ごしていた。

クリスタさんと出会ってからは三人でだけど。

特にすることなくただ話し合うだけで一日過ごしていたのだから。

クリスタさんも特に苦痛な様子はなく、むしろ楽しんでいるように見えた。

俺達と接してくれていることを楽しんでいてくれるように。

俺だって嬉しい。

ここに来る前も、大抵妹と二人っきりだったから。

他の人と接することがこんなにも楽しいというのを教えてくれた彼女。

女神、か。

 

俺の返答を待つ彼女。

赤くしていた顔に加えて、目尻に涙も溜まってきた。

そんな彼女を見ると、妹の冗談を思い出す。

でも、女神とか天使とかそんな風に言える人がいるとしたら彼女の様な人を指すのだろう。

そう思う。

嫌われ者の俺達に、人との繋がりがない俺に優しくしてくれる彼女を見ると、そう思ってしまう。

 

「お兄ちゃんと一緒に行きたいの」

縋るように俺の服の袖を強く掴む。

顔を少し近づけると、身長差もあってか、涙目の上目遣いでの誘いは何とも反応に困ってしまう。

顔をそむけるのも失礼だし、かと言って見つめ返すのも……。

少しだけ目線を動かして誤魔化す。

それに気づいたのか、襟に込められた力はより強くなっていった。

それに反比例するように、小さな声で「お兄ちゃん」と呟く。

何度も、何度も。

こんな風に求めてくれる彼女の誘い。

俺は、断るべきなのか。

振りではなく、本当に考え込む。

決まっていた答は口にすることなく溜まった唾と共に飲み込んだ。

数秒程考える。

考え終わって、彼女を見る。

 

「楽しみだね、演劇」

「一緒に行ってくれるの!?」

「うん、行こう」

喜びを表現したいのか、手を大きく上に上げてバンザイをするクリスタさん。

少し驚いたけど、俺も同じぐらい嬉しい。

妹以外とどこかへ遊びに行く。

他の家族を含めてもそんな事滅多になかった。

病弱な妹を置いて何処かへ行くことを気に病んだ父。

妹と共になら夜な夜な出かけていた母。

俺の事を気遣うも、調子が良い時しか外出出来なかった妹。

そんな少ない交流しか持たない俺に、優しく接してくれるクリスタさん。

まともに接したことない家族以外の人だけど、本当に彼女は優しい。

彼女は周りとは違う。

俺達兄妹を嫌わない。

俺達家族を嫌がらない。

 

演劇か。

始めて行く舞台よりも、クリスタさんと何処かへ行くという方に考えが行き頬が緩む。

喜んでる彼女の頭をそっと撫でてみる。

クリスタさんは、これが好きだ。

何時ものように驚いた顔をするも直ぐに目を細める。

視線でもっとと訴えてくるのに応えるように優しく、傷つけないように撫でていく。

いや、既に傷つけているのか。

こんな風に優しく接してくれる彼女の手を何度も振り払っているんだ。

そう思うと心が軋む。

罪悪感、なんだろうか。

幸せになる儀式とやらはやっぱり効果がない。

少なくとも、その儀式のせいで俺は彼女を傷つけているのだから。

だからこそ、俺なんかでも叶える願いがあるなら叶えたい。

そういう気持ちもある。

妹だって……許してくれる。たぶん。

オーナーと仲が良いし、任せても……。

 

と考えると、変な事を勘ぐる。

オーナーからチケットを貰ったと彼女は言う。

でも、オーナーは昨日内地へ行った。

今日はまだ帰ってきていない。

誘いは昨日じゃなかった。

というより、プレゼントの話だって直ぐに快諾を得られるような物じゃない。そんな安いものじゃない。

少なくとも、簡単に手放せるような物じゃない。

前々からお願いしてた?

だとしたら、昨日話しても……。

目の前に映る幸せそうに微笑む彼女を見ると、嘆息してしまう。

人の好意を疑う自分に。

 

まぁ、昨日は昨日で言えなかっただけだろう。

そう思うことにする。

昨日のクリスタさんよ様子をふと思い出す。

「お、お兄ちゃん。あのね」

彼女はまだ俺を兄と言い慣れてないのか、恥ずかしがってる様子があった。

別に嫌ならそう呼ばなくてもいいのに。

なんて何時も思うけど特に嫌がってる様子はなくて、むしろ嬉しそうな風にも感じた。

……あれ?

ふと思う。

今日は妙に俺の事をお兄ちゃんと言う。

言い慣れた口調て、スムーズに。

……

違和感ならあった。

でも、気にしなくてもいいか。

幸せそうに微笑むクリスタさんを見ていると、細やかな疑問は直ぐに忘れ去られていった、

代わりに現れたのは、妹にどう言い訳するかという新たな種。

まぁ、我儘は聞いているんだ。

少しぐらい、許して貰おう。

そう自分に言い聞かせていく。

 

残り少なくなった休み時間は、彼女との演劇の話をして終わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「演劇?」

不思議そうに言う妹の口をハンカチで拭きながら「そう」と呟くように答える。

スープで汚れた口元を見ていると、俺の口も同じぐらい汚れているのかと思ってしまう。

「よかったね、お兄ちゃん」

「は?」

動きを止めて短く聞き返してしまう。

「なにが?」

「だって、お兄ちゃんが友達と遊びに行くの初めてじゃん」

「初めてではないよ」

「初めてだよ、友達いなかったし」

「……そんなことない」

強かって返すが、確かに俺は友達と呼べるような人はいなかった。

殆ど家にいたから。

誰のせいでも誰かに言われたからでもなく、自分で妹のそばに居ると決めたのだから。

 

「クリスタさん、優しい人だね」

「そうだね」

妹の言葉を聞き、改めて嬉しく思う。

「可愛いし、優しいし、本当に天使みたいな人だよね」

「そうだね」

クスクスと笑いながら冗談っぱく言うが、俺は割と真面目に同意した。

「やっぱり、この儀式のおかげだよ」

「それはない」

冷たい反応に「もう」と口を尖らせて返される。

こんな事しなくても、幸せにはなれる。

そう言いたいけど、言えない。

妹はまだ幼い頃から通っていた。

だからこそ、ウォール教の教えが絶対に正しいと考えている節がある。

それを否定するのは、怖い。

嫌われそうで。

……嫌われたくない。

たった一人の家族に。

 

「お兄ちゃん」

優しい呟きと共にハンカチを掴んでいた手を包むように妹は手を置く。

「幸せになろうね」

その呟きに「あぁ」と返す。

幸せっか。

頭の中でその言葉を反復しながら、妹の顔を見る。

俺と二つ違うだけなのに、そうとは思えない程小さなく、痩せ細った身体。

ずっと傍にいた。

これからも、傍にいる。

たった二人の家族だから。

だから、幸せだよ。

お前に心配されなくても、俺は。

お前と一緒にいるだけで、幸せだから。

 

 

 




アンケートご協力ありがとうございます。
上手くできてたみたいで一安心です
もう少しだけこのまま取ってみたいと思ってます。
一話完結の方が人気なだろうなぁとアンケートしておきながら決めつけていましたが、意外とシリーズ物も人気のようで……


ふらっと気が向いたらクリスタ置いといて一話完結物も書きたいなと思ってます。
その時はまた読んでいただけると幸いです。

ps部屋の掃除をしていたらserial experiments lainが見つかりました。
去年気になって購入し、ハマったゲームです。
そこまで知名度ない作品のような気がしますが、知ってる人いるのかな……?

一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?

  • 一話完結
  • ストーリー物

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