病みつき物語   作:勠b

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病みつきクリスタ6

人間とはどんなことにもすぐ慣れる動物である。

そんな言葉を昔聞いた事があった。

正直、意味がわからなかったけど今ならわかる。

彼女は、俺と口移しでの食事に慣れてそれを楽しむようになった。

彼女は、誘いを断られることに慣れてしまって、断られても笑みを崩さなくなった。

俺は、何にも慣れていない。

食事は普通に食べたいし、誘いだって出来れば断りたくない。

そう思う。

彼女達が慣れるのが早いのか俺が遅いだけなのか……。

わからないけど、嫌なことは嫌だ。

でも、そう思うのも明日まで。

そう思うと少しだけ気が楽にる。

狭いベッドで互いに顔を合わせていると、ため息が出てしまう。

幸せそうな寝顔をしている彼女に、約束通り明日で終わりと言わなければならない。

この寝顔が不満で満ち無いことを今から祈ることしか出来ないのか。

嫌がられても、約束は約束と言わないといけない。

……演劇を見に行く話も、オーナーからチケットを貰ったらきちんと伝えたないとな。

先の事に不安をおぼえながら、ゆっくりと瞼を閉じる。

不安はある。

でも、楽しみもある。

友達と遊ぶだなんて、初めて……いや、久々だな。

何を話そうか、何をしようか。

休日がこんなにも恋しくなるなんて思いもしなかった。

本当に、彼女には感謝しかないな。

その日俺は、クリスタさんの微笑みを思い浮かべながらゆっくりと意識を手放していった。

 

 

 

 

 

 

今日は朝から珍しい事があった。

畑仕事をしていたお兄ちゃんが朝から厩舎に来たのだ。

話を聞くと、マルコスさんがお休みのため指揮を取る人が居らずお兄ちゃんは手持ち無沙汰になったとのこと。

他の子達は他の大人達の話を聞いていたが、お兄ちゃんには何も言わなかったらしい。

マルコスさんはお兄ちゃんを毛嫌いしていたが、マルコスさんとオーナーぐらいしか大人達も関わってくれないと言う。

初めて聞いた話だ。少し驚く。

あんな風に暴力を振るう人に面倒を見られているのは可愛そう。

……私は、そんな人にお願いをしたんだけど。

 

そんなわけで、仕事が無いお兄ちゃんがわざわざ私の元に来てくれた。

求められるという事に心が喜びで波打つ。

それだけで笑みを浮かべてしまう自分の単純さに少し呆れた。

でも、これ以上に嬉しい事が更にあった。

「指示をくれないなら、指示をくれる人の所に行けばいい。だからクリスタさん、仕事を教えてくれないか?」

その言葉に何度も首を縦に振って応える。

大好きなお兄ちゃんと大好きなお仕事をする。

夢で何回か見たことがあった。

それだけで、幸せな気持ちになれた。

それが現実になる。

そう考えただけで身体中が熱くなっていく。

幸せだ。その一言で頭の中が一杯になった。

「じゃ、仕事道具から教えるね」

お兄ちゃんの手を取って引っ張っていく。

まともに顔が見れないぐらい緊張してるし、見せたくないぐらい頬が緩んでいる。

それでも、この幸せを噛み締めたい。

空いた手でお兄ちゃんに見られないように胸の前で拳を握る。

この幸せを離さないように。強く。

 

 

お兄ちゃんと一緒に長く居られる。

今度の休日もそうだけど、そんな機会は滅多にない。

夕食から寝るまでの時間はせいぜい2、3時間ぐらいは妹ちゃんも合わせて3人で居たけど、2人っきりで居られるなんて休憩時間の一時間も満たないぐらいの間ぐらい。

最近は一時間も満たないぐらいしか居られなかった。

少し嫌な感じがしたけど、すぐに機嫌が良くなった。

隣の馬をブラッシングしているお兄ちゃんの顔を見たから。

慣れない仕事だからか、戸惑いを見せつつ恐る恐る馬に触っていく姿は何だか可愛い。

「大丈夫だよ。乱暴にしなかったら暴れないよ」

「クリスタさんの場合だろ?俺は馬に触っかとなんて殆どないんだ」

「暴れるなよ」と呟きながらそっとブラッシングをしていく。

何時もと違う人がやるのが気になるのか、勢いよく馬から顔を向けられるのを見ると慌てて数歩立ち下がったお兄ちゃんの驚いた顔は、やっぱり可愛い。

「お兄ちゃん、驚きすぎだよ」

「本当に暴れないんだよな?」

「大丈夫だよ」

「……本当に?」

「もう」

私は一回ブラシを置いてお兄ちゃんの元ヘ早足で向かう。

またお兄ちゃんの手を取った。

今度は両手で包み込むように。

力を込めて、それでいて優しく。

「こんな風にね、優しくするのがポイントだよ」

2周り程大きい手の平をそっと撫でていく。

暖かい手。触れるたびにそう感じる。

この手で頭を撫でられたい。

触れる度にそう思う。

「お兄ちゃんなら出来るよ」

優しく、それでいて力強く。

「自信ないな」

丁寧に、それでいて程よく。

「大丈夫だよ」

あの子にするみたいに私にも、私にも一杯してほしい。

私にも、もっとしてほしい。

私の事を見ててほしい。

 

「クリスタさん……?」

お兄ちゃんの声が聞こえると、ハッと自分に帰った。

さっきまで撫でていた手のひらは気がつくと私の頭の上にある。

お兄ちゃんが置いてくれたんじゃない。自分で置いたんだ。

包み込んでいた手を私の頭を押し当てる様にしていたのだから。

今日は幸せな日だ。

でも、もっと

「ふふふっ、何時もみたいにやってみてよ、ね?」

もっと、幸せになりたい。

今日が最後の日と思えれるぐらいな幸せがほしい。

なんでだろう。そう願う私がいるし、その言葉に従順な自分がいた。

「……わかった」

照れくさそうに言いながらそっと頭を撫でてくれる。

久しぶりだ。

目を細めてもっとと強請るように上目遣いで彼を見つめる。

彼女の様に振る舞う。

意図に気づいたのか、少し目を見ら引いてすぐにため息をつかれた。

あの子と接するような反応だ。

私、妹みたいかな?

だとしたら、嬉しい。

彼の妹になれることに。

なりきれているならば、嬉しい。

 

なんでだろう。

見てるだけで満足だっのに今ではもうそれでは物足りない。

それどころか、見ているのが嫌になる。

なんでだろう。

始めは本で見ていたような家族愛。

私が欲しくて、飢えているもの。

間近で見たそれは綺麗なモノで。

手を伸ばしたくなるような甘美な果実。

観客として眺めているだけでいいと思っていた。

でも、今は違う。

やっぱり欲しいよ、お兄ちゃん。

私、お兄ちゃんが欲しいよ。

欲しくて欲しくてたまらない。

空っぽの私を満たしてくれるこの愛情が欲しいよ。

私の全部を差し出してもいいぐらいに。

お兄ちゃん。

 

「お兄ちゃん」

「どうかした?」

緩んでいたのは頬だけでなく口もだったみたい。

思っていた事が口に出てしまった。

慌てで両手で口を塞ぐも、不思議そうな目線がより強くなるばかり。

「……あのね」

「うん」

「私、今幸せだよ」

急な言葉に戸惑わせてしまう。

それでも手を止めないでいてくれるのは、お兄ちゃんが優しい証拠。

「……俺も、楽しいよ」

軽率な返しじゃなくてしっかりと考えて応えてくれるお兄ちゃんは本当に素敵な人。

こんな人と巡り会えた事自体が幸せなのかもしれない。

巡り会えただけじゃ満足できない体になりなったのは、お兄ちゃんの優しさのせいだよ?

精一杯の返しだったのか、顔を赤くする姿を愛らしく感じる。

 

もっと、もっと

心の底からそんな声が聞こえる。

もっとお兄ちゃんと触れ合いたい、その大きな手で色んな所に触れられない。

もっとお兄ちゃんと話したい。優しい声でたくさん名前を呼ばれたい。

もっとお兄ちゃんの顔を見たい。色んな表情を見てみたい。

もっと、もっと。

 

でも、今はだめ。

「さぁ、お兄ちゃんお仕事やろ」

名残惜しさを強く感じるけど、自分から彼の手を取って私の頭から離す。

オーナーときちんと話して、どうするか決めよう。

どうすればいいか、教えてもらおう。

「そうだね」

私が家族になってから。

家族になったら、きっともっと甘えられる。甘えてくれる。

お兄ちゃんが私を求めて、私がお兄ちゃんを求める。

そんな関係になれるはず。

だから、今はだめ。

 

ブラシを手渡して今度はお兄ちゃんの横で仕事振りを見させてもらう。

まだかまだかと催促するように尻尾を横に振る馬の横で膝立ちするお兄ちゃん。そんな彼の耳元に自分の顔を当てるように躰を前に倒す。

やっぱり緊張してるのか、少し手が震えていた。

震えが収まるように祈りながら手を覆い被さるように合わせてそっと運ぶ。

「馬達はね、デリケートだから優しくやるんだよ」

震えと共に手から力がなくなる。私に身を委ねてくれている。

「でも、優しくって思って力を入れないのもだめなの」

何時ものようにうまくできるかな?

出来てほしい。

これで上手くいけば、お兄ちゃんが馬達の世話を上手くやれるようになったら。これからも一緒にお仕事できる。

そうお願い出来る。

「優しく、優しく……だよ?」

何度も呟きながら同じ動作を繰り返す。

馬も気持ちが良いのか尻尾の振りが収まってきていた。

お兄ちゃんもコツを掴み始めたのだろう。

気がついたら私が力を入れなくても自分の力で手を動かしていた。

私の顔でも馬の顔でもなく、自分の手に持つブラシを真剣な目で見ていた。

馬の事を考えながら。

 

「ふぅー」

「ひっ!?」

少しつまらなく感じてたら目先にあった耳に息を軽く吹きかけていた。

やっぱり身体をビクッて反応させて直ぐに驚いた顔をして私を見てくれた。

綺麗な瞳に悪戯っ子に笑う私だけが映っていた。

「……クリスタさん」

嘆息交じりに呟くけど言葉に詰まってしまったのだろう、難しい顔をしながら私を見る。

そんな顔も面白くてやっぱり笑えてきてしまう。

「ごめんなさい、お兄ちゃん」

とりあえず謝っておく。

馬に嫉妬したなんて言えない。

妹ちゃんだけじゃなくて、馬にも嫉妬するなんて……。

自分の事ながらあきれてしまう。

でも、それだけお兄ちゃんの事が大切に思ってる。そう認識できて何だかんだ嬉しい。

お兄ちゃんはやっぱり難しい顔をして私を見てて、少しして「もうやめろよ」と言って渡しに釣られて笑った。

幸せだな。

そう思う。

皆、こんな風に誰かとじゃれ合いながら過ごしてたのかな。

私からしたら初めての体験だ。

こんな風にふざけるのも、それで笑い合うのも。

はじめてことばかり。幸せなことばかり。

こんな幸せな体験が、ずっと続いてほしい。

皆が過ごした当たり前の経験を、お兄ちゃんとしていきたい。

そう、強く願った。

 

 

 

 

 

 

 

それからは特に悪戯もせず2人で真面目にお仕事をした。

すこしでも早く馴れて一緒にお仕事したいしね。

お兄ちゃんはさっきの悪戯のせいでコツを忘れたのか、たどたどしくといった様子でブラッシングをしていた。

やっぱり、変な事しないほうがよかった。

始めはそれを見て、しゅんと落ち込んだけど「楽しいね」の一言ですぐにやめる。

やっぱりお兄ちゃんも私と一緒に仕事をするのは楽しいみたい。よかった。

何時も1人でやっていた事を2人でやる。でも、終わる時間は1人の時と余り変わらなかった。

けど、体感時間は全然違う。何時もよりもずっと早い。

楽しい時ってやっぱり早くすぎるんだな。改めてそう思った。

昼食として配給されたパンとスープを受け取って、厩舎の隅に2つを並べる。

馬達も昼食の切り藁をモサモサと食べていた。

何時もはそんな美味しそうに食べる馬達を眺めながらの1人の食事だったけど今日は違う。

今日は何もかも違うんだ。

 

「大変なんだね」

パンを一口加えるとお兄ちゃんはため息をつく。

「大変だと思ってたけど、やってみるとこんなにもとは思わなかったよ」

「馴れるとそうでもないよ?私は昔からやってたから。お兄ちゃんの畑仕事も大変でしょ?」

「俺は体を動かすだけだからね。暴れられたりしないし」

「あははっ」

お兄ちゃんのブラッシングは余り好評ではなかったのか、結局あの後少し馬が興奮する事があった。

幸い怪我もなかったし、そんなに暴れなかったからよかったけど。

というか、暴れるほど嫌なら変わってほしかった。

そんな事を言ったらお兄ちゃんはキョトンとしてた。

……もう少しお兄ちゃんの前で頬と口を硬くしようと決めた瞬間だ。

 

「この後は何をするの?」

「このあとはね……」

私は口に含んだパンを飲み込んで今日の予定を考える。

といっても、大体決まってるけど。

「この後は、馬達とお散歩に行くの。歩いて数十分ぐらいで森につくんだけどね、そこまで行って帰ってくるの。中は危ないから駄目って言われちゃっから」

「散歩って歩くの?」

「乗っていくよ。オーナーが2頭使ってるから数は減ってるけどそれでも3頭いるから歩くと日が暮れちゃうよ」

私の笑顔と反比例するようにお兄ちゃんの顔がくもっていく。

……もしかして。

「乗馬は初めて?」

「初めて」

「大丈夫だよ、今日は一緒に乗ろう」

自分で言ってその姿を想像する。

手綱を掴んだ私に恐る恐る掴まりながら馬に乗るお兄ちゃんの姿。

……あぁ、早く食べてお昼のお仕事をしよう。

少しペースを上げてパンを口に入れる。

「……頑張ろう」

諦めたように呟きながらゆっくりとパンを口に入れるお兄ちゃん。

大丈夫だよ?私が教えれることは全部教えてあげるからね。

そう言いたくても、口に入ったパンが邪魔でいえない。早く飲み込まなきゃ。

 

「ごふっ、ごふっ」

「大丈夫!?」

慌てて飲み込もうとしたからだろう。思わずむせてしまった。

お兄ちゃんは手慣れた様子で背中をさすりながら口元に水を運んでくれた。

心配そうに見つめてくれるその顔は、少し前に倒せば額と額が合いそうになる。

水よりもお兄ちゃんの口に目が行った。

「早く飲んだほうがいい」

私もお願いすれば、口移しで飲ませてくれる?

「クリスタさん……?」

私はお兄ちゃんにお願いされたら頑張るよ?お兄ちゃんは?

……だめ、だよね?

いまは、まだ

 

目線をコップに移して、それを受け取って口に含む。

また軽く咳き込んだけどすぐに落ち着いた。

大きく息を吐く私に合わせるようにお兄ちゃんもため息をついた。

「クリスタさんは食べるの遅いんだから、無理しないほうがいい

「ごめんなさい」

今度はしっかりと反省する。

心配をかけさせちゃった。

反省はしてるけど、嬉しい。

私を思ってくれる事に。

「馬達だってまだ食べてるんだから、早く食べても意味ないよ」

お返しのつもりなのか、悪戯に笑うお兄ちゃんの言葉に確かにそうだと思った。

自分の気持ばかり優先させてしまった。

「馬達の事ばかり思うのも大切だけど、自分も大切にしなよ?」

そう言って私の頭に手を乗せて、そのまま優しく撫でてくれる。

珍しい……いや、初めてだ。

1日に2回も撫でてくれるなんて。

そう滅多に撫でてくれないのに。

嬉しいな。

やっぱり、この手はとても落ちつく。

お兄ちゃんに優しくされると不思議と心が落ちついていく。

まるで、はじめからそれが当たり前だったかのような感覚。

でも、気持は違う。

ドキドキと激しく波打って緊張を強くする。

不思議な感じだ。

ただ、これだはわかる。

もっとと目線で訴える事。

そうすると、お兄ちゃんは長く構ってくれるという事だけは。

そして、私の頬を硬くできるのは時間がかかる……もしくは、出来ないという事だけは。

 

「お邪魔だったかな?」

最近聞いていなかった声が私達の時間を邪魔してきた。

お兄ちゃんは慌てて私の頭から手を話して声の主に視線を向ける。

「……オーナー?」

私も合わせて彼を呼んだ。

オーナーは申し訳無さそうに頬を掻きながら私達に頭を下げた。

「すまないね、クリスタさんにプレゼントを渡そうと思って来たのですが……いはやはまさか、仲良く戯れているとは知りませんでした」

何時もの不自然な笑みではなく、純粋に面白そうなモノを見てるように微笑みながらオーナーは手にしていたバックを広げ始める。

いや、それよりも……。

「オーナー、お帰りは明日と聞いてましたが」

私と同じ疑問をお兄ちゃんが口にした。

オーナーは明日帰ってくる予定のはず。

なのに、何故?

私としては早く相談できるから嬉しいけど。

 

「あぁ、頑張ってるお兄ちゃんへのお土産が予定よりも早く手に入りましてね、それでいて早く帰って来れました。」

そう言ってオーナーは2つの包を取り出した。

1つは長方形のモノ。ソレを私に向かって。

1つは布袋。じゃらしゃらと複数の小物がぶつかる音を出しながらお兄ちゃんにむかって。

互いにそれを受けとる。

私のは分かる。マルコスさんがオーナーがもってきてくれると話していた演劇のチケット。

私がお兄ちゃんの事に関してお願いしたら手紙を出して、それを合図に持ってきてくれる手筈になってたと聞いた。

後のことはオーナーと相談するように言われている。

お兄ちゃんのは何だろう?本人もわかってないのだろう。不思議そうに布袋を眺めていた。

 

「クリスタさんには約束してたチケットですよ。2週間後のものですので、彼と行ってきなさい」

2人でお兄ちゃんを見る。そんな視線に気づかないぐらいに布袋を真剣に見ていた。

「お兄ちゃんには、見覚えのある袋だろ?」

「でも、これ」

少しムスッとしてしまう。

私の知らないお兄ちゃんの事。お兄ちゃんの会話。

「薬ですよ、妹ちゃんが飲んでた」

「……えっ?」

思わず驚いてしまった。

薬を飲んでたのは知っていた。逃げる時に持ってけなかった事も。そして、薬を飲まなくなってから前みたいに運動が出来なくなった事も。

「薬は、今の俺達じゃ貰えないはず」

そう。

ウォールマリアが陥落して何もかも物資が困窮している。そんな中、薬をわざわざこんな所に配給してくれることなんて先ずない。なのに、その薬がここにある。

「内地の知人に医者がいましてね。お願いしてもらってきたんですよ。今度は妹ちゃんも連れて行って観てもらいましょう。きっと、今より良くなる」

「…………」

お兄ちゃんは複雑そうな顔をして俯いた。

オーナーはウォール教の集会に参加しに行った。それは、ここの人達が噂していた事。

仲間外れの私にも聞こえてきた声だ。お兄ちゃんも聞こえているかもしれない。もしかしたら察していたのかもしれない。

ウォール教の集会に妹ちゃんを送り出す。お兄ちゃんの手で。きっとこの決断に悩んでいるんだろう。

家族を狂わした所へ送り出す事に。

「……妹は、良くなるんですか?」

「私達は神に、そして我々を守るこの壁を信じています。貴方もそれを信じればきっと良くなるでしょう」

「俺も行けと?」

「貴方も是非来てほしい。ですが、今回は妹ちゃんだけで大丈夫ですよ」

お兄ちゃんは下を向いたまま思いっきり唇を噛んでいた。

オーナーも気づいているのだろう。気がついたら何時もの作り物のような笑顔に変わっていた。

 

長く、長く考えてお兄ちゃんは頭を下げる。

「よろしくお願いします」

お兄ちゃんは妹ちゃんを優先した。何よりも、彼女を。

家族を壊した人達に頭を下げる。そんなプライドを捨ててまで、妹ちゃんと自分自身を差し出してまで彼女が活きる事を優先したんだ。

……綺麗な家族愛。そう思うのに以前のようなトキメキはない。

複雑な気持ちだ。

お兄ちゃんは顔を上げる。

「薬を妹に持っていってもいいですか?」

「えぇ、就業中は自室に戻ることを禁じてますが今回は特別ですよ」

作り笑いをひと目見てまた顔を布施辰徳お兄ちゃんは、私に「またあとで」と告でこの場から駆け出した。

過程はどうあれ、欲しかったものを手に入れたのだ。内心嬉しかったのかもしれない。

駆け出してすぐ、ほんの一瞬の隙見れた口元は綻んでいた。

妹ちゃんのためにする笑っていたんだ。

つまらない。っと少し感じた。

 

「さて」

お兄ちゃんが厩舎から出るのを見送ってすぐに視線を私に移す。すると、作り笑いが何故だがより強く不快感を強くした。

「マルコスさんから手紙を頂きました。彼から何が聞きましたか?」

「オーナーと相談するように言われたました」

「そうですか、では」

オーナーは以前のように深々と私に頭を下げた。下げた頭は私の耳元に位置した。

さっきのお兄ちゃんはこんな風に気持ち悪いって思ったのかな?だとしたら、少しショック。だけど、私とお兄ちゃんのナカダからそんなことないよね?

現実から目を反らすように彼のことを考える。

「私からのアドバイスはたった1つ」

やっぱり現実からは反らせられない。少なくとも、今は彼の言葉に耳を傾けてしまう。

 

「貴方様もう彼の妹ですよ」

 

「……えっ?」

期待を大きく裏切られた。思わず呆気にとられている。そんな私をまじまじと見たいのか、顔を上げて数歩下がりまた面白そうに笑っていた。

 

「大丈夫ですよ、すぐにわかります。

貴方様は彼の妹。

貴方だけが、彼の妹なんです」

 

わからない。彼にはちゃんと妹がいる。私は偽物。自分では分かってるようで、わかりたくないけど……。

私はどこまでいっても偽物なんだ。本物の家族にはなれない。

いやだ、考えたくない。

耳を塞ごうとしたけど、そんな事できない。オーナーが私の手を掴んだから「そして___」っと塞ごうとした現実とフィクションの一線をより濃くするような事を言いたいのか、口を開いた。

 

「貴方様が賽を投げた。この事実は変えられない」

 

賽を投げた?何を?私が何をしたの?

私はただ、彼の妹になりたい……お兄ちゃんみたいなお兄ちゃんが欲しい。

お兄ちゃんが欲しい。

そう望んでるだけ。それだけ。

彼が私の家族になる、そんな夢を見たいだけ。

それだけだ。

叶えられない望みなのはわかってる。だけど、少しぐらいは幸せな夢を観たかった。

慰めの言葉や、自分の気持ちを考えさせるような言葉を聞きたいわけじゃない。

 

オーナーを睨みつけるとすぐに手を離してくれた。「失礼しました」と軽く頭を下げる。

わざとらしく咳払いをすると、オーナーは入口に向かって歩き始める。

「貴方様の望むものをご用意しました。ご覧にいせましょう」

後ろ姿でもわかるぐらい笑っていた。

私が望むもの。

望んでいるもの。手に入らないモノ。

何を見せるというの?

わからない、けど。何故か私の足はオーナーと共にしていた。

 

厩舎から出てすぐに気づいたのは何時も傍において会った馬車と、短い間とはいえ私が世話をしていた2頭の馬。

そして、見たことのない制服を着た兵士が2人。

あれは、憲兵団のモノだ。ここ辺りじゃまず見ない内地で過ごす人達。なんでこんなところに?馬車の傍で暇そうに話していたが、オーナーを見ると軽く会釈をした。オーナーもそれを返す。

「あの人達は?」

「脇役ですよ。貴方様が気にするような事ではありません」

それ以上語ることはないっとでも言いたいのだろうか、オーナーはなに一つ話さなくなった。私からも尋ねるような事はない。

 

2人して静かなまま、マンションに入ってすぐ。その静けさは終わった。

何かがぶつかる様な、そんな激しい音を耳にする。

オーナーは顔色一つ変えない。でも、私は違う。ここに来てすぐ、私は似たような音を聞いた。

「お待ち下さい」

駆け出そうとした私の肩をオーナーは掴んで邪魔をする。

「私としたことが、忘れていました」

「何を!?それよりも、今は早く!!」

悪寒が走る。全身が早く音のした場所であろう所へ行けと言われている。

焦る私を他所にオーナーは手の平を向けた。

 

「鍵を返して下さい」

「鍵!?そんなの後で」

「今じゃないと困ります」

眉一つ動かさない姿に私が折れる。ポケットに閉まっていた鍵を精一杯の力で手のに叩き込む。それを眺めて「ありがとうございます」と言われた。

手にしてたバックスから何かのケースを取り出す。それを開くと似たようなカギが何個も入っていた。このマンションのキーボックスなんだろう。1つだけ空いていた所に仕舞い、リュックに戻す。

「では、急ぎましょうか」

全く緊張感を感じさせない声を最後に、オーナーは走り出した。

ようやく、お兄ちゃんの元へ行ける。私もそれに少し安堵して、すぐに気を引き締め直す。

お兄ちゃん、何があったの??それとも、他の人?わからないけど、急ごう。

 

徐々に遠くなるオーナーの背中に息を切らせながら着いていった。

目的地はやっぱり兄妹の部屋。あれから物音がしないことが余計に怖くなる。

本当に、誰かが転んだだけなのだろうか。そんな平和な話なら幾らでも笑える。

「開けますよ」

オーナーがドアノブにそって手をおく。その声はさっきとは違って緊張感を感じた。笑みも消えてはいたが、何処が不自然に感じた。

少し観察してわかった。眼が何処が笑っていた。何をしたのか、何をするのか。尋ねようにもそんな時間はない。

ゆっくりとドアを開く音が時間の終わりを告げたのだから。

そして、その中の景色が少し見えていいたいことは全部消えた。

 

見慣れたベは見慣れる赤黒色に変色していた。

横にはマルコスさんが赤黒い手を震わせなながら片方で首を掴んでいた。

お兄ちゃんはマルコスさんに何かされたのか、口から赤い液を垂らしながら片手をブラリと力なく下げ、反対の手では逆に力強く何かを掴もうと必死に手を伸ばしてた。

 

妹ちゃんは伸ばされた手に応える事なく、何かを握って力なく両手をベッドからぶら下げて、胸辺りからナニが出ていて、そこから耐力の赤黒い液が流れ込んでいた。

 

賽は投げられた。

私が投げた。

私が何を望んだの?

隣で驚いだ顔をしながら叫ぶオーナーをぼんやりと見つめる。

あぁ、神様

私が望んたから、彼から大切なモノを取り上げるの?

私が望んでしまったから?

私は、何を

私が、何を_____




本当は次の話で最終回にする予定でした。
ですが。1話の時点で余りにも展開を読まれてしまったため、変更しもう少し(?)だけつづきます。

投稿者で話の流れを皆読んできたのは素直に草
もう少しレパートリーを増やそうと決意した瞬間でした

一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?

  • 一話完結
  • ストーリー物

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