病みつき物語   作:勠b

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病みつきクリスタ7

ベッド周りの床と壁が赤く染まる。所々なのに部屋一面と思ってしまうのはこの部屋の狭さからか?それても、それだけ異様に目立つからか。

吐き気を催すような異様な臭気に鼻と口をまとめて抑えてしまう。

オーナーは口を開けてまさに驚愕と行った様子。

マルコスさんもまた、唐突な来客者達に対して同じ反応を示していた。

「オ、オーナー……?なんで?」

動揺からか、お兄ちゃんの首を締めていた手が緩んだ。

急な重力に押されて勢いよく地面に叩きつけられるとすぐに赤い池に顔を浸す。

「お兄ちゃん!?」

慌てて彼の傍に行く。マルコスさんが邪魔だったけど私が横を通るときに体を反らしてくれた。

片膝をつき、彼の身体を支えると、黒い髪の半分が赤い色に所々染まっていた。

「おい……!!」

「キャッ」

そんなモノにも、私にも気を止め出る余裕はないのか、お兄ちゃんは私を押しのけてベッドへと手をかける。

物音一つなく眠る妹ちゃんに近づいき、肩を大きく揺さぶった。

急な衝撃に尻もちをつきながら、ただ彼の後ろ姿を眺める事しかできない。

痛いよ、お兄ちゃん。酷いよ、お兄ちゃん。

 

「おい、起きろよ!!おい!!」

何を言っても何をしても反応がない。気づいてると思うけど、それをやめる気配はなく徐々に声も、力も大きくっなっていた。

やめてよ、お兄ちゃん。

そう思っても口に出来ない。口にする権利はない。

彼女の胸に刺さったモノ。日の光で鈍く輝いたナイフが目に入る。

彼女の動きに合わせるようにそこから壊れかけの噴水の様に徐々に赤い液を流しだす。

 

赤く染っていく兄妹から目を反らすように俯くと彼女の手にある物が目に入る。

持っている、というよりも指と指の間に挟まった物。

それは、オーナーが持つ首飾りだ。

これはウォール教がやった事と言いたいんだろう。

お兄ちゃんにじゃない、私に。

私のためにやったと言いたいから持たせたのだろう。

 

「オーナー、話と違うじゃないか!!」

マルコスさんはオーナーに詰め寄っていた。

その声に反応したのかお兄ちゃんは妹ちゃんへの手を止めてゆっくりと視線を向けた。

一瞬オーナーは赤い池へと目を向けると、マルコスさんの肩を掴む。

「話とは何だろうか?私が早く帰ってきた事かい?ならば、理由ならあったさ」

オーナーの視線を追っていくと既に赤く染まりきっていて目立たなかったが、お兄ちゃんが持っていった布袋が真ん中に転がっていた。

破れている様で、中にあった薬はもはや人が飲めるような物ではなくなっていた。

 

「彼女へと薬を持ってきたんだ。それが、彼女のお母さんとの約束だった」

「母さんと……?」

「あぁ、そうだ。何時も君たち兄妹を心配していた。

私に何かあれば、2人の面倒を見てほしいと合うたびに言われていたよ。だからこそ、ここに招いたんだ」

「それを……」と続けながらマルコスさんを睨みつける。

睨まれたマルコスさんはまさに蛙の様だ。一歩下がりつつ頭を抱える。

「おい、おい……!!うそだろ、ふざけるなよ」

どうやら、理解したくなかった現実に目を向けたらしい。

自分がオーナーに裏切られたという事に。

本来ならきっと、仕事をしてる間に殺して誰かやったかわからないと有耶無耶にするとでも聞いていたのだろう。

なんせ、組んでいる相手はここのトップ。相手は頼れる大人のいない最下層の子供。

怪しまれたってどうにでもできる。特に、マルコスさんはお兄ちゃんからしたら畏怖すべき大人の象徴なのだから。少しぐらい強気で強引に言えば、きっと黙らせれた。

でも、実際は違った。

切り捨てられたのは自分だ。

自分だけが、捨て駒としての退場を命じられたのだ。

 

何も知らないお兄ちゃんはお母さんの名前を何度も呟きながら力なく伸ばされた手を握っていた。

さっきまで爆発していた感情は少し落ち着いた様だ。

でも、今度は違う人が抑えきれないみたい。

「ふ、ふざけるなよ!!。ウォール教のためって、そう言ってただろ!!」

直接は言えないのか、床に向かって感情をぶつける。狭い部屋に反射されるその声の大きさは、床に座り込んでいた私に向けられているようでとても恐ろしく、肩が一瞬震えた。

また大きく一歩下がろうとするも、その足は床に着くことはない。私の身体にぶつかったから。

マルコスさんはゆっくりと視線を向けて何に当たったのか目視する。

過去にあった希望の言葉、目の前にある非常な現実、余りにも暗い未来の自分。

それらの感情が掻き回され、頭の中を駆け巡っているのだろう。

開ききった瞳孔と顔中にかく汗。そしてまさに、混乱してるといった表情と目があった。

 

数秒静かな時が流れる。

異様な光景にあるまじき異質な時間。

この沈黙がただ怖い。

何をされるか、何かあるのか、何が起きるか。

ごくりと唾を飲み込む。緊張からか乾燥した喉が嫌に気になり不快感を強くさせた。

恐らく、今一番して欲しくないこと。それをマルコスさんがしようとしたのがわかったのは彼が急に歪に微笑んだから。

やめて

心の中で叫ぶ。でも、止まったように感じる時も彼の行動も止まらない。

ゆっくりと大きく口が開きかける。

だめ、それは、だめ。

私が望んた。私がやった。私が関わっている。

そんな言葉を言わないで。

私にならいい。

でも、お兄ちゃんには___

 

 

「おま____」

「なんで彼女を殺したの!?」

だめ、そんなこと知られたら嫌われる。

嫌われるに決まっている。

妹ちゃんはお兄ちゃんの世界そのもの。彼女を中心にお兄ちゃんは生きてきた。

それを奪ったのが私と知られたら____

だめ、そんなの。

私の世界を奪わないで。

思いは声となる。力強い言葉は全てを屈服させるように響き渡った。

私は、続ける。

「あの子の病気は感染らないのに、なんで……!!知ってたでしょ!?殺す事……ないのに……」

お兄ちゃんがいない世界。

そんなの、私からしたら死んだも同然だ。

それを少し想像したら途端に悲しさが溢れ出る。それは、池沼に数滴の雫としてこぼれ落ちていった。

 

「お前、お前まで……!?」

マルコスさんの拳が力強く握られる。

ここに彼の味方はいない。昨日まで味方だと思っていた人は全てお兄ちゃんの味方なのだから。

でも、その強さはすぐに消える。

「ははっ……はははっ!!」

急に笑い始めると天井を向いて自らの瞳を隠すように手を置く。

「流石は悲劇のヒロイン様。自分を可愛そうな人に仕立て上げるのが上手いな!!

でもなぁ、こんなの全部知ってる奴からしたら悲劇じゃない、ただの茶番だ!!

喜劇にもならないゴミのような茶番だ!!」

マルコスさんは私達を一人一人見回す。特に、お兄ちゃんを。

お兄ちゃんだけが知らない。だからだろう。突然笑い出すマルコスさんを真剣に睨むことが出来ていた。

茶番……か。

誰にも見られないように顔を深く俯ける。

波紋が出ているとはいえ、赤く染まった私の顔がよく見える。

見てるものを嘲笑うような歪んだ笑みがよく見える。

 

「……マルコス君、悪いことは言わない。大人しくしてなさい」

「悪いこと!?悪いのは俺じゃないだろ!!」

オーナーの言葉に強く食いかかる。

そんな姿にため息と共に「残念だよ」と呟くとオーナーは塞いでいた玄関から離れた。

「はっ?」

そのまま真っ直ぐに指を指すと、馬車で見かけた憲兵団の2人が部屋に押し入り、ただ1人宣言するように真ん中で立ち上がっていた彼を捉える。

「声がしたと思ったら、こんな事になってるなんてな」

1人が落ち着いた口調で周りを見渡しながら呟く。

「慌てるな、話は後で聞くから」

1人はマルコスさんの口を抑える。これ以上喋らせたくないからだろう。

これも聞いてなかったのだろう。急な事態に何も飲み込めずただされるまま床に屈服させられていた。

勢いよく倒れこんだ音に比例して池沼が飛散する音が虚しく響く。

自分と同等な体格の男性2人に押し付けられているからか、足掻こうとする両手も逃げ出そうとするりょうあしも何もできずに空を切る。

子供のように手足をバタつかせたのを終える。

でも、最後のわるあがきなのだろう。首を大きく横に振り添えられていた手を振り払う。そのまま向いた先にあるお兄ちゃんの顔を見つめた。

「なぁ……」

直接顔は見れない。けど、わかる。それぐらい体も、声も震えていた。

それぐらい、泣いていた。

「悪いのは俺じゃない」

勢いも殺されたか細い声。

「信じてくれよ……!!」

その願いを最後に再び口は閉ざされる。

何も言わない。

困ったような。でも、わかりきったような。そんな何とも言えない顔をする。

それを私に向ける。

希望を願った悲劇のヒロイン。その茶番を作った私に。

それをオーナーに向ける。

この茶番を作った脚本家に。

それをマルコスさんに向ける。

舞台に立ち全てを失った人に。

それを彼女に向ける。

本当の悲劇のヒロインに。

そっと、彼女の顔を自分の胸に抱き寄せて強く、強く押し当てた。

 

「関係ない。お前が殺したんだ」

誰の顔も見ずにその呟いた一言を最後にマルコスさんは抵抗を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、治安が悪化してるため馬車の警護をとの依頼でしたが。まさかこんな役にたてるなんて」

「断ろうと思っていたのですが、お受けしてよかった。後で私が礼を言っていたと伝えてください」

大声とは言えないが、周りに聞こえるような声で握手をし合う2人の姿がわざとらしく見えるのは、私が筋書きを知っているからか。

マルコスさんはまさに無気力といった様子で言われたように馬に跨っている。その顔は上がることはない。

ただ、縄で縛られた両手を泣きながら見ていた。

そんな哀れな人形を囲うようにここに暮らす人達が遠巻きに見ていた。ヒソヒソと何かを話している。

何事も集まれば大きくなるもの。その声たちも人が増えるに連れて大きくなる。遠巻き達よりも更に離れた血まみれの私達にもその声が届いてくる。

殺人?マルコスさんが?

ほら、あの子の事嫌ってたし……

もう病気感染らないの?

今はそんな事言わないの

マルコスさんに向けられる視線。私達に向けられる視線。どれをとっても好奇心のような邪な感情を殺す感じてしまう。でも、その言葉達何れもは妹ちゃんを中心として語られている。

お兄ちゃんにも聞こえているのだろう。厩舎の壁に持たれながら膝を抱えて座り込む姿は、より縮こまろうと身体を丸めた。そんな小さなお兄ちゃんを真似るように私も縮こまる。

 

何も言ってあげられない。

何をしていいかわからない。

何をしてしまったのか理解出来ない。

こんな事になるなんて思ってもいなかった。

私はただ、お兄ちゃんと家族になりたかっただけ。

お兄ちゃんが欲しかっただけ。

奪ってまで欲しくは___

自分の耳を塞ぐ。

好奇心と興味本位で語っている雑音達を聞きたくないわけじゃなく

三文芝居を聞きたくないわけじゃなく

お兄ちゃんのすすり泣く声を聞きたくないわけじゃなく

自分の心の声に耳を傾けたくなかった。

それを聞いたら、知ったら最後……。

本当に、本当の本当に戻れなくなる。

そんな、怖い予感が横切ったから。

自分が怖い。

あの時、マルコスさんを助けてあげれば___

妹ちゃんの瞳に映っていた私ならきっとそうした。

でも、そんな事できなかった。

嫌われる

そう思っただけで頭の中が真っ白になった。

とても、怖かった。私まで全てを奪われるということが。

お兄ちゃんから奪っておいて私は我が身可愛さに振る舞ったんだ。

私もまた人形だ。

愛されたい、愛したいだけの人形。

 

徐々に力を強めていく。頭が割れそうになる程。

いっそ、割れてしまったら___

いっそ、ここで死んでしまったら、少しは償いになるのだろうか。

でも、そんな事は出来ない。

自分を殺す勇気もなければ、それを許してくれる人が隣にいない。

そっと身体全体を包み込む暖かさが、冷え切った思考にそう思わさせた。

彼の少し硬い胸に私の顔が押し付けられる。

それは、私がして欲しかったこと。変わって欲しかったこと。

違うのは、彼の胸にある生暖かい感覚だけ。

 

「ごめんね」

何度も何度も聞いてきた言葉。

聞き慣れた言葉が、私の防壁に語りかける。

その声は、嫌になるぐらいはっきりと聞こえた。

「ごめん」

やめて

「嫌なもの、見せて」

やめてよ

「本当にごめん」

せっかく、せっかく反らしたのに

「ごめん」

なんで、何で私に優しくするの?悪い子なのに。

天使なんかじゃない。

欲しい物のために、人から全てを奪った悪魔の子。

なのに___

 

「クリスタさん」

全部嘘

嘘なんだ

本当は、奪ってでも欲しかった

全部、全部全部全部

欲しい物のためなら壊したっていい。

差し出したっていい。

だって、それぐらい欲していたから。

お兄ちゃんを。

人として、異性として、兄として、家族として……。

全部、欲しかっただけ

これは私が望んたこと。

私が望んてしまったこと。

 

抱えた膝に綺麗な涙が落ちていく。

まるで私から抜け落ちていくように。

「ありがとう、隣りにいてくれて」

頭上から囁かれたその言葉か逃げるうに彼の胸に顔を埋める。自分でもわかるぐらいにその口元は歪んていた。

それを、お兄ちゃんに見られたくなかったから。

私は隠すように顔を埋めた。

 

 

 

せめて、最後ぐらいは人間らしく見送ってあげたい。

全てが終わり、周りの人も各々の配置に戻った後オーナーに向かってお兄ちゃんは呟いた。

オーナーは悲しげな顔で、それでも口元は優しく微笑んで「そうしよう」と応えて頷く。私もそうした。

これが真っ白だったベットシーツと言っても誰も信じてくれないだろう。それぐらい赤く染まったシーツにお兄ちゃんと一緒に包んでいく。

途中彼女が持っていた首飾りに目が行ったのだろう。それをそっと持つと強く、強く睨みつけた。

数秒程して大きく吐いた息と共にそれを妹ちゃんに戻す。両手で挟み込むように持たしたそれは、まるで宝物を持っているようにも感じた。

お兄ちゃんは何も言わない。淡々とシーツに包んでいく。最後顔を隠す時は少し止まったけど、何も言わずにシーツで隠した。

全部終わったら赤いシーツをオーナーに渡して馬車の中へ。馬たちはまた仕事だと察したのか少し不機嫌そうに感じる。でも、もう少しだけ頑張って。そんな思いで少し撫でると落ち着いた。

汚れた服から着替えたら、私達も馬車に入る。オーナーの隣て座る私は、対にいるお兄ちゃんと、その膝の上にいたシーツを数時間眺めていた。

お兄ちゃんと目が合う事はない。彼はシーツを物寂しそうに撫でながら眺めていたから。

 

家族を失う怖さは、わからない。

私には始めからいるようでいなかったから。

仕事の時だけ少し話してくれる祖父母がいた。話した中身はどれをとっても仕事のことだけ。

無愛想な母がいた。私が何を言っても口を開けてくれない母が。

抱きついたら、死を望まれた。

そんな母。

父なんて知らない。何も知らない。

私には家族なんていなかった。

でも、お兄ちゃんは違う。

自分の事も思っていてくれた母は巨人の襲撃と共に行方不明おそらく、亡くなったと話していた。

優しかった父は母を見限ってどこかへ行った。

甘えたがりな妹は私の我儘で死んでしまった。

苦しいよね。辛いよね。

大丈夫だよ。

私が傍に居てあげるから。

ずっとずっと傍にいるから。

だから、そんな辛い顔をしないで。

口に出すのは恥ずかしい。だから、そっとお兄ちゃんの手を掴む。指と指を絡めるようにすると、お兄ちゃんも合わせてくれた。

聞き慣れた謝罪の言葉。

私だけに向けられた言葉。心地よい言葉。

それに満足しながら、私は顔を作る。

表情にだす訳には行かない。俯いて、悲しそうに。悲壮感を出しながら。

重苦しい空気の中馬車は進む。

本当のお別れの場所へ。

 

 

 

広い広場の中心に無数の人達が倒れ込んでいる。カタムキ始めた日の光に照らされているそれは、まじまじと見るに耐えない不気味な小山。

立ち上がることなんて出来ない人達は倒れた身体の上にさはに身体を重ねられて、立派な山を築いていた。

ここにいる人達は皆、今からやる事を知っている。負の感情に支配された広場の済でお兄ちゃんと座り込む。

周りの人達は皆私達みたいに暗い顔をしている。

年老いた老人は目頭を抑え、小さな子供は傍に居たい大人に縋って声を上げて泣け叫ぶ。

私達と同年代ぐらいの子達がグループを組むかのように纏まっている所もあった。呆然とした顔をしたり、泣いていたり、気難しい顔をしたり……

広場を囲う人達に喜びを感じさせる人は誰と一人としていない。

それだけは胸に刻む。

 

そんな周囲に目もくれずお兄ちゃんは山を眺めていた。

何を感じているのだろうか。力を感じない締まりきのない顔でただ眺めていた。

ここに来てからそんな顔をずっとしている。馬車に降りることもしなかった。私が手を引いてようやく歩き始めたけど……

私が奪ったモノがどれだけ大きかったのか身にしみて分かった瞬間。

心配そうに彼の横顔を眺めていると、ふいに顔を反らされる。見ていた先を見て私からじゃない事に気づいた。

この広間で数少ない顔見知りの顔が見知らぬ男性に運ばれていたから。そこから目をそむけたんだ。

それは乱雑に山の上へと放り込まれる。手にしていた首飾りは回収されたのだろうか、ぶらりと山の中にうなだれた手にはそれらしきものは見当たらない。

そっと絡めた指に力が加わった。応えるように私も力を入れる。

また静かな時間が続く。

 

何十人ものモノで築いた山を見ていると、不思議な気持ちになる。

ウォールマリアの陥落以降、ここウォールローゼへと沢山の人が雪崩込んだ。急な人口増加に急に奪われた土地。ここで満足に過ごせる人は少ない。

ウォールマリアに守られていた人達は慣れない土地で過ごすことに戸惑いを。ウォールローゼに守られていた人達は見慣れぬ人々に戸惑いをそれぞれ感じている。

でも、物資は有限であり。人の気持ちも限界がある。

慣れない土地で住む人々は今の生活に不満を覚える。

見慣れぬ人達に囲まれた人は自分達の取り分が減ることに苛立ちを感じる。

過去に思いを馳せた人が山の礎になり、苛立ちを感じる人は山が大きくなる事に喜びを感じるのだろう。

その結果が、この山。

彼女の上に更に数人の人達が乗せされる。

痩せ細った小さな体は全体を隠し始めていた。

 

「あの首飾り」

ようやく呟いたその一声は誰に向かって言っているのか。私しかいないのだが、私に向けられているように感じないのは、その瞳に一片も映っていないからなのかな。

「まだ早いって言われてくれないって、何時も怒ってた」

「お母さんは持ってたの?」

「うん、母さんは持ってた。だから、余計に欲しかったんだと思う」

久々に声を聞いた気がした。それぐらい、待ち望んていた声は初めて聞くような薄っすらとした軽い声。

「だから、最後に持ててよかったのかな」

「誰のだったんだろう」そう続けて呟く。

彼女の身体が見えなくなると絡まれていた指の力がなくなる。離さないように必死に力を入れた。

「母さん、俺の事も心配してくれてた」

「うん」

「妹の事、守ってあげれなかった」

「うん」

「皆奪われた」

「……うん」

お母さんもお父さんも妹も……

大切な家族はそれぞれ奪われていく。

私から、巨人から、ウォール教から

最後に残ったのは何もないのだろう。

 

「あの壁」

ふいに視線を見上げる。私もそれを追っていくと、私達を囲う天高くと伸びている壁がそこにはあった。

「あれがなければ……変わったのかな」

「……うん」

ウォール教は私達を囲む壁を信仰している。そんな話を彼女に聞いた。

あれがないような平和な世界なら、彼の家族は今でも幸せだったのだろうか。

でもそれは、私が不幸な世界。

「巨人達がいなければ」

皮肉だな。

お兄ちゃんの求めてるような世界だったら、私に幸せは絶対にこない。

でも、お兄ちゃんの幸せのために力を貸してあげたい。

もう、手に入らない幸福に。

 

「……家族ってなんだろう」

私は呟く。

それを合図とするように憲兵団の人達が液体を山にかけ始めていた。

「血が繋がってるから家族なのかな?

生まれた時から一緒だから家族なのかな?

守られたいから?

家族じゃない人は永遠に家族になれないの?

私は、そうは思わない」

山が液体で浸り始めると、背中を覆うような機械を担いだ人がやってくる。ホースのような物を向けた。

「血が繋がってたって、家族じゃないよ

生まれた時から一緒でも家族じゃない

守って欲しくても守ってくれない

家族じゃない人の方が気になって、好きになっちゃう」

ホースから溢れ出た火の波はすぐに山を上り山頂まで届く。

「お兄ちゃん、私は家族が欲しいな」

今度は私がお兄ちゃんの身体を包む。

肥なんて上げないはずなのに、あの山から何か聞こえる気がした。

幻聴の絶叫に混じって地を這うように何かが聞こえる。

気にしない。気にしてはいけない。

もう、私にそんな資格はない。

「私、お兄ちゃんの妹になりたい」

 

目を逸らすように閉じてお兄ちゃんの頭を自分の胸に押し付ける。

されるがままのお兄ちゃん。その視線は私を捉えることはない。

今だけ、今だけは。

最後ぐらいは本当の家族を思っていて欲しい。

でも、その後は

その後は、私の時間。

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

震えた声は聞き慣れた優しい声。

何度も聞いた謝罪の言葉に連なって、何時聞いても嬉しい感謝の言葉が耳に入る。

そしたら不思議なぐらい突然周りの声が消えた。

不気味な声の主はもう、声を上げれなぐらいに溶けてしまったのだろうか。

最後に私は振り絞る。

自分の中の綺麗な心を

ごめんね

内心呟き、許しを願った。

自分でもわかるぐらいに緩んだ笑みを彼に見られないよう彼を強く押し付ける。

私から離れないよう、私の傍から逃げないよう。

強く、強く。

 

最初は見ているだけで満足だった

我慢ができなくて触れてしまった

欲望が抑えきれなくて口付けをした。

 

観てるだけなら怒られない。食べちゃいけないのがルールだから

触れるだけなら怒られない。食べちゃいけないのがルールだから

口付けするだけなら怒られない。食べちゃいけないのがルールだから

 

一口齧っただけで、それが禁断の果実と言われる所以がわかる。

たった一口。

それだけで全身が震える。心が叫ぶ。もっと、もっとと。

そう感じる程の甘美な味わいが私の全てを巡り回った。




新しい連載を始めました。アズールレーンの二次創作です。
Twitterも始めましたので、お時間ある時に覗いて頂けたら幸いです

一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?

  • 一話完結
  • ストーリー物

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