病みつき物語   作:勠b

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伝わらない、言葉で伝える愛言葉


ロシア語が出てきますが、後書きで日本語訳を書いてます。


アイドルマスターシンデレラガールズ
病みつきクール~アーニャ編~


小綺麗な広めのオフィスを窓から明るい光が注ぐ。

光は真新しい壁と共に俺のデスクを明るくしてくれる。

その光を浴びながら軽く欠伸をしつつ一冊の本をゆっくりと読み、その中から気になったものを手帳に記入していく。

これが俺の日課だ。

別に家でやってもいいのだが、家だと雑念が多すぎて作業に捗らない。

だから、早めに出勤して少しの時間を使いこうやって勉強するのだ。

そんな日課をこなして早数十分すると、扉が開く音と共に聞き慣れた声が静かな部屋に響く。

 

「おはようございます、プロデューサーさん」

「おはようございます」

 

優しい笑顔で真っ先に俺の顔を見るちひろさんはやれやれと言った表情をすると近づいてくる。

 

「もぅ、何時も何時もこんなに早くに来て。仕事熱心なのは良いことですけど、身体を壊すのは止めて下さいよ」

 

聞き慣れた台詞を慣れた口調で言いながら小さめのバックから小さめの瓶を取り出すと、俺の前に置く。

 

「はい、これでも飲んで頑張って下さいね」

「何時もありがとうございます」

 

ちひろさんは俺のことを思ってなのか何時も毎朝スタミナドリンクと言うエナジードリンクをくれる。

本当に優しい良い人だ。

 

「もう、あの子のプロデュースを始めてからずっと朝早くに来てますけど本当に身体は大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。それに、皆頑張ってるんですから俺も頑張らないと」

「頑張り過ぎもいけませんからね」

「ちひろさんだって、何時も早く出勤するじゃないですか」

「私は皆さんが円滑に仕事できるようにスケジュールとか纏めなきゃいけないですから」

 

ちひろさんは所謂出来る女だ。

この人のおかげで今日も安心してプロデューサーとして仕事が出来る。

隣のディスクに座りパソコンを触り始める彼女の横顔は楽しそうな笑顔だ。

 

「何時もありがとうございます」

「感謝してるなら、今度一緒に飲みに行きましょうよ」

「いいですね、楽しみにしてます」

 

互いに互いの業務をしながら、そんな雑談をしつつ今日も1日が始まることを実感する。

これが、俺の朝だ。

仲の良い事務員と話しながらするお仕事は、楽しい。

 

 

 

━━━━━━

出勤してから数時間後、今日のスケジュールを再確認していると聞き慣れた声が聞こえる。

 

「プロデューサーさん、そろそろお迎えの時間ですよ?」

「あっ、はい。ありがとうございます」

「はい、車の鍵ですよ」

 

柔らかい手が俺の手を包むと、鍵を手渡ししてくれた。

「今日は帰ってきますか?」

「はい、一度戻ってくる予定です」

「分かりました、遅くなりそうなら連絡下さいね」

まるで夫婦のような仲睦まじい会話だな。

そんな事を思うと、少し想像してしまう。

ちひろさんがお嫁さんか……。

良い奥さんになりそうだ。

そんな事を想像していたからだろうか、目の前の彼女は視線を少し厳しくし、目を細める。

 

「もぅ、私の顔を見てどうしたんですか?」

「いえ、何でもないです」

「……ならいいですけど」

 

ジト目でまじまじと顔を見れると、思わず目線を反らしてしまう。

そんな目で見ないで欲しい。

まぁ、変なことを考えたのは俺だけど。

 

「ほら、邪なこと考えてるからネクタイが曲がってますよ」

手を首もとまで伸ばすとテキパキとネクタイを直してくれた。

本当に、いい奥さんになりそうだ。

 

「それじゃ、行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

 

笑顔で軽く手を振る彼女に挨拶を交わして俺はオフィスを出る。

右手につけた腕時計を確認しつつ、今日のスケジュールが頭に入っているか確認しつつ今日の予定をもう一度組み立てる。

よし、今日も頑張ろう。

今から会う彼女の顔を思い浮かべながら早足で車へと向かう。

 

「プロデューサー、今日の」

 

━━━━━━

車を飛ばすこと早数分。

事務所から直ぐの所にある寮に彼女は住んでいる。

寮の前に車を止めると嬉しそうに微笑みながらゆっくりと待ち人が近づいてくる。

俺は車の窓を開けるとそんな彼女に挨拶をする。

 

「おはよう、アーニャ」

アーニャは近くに来ると目線をあわせて顔を近づける。

直ぐにその整った顔立ちが視界で埋まると、はにかむような笑みを見せてくれた。

 

「Доброе утро。おはよう、ございます。プロデューサー」

 

アーニャはゆっくりとたどたどしく挨拶をしてくれる。 

それを終えると、助手席へと座った。

 

「今日も、よろしくお願いします、プロデューサー」

 

嬉しそうな彼女の笑みを見ながら、俺は車を進める。

彼女、アナスタシアは俺が今担当しているアイドルだ。

ここ最近売れてきたアイドルで、我がプロダクションで活躍している若手のアイドル。

俺は、そんな彼女のプロデューサーだ。

今まで色んなアイドルをプロデュースしてきたけど、彼女は今までとは少し違う。

整った顔立ちに日本人離れした色白の肌。

可愛くもあり、綺麗でもある彼女。

アーニャはハーフの女の子だ。

 

「今日の仕事、覚えてる?」

「グラビアとCMと、あとは……」

指を折りながら一つ一つ言っていくと、最後の仕事で止まる。

アーニャはハーフの女の子。

ハーフだからこそ、少し問題がある。

特有の問題なんだろう。

「プロデューサー、あの……私、今日のラジオ出来る、でしょうか?」

おどおどとした様子で語りかける彼女から不安が見て取れる。

ハーフだからこそ、日本語が少し難しく感じるのか上手く話すことが出来ない。

といっても、最近は流暢……とは言わないが、それなりには話せれるようになってきた。

たまにロシア語を口走る事があるけど、ファンからは嬉しく捉えられてるから問題ない。

聞き取ることは全然出来てるし問題はないかな。

 

「大丈夫、アーニャなら上手くできるよ」

「беспокойство……不安です。ですが……」

 

ふと顔を上げて、俺の目を見ると不安気な表情から満面の笑みへと変わる。

「доверие。信頼してるアナタの言葉、ありがとう。頑張ります」

ふふふっと笑っているアーニャを見ると、嬉しくなる。

アイドルの不安を取り除くのもプロデューサーの仕事。

彼女の不安を取り除いて、思うところなく仕事に全力で挑んでもらえるようにサポート出来た。

アーニャの綺麗な笑顔をファンの皆にも届けれる。

 

赤信号のため車を止める。

ちょうどよかったかな。

空いた片手で彼女の頭を軽く撫でると、猫のように細い目をして受け入れる。

「もう少し強く」

「はいはい」

要望を聞き入れると、満足そうな笑みを浮かべてくれた。

これでいいです。というサインなんだろう。

エンジン音が響き渡る空間に、甘い声が小さく響く。

 

「Я тебя люблю」

 

流暢に、普段よりも少し早口に伝えられたその言葉は上手く聞き取れることなく消える。

ヤー……リュブ……?

頭の中で思い出しながら反復していると、信号の色が切り変わる。

それを合図に名残惜しいが彼女の頭から手を離してハンドルへと戻す。

 

「もう、終わりですか?」

「撫でるのに気を取られて事故になったら大変でしょ?」

「交通事故……ですね」

「そうそう、最近多いしね」

「Это рады, если вы и」

「アーニャ?」

 

顔を伏せて小さく呟かれたロシア語は、やはり聞き取れることは出来なかった。

気になるし、聞いてみようかな?

「えっと、それってどういう意味?」

「ふふふっ、秘密です」

「そっか」

 

彼女の秘密にそこまで反応しない。

最近、こうやって呟く事が多いのが俺の悩みだ。

意味を聞いても教えてくれないし。

だから俺なりにロシア語を勉強してるけど、正直余り効果はない。

まぁ、勉強しはじめて間もないしね。

それに、こうやって呟くのも俺の前ぐらいだし大丈夫かな?

仕事でも呟くようになったら止めないとな。

そう思っていると、見慣れたスタジオが見えてくる。

 

「アーニャ、今日一番の仕事だ。頑張ろうね」

「Да……わかりました。一緒に、頑張りましょう」

 

やる気に満ち溢れた彼女の顔を見ながら、俺もやる気を入れる。

よし、頑張ろう。

そう思っていると、アーニャは俺の膝に手を乗せる。

「その、2人っきりでいるうちに、何時もの言って欲しいです」

顔を赤らめながら呟くアーニャに俺はゆっくりと言う。

言い慣れた言葉を。

「Люблю тебя」

俺が喋れる唯一のロシア語を言うと、嬉しそうに微笑むアーニャ。

そんな顔を見て、少し顔を反らしてしまう。

顔が赤くなってるのを感じてしまう。

 

 

 

━━━━━━

グラビア撮影、CM撮影を共に手慣れた風に終わらせてくれたお陰で大分時間が空いた。

腕時計を確認すると、ラジオ放送まではまだかなりの時間があった。

俺は手帳を取り出して近辺の予定を確認していく。

レッスンは昨日遅くまでやったし、明日も午後からレッスンだ。

ふと助手席を見ると外の景色を眺めながら静かにしているアーニャの顔が疲れているように見えた。

ちひろさんも言ってたな、身体は大切って。

よし、今日は少し休んでもらおう。

 

そんな事を考えていると、肩が軽く揺すられた。

運転中なので気を使ってくれたのか、少し気になる程度の力加減にしてくれたが気を使ってくれるなら肩を揺すらないでほしい。

 

「プロデューサー!!あそこ、あそこ」

 

珍しく慌てて声を荒げるアーニャ。

見たことがない一面に戸惑いつつ指差された方をみると、そこには見覚えのあるお店があった。

「懐かしいね、あの喫茶店」

そこは、アーニャがまだデビュー前の頃。

トレーニング後や休みの時に2人でよく行っていた喫茶店だ。

そこで俺はアーニャの要望に応えるため日本語を教えていた。

喫茶店もアーニャが入ってみたいといったため付き合い、そこを気に入ったから愛用していた。

そういえば、もう随分と行ってないな。

 

「まだ、ラジオまで時間ありますし……一緒に、行きませんか?」

突然の誘いに少し悩んでしまう。

俺としては行きたいけど、それでも……。

黙っているのも失礼だから、それとなく応える。

「俺も行きたいけど、もし俺と2人で喫茶店に居るところをマスコミに見られたら大変だしな……」

「プロデューサーと打ち合わせしてるだけ、大丈夫です」

「でも、前に言われてさ。火のないところに煙は立たないけど、この業界は火がなくても煙を立たせる所だって」

「誰が、言ってたんですか?」

素早く鋭い言葉を投げかけると正反対に俺の顔をゆっくりとのぞき込む。

「誰に言われたんですか?」

普段とは違う雰囲気に少し戸惑ってしまう。

少しの間重い空気が場を支配すると、俺は慌ててしまう。

何戸惑ってるんだよ、素直に言えば良いだけだ。

……いいよね?

少しでも場を楽観してするために言い訳をしつつ、顔には出さないように気を配る。

「ちひろさんだよ、ほら、最近マスコミがアイドルの恋愛とかをスクープしてるからさ」

「……ちひろさん、ですか。そうですね、私も気をつけます」

納得したのか笑顔に戻ると、また喫茶店へと視線を移す。

 

 

 

「Не беспокоить」

ゆっくりと重々しく言われた異国の言葉は、俺でも聞こえた。

俺はもう一度手帳を取り出して、びっしりとメモされたページに目を移す。

毎朝俺が書いているロシア語の意味だ。

えっと、あれは……

数ページ捲ると、その言葉が書かれていた。

邪魔しないで

隣に書かれた意味を見て思わずぞっとしてしまう。

 

「プロデューサー?」

 

そんな俺に目がいったのか、アーニャは心配そうに尋ねてきてくれた。

……邪魔しないでってどういう意味?

アーニャは良い子だ、でも……。

考えていると、益々アーニャの顔は暗くなる。

「プロデューサー?どうしたの?大丈夫?」

「……大丈夫……じゃないかな」 

ふと、喫茶店の事を思い出す。

一緒に行きたかったのかな?

だから、あんな事言った?

そうだ、アーニャは純粋な良い子だ、たまにはやさぐれてしまうのも仕方がないよね。

それに、頑張ってるアーニャのお願いを無碍にするのも可哀想だ。

だから……。

 

「喫茶店、行こうか」

「……はいっ!!」

 

先程とは打って変わって嬉しそうなアーニャの何時もの笑顔。

そうだ、アーニャはこの顔が一番だよ。

重々しい雰囲気の頃を忘れようと必死になりながら、俺は喫茶店へと進路を変えた。

 

 

 

━━━━━━

俺達が愛用していた喫茶店は、少し狭めのお店だ。

そんな店内を隙間なく埋めるようにテーブルや花が置かれている。

だが、不思議と圧迫感を感じないのは店内の落ち着いた雰囲気のお陰なのかな。

目立たないよう窓際の隅の急きに座ると、目の前にアーニャは座る。

「久し振りですね、数ヶ月ぶり」

嬉しそうに店内を見渡すアーニャを見ると、先程との違いが気持ち悪く感じてしまう。

「プロデューサー、気分悪いですか?」

「大丈夫だよ、ラジオまで時間もあるし休もう」

忘れろ、忘れろ。

違和感をなくすように頭の中を埋め尽くす。

「……プロデューサー、何かあったら、相談してね」

そうだ、アーニャは優しいんだ。

目の前の、優しくて、心配そうに見つめるアーニャが本物だ。

「беспокоиться……心配です。プロデューサー」

対面になって、顔を見ると益々恐怖感を感じてしまう。

「なぁ、アーニャ」

……良いんだろうか。

もしも、聞いたら。

怖い。でも、ちひろさんとは仕事仲間。

アーニャからしてもだ。

だから、嫌な印象を持って欲しくない

だから。

 

「アーニャ、Не беспокоитьってさ」

「Не беспокоить……邪魔しないで」

 

秘密っと言って隠すと思った。

だから、素直に驚いてしまった。

彼女の正直な言葉に。

 

「プロデューサー、私ね嬉しいよ」

嬉しい?

喫茶店にこれて?

それとも……

「プロデューサーのお陰で、私はこうやって、アイドルでいられる」

アーニャは俺がスカウトして、プロデュースしている。

それの、感謝?

なんで、今?

「プロデューサーのお陰で私は、アナタの隣にいられるから。

 私は今も、昔も幸せです。

 此処で一緒に、勉強してたときも

 一緒にアイドルとして活躍してる今も

 幸せ、です。

 だから、私達の思い出を━━━」 

Люблю тебя

重々しく呟いたその表情は、何時もの綺麗な笑顔。

見るものを魅了する微笑み。

「私との思い出を、邪魔しないで」

 

アーニャの思いが真っ直ぐに届く。

邪魔しないで

この中に入れられた思いも。

少しだけ、伝わった。

だから、どうする。

俺は、どうする?

……いや、ちひろさんは正しいことを言っていた。

だから、アーニャには注意しないと。

 

「アーニャ……」

「Я виноват……私が悪いです」

深々と頭を下げられる。

だが、その言葉には強い思いが込められていた。

「ちひろさんは正しい事を、言ってました。なのに、私は悪いことを言いました」

もう一度謝罪の言葉を言われる。

……反省は、してるみたいだ。

「何であんな事言ったの?」

「……эгоистичный。私の我が儘です」

深く頭を下げたまま強く言うアーニャに、何も言えない。

いや、言う必要はないだろう。

「分かったよ」

それを合図にゆっくりと頭を上げ、悲しげな瞳で俺をみる。

「……すいません」

「いいよ、アーニャだって疲れてだだろうし。ここ最近不自由な思いばかりさせてたしね。だから、気の迷いだったってことにしとくよ」

そうだ、気の迷いだ。

きっと、疲れてたから。

そうに決まってる。

「優しいですね、プロデューサー。

 Люблю тебя……頑張ってくれる、そんなアナタが大好きです」

「……ありがとう」

Люблю тебя

この言葉を言われると緊張してしまう。

彼女の顔も白い肌がうっすらと赤く染まっていた。

……これもいつか辞めさせないとな。

そう思う。

「Я не могу без тебя……」

早口で言われた異国の言葉は、初めて耳にしたもの。

手帳を見て確認しようとしたが、対面にいるから辞めておく。

俺がロシア語を勉強してるのは秘密にしている。

というか、止められている。

私がアナタに、教えます。

そう言われたからだ。

でも、今となってはそんな時間もないため独学中だがそんな事がバレたら怒られそうだ。

昔のことを思い出してると、アーニャはクスクスと楽しそうに笑始めた。

不思議そうに見ていると、そっとテーブルをなぞっていた。

「私達が勉強してたのも、ここでしたね」

「そうだね、この喫茶店で勉強してた」

「私ばかり教えてもらいました」

「俺もロシア語を教えてもらったよ」

先程までの重い空気はどこへやら。

思い出話をする今は軽くて楽しい雰囲気だ。

やっぱり、アーニャは笑顔が一番だな。

昔話を楽しそうにする姿を見ると、そう思う。

何十分か話していると、時間が迫ってきていた。

昔話もそろそろ切り上げないとな。

 

「Люблю тебя……この意味覚えてますか?」

唐突に投げられたら質問に少し頬がゆるんでしまう。

それは、俺が初めてアーニャに教えてもらった言葉。

でも、違う。」

「頑張ろう、でしょ」

「はい、正解です」

頑張ろう。

俺はそうアーニャに教えられた。

初めは疑いもしなかったけど……。

だからこそ、辞書で見て驚いてしまった言葉だ。

今思えば知らなかったとはいえ何回使ったんだろうか。

思い出すと少し照れてしまう。

アーニャも思うところがあるのか、顔を赤らめている。

甘い雰囲気が場を流れていると、片手を胸に当てて深呼吸をするアーニャ。

数秒間ゆっくりと繰り返すと意を決したのか真剣な眼差しで俺を見つめる。

 

「プロデューサー、私お願いがあります」

ゆっくりと発せられたその言葉に少し動揺してしまう。

甘い雰囲気の直ぐ後というのもあり、何か間違った事を言うんじゃないかという心配。

アーニャを信頼してないかと言われれば、違う。

信頼してるし、信じてる。

だからこそ疑ってしまう。

彼女が思う俺のことを。

彼女が抱く俺への思いを。

「今日のラジオ、頑張ります。だから、上手くいったら星を見に行きましょう」

「星って……」

少し肩透かしをくらう。

心配しすぎなのか、それぐらいが丁度良いのか、本当にわからない。

心を上手く掴めないのも彼女の魅力かな。

 

「はい、前良く行ってた場所で」

「……あそこでいいの?」

「はい、私の思いでの場所です」

 

意味あり気な発言に苦笑してしまう。

何というか、今日のアーニャは……。

「今日はよく甘えるね」

「Да……今日の私は甘えん坊さんです」

年相応の笑顔を見せてくれる。

最近、こういう素直な笑顔を見れてなかったな。

……よし、たまにはいいか。

「分かった、行こうか」

「Да!!大好きですプロデューサー!!」

「ちょっ、頼むから店内ではそういうの言わないで!!あと、離れて!!」

勢いよく席を立ち、そのままテーブル越しに俺に抱きつく彼女を咎めつつ、周りの視線を気にする。

他のお客や店員からの突き刺さる視線から逃れるように彼女の手を取り離す。

疑問に感じたのか不思議そうな顔をし、首を傾げる様子が視野一杯に広がる。

「プロデューサー?」

「……アーニャ」

こういう所は少しずつ減らしていかないと。

今後の事を考えてアーニャに教えていかないと。

俺の見ももたないし、何時かスキャンダルになる。

……俺関係で。

「時間だし、行くよ」

「Да……頑張る」

嬉しそうに微笑む彼女の頭には星を見ることで一杯なんだろうか。

ラジオ上手くやってくれよ?

まぁ、余り心配してないけど。

それよりも、過度のスキンシップを止めてもらうように何って言おうか。

それとなく言うべきか、遠回しに言うべきか……。

重くなる肩を感じつつ俺はアーニャと共に店内を出て行った。

 

 

 

 

━━━━━━

ラジオは俺の思ってた以上に上手く行った。

NGも何度かあったが、それは相手側のミスが多くアーニャは円滑に仕事をしてくれた。

これは、星を見に行かないと怒られるな。

そんな事を思いながら雑談しつつ事務所へと戻る。

 

「ただいま戻りました」

「戻りました」

「お帰りなさいプロデューサーさん、アーニャさん」

 

扉を開けると真っ先に聞き慣れた優しい声が出迎えてくれた。

声の主は俺達にゆっくりと近付いてきたため、車の鍵を渡す。

「今日は早かったですね」

「アーニャが頑張ってくれましたから」

「プロデューサーのおかげ」

「ふふふっ、コーヒー入れてきますから少し休んでて下さい」

「ありがとうございます、ちひろさん」

「ありがとございます」

軽く礼を言って俺はソファーに腰掛ける。

それに会わせてアーニャもソファーへと腰掛けたけど……。

 

「アーニャ、隣じゃなくて対面に座ったら?」

「私はアナタの隣が良い」

「……事務所内だけだよ」

「……」

何も言わずに俺の手に抱きつくと、猫のように目を細める。

何か言って欲しいんだけど。

そう思いつつも、頑張ってるアーニャのことを考えると何もいえない。

今ぐらいはゆっくりと好きなようにさせてあげよう。

頭を軽く撫でると「もう少し強く」と要望されたから、従う。

ふわふわとした触り心地のよい整った髪を撫でると、朝には感じれなかったことに気づく。

「あれ?シャンプー変えた?」

「ん、新しいのにしてみた」

「そっか」

「……朝気づいて、欲しかった」

「運転に集中してたから……ごめん」

「……ん」

 

注意しないとな、っとは思うけどここ最近の頑張りを傍で見守ってる者としては言葉が上手く出ない。

アーニャは毎日のようにトレーニングと仕事をこなしてくれている。

今日みたいな日はここ最近では全くなかった。

だからこそ、今日ぐらいは……。

甘えさせても良いかな。

そう思ってしまう。

そんな俺の甘さが作った甘い雰囲気は直ぐに壊された。

テーブルに置かれた2つのコーヒーカップ。

そして、それを置いてくれた方は普段以上に整った笑顔で俺達を咎める。

 

「プロデューサーさん、何をされてるんですか?」

地を這うような冷たい声に思わず言葉が詰まる。

「えっと、その」

「自分の担当のアイドルを侍らせてるんですか?」

「そんなことは」

「私、伝えてますよね?アイドルとの過度のスキンシップは駄目ですよって」

「……はい」

「それに、アーニャさんがセクハラで訴えたらどうするんですか?嫌がってる人に無理やり侍らせたら駄目ですよ?」

「отличаться……嫌じゃないよ、プロデューサー」

 

組まれた手に込められた力が強くなる。

まるで、俺を安心させるかのような。

「私が好きでやってます、彼を責めないで」

俺越しに強く睨みつけるように見上げるアーニャを見ると、昼間の事を思い出してしまう。

でも、アーニャは反省してたし……。

大丈夫……だよね?

駄目だったら、止めよう。

「アーニャさんにも伝えときますけど、今後は過度なスキンシップは止めて下さい」

「事務所内なら、スキャンダルとかにならない」

「ここでしてると外でもしてしまう可能性が出てきます」

「気をつければいい」

「本当に気をつけてますか?」

確かに、昼間抱きつけられた。

気をつけれてはいない。

「頑張る」

「気持ちだけは伝わりましたけど、そもそもあなた達はプロデューサーとアイドルなんですから、その関係を間違わないでください」

「……はい」

言葉こそ少し沈むアーニャだが、その顔は決して自分を謝るような雰囲気ではない。

それをちひろさんも理解したのか、呆れたような溜め息をつくとアーニャの頭の上に置かれたままだった俺の手を取り、隣に座る。

「プロデューサーさんも、甘やかしすぎはだめですからね」

「はっ、はい」

予想外の動きに思わず気の抜けた返事をすると、更に動揺してしまった。

「ちっ、ちひろさん!?」

アーニャ同様、俺の手に巻き付くように手を絡め力強く抱き締められた。

「ふふふっ、反省して下さいよ」

緩んだ笑みを浮かべつつ、手の力はゆるまない。

反対の手も更につよくなる。

 

「ちひろさん、何してるんです?」

「アーニャさんの真似です」

「過度なスキンシップは駄目って言ってた」

「あら?プロデューサーさんは嫌がりませんから、大丈夫ですよ。ね、プロデューサー?」

「えっあっ、はい」

凄まれた目を見ると、拒否できない。

というか……

「プロデューサー、駄目」

「プロデューサーさん、駄目じゃないですよね?」

両手に巻かれた強い手に、柔らかい感触を感じる。

……だ、駄目だ、これ以上!!

「お、俺は仕事に戻りたいんだけど」

「ふふふっ、もう少し休んでて下さいよ」

「もう少し一緒に、いよ?」

いや、一緒にいたいけど、これ以上は色々ときつい。

「あっ、そうだ!!今朝に話してた飲みの件なんですけどいい日が見つかったんですよ」

「……プロデューサー、ちひろさんとどこか行くの?

 私とは余り遊んでくれないのに?」

「いや、それは」

「アーニャさんはアイドル業で忙しいから仕方がないですよ。

 それでですね、この日なんですけど……」

「あっ、わ、わかりました」

「……プロデューサー」

 

美女2人に囲まれながら、幸せそうに見える休憩を過ごす。

誰かに助けて欲しいと視線を送るも、残念ながら俺達以外の人達はいなく、視線を空を切る。

あぁ、助けてくれ。

そう思いつつうなだれ、美女達のお相手をする事となった。

 

 

 

 

━━━━━━

地獄が終わってから数時間。

数分間の地獄から何もなく生き延びれた今を噛みしめつつ、俺とアーニャは街灯で照らされた夜道を歩いていく。

目標まで、後少しだ。

アーニャは不機嫌で、俺の隣を静かに歩いていた。

帽子を深くかぶり、サングラスを欠ける軽い変装をして貰うも、知ってるものからしたら見た目と雰囲気で直ぐにわかってしまう。

アーニャ用の変装用具も揃えといた方がいいかな。

なんて現実逃避紛いの事をしていると、少し広めの公園が目にはいる。

そこが、俺達の目的地だ。

 

「アーニャ、ついたよ」

「……はい」

「まぁ、ちひろさんだって悪気があったわけじゃないし……アーニャの事を心配してくれてたんだから」

「心配……だけですか?」

「そうだよ」

「……」

逃れられない重い沈黙が続く。

でも、それも直ぐに終わった。

 

公園につくと、アーニャはサングラスを外して夜空を眺める。

「やっぱり、ここの景色はいいですね」

アーニャはここの夜空が好きらしい。

この公園も昔はよく2人で行った馴染み深い場所だ。

俺も釣られて夜空を眺める。

夜空を照らす星々は、お世辞にも綺麗に映るとは言いづらい。

それでも、数少なく照らする星達は大きく明るくその存在を現にしている。

 

「やっぱり、ここの景色はいいです」

感傷深く繰り返すと、俺の腕に手を組む。

事務所でのちひろさんからの注意は何処に行ったんだろうか。

それとなく注意しようとするも、俺は黙ってしまった。

「アナタの隣で見る星は、とても綺麗」

夜空を見ていたその瞳は、俺の顔を真っ直ぐに捉えていた。

軽く微笑む彼女は、お世辞抜きで綺麗に見えた。

「プロデューサー、アナタの隣は誰がいます?」

「アーニャだろ?」

「今じゃない、これから」

 

抱きついた腕に体重を預けるアーニャの問い掛けに、答えれない。

「プロデューサー、私の隣はアナタ。

 今も、これからも。

 だから、隣にいて」

巻き付かれた手は、蛇のように絡みつく。

まるで、獲物を逃さないような。

「私の隣、ずっといて。

 それだけで、幸せ。

 Это рады, если вы и

 それだけで、私は幸せです」

アーニャはゆっくりとたどたどしく話す。

そんなアーニャの頭を軽く撫でる。

俺は、彼女のプロデューサーだから。

「俺は、プロデューサーとして傍にいることしか出来ないよ」

「неважно……かまいません。今は。

 ですが、私がトップアイドルになったら……

 ふふふっ、その時にまた、言います」

 

柔らかい笑みで微笑むアーニャは、年相応の笑みだ。

アーニャらしい、アーニャの笑顔。

俺はそう感じる。

そんな彼女の笑みに夢中だから、俺は傍にいる。

「その時を楽しみにしてるよ」

「Да……楽しみにしてて」

俺は彼女の傍にいる。

「だから、その時まで隣にいて、私の事見ててね。

 私がトップアイドルになるのが、2人の夢。

 夢を叶えて、それからも一緒だよ。

 プロデューサーと私の2人で。

 ずっっっっと、傍にいてね。

 プロデューサー。

 プロデューサー。

 Я люблю тебя до смерти!!

 Я тебя люблю безумно!!

 Я тебя люблю больше всех!!

 ……今は、私の言葉だけど、何時かはアナタにも言って欲しいです。

 プロデューサー」

ロシア語で、何を言ったのだろうか。

聞きたいけど、意味は教えてくれなさそうだ。

でも、彼女の態度をみると何となくわかる。

巻かれた手を離して、俺の頬に手を当てる。

恍惚とした笑みで頬を撫でると、片方の頬に軽くキスされた。

 

「……久しぶりです」

「アイドルとして売れたら駄目っていったよ?」

「今日だけ……」

 

アーニャは少し離れると、照れくさそうな笑みを浮かべる。

 

「今日の私、甘えん坊です」

 

そういえば、そんなことを言ってたな。

そんな事を思いながら、夜空を眺める。

直ぐに片手にきた慣れた重みを感じながら。

あの日、2人で見てたのと何も変わらない夜空をあの日から成長した俺達が。

……次は、トップアイドルになったら見に行こう。

そう、思いながら。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━

後日談、というかあれから直ぐの話。

俺はアーニャを寮まで送って家に帰った。

家に帰り、就寝準備を終えてふと、公園での言葉に気になり調べてしまう。

 

意味を見て、驚くことなく辞書をしまう。

やっぱり、告白か。

ロシア語だからわからないって思ってるのかな。

でも、それを俺に言って欲しいか━━━

アーニャはまた子供だ。

考えだって直ぐに変わる。

そう思いながら、テーブルに置いた手帳をとる。

そこの白紙だったページの始まり……。

俺が最初に覚えたロシア語を眺める。

 

 

 

 

Люблю тебя

頑張ろう

それの隣に書かれた正しい意訳を

 

あなたを愛しています




リクエストが多かったモバマスからアーニャです。

リクエストはまだまだ募集してますので、気軽にコメント下さい。

※今回使ったロシア語は翻訳サイトのもののため、間違ってるかもしれません

Доброе утро:おはようございます
беспокойство:不安
доверие:信頼
Я тебя люблю:私はあなたを愛しています
Это рады, если вы и:あなたとなら幸せです
Да:はい
беспокоиться:心配
Я виноват:私が悪い。
эгоистичный:我が儘
Я не могу без тебя:あなたがいなければ私は生きていられない
отличаться:違う
неважно:大丈夫
Я люблю тебя до смерти:死ぬほど愛してる
 Я тебя люблю безумно:狂ってしまうぐらい愛してる
Я тебя люблю больше всех:誰よりも愛してる

一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?

  • 一話完結
  • ストーリー物

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