病みつき物語   作:勠b

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ちょっとしたぼのぼのかいです

恋愛は、休む間もなく進んでく


病みつきクール~閑話~

小綺麗に整った事務所の一室。

そこはアイドル達の休憩室だ。

広い部屋の真ん中に置かれたソファーに1人の少女が佇んでいる。

傍に置かれたテレビは明かりをなくし、静かな空間にただ本を捲る音が響く。

空白を埋めるように刻まれた文字達を一字一句読み終えると、ページをめくる。

ページをめくり、隣を見る。

視線は空を切り、物静かな部屋を写す。

それを確認し、本へと視線を戻すもページをめくる度に隣を気にする。

少女は自分しかいない空間に寂しさを覚えながら、本に詩織を挟みテーブルへと置く。

 

「……プロデューサー、何処ですか?」

 

愛しの青年に伝えたい独り言は誰かに伝わることもなく消えていく。

彼女、鷺沢文香は顔を伏せ頬を伝う涙に身を任せる。

……プロデューサー、貴方が居ないのは嫌ですよ。

誰もいない隣を見て泣くことしか出来ない自分を惨めに感じつつポケットに締まっていたハンカチで自分の涙をふいていく。

今日の仕事、上手くいきました。見てくれてますよね?傍にいなくても、見てくれてますよね?

彼の顔を思い出すと不思議と涙が収まっていく。

思い描くのは彼に優しく頭を撫でられること。

昔は当たり前のように感じていた事が、今ではとても恋しく思える。

早く、会いたい。

その思いだけを胸にして、収まっていく涙を感じていた。

 

 

 

 

━━━━━━

涙が収まる頃、静かな部屋に扉が開く音が響きわたる。

「ただいま」

「ただいま帰りました」

「お帰りなさい」

 

聞き慣れた声達は文香が所属するアイドルユニットのメンバー達だ。

東郷あい

三船美優

この2人と彼を含めた4人でトップアイドルになるため努力してきた。

今はもう、1人いない。

それを思い文香は悲しさに身を打つが、それを隠し精一杯の笑顔で2人を迎える。

対面のソファーに2人が座ると、あいはテーブルに置かれたテレビのやリモコンを手に取る。

 

「相変わらず静かだね。静かすぎるのも落ち着かないんだ、何か見ないかい?」

「私はいいですよ、文香ちゃんは?」

「私も大丈夫です」

 

2人の確認をとり、テレビをつける。

淡々とした口調で話す女性アナウンサーが写る。

3人は横目でニュース番組を見つめると、美優は軽く手を叩き注目を集める。

 

「今日のお仕事はどうでした?」

「私は、上手く出来た……と思います」

「文香がそう言うなら、上手くできたんだろうね」

 

ふふふっ、とあいは微笑みを浮かべる。

偉く上機嫌な彼女に2人は疑問を持つ。

「あいさん、今日はオフなのにわざわざライブに参加されたんですよね?」

「あぁ、無事観客達も喜んでくれたよ」

「なのに……偉く上機嫌ですね?」

「アイドルとして、ファンに応援され、喜ばれるのは最高の褒美だろ?」

「……そうですね」

 

湧いた疑問に後ろ髪を引かれるような思いを持つも、美優は一旦口を閉じる。

何かあったのかしら?

でも、教えてくれなさそう。

見つめるあいの顔は普段よりも幾分楽しそうな笑顔。

最近は見ることの出来なかった笑顔。

 

「プロデューサーさんと、お会いした……とかですか?」

 

その笑顔を見ると、文香の口は動いていた。

あいの笑顔はかつて4人で努力してきた時に見てきたもの。

1人抜け、抜け落ちた笑顔。

 

「おや、どうしてそう思うんだい?」

「……あいさんが今日参加したライブ、プロデューサーさんがいる事務所のアイドルが参加してたんですよね?

 ……だから、お会いしたのかと思いました」

 

相変わらず、彼の事になるとよく喋る。

笑顔を作りつつもあいは内心文香に毒をはく。

普段は仲が良い彼女達も、彼のこととなると例外。

結ばれるのは1人だけなのだから、周りは皆邪魔者でしかない。

今隣にいるアイドルも、邪魔でしかない。

 

「残念だったが、会えなかったよ」

「本当に?」

 

隣から来た鋭い疑問に目を向けると、美優は真っ直ぐな瞳を向けていた。

お世辞に友好的とは言えない視線に苦笑を浮かべる。

やれやれ、少しわざとしかったかな?

まぁ、嬉しさの余りボロが出てしまったのかもしれないね。

今現在置かれている自らの状態を楽しむように内心笑みを浮かべる。

それは、自分が今優位に立っていることを自負してるからだ。

今このメンバーで唯一彼と再会し、連絡先を知っているのは自分なのだから。

 

「下らない嘘はつかないさ」

 

この一言で2人は黙って顔を伏せる。

プロデューサーさん……今どこにいるの?

私は、ここですよ?

 

……プロデューサー、迎えに来てくれないんですか?

会いたいだけなのに、声を聞きたいだけなのに……駄目なんですか?

 

2人には悪いけど、私にも譲れない思いはあるさ。

女として、負けられないしね。

 

3人が黙り込む重い空気の部屋に、淡々とした声が響く。

ふとあいはテレビに視線を向けるとそこには興味深いニュースが流れていた。

 

「彼女引退するんだ」

その一声で2人もテレビを見る。

そこには、自分達とよく共演していたアイドルの引退に関する内容が流れていた。

「知ってる人が辞めていくのは、寂しいですね」

感傷深く受け取る美優は、テレビから視線を逸らす。

あいは何も言わずに彼女の最後の言葉を聞く。

彼女はどうやら、結婚のためにアイドルを引退するらしい。

嬉しそうに記者達の質問を応える様子を眺め、自分もこんな日が来るのかと思うと口元に笑みがこぼれてしまう。

だが、笑みはすぐに収まる。

何も言わずに静かに画面を見る彼女を見て。

真顔で真っ直ぐにテレビを淡々と見届ける文香を見て。

可笑しい、普段なら美優さん同様に顔を伏せるなりして悲しそうな態度をとるのに。

 

「文香、大丈夫かい?」

「えっ!?は、はい」

 

急な呼びかけに動揺し声を荒げる。

その様子に、あい同様に美優も気づく。

「文香ちゃんどうしたの?」

「あっ、いえ」

一呼吸置き、軽い笑みを作る。

目の前の彼女達を安心させるために。

「驚いてしまって……それだけです」

 

何時までも待ってるだけのシンデレラじゃ、駄目ですよね。

私から、探さないと。

そうすれば、応えてくれますよね?

目の前の彼女達に不信感を与えないよう笑みを浮かべる。

━━━プロデューサー、待ってて下さい

愛しの彼を使える姿を想像しながら。

 

 

 

 

━━━━━━

目覚まし時計が鳴り響く部屋で、青年はゆっくりと目を覚ます。

気だるいからだに鞭を打ち、傍に置いていた時計のアラームを止める。

……仕事、行きたくないな。

真面目な青年らしからぬ思いを抱く。

だが、沸々と湧き上がる先日の思い出から肩に重くのし掛かる。

そのせいか、中々ペットから起きあがれない。

枕元に置いてある携帯を取り出し電話帳を開く。

そこには、昔はよく連絡した人物の番号が登録されていた。

東郷あい

駄目、だよな。

名前を見て重いため息を吐く。

……どうしよう。

交換したその日からずっと悩み続ける。

だが、答えは出ない。

思い浮かぶのは、彼女の顔だけ。

……ちひろさんに相談してみようかな。

青年の頭に思い浮かぶのはちひろの顔。

迷惑にならないか、嫌な思いをされないかっと不安を覚えてしまうが、自分ではどうしようもない。

そんな自分が嫌いだった。

何も出来ない自分に乾いた笑みを浮かべてしまう。

 

ちひろさんなら、助けてくれるのかな。

思い出すのは先日のちひろとの掛け合い。

彼女なら、助けてくれるかもしれない。

青年はそれだけで頭が一杯になる。

……前も、こうだったっけ。

自分が以前の会社を辞める前……同じように悩み、苦しんだ青年を助けたのはちひろだ。

だから助けをこうのは間違ってる。

それは分かっているが、縋ろうとする自分もいる。

……もう少し、考えよう。

せめて、また飲みにでも行った時に話そう。

今は、自分でとうにかしよう。

……どうにかしたら、告白の返答もしよう。

再度重いため息を吐き、ベッドから起きあがる。

 

立ち上がり直ぐにベッド傍にある本棚へと向かう。

大量の本が本棚に隙間なく詰められている。

辞書や写真集、絵本等統一性なく詰められた本達に青年は軽い笑みを浮かべる。

 

「おはよう」

 

返ってこない挨拶をすると、青年の顔は先ほどよりも少し明るくなる。

この本達は青年がプロデュースしてきたアイドル達のことを知ろうとしてか買ってきて物だ。

相手を知り、より近くでプロデュース出来るように。

初めてプロデュースしたアイドルと接するうちにそう感じ、続けてきたもの。

青年の積み上げてきた物だ。

挨拶をすませると、傍にある小さなテーブルに置かれた二冊の本を見る。

星に関する本と、ロシア語の本。

それは今、青年がプロデュースしてる相棒に関するものだ。

表紙を軽く撫で、彼女の顔を思い浮かべる。

それだけで不思議とやる気が出てきた。

悩んでも仕方がないし、頑張ろう。

青年はゆっくりと起床の支度を始めた。

 

 

 

 

━━━━━━

今日の青年の仕事は事務仕事だ。

使い慣れたデスクでたまった書類の確認をする。 

ここ最近書類整理をしていなかったことを後悔しつつ青年は一枚一し書類を確認していく。

青年に回ってくる書類はどれもアーニャに関わるものだ。

ステージやライブ、テレビ番組の出演依頼が主になる。

内容と時間を確認しつつどの仕事がアーニャに合うかを念頭に書類仕事をこなしていった。

今の青年にはアーニャの事しか頭になく、あいのことはすっかり忘れていた。

仕事をしている時だけは何も考えられなくてすむ。

それが青年の救いでもある。

 

「プロデュースさん」

 

書類と格闘していると急に声を掛けられ少し動揺してしまう。

そんな青年を優しく見守りながら、隣に座るちひろはクスクスと小刻みな笑みを浮かべる。

「仕事に熱中するのもいいですけど、休憩はとらなきゃだめですよ」

その言葉でふと腕時計を確認する。

時間はもうすぐ二つの針が真上を指すところだ。

「慣れない仕事を無理してやってもミスが増えるだけですよ」

ちひろは自分のデスクに置かれた書類を幾つか青年に見せる。

そこには見覚えがある書類に見覚えがない赤ペンが文字か記入されていた。

 

「はい、後でやり直しです」

「あーっ、すいません」

 

デスクに戻された書類を受け取り、書かれた内容を確認する。

自分でも呆れるぐらい下らないミスをしていた事に気づき溜め息を吐いてしまう。

「ほら、今日は頑張ってるプロデュースさんにご褒美があるんですから」

早く早くとせがむように腕を取り、青年を無理矢理立たせるとソファーに座らせた。

 

「何時もお仕事お疲れさまです」

 

その言葉と共に渡されたのは少し大きめの弁当箱だ。

「最近は営業中とか付き添いで受け取ってくれなかったから、寂しかったんです?」

「あーっ、何時もすいません」

申し訳なさから軽く頭を下げて弁当箱を受け取る。

 

青年は自炊は余りしない。

そのため、食事は外食や総菜ですませることが多い。

そんな青年を見かねてちひろは昼だけでも弁当を作り、渡すようになった。

それは、以前の職場から続けている。

ただ、事務所外の所だと恥ずかしいと言う青年の思いから週に数回しかない事務所で昼を過ごす時のみ渡している。

ちひろからしたら、残念で仕方がない。

本当なら毎日毎食作ってあげたいと思っているが、それは未来のお楽しみとして我慢している。

 

「事務所に入るときぐらいは外食じゃなくて、愛情たっぷりのお弁当食べて下さいね」

「……あはははっ」

大胆なちひろの発言に乾いた笑みを浮かべてしまう。

告白を既にしたちひろからしたらこの思いを隠す必要は無くなった。

少し告白は早かったですが、まぁいいですよね。

そう思いつつ青年の隣に座り、2人の前にお茶を置く。

事務所でいる時は2人の時間ですから。

そう思いつつ、真横の青年を見る。

少し顔を赤くして頬を掻く様子はちひろからしたら可愛らしい仕草だ。

 

2人で昼食をとろうとした時、入り口から透き通るような声が聞こえた。

「プロデューサー、来ちゃった」

扉から頭だけ出して中の様子を見るのは、今の青年に馴染み深い人物だった。

「アーニャ?今日はオフだろ?」

「会いに来たよ、プロデューサー」

ソファーに座って呆けた顔をするプロデューサーを見つけると、アーニャは嬉しく微笑む。

だが、それは直ぐに終わった。

「アーニャさん、休みの日は余り事務所に来ないで下さい」

青年の隣にいたちひろが、呼んでいない来客を冷たく追い返す。

なんで来るんですかね、休みなら休んでくれればいいのに。

折角の楽しみを奪われまいと意気込むちひろを見ると、アーニャはあからさまに不機嫌になる。

なんでプロデューサーと、ちひろさんが近くにいるの?

予想もしていない2人の組み合わせにあからさまにおいて不機嫌になるも、直ぐに笑みを浮かべる。

プロデューサーに、嫌われそうなことはしないようにしなきゃ。

青年が困ることをしない。

青年に嫌われるようなことをしない。

そう決めたばかりだ。

アーニャはちひろの反対に座ると、バックから小さめの弁当箱を取り出す。

 

「お昼作ってきました、食べてほしいです」

 

テーブルに置かれたちひろの弁当の上にわざとらしく置かれると、それを見てあからさまに不機嫌になる人がいた。

「アーニャさん、申し訳ないけどプロデューサーさんは私が作ったお弁当があるから」

「プロデューサーはよく男の人だから、沢山食べるよね?」

「食べ過ぎは駄目ですよね?」

「プロデューサー、食べてくれないの?」

2人の美女の視線にぶつかると青年は、困った笑みを浮かべる。

 

プロデューサーさんなら、両方食べると思いますけど……。

私に嫌な思いをさせる罰です。

存分に困って下さい。

 

プロデューサー、困った顔してる……。

けど、お弁当食べて欲しい。

……ちょっとぐらいなら、嫌われないよね?

プロデューサー、こんな事で嫌うぐらい、私のこと嫌いじゃないもんね。

 

それぞれの思惑を持ちつつ、青年を見つめる。

思惑ぶりな笑みを浮かべながら。

必死な顔で真っ直ぐに見つめながら。

2人の顔を交互に見ると青年は困惑する。

 

こんなには食べられない……いや、頑張れば食べれるよね。

……食べれるよね?

……何というか、幸せな悩みなのかな。

 

アイドルと事務員から渡された弁当箱の蓋を開けつつ青年はため息を吐く。

「両方いただきます」

その返答に満足したのか、2人は笑みを浮かべた。

 

こんなに食べるの何時ぶりだろうな。

可愛らしい弁当箱の中身を見つめながら食べきれるか困惑していると、男性の慌てた声が事務所内を響かせた。

 

「諸君、大ニュースだ!!」

 

社長室から慌てて飛び出してきた男性に3人は仲良く首を傾げる。

だが、次の言葉に3人は更なる困惑に陥ることとなる。

 

「アイドルの鷺沢文香が引退発言をしたぞ!!」

 

その言葉にちひろは驚きを

その言葉にアーニャは更に首を傾げ

 

 

その言葉に青年は顔を青くした。

 

 

 

 

 

━━━━━━

後日談、というわけではなく、それから直ぐの話。

 

俺は人があふれる街並みを走っていた。

そんな俺に気を向けないもの

邪魔そうに見つめるもの

面白そうに見つめるもの

様々な視線が俺を見つめる。

 

だが、そんなものに構ってられない。

赤信号に捕まり、足並みを止める。

汗で濡れたシャツに気持ち悪さを感じながら、呼吸を整える。

ふと見上げると、街頭ビジョンに写るのは見知った彼女の嬉しそうな笑みだ。

 

「……はい、私はもう……アイドルを辞めようかと思ってます」

 

……なんで

なんでそんなこと言うんだよ

……文香

 

信号が青になると同時に俺は再び走り始めた。

 

一話完結の話がいいか、数話かかるストーリーがいいか、どちらがお好みでしょうか?

  • 一話完結
  • ストーリー物

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