第六話 アクシズの現状と今後
U.C.0080,12,28 ザンジバル級ドミニカ アクシズへ到着
ドミニカがドックに着艦するとすぐに病人の搬送が始まる。
今頃アンガス先生を始めとした医療班がアクシズの医師たちと共に、用意されている救急用タンカに患者を乗せて艦から降ろしているはずだ。
ドックは無重力なので、救急車ではなく専用のタンカで病院の近くに繋がっているエレベーターで運ばれるらしい。何でもモウサと呼ばれる場所らしいが、どんな場所なんだろうか?
到着前に到着後はマハラジャ提督がゼナに挨拶に来ると通信が入ったが、それを聞いたゼナがまずはマレーネに会うようにと提督を説得した。
最初は断ったが搬送前に少しだけ会うことになったので、マレーネ以外の病人が全員搬送され次第病室に向う予定だ。
それまでは艦長室で待機することになっているので、出迎えるためにシャアと艦外に向っていた。
「マハラジャ提督とはお会いになったことはあるのですか?」
「いや、初めてだ。提督は元々文官で、私が士官学校在学中にアクシズに向ったのでな。以前はデギン公と共にジオン・ダイクンの補佐をしていたが、ジオン・ダイクンの死後はギレン総帥に睨まれていたそうだ。それでドズル将軍がキシリア様と共にアクシズへ赴任させたと聞いている。」
なるほど。ギレンに睨まれたからサイド3の外に出されたのか。ドズルはマレーネのことがあったから守るために手を打ったのだろう。
しかし、ジオン・ダイクンの補佐をしていたのなら子供時代のシャアと会っているのでは? 提督がザビ派ならまずいと思うのだが。
いや、それよりダイクン派ならもっとまずいだろう。ダイクン派の旗として祭り上げられるかもしれないが、シャアはそういうのは嫌いなはずだ。
俺の記憶では、提督の死後にハマーンが後を次いでシャアが出て行く。切れたシャアが暗殺とか? それは無いと思いたいが……全くないとも言い切れない。その場合は何かしらの手を打つことも考えておこう。
艦の外に出ると、ドックの奥の通路から通信で何度か見た提督と、女性の中佐が歩いてきた。少し遅れて女性兵士たちの姿も見える。
30代前半に見えるその中佐は、背が高く茶色の長い髪を首の後ろで結んでいる。目つきが鋭く、歩き方もいかにも軍人といった雰囲気だ。見覚えが無い人だが、護衛だろうか?
「マハラジャ提督、こうして会うのは初めてになりますね。シャア・アズナブルです。こちらは副官のゼクス少尉。」
シャアと握手をした提督が俺に目を向けると、少し驚いた顔を見せた。俺は敬礼をしていたがどこかおかしかったのだろうか?
「提督、そちらの方は?」
「あ、ああ。こちらはイリーナ・レスコ中佐、ミネバ様とゼナ様の警護部隊の隊長だ。今日からお二人の警護に付いてもらうので、顔合わせに来てもらった。」
「イリーナ・レスコです。お会いできて光栄ですシャア大佐。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
イリーナ中佐はシャアと握手をしてから、俺に軽く敬礼をした。視線や表情を見ると、どうやら俺を見た目で判断せず軍人として扱うように見える。
「提督、マレーネ様のお見舞いの準備が出来るまで、艦長室でお待ちいただけますか?」
「かまわんよ。だが、先にイリーナ中佐たちをお二人の元へ案内してくれないかね。警護と移動について説明してもらいたい。」
「わかりました。ゼクス少尉、イリーナ中佐たちをお二人の部屋へ案内してくれ。」
「了解しました。戻る途中に医務室の様子を聞いて来ます。」
船長室へ向う二人と別れ、兵を連れたイリーナ中佐と重力ブロックへ向う。
二人きりになれば子供が副官をしていることを聞いてくるかと予想していたが、無言で後ろをついてくる。何か話しかければいいのだろうか?
「イリーナ中佐はアクシズに来て長いのですか?」
「いえ、私が到着したのは7月です。私はハマーン様とセラーナ様の護衛としてここに来ました。」
「そうだったのですか。それでは到着してから護衛隊に?」
「そうです、到着してから提督に任じられました。私がハマーン様たちの警護をしてきて部下が女性ばかりだったので、丁度良かったのでしょう。」
ハマーン達は去年の3月に出発したと聞いたので、ずいぶんと長くかかったようだ。マレーネが出発前に会った時には元気が無かったと言っていたが、どうだったんだろうか?
聞いてみようかと思ったが、その前に到着してしまった。
いつものように侍女に声をかけると中へと通されるが、兵士たちは部屋の外で待機することになった。
「ゼナ様、アクシズでお二人をお守りする警護部隊の隊長、イリーナ中佐をお連れいたしました。」
「お久しぶりですゼナ様。まさかアクシズでお会いできるとは思いませんでした。」
「そうですねイリーナ中佐。私たちの結婚式以来でしょうか。」
初対面じゃないのか! ドズルとゼナの結婚式に出席ってことは、中佐は名家の出身とかなのだろうか? 一年戦争にあまり参戦せずに中佐にまで出世するのは、ただの軍人には難しいだろう。それに、ミネバの警護をさせるのなら信用できる軍人を使うはずだ。ザビ家に近い家の出自なのも考えられる。
あまり聞いているのも失礼なので、二人の話が一段落付いたところで退室した。
次に向ったのは医務室。病人の搬送はどこまで進んだのだろうか?
医務室に入ると見覚えの無い看護師たちがドミニカの看護師たちと共に、アンガス先生の指示でカルテの入った箱を運んでいた。見覚えの無い看護師はアクシズの人たちだろう。
奥の病室の様子は見えないが、箱の搬出が始まっているので病人の搬送は終っているのだろう。マレーネ以外は。
俺に気付いた先生が手招きで呼んだので、近くに行くと耳元に顔を寄せてきた。
「今、ハマーン様とセラーナ様がお見舞いに来ている。提督には内緒にして欲しいと頼まれているから、黙っていてくれよ。」
小声でそう言われ、肩をポンと叩かれた。
もしかして、お見舞いは病院に着いてからとか言われてたのか? まあ、姉に早く会いたいと思うのは当たり前なので別にいいだろう。
それより、『あの』ハマーンがここにいるのか。前にマレーネから聞いた話だと、元気を無くしていたらしいが、今はもう元気になっているのか? 流石にこの年で人を俗物呼ばわりはしないだろうが、片鱗は見えているのだろうか? 気になるような怖いような。
そう考えていると、突然病室から何かが伝わる。重圧? 爆発か!
あわてて病室への扉を開けると、小柄な人影が目の前に飛び出してきた。危ないので軽く抱き、一回転しながら速度を落とす。
体つきから予想すると少女か? 長い赤っぽいピンク色の髪をツインテールにしていて、回転にあわせて宙を舞う。
「手を離します、立てますか? 走ると危ないですよ。」
俺が手を離すと、少女は一瞬ふらついたものの自分で立った。そして俺の顔を見て、驚いたような何かを恐れるような表情になった。
その少女は10代前半くらいで、白いブラウスに紫色のジャケット、黒いミニスカートと紫色のニーソックス。この美少女はもしかしてハマーン……いや、ちがうか。あのハマーンとは印象が違いすぎる。
「あ、あなたは……シャア大佐? いえ、違う。」
「私はゼクス。シャア大佐の副官です。あな「お姉ちゃん! どうしたの、急に?」」
次に病室から出てきたのは目の前の少女よりも年下の少女で、心配げな表情をしている。
もう一人の少女と同じような色の髪を背中までストレートに伸ばし、前髪は眉の辺りで切りそろえている。青いワンピースを着ていて、大人しそうな雰囲気を感じさせる。
「なんでもないわ。」
そう言ってツインテールの少女は再び走りだし、医務室から出て行った。
「ハマーン様、走ると危な……行ってしまったか。」
先生が走り去る少女に声をかけたが、彼女には届かなかったようだ。
彼女がハマーンなのか。俺の知るハマーンとは違うが、Zより6年以上前の姿だから違って当たり前……どころか、片鱗も見えねえ。別人か?
会話をする間もなく行ってしまったが、性格はどうなのだろう。
「あの、兵士さん?」
気が付いたらもう一人の少女が俺の顔を覗き込んでいた。さっきハマーンをお姉ちゃんと呼んでいたので、おそらくセラーナだろう。
「はい、なんでしょうか?」
「私はセラーナ・カーンと言います。もしかしてゼクス少尉ですか? 」
「そうです。もしかしてマレーネ様にお聞きになったのですか?」
「はい。金色の髪に青い瞳、お姉ちゃんと同じくらいの年だって聞いたので、そうじゃないかなって。」
そう言いながら、セラーナは軽く首をかしげる。
もちろん計算はしていないのだろうが、可愛らしい顔立ちでそれをされると見とれてしまいそうだ。いや、ロリコンではないので純粋に可愛いものを愛でる気持ちだ。
「私はお姉ちゃんを追うので、また今度話を聞かせてください。アンガス先生、お姉さまをお願いします。」
「はい、喜んで。」
「わかりました。全力を尽くします。」
セラーナは俺と先生に頭を下げて医務室から出て行った。
落ち着いた話し方をして、礼儀正しい。いかにもお嬢様といった感じだ。ハマーンとは話せなかったが、セラーナと話を出来たのは収穫だ。提督の家族とは仲良くしたいものだ。
そう言えば、なにか忘れているような……マレーネ! さっき感じた衝撃で何か問題は無かったのか?
あわてて病室に入りマレーネのベッドへ向うと、彼女は落ち込んだ表情で俺を見つめた。笑顔以外の表情を殆ど見せなかった彼女が、こんな表情をしているのは始めて見た。さっきハマーンが飛び出したのに関係が有るのだろうか?
「マレーネ様、大丈夫でしたか?」
「ええ、大丈夫よ。ただ……ハマーンには嫌われてしまったかも。ねえゼクス少尉、あの子の相談相手になってくれないかしら? 色々あって悩んでいるみたいだから、誰かに話せれば楽になると思うの。」
マレーネはベッドから痩せて骨ばった手を出して、俺の手を強く握った。彼女は真剣な目で俺を見つめていて、ハマーンのことを強く思っていることが伝わってくる。
ここ一年でマレーネとは仲良くなり、元々ハマーンとは話をしたいと思っていたので断る理由は無い。
それに、目標とする平和な世界を作るためにも彼女との接触は避けられない。今後アクシズがネオジオンとして戦争を起こさない方向へ持って行ければ良いが。
「どこまで出来るかはわかりませんが、私でよければ話してみようと思います。」
「ありがとう。」
「マレーネ様、そろそろ提督を呼んでもよろしいでしょうか?」
急に後ろから先生に声をかけられて驚いたが、先生が様子を見に来るのは当然か。
俺は医務室から出て、艦長室へ向った。
歩きながらさっき感じた重圧を思い出す。
あの重圧を皆が感じたのなら、先生がすぐに病室に向うはずだ。だが先生が動いたのは、俺がドアを開けてから暫く時間が経っていたと思う。なら、感じたのは俺だけか?
重圧の感触を思い出してみると、気圧の上下とは違う感覚だった気がする。全身に感じる重みではなく、頭の中……いや、精神に感じたのか。アムロから感じた殺気とは違ったが、物理的ではない力。
あれがニュータイプの力……なのか? 飛び出してきたハマーンの様子から考えると、感情の大きな変化があったのだろうか? それで力が近くにいた俺に伝わったということなのか。
不思議な感覚だった。ア・バオア・クーでは死の恐怖だけを感じたが、さっきはただ力だけを感じた。俺に向けた力ではなかったからかもしれない。これは興味深い。
艦長室に入ると、シャアと提督は顔を見合わせて話し合っていた。二人とも深刻な表情をしていることから、あまり良い話ではなかったのだろう。
「マレーネ様のお見舞いの準備が出来たそうです。」
「そうか。提督、それでは医務室にご案内いたします。」
「うむ、頼む。」
医務室では提督のみが病室へ入り、俺達は医務室で待機していた。
シャアたちが何の話をしていたのか気になるが、それを聞くのは調子に乗りすぎだと思われるだろうか? それに今は先生も室内にいるので聞いても話してくれないだろう。提督が出てくるまで黙って待つことにするか。
10分以上経ってから提督が出てきたが、入る前よりも憔悴したように見える。
「アンガス先生、娘を頼みます。」
先生にかける声も力なく聞こえ、歩く姿も元気が無い。一体病室で何があったのだろう? シャアも気が付いたようだが、そのことは口に出さなかった。
今度はゼナとミネバの部屋に向うために廊下に出た。
提督は医務室を出たときには肩を落としていたが、ゼナたちの部屋が見えてくるころには元に戻ったように見える。
ゼナとミネバの部屋に入ると、ベッドに寝かされたミネバと椅子に座ったゼナの前で深々と頭を下げた。
「マハラジャ提督、おやめください。私達がお世話になろうというのですから。」
「いえ、そう言うわけには参りません。アクシズでは不自由もあるかと思いますが、何でもおっしゃってください。」
提督は意外にも落ち着いている。自分の娘を側室にした男の正妻に対し、思うところがあるのではないかと考えていたが、考えすぎだったようだ。
もしかしたらドズルに庇ってもらったから、マレーネのことはなんとも思っていないとか? いや、それにしてはマレーネが病気だと知ったときの反応が大きすぎた。もしかしたらさっきマレーネに何か言われたのかもしれない。
提督はゼナに現状と今後について説明を始めた。
すでに公国は無くなり、ジオン共和国によって公王家は廃止された。それによってミネバとゼナは罪に問われず、財産も全てではないが2人に返される。
ミネバを利用しようとする者が現れないように、シャアを准将に昇進させ、副提督に任命してアクシズの治安を守らせる。
モウサ内に屋敷が用意してあるので、そこで生活する。
ゼナは不安そうに話を聞いていたが、シャアも護衛に就くと聞き安心したようだ。
不自由な暮らしになるだろうが命には変えられないだろう。平和な世の中になれば利用される恐れも無くなり、護衛なしでも生活が出来る。少しでも早く実現したいものだ。
「お二人を利用しようとする者達がいなくなるまでご辛抱ください。」
「わかりました。提督、それとシャア大佐、ミネバのことをお願いします。」
「はっ。」
シャアも表情を引き締めて返事を返した。
提督の説明には知らないこともあったが、シャアは平然としているのですでに聞いていたのだろう。後で詳しく教えてもらえるだろうか。
この後二人と提督はイリーナ中佐が警護しながら屋敷に向い、俺とシャアはアクシズの案内と説明を受けるためにアクシズ内の会議室へ向かうことになった。
イリーナ中佐の部下の案内で会議室へ向う。会議室はアクシズ内の重力ブロックに在るので、途中からは歩く。
無重力に慣れると歩くのが少し億劫だ。無重力ならレバーを掴むと勝手に動いてくれるので楽なのに……なんて考えが浮かぶ辺り、俺もこの世界に慣れたものだ。
案内された会議室で待っていると、書類を抱えた男性の軍人が入ってきた。
少佐の軍服を着ていて濃いめの金髪をオールバックにし、細身ながら引き締まった体つきで30代半ばぐらいに見える。
上官なので俺が立ち上がり敬礼をすると、少佐は書類を机の上に置き敬礼をした。
「私はマハラジャ提督の補佐をしていますハインツ・ヴェーベルンです。これよりアクシズについて説明させていただきますので、よろしくお願いします。」
少佐はそう言い、IDカードと書類を俺たちに手渡した。書類にはアクシズの地図や生活について書かれている。
アクシズに到着した人は2週間の休養を与えられ、その後に配属される。これは一緒に来た整備班も同じだ。説明には無かったが、シャアが准将と副提督に任じられるのはその時になるのだろう。
シャアのIDカードは提督のものと同じクラスで、俺は副提督の副官なので佐官クラスのものが用意された。シャアはほぼ全ての軍施設に、俺も大半の軍施設に出入りが出来る。
給料も共和国軍と同額支給されるので、アクシズ内のストアとモウサに作っているマーケットで買い物が出来る。
地図を見るとアクシズ本体に丸い小惑星が繋がれていて、これがモウサ。
アクシズには軍事施設や工場と軍人の居住区、モウサには軍人の家族や軍人以外の居住区があり、メディカルセンターやゼナたちの屋敷もある。
アクシズの内部はいたるところに通路が作られ、休養の2週間にはアクシズの構造を覚える期間とも言えそうだ。覚えきれるかわからないが。
昼食後に道案内と、用意された部屋へ案内してもらうことになった。食堂は士官用と下士官以下とで分けられているので、士官以上の食堂へ向った。
食堂ではIDカードを提示し、用意されたトレーを受け取るシステムになっていた。受け取って席に戻って見ると、3人とも同じメニューなので少佐もパイロットなのだろう。
どれもアサルムで食べていた物と同じかそれよりも美味い。アクシズは太陽の光も弱く、食料はあまり良くないと思っていたが予想外だ。シャアも同じことを考えたのか、少佐に質問した。
「食糧事情が良くなったのはここ最近です。共和国からの輸送艦が今までの倍近くに増えたので、食料や生活用品に困らなくなりました。表向きは共和国の指示らしいですが、マ・クベ長官の指示だと噂されています。」
「マ・クベ長官が……ですか?」
「はい。アクシズの状況を聞き、長官になると同時に指示を出したと。それとミネバ様とゼナ様が大佐と共にアクシズへ向っていることと、公王家の廃止が発表されてからは、悪いようにはしないと周囲に伝えていると聞いています。」
なるほど。食料でアクシズの内部を懐柔し、急進派よりも自分たちに付けと言っているのか。現長官であるマ・クベがアクシズを重要視していることを、食料という目に見える形で伝え、心の拠り所であるザビ家のことも悪いようにはしないと伝える。これでアクシズ内の急進派の多くはマ・クベに付くだろう。
そしてミネバを連れてきたシャアが副提督に就任し、マ・クベと共に提督に協力することを公表すれば急進派は手を出しにくくなるだろう。下手にクーデターを起こすと、共和国を敵に回すことになるのでリスクが高い。
アクシズだけを制圧しても、本国からの輸送が途絶えれば干上がる。それに一度良い生活を味わうと、昔には戻れないのは人としてしょうがない部分だ。
全て計算ずくか? 流石にそこまでは……考えているのだろう。
なんかもう急進派は詰んでいるのでは?
アクシズでのマ・クベの支持率がどれくらいかを調べる必要はあるが、食料を握っているのはデカい。2週間後にシャアが副提督に就任し、マ・クベと共に提督に協力すると公表すれば急進派は勢いを無くすだろう。
これは勝ったな。思わず笑みが浮かびそうになるのを堪えたが、シャアは難しい表情を見せていた。何か問題があったのだろうか?
アクシズの内部は基地として作られたからか複雑で、入り組んでいる。せめて廊下に特徴があれば覚えやすいが、同じ形の廊下なので身体で覚えるしか無さそうだ。
案内は主要な施設には入らず、食堂やストア、図書室にトレーニングルームなど。格納庫や指令所などは案内されない。
何故かを聞くと、そういった場所に出入りし始めると休めなくなるからだそうだ。急ぎの仕事が無ければ、2週間は仕事を最低限に抑えて休養を優先する。
自室は士官用のブロックにあり、少尉の俺と大佐のシャアは、広さの違う部屋なので離れた場所だ。俺の部屋は10畳くらいのワンルームで、トイレとシャワーが付いている。シャアの部屋は2LDKで、設備も良い。家族がいれば、モウサに家族用の家も用意されるそうだ。
俺の部屋にはテレビやベッド、小さな冷蔵庫や湯沸かし器などが備え付けられていた。キッチンは無く、食べ物は休憩所の自販機か、ストアで買ってこなければならない。アクシズでは……いや、地球以外では空気は大事なので、火災予防だろう。
今まで自分の部屋が無い生活だったので嬉しい。ポスターでも貼ろうかな? 買い物もこの世界に来て初めて自由に出来そうなので楽しみだ。休養中に時間があれば、ティナを誘ってモウサに買い物に行くのも良いかもしれない。予定が合えば良いが。
一通り案内が終わると、提督の執務室へ向った。
シャアだけかと思ったが俺も一緒でいいと言われたので、今後の予定でも話すのだろう。
執務室で提督と少佐、シャアと俺の4人がソファーに座り話し合いが始まった。
話はドミニカの艦長室でシャアに話した内容だとのことだ。俺と少佐が増えたので改めて説明してくれるそうだ。
まずはアクシズの現状。マ・クベからの手紙にあったように急進派と穏健派に分かれているが、最近は勢力が拮抗している。これはマ・クベの働きかけが強いようだ。しかし、軍部には急進派が多く、戦力では急進派が有利。
共和国からの輸送艦は資源を持ち帰るので、アクシズの資源採取工場はフル稼働状態。一部の兵士たちは退役し、作業員として働いている。実はそのほうが給料が良く、危険も無いので人気らしい。この話はサイド3にも届き、作業員が出稼ぎに来るのも時間の問題だそうだ。
共和国からは今のところ公王家の廃止意外は何も言われてないらしい……表向きは。
提督から少佐に渡され、次に俺に回ってきた手紙にマ・クベからの指示があった。これは5月にサイド3を出発して、つい先日到着した輸送艦で届いた手紙だ。通信なら1日程度で届くが、傍受される恐れがあるので手紙を使ったようだ。
手紙には、シャアが到着し副提督に任命された後に、共和国から正式に指示を出すと書かれていた。
『軍はシャアが組織する護衛隊を残し、アクシズから撤兵・モビルスーツ生産の中止・旧式モビルスーツの解体・アクシズは資源衛星へ。』
これによりアクシズのモビルスーツや軍艦は、シャアが中心となり組織する護衛隊のみが所持することになる。護衛隊は連邦から許可を得ているので、制限内の機数で組織する。
許可された共和国の総機数を考えると、ゲルググ以外はほぼ解体されることになりそうだ。
それと、連邦との条約で新兵器の開発が禁止されているので、アクシズの開発部門は存続させ、連邦の監査が入るときには隠す。これは関係者のみに伝えられる予定だ。
「なるほど、急進派が動くのなら私の副提督任命直後になりそうですね。」
「そうなるだろう。出来れば大人しく撤兵を受け入れて欲しいのだが。」
シャアが確認するように聞くと、提督は眉間に皺を寄せて目を瞑った。提督は文官だったらしいので、争いを好まないのかもしれない。
この手紙の内容を考えると、タイムリミットは2週間だ。
それまでに穏健派が多数派になれば、急進派は動けなくなるだろう。それが争いの無いベストパターン。そうすればなんの問題も無くアクシズは平和になる。
逆に、急進派がある程度以上の戦力を確保した場合は、内乱が発生する可能性が高い。もし穏健派が負ければ、共和国か連邦が攻め込んでくるだろう。共和国だけならまだマシだが、連邦が来ればアクシズごと消されそうだ。運が悪ければ共和国が責任を取らされ、罰金や監視の強化に繋がる可能性がある。
のんびり休む時間は無さそうだ。
今度はシャアがマ・クベからの手紙を提督に渡した。前に見せてもらった物だ。
提督と少佐が読むと、二人の表情が曇った。戦犯の名簿に心当たりでもあるのだろうか? 言いにくそうな提督に代わり、少佐が口を開いた。
「シャア大佐、一覧に乗っている軍人の大半が、すでにアクシズに到着しています。ですが全員エンツォ大佐の指揮下にありますので、今逮捕するのは危険かもしれません。」
厄介なことだ。急進派との派閥争いと同時に、戦犯が逃げないように見張りもしなければならない。人手は足りるのだろうか? 俺は見た目が目立つから見張りには不向きなので、提督か少佐の部下で使える人がいればいいが。
その辺りの人選は少佐に心当たりがあるそうなので、明日にでも声をかけてみるそうだ。
シャアは休養期間中に穏健派や中間派の面子と会い、穏健派の強化に動くことになった。場合によっては急進派とも会い、切り崩しを狙う。
俺は必要なときは手伝い、それ以外は自由に動いていいと言われた。シャアは俺にそれとなく期待をしているようだが、提督と少佐は心配げだ。変な動きをして気付かれたり、篭絡されたりするのでは? と思っているのだろう。
シャアは何も言わないので、何か考えがあるのかもしれない。俺が自由に動けるようにという親(?)心だろうか? いや、そんなに甘い人ではないので成果を出せるように働こう。そのために自由にしたのだろうから。
今日の話はこれで終え、明日から行動を開始することになった。
解散の前に提督は、シャアに見せたいものがあると言い格納庫へ連れ出した。途中で少佐が仕事があると言い分かれたので、3人で格納庫へ入る。
特殊な格納庫なのか、広い空間に改造中のリックドムが1機有るのみだ。いや違う、隣にどこかで見覚えのあるようなモビルアーマーが置いてある……ノイエ・ジール?
提督に続き近くに行ってよく見ると、ノイエ・ジールよりもデザインが古く見える。もしかしたらノイエ・ジールのベースか先代なのか?
乗ったら楽しそうだなと考えていたら、通路の奥から歩いてくる人影が見えた。
提督より少し明るいブラウンの髪を73分けにした、堀の深い顔立ちの40代の大佐だ。
「シャア大佐、アクシズ兵力総括顧問のエンツォ・ベルニーニ大佐だ。私は軍事には疎いので補佐してもらっている。」
「エンツォ・ベルニーニです。シャア大佐のご活躍は聞いていましたので、お会いできて光栄です。」
「シャア・アズナブルです、よろしく頼みます。こちらは私の副官のゼクス少尉です。」
エンツォは一瞬鋭い目でシャアを見た後、敬礼する俺を興味深いものを見るように観察する。まあ、よくあることだ。
それにしてもこんなところで敵と遭うとは……考えられるか。そう言えば軍事のトップだと言っていたので、格納庫にいるのは不思議じゃない。それにここは特殊な格納庫っぽいから連絡が入ったのだろう。
三人はこのモビルアーマーについて話していた。
この機体はゼロ・ジ・アール。
ドズルがシャアのために作らせていたが、ガルマの一件で中止していて試験のみが行われていた。拠点防衛用の機体で、完成時には多数の火器を搭載して艦隊編成並みの戦力。大きいがIフィールドを装備しているのでビームは無効化出来る。
「せっかくですので大佐ご自信で最終調整をしてはいただけませんか?」
「私はモビルスーツ乗りですので、モビルアーマーはあまり気が進まないのですが。」
「ドズル閣下のお気持ちでもありますので。」
エンツォだけでなく、提督までシャアを乗せたいようだ。提督はドズルの遺志を尊重したいようだが、エンツォはアクシズの戦力として考えているのだろう。艦隊編成並みの戦力を遊ばせておくのは惜しいので、完成させて先頭に押し出したいと考えていると見た。
大型のモビルアーマーか……シャアが乗らないのなら俺に乗らせてくれないかな? チラッとシャアを見ると、手を顎に当てて考えてから口を開いた。
「大佐、ゼクスはモビルアーマーで実戦経験があります。私よりも調整に向いていると思いますので、よろしければゼクスに任せて見ませんか?」
「ほう、それはそれは。よろしいかねゼクス少尉?」
「はっ、お任せください。」
この後、休養期間中でも時々なら作業してもいいと提督から許可をもらった。これで格納庫内での情報収集も可能になり、ゼロ・ジ・アールの完成時期もある程度決められる。有事の際はアクト・ザクを使えばいいだけなので、急進派をどうにかしてから完成するようにしよう。
ノイエ・ジールに繋がるかもしれないので、調整は手を抜かずにやるとしよう。性能が良くなればデラーズには渡ったときマズイが、その時は手を打てばいいだけだ。俺の力では無理でも、シャアに頼めば何とかなるだろう。
話が終わり、俺とシャアは部屋に戻る。流石に到着した当日に色々ありすぎたので、さっさと飯を食って休みたい。
途中でシャアが行きたいところがあると言い別れ、俺は一人で食堂に向った。