黒羽が転校してくる日。
教室内はその噂で持ちきりだった。
「マジかよ?西森柚咲が転校して来るって」
「まさか。芸能学校じゃあるまいし」
「でも、本当だったら嬉しいぃ!」
やっぱ、人気だな。
昨日うちに帰った後、ハロハロの曲を何曲か聞いたが、中々に良い曲だった。
まぁ、ファンになる程ではないが、そう言ったら、高城が怒り狂いそうだし黙っておくか。
「流石はゆさりんです!既に盛り上がっていますね!」
高城が興奮気味に言うと、高城の前の席の乙坂がめんどくさそうな顔をする。
「本人が来たらどれだけの騒ぎになるんだ?考えるだけで煩わしい」
その時、教室の扉が開き、担任が黒羽と一緒に入ってくる。
「静かに。そこ、席に着け」
黒羽本人が来たことにクラス中が騒めく。
「今日から入る転校生だ」
「ゆさりんこと黒羽柚咲です!」
黒羽がそう言うと、クラス中が歓喜の声を上げる。
「そこ着席しろ!そこ、踊るな!」
こんな場でもゆさりんって言うのか。
クラスが騒ぐ中、黒羽が口元に手を当て
「……しいぃ――――――――」
そう言うと、クラスが一瞬で静まり返る。
「お仕事とかで出席できない時とかありますけど、皆さんとの高校生活、思いっきりエンジョイしたいと思います!皆さん、よろしくお願いしまぁす!」
クラスに静寂が訪れる。
その静寂を破壊したのは、高城だった。
「ゆっさりん!ゆっさりん!ゆっさりん!ゆっさりん!」
拳を振り上げ、!の部分で斜めに振り下ろす。
立って、その行動をすると、クラスが男子たちのゆさりんコールで騒がしくなる。
「静かにしろぉ!」
担任が出席簿を教卓に叩き付けて怒鳴るも、ゆさりんコールは続いた。
「黒羽の席はそこ。座りなさい」
黒羽の席は奈緒の隣で、その席の周りの男子たちは喜んでいた。
黒羽が奈緒に近づくと
「よろしくお願いします」
先に挨拶をした。
「はぁい!色々ご迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願いします!」
顔も向けずに挨拶する奈緒に、クラスから非難の声が聞こえる。
それも相手に聞こえる声量でだ。
思わず、ムカつき、持っていたシャーペンを音を立ててへし折る。
すると、クラスの連中は冷や汗を掻き始め、黙り込んだ。
俺も随分と嫌われたもんだな。
放課後になると、クラス全員が黒羽の周りに集まる。
この光景を見るのは三回目だ。
最初は自分の時に。
二回目は乙坂で、三回目は今。
とくにすること無いので、デジカメのメモリーの整理をしてると、男子の一人が黒羽とアドレスを交換しようと勇気を出して声を掛けた。
「友達になって下さい!メアドの交換を!」
「テメー!抜け駆けすんなよ!」
「メアド位いいだろ!」
なんかヤバそうな雰囲気だな。
止めるか。
カメラを仕舞い、喧嘩になりそうな男子を止めようとすると黒羽がその男子たちの間に入る。
「お二人とも、仲良くですよ」
「は、まさか出るのか!アレが!」
「アレ?」
急に高城が表情をこわばらせ、黒羽に注目する。
「なっかなおりぃ~、なっかなおりぃ~、なっかーなおりのおまじない!」
「出た――――――!ゆさりんのおまじないシリーズ13!仲直りのおまじない!」
高城が興奮しながら声を上げる。
「はい!二人は仲直りしましたぁ!」
「……悪かったな」
「いや、俺こそ」
なんか知らんが、おさまったみたいだ。
「なんだ?おまじないシリーズって?」
「柚咲さんが暫くレギュラーとして出演していた朝の情報番組ムーブメント朝、通称ムブ朝の今日の占いで、運が悪かった視聴者に向けて送っていたおまじないの数々です!」
「シリーズ13って一体いくつあるんだよ?」
「全部で64!ですが、ダブりがありまして、実際は63ありまして「引くな!」
奈緒が高城の後ろで叫び、高城の話を止める。
「おっと、協力者が現れましたか」
「はい」
そう言って、奈緒は黒羽の席へと近づく。
「黒羽さん、今すぐ生徒会室まで同行して下さい」
そう言って、黒羽の手を掴み連れ出す。
そんな奈緒に非難の声を上げる奴がいるが、奈緒はそれを無視する。
「行きますよー」
生徒会室に着くや否や、高城は、すごい勢いで黒羽に話しかけていた。
「柚咲さん!先程のおまじないシリーズ13仲直りのおまじない、素晴らしかったです!」
「すごーい!そこまで詳しく知って貰ってたんだ!」
「はい!柚咲さんが出演されてる間はずっとチェックしていましたので」
「わぁーい!ありがとうございます!」
ミーハー過ぎるな。
悪いが、引くぞ。
いや、引かせてもらおう。
「ところでぇ、何をするんでしょうか?ここで」
黒羽の質問に俺が答える。
「これから協力者が現れるんだ。言っておくが、あんまり驚くんじゃないぞ」
「へ?」
それと同時に、いつも通りに協力者がずぶ濡れの状態で扉を勢いよく開ける。
「わっわっわっわ!!?」
黒羽は驚きながら奈緒の後ろへと隠れる。
やっぱ驚くか。
俺も最初は驚いたし。
そして、いつも通り水滴を地図の上に落す。
「能力は……念動力」
そして帰って行った。
「えっと……結局何が起きたんでしょう?」
「特殊能力を持っている奴がそこに居るってことと、その能力が念動力だってこと。お前もこうしてあの男に見付けられた」
「おおっ!それはすごぉい!よぉし、ゆさりんも頑張るぞ!おおっー!」
「ここは学校か」
また学校かよ。
まぁ、思春期の時にのみ出るから発生場所が学校ばっかなのは仕方がないが………
「関内学園……よし、ビンゴ!」
「え?何が?」
乙坂がそう聞くと、奈緒はスポーツ新聞を出す。
「これ!先週のスポーツ新聞!わたし、目ぇつけてたんですよ!」
付箋があった場所捲るとそこには高校野球の記事があった。
「三試合連続完全試合。ナックル冴え渡る。プロ入り間違いなしの超高校級投手」
ほぉ、高校生でナックルを物にし、しかも三試合全て完全試合とは恐れ入る。
これは将来有望な人材だな。
それが、この投手の本当の力ならな。
「翌日、その練習を見に行ったんすよ。皆さんも見てください」
そう言って奈緒は、ビデオカメラをテレビにつなげ、映像を流す。
映像には投球練習の映像が流れ、映像では例の投手がナックルを投げていた。
「うわ!凄い変化球だな」
「メジャーリーグ選手並ですね」
「所がどっこい、今度は投球する選手の手に注目してください」
そう言って、次の映像を見せる。
横からズームで撮った映像だ。
例の選手が、ボールを投げようとした瞬間で映像が止まる。
「見てください。変じゃないですか?」
「どこか?」
分からない乙坂は無視し、俺は手に注目する。
「なるほど、手の握りがおかしいんだな」
「その通りです」
奈緒が野球ボールを取り出し説明をする。
「ナックルは回転を極度まで抑えて不規則に動く球種で、人差指と中指をこうボールに突き立てて投げるのが基本なんです。彼の握り方はストレート。ストレートだと回転が加わり、さっきのように揺れたりしません」
「えらい詳しいな」
「詰まる所、投げた直後に念動力でボールを動かしている、と」
「はい」
「おお!これまた凄いですぅ!」
「甲子園の予選が始まったら手遅れになります、すぐに行きましょう」
と言う訳で、俺達生徒会一行は関内学園へと向かった。
野球部へと行き、例の投手、福山を呼んでもらった。
「星ノ海学園の生徒会の者でーす」
「なんのようですか、練習中に」
かなり微妙な顔をしながら、聞いて来る
「すみませ〜ん」
「え!西森柚咲!」
福山は現役アイドルが居ることに驚く。
高校球児に知られてる辺り、やっぱ黒羽は凄いんだな。
「彼女の事は無視して、今は私の話を聞いて下さい」
そう言って奈緒は真剣な目つきになり、福山を見る。
「短刀直入に聞きます。あなたは念動力を使ってナックルボールを投げていますよね?」
「……念動力?超能力のですか?そんなの持っているわけないでしょ。生徒会でなく、オカルト研究会ですか?」
まぁ、普通はしらばっくれるよな。
「アンタの持ってる念動力は思春期にのみ出る病の様なものだ。甲子園に行ってプロになったとしても、その頃には能力は消えてなくなる」
「それどころか、もしその能力が誰かに知られたらしたら、あなたは捕まり、二度と野球が出来ない体になりますよ。これは忠告です。その能力はもう使わないでください」
「捕まるって誰に?」
「貴方の様な能力者を研究してる科学者達にです」
「そんな馬鹿げたことを信じろと」
「………わかりました、では私の方を見ていて下さい」
そう言うと奈緒は能力を使ったらしく福山は驚く。
「なっ!」
「信じてくれましたか?」
再び福山の前に現れ尋ねるが、福山は何も話さなかった。
黙り込む気か……
「往生際が悪いなぁ。丸焼きにでもすっか?」
すると黒羽が美沙に変わり、発火の能力を使う。
「おい!」
乙坂が美沙、いや、黒羽か?……とにかく、美沙の手を掴み後ろへと下がらせる。
「ああん!?」
「あ、いや……ごめん」
謝るなよ。
「こんな所で見せびらかすな!」
「チッ!」
美沙は舌打ちをしながら火を消し、唾を地面に吐き捨てる。
体は現役アイドルの物なんだからそんな真似するな。
「ああっ!?ゆさりんのだ液がっ!いや、美沙さんのだ液か?反応に困るぅー!」
高城が地面に這いつくばり、唾が捨てられた地面を凝視する。
「「引くな!」」
奈緒とハモッた。
流石にこれは引かざるを得ない。
乙坂だけでなく、美沙、そして福山までもが引いていた。
「本題に戻ろう。結局どうするだ?」
「そうですね……………」
暫く考え込むと、奈緒はにやりと笑った。
「では、うちの野球部と貴方の学校の野球部で野球で勝負しましょう。私たちが勝たらいう通りにして下さい」
「………分かりました。僕たちが勝ったら、もう関わらないでください」
「はい。……それにしても、プロにはなれないのに、何が貴方を突き動かすのか分かりかねます」
「………甲子園に行く。それだけです」
次の日曜日に、星ノ海学園のグラウンドで試合をすることを最後に決め、俺達は学園へと帰ることにした。
「あのナックルを打てる奴が、うちの野球部にはいるのか?」
「こっちも能力を使うから大丈夫です」
「へぇ~。どんな能力者がいるんだ?」
「いや、うちの野球部には素質さえあれど、能力者はいません」
「だったら、どうやって?」
この時点で、もう分かった。
奈緒と過ごしていれば、奈緒の奴が何を考えているかは大体予想はつく。
「俺達もチームに入って野球をするんだな」
「響の言う通りです」
「はぁ~!?僕たちもチームに加わってるのかよ!」
「でないと勝てませんから。それに、うちの学園の敷地内なら騒ぎにならないので」
「ま、妥当ですね」
「久々に燃えるか」
燃えてもいいが、燃やすのだけは止めろよ。
てか、まだ戻ってなかったのかよ。
そして、不安を抱えたまま、俺達は日曜日を迎えた。