私のご主人様   作:天神神楽

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杏奈は女の人に大人気です。


恋とは甘いものかしら? その三

 

Another side 王季

 

時代が生む傑物、という言葉がある。

歴史を振り返れば、名だたる武将や首相等、数多くいるだろう。

現代においては、それらの時代とは意味合いは異なるが、確かに存在する。

凰の現当主、凰伊織。

彼はそれまでも巨大であった凰を更に飛翔させた。

だが、凰の真髄はそこではない。

彼らに仕える者達こそ、正しく傑物であろう。

執事長、柳白夜。

メイド長、吉祥刹那。

前メイド長、藤波紫。

ワシや伊織が及ばぬほどの人物達。一人でもいれば破格なのに、それが三人。更には彼らに追い付かんとする者達が大勢いる。

そして、そんな彼らが、その溢れんばかりの愛と献身を注ぐ少女がいる。

彼らが従者である以上、そのような態度でいることを咎める者もいるだろう。だが、彼らのことを知る者にとっては、その考えこそが誤りだと憤ることだろう。

それほどまでに、吉祥杏奈という存在は尊いものであった。

紫や白夜を時代が生んだ傑物というのならば、杏奈は星が産み落とした存在とでもいうのだろう。

杏奈のことを、ワシの後継者と言う者もいる。確かに、杏奈ならば、ワシの後釜に座ってもなんの問題もないだろう。

だが、あまりにも小さい。彼等の愛と献身の前にはあまりにも小さいのだ。

とはいえ、当の本人は至って謙虚なものだが。いや、あれは天然というのだろう。学園では随分周りをヤキモキさせているようだしな。

「王季様、そろそろ会場へお向かい下さい」

「うむ。そうだ深螺。杏奈の様子はどうだった?」

「驚いておいででしたよ。何度も首を傾げている様子はとても愛らしゅうございました」

深螺はクスクスと微笑んでいた。普段のコイツを知る者が見たら腰を抜かすだろう。

「ではワシも楽しみにするとしよう。杏奈のことは任せたぞ」

「承知致しました」

後のことを深螺に任せ、一足先に会場に向かう。

杏奈のことは勿論のこと、舞姫にもしっかりと挨拶をしておかねばならない。

「それにしても、若さとは素晴らしいものだ」

 

Another side out

 

Another side 深螺

 

「杏奈様、大丈夫ですか?」

私の横にはとても愛らしい姫様がいる。

吉祥杏奈様。凰家のメイドだが、私にとってとても大切なお方である。

「はい。深螺さんのお陰で動きやすいです」

「とても良くお似合いですよ」

今の杏奈様のご衣装は日舞で用いるお着物である。学園では騎士と呼ばれている杏奈様だが、このようなお姿もとても良くお似合いだ。

「でも、どうして私がお着物に着替えるのでしょうか?」

どうやら杏奈様は本当に気付いていないようだ。

杏奈様やその母君はメイドであるが、吉祥家は凰家に劣らぬ名家である。

《吉祥》の名に劣らぬ美貌を持ち、時代時代の権力者に見初められながらも、終ぞ凰家から離れることのなかった真の忠家。

《吉祥》の名は美貌だけに留まらず、芸事や武術にも通じ、《福の神》にも準えられた。

「私も久し振りに杏奈様の舞を見てみたいものです」

「私の舞はあくまで凰の皆様の為のものですから、独り善がりとも言えるんです。私は深螺さんの舞の方が好きです」

「私の、ですか?」

思ってもいなかった言葉に思わず聞き返してしまう。確かに紗良川に連なるものとして嗜んではいるが、杏奈様に見初められる程ではない。

「はい。深螺さんの舞は螺旋のように途切れることがありません。それがとても幻想的で、《森羅万象》とは深螺さんの舞のことをいうのかな、と感動したのを今でも覚えています」

杏奈様が私の舞をご覧になったの暫く前のことだ。それなのに、それでもなお覚えていて下さったなんて、嬉しくて笑みを抑えられない。

「だけど、最近は忙しくてあまり会えませんでしたから、今日はお会いできてとても嬉しいんです」

ニコリと微笑みながらそう仰る杏奈様に、思わず見惚れてしまう。成る程、この笑顔を見てしまっては、学園のお嬢様様方が放っておかないのも納得だ。

「深螺さん?」

「失礼しました。思わず見とれてしまって」

そう言うと、杏奈は恥ずかしそうにうぅと唸る。こうして見ると、年相応の可憐な女の子だ。

話しながら歩いていたので、会場にはあっという間に到着した。

「それでは合図があるまでこちらで待機していてください」

「分かりました。……でも、私もお手伝いしなくていいのでしょうか?」

「今日は杏奈様が主役なのです。ですので、お気になさらないで下さい」

「はぁ……ん? 主役?」

杏奈様のことは係の者に任せ、私は舞姫様と業平様の元へと向かう。

すると、何故か業平様が憔悴していた。まぁ、今回の件で何か舞姫様に釘を刺されたのだろう。

「あら、深螺様。杏奈は一緒ではないのですね」

「はい。杏奈様はステージの裏で待機していただいております。私は舞姫様にご挨拶をしておりませんでしたので」

「それはこちらもですね。でも、今の時期に呼び出されるとすれば、あのことでしょうか?」

さすがに舞姫様は大方の予想はついているようだ。

「今、この場ではなんとも。しかし、後数分で分かりますので、どうかご容赦を」

頭を下げると、舞姫様からのプレッシャーが無くなる。優雅なお嬢様と名高い舞姫様だが、流石と言うべきか。

「……そうですね。おじ様が計画なさっているのであれば、杏奈の為にしていることでしょうしね。それに、深螺様に八つ当たりをするのも失礼でしたね」

そこでチラリと視線を向けられた業平様は冷や汗を掻いていた。

「ほ、ほら、そろそろ始まるみたいだよ?」

「ふふっ、そうですね。せっかくの杏奈の晴れ姿ですもの。しっかり楽しみましょう?」

クスクスと悪戯げに微笑む舞姫様は、私から見ても赤面してしまうほどに魅力的なのであった。

 

Another side out

 




散々勿体ぶっていますが、そこまで大したことではないのでご安心下さい。

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